「
「ふむ、わかったからまずはそこのスパナを取ってくれないか?」
「流さないでくださいよぉぉぉ!! あ、こちらがスパナです!!」
授業が終わりたての、窓の外から差し込む光が赤くなりつつある放課後。
俺と先輩の二人きりの部室に、俺の声が空しく木霊した。
俺の全ての想いを込めて90°の直角に下げた頭を、村雨先輩はおそらく見てすらいない。これで彼女に告白するのは早五回目に達したのだ、嫌でも分かるというもの。
……本当に嫌すぎて泣いてしまいそうになったが、男子が女子の前で泣くのは意地が許さないのでグッとこらえた。
「仕方が、ないだろう。こうやって、私が日課に臨んでいる、タイミングで……告白する、君が、悪い。よ、っと……」
頭を上げると、そこにいるのは俺から受け取ったスパナを使ってガチャガチャと何らかの機械を弄っている先輩の姿。
色気のない作業着に活動の邪魔にならないように短めに整えた髪という出で立ち。
物理部の部長たる彼女の、堂々としたいつも通りの姿だ。
「仕方ないじゃないですか‼︎ 先輩の姿を見たら、自分の気持ちを抑えることなんて出来なかったんです!!」
そして、その堂々とした凛々しい横顔に惹かれた俺としては、想いの丈を叫ばずにはいられないのだ。
新入生向けの部活紹介で壇上に立った彼女の姿に一目惚れしてから、村雨先輩に近づくために入った物理部。
活動の度に告白していたらもう五回目だが、ちっとも彼女に対する愛情が冷めることはない。
むしろこうやって関わる度に、どんどん村雨先輩に惹かれていく自分を感じていた。
「うむうむ、カッコいいな。これで君の告白に相手が頷いてくれてたら、もっとカッコよかったな」
「告白をサラッとスルーした本人が言わないでくださいよー!! チクショー!!」
とはいえ、当の村雨先輩本人からの反応は見事につれないものだ。
先輩の余裕とでも言うのだろうか、俺がいくら言葉や気持ちを尽くしても冗談かのようにあっさり流して、物理部の活動内容でもある機械弄りに夢中になってしまう。
ただまぁ、ショックはショックだけど不思議なもので、そういうつれないところも魅力的に俺の目には映るのだ。惚れた弱みとは良く言ったものだと思う。
「……それで、今日は何を作っているんですか?」
「おぉ、聞いてくれるのか!!」
代わりに先輩がスパナでガチャガチャ弄っているものの話を聞くと、先ほどの興味のなさが嘘のようにコロっと明るい笑顔になる。
くっそ、笑顔が可愛いなぁ……
「今作っているコレはな、カフェオレをコーヒーとミルクに分離する機械だ!! 簡単に言うと遠心分離機の要領なんだが、これはコーヒーとミルクをいかに分離するか、分離した後に両者の区別をどうつけるかというところに課題がずっとあって……」
水を得た魚のように饒舌になって、目の前に置かれた機械について熱心に語る村雨先輩。
大人の女性らしい余裕があるかと思えば、好きなことに対しては子供のように目を輝かせてくるのは、初めて部活に来た時にはなんとも驚いたものだ。
けど、一目惚れしただけじゃ分からなかった彼女のそんな一面も、俺からすれば彼女の魅力だ。
そして、村雨先輩のそんな一面を独り占めできているこの部活動という時間は、とても幸せだと思う。
「……この機械の説明に関しては、こんなものか。む……何をニヤついているんだ。君の方は、ロボットの作成は進んでいるのかね?」
「うっ……」
こちらは楽しそうに語る彼女をずっと見ているだけで幸せなのだが、そうはさせてくれないのが村雨響子という人だ。
俺の方の活動――――ロボットの制作と言っても、市販の組み立てキットを説明書通りに組み上げる、初心者向けのものだ――――に今日は着手すらしていないことを目ざとく気がついて、指摘してきた。
「惚れたはれたも青春だが、部活動の時間なのだから活動もするべきだろう。ほら、広げてみたまえ」
「は、はい……!!」
言われた通りにキットの中から前回の部活動から作りかけのままのロボットを取り出す。
残念ながら先輩に会うまで俺はこの手の機械関係はさっぱり取り扱ったことはなく、前回の部活動の時間だけでは完成させることができなかったのだ。
先輩は取り出されたそれを見て、微妙な顔をした。
「説明書に書いてある通りに配線するだけなのだから、難しいことはないだろう。とりあえずやってみたまえよ」
「はい!! 説明書の通りにやったつもりだったのですが、スイッチをオンにしても動いてくれませんでした!!」
「……本当に、威勢だけはいいねぇ君は」
やった、先輩に威勢を褒めてもらえたぞ!!
