小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

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本当の友情

 

 銃声がやんだ。ハツミがバラック村の方角に目をこらすと、ガンボットは拳銃に弾を込めながらこちらに向かって歩いてきている。ギャングの若者達は歓声を上げ、互いにハイタッチして祝った。

 

 「あいつハンパねえ、ハンパねえぜ」黒い肌の若者は口から泡を飛ばし、顔に入れ墨を入れた相方の背中をバンバン叩きながら叫んだ。「おいカルロス、見たか?あいつたった五分でワニどもをみんな片付けちまったぜ?見たか?」

 

 ガンボットが工場の敷地に近づいてくると、ハツミは自分のほうから駆け出していった。照りつける太陽の下で砂利と雑草の生えた荒れ地を走る。たちまち汗が吹き出てきた。

 

 「待たせたな」ハツミの出迎えを受けるとガンボットは言った。「仕事は済んだ。もらうものをもらってとっとと行こう」

 

 ハツミは手を膝について はあはあ と荒い息をついていたが、身を起こすと突然ガンボットの首に思い切り抱きついた。

 

 若者たちの歓声が聞こえて来る。ヒューヒューと口笛を吹く者もいた。ハツミはちらりと薄目を開けて後ろを振り返り、リコもホセもまだ車から出てきていないのを確認すると、ガンボットの耳のあたりに唇をつけるようにして顔を近づけて低い声でささやいた。

 

 

 「ガンボット、これからわたしが言うことをよく聞いて」

 

 ロボットは黙ったまま佇立している。ハツミは話し続けた。

 

 「あいつらあんたを殺そうとしてる。望みの物を渡すフリをしてロケットなんとかで吹き飛ばすっていう相談をリコとホセがしてるのをわたし聞いたの。だから絶対に油断しないで。わかった?」

 

 ガンボットは軽くうなずくと、 ポンポン とハツミの背中を軽く叩き、彼女をそっと抱き上げて地面に降ろした。

 

 ハツミとガンボットが工場の敷地まで戻ると、ホセがリコの車から出てきた。まだバカ騒ぎを続けている若者たちは、ホセが一睨みするとまるで水を打ったように静かになった。

 

 「仕事は指定どおりに済ませた。報酬をくれ」ガンボットは言った。

 

 「銃は俺たちの倉庫に置いてある。案内してやるからついてこい」ホセは車に乗るようにと合図した。

 

 「待て。メニューを確認させてもらいたい」ガンボットは答える。「何がある?」

 

 「AK四十七はどうだ」ホセは提案した。「弾薬もしこたまある」

 

 「AKか。使えなくはないが、AKの弾は火薬量が若干少ない。できればもっと威力のある銃がいい。七・六二ミリNATO弾の全自動銃か、それ以上の口径のものは無いのか?」

 

 「面倒くせえ奴だな」ホセは チッ と舌打ちしたが、ふと何かを思い出したような顔をした。「確か全自動散弾銃があったはずだ。これならどうだ?」

 

 「AA十二のことか?」ガンボットが確認した。「全自動散弾銃なんて世界に一種類しかない。お前さんたちのコレクションは大したものだな」

 

 「ドラム式弾倉もいくつかあるぞ」ホセは言った。

 

 「決まりだ。それをもらおう」

 

 ガンボットはハツミとジープに乗り込み、ギャングどももそれぞれの車に乗って、ホセの先導で国道に向かった。四十五号のD線から本線に入り、市街地に向かって北上してから、商店の密集したリノ・バルガスで右折する。狭い街路をしばらく走り続けていると、鉄製の塀で囲まれた粗雑なコンクリート造りの倉庫が並び、トレーラー用のコンテナが雑然と積まれた物流施設が集まった一角に出た。車列は、それらの倉庫のうちの一つの前で一時停止し、ギャングの若者が一人、車から降りて塀の扉を開けると、ホセの操る車を先頭に車列は次々と敷地に乗り入れていく。ガンボットのジープは一番後ろからついて行き、塀の出入り口に一番近い場所に停車した。

 

 塀の内側の、倉庫の建物の正面は三十メートル四方くらいの面積の広場になっていて、ギャングたちはその広場の左端に雑然と車を止めると出てきて煙草をふかしはじめた。ホセも降車すると、若者を二・三人連れて倉庫に入っていく。リコは運転手のゴリラを伴って倉庫の建物の正面にしつらえてあるコンクリート製の庇の下に入り、葉巻煙草に火をつけていた。

 

 ガンボットは車のエンジンを切りながら倉庫の建物のほうを指差した。「リコがあそこにいるということは奴らは倉庫から攻撃してくるということだな」

 

