翌朝、ハツミとガンボットは早朝に食事を済ませ村を出発した。助手席に座ったハツミが別れを惜しむ村人達に手を振っている間、ガンボットは村人達が家畜を移動させるために使っていた狭い裏道にどうにか車を乗り入れた。そこから二キロもガタガタと走っていくと、いつの間にか一昨日通った川沿いの車道に合流していた。
ガンボットはスピードを上げ、畑の中を突っ切る道を通り、それからグラナドスの小さな町を通過し、さらにもう一つの町を通って十四号を左折した。
「武器を買い付けに行きたい」ガンボットはいった。「シウダード・ファレスに向かう。だが道路の便が悪いからアグア・プリエタに戻って、それから東に向かう」
「オッケー」ハツミは朝の風を顔に受けながら答えた。「あの長い銃壊れちゃったもんね」
「そうだな。奴らが防弾具を造れるとしたらこっちももっと強力な銃を手に入れる必要がある。できれば全自動銃が欲しいが世界平和条約により販売できなくなっているから、特殊なツテを頼る」
「特殊なツテって?」ハツミはガンボットを見た。「友達でもいるの?昔助けてあげた人とか?」
「友人というわけではない。向こうは俺を知っているが、好いてくれてはいない。ただ、取引はできる関係だと思う。ミュータントどもと違って、紳士的で話のわかる連中だ」ガンボットは答えた。
「連中?」ハツミは聞き返した。「てことはたくさんいるんだね」
「ああ」ガンボットは言った。「人間の集団だ」
「人間の集団」ハツミは苦笑いした。「なんかヘンな言い方。あんたのしゃべり方伝染しそう」
「伝染?俺は生物ではないから病原体は持っていないはずだが」
「いや、そうじゃなくてわたしまでだんだんあんたに似たしゃべり方になっちゃいそう」ハツミは説明してからまた尋ねた。「どうやって知り合ったの?」
「シウダード・ファレスの街はずれで、はぐれミュータントに行きあたったので狩った。そこにたまたま連中がいた」
「助けてあげたんだ?」
「俺としては結果的に連中の安全にも役立ったとは思っている」ガンボットは言った。
「だが、連中には少しも感謝されなかった。どうやら余計なことをしたと思われているらしい」
「男子ってたいていそうなんだよね」ハツミは言った。「ほんと呆れる。プライドばっか高いんだから」
「プライドという言葉は本で読んだことがあるが、どういう意味なのかがいまひとつわからない。実際どういうものなんだ?」ガンボットは尋ねた。
「ええっと」ハツミは説明した。「男子ってみんなオレはえらい、オレは強い、オレは凄いって思いたいのよ」
「つまり自分の実力より自分を高く評価したいと思っているわけだな」
「そう、それそれ」ハツミは言った。「うちのクラスとかそんなのばっか」
「それは極めて危険なことだ」ガンボットは言った。「場合によっては命を落としかねない」
「でしょ?言ってやってよ。うちのクラスの男子にも」
「それ以前に俺が教室に現れたら子供が怯えるかもしれない」
「むしろ喜んじゃうかもよ、男子だったら特に。中学生なのにいまだにロボットアニメが好きとかゴロゴロいるもん」
「ロボットが好きな人間などいるのか?」ガンボットは極めて意外だというような声を出した。
「いないと思ってたの?」ハツミも驚いた。
「怖がられたことだったら無数にある。ワニを狩って命を助けた相手からさえ警察を呼ぶと言われたことがある」
「それひどいね」ハツミは眉をひそめた。
「だが人間は外見が自分と異なる者を警戒する習性がある」ガンボットが言った。「それ自体は合理性がある。外見が違うということは習慣や行動様式が違い、従って衝突が発生する可能性が高いからな」
「よくわかんないけど、もうそんな時代じゃないと思うよ」ハツミはあくびしながら言った。「これからはね、違いを受け入れながらともに生きる世界とかなんとか先生が社会の授業で言ってた気がする。難しいから半分寝てたけど」
ハツミはカーステレオがないのでラジオをつけたが、あいにくスペイン語の知らない歌ばかりだったので、しまいにはラジオを切って自分で流行り歌を歌い始めた。道はほどなくモクテスマの町に差し掛かる。ガンボットはそのまま止まらずに十七号との交差を右折した。
「歌というのはなぜ同じことを繰り返すのか?」ガンボットは聞いた。
「そりゃそうすると気持ちがいいからでしょ」ハツミは言った。
「それは理解するのが難しい」ガンボットは言った。「同様の意味の文を違う言葉で表現するならわかるが、一字一句たがわず繰り返すのはプログラムの故障を思わせる」
「人間ってときには故障したくなるんだよ」ハツミは適当に返した。「だっていつもきちっとしてたら疲れちゃうでしょ」
「休憩が必要か?出発したばかりだが」
「そうじゃなくって」ハツミは笑った。「人間って意味のないことをしたくなるの。特に子供はそう。でも大人だってそうだよ。パパだってよくゴルフだなんだって友達と出かけてるもん」
「いわゆる遊び、のことか」
「それそれ」ハツミは手を打った。「よく知ってるじゃん。遊びがないと人間って退屈で死んじゃうから」
