“アビドスの皆が撃ちたくないのは分かるさ”
「ならどうし」
うるさい
“あれは人じゃない。少数の犠牲を容認せねば大勢が死ぬのは分かるはずだ”
「でも!!それでも同じ学園の仲間だったんです!!先生!!」
「そうだよ先生!!もしかしたらまだやり直せるかもしれない!何か方法が」
“情で考えると、人は死ぬ。”
冷たく私はそう呟く。どうしても子供の声は嫌いだ。耳障りで大声で要求して駄々を捏ね泣いていればどうにかなると思ってる。実際はどうにもならないというのにそれがわからないんだ。虫唾が走る。平手を打ちそうに…今にも手が出そうなのに、何故か動かそうとすると手が震えて力が出ない。いや違う。力を抑えつけられる?まあ良い。
“元々仲間だったというのはただの記号にすぎない”
とにかくこいつらは駄目だ。大した認知能力も見識も社会正義もわからない子供のくせに大人に楯突いてくる。ああ…それもそうか元々は仲間だもんな、それに一人はまだ化け物の腕の中で生きてる。名前はなんだったか。最悪それごと殺せという指示には聞きたくないか。でも放置するともっと人が死ぬ。放置するともっと人が死ぬ放置するともっと人が死ぬ放置するともっと人が死ぬ放置するともっと人が死ぬ放置すると…
じゃあ
“まあ良いだろう、君たち以外に頼むさ…風紀委員会諸君”
残った十数人の風紀委員たちが一斉に私の方へと向いた。あるものは肩を振るわせ、誰かが嗚咽する小さな声がする。
にしても不思議だ。先ほどまで熱による気持ち悪さがあったというのに今は全くない。透明で雲一つない快晴の空みたいな心持ちだ。でもなんだか気持ちが悪い。はっきりと晴れていて曇ってる。歪んでいて、整っている。そんな意味のわからない感じだ。
でも、生徒を、まもらないと。
“これからあの化け物を殺s止、殺す、それに協力してほしい”
「あっあんた何言ってんだ!…勝てるわけn」
“それでいいのか!仇討ちも何もせず、ただ迫り来る死を受け入れて散るつもりか”
“それは違う!君たちには武器がある!意思がある!まだ戦える!”
“私のいう通りに動け、そうすれば君たちは死なずに済む。だから今は協力してほしい”
その場にいる全員が黙った。喧騒とした空気は消え去りただ砂の吹く音に混じってアイリーンの戦闘音が混じる。
“今も話しているうちにあの人が戦っている。私たちが議論している間にも体力を消耗しているんだ。それもヘイローも持たないただの人間が、私と同じ矮小で脆い人間が…”
「本当に…本当に勝てるのか…あるいは逃げられるんだよな…」
私の言葉を否定していた風紀委員会の一人の声に、微かにだが力がこもった。
声だけではなく、その内の心にもだ。
“あの化け物はアビドスの仲間だった者だ、当然彼女らに攻撃させようとすれば抵抗感が生じる”
“そこで君たち風紀委員会の出番だ”
“手始めに装甲車の準備をしろ”
「準備ったって、負傷者の輸送に動かせるやつは使っちまった!残ってるのは砂に履帯が嵌ったのが2台だけだ!」
“それで十分、便利屋68と4人の風紀委員は車両復旧に、それ以外の連中は化け物に一斉射撃だ”
“小銃でも機関銃でも対戦車火器だろうとなんだっていい。手に持つ撃てるだけを撃ち尽くせ。それで車両復旧までの時間稼ぎをする”
「待ってください!それだとホシノ先輩g」
”……射撃の指示を待て“
口を挟んできたのはノノミだった。あまりのしつこさに辟易としてしまうじゃないか。おおかた話ぶりから察するに流れ弾でホシノやアイリーンが負傷することへの懸念だろう。それごと撃つことになぜそこまで忌避感が生まれるのか分からn、違う…巻き込んじゃいけない。
ホシノも気絶してる今、銃弾を喰らったらひとたまりもないことは火を見るよりも明らかなことだ。であれば私の行動に否定的なのは分かりきったことなのに、私は何を『では…もう一度。ノノミを囮にするんだ…アイリーンも被弾した今だとまともに動けなくなるのは時間の問題だぞ?“
「ダメです」
瞬間視界が暗転したかと思えば、なぜか電車の中にいた。車外は夕方で淡いオレンジの、どこか寂しさを覚えるような情景が広がっている。