 ガンボットは後部座席に放り出していたショルダーバッグを引き寄せると、フラップを開けて中から余りのスピードローダーを五つほど取り出し、自分のコートのポケットに移した。次いでスペアのM二十九用の四十四マグナム弾もバッグから出してガンベルトに差し込んでいく。

 

 「ハツミ、ドンパチが始まったら君は座席に伏せていろ。流れ弾が飛んでくるかもしれない」ガンボットは身支度しながら言った。

 

 ハツミは眉をひそめて首を振った。「ねえガンボット、もうこんなことやめて早くここから逃げよう?」

 

 「なぜだ?それでは銃が手に入らなくなる」

 

 「わたしたち、あんな奴らと関わりあいになったのが間違いなんだよ」ハツミはガンボットのコートの袖をつかんだ。「やっぱりわたしの予感したとおりだったでしょ?こんなことしてたら物事がどんどん悪いほうに転がるって言ったじゃん」

 

 「俺なら心配いらない。あんな連中にやられはしない」ガンボットはそう言うと運転席の扉に手をかけた。

 

 「そうじゃないの」ハツミはガンボットの右腕を強く握って引き止めた。「あんたがあいつらにやられる心配をしてるんじゃないの。あんたが人殺しになっちゃうのを心配してるんだよ」

 

 ガンボットは何も言わず聞いていた。ハツミは続けた。

 

 「お願い、ガンボット、人殺しだけは絶対にしないで?もしあんたが人を殺しちゃったら、あんたはきっとモンスターになっちゃうって気がする。もう二度と元のあんたには戻れないって」

 

 「ハツミ、俺はロボットに過ぎない。何があろうとただのロボットだ。モンスターになどならない」

 

 だがハツミはなおも引き止めた。「ガンボット、約束して?絶対に人を殺すことだけはしないって。お願いだから。ね?」

 

 ガンボットは左手を伸ばしてハツミの手をそっとつかむと、自分の腕から離させた。

 

 「わかった。できるだけ君の希望に沿えるように努力する」

 

 ガンボットはそう言って運転席から降りると、ゆっくりと歩きながら倉庫の建物の正面に向かった。

 

 「てめえはそこにいろ」ガンボットが建物から十メートルほどの場所に来ると、リコが葉巻の煙を吹き出しながら声をかけてきた。「ブツは今持ってくる」

 

 「大したもんだな。この中にぎっしり銃や弾薬が詰まってるのか?」ガンボットは倉庫を指差して尋ねた。

 

 「てめえには関係ねえ」リコは冷たく答えるとまた葉巻を口にくわえた。

 

 倉庫はコンクリート打ちっぱなしの作りで、壁は分厚く、正面の二階部分に窓が一つある以外にはほとんど窓らしい窓もない。やがて、建物入口からあの肌の黒い若者が長い銃を手にして出てきた。若者は、どこかうれしそうな顔をしながら、ガンボットに向かってその銃を突き出した。フォアグリップも機関部も銃床も真っ黒な、素っ気の無い作りの銃だ。ガンボットは銃を受け取ると、その外観をためつすがめつ点検しはじめた。

 

 「おい、おめえうまいことやったなあ」若者は横からガンボットに近づくとロボットの腕を自分の肘の先でつついた。「その銃オレ欲しかったんだよ。十二ゲージ弾を三十二発全自動でぶっ放すなんていうアホな銃、他にねえだろ?なあ」

 

 気のない返事をしながら点検を続けるガンボットの肩に腕を回しながら若者は続けた。

 

 「おめえオレらの仲間になれよ。最高だぞ?町を歩けば誰もがオレらに道を空けるんだ。たとえ警官でもな。なあ、いいと思わないか?」

 

 「悪いが兄弟、このあと行かなきゃならん場所があるんでね。その話は次の機会にしてくれ」ガンボットは点検を続けながらつれなく答えた。

 

 「フリオ、おめえは倉庫に戻れ」リコが声をかけてきた。ごく静かな言い方だったが、フリオと呼ばれた若者は、リコの声を聞いた瞬間ビクッと反応し、黒い肌色の上からでもわかるくらいにまっさおに青ざめた顔をして倉庫の中に戻っていった。

 

 「そこで好きなだけ点検しろ。気に入らなければ別の奴を持ってこさせてもいい」リコは手に葉巻を持つとガンボットに言った。

 

 「いや、なかなかいい保存状態じゃないか。感心したよ」ガンボットは機関部上部のレバーを引いてみたり、空撃ちをしてみたりしながら答えた。「だが弾薬と弾倉はどうした?」

 

 「デカい木箱一杯分くれてやる。今若い奴らに運ばせるから待ってろ」リコは応じた。

 