「退屈とはどういう感情だ」ガンボットは尋ねてきた。
「ええとね、ヒマでヒマで何もすることがなくてむずむずする感じ」
「なぜ、行動していないということに耐えられないのだ?」ガンボットはチラッとハツミの方を向いた。「人間は疲労を感じやすく頻繁に休憩を必要とするだろう」
「めんどくさいなあ」ハツミは上を仰いだ。「遊びも休憩の一種なの」
「ならば君も定期的に遊びを必要とするのだな」ガンボットは言った。「どんな遊びが必要なのだ?」
「まあゲームやったりとか友達と動画撮ったりとかお兄ちゃんとケンカしたりとか」
ハツミは答えながら突然思いついて言った。「ねえ、あんたのその何とか人格のもとになった人、ほら」
「スティーブン・ノヴァクか?」
「そうそう。その人きょうだいっていたの?」
「いたらしい」
「兄弟?姉妹?」
「歳の離れた妹だ」
「そうなんだ」ハツミは助手席のシートで膝を抱えて座りながらガンボットの方を見た。「わたしんちと同じだ。で、お母さんはどんな人だったの?」
「詳しくは知らない。スティーブンがまだ子供のころ病死したということだ。だから家族写真のほとんどは三人までしか写っていない。いつもデイヴィッド、スティーブンと妹だ」
ハツミはそれを聞いてしばらく黙っていた。
「ねえ、ノヴァク博士はどうするの?」ハツミはまた尋ねた。
「殺しはしない。俺は人間をできるだけ害さないよう命令を受けている」ガンボットは答えた。
「じゃあ研究所についたらまずどうする?」
「まず全てのミュータントを射殺する。その過程でもし博士が俺の仕事を邪魔するなら適度に無力化する」
「何?その言葉」ハツミは顔をしかめた。「なんか嫌な響き」
「武器を持っていたら取り上げるか破壊する。それに加え縛りつけるなどだ」
「ねえ、わたしに考えがある」ハツミは言った。
「何だ?」
「説得してみる。もうミュータントを造るなんてやめてって」
「効果があると思うか?」ガンボットは言った。
「わからない。でも博士を撃つわけにいかないでしょ?」
「ふむ」ガンボットは少し考えて言った。「俺が博士の頭に銃を突き付けている間に君が説得するというのなら少しは効果があるかも知れない」
「何よそれ」ハツミはまたギョッとしてガンボットの顔を見た。「なんでロボットのくせにそんなこと思いつくの?」
「映画で見た」
「頼むからうちのクラスのバカ男子みたいなこと言わないで」ハツミはため息をついた。
「もちろん撃ったりはしない。人間の健康を害することは避ける」
「あのさあ、撃ちさえしなければどこも傷つかないと思ってるの?」
「当然だろう」ガンボットは意外そうな声を出してハツミの方を向いた。「一体どこが傷つくというのか?」
「本気で言ってるの?」
「ああ」
「やっぱあんたぜんぜん人間のことわかってないよ」ハツミは再びため息をついた。
「あのさ、人間てすごく怖い思いすると心が傷つくの」
「心が傷つく」ガンボットはまた前に向き直ると、反芻するかのように言った。「それは一体どういうことなのか?」
「その怖かったことを何度も思い出したりとか、もうそのせいで何も手につかなくなったりするの」ハツミは言った。
「それは不合理だ。たとえ一時的に危険があってもその危険が去れば安全になる」ガンボットは言った。「従ってそれ以降はもうその危険について考える必要はない。その理屈は明白だと思っていたが」
「だから人間ってそういうふうにいかないのよ」ハツミは少し苛立った。「心はすごく傷つきやすいの。何か言われただけで傷つくこともあるんだよ」
「そうだったのか」ガンボットは首を振りながら言った。「全く知らなかった」
「やっぱりあんたって誰かが付きっ切りでものごとを教えてあげないとだめみたいだね」ハツミは呟いた。「まるで無人島で十年暮らしてた人みたい」
「心のことはわかった」ガンボットは納得した様子だった。「だが聞きたいことがある。君はミュータント製造や博士の一味による誘拐をやめさせることを自らに課している。それと、博士の心が傷つくようなことはしないという君の願いとの折り合いをどうつけるのか?」
「それはそのときになってみないとわからないよ」ハツミは答えた。
「二つの相反するミッションを両方達成するのはひどく困難なことだ。大人にとってさえ困難なはずだから君にとってはなおさらだ」ガンボットは言った。
「そんなこと言われなくたってわかってるよ」ハツミは少し声を荒げた。
「また、心が傷つくということは客観的に計測することができない」ガンボットは付け加えた。「従って現実に起こっているのか起こっていないのかがわからない。一方ミュータントとそれによる被害は現実に起こっている。優先順位をつけるなら明白だと思うが」
「なんで人間がロボットなんかに説教されなきゃいけないのよ」ハツミはガンボットを睨みつけた。
「気に入らないようだな」ガンボットはたいして気にも留めない口調で言った。「だが今の人間たちはスマートフォンにさえ助言を求めるじゃないか。俺が君に多少の助言をしたところでひどく異例というわけではないと思うが」