俺はガッツポーズで喜んだのだが、なぜか先輩は温かい目で俺のことを見つめてくる。
まるで皮肉を言ったつもりが予想外の受け取り方をした後輩に向けるような目だが、一体どうしたのだろうか。
「ふむ、配線の問題かな。どれ、私の方はひと段落したし、少し見てあげようか」
「おぉ……!! お願いしまーす、先輩!!」
こうやって面倒を見てくれる辺り、先輩は優しいなと思う。
付き合えば分かるこの優しさも、俺が先輩のことを好きな理由だ。
あぁ、部活をするだけで、先輩の好きなところがいっぱい見つかるなぁ。
「……あぁ。こことここの配線が逆だね。ほら、見てみ……どうした、何を笑っている」
「はい!! 先輩はとっても優しいなと、好きな理由の一つを再確認しておりました!!」
「はいはい、そういうのは配線ミスを直してからにしてくれたまえよ」
「やっぱり流されるんですね!! そんな気はしてました!!」
けっきょく今日の部活もいつも通り、先輩には告白こそ受け取ってもらえなかったものの楽しく過ごせたのだった。
「え……欠席、ですか?」
「あーそうだ。村雨のやつ、風邪を引いたんだと」
次の部活の日。ウキウキしながら部室に向かった俺を待っていたのは、顧問の先生からの無慈悲な言葉だった。
ガーン、ショックだな、出鼻を完全に打ち砕かれてしまった……先輩がいないなんて、悲しすぎる……
「素人のお前一人じゃ、部活にもならんだろう。今日のところは活動中止にして、お見舞いでも言ってきたらどうだ?」
一人めそめそしそうになる俺に、今度は先生から蜘蛛の糸にも等しい言葉が降ってきた。
「嬉しい提案、ありがとうございます!! でも気持ちは嬉しいんですが俺、先輩の家の場所が分からないので!!」
「そんぐらい教えるって。好きな奴が病気なんて不安だろう、行ってこい」
「あ、ありがとうございます……!!」
ペコリ、と直角先生に90°に全力で頭を下げた。
こんなに良くしてくれるなんて、文字通り頭が上がらない。
「でも、どうして俺が村雨先輩が好きだって分かったんですか!?」
「お前、俺がいようが構わずにデカ声で告白してるだろうが……」
「そうでした!!」
そういえば、顧問の先生がいるかどうかを告白前に気にしたことはなかったなぁ。
「それに、村雨だってどう考えたってそっちの方が嬉しいに決まって……エホン!!」
「……?」
「あー、いいからいいから。とりあえず、行ってこい」
そんな風にして、部活動の時間は一転してお見舞いの時間となったのだった。
「えっと、こっち……か」
先生にもらった地図を頼りに、先輩の家の前に辿り着く。
そこは、アパートの一室だった。先輩はここで、一人暮らしをしているらしい。
「せんぱーい、お見舞いにきましたよー……先輩?」
早速チャイムを押してみたが、しばらく待っても返事がない。
いないのかな、と思って試しにドアノブを捻ってみると、あっさりとドアが開いた。
「これは……中に先輩がいるか、確かめてみないとな。いるなら、鍵閉めておかないと危なさそうだし……」
自分にそう言い聞かせて、俺はおそるおそる先輩の家に入った。
「お邪魔しまーす……」
アパートの中は随分と片付いていた……というより、殺風景だ。
奥に本棚があるのは見えるが、それ以外にさっぱり物が置いていない。
いるかもしれない先輩を起こさないように、そろりそろりと慎重に足を進めて……
「すぅ……すぅ……」
やがて、部屋の中央で布団をかぶって寝ている先輩を発見した。
熱さまシートを額に貼り付けていて、その顔はとっても真っ赤っかだ。
……普段は見れない、貴重な寝顔である。
