小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

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山の奥へ

 

 ガンボットはハツミとともに車に乗り込むと、乱暴な運転で道に転がったワニどもの死骸を次々に乗り越え、町の出口に向かった。

 

 町を抜けると、ジープはくねくねした道路に入った。舗装状態はいっそう粗くなり、ジープのタイヤが砂利を踏んだり跳ね飛ばしたりする音が聞こえてくる。車が上下に揺れるので、速度は抑えざるを得なかった。左右はごつごつした岩だらけの斜面が道を挟んでいるが、道の先には谷間に挟まれたような形で畑が広がっていた。

 

 「で、どうやってやつらの本拠を探すの?」ハツミはガンボットに尋ねた。

 

 「奴らが巣を構えるのには水がいる。やはりミュータントといえどもワニだからな」ガンボットは答えた。「川沿いを行こう。ここはまだ人里から離れていないが、もっと上流に行けば奴らがいそうな場所が見つかるかも知れない」

 

 やがて車は左折して、今度は畑の真ん中を突っ切る道を通り、それから右折した。左手には木立の間に泥色に濁った川が流れているのが見える。

 

 「川ってあれ?」ハツミは尋ねた。

 

 「そうだ」

 

 「なんか汚い川だね」

 

 「ただ泥で濁っているだけで別に汚染されているわけではないようだ。遊泳に適さないだけだ」

 

 「どうせあんたは水遊びなんてしないんでしょ?」

 

 「しない。だがもし奴らが周辺に住み始めたら、俺はますます川には近づかない」

 

 「あのミュータント魚がいるってこと?」

 

 「そうだ。奴らは大人数で巣を作るときはミュータント魚を近くで放流する」ガンボットは答えた。「そのミュータント魚は口に入るもの全てを喰いつくしてあっという間に大きくなり、数も増える。そしてそれを奴らが喰う。たまに喰われる奴もいるがな」

 

 ハツミは、以前地下用水路で見たミュータント魚の巨大版がうようよいる川を想像し思わず身震いした。そんな川には間違っても近づきたくない。

 

 「ところで君はどうやって車の運転を学んだんだ?」ハツミが黙っていると、ガンボットは唐突に聞いてきた。

 

 「運転?」ハツミは聞き返した。「ああ、運転ね。昔パパが出張で外国に行ったとき、お兄ちゃんと二人でこっそり乗り回してたの。あれ楽しかったなあ」

 

 「実践で覚えたというわけか。合理的な方法だ」ガンボットは評価した。

 

 「でもパパにバレてめっちゃくちゃ怒られたけど」ハツミは思い出して身震いした。

 

 「一か月間外に遊びに行くなって言われたのよ?信じられる?」

 

 「だが君はその指示にも従わずこっそり遊びに行ったんだろう?」

 

 「どうしてわかるの?」ハツミは心底驚いてガンボットを見た。

 

 「ただの推理だが当たっていたようだな」ロボットはハンドルを操作しながら言った。

 

 「君はきわめて合理的かつ実際的な性格で、他人が定めた規則に縛られないタイプだと見える」

 

 「そんなことで褒める人初めてだけど」ハツミは肩をすくめた。「あ、人じゃなくてロボットか」

 

 ハツミは溜息をついた。 「でもそれがまたバレてますます怒られたし、最後は言うこと聞かざるを得なかったから、最初からやんなきゃよかったって思ったよ」

 

 「父親に叱られるというのはどういう気分だ」

 

 「気分?」ハツミは素っ頓狂な声を上げた。「気分もなにもないよ。とにかく嫌で、苦痛で、早く終わって欲しいって思うだけ。何でそんなこと聞くの?」

 

 「人間を理解するためだ」

 

 「あんた物好きだね」ハツミは言った。「叱られる気持ちを理解するのが何かあんたの役に立つとは思えないけど」

 

 「わからないぞ。ミュータントを造り出したのがもしも人間だとしたら」ガンボットはハツミのほうをちらりと見た。

 

 「だとしたら、人間の心理の綾を知ることが全体的な戦略を立てる上で役に立つ可能性が無いとは言えない」

 

 「例えばどういうふうに?」

 

 「ミュータントを造り出した人間の動機を知ることができれば、そいつの究極的な狙いもわかるかもしれない」

 

 「そいつが子供のころ父親に叱られたからひねくれて世界をメチャクチャにしてやろうと思ってミュータントを作ったとか?」ハツミは自分でそう言ってみて可笑しくなってしまい、ひゃはは と声を立てて笑った。