「そういう嫌味な喋り方やめてくれる」ハツミは言った。「なんかイラっとする」
「それも心が傷つく、ということの一形態なのか?」ガンボットは呟いた。
「もういい」ハツミは窓の方を向いてしまった。
車は昼よりだいぶ前にアグア・プリエタに着いたので、二人は小休止をとってから二号線に入りハノスの町まで行ってから昼食をとることとした。車の中で会話は弾まなかった。ハツミも何かしゃべろうとは思っていても言葉が出てこない。そうこうしているうちにハノスの町に到着し、街道沿いにポツポツある店の中からレストランを選んで昼食を済ませ、すぐドライブを再開した。
ハツミにとっては、ミュータント騒動と一連の誘拐の根本原因にたどり着く瞬間が目の前に迫ってきていたけど、どうすればノヴァク博士を止められるか、ということについて妙案はひとつもなかった。
ガンボットの言うとおり脅迫してでもやめさせるべきなのだろうか。ハツミの心をそんな考えもよぎった。でも、正しいことをするためだと言って、果たして人の頭に銃を突き付けるなんてしていいのだろうか。
「正しいことのため」と言って、過去何百年も人は人を殺し傷つけてきた――学校で習ったそんな教科書の一節も思い出された。ハツミは、授業の内容なんて終わるとほとんど忘れてしまうことが多いのに、なぜかこのときだけは、普段なら考えるだけで眠くなってしまうようなこんな命題が何度も何度も頭の中によみがえってきた。
考え事をしていると二時間ほどが経ってしまったらしい。ハツミが気づくと、今までの町よりかなり大きい市街地に車は入ってきていた。アリゾナよりは寂れているのは相変わらずだが、それでも建物も多く、通りに面した店の店構えも格段に洗練されている。道を行きかう車の交通量も多い。ハツミはそれまでどの車線にも車がなく信号にも止められないドライブに慣れてしまっていたせいか、ガンボットのジープが頻繁に速度を落とすのに妙な違和感を覚えた。
「着いた。シウダード・ファレスだ」ガンボットは街路の一角に車を停めた。通りの左右にある建物の壁は落書きだらけで、道路にはごみがちらばっている。久しぶりの都会だ。
ハツミがガンボットに続いて車から降りると、ロボットは道を探すふうでもなく通りをまっすぐに進みはじめた。左手に、大きなけばけばしい看板を掲げた建物が現れた。バーか何かだろう。時間が早いのでまだ出入り口は閉まっていたが、その広い駐車場には派手な色をしたロールスロイスが二・三台置いてあった。 ガンボットは、若い男が二人ほどそんな車の一つにもたれかかっているのを見て、まっすぐ近づいていってスペイン語で声をかけた。
「よう兄弟」
近づいてみると、若者は二人とも見るからにワルいオーラを出していた。一人は肌が黒く縮れ毛で、自動拳銃をこれ見よがしに腰にぶら下げており、もう一人はやせぎすのインディオ系でところどころ顔に入れ墨をしている。
「なんだてめえは」肌が黒いほうの若者が手に持っていた煙草を地面に投げ捨てながらドスの効いた声で言った。ズボンのポケットに手を突っ込みながら二・三歩進み出て、ガンボットの頭からつま先まで眺め回している。
「お前さんたちのボスに会いたい」ガンボットは気軽な口調で言った。「取引をしたいんだ」
「取引だ?」若者は答える。「笑わせるな。どこの誰か知らねえがてめえみたいなガラクタと誰が取引するってえんだ」
もう一人の、顔に入れ墨の若者も近づいてきた。「よお、ブリキのカカシが歩いてるぜ」相方の肩に片腕を乗せながら、ガンボットを指差した。「なあフリオ、おまえのばあちゃんの家の畑の見張り番にちょうどいいと思わないか?」
「取引と言うからにはお前さんたちにも利益がある話だぞ」ガンボットは侮辱されたことを気にもしていない口調で答え、コートのポケットから分厚い札束を取り出した。それを見た若者達の顔色が変わった。
「お前さんたちのボスに取り次いでくれ。そうすればお前さんたちにも多少の分け前はあるだろう」ガンボットは若者たちの目の前で札束をピラピラと振った。肌の黒い若者が思わず手を伸ばしたところを、ガンボットは素早く札束を引っ込めてポケットに仕舞う。
「これでわかったろう。俺はなにも物乞いに来たわけじゃない。正当な対価を支払ってお前さんたちから物を買おうとしているだけだ」
「オーケー、まあいいさ」肌の黒い若者は肩をすくめた。「だがその前にてめえの有り金を全部こっちによこしな。そうすれば考えてやらねえこともねえ」若者達は顔を見合わせて嘲笑すると、顔に入れ墨をしたほうの男が腰から刃渡りの長いナイフを抜いて金を渡すようにと差し招くしぐさをした。
「仕方がない。取引不成立だな」ガンボットは言った。「ハツミ、どうやらこいつらはボスと直接話もさせてもらえないような下っ端らしい。他をあたろう」ガンボットはわざと若者達に聞こえるようにスペイン語でハツミに言うと踵を返した。