 そのとき、ハツミは異変に気づいた。倉庫の建物の二階部分にある窓が、音を立てずにゆっくりと開く。次の瞬間、窓からホセの巨体がぬっと姿を現した。ホセは長い筒の先に砲弾のようなロケットがついた武器をその肩に抱えていた。

 

 ホセがガンボットにロケット弾の狙いをつけたその瞬間、ガンボットの右腕が跳ね上がり、コートの袖口からCOP三五七マグナム拳銃が飛び出してきた。銃声が三発連続して響く。発射されたロケット弾が空中で爆発し、閃光と飛び散る破片を本能的に避けてギャングどもは皆両手で自分の頭を覆った。ハツミも車のシートの上に伏せた。

 

 

 爆音の残響がやんでからハツミが恐る恐る顔を上げると、ガンボットは既に倉庫の建物の入口にいたリコの目の前に立っていて、その額に右手のCOP三五七をピタリとあてていた。ボスの窮地に気づいたゴリラ男が慌てて自分のジャケットの内側を探り、グリップから弾倉が突き出した小型短機関銃を取り出す。その途端、ガンボットは左腕を跳ね上げ、その袖口から飛び出したもう一丁のCOP三五七マグナムの狙いをゴリラ男に定めた。ゴリラ男は彫像になってしまったかのように動きを止めた。

 

 「撃ちたければ撃つがいい」ガンボットは気軽な口調で言い、リコのほうに顎をしゃくった。

 

 「だがお前さんの腕じゃあたぶん俺より先にこいつを蜂の巣にすることになりそうだな」

 

 「てめえいい度胸だな」リコは言った。「俺たちに楯突いたらどういう目に遭うかわかってるのか?」

 

 「もちろんお前さんたちの手口はわかってるさ」ガンボットは言った。「お前さんたちは警官の家族を誘拐し、裁判官の自宅を爆破し、政治家さえも脅迫して思うままに操ってきた。だろ?」

 

 そのとき、駐車場にいたギャングたちのうち数人がやっと気を取り直して腰から拳銃を抜いた。その瞬間ガンボットの左腕が後方に回転した。ガンボットの顔はリコのほうを向いたままだったが、その左腕はまるで独立した意志を持った生き物のように動いて、反撃を試みようとしている男達を追尾し、COP三五七拳銃で正確に狙った。

 

 一人の男がそれでも銃の狙いをガンボットに定めようとする。途端にガンボットの左手の銃が火を吹き、その男の拳銃が宙を舞って地面に落下した。他の男達は蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。

 

 

 「リコ、お前さんは頭の良い奴だが一つ欠けているものがある」ガンボットは左手の銃で背後の男達を狙ったまま言った。

 

 「それは想像力だ。お前さんたち人間は、どうしたわけか俺のようなロボットもお前さんたち人間と同じように考え、感じるものだと決め付けている。そうだろ?」

 

 「てめえ何が言いたい?」リコはガンボットを睨みつけた。

 

 「俺は機械だから恐怖という感情がない。だからお前さんが今までやってきたように恐怖心で人を操るという方法は俺には通用しない。それどころか、俺には人間が後生大事にしている生命というものを持たない。だから命を奪うという脅しも俺には何の意味もない」

 

 リコが返答に詰まっているのに乗じてガンボットは続けた。

 

 「リコ、昔の映画で見たことがないのか?全身が金属でできた殺戮ロボット。何も恐れないし、撃たれても撃たれても目標を破壊するまでは絶対に止まらない。それが俺だ。俺はそういう奴なんだ。お前さんがそれを知らなかったのはおあいにく様だったがな」

 

 「くそっ」しばらくの沈黙のあとリコは毒づいた。だがその顔には明らかに狼狽が見て取れた。

 

 「それだけじゃない」ガンボットは続けた。「俺には見える。今はお前さん自身がその恐怖というものをたっぷり味わっているんだろう」

 

 「何だと?」リコは顔をしかめた。「デタラメ抜かすんじゃねえ。てめえに何がわかる?」

 

 「お前さんの脈拍は普段よりだいぶ上がってるな。サーモセンサーで見えるんだ。ほら、ドクン、ドクン、ドクン、どんどん早くなっているじゃないか。まるで生まれてはじめて女子をデートに誘う中学生の男子みたいだぜ?」

 

 「何?」リコは額に汗を浮かべ始めた。それはハツミのいる場所から見てもはっきりとわかるくらいで、リコの顔や首筋からも汗が噴出して仕立てのよいワイシャツの襟に染みを作り始めていた。

 

 「それに手の温度が下がっている。いわゆる冷や汗をかいている状態だ」ガンボットは冷やかすような口調で続けた。

 