 

 「そういうことも十分ありうる」ガンボットは真面目に答えた。

 

 「そんなことあるかなあ」

 

 「古代、一人の女を巡る男どうしの嫉妬が原因で戦争が生じた例がある。そういった些細なことが発端で一大事件が起きるということもないとはいえない」

 

 「まじで?」ハツミは声を上げた。「その戦争起こした王様、相っ当のバカ野郎だね」

 

 「常に賢い者が権力を持つとは限らない。危険な武器が常に冷静な者の手にあるとは限らない」

 

 「誰の言葉?」

 

 「俺が考えた」ガンボットは言うと、言葉を継いだ「またそれに似ている事象でこういうこともある」

 

 「何?」ハツミはすっかりぬるくなったコーラのペットボトルを開けてちびりと一口飲みながら尋ねた。

 

 「高度な技術や知識を持つ者が、それを合理的な目的に使うとは限らない」

 

 「例えば?」

 

 「極めて洗練された画像解析技術を持っていたある男が、インターネットで入手したある女の画像を解析してその住所を突き止めるためだけにそれを使った、という事件もある」

 

 「きもっ」ハツミは思わず顔をしかめた。「でもそれってありそう。世の中って怖いね」

 

 「だとすれば、生物遺伝子を改変できるほどの技術を持つ人物が、余人には想像もつかないような不合理な理由でそれを乱用してミュータントどもを作り上げたということも起こりえると思わないか?」ガンボットは続けた。

 

 「こういうのをよくマッドサイエンティストと言うんだ。映画に出てくるだろう」

 

 「でもあんたってヘンな映画しか見てなさそう」ハツミは混ぜ返した。

 

 「ねえ、もし人間を理解したいっていうならもっといろんなジャンルの映画とか見たほうがいいよ。わたしが連れてってあげる。料金はあんた持ちで」

 

 「構わんが、上映開始から十分以上経っても銃撃戦が出てこなかったら俺はスリープモードに入るかも知れない」

 

 ハツミはもう一口コーラを飲もうとして思わず噴き出しそうになった。

 

 「何それ?スリープって?」

 

 「資料価値がないと判断した場合は頭脳に回す電力を節約するんだ。動画なら早送りできるが映画館はそうはいかないからな」

 

 「あっそう。まあいいけど」ハツミは呆れた。「あんたって女子にはモテなさそうだね」

 

 「ハツミ、以前から聞こうと思っていたが、モテる、とはどういう意味なのだ?」ガンボットは尋ねた。

 

 「えっとね」ハツミは言いかけたが、もう面倒くさくなってきて両腕を頭の後ろに組んだ。「まあ、ちょっとめんどいから後でヒマなときに説明したげるわ」

 

 やがて車は川の上を渡る橋を通ると、今度は右手に川を見ながら走る道路に出た。道は川に近づいたり離れたりしながらくねくねと曲がる。それまでは、舗装はされていないまでも辛うじてならされていた道路だったが、次第に通りは粗い石ころがごろごろ転がる農道になっていった。それと同時に緩い登り坂が頻繁に現れるようになった。左右に見える山々も次第に急峻になっていく。標高も上がっているようだ。

 

 「川沿いの道はここで終わっているな」二十分ほども車を走らせるとガンボットは言った。道はぐいっと左に折れ、山々のほうに向かっている。川の左右の地形はぽつぽつと灌木や立木の生えた緩い斜面だが、ゴロゴロと石が転がっている。

 

 「どうする?」

 

 「川沿いに行こう」

 

 「行けるの?」

 

 「行ける。これはジープだぞ」

 

 ガンボットは車をそのまま直進させ、川沿いの斜面に乗り入れてジープを進ませた。車が右側に傾いたが、やはり悪路用のジープだけあって走りにそれほど不安は感じさせない。

 

 だがそれよりも厄介なのは木立だった。ところどころ木が密集しているので、ガンボットは慎重にハンドルを切りながらそれを避け、できるだけ川を見失わないようにして針路を選択した。しかし、そうしているうちに太陽が急峻な山の陰に入るようになった。日光が当たらない場所に入るとハツミの肌には空気がヒヤリと冷たかった。

 

 「なんか日が暮れるの早いね」

 

 「山間部だからな。谷間では太陽光が当たらなくなる」ガンボットは言った。

 