「なんだとてめえこの野郎」顔に入れ墨の若者はそう叫ぶと、ガンボットに背後から追いすがって思い切りナイフの刃をその背中に突き立てた。だが金属と金属が衝突する音がしたかと思うと、ナイフの先端が欠けてアスファルトに落ちた。若者は信じられないといった表情をして、ポッキリと折れたナイフの刃先を眺めたが、気を取り直して「くそっ」と呻くともう一度ロボットにナイフを突きたてようとした。
だがガンボットはくるりと振り向くと、若者が突き出したナイフを手でつかんだ。ガンボットが手に力を入れると、ナイフはたちまちぐにゃりと曲がってしまった。ナイフの持ち主は原型をとどめないほど曲がってしまった自慢の武器とガンボットの顔を交互に見比べるばかりだった。
「てめえよくも」肌の黒い若者が唸るように言うと、腰に下げた拳銃を抜いて進み出た。
「ベレッタM九十二か」ガンボットは平然として言った。「年代ものだが対人用としては悪くない銃だ。だが俺には通用しない」
「何だと?」肌の黒い若者は顔をゆがめると、ガンボットに向かって一発発砲した。ハツミは思わず首をすくめて一瞬目を閉じた。ガンボットのシャツに黒く焦げた穴が開く。だがガンボットはその場に突っ立ったまま両手を広げて首を振った。
「九ミリ拳銃弾は鉄板の一枚も破れないような弱装弾なんだぞ。せいぜいコヨーテ狩りくらいにしか使えない。知らないのか?」
肌の黒い若者は口をあんぐりと開けた。ガンボットはひょいと手を伸ばして難なくその手から銃をもぎ取ると、グリップのボタンを押して弾倉を排出し、スライドを押し下げながら器用に固定ピンを抜き取って拳銃をバラバラにし道路に投げ捨てた。
「まったく不合理なことこのうえないな」ガンボットはハツミのほうを向いてまたスペイン語で言った。「ハツミ、どう思う?人間というものは学校にきちんと通わないとこのような不合理な行動をとるようになるのだろうか?」
「ま……まあそうかもね」ハツミは辛うじてそう答えた。だがその頃にはハツミはもうその場を離れたくてしかたがなかった。ガンボットは取引相手のことを『紳士』だとか言ってたのに、全然話が違う。
「てめえ、覚えてろ」若者たちは捨て台詞を残すと、建物のほうに走っていった。若者達がバーらしき建物の入口から中に入ったかと思うと、今度は扉がバンと音をたてて開き、若者たちよりさらに人相の悪い男たちが十人ほど続々と出てきた。みな一様に腕に入れ墨をして、脇や腰にごつい拳銃をぶら下げている。彼らはガンボットの姿を認めると殺気立った表情になった。
「このガラクタ野郎が、一体この町になんの用だ?」先頭にいた、オールバックの長髪に口ひげをはやした、筋肉質の大男が人差し指をつきつけてすごんだ。
「あんたはたしか、ホセと言ったな」ガンボットはまったく平静な口調で応じた。「久しぶりだな、ホセ。確か三年前だったな、会ったのは」
「てめえが俺たちに恩を売ったつもりでいるならとんだ勘違いだぞ」ホセは吐き捨てるように言うと、親指で道路のほうを指し示した。「俺たちにはてめえの助けなど要らねえ。てめえに用は無い。痛い目に遭う前に今すぐこの町を出るんだ」
「俺はロボットだから痛覚はない。だから俺を痛い目に遭わせるのは不可能だ。それに俺は人間と違って体の一部を吹き飛ばされてもパーツを交換すれば済む」ガンボットは返した。
「俺を脅して言うことを聞かせたいなら、ホセ、もっと気の利いたやり方を考えろ」
「くそっ」ホセは横を向いて毒づいた。「てめえのくだらねえ御託は聞き飽きた。一体何が望みだ?」
「さっきから取引をしたい、とお前さんのところの若者に話していたんだがね」ガンボットは言った。
「取引だと?」
「そうだ。金はある。武器を譲ってほしい」
「ふざけるな」ホセは言った。「俺たちは商店じゃねえ。俺たちの武器は売り物じゃねえ。他をあたれ」
「金は欲しくはないのか?」
「俺たちを誰だと思ってる?」ホセはまたガンボットに向き直ると睨みつけた。「俺たちはこの町の支配者だ。てめえのようなガラクタロボットから金を恵んでもらわなきゃならねえほど落ちぶれて見えるか?」
「ならこれはどうだ」ガンボットは言った。「もしこの町にワニが現れたら、俺が狩ってやる。俺はワニ狩りの専門家だ。お前さんたちの仕事は楽になる。そして俺はお前さんたちから現物支給という形で報酬を受ける」
「てめえの助けは要らねえと言っているだろう。同じことを二度言わせるんじゃねえ」ホセは片手を横に払った。「話は終わりだ。今すぐこの町から出ていけ」
「仕方がない。あんたならもう少し話が通じると思っていたがな」
ガンボットは肩をすくめた。「ワニどもの数がここ最近どんどん増えているのは知っているだろう。この町にもいずれ群れをなしてやってくるぞ。だがそれでもあんたらだけで対処するんだな?」
だがホセはもう十分だという顔をして腕組みをすると、黙って道路のほうに顎をしゃくった。ガンボットは、ハツミのほうを向くとまたわざとスペイン語で話した。
「俺たちはどこかで宿をとって高みの見物といこう。ワニと戦って死ぬやつが何人か出たら、あいつらも考えを変えるかも知れない」
ガンボットはハツミの背中に手を添えると、道路に停めた自分の車のほうに向かった。ハツミは心の底からほっとして溜息をついた。中学の男子どうしのケンカなど比べ物にならないほどの殺気だったやり取りを見ているだけで神経が磨り減ってしまいそうだった。