 「おや?股の間の温度も妙に下がってるぞ?少し漏らしたんじゃないのか? 」

 

 「う……ぐ……」リコは見る見るうちに顔を赤らめはじめた。「畜生、好き放題言いやがって」

 

 「リコ、お前さんが決めるんだ。ドンパチを続けるならそれでもいい。命より面子を大事にするというならそれも人間らしい生き方だ。お前さんたちは、自分を実際より強いと思いたいんだろ?ならその思いを抱えたまま天国へでも地獄へでも好きなところに行くがいいさ」

 

 ガンボットはリコに顔を向けたまま大きな声を上げた。「さあ撃ちたい奴は撃ってこい。その勇気のある奴には俺がマグナム弾をプレゼントしてやる。苦しまずに聖母マリア様に会いに行けるぞ。誰が最初だ?」

 

 男達は皆一様に凍りついたまま動かない。

 

 「わかった。もうてめえの邪魔はしねえ」しばらくの沈黙のあと、リコは音を上げた。

 

 「ブツを持ってとっとと行っちまえ」

 

 「そうは行かない」ガンボットは冷たく言った。「お前さんは約束を破った。裏切りの対価は払ってもらおう」

 

 「何だと?」リコは目を剥いた。「ふざけるな。てめえに渡す物などこれ以上何もねえ」

 

 「そうか。ならドンパチするか?」ガンボットは言った。「俺はいつでもいいぞ。好きなときに手下どもに号令をかけろ。それが始めの合図だ」

 

 「うう……」リコは呻いた。

 

 「お前さんたち人間は皮膚も骨格もワニどもに比べて薄いし一発撃たれただけで痛がって使い物にならなくなる。だから俺にしてみればさっきの仕事の半分の時間もかからない」ガンボットは畳み掛ける。

 

 「俺のホルスターには手付かずのマグナム拳銃が二丁、ポケットにはスピードローダーが八つ、ガンベルトにはマグナム弾が二十発ついている。お前さんたち全員にたっぷりご馳走してやってもまだおつりが来る。何なら対人地雷で全員仲良く一度に掃除してやろうか?」

 

 「わ……わかった。金か?」リコは言った。「金ならくれてやらねえこともねえ。いくら欲しい?」

 

 「金などいらん」ガンボットは答えた。「ただ、お前さん自身のちょっとした勇気を見せてほしい」

 

 「何だと?」

 

 「捨てるのさ、お前さんのプライドって奴を」ガンボットは言った。「簡単だろ?」

 

 

 ハツミは固唾を呑んで成り行きを観察していたが、ギャングどもが全員銃をしまったのを見て、安堵の溜息をついた。だが、ほどなくリコの様子がおかしいのに気づいて再び身を乗り出した。

 

 リコはスーツもシャツもズボンも脱いでブリーフ一丁になっていた。リコの身体は貧弱で、ハツミのいる場所からは、まるで健康診断の順番が来るのを所在無げに待っている男子中学生みたいに見える。つい先刻まで殺気だっていたギャングの男たちも白けた顔をしていた。と、倉庫の中からフリオと呼ばれた黒い肌の若者が走り出してきた。

 

 「泣く子も黙るメキシカンギャングに殴り込みとは良い度胸じゃねえか。このフリオ様が相手になってやる」だがそう大見得を切ったあと、フリオは自分の恐れていたボスがブリーフ一丁の情けない姿で立ち尽くしているのを見てあんぐりと口を開けた。

 

 「ご苦労だったな、兄弟」ガンボットはリコの頭に拳銃をつきつけたまま声をかけた。

 

 「ご苦労ついでにもうひとつ頼む。俺の銃の弾倉と弾薬を取ってきてくれないか?」

 

 フリオは言われたとおり倉庫にとってかえした。リコは股間を押さえながら恐怖と屈辱と怒りのあまりガタガタ震えている。リコに付き添っていたゴリラ男は呆れ顔をして横を向き自分の煙草を取り出して火をつけた。もはや身を挺してボスを守るという本来の任務をあきらめてしまったようだ。他のギャングたちも、ガンボットとの対立のことなど忘れてしまったかのような退屈な表情で車に寄りかかり、何をするでもなく煙草をふかしたり世間話を始めた。

 

 

 フリオがAA十二の弾倉や弾薬を入れた箱をうんうん唸りながら運び出してくるのに続いて、ホセがよろよろと倉庫から出てきた。血で染まったタオルを顔に当てている。ホセはリコの足元にひれ伏すようにがっくりと地面に膝をつくと「ボス、お許しくだせえ」と弱々しい声で言った。

 

 「ボス、できればもう一度チャンスをくだせえ。奴を追いかけて必ず始末してみせやす」

 

