小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

17 / 25
大人たちのたくらみ

 

 翌朝ハツミが朝食を済ませると、ガンボットはすぐに荷物をまとめ宿の支払いを済ませた。朝九時にはホテルを出発し国道四十五号に入る。最初は左右にたくさんあった商店や建物も、空港の脇を抜けて数分もするとたちまちまばらになった。

 

 ガンボットは町はずれにあったガソリンスタンドで車を満タンにすると、国道に車を戻してスピードを上げた。相変わらず日差しは強く、ハツミは帽子をかぶりサングラスをかけ、シートの上の日光の当たらない場所に身を沈めた。

 

 ドライブ中二人はほとんどしゃべらなかった。二車線になった道路を三十分も走ると、たちまち左右の風景はもはや見慣れた潅木と砂だらけの荒野になった。出発から一時間後にはビヤ・アマウダの街に差し掛かったが、一キロ前後の市街地を抜けるとまた左右が荒野になる。

 

 さらに三十分ほど飛ばすと車は国道一号との交差に出た。ガンボットはここで道路沿いにポツンとあるガソリンスタンドを兼ねた粗末なレストランに車を止め、ハツミを伴って店に入った。

 

 運ばれてきたジュースをハツミが飲んでいる間、ガンボットは店長と話をしていた。グランコミューの部屋で見つけた計画書を取り出し、地図上の研究所のある場所を指し示してその正確な位置を尋ねている。だが店長の話によるとそれは一号線の南側という以外何もわからないとのことだ。

 

 「ところで最近ワニ人間を見なかったか?」ガンボットは店長に尋ねた。

 

 「少し前まではちょくちょく見たよ」店長は答えた。「本当に酷いもんだった。とにかく奴らが出たらこっちは退散するしかない。そいで戻ってきたら食い物は全部無くなってる、と来らあ」

 

 男は肩をすくめると笑った。「うちはガソリンが本業だからまだ助かったようなもんでね。いくら奴らでもガソリンまでは食えんからな」

 

 「じゃあ最近は見ないんだな?」ガンボットは聞いた。

 

 「ここ一月ほどは来てないな。おかげでレストランもまた営業できるようになったよ」

 

 「もしまた見かけたら言ってくれ。無料で駆除してやる」ガンボットは請合った。

 

 「そいつは助かる。おたく携帯番号は?」

 

 「あいにく持っていない。口笛を吹いてくれ。聞こえたら飛んでくる」

 

 ガンボットの言葉に笑っていいのかいけないのかわからないような曖昧な表情を浮かべて店長は支払いを受け取り、ハツミとロボットの二人連れを見送った。

 

 ガンボットは車を駐車場から出すと大きく右折させ一号線に入って数百メートル進ませたあと、そこに水の枯れた川があるのを見つけて停車させた。

 

 「どうする?」ハツミは尋ねた。

 

 「同じ古いやり方を使う」ガンボットは答えた。「川沿いに南下したあたりが地図上の位置だ。道のない場所を行く必要があるが、おとといの山の中よりは遥かにマシだ」

 

 ガンボットは車の工具入れからワイヤーカッターを取り出し、道路脇の動物避けフェンスの鉄条網を切断すると杭に手をかけて引き抜いた。幅三メートルほどの開口部ができると、そこに車を突っ込んで水無川の川床の中に乗り入れた。

 

 川床は左右にうねうねと蛇行する。車はガタガタと揺れたが、川の水は完全に枯れており川底も砂だらけだったので、未舗装の道路を走っているのとほとんど変わらない。後ろを振り向くと砂埃がもうもうと舞っている。

 

 数百メートルほども進んだところで、ガンボットは突然何かに弾かれたように上を見上げた。次いで運転席の横の窓から頭を出して空を見ると再びハンドルに向かい、アクセルを思い切り踏み込んだ。

 

 「どうしたの?」ハツミは急加速でシートに押し付けられた。

 

 「まさか空から邪魔者がやってくるとは思わなかった」ガンボットは答えた。「ヘリコプターが尾けてきている」

 