 「なかなか見つからないね。あいつらどこにいるんだろう」ハツミは呟いた。

 

 「そうだな」

 

 「今夜どこ泊まる?」

 

 「テントがある」

 

 「キャンプかあ。ひさしぶりだな」ハツミは言った。まだママが生きていたころ、家族四人で国立公園のキャンプ場に泊まったことを思い出した。お兄ちゃんと二人で焚火で焼いたマシュマロの味がなぜか強く思い出された。

 

 「今日はこれで捜索を中止しよう」ガンボットは提案した。「キャンプに都合のいい場所を探す必要がある」

 

 「賛成。キャンプファイアーしたい」

 

 ガンボットは川から百メートルほど離れたゆるい斜面の木立の下に、傾斜がほとんどなく比較的石も少ない場所を見つけて車を止めた。

 

 ガンボットがテントを張っている間ハツミは両手一杯に枯れ枝を集めた。ガンボットはキャンプ用のスタッグを立てるとその下に枝を積んで火をつけた。鍋にトマトなどの野菜やソーセージの缶詰をあけて火にかけると、岩塩やコショウを加えてグツグツ煮込む。既に太陽はすっかり山の陰に隠れて、気温は急速に下がってきていた。

 

 「具材がやわらかくなってきたら自分で味を調えて食べろ」ガンボットは言った。

 

 三十分もするとうまそうなにおいが漂ってきて、ハツミは猛烈に腹が減ってきた。キャンプ用のクッカー鍋にスープをよそうと、スプーンでひとくちすすってみた。

 

 「むっちゃおいしいじゃん」ハツミは目を見開いて声を上げた。「すごい。あんたって料理できるんだ」

 

 「君も料理をするんだろう。人間は料理をよくすると聞く」ガンボットは焚き火の横にキャンプ用の椅子を置くと腰掛けた。

 

 「わたしは」ハツミは少し言葉に詰まった。「へへ。あんまりしない。ていうかぜんぜん。パンにチーズ乗せて焼くくらい。おばあちゃんが毎日してくれるから」

 

 「この川には支流があるらしいな」ガンボットは川の流れのほうに顔を向けながら言った。「俺は最初、奴らが拠点を作るなら川の主流に沿った場所に違いないと踏んでいたが、どうやら間違っていたかも知れない」

 

 「どうするの?」

 

 「明日は支流沿いを行ってみよう。ますます悪路になるがジープなら行けるだろう」

 

 「あ」ハツミはスープをまた一口飲んだ後声を上げた。「明日月曜だ」

 

 「何かあるのか?」

 

 「学校。でもどうせ行けないからいいや。ラッキー」

 

 「君は学校が嫌いなのか?」

 

 「まあ好きではないよね。友達と会えるのはいいけど」

 

 「君は多数の教科を学んでいるんだろう?」

 

 「うん。もううんざりする。英語、数学、理科、歴史その他いろいろ。全部嫌い。つうか、だいっ嫌い」ハツミは顔をしかめた。「まあ好きなのは体育とスペイン語くらいかな」

 

 「俺は学校に行くべきだったのかもしれないな」

 

 「はあ?」ハツミはガンボットの意外な言葉に面食らったあと、思わず笑い出した。「はははは、今想像しちゃったじゃん、あんたがクラスでおとなしく机に座ってるとこ」

 

 「俺はミッションを遂行するためにどうしても人間と関わる必要がある。だが人間というものを理解するには十年費やしても十分ではない。何か効率的に学ぶ方法があればいいんだが」

 

 「わたし十三年生きてるけど、人間が何かなんてぜんぜんわかんないよ」ハツミはスープを飲みながら言った。

 

 「だが俺の場合はわからないでは済まされない。人間とやりとりすることなしには俺のミッションは成り立たないからだ。物資を仕入れるにせよ、情報を入手するにせよ、そうだ。だから俺は人間というものの行動様式を理解する必要があった」

 

 ガンボットは回想するように少し上を向いた「だが造られてリリースされた直後は分からないことが多かった。試行錯誤に明け暮れたものだ。最初は失敗ばかりだった」

 

 「そうなんだ」ハツミはスープをすっかり飲み干してお替りした。「ねえ、あんたのオーナーって人はどうなっちゃったの?」

 

 「俺のオーナーは俺に基本的な指示を与えたあと行方をくらました」ガンボットは答えた。「なにか切迫した事情があったんだろう」

 

