キヴォトスに狩人様がやってきた   作:小説を書く左廻りの変態

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第二十一話 目覚め

「うっぷ……そ、そろそろ私は帰り、ます…」

 

口元をハンカチで抑え、虚空へ消えていった。ワインにウィスキー、ウォッカに様々な酒を嗜んだがどれも【血の酒】には劣る。あれを知っては酒ではもう酔えないのだろう。本で読んで興味を持ったのは良いが……やはり知りたいという欲求を保ったままの方が良かった。使い方は違うのだろうが、知らぬが仏というものだったのだろう。

 

『はぁ……』

 

時刻は午前5時…午前!?どれほどの時間を黒服に突き合わせたのか。あれだけの量も飲んだのだ、吐きそうにもなるか…まあ良い。

 

チリン……

 

頭の中に響くこの鐘の音、また“あの娘”が来たのか?

 

 


 

 

 

夢に入り、目の前に霧に包まれた湖が広がる。その奥の一つの光、それが私の夢の中の家。

 

「あっ、えっと此処が何処か教えてはくれないかしら、何処かで見た事があるような気がしたのだけれど…」

 

素っ気無い素ぶりに前に来た記憶が無い様子……まさか忘れて

 

『来るのは二回目だろうに。此処は冷える、さあお入り…』

「えっちょっと!」

 

手を掴み、家の中へ迎えようとする。私の夢は不安定だ。足を踏み外せばまるで底無し沼の様に、抜け出す事は出来ない。例え強い意志を持った者でも足を取られれば呑まれ、悪夢の中を永遠と彷徨う事になる。気狂い供であれば本望だろうが、彼女はそうではない。

 

「離してっ!」

『ッ……』

 

ブチャブチブチ…ブチャッ!

 

肉が千切れ、仮初の骨が砕け散り、蜘蛛の糸を引っ張った時の様に、いとも簡単に左腕が引き千切られる。痛みは…無いと言えば嘘になるが、もう慣れた。にしてもまた左側か、眼球も腕も左から欠損していく。何か呪いの様なモノでもあるのか?

 

断面はほつれた毛糸の様に歪で醜くなり。その先端はそれぞれが一体の生物の様に蠢き、水面に落ちた腕に向かって伸びようとしている。

 

「…………え」

『…………目を閉じろ、何も見るな』

「う、うで、腕が!わっ私そんなつもりじゃ、あっあ”あ“あ“あ”あ“あ”あ“!!」

『落ち着け、大丈夫だ…大丈夫。本意じゃ無いのは雰囲気で分かる。わざとでは無いんだろう?手を掴んで悪かった。』

 

半ば発狂している少女を脇に抱え、片腕がない為、上品とは言えないが足でドアを蹴破る。物はまた直せば良い、私の腕もまた同じだ。

 

にしてもこれで発狂するとは思わなかった。これで発狂するならホシノはもっと発狂していたのでは?だって頭ごとだぞ?よっぽどそっちの方が…でもその後すぐに気絶していたな…

 

「うっあ“ う“ う“…うっ……」

 

ソファーに座らせて、毛布をかけ、熱々の紅茶を出す。勿論、彼女の好み通りにミルクも砂糖も入れていない。人間というのは不安な時、温かい物を口にすれば自然と落ち着くものだ。私もまだ人だった頃に人形にそうしてもらったのを思い出す。今では私がそうする側になるとは感慨深い。

 

そういえばあの時もこんな感じで…

 


「スー スー スー 」

 

花壇の淵に座り、心地の良い寝息をたてている。人形である彼女が人である様な行動をするのは、造物主が、彼女にそうであることを求めたからなのだろうか、それとも彼女自身が魂を、遺志ではなく意志をもっていたからなのか、今となっては分からない。

 

「っは!……すみません、狩人様。私は…また何処かに」

『いや、立たなくて良い。不恰好だが、膝枕を…してくれないか…』

「分かりました。では、頭をこちらに」

 

およそ人とは思えない硬い感触の膝。それはほんのり冷たく、時に温かい。それがどんなに愛おしかったか

 

「狩人様……どうかされましたか?」

『……ああ、ちょっと話を聞いてはくれないか』

「私であれば何なりと」

 

