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「どうして…なんで!なんでなんでなんでなんで!!」
血飛沫は止まらず、噴水の如く首から吹き出し続ける。前みたいにすぐ輸血して治す訳でもなく、ただそこに立ち尽くしている。そんな中、私は平常心を保つことが出来ずに叫んでしまうばかり。不思議と鉄臭い血の匂いはせず、普段のツキミちゃんからする匂いが一層濃くなるだけだった。
「お願い…前みたいに平然としててよ、なんで今回ばっかりは治らないの?ねえ、返事して。おじさん無視されると悲しいなぁ…」
焦りを誤魔化す様に口が止まらない。そもそもどうして頭がまた吹き飛んだ?銃声はしなかった。とするとやっぱり昨日の黒服の細工、それしか考えつかないない。
「おじ、私さ、もう目の前で…誰かが居なくなっちゃうのは嫌なんだ。」
「だっからさっ、我儘だけど良いかな……っ!お願い…」
『謾セ縺』
そんな中、声の様なものが耳元で聞こえた。それは潰れたカエルの様な声でもあり、湿った様な謎の声。それは空っぽの器を満たす様に冷たく脳を満たしていく、この声は聞いていてはいけない。そう分かっていたとしても、濡れていて、歪んで濡れているこの声を聞くと、何故か変に落ち着いて聞き入ってしまう。
その声をたどる様に、もしくは音の出を探る様に目を上へ向けると…
「へっ…」
◯
夢から覚め、視界を下に向けるとホシノがいた。ただそれだけなのだが、瞬間的に発狂ゲージが溜まりそのまま鎮静剤も間に合わずに頭が吹き飛んだ。そして今私は……
その上夢から覚めてすぐの影響なのか体がうまく動かない。このままでは確実にホシノの顔面に私の血が掛かってしまう。上位者の死血をもろに常人が被ったらどうなるか分からない、どうにかこの鉛の様に動かない身体を動かすか、ホシノに離れて貰わなくては、そう思って声を出したまでは良かった。良かったのだが声が完全に人の身から出るものでは無くなっていた。
おそらく発狂時に変声機がどこかに吹き飛んだのだろう。また黒服に作って貰わなくては、そんな呑気なことを事を考える余地は今の自分にには無いことに気付き、回転の遅くなった頭を再起動させる。
突然、ホシノの抱きつく力が少し弱まった。私の声を聞いた影響だろう、逆に言えば上位者のの声を聞いて力が弱まるだけで済むのか、ここの住人は発狂や神秘に耐性があるのかもしれん。その後、支えを失った私の体は姿勢が崩れ、首の断面がちょうどホシノ真上辺りに来る位置で止まった。運の悪さここに極まれり、と言ったところだろうか。昔から私はそうだったな、自分で何かしようとすると必ずと言って良いほど失敗する。結局その失敗があの子を殺した。
そして、ホシノを泣かせた。
だが今ならまだ間に合う。
自身の心の中に存在する吊り下げられた逆さのルーン 強くこれを思い浮かべることで 血の遺志を捨てて最後に使用した灯りに戻り 再び目覚めることが出来る それまでの事が 全て悪夢だったかの様に。
灯りは戦闘時に落としてしまった為損傷して機能しないかも知れない、だがこれに賭けるしか無い。血の遺志は全て消えてしまうが、まあ良いだろう。聖杯も新しい仕掛け武器も購入しておきたかったがそうもいくまい。意識が遠退き、微睡に沈む。やはり眠りは……死の瞬間に似通っている。
目が覚め、辺りを見渡す。目覚めた後に再び目覚めるという文章に表すとよくわからない状況だが、まあ良いだろう。
「なっ何よあれ!」
「えっ……消え…」
「どっどうしましょう…」
「ツキミちゃん……?」
「あっあれ?おっかしいな……あっあっあはは……」
「ん、後ろ!」
おかしい、全て夢であったかの様にやり直す事が出来る筈なのに、ただ灯りから目覚めただけ……それに血の遺志も一つも消えていない。何故?狩人の徴が変質したとでもいうのか…
「ええええ!?どっどういう事!?」
「えっと、瞬間移動ってやつかな?」
「ってまた棒立ちしてる!」
不味い、バレたか。シロコは嗅覚か聴覚いや両方か?まあ優れているのは確かなのだろう。
下手な獣より厄介だ。
ひとまず、体は動く様になった。吹き飛んだ頭も、全て完治している。いつも通りの変わらぬ目覚め。強いて言うならば以前までの行動がリセットされることなく続いているのが不思議なくらいだ。
“ツキミちゃん…”
戸惑うような顔で私を見つめる先生。おっと、吹き飛んだ変声機がここに落ちていたか、折れてもいないからまだ使えそうだ。
問いかけに答えるでもなく、それを拾い目の奥に押し込む。力が減る感覚、どうやらまだ使えるらしい。新しく作って貰う手間が減ったのは良いことだ。
“あなたは何者なの?”
予期していない質問に身が震える。正体がバレたと決まったわけでも無い筈なのに、全てを見透かされた様な、親に悪戯が露見した時のような変に緊張するこの感覚、まさに悪寒が走るとはこのようなことを言うのだろうか。
そうだな、強いて言うなら私は……私とは何なのだろうか。数多の遺志を取り込んだ影響なのか自分自身を見失う様な、自意識が霧散していっている様な……そしてもはや人の身とは言えない化け物の、上位者の身体。
人ではない、自分という存在すらない。私は私は私は一体何なんだ?誰なんだ?嗚呼もう気が狂いそうだ。第一、私はそんな頭を使うのは性分に合わん。
私は狩人、最後の狩人。人でありたいと願う一匹の獣。ただそれだけでいいじゃないか。
『私は……狩人だ』
“狩人?”
『獣狩りの狩人、人でありたいと思う愚かで下賤な一匹の獣だ』
◯
目の前からツキミちゃんが消えた。血の後も、身につけていたものも、初めからそこに居なかったみたいに。もう笑う事しか出来ない。もう…色々と疲れた。
頭が吹き飛んでも治る、あまつさえ一瞬で姿を消すことも出来る。そんなのが本当に人なの?ずっとそんな考えが頭に張り付くように消えない。
「ん、後ろ!」
シロコちゃんが見つけたみたい。先生がツキミちゃんに何か聞いてるのが聴こえてくる。
『私は……狩人だ』
出し渋る様に声にする様子は、何かを隠している様にも見えた。私も…聞きたい事が山ほど…
『獣狩りの狩人、人でありたいと思う愚かで下賤な一匹の獣だ』
は?
【血の滲む狩人の徴】
夢を終え、本来役割を終える筈だった狩人の徴、脳裏に染み付き、深く刻まれたそれは狩人の確かな徴と同じ効果を発揮する。
血の遺志を捨てずに灯りから目覚める事が出来る
一度深く刻み込められたものは、中々消えない、例えそれが夢の中であったとしても