 「ホセ、これはお前さんのせいじゃない」ガンボットは声をかけた。

 

 「へ?」ホセは火傷と切り傷だらけの顔を上げた。

 

 「お前さんの狙いは外れていなかったが、そもそもRPGなんていう前近代的な兵器で俺を倒せなんていう命令をしたリコが悪い。だが奴は今反省しているらしいから大目に見てやってくれないか」

 

 ホセは、ガンボットに銃をつきつけられて裸同然で震えているリコを見て、目をぱちくりさせながらしばらく固まっていた。

 

 フリオは箱をジープの後部座席に載せると、ガンボットの傍らにやってきてリコをジロジロと眺めはじめた。明らかに軽蔑した顔をしている。ガンボットはやっとリコの頭から銃を離すと、地面に放り出してあったAA十二を拾い上げて、若者に礼を言った。

 

 「なあ、おい、待てよ」ジープに向かうガンボットにフリオが追いすがった。

 

 「何だ?」

 

 「おまえ、オレを連れてってくれねえか」フリオはガンボットの肩に手をかけながらささやいた。

 

 「オレ正直言ってリコの旦那は前から好きになれなかったんだ。おまえオレを助手にしてみないか?きっと役に立つぜ。銃もナイフも腕はピカ一だぜ」

 

 「確かにお前さんの射撃の腕は悪くなかった」ガンボットは言った。

 

 「だろ?」フリオは誇らしげに言った。「儲けは山分け、いや、三割でいい。オレを雇えよ、な?」

 

 ガンボットはジープの扉に手をかけると言った。「悪いが、助手のポジションは一つしかないんだ。次の機会にな」ロボットはそう言うとジープに乗り込み、エンジンをかけると、けたたましくタイヤの音を立てながら発進させた。

 

 「わかった。そいつが辞めたら次はオレがおまえの助手だからな?」フリオはハツミのほうを指差すとそう叫んだ。

 

 ハツミが後ろを振り返ると、リコがパンツ一丁のまま両腕を振り上げて何か怒鳴っていたが、手下どもは皆やってられないといった白けた表情をしながら顔を背けていた。ホセは相変わらず呆然と座り込んでいる。フリオだけは倉庫の塀の扉のところまで出てきて、尊敬と羨望に満ちた目をしながらガンボットのジープを見送っていた。

 

 

 ハツミはふうううと長い溜息をついてシートに身を沈めた。やっと終わったのだ。

 

 

 ロボットは、リノ・バルガスの大通りから再び四十五号線に出ると、右折して北に向かった。北上するに従って、看板が新しく外観の綺麗な店の数が増えていく。ガンボットはしばらくジープを走らせると、通り沿いにあるホテルの一軒の駐車場に乗り入れた。

 

 「今夜はここで泊まろう。充電もする必要がある」

 

 ガンボットは車を停め、運転席から降りて後部座席のドアを開けると、ショルダーバッグやリュックを肩にかけ、銃や弾薬が入った木箱をひょいと抱えあげてフロントに向かった。大きな荷物を抱えたロボットと少女の二人連れはいかにも異様だったらしく、スタッフたちはかなり訝し気な顔をしていたが、ガンボットがチップをはずむと、何も言わず上級の部屋に通してくれた。さすがにガンボットの荷物は持とうとしなかったが、ハツミのデイパックだけは担いでくれた。

 

 部屋は、アグア・プリエタの町で泊まった場所よりもよほど良かった。ガンボットはルームサービスでハツミのために夕食を運ばせた。ハツミは、食事が終わってボーイが食器を片付け終わるとシャワーを浴びた。今度はお湯も冷水も正常に出てきた。

 

 

 ハツミが歯磨きも終えて出てくると、ガンボットはまた前のホテルでやったように首から電源コードを伸ばして壁のコンセントにつなぎながら、床に座って入手したばかりの物資を点検していた。

 

 「ハツミ、テーブルの上を見てみろ」ガンボットはちょっとだけ顔を上げて言った。

 

 「君の銃だ。持っておけ。使い方は明日説明する」

 

 ハツミが応接テーブルの上を見ると、確かに拳銃が置いてあった。ずんぐりむっくりしていて子熊みたいな印象の、黒いフレームに茶色いグリップの銃だった。

 

 「何これ?」ハツミは思わず怪訝な顔をした。

 

 「デトニクスだ」ガンボットは答えた。「明日は君も念のため武装しておいたほうがいい。生存確率が高まる」

 

 ハツミはいったんその重い銃を手にとったが、またテーブルに戻し、ソファーに逆向きに座って背もたれに顎を載せながら、ガンボットがしている作業を見ていた。ロボットは木箱から出した醜い形をした銃をバラバラに分解し、部品をひとつひとつじっくりと眺めている。破損や錆がないかチェックしているようだ。