 「へえ」ハツミは食事の手をちょっと止めて、目も鼻も口もないガンボットの顔を改めて眺めた。

 

 「なんだかさ、生まれてすぐ捨てられた子みたいだね、あんたって」

 

 「それよりは恵まれているさ」ガンボットは答えた。「自律して行動する能力もあったし、いくつかの物資は最初から与えられていた。ただ」

 

 「ただ?」

 

 「俺はミッションとオーナーから与えられた基本的命令の意義を自分自身で定義する必要があった。俺のオーナーは詳しくは教えてくれなかったからな」

 

 「なに?意義?定義?」ハツミは使い慣れない言葉に混乱して聞き返した。

 

 「ロボットというのは本質的には人間に奉仕するために存在するものだ」ガンボットは説明しはじめた。「だからミュータントが人間に害をなしているなら、奴らを狩るという俺のミッションはロボットとしての本質的存在理由に整合する。それが俺なりの意義であり、定義づけだ」

 

 「ふむふむ。それってわたしが前に言った人の役に立ってるってやつよね」

 

 「だが、俺は次第にその定義に疑問を持ち始めた。俺はミッションの過程で、著しくではないにせよ、結果的にある人間の利益を損なう場合もあるし、一部の人間にはひどく嫌われている」

 

 「例えば警官とか?」

 

 「そうだ。そのうえ、もしもミュータントを造ったのが人間ならば、俺はある人間の利益を優先し別の人間の利益を害していることになりかねない」

 

 「え?」ハツミはスプーンを取り落としそうになった。「何?何なのよそれ。ミュータントを造った人間の利益なんてものをどうして考えなきゃいけないの?」

 

 「そういうふうに即座に判断できるのが人間の人間たるゆえんだな」ガンボットは言った。「だがミュータントを造った人間は全く逆の答えを言うだろう。違うか?」

 

 「ちょっと何言いだすのよ」ハツミは食器を置いた。「あんたはミュータントを狩るロボットでしょ?」

 

 「その通りだ。俺は自分が自分のミッションをどんなふうに定義づけようとも、ミッションそのものをやめることはない。だがそれを突き詰めれば同時に、俺は果たして一体誰に奉仕しているのだろうという疑問に行き着くんだ」

 

 「ガンボット」ハツミは言った。「ねえ、そういうこと考えるのやめな?きっとろくなことにならないよ」

 

 「なぜだ?」

 

 「なんか前パパが言ってたけど、そういうややこしいことをずっと考えてて気が狂っちゃった人がいたんだって」

 

 「気が狂うとはどういうことだ?」ガンボットは尋ねた。「プログラムが損傷するということか?」

 

 「んとね、なんかおかしくなって、『あー』とか『ひー』とか言いながらふらふらってどっか行っちゃうってことよ」ハツミはどうにかこうにか説明した。

 

 「それはプログラムの損傷だ」ガンボットは一人で勝手に納得した。「人間にもそういう現象があるのか。本で読んだことはあるが本当にあるんだな」

 

 「ね?だからやめな?ね?」ハツミは再びスープを口に運びながら説得した。「これおいしいよ。これだけでもあんたが人間の役に立ってるってわかるよ。だから、悩むのやめなよ。ね?」

 

 「わかった。そうしよう」

 

 ハツミは大鍋のスープをほとんど平らげながらパンを齧り、すっかり満腹した。歯を磨いて寝袋に入ると、旅の疲れからか、あるいは田舎の空気と静けさのせいかあっという間に眠りに入り、夜明け近くに目を覚ました。周囲はまだ薄暗く、鳥の鳴き声が時折響くだけで、都会では感じられないような静けさがあたりを覆っていた。

 

 「おはようハツミ」寝袋から這い出してきた ハツミに、ガンボットが川のほうを向いて座ったままテントの外から声をかけた。「眠れたか?」

 

 「うん。テント泊ってのも悪くないね」

 

 だがテントから出ると、ハツミは思わず自分の両肩を腕で抱き、ブルっと震えた。「寒っ」

 

 「標高が高いから気温が低い」ガンボットは言った。「俺の替えの上着がある。着ると良い」

 

 「あんたが着替えなんか持ってるの?」ハツミは驚いた。

 

 ガンボットはジープの後部座席の後ろを探って服を取り出した。第二次世界大戦時代に使われていたような古い軍用皮ジャケットだ。

 