ハツミとガンボットがバーの駐車場から道路に出てジープに向かって歩いていると、さっき駐車場で見かけたのと同じような高級車が二台ほど、物凄いスピードで通りを走ってきた。タイヤと道路が擦れあう嫌な音を立てながら、先ほどの駐車場に入っていく。停車した車からは数人の男たちがあわただしく降りてきて、ホセと呼ばれた大男に何事か話していた。
「ねえガンボット、一体あいつらのどこが『紳士』なわけ?」ハツミは歩きながら言った。
「言葉が通じるじゃないか。最初に会った二人の若者はちょっと怪しかったがな」ガンボットは答えた。
「あんたの頭の中では言葉が通じればみんな紳士なの?」ハツミは聞き返した。
「そうだ。言葉が通じるということは常に交渉の可能性がある。俺は銃を撃つことばかりが能じゃない。交渉で解決できるならそうするようにプログラムされている。そして交渉で物事を解決するのが紳士の行いだ。よく『紳士協定』とか言うだろう」
「呆れた」ハツミは白目を剥いた。「あれが『交渉』なんだ。わたしには男子どうしのケンカを十倍くらい激しくしたのにしか見えないけど」
すると、背後から呼び声が聞こえた。振り返ると、ホセと数人の男達が道路にまで出てきて、こちらに向かって手招きしている。
「何だろ?」ハツミは言った。
「さあな」ガンボットは立ち止まって言った。「だが行ってみよう。やつらが考えを変えたのかも知れない」
「わたし嫌だよ。もうあんな連中と近づきたくない」ハツミは首を振った。
「まあそう言うな。あれでも気の善いところもある男たちだぞ」
「冗談やめてよ」ハツミは声を上げた。「あんたってワニ以外は全員天使みたいな善人に見えてるんじゃない?きっとワニ狩りのやり過ぎだよ 」
だが、ハツミとガンボットが話している間にホセたちのほうから近づいてきた。
「おい、ロボット」ホセは言った。「お前、ワニ狩りが専門だと言ったな?」
「そうだ」
「群れをなしているワニどもを狩ったことはあるか?」
「そんなことはしょっちゅうやっている。昨日もやったし、おとといもだ」ガンボットはハツミのほうを向いて言った。ハツミもちょっと首を傾けて同意のしぐさをした。
「五十匹の群れはどうだ?」ホセは念押しするように尋ねた。
「全く問題ない」ガンボットは即答する。「五分もあれば片がつくだろう」
「来い」ホセは踵を返すと手招きした。「お前に仕事をやろう」
「待て」ガンボットは呼び止めた。「報酬はどうなる?」
「お前の欲しい武器とやらをやる」ホセは立ち止まると言った。「もし成功したら、の話だがな」
「全自動火器だ。小口径ではなく七・六二ミリ弾か、それ以上の弾が撃てるやつだ。弾薬もしこたま欲しい」
「後で好きなものを選ばせてやる。だがまず現場に来てもらおう」
「了解した」ガンボットは答えて、ハツミの肩に手を添え、今度は英語で話した。
「ハツミ、すまないがもう少し付き合ってくれ。武器が手に入るまでの辛抱だ」
「ふう」ハツミは首を振りながらまた溜息をついた。
ガンボットとハツミはジープに乗り込むと、ホセたちが乗った車の先導で町外れに向かった。壁が落書きだらけの建物に左右を挟まれた道路を十分ほども走ると、車の列は四十五号線に出る。ホセたちは一気に車を加速し、ガンボットもジープを駆ってついていった。三十分もすると急に建物はまばらになり、左右に平原が広がりはじめる。古びた商店やドライブインを何軒か通り過ぎると、ホセは右にハンドルを切り四十五号のD道路に入っていく。
そこからは、左右にだだっぴろい平原が広がるだけの単調な道が続いた。あまりに単調な風景が続くので、ハツミはまるで自分達が同じ場所を繰り返し走っているような錯覚を覚えたが、十五分もすると車列はやがて左に折れてわき道に入った。そこからさらに十分も走ると、車列はトタン屋根とコンクリート壁の無機質な建物が群集した工場を思わせるような場所に入っていった。
ホセは工場の敷地の南端に車を乗り入れ、ポツポツと木の生えた平原を臨む場所に停車して車を降り、手下たちもそれに続いた。ガンボットはギャングたちの車列から少し離れた場所にジープを停める。ハツミがガンボットと一緒に車を降りると、薬品の強烈な臭気が漂ってきて、彼女は顔をしかめた。
「ヘンな臭い。なにこれ?」ハツミは手で口と鼻をおさえた。
「わからない。俺には嗅覚がないからな」ガンボットは答えた。「一体どんな臭いだ?」
「なんかツンとする薬みたいな臭い。わたしこういうの苦手なんだよね」
「こっちだ」二人が話していると、ホセが手招きした。ガンボットがハツミを伴って近づくと、ホセは南東の方角を指差した。百メートルほど離れたところには、まばらな木立に囲まれて粗末なバラック小屋が密集している。
「見てみろ、奴らがいるだろう」ホセが言った。ハツミがよく目を凝らしてみると、バラックの村を取り囲む木立の影に、一匹のワニ人間が座り込んで休んでいるのが見えた。