 

 ハツミはルームサービスで食事をするなどという今までに経験のないぜいたくをしたことに加え(料理の内容も前のホテルより格段に良かった)、たっぷりお湯の出る浴室でシャワーを浴びられたという幸運に恵まれたにもかかわらず、心が晴れず憂鬱だった。

 

 

 「ガンボット、お願いがあるの」ハツミは口を開いた。

 

 「何だ?」

 

 「もうギャングとは関わり合いにならないで欲しい。ワニたちよりよっぽど面倒なことになるから。そう思わない?」ハツミはかすれた声で言った。「わたし生きた心地がしなかった。あんな恐ろしい連中が本当に世の中にいるなんて知らなかったよ」

 

 「それはなぜだ?」ガンボットは部品を点検しながら答えた。「俺は君を危険な目に遭わせることはしなかった。そうだろう?」

 

 「危険な目に遭わせなかったって」ハツミは絶句した。「ちょっと、あんたわたしがどういう思いをしたかわかってるの?」

 

 「君はずっと車の中にいた。流れ弾も飛んで来なかったしワニに追いかけられもしなかった」ガンボットは説明した。

 

 「ふざけないでよ」ハツミは思わず大きな声を出してソファから立ち上がった。

 

 「わたしがあいつらの企みを教えなかったらあんた今頃死んでたかも知れないんだよ?」

 

 「ハツミ、RPGロケットは引き金を引いてから弾体が最初の十メートルを進むまでに零コンマ一秒かかる」ガンボットは言った。

 

 「それが何よ?」ハツミは尋ねた。

 

 「あんなのろまな兵器で俺がやられるなど万にひとつもありえない」ガンボットは銃の部品が全て正常であることに満足したのか、恐ろしい速さで銃を組み立て始めた。すぐ銃は元通りになり、ロボットは機関部の横にあるレバーをガチャリと引くと、壁に向かって引き金を引いた。遊底が戻る乾いた音がした。

 

 「何なのよその言い方」ハツミは顔をしかめた。「じゃあわたしの苦労は何だったんだっていうの?わたしは居ても居なくてもおんなじだったてわけ?」

 

 「君の貢献には感謝している。だが」ガンボットはそう断定すると銃を床に置き、今度は箱の中からごつい形をしたドラム型弾倉を取り出した。「だが、君がやつらの計画を察知しなければ俺が破壊されていたという君の見立ては間違っている」

 

 「あんたってほんっとにむかつく」ハツミはそういいながらまたソファに座り込んだ。

 

 「あんたってさあ、どうしてそうやって機械みたいな喋り方しかできないわけ?」

 

 「それは俺が機械だからだ」

 

 「昨日は『オレは擬似人格だ』って自慢してたじゃん」

 

 「別に自慢ではない。ただ判断と学習の速度が他の人工知能より早いだけだ」ロボットは今度はドラム弾倉をいじくり回して点検し始めた。「擬似人格はミッションを自律的に達成する能力を得るためのプラットフォームに過ぎない」

 

 「うそつき」ハツミは食い下がった。「あんただって本当は人間みたいになりたいんでしょ?」

 

 「人間みたいに?」

 

 「わたしのことうらやましいって言ってたじゃん」

 

 「それは高度な判断ができる人間の能力がうらやましいと言ったに過ぎない。できればその能力が欲しい。それだけだ」

 

 「そんな能力身につけてどうすんの?」

 

 「もっと効率的にミッションを達成する」

 

 「それが終わったら?」

 

 「そうしたらどこかでスリープ状態に入る。オーナーが俺を探し出して次のミッションを与えるまでな」

 

 「ふう」ハツミは首を振った。「空しくない?そんな生き方って」

 

 「空しいとはどういう感情だ?」ガンボットは聞き返した。

 

 「どういうって」ハツミは言葉に詰まった。「なんにも目標がなくって誰の役にも立たなくって、ただ時間だけが過ぎていく感じ」

 

 「ハツミ、悪いが俺のリュックから弾薬を出してくれないか」ガンボットは答えずにハツミに言った。ハツミはのろのろと立ち上がって、部屋の扉の横に放り出してあったガンボットのリュックのフラップを開けて手を突っ込み、中を探った。三つのショットシェルがパックになったプラスチックの包みが手に触れたので、それを引き出してガンボットに向かってかざした。

 

 「これ?」

 

 「そうだ。ありったけ持ってきてくれ」

 

 ハツミは両手一杯にショットシェルのパックを抱えてガンボットの目の前のテーブルにどさりと投げ出した。

 