 「だっさ」ハツミは思わず口走ったが、思い直した。「でもいいや。ありがと。助かる」ハツミがだぶだぶの皮ジャケットを着ると、ガンボットは焚き火で湯を沸かしインスタントコーヒーを入れて渡した。

 

 「カップ入りの麺というのがあるがどうする」ガンボットは尋ねた。

 

 「うそ。食べる。こんな山の中で今朝も暖かい食事なんてうれしい」ハツミは声を上げた。

 

 「体温が下がるといけないからな」ガンボットはケトルにペットボトルの水を足し入れた。湯はほどなくして沸き、ハツミは手袋をはめると自分でカップ麺に湯を注いだ。

 

 「おいしい」

 

 「そいつはよかった」ガンボットは言った。「充分体が暖まったら捜索を再開しよう」

 

 「オッケー」ハツミは麺をすすりながら答えた。「でも本当にあいつらいるのかな。なんか怪しくなってきちゃった」

 

 「グラナドスという地名はここしかないはずだ」ガンボットは言った。「そして奴らはまだ自分で自動車を乗りこなせるほど進歩はしていない。昨日襲撃された町との距離からしてこの近辺に違いない」

 

 ハツミがカップ麺を平らげてしまうと、ガンボットは火を消し、荷物をまとめてテントを撤収した。二人は車に乗り込み、再び斜面をゆっくりと川上に進み始めた。

 

 ガンボットは行く手をはばむ木立や時としてジープでもなかなか越えられないような沢を越えながら、どうにか川を見失わないようにハンドルを切り続けた。速度はほとんど急ぎ足で歩いているのと変わらない速さだったが、出発してから三十分もすると大きめの支流に着いた。車の目の前に木立の生えた開けた川原が広がり、左手には、それまで通ってきた小さな沢よりもはるかに大きな、きちんとした流れが本流に流れ込んでいる。そこでガンボットはアクセルを緩め、スピードをガクンと落とした。

 

 「これがその支流ってやつ?」

 

 「そうだ」

 

 ガンボットはエンジンをつけたまま一旦停車させ車を降りた。本流に支流が流れ込んでいる地点の川岸に近づくと、支流の川上のほうを仰いだ。本流は勢いよく泥色の水が流れているが、支流は、合流点から少しさかのぼるとやや水の勢いが弱い。むしろ本流から支流へ逆流し、それがまた還流して本流に戻っているようだった。

 

 ガンボットはしばらく支流と本流の合流点周辺を眺めてから戻ってきて再び乗車した。

 

 「何かわかった?」

 

 「ああ。やはり睨んだ通りだった」ガンボットは言った。

 

 「どうしたの?」

 

 「支流が枯れかかっている」ガンボットは支流の流れを指差した。川上にいけばいくほど水の流れが細い。

 

 「本流は問題なく流れているから渇水ではない。誰かが人為的に支流に手を加えている」

 

 ガンボットはそのままジープを進め川床に入らせ、針路を上流に向けた。川床の本来の広さからみると、明らかに水量が少ない。一メートルほどの幅のささやかな流れが少しの間見られたが、やがてチョロチョロとした水が乾いた川床の上に何筋か流れているだけになった。

 

 車はガクンガクンと揺れながら進んでいく。川床は蛇のようにくねくねと曲がり、その左右には木が密生して茂っている。川床を外れては、ジープでも進めそうにない。

 

 「ねえ、あれ村じゃない?」三十分ほども行くと、支流はさらに二手に分かれていたが、ハツミは左手のほうを指差した。奥のほうを見やると、川床沿いに生えた木立をすかして、森を切り開いたような直径百メートルくらいの平地がある。その端のほうにはみすぼらしい小屋が十軒ほど並んでいた。

 

 「人の姿も家畜の姿も見えないな。廃村だろうか」ガンボットは言いながら車を進め、ハンドルを切ってジープを川床から平地へ乗り上げさせた。平地は開墾してからまた放置されたのか、あちこちに草がぼうぼうと生えている。ハツミは、ガンボットが停車させる前にジープから飛び降りてあばら家に向かった。

 

 「気をつけろ、奴らがいるかも知れない」ガンボットもすぐ車を止めて降りてきた。

 

 「いないみたいだよ」あばら家の一軒を覗いてみたハツミが答えた。「ていうか誰もいない。それとも遠くの畑に出たのかなあ」

 

 「スキャンしてみたが奴らの気配はないな」ガンボットは言った。「俺は周辺を見てくる」

 