『殺したんだ…獣を、多分…子供だったんだと思う。陰気なこの街に似合わない可愛いらしいピンク色の服を着ていて…でもそれが真っ赤に染まる程に血を浴びた。母親の、返り血だ。獣に変異して……母親の腹を裂き、中の胎児を……惨たらしく、理性も無く、食い散らかしていた。それを……私は、私は殺した。』

 

「狩人様……獣を殺すのは、狩人として自然なこt」

 

『でも殺す瞬間に…私の目を見て泣きながら言ったんだ、“ごめんなさい”って。まだ人だったかもしれないのに、私は、私は、私は……ッ!』

 

『あ"あ“ あ"あ“ あ"あ“ あ"あ“ あ"あ“ あ"あ“ あ"あ“ あ"あ“ あ"!!!!!!!!!!』

 

「紅茶を飲んで、落ち着きましょう……こちらです」

 

人形の膝から離れ、差し伸ばされた球体関節で出来た繊細な手指に縋る様に取った。手を引かれるまま階段を登り、屋内に入る。そして用意された湯気の立つ紅茶を受け取り、流し込む。

 

『じゃあ…』

「行ってらっしゃい、狩人様。貴女の目覚めが、有意なものでありますように」


 

結局、この後に”あの娘“を失った。それ以降、私は甘さを捨てた。獣は殺すべき宿敵だと、人だと思ってはいけない。だが同時に、あの温かさを捨て切る事が私には出来なかった。それこそ、切り捨てた筈のそれに対し、盲目的に求める程に。私の意志は弱かった。それこそが今の自分を、人たらしめているのかも知れない。

 

「泣いてるの……?」

『昔のことを……少しな。それより、落ち着いたか?』

「うん……」

 

あー発狂しそうだ。どうして身長ぐらいしか当てはまらない彼女達に私は“あの娘”を重ねてしまうんだ、お陰で鎮静剤が手放せない。そのうち鎮静剤だけで血の遺志が尽きるんじゃ無いか?そう思いながら、コルク栓を外して内容物を流し込む。とても甘い……

 

「此処に似た何処かで…それを見た気がするの。一体それは何?薬…なのかしら」

 

此処に似た何処か。やはり断片的にしか覚えていないのか。

 

『薬…そうだな。それとこれだけじゃ無い、他にも見覚えのある物は無いか?私の事も…』

「……分からない、ただ温かったのは覚えてる…」

『その首に付けた鐘も、憶えてはいないのか……』

「これかしら……アコが私と同じで首に鈴を付け出したって興奮気味に言っていて少し怖かったのを憶えているわ。あっ勝手にごめんなさい」

 

その後は前にもした様な話をして、年齢が私よりも一歳高い事に頭の中の何かが歪むのを感じたり、昔話や、最近の悩みを一方的に私が聞いたり、茶菓子を焼いて食べたり、本を読んだりして朝を迎えた。時刻は7時、そろそろ起きなければ学校に間に合わない。それは彼女も一緒だが中々消えない

 

『そろそろ起きなくて大丈夫なのか?学校もあるだろう?』

「今、もう学校にいるから…大丈夫。貴女の夢のお陰で、良い休憩が出来たわ。本当にありがとう」

『凄い激務とは聞いたが、それ程とはな……そうだ一つ真似事だが』

 

「貴女の目覚めが有意なものでありますように」

 

「それじゃあ、さようなら。次にまた私が忘れてしまっていたら、お願いね。」

 

少し笑みを浮かべ、そう言いながら消えていった。そういえば私の腕が千切れた状態で話していたが、気にしていない様子だったな。千切った癖に、張本人の私よりも叫んでいた癖に、まあ私もそろそろ起きなければな。

 


 

目が覚め、窓越しの朝日が私の顔を照らす。部屋の中は砂っぽく、未だ酒臭い。淡い視界の中、外套をとって羽織り、扉に手をかける。夢とは違ってしっかりと肩から生えて繋がっている。

 

日光に照らされ、黒く輝く鴉が群れで空を飛び、そこに一匹の鴉が入っていく。

 

『私も…行くか。もう目覚めてしまったのだから』

 

 

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