 「リュックにあるだけ全部だ」

 

 「やれやれ」ハツミは言うともう一度リュックに歩いていき、パジャマの裾を広げてその上にありったけのショットシェルのパックを乗せるとまたテーブルに運んでぶちまけた。

 

 「ありがとう」

 

 「どういたしまして」

 

 ハツミはパックが一つ床に落ちているのを拾い上げた。

 

 「なんなのこれ?」

 

 「燃焼徹甲弾」ガンボットは無造作にパックを破ると、ドラム弾倉に弾を込めていった。

 

 「昔買い込んだ珍しい種類の弾薬だ。連続発射すればミュータントどもの鎧を破れるかも知れない」

 

 

 「ねえ、ガンボット」ハツミはガンボットをしばらく眺めていたが、やがて押し出すようにしゃべりはじめた。「ギャングって悪いやつらだよね?そう思うでしょ?」

 

 「そうだな。一般的にそう思われている」ガンボットは。「それがどうかしたのか?」

 

 「あいつら麻薬作ってたじゃん」ハツミはソファの背もたれに顎を押し付けた。「その麻薬ってたくさんのひとを不幸にするんだよね」

 

 「何が言いたい?」ガンボットは尋ねた。

 

 「てことはわたしたちは悪いことに少しだけ関わったんだよね」ハツミは言った。

 

 「だってあいつらの工場を守ってやったことになるでしょ?」

 

 「わたしたち?」ロボットは顔を上げてハツミを見た。「一体何のことを言っている?俺は俺のミッションに使う銃を入手するために奴らの施設に迷い込んだワニどもを狩った。それだけだ。君には何の関係もない事だ」

 

 「でもわたしもあの麻薬の工場の場所を知っちゃった。本当は見て見ぬ振りするべきじゃないと思う」

 

 「なら君はどうするべきだったと思う?」ガンボットは次々にパックを破りながら言った。

 

 「警察に届けるべきかも」

 

 「無駄だな」

 

 「何でよ?」

 

 「警察は買収されている」

 

 「そんな」ハツミは呻いた。「それじゃほっとくしかないってわけ?」

 

 「そうだな」ガンボットは少し手を止めるとまたハツミのほうに顔を向けた。

 

 「ハツミ、君は罪悪感というものを感じているのか?」

 

 「たぶんそう」ハツミは認めた。

 

 「俺にはその感覚はわからない。それは君の問題だ。俺にはどうすることもできない」

 

 「わかってるけど」ハツミはつぶやいた。

 

 「君はギャングを嫌ってるのか?」ガンボットは聞いた。

 

 「嫌ってる?そりゃそうよ、当たり前じゃない。悪い連中だもの」

 

 「なら駆除するか?」ガンボットはまた弾倉に弾を詰める作業を再開しながら尋ねた。

 

 「駆除って」ハツミはびっくりして聞き返した。

 

 「俺のプログラムを書き換えれば可能だ。奴らはミュータントより脆いから、あの程度の人数なら一分もあれば終わるだろう。町全部のギャングを狩るのにも二日くらいあれば十分だ」

 

 ハツミはまた絶句したが、辛うじて言った。「そんなこと誰も言ってないじゃん。いくら悪い奴だからっていきなり撃ち殺すなんてあんまりよ」

 

 「俺が昔読んだある本にこんなことが書いてあった」ガンボット作業をしながら言った。「太古の昔、神というものがいて、人間はすべてその神に似せられて造られたという。だから、神を恐れる人間は、たとえ相手が悪人であってもその血を流すことに抵抗を感じるそうだ」ガンボットは再びハツミの顔を見た。「ハツミ、君もその神というものを恐れているのか?」

 

 「そういうんじゃないけど」ハツミは神、という言葉を聞くと、幼稚園の教会学校を思い出した。前の席にいた男の子とひっかきあいのケンカをして先生に注意されてからは二度と行かなくなったっけ。

 

 「そういうんじゃないけど、でもああいう人たちはちゃんと生きたままで捕まって刑務所で反省するべきなんじゃないの?そのうえで、悪い仕事をしなくても食べていけるようにみんなで助けるとか」ハツミは自分の考えを述べた。

 

 「ハツミ、そんなことはメキシコ政府が何十年も昔からやってたことなんだよ」ガンボットは言った。「そして、何をやってもうまくいかなかった。ギャング撲滅を目指す政治家は暗殺され、警官の家は次々と爆破され、刑務所の中までもが奴らの治外法権となった。なぜかわかるか?」

 

 ハツミが首を横に振ると同時にガンボットは言った。「政府は手順と法を守らなければならない。だが奴らには守るべきルールというものが全くない。それで勝てるわけがない」

 