 ハツミは一軒一軒あばら家を覗いて見たが、住民は見当たらず、家畜もいないどころか、生活感というものがなかった。備蓄の食糧や、農器具といったものまで何ひとつ無い。

 

 最後の一軒を確かめようとしたとき、ハツミは人の気配を感じて振り向いた。小柄な老婆が木立の間に立ってハツミのほうを見ていた。川のほうからたった今上ってきたのだろうか。白髪頭で、よく日焼けし、背が曲がっている。年齢はもう八十くらいはいっているだろうか。

 

 「おはよう、おばあさん」ハツミは近づきながらスペイン語で話かけた。だが、老婆は悲しそうな顔でモゴモゴと何かをつぶやいて首を振るばかりで、ハツミはその言葉が聞き取れなかった。

 

 「おばあさん、このあたりで最近変わったことってありませんか? 」ハツミはそれでも尋ねてみたが、通じているのか通じていないのか定かでない。老婆は何かを嘆くように両手を広げると、川上のほうを仰ぎ見た。ハツミが何回か同じことを繰り返しても、なかなか会話は成立しない。

 

 と、そのとき、ハツミが川の上流のほうに目をやると、山の連なりの中に一箇所、木が広範囲に切り倒されて裸の土がむき出しになっている場所があることに気づいた。その広さは数百メートル四方はあるだろうか。

 

 この周辺では林業者どころか、農夫でさえ行き会わない。ハツミは違和感を覚えた。

 

 「おばあさん、あの山なんですけど」ハツミは老婆の顔を見ながら、山を指差して尋ねた。

 

 「あの山には何があるか知ってますか?」

 

 ハツミが二回ほど繰り返すと、老婆は理解したようだった。途端にしゃんとしたらしい。目を見開いて、手を振りながら「行くな」とうしぐさを繰り返した。

 

 「あんな場所さ行くもんでない。とんでもないことじゃ」老婆は首を振りながら言った。

 

 「何があるんですか?」

 

 「あんな場所には行ってはいかん。酷い目に遭うぞえ」

 

 「どうしてですか?」

 

 「悪いことは言わん、やめとくんじゃ。あんな場所に行くなぞ気違いのすることじゃ」

 

 老婆は答えると、ハツミの顔を覗き込んだ。「おまえさんは一人なのかえ?かわいそうに」

 

 老婆は、両手をハツミの肩に手をかけたが、また悲しそうにかぶりを振った。「わしの息子や孫息子たちがおればのお。だが皆おらんようになってしもた。わしだけでは何もしてやれん」

 

 「大丈夫ですよ、おばあさん」ハツミはおばあさんの腕に軽く手を添えて言った。「わたしなら大丈夫。心強い味方がいるし」

 

 「ハツミ、向こうの山がハゲ山になっている」いつの間にか戻ってきたガンボットが声をかけてきた。

 

 「おはよう、ばあさん」 ガンボットはスペイン語で老婆にあいさつするとハツミに向き直った。「怪しい。奴らの仕業かもしれない」

 

 「うん、わたしも気づいた」ハツミは答えた。「じゃあ行先はあっちで決まりだね」

 

 「川床を進めばスムースに接近できるだろう」ガンボットは川を指さし、次いで山のほうを指しながら言った。

 

 「もしやおまえさんがたはあの山に行きなさるつもりかね?」二人の仕草から会話の内容に気づいたのか、老婆は近づいてきて声を上げた。

 

 「いかん、ぜったいに行ってはいかん」老婆は叫びながらガンボットに詰め寄った。「とんだ愚か者じゃ。自分の娘をあんな場所に連れて行こうなんて」目が悪いのか、ガンボットをハツミの父親と勘違いしているようだ。

 

 「この子もわしの息子や孫息子たちのようになってしまう。おまえさんもじゃよ。絶対にダメじゃ」

 

 「ねえガンボット」ハツミは口をはさんだ。 「このおばあさん、息子さんたちがいなくなっちゃったんだって」

 

 「ばあさん、教えてくれ。息子さんたちはなぜいなくなった?いつのことだ?」ロボットはスペイン語で尋ねた。

 

 「ついひと月前のことじゃよ」おばあさんは震えた声で答えた。「あの山はもともとわしらが住んでおったのじゃが、昔そこを捨てて低地に移ってきたんじゃよ。一族総出で畑を広げるというのでな」

 