目の前には青い長髪にその内は桃色の髪型の、どこか命の儚さを感じさせる女性が座っていた。
“君は…”
「久しぶりですね、先生」
つんとした埃の香りに混じる、吐き気を催すような生臭く、鉄臭い生命の香り。服にはどす黒く血液が染み付いていた。
私は、目の前にいる彼女を知っている。はずだ、けれども記憶があやふやで確信とやらは持てずにいる。しかし彼女はそうではないようだ。
人気の感じない不気味さを感じる車内。そこには私と彼女を含めた二人しかいなかった。
「単刀直入に言います。現実のあなたは操られています。」
“え、いやそんなわk”
「思い返して下さい。生徒を愛するあなたが“あのような事“を考えるものですか」
「子供だからダメだと初めから可能性を否定する人では、無かったはずです」
思考が脳裏を駆け抜ける。
思い起こされるというより、振り返ることで再認識するような形だった。子供の言うことは全て間違っている。大人である私が指示して使用すればいいとさえ思っていた事を。生徒を人として考えず、あまつさえ出来の悪い道具とさえ、教師どころか人としてのするべきでない言動を、思考をとった。到底許されるべき行為じゃない。私は幼子のように頭を抱えた。
「ですが、それはあなただけの責任ではありません」
「“私も”同じ状態になってしまいましたから…」
「私が信じられる大人である、あなたになら。きっと最善の選択を取れるあなたになら」
「いえ、ここでやめておきましょう。時間が足りません」
「どうか先生、意志を強く保って下さい。そうでなければ、誰も止められなくなります」
”あぁ…そうだね。“
もやのかかった思考を掴む。
でもその選択はアロナがダメって言ってた。『なっ”
今気づいたけど、私の声まで真似できる様になったんだね。すごいや、でもやり方が汚いね。人を騙り、あまつさえ声を模倣し思考を乱す。あなたがツキミちゃんの声を真似て私に語りかけるどころか、思考を乗っ取ろうとしたことには驚いたよ。
あなたはツキミちゃんがなんでああなったのか知ってる。なぜか私の感がそう囁くの、だから絶対に逃さない。そして
“もう惑わされない”
「先生…?」
“ノノミ…ごめん、突拍子も無いことを言うけどよく聞いて、さっきまでの私は操られてた。いつまた主導権を握られるか分からない”
「なっ何を急に“お願い、許して貰おうなんて考えてない。でも私の様子がおかしかったり、暴力的になったら無視して。そして本当にごめん”
「じゃあホシノ先輩は…?アイリーンさんは…?」
“もちろん助けるつもり。折を見てノノミはシロコと協力してホシノを抑えて”
まず作戦の第一段階だ。一度はホシノを救出出来そうだったが、夢の操作なるもので近づく者全てが敵に見える状態にホシノは陥っている。しかもすぐにまたツキミに抱えられてしまった。と、すればツキミからホシノを隔離、その上でホシノに組みついて拘束するしか無っ…いやああすればいいか。
そのほの案と作戦の推移を思考するが、今また喋ろうとすると、いつどのタイミングで思考を乗っ取られるか…最悪あの嫌な感覚と違和感はある程度は感じ取れる様になった気がする。言動をいじられても行動までは変えさせないつもりだ。けれど念には念を入れなければならない。
昔からそうだ。準備は怠ってはならない。兵站を蔑ろにした軍が滅びる様に、用意を怠った人間から死ぬ。この年になるまで生きて、生き延びて、生き残って…死に損なって得た一つの知見だ。活かさない手はないはずだろう。そしてこれ以上私は喋るつもりはない。
「先生何をしてるんですかっ…わかりました。けれど先生」
「くれぐれも無茶な真似はしないでください」
重くも確かな意志を宿した緑の瞳が私を射抜く。ある種の祈りか何かはわから…またこの感覚、だ…
“ふごふがぐっ”
こんなもので私の行動を止めるつもりか…大人しく贄になればいいものを、それに抵抗するとは思わなかった。“以前の先生達“はしなかったが、今回だけが特例、いわばイレギュラーか。全員ここで殺して神秘を会得する。そうすればあの子は…あの子が何?