「二、三、四、五、六」ガンボットはセンサーで走査しはじめたのか、数を数え上げはじめた。「なるほど、ここから感知できるだけでも軽く三十匹はいそうだな。いつからだ?」
「今朝がた一匹出たと思ったらみるみるうちに数が増えたそうだ」ホセが答えた。「住民は避難させてある。とっとと片付けてくれ。多少なら物を壊しても構わん」
「多少、というのは保証できないぞ。何しろ俺の銃は五〇〇マグナムだからな」ガンボットは言った。「口径だけで言えば対戦車ライフルと同じだ。お上品な仕事には向かない」
「わかった。あのバラックは丸ごとぶち壊してもいい。だが、覚えておけ。この工場に奴らが一匹でも入り込んだら、仕事は失敗とみなす。報酬はなしだ。流れ弾でこの工場の設備を壊した場合も同じだ」ホセはふたたび念押しするように言った。「わかったな?」
「いいだろう」ガンボットは請合った。「仕事の準備をしたらすぐ取り掛かる」
ガンボットが踵を返してジープに戻ろうとしたその時、ひときわ巨大なキャデラック・エスカレードが外の道路から工場の敷地に乗り入れてきた。車が停車して運転席のドアが開き、中からまるでゴリラのような巨体に黒いスーツを着たスキンヘッドの男が出て来る。ゴリラ男は、外見に似合わないうやうやしい動作で後部座席のドアを開け、誰かが出てくるのを待っていた。
やがて、そいつとは対照的に華奢な体つきをしたハンサムで小柄な四十男が車を降りてきた。 黒髪をきれいにオールバックになでつけ、鼻の下には洒落た口ひげを生やしており、きわめて仕立てのいい白いスーツを着、ピカピカ光る黒い革靴を履いている。ギャングどもはその男を見ると、明らかに恐れ入った様子で集まってきた。
「ホセ、これは一体どういうことだ」降りてきたハンサムな男は静かな声でホセに向かって言った。だがその声の調子は明らかに相手に有無を言わさない高圧的な響きがあった。
「お知らせするのが遅れちまってすいやせん、ボス」ホセは自分よりはるかに小柄なその男に見えない力で押さえつけられているかのような神妙な様子で答えた。「これからワニどもを片付けやす。工場には指一本触れさせやしません」
「そんなことは聞いてねえ」ハンサムな男がふところから細い葉巻を一本取り出しながら言うと、ゴリラのようなスキンヘッド男が素早くライターを取り出して火をつけた。
「なぜあのロボット野郎がここにいる?それにあのガキは何だ?」ボスと呼ばれたハンサムな男は葉巻でガンボットとハツミのほうを指差した。「なぜ余所者がこの場所にいるのか、と聞いているんだ」
「やあ、誰かと思ったらリコじゃないか」ガンボットはその場をぶち壊しにするような明るい声を出し、ボスと呼ばれたハンサムな男に歩み寄った。「三年間会わない間にお前さんもボスの貫禄が出てきたな、え?」
「てめえはここにいていい人間じゃねえ」リコは冷たく応じた。「てめえが俺らの仕事に首を突っ込んでいいという許可を誰が出したんだ?」リコがホセのほうをちらりと見ると、ホセは怯えた顔をして目を逸らした。
「その前に、リコ、覚えておいてくれ。俺は人間ではない。ロボットだ。そこのところをよろしく頼む」ガンボットはまたもその場に似つかわしくない気楽な声で言った。
「お前さん達はワニ退治にえらく手間がかかるんで悩んでたんだろう?だが俺が来たからには安心しろ」ガンボットは自分の胸を軽く叩いた。「俺は専門家だ。作業はすぐに終わるし、俺も報酬さえもらえればすぐここから消えうせる。リコ、それであんたも問題ないだろ?」
だがリコは答えずに、悠然とガンボットに歩み寄った。ロボットの傍らまで来て、ぐいと顔を近寄せる。「俺たちが何者かわかっちゃいないようだな、ガラクタ機械野郎」
「ここでは俺たち――いや、正確に言うと『俺』が法律だ。ロボットだろうと何だろうと俺に意見するヤツは許さねえ」リコは煙草を少し吸うとガンボットの顔に煙を吹きかけた。「てめえのポンコツ頭脳が理解できるようもう一度言ってやる。ここでは俺が『神』なんだ。この町ではバッタ一匹が飛ぶのも俺の許可なしにはできねえ。てめえの勝手な出しゃばりを許すほど俺は甘くねえんだ」
「そうかい。俺はホセに頼まれてきただけだ」ガンボットは肩をすくめた。「だが仕事の依頼を取り消すというなら仕方がない。さっさと帰るさ。あんたらだけでせいぜい頑張ることだな」
「行こうハツミ」ガンボットはハツミに声をかけるとジープのほうに向かいかけたが、リコは凄みのある声で押し止めた。
「そうはいかねえ。俺の庭に勝手に入ってきて無事に出られると思うか?」リコは傲然とした表情でガンボットに人指し指を突きつけた。
「余所者でここに入って無事に出て行った人間はいねえ。ごくたまに鼻を突っ込んでくるヤツもいるが、みんな今はドラム缶の中で眠ってる。言ってる意味はわかるな?」
「ここはあんたの秘密の庭ってわけか?」ガンボットは立ち止まると、周りを見回した。
「なるほどな。ここはおおかたお前さんたちの麻薬製造工場か何かなんだろう?おかしな薬の匂いがすると思ったよ」
ハツミはぎょっとして思わずガンボットのほうを見た。麻薬製造工場?