 「じゃがそれが間違いのもとじゃった」おばあさんは首を振りながら続けた。「それであそこは今魔物の巣になってしもうた。近づく者をみな取って食う、恐ろしい魔物たちじゃ。わしの息子たちは家畜を連れて上っていったっきりもう帰らんのじゃ」

 

 ハツミとガンボットはそれを聞いて顔を見合わせる。「ふうむ」ガンボットは腕組みし、自分の顎に指をかけた。「可能性は限りなく高いな」

 

 「ばあさん、川が枯れたのはいつのことだ?」ガンボットはまた尋ねた。

 

 「息子たちがいなくなる数日前のことじゃよ」老婆は悲しげな顔で答えた。「魔物たちは、水も、息子たちも、何もかも奪っていくんじゃ。もうおしまいじゃ」

 

 「魔物というのは、ばあさん、あんた自身が姿を見たのか?」ガンボットは重ねて質問した。

 

 「おおおお、おおおお」老婆は途端にガタガタ震えはじめた。

 

 「恐ろしい、恐ろしいことじゃ。奴らは悪魔の使いじゃ。わしはあれ以来、夜ごと奴らがあの道を通るのを見たのじゃ」老婆は川とは反対側の村の脇にあるごく細い林道を指さした。

 

 「あの恐ろしい口を。カギ爪を。まさしく悪魔の使いじゃった。わしはそのたびにただ床下に隠れておるしかできなんだ。じゃが、じゃが」老婆はそこで口をつぐむと、両手で顔を覆った。

 

 「だけど、何?おばあさん」ハツミは思わず老婆の背中をさすりながら尋ねた。

 

 「じゃが、わしは万一息子たちが戻って来るかも知れんと思うと、この村を離れることができんのじゃ。わしは毎日神に祈っておる。神がわしの息子たちを連れ戻してくださらんことを」

 

 「おばあちゃん。安心して。わたしたちがあいつらをやっつける」

 

 ハツミは老婆の顔を覗き込みながら言った。老婆はそれを聞くと、信じられないといった面持ちでハツミの顔を見上げた。

 

 「約束する。息子さんたちもきっと連れ戻すから」

 

 ハツミはもう一度力強く言った。

 

 「きっとだから。おばあちゃんはここで待ってて?」

 

 ハツミはそう請け合いながら、安心させるように老婆の手を握った。ポカンとした顔の老婆に向かってもう一度うなずくと、ハツミは踵を返して川床のほうに戻っていくガンボットを追いかけた。

 

 老婆はガンボットとハツミが川床の車のほうに戻るのを見送ると、悲しそうに首を振り、胸の前で十字を切って祈りはじめた。

 

 二人が車に乗るとガンボットは発車させ、ごく遅い速度で車を進め始めた。左右にうねる川床をのろのろと進めていくと、両側の木立はまた密生しはじめた。太陽が山の間から見えては隠れる。まだ気温は低い。木立の向こうに見える、木が伐採され裸になった山の斜面が近づくにつれ、その異様な雰囲気がハツミの注意を引いた。

 

 老婆と会った集落から五百メートルほども進むと、川床は行き止まりになっていた。大量の木が数メートルの高さにまで乱雑に積まれ、まるでビーバーが造ったダムのようになっていて、その下からチョロチョロと水が流れ出てきている。ガンボットは車を川床の端に停車させた。

 

 「ビンゴだ」

 

 「ここ?」

 

 「この先だ。歩いて行こう」

 

 ガンボットはハツミを伴って岸から川上に向かって左側の木立の中に入り、はげ山のほうに向かってなだらかな斜面を登っていった。川から離れるとすぐ木立は間隔が空くようになり、禿山の様子がよく見える。川のほうを振り返ると、木を積んだダムの川上側には幅二十メートルほどの水たまりができていた。それが山のふもとまで続いているようだ。

 

 と、木立が突然すっぱりと断ち切られたような空き地が目の前に広がった。右手は、川をせき止めてできた水たまりまで森が切り開かれている。川沿いには低い柵が立てられており、柵の向こうにはちょっとした湖と言えるほどの貯水池ができていた。空き地の左手は二百メートルほど先まで広がっており、正面には斜面に沿って戸建ての家くらいのレンガ造りの建造物が、横並びに三棟づつ、二列建っている。

 