正直、写真に収めたいぐらいには可愛いと思ったが、そんな悪魔の誘惑はブンブンと首を振って追い払った。
「せんぱーい……お見舞い、来ましたよー……」
「ん、ぅ……?」
いつもよりも声のボリュームを相当落とすように気遣って、村雨先輩に声をかける。
瞼がゆっくりと開かれて、先輩と目が合った。
「え、君、は……どう、して……」
「お見舞いに来ました!! 顧問の先生から、行ってくれって頼まれたんで!! 鍵、開いてましたよ!!」
「……うん、ボリュームが小さくても大きい気がするこの声は、間違いなく君だな」
村雨先輩の瞳がパッチリと開かれて、俺と目が合う。
……寝顔も素敵だったが、やっぱり起きている顔がいちばん素敵だなぁ。
「正直なところ、嬉しいよ。君がわざわざ家にまで来てくれるなんて、思わなかったからね」
「え、どうしたんですか先輩!? 俺のことを褒めるなんて、熱でも出してるんですか!?」
「……だから、熱が出ていると言っているだろう」
「そういえばそうでしたね!!」
急に俺のことを素直に褒めるなんてことが起きてるから何かと思えば、そういえば風邪を引いてるんだったなこの人!!
俺はウンウンと納得したが、何故か先輩は不満げな表情で俺を見上げる。
「……こんな言い訳で本当に納得されるのは、なにか癪だな。どれ、それならついでにもう一つ、口を滑らせてやろう」
「ん? 何をボソボソ言ってるんですか、先輩?」
「……その、なんだ。もう少し近くまで来てくれたまえ」
先輩が急に手招きをして俺を呼ぶので、俺は請われるがままに先輩の側に腰掛ける。
「こんなもの、ですか?」
「もっと、だ」
今でもかなり近い距離だが、先輩はそんな俺に更に手招きしてくる。
言われた通りに、距離を詰める……ふぉぉ、先輩の顔が、目と鼻の先だぁ!?
これで、これでいいんですか、村雨先輩!?
気がつけば胸がドキドキしてしょうがない距離まで、俺を寄せてきた先輩は。
そっと、俺の耳元に、唇を近づけてきて……
「……私は、君が好きだよ。だから、君が来てくれて、本当に嬉しい」
「なっ……ななななんっ……!!」
そんな、ドキドキが最高点に達するような爆弾発言を、投げかけてきた。
「どどど、どうしたんですか先輩!! らしくなさ過ぎが極まってますよ先輩!! こんな、風邪を引いた先輩の上に明日隕石が落ちてくるようなぐらいのらしくなさ……アダっ!!」
ゴチーン!!
あまりの異常事態を脳が処理できなかったのか、咄嗟に立ちあがろうとした俺は勢い余ってひっくり返ってしまった。おかげで、床に強かに頭を打ちつけてしまう。
「……だから、熱が出ているとさっきから言っているだろう」
「
そんな俺の上から振ってくる先輩の声。
見れば、村雨先輩は上半身を起こしてこちらを見下ろしていた。
「告白の、返事なんて……熱に浮かされでもしなければ、できたもんじゃないからな」
……その顔は、さっきまで以上に真っ赤っかだ。
「……やはり、慣れない事はするもんじゃないな」
ぷいっ、と俺から目を背けながらの、その台詞は。
耳元でそっと呟かれた言葉が、俺の聞き間違いではないことを意味していた。
この後の俺が、どうしたかって?
そりゃあ、病人である先輩の前で騒いだら、迷惑だからさ。
先輩と分かれて、しばらく歩いたところにある公園で……
「――――いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 両思いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思いっきり叫んだら通りすがりのお爺さんにうるさいって怒られて、ちょっと落ち込んだ。