また抵抗するのか。何度も飽きn、そうしなければみんながあなたに殺される。だから私は抵抗し続ける。あなたが何者であろうとこの決定を覆す理由にはならない。私を騙りここにいる生徒に危害を加えさせようものなら私は自害する覚悟もある。けれどその前に一つ目の抵抗をさせてもらったよ。あなたはもう喋らせない。皆を惑わさせたりしない。私の行動は私で決める。
口はいまだに勝手に喋ろうとする。けれども固く結ばれたネクタイが邪魔をする、頭の同居人はそれが心底疎ましいのか常に舌を振るわせ口元からはその影響で獣のように涎を垂らす。
【射撃取りやめ、人質救出を優先】
私は口の代わりにペンを走らせた。ツキミちゃんが初めてアビドスに来たとき、私が初めてツキミちゃんとあった時の会話の術。手間はかかるけど、これなら口を使わずに指示を出せる。しかし指揮において重要な情報の伝達が遅れるのは少し難儀なものだ。
【銃は使わない】
「なっ!?じゃあどうやってあの化け物を止めんだよ!!」
ゲヘナの子が声を荒げた。それもそのはずだ。今出せる最大火力であり、人類の叡智の結晶、銃。それをおいそれと使うなと言われれば、あとはもうわかるだろう。
【ヒント:目を覚まさせるのにはどうしたらいい?】
「はぁぁあ!?急になに言い出すかとおもっt」
「ん、冷たい水をぶっかける」
【正解!!】
「ですが先生…ここアビドス砂漠では干ばつが酷く、生活用水を用意するだけでも大変な労力がかかります。あの大きさのツキミちゃんに使えるほどの大量の水はアビドスにはありません…」
【ツキミに使うわけじゃない】
そうだ。何もツキミちゃんに水をかけるなんて一言も言ってない。もしくは一言も“書いてない”
要はツキミちゃん以外の寝坊助さんの目を覚まさせる。
【シロコ、ドローンの操縦をお願い】
「ん、なんとなくわかった」
━━━━
━━
━
ピィィィイイイイイ!!!!
鳴き声にも似たホイッスルの音が戦いの始まりを告げる。それと同時にツキミが私の方へと向き直り、頭を少し震わせたかと思えば一目散に走り出した。テレビの映像で見たサバンナをかける四足歩行し、獲物を目掛け走る肉食獣。それに似た雰囲気を纏わせ、頭部からゆらめく触手も相まって獅子のようだった。
「バカ!!あんた何してんd」
「おばさんはちょっと黙っててね、ほら傷見せて〜」
走り出したツキミを追いかけようとするアイリーンを
ムツキが組みつくようにして押さえつける。
【今】
「ッ今です!!」
「「「「「せーの!!!」」」」」
ツキミが走る軌道上、一直線の街道。そこを横切るように一本の黒い線が張られた。一瞬だった。ツキミちゃんはそれに気づかず、丁度足首あたりにその線が喰らいつく。たわむと同時、その黒い線は引きちぎられんばかりの力で引っ張られる。
「耐、えろぉぉぉぉ!!」
その線を引っ張るのは風紀委員たちである。元は電線であったそれを三本束ね、まるで綱引きのように小脇に抱えて力いっぱいに引く。勢いよくその線に足を取られたツキミは顔からアスファルトに向けて突っ込む。
肉の擦り切れる嫌な音。
そればかりが鼓膜を突き抜ける。
けれど、顔の半分が擦り切れミンチのような断面は気にも止めず、彼女は転がる身体の勢いをそのままに体をくねらせ着地した。
「くっ代案だ急げ!!足を結ぶんだ!!」
「無理です!!」
『驍ェ鬲斐r縺吶k縺ェ迯」縺(邪魔をするな獣が)』
【逃げて】
「全員路地裏に逃げて下さい!!」
彼女は足元に近寄ってきた風紀委員に向けて腕を使って薙ぎ払うような行動に出た。おおかたの風紀委員はノノミの呼び掛けに反応して飛び込むように路地に入った。けれどもたった一人だけ逃げ遅れた者がいた。
「がっ!?!?クソが!!」
巨大なその手に身体を掴まれ身動きが取れない。その上掴む力は徐々に増えていく。まるで万力を思わせるかのような圧迫感が風紀委員の彼女の体を締め上げ、キヴォトス人であろうとも耐えきれず四肢、胴体共に骨が軋み、一部折れる音が響く。
「ぅ、ぁ…たすk」
ダンッッッ!!!
「これ以上…私に撃たせないでよ…ツキミちゃん…!!」
手首を撃ち抜かれ、それによって彼女は離された。撃ったのはそう、セリカだった。ツキミにより修理された銃で、ツキミにより救い出された体で、そのツキミ自身を撃ち抜いたのだ。どれほどの覚悟が、どれほどの葛藤があったのだろうか。足元には一滴どころではない雫が溢れ、砂に跡をつけている。
「大丈夫か!?」
「急いで後ろに下がる担架がないからすまない。絨毯で運ぶぞ」
「…で」
「っ?」
一瞬の静寂が路地に広がる。だからだろうか、助け出された彼女が持つ“それ”の音がよく聞こえた。
カチャ
「伏s!!」
ダダダダダッ!!!