 ガンボットはハンドルを切り、強引に車を川床から登らせた。平原の上に乗り上げると、さらに加速する。ハツミが助手席の窓から頭を出して真上の空を見ると、数百メートル上空だろうか、黒いヘリがポツンと飛んでいた。報道用と同じ形をしているが、真っ黒な塗装が何か異様な雰囲気を感じさせる。確かに車と同じ方向に向かっているように見える。

 

 「気のせいじゃないの?」ハツミは言った。

 

 「気のせいのはずがない」ガンボットは言った。「俺の頭部のレーダーであいつの存在には一時間前から気づいていたんだ。店に入るよりずっと前からな」

 

 車はポツポツと潅木が生えた荒れ地を時速百キロ以上の速度で走る。地面の凹凸を越えるたび小さくジャンプし、ハツミはシートの上で体がバウンドしてしまわないよう必死で両手両足を踏ん張った。

 

 「だが店から出てきた時も同じように上空に留まっていた。国道から外れた後もついてきていた。俺としたことが迂闊だったな」ガンボットは言った。

 

 ハツミが再び空を見ると、ヘリの数は増えていた。最初のと同じ真っ黒なヘリがさらに二機、そして昔軍用で使われていた、長い機体と二組の巨大なメインローターを持つチヌークが二機加わっている。

 

 「くそったれ」ガンボットは罵りながらハンドルを切り、潅木の間を縫いながら荒れ地を走らせた。だがヘリコプターと車では速度の勝負にならない。ヘリの編隊は見る見るうちに高度を落として迫ってくる。

 

 やがてジープのうるさいエンジン音を掻き消すほどの音量でヘリコプターのローター音が響いてきた。同時に、車の周辺の砂がローターの風に巻き上げられ、信じられないほどの量の砂煙が周囲に舞い始める。

 

 「こちらメキシコ警察だ」爆音のようなスピーカー音が聞こえてきた。「停車せよ。繰り返す。停車せよ。指示に従わない場合は射撃する準備がある」

 

 ガンボットはさらにアクセルを踏み込んだ。ほとんどジープの性能の限界を試すような運転でもって、車は荒れ地の凹凸を踏み越え、潅木をなぎ倒して進み続ける。

 

 「停車せよ。繰り返す。停車せよ。指示に従わない場合は射撃する準備がある」

 

 再びスピーカーからの声が聞こえてきた。ヘリの群れのうち、チヌークを除く軽量な機体は、ジープの上空二十メートルほどにまで迫っている。その窓からは、ヘルメットを被り、黒い防弾ベストを着てライフル銃を構えた警官が顔を覗かせていた。

 

 「狙撃手まで用意しているとは大層なお出迎えだな」ガンボットはそう言うと少しづつアクセルを緩めていった。ジープはガタンゴトンと揺れながら速度を落とす。ジープが停車すると、ローターが巻き上げる砂埃が周囲を覆いつくし殆ど何も見えないほどになった。ハツミは思わずハンカチを取り出して口を覆った。

 

 砂埃の中、ヘリは一機また一機と、ジープの針路上に着陸していった。黒いヘリの窓から顔を覗かせていた狙撃手たちは、着陸後すぐに飛び出してきて、引き続き狙撃銃を携えたままヘリの横に立った。こちらに照準こそ合わせていないが、十分に不穏な雰囲気だ。

 

 そしてチヌークも一機づつ着陸した。そのうちの一機からは、ヘルメットを被り暴徒鎮圧用のプロテクターで身を固めショットガンを抱えた警官たちが二ダースほど勢いよく降りてきた。訓練されたスムーズな動きで、まるで道を作るかのようにチヌークの左右に整列した。

 

 ガンボットとハツミはジープの中から様子を伺っていた。砂埃が少しづつ収まってくる。

 

 「ハツミ、デトニクスは持っているな」ガンボットは言った。

 

 「デイパックに入ってるけど、なんで?」ハツミは聞いた。

 

 「もし危害を加えられそうになったら躊躇わず撃て。スライドはもう引いて初弾が装填してある。安全装置を解除してから撃鉄を起こせば弾が出る」

 

 「バカじゃないの?そんなことできるわけないじゃん」ハツミは呆れて叫んだ。「相手は警察だよ?」

 