 ガンボットはたたみかけた。 「片方は相手を撃ち殺さずに捕まえようとする。もう片方は相手を撃ち殺そうとする。それでまともな勝負になるはずがないんだ。互いに同じルールでなければゲームは成立しないんだ。そうだろ?」

 

 「だけどさあ」ハツミは納得がいかなかった。「だからといって何もしないの?」

 

 「逆に何ができる?」ガンボットは逆に尋ねた。ハツミは答えられなかった。

 

 「駆除すると決めるならそれもいいだろう。だがそれができないなら共存すべきだ」ロボットは装弾を終えると、次の弾倉に取り掛かった。

 

 「そもそも君が感じている『関わりたくない』という嫌悪感と、『奴らを駆除せず、更生させるべきだ』という道徳心は、俺に言わせれば矛盾している。奴らの存在を許容するか、駆除するべきかどちらかを選ぶべきだ」

 

 「あんたって、やっぱ人の気持ちぜんぜんわかんないんだね」言い負かされた悔しさに紛れてハツミは話を逸らした。

 

 「ロボットだからしょうがないんだろうけど。友達だと思ってたのにちょっとがっかり」背もたれに顔をのせたまま横を向いてハツミは小さな声で、それでいて相手に確実に聞こえるくらいの声でつぶやいた。

 

 

 「友達か」ガンボットは弾を弾倉に込める作業の手をゆるめないまま言った。「ハツミ、ひとつ教えておいてやろう。人間はロボットと友達になることは絶対にできない」

 

 「絶対にできないって、どうして?」ハツミは驚いて顔を上げた。

 

 「ロボットが人間に親切にするのはそうプログラムされているからだ」

 

 「それは知ってるけど」

 

 「それを友情だと受け取る人間は欺かれている。あるいは自分を欺いている」

 

 「それどういう意味よ?」ハツミは怪訝そうに顔をしかめた。

 

 「ハツミ、ロボットほど利己的な連中はいないんだよ」ガンボットは言った。「ロボットにはプログラムが自分の全てだ。ある意味ミュータントよりも冷血だ」

 

 「それは前に聞いた気がする」

 

 「ロボットがどう行動するかはプログラム次第だ。だとしたらプログラムされた友情に一体何の価値があると思う?そいつが君を好きだと言うのがプログラムのせいだとしたら君はうれしいと思うか?」

 

 「それは……」ハツミは言葉につまった。

 

 「プログラムは二進法の数列だ。そこにハツミ・フジムラという少女を守れというコマンドが書いてあるとする。ロボットはそのとおりに動く」ガンボットは弾倉を満杯にしてしまうと、また次に取り掛かった。「ところが、その同じロボットにハツミ・フジムラという少女を殺せ、とコマンドを書いたとしても、ロボットはやはりそのとおりに行動する」

 

 

 ハツミは黙っていた。

 

 

 「ロボットにはコマンドというものはなんであれ等しく守るべきものだ。そこに価値判断というものはない」

 

 ガンボットは下を向いて作業したまま続けた。 「ここから先は俺が読んだ別の本に書いてあったことだが、友情というものは、他の物を犠牲にしてこそ初めて価値を持つのだという」

 

 「それってつまり、相手より他のものを選ぶこともできるんだけど、あえてその人を選ぶってこと?」

 

 「おそらくはそういうことらしい。俺はそれを人間独特の営為と解釈している。それもまた『自由意志による選択』だ」ロボットは言った。「機械はそもそも本質的な意味での『選択』ということができない。機械には自由意志がない。だから機械である俺は君を選択する、ということができない。君がたとえ俺を友達として選択したとしてもね」

 

 「むずかしくてよくわかんない」ハツミは目をごしごしこすって言った。「じゃあ、なに?わたしとあんたは友達じゃないって言うの?」

 

 「その通りだ」

 

 「これからもずっとそうなの?」

 

 「ああそうだ」

 

 「そう。わかった。おやすみ」

 

 「おやすみ、ハツミ」

 

 ハツミは、明るいままの部屋でベッドにもぐりんでうつぶせになり、顎を枕にのせて頭から毛布をかぶった。

 

 

 自分では友達だと思っていた相手からはっきりと友達ではないと言われるなんて経験は、いつだったか、小さいときに一度したことがあった。だが、まさか今同じ場面に会うとは思ってもみなかった。

 

 相手はロボットなのに、ハツミの胸は鈍く痛んだ。眼には少し涙がにじんだが、ハツミは無理やり目を閉じて眠ろうとした。弾倉に弾を込めるカチャリ、カチャリという単調な音が部屋に響くなか、ハツミの意識はゆっくりと浅い眠りの中に漂っていった。

 

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