「あのバラックは工員たちの住宅なんだろう。ワニどもはバカだから、工場には目もくれず、食べ物の匂いに誘われてあのバラックを襲ったんだな。だがバラックに連中が居座ってしまい、工場の操業が再開できないもんだからホセの旦那も困り果てて俺に声をかけてきた。図星だろ?」
ホセは弁解しようとするかのように何かを言いかけたが、リコが片手を上げて制し、またゆっくり葉巻を吸ってから口を開いた。
「用心棒の押し売りは要らねえ」リコは言った。「それにてめえが俺たちの役に立つとどうやって証明できる?」
「どうやっても何も、今すぐ証明してみせるさ」ガンボットは言った。「あれくらいの群れは何度も狩っている。昨日も一群れ片付けてきたところだ」
だが、ガンボットはそこまで言うと首を振った。「だが、リコ、正直言って俺もメンツにばかりこだわるお前さんたちと交渉するのに疲れてきたところだ。お前さんが俺を要らないというならもうそれでいい。余計なことを言って悪かった。工場の場所の秘密は守る。俺はもう行くよ」
「ボス、なんでもこいつの言うことには、仕事をさせれば報酬は長物の銃を一挺と弾薬だけでいいと」ホセがやっと口を開いた。「そんなに安上がりなら頼まない手はねえと思いまして」だがリコにジロリと睨まれるとホセは口をつぐんだ。
「武器が欲しいだと?」リコは目を細めると改めてガンボットに尋ねた。
「ああその通りだ」ロボットはてらいなく答えた。「お前さんたちの持っている武器をひとつ譲り受けたいんだ。もはや軍隊が消えた今、お前さんたちより強力な武器をたくさん持っている集団は地球上にいないからな」
「くだらん御託はいい」リコは横にぺっとつばを吐いた。「てめえはただでさえ目ざわりな奴だ。武器を渡したらてめえがますます俺たちの邪魔にならないという保証はどこにある?」
「俺はお前さんたちがどこでどんな悪事を働こうが一切興味はない。お前さんの邪魔をする気はないし、俺は警察にも協力しない。俺自身おたずね者同然だからな。俺はただミュータントを狩りたいだけだ」そう言うとガンボットは自分の脇腹をポンと叩いた。「もちろん俺も銃は持っている。だが仕事を効率化する必要があるんだ。今後もっとたくさんの数を狩らないといけないんでね」
リコが黙っている間にガンボットは続けた。「それにお前さんたちも奴らが縄張りを堂々とのし歩いているのを知っていながら見て見ぬふりというわけにいかないだろう。今まで神のごとく君臨していたお前さんたちが、ワニ男どもに右往左往させられているようじゃあ、町の人間もお前さんたちの力を疑い始めるかもしれない。そうだろ?」
ガンボットに尋ねられ、リコは片方の頬をピクっと痙攣させたが、そのまま腕組みをして聞いていた。
「リコ、お前さんはどこからか掃除ロボットでも借りてくる感覚で俺に狩りをやらせればいい。ワニどもが駆除されれば町の人間もお前さんへの信頼を失うことはない。そしてお前さんは商売を続けられる。誰も損をしない。問題と言えばあの気持ちの悪いワニどもの死体を誰が埋めるか、くらいだろう」
「いいだろう」しばらくしてからリコは短く言った。「仕事にかかれ。だが少しでもドジを踏んだらてめえはゴミ箱行きだと覚えておけ」
リコがゴリラ男を従えて悠然と引き上げると、ホセは心底から安堵したような晴れやかな顔をし、ガンボットに向かって行け、と合図をした。ガンボットはハツミと一緒にジープに戻った。
「ねえガンボット、麻薬製造工場ってどういうこと?」ハツミは、車の後部座席からショルダーバッグや弾薬箱を取り出して身支度をはじめたガンボットに尋ねた。
「以前シウダード・ファレスの近辺でワニ探しをしていたときに聞いたうわさだ」ガンボットはショルダーバッグのフラップを開け、中にマグナム弾をくわえ込んだスピードローダーがぎっしり詰まっているのを確かめると、念のためマグナム弾の弾薬箱を二・三個放り込んでからバッグを自分の肩にかけた。さらに、後部座席のシートを持ち上げて中の物入れからファイア・フューリーを一本取り出して、腰のポーチに収めた。
「この町のギャングどもにとって麻薬は一大収入源なんだ。奴らはこの周辺で麻薬を精製し、国境をはさんで向かい側のエル・パソに運ぶ。アメリカでは麻薬は高く売れる」
「信じられない」ハツミは目を見開いて呟いた。「ガンボット、あんたは悪党の片棒を担ぐことになるんだよ?それでもいいの?」
「ハツミ、奴らの商売は俺には一切関係のないことだ」ガンボットはM五〇〇を抜き出して点検すると再びホルスターに収めた。「何よりも俺たちは武器を手に入れる必要がある。ノヴァク博士の本拠を潰すには拳銃だけでは到底足りない」
「ガンボット、もうこんなことはやめよう」ハツミは眉をひそめて首を振った。「物事がどんどん悪いほうに行く予感がする。もうこんな町、あと一分だっていたくない」
「まあ一分は無理だが、五分我慢してくれ。そうすれば終わる」ガンボットはこともなげに言った。