 「本当に警察だとどうしてわかる?」ガンボットは尋ねた。

 

 「はあ?……どうしてって」ハツミは言葉に詰まった。

 

 「この国は警官がギャングの手伝いをするお国柄だぞ」ガンボットは言った。「警官の制服を着たギャングだって可能性もある」

 

 「ちょっとちょっと、それ何?」ハツミはわけがわからず聞き返した。「警官の制服を着たギャング?それって何なの?」

 

 「現実にこの国であった話だ」ガンボットは言った。「警官の一部には、政府のために働くよりギャングのために働いたほうが得だと判断する者もいる」

 

 「もうわけわかんない」ハツミは頭を掻き毟った。

 

 ガンボットは言った。「とにかく警察と名乗っているからといって頭から信用しないことだ」

 

 ガンボットはそれ以上は何も言わなかった。やがてヘリの間から、仕立てのよいスーツを着た中年の男が二人現れ、こちらに向かってゆっくりと歩き始めた。左右にはいかにも目つきの鋭い黒いスーツ姿の男達が計四人張り付いている。

 

 砂埃はあらかた収まってきており、近づいてくる男達の容貌が見てとれるようになった。中央には、いかにも身なりがよく、銀髪を後ろに綺麗に撫で付け、派手な色のネクタイを締めた背の高い男。その隣には、色が浅黒く口ひげをたくわえた、がっしりとした小柄な体格の男が付き添っている。

 

 ガンボットは後部座席に置いておいた全自動ショットガンを取り上げそのストラップを肩に掛けると、ハツミには中に居るようにと言いおき自分は車から降りた。

 

 ガンボットが出てくると、ボディーガードの男達がさりげなく、かつ油断なく左右に分かれて取り囲むなか、身なりのいい男が前に進み出た。

 

 「お会いできて光栄だよ、ガンボットくん」身なりのいい男は微笑みながら右手を出し、流暢な英語であいさつした。

 

 「私はメキシコ合衆国大統領エルナンド・エマヌエル・ロドリゴだ」

 

 ガンボットは男の右手を無視し、銃を肩にかけたまま答えた。

 

 「大統領だかチンドン屋だか知らないが、いったいぜんたい俺になんの用だ?」ガンボットは目の前に着機しているヘリコプターの群れを顎で指した。「俺たちはこれから行くところがある。できればこのうるさいハエどもも連れてとっとと消え失せてほしいところだがな」

 

 だがロドリゴと名乗った男はガンボットのあいさつにも腹を立てず、いんぎんな調子で続けた。「君とぜひゆっくり話がしたくてね。よろしければこちらへ」

 

 ロドリゴが示す方を見ると、ジープに近いほうのチヌークの乗降扉は大きく開いており、数人の警官がその前でターフテントを組み立てたり、椅子やテーブル、さらには自家用発電機や扇風機をその周りに据え付けている。

 

 「俺にはあんたと話すことなど全くない。それに戦闘ロボットがランチの前に茶飲み話を楽しむなどと考えるほどあんたも無知ではないだろう?」

 

 すると、ロドリゴの横にいたがっしりとした男がずいと前に出た。「大統領に向かってそんな口のきき方は許さんぞ、オンボロロボットめ」

 

 「こちらは司法長官のアルベルト・フエンテス氏だ」ロドリゴは変わらずに穏やかな調子で男を紹介する。

 

 「単刀直入に言って君と取引をしたいのだよ」ロドリゴは続けた。「君が昨日シウダード・ファレスでギャングと取引をしたことは知っている。我々もまた君と取引をしたい」

 

 「俺は取引の相手を選ぶ。いくらロボットだからと言ってそれぐらいの権利を与えないのは人権侵害だぞ」ガンボットは言った。

 

 「貴様、いったい自分を何だと思って」フエンテスがまくしたてようとするのをロドリゴは制した。

 

 「ガンボットくん、君がほうぼうで電力泥棒を働いていることを我々は知っているのだよ」ロドリゴは、どうだね、と言うように眉を上げてみせた。「聞けば君を養うのには電気自動車十台分のバッテリーが必要だそうだね。いつまでもそんな生活を続けていけると思うかね?」

 