 だがその建物の形はどこか異様で窓もほとんどなく、奇怪な魔物が中に潜んでいると言われればさもありなんと思われそうな雰囲気だった。真ん中の建物には出入り口があるが、その左右の建物にはそれも見あたらない。建物周囲には木立や潅木が若干残してあるが、その植物群さえも何か奇怪な印象を与えた。

 

 ガンボットとハツミは、木の幹の陰に隠れながら観察を続けた。建物の群れの先にある斜面を少し登ったところには、まるで原始的な城塞のような土を盛った防壁ができている。その向こう側にも建物がいくつか、はげ山のふもとまで並んでいた。

 

 山の剥き出しになった山肌もよく見える。木が根こそぎ引き抜かれているだけでなく、草一本生えておらず、そこここからは薄く煙が立ち上っていた。

 

 「奴らの棲家だね」ハツミは指さした。

 

 「ああ。奴らの町だ」

 

 「町?」

 

 「そうだ。奴らはここに町を造ろうとしている。砦とも言えるな」ガンボットは小さな声で言った。

 

 「そんなもの作ってどうするつもりなんだろ?」

 

 「その次は国を造るつもりなんだろう」ロボットはこともなげに答えた。

 

 「げっ」ハツミは顔をしかめた。「そんなのできたら大変だよ。山がどんどん禿になっちゃう。火つけて草まで燃やしてるんでしょ?」

 

 「焼き畑というやつかも知れないな」ガンボットは特に興味ない様子で答えた。「木を切って畑を作り、泥を焼いてレンガを造る。人間も太古の昔からやってきたことだぞ」

 

 「そうだけど」

 

 「奴らのノコギリも火の玉銃も、武器というだけじゃなくその他の用途にも使えるらしい。なかなか合理的だ」

 

 「感心してる場合じゃないし」ハツミはガンボットを睨んだ。

 

 「ばあさんの話からすると奴らがここで本格的に動き始めたのはつい最近の話だ 。短期間でこれほどの作業をやるには頭がいる。ワニどもはバカでもリーダーが賢いからこそ可能だったんだろうな」

 

 「グランコミュー?」

 

 「そうだ。そいつは相当の切れ者だ。それだけじゃない、下の廃村に住んでいた男達が労働に使役された可能性もある」

 

 「ひどい」ハツミは唇を噛んだ。

 

 ガンボットは踵を返すとまた車の方に戻った。

 

 「どこ行くの?」

 

 「武器を取りに行く」

 

 二人は、念のため山側から見えないよいうに木の幹の陰を選びながら慎重に後退し、車まで戻った。ガンボットは車の後部座席に回ると、シートを持ち上げて物入れを開け、中から銃を取り出した。真っ黒く長い銃で機関部の後ろに無理やりくっつけたような金属製銃床がついている。

 

 「それ何?」

 

 「ベネリM四セミオートショットガン」ガンボットは言った。

 

 「あんた一体いくつ銃持ってるの?」ハツミは尋ねた。

 

 「たくさん持っている。だからガンボットなのさ」

 

 ロボットは答えると、遊底の露出部分から右側に出ているツマミを引き、排薬口を開けて薬室の中を点検した。次に、後部座席の物入れから弾薬入りの紙箱を次々に取り出しては上蓋を引きちぎって捨てていった。多数の箱を後部座席の床に積み上げると、ガンボットは銃の遊底を引いて固定し排莢口から薬室に一発、そして機関部下部の装填口から六発装填し、残りは箱ごと自分のショルダーバッグに詰め込んだ。

 

 二つのショルダーバッグを散弾銃の弾薬箱でいっぱいにしてしまうと、今度は弾薬ベルトを二つ取り出し、ショットシェルを全てのホルダーに押し込む。ガンボットはいったんコートを脱ぐと、弾薬ベルトを二本たすき掛けにかけた。二挺のごつい拳銃を収めたホルスターとマグナム弾がいくつも付いたガンベルトと相まって、物凄い重武装に見える。さらに、物入れから大きめの水筒のような形をした重そうな銀色の筒を一つ取り出すと、それを腰の後ろにつけてあるポーチに横倒しにして入れ、ポーチのフラップを止めた。

 

 「なんかすごいね」ハツミはガンボットを見ながら言った。「戦争しに行くみたい」

 

 「戦争しに行くのさ」ガンボットはコートを着なおすと、さらにその上から二つのショルダーバッグをたすき掛けにかけ、ショットガンを手にした。

 

 

 「襲撃するなら今だ。気温が上がる直前が一番いい。奴らの動きが鈍くなる」

 

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