「それより心配なのはハツミ、奴らが君を人質に取るかも知れないということだ」ガンボットは身支度を終えるとジープの扉を閉じた。「君はジープの運転席に乗っていろ。危険を感じたらクラクションを三回鳴らせ。それを聞いたら俺は狩りを中断して君のところに向かう。君も俺のほうに向かって車を走らせろ。わかったな?」
「でも」ハツミはもう一度ガンボットを思いとどまらせようと口を開いたが、ロボットはもうバラック村のほうに歩き始めていた。
ハツミは口を尖らせて軽く首を振った。まさか、強力な銃が欲しいからといってガンボットがギャングの手伝いをするなんて思ってもみなかった。
「ああもうっ」ハツミは自分の頭を帽子越しにかきむしった。ガンボットは強力な銃を手に入れるという目標以外、なに一つ眼中にない。ロボットらしいといえばロボットらしいが、ハツミは自分が胸の底に感じているギャングたちへの嫌悪感をガンボットが少しもわかってくれないことにひどく苛立った。
そうこうするうちに、南のほうから銃声が聞こえた。ハツミがジープから離れてバラック村のほうを見やると、ガンボットは村の端に立って、まるで水でも撒くような無造作な様子で拳銃を撃っていた。木立の間から姿を現したワニ人間たちが次々倒れていく。そこへバラックの屋根から鉄砲ワニが三匹ほど顔を出した。ガンボットは鉄砲ワニが撃ってくる火の玉をひょいひょいと避けながら拳銃に弾を込めると、左手にM二十九を抜いて両手で射撃を開始した。鉄砲ワニたちはみなひとたまりもなく屋根から転げ落ちた。バラックの中からノコギリワニたちがバラバラと飛び出してくる。M二十九をホルスターに収めたガンボットは、ノコギリワニたちが襲撃者の居場所を確認する前にM五〇〇に弾込めを終えてしまうと、一発づつヘッドショットを決めていった。まるでゲームでもしているかのような鮮やかな手際だった。
「あいつってばハンパねえな」双眼鏡を覗き込んでいた肌の黒いギャングの若者が思わず呟いた。ついさっき自分が恥をかかされたことなど忘れたようだ。車のボンネットに寄りかかって見物していた顔に入れ墨のある若者も、ヒュー と思い切り高い音で口笛を吹いた。
ハツミは溜息をつくと、またジープに戻り、ガンボットに言われたとおり運転席に座った。だが昼下がりの強烈な日差しを浴びたジープの車内は、短時間の間に信じられないほど暑くなっていた。
「暑っ。なにこれ」ハツミは思わず顔をしかめるとあわててジープから飛び降り、扉を閉じた。「こんなとこで待ってなんかいられないよ」ハツミはブツブツ呟くと、少しでも涼を取れる場所はないかとあたりを見回した。工場の建物は、その作っているモノがモノだけに近づく気も起きなかった。適当な木陰も近くには見当たらない。
ガンボットがそばにいないときにギャングの男達に近づくのは嫌だったが、ハツミは結局、リコという男が乗ってきたひときわ大きなバンの影にいることにした。いくら泣く子も黙るギャングどもとはいえ、子供がひとり車の陰で涼をとることくらいは見咎めはしないだろう。
ハツミがバンの裏側に回ると、案の定ちょうど人が一人すっぽり入れるくらいの日陰ができていた。彼女がやれやれとばかりに座り込むと、ちょうどバンの後部座席のパワーウィンドウが開き、火のついた細い葉巻煙草を手にもった男の手がにゅっと出てきた。その手はハツミの頭上ちょうど五十センチくらいのところにあり、スーツの色や派手な宝石の指輪から、リコと呼ばれたボスだとわかった。
ハツミは心の中で(うえっ)と呻いた。せっかくの日陰だが、ギャングのボスがすぐそこにいるという嫌な事実に加え、くさい煙草の煙でいぶされてしまってはたまらない。退散しようと腰を上げたハツミの耳に、リコが手下と会話する低い声が聞こえてきた。
「あのガンボットとかいう奴、腕は確かなようだな」リコが言った。
「へえ、もう半分くらいは片付いたようですぜ」ホセの声が聞こえて来る。「専門家というのも嘘ではねえみたいで」ホセの声には自慢げなニュアンスがほんの少し感じられた。
「ホセ、奴が戻ってきたらお前が始末しろ」リコは冷酷な声で命じた。「奴はこれから先必ず俺たちにとって邪魔者になる。奴に望みの物を与えると見せかけてロケットランチャーで吹き飛ばせ。お前ならできるな?」
「は……」ホセは一瞬戸惑った様子だったが、リコに睨まれたのか、慌てて答えた。
「わかりやした、ボス。お任せくだせえ」
「奴をこの敷地に入れた以上生かして帰すわけには行かねえ。引き入れたのはお前だからお前が片を付けろ。いいな?」
ハツミは自分の顔からみるみる血の気が失せていくのがわかった。
「へい、心得ていやす」ホセは答えたあと尋ねた。「ところでボス、あの娘はどうしやす?」
「売り飛ばせ」リコが煙草の煙を吹き出したのか、紫煙が窓から漂ってくる。
「まだガキだが、何かしら買い手はつくだろう。どっちにせよ生かして町から外に出すな」
ギャングたちは話題を変え、下品な冗談を言い合いながら談笑しはじめた。ハツミは唇を真一文字に結び、ゆっくりと中腰になると、姿勢を低くしたまま音をたてないように自分のジープの場所に戻っていった。