 ガンボットが黙っているのに乗じて、ロドリゴは調子よく続けた。「もし君が我々と取引する意志があるのなら、メキシコ合衆国は君にしかるべき地位を与えることができる。大統領の私が言うのだから間違いない」

 

 

 「テントの準備ができました」警官の一人が走ってきて告げた。

 

 「まずはテーブルに着こうじゃないか。互いの利益になる結論がきっと出ると私は確信しているよ」ロドリゴはそういうと再びテントのほうへ手を差し伸べた。

 

 「俺の連れも一緒だ」ガンボットは車に乗ったハツミのほうへ顎をしゃくる。

 

 「機密事項も話し合われることになる」ようやく怒りがおさまってきた表情でフエンテスが言った。「その少女は我々がきちんと面倒を見る。テーブルにつくのは我々とお前だけだ」

 

 「ならお断りだな」ガンボットはぴしゃりと言った。「言っておくが俺はお前らが子供の世話をきちんとできるかについては全く信用していない」

 

 フエンテスがまた湯沸かし器のように湯気を上げ始めるより前にロドリゴは言った。「かまわない、心配なら彼女にも同席してもらおうじゃないか」ハツミのほうにも声をかける。 「さ、おじょうちゃん、おいで。車の中は暑いだろう」

 

 ハツミが車を降りると、二人は、ショットガンを構えて微動だにしないヘルメット姿の警官たちの列の間を通ってターフテントの下に入った。ガンボットは銃を肩にかけたまま用意された椅子にどかりと座った。

 

 「おい、まずその違法武器をこちらに寄越すんだ」見とがめたフエンテスが要求した。「お前はメキシコ合衆国法をいくつも破っているぞ」

 

 「法違反を黙認するのはあんたらメキシコ警察の得意技なんじゃないのか」ガンボットはやり返した。「特に引き金を引くのに躊躇しないような種類の奴を相手にした場合はな。それと賄賂を気前よく払う奴に対してもだ」

 

 それを聞いたフエンテスはみるみるうちに茹で上がった茹で蛸のような顔色になった。

 

 「それとも昨日の夜、仕事をきちんとするようにと聖母マリアからのお告げでも受けて突然心を入れ替えたのか?」ガンボットは追い打ちをかける。

 

 「貴様、命をかけて職務を遂行する警官たちの献身を馬鹿にするなら許さんぞ」フェンテスは口から唾を飛ばし、ガンボットに人差し指を突きつけながら怒鳴った。「今こうしている瞬間にも多くの警官が殉職をも恐れず犯罪と闘っているんだ」

 

 「それは悪かった。俺の言葉が過ぎたようだな」ガンボットは素直に謝った。「死を恐れるはずの人間が自分のミッションに命を賭けるとは大したものだ」

 

 しかしガンボットは続けた。 「だがそれだったらなおさらこれから俺がやろうとしていることには干渉するな。部下の命は一人でも惜しいだろう」

 

 やや怒りの収まったフエンテスは、それでも何か言いたそうだったがロドリゴになだめられ、ともに席についた。ハツミはテーブルから少し離れたところにあるベンチに腰掛ける。

 

 「君たちはデイヴィッド・ノヴァク博士の研究所に向かっている。そうだね?」ロドリゴは口を開いた。

 

 「それを知っているということは、あんたらはそこで何が行われてるのかも知ってるんだろうな?」ガンボットは言った。「そして知っていながら放置してたってわけだ。あのガソリンスタンドの店主も気の毒だ。税金ばかり取られ肝心の時には守ってもらえない」

 

 「我々は放置していたわけではない」フエンテスが言った。「あの施設は継続的な監視下に置いていた。取り締まりをしなかったのは高度な政治的理由による」

 

 「命を懸けて犯罪と戦うと言ってみたり、政治的理由でワニどもを見逃してみたり、随分と忙しいことだな」ガンボットが混ぜっ返す。「で、あんたらはあのワニどもにいなくなってほしいのか、そうでないのか?」

 

 フエンテスが何か言う前にロドリゴが再び口を開いた。「まず一つ認めよう。我々がノヴァク博士の研究所を強制捜査しなかった理由は、博士の研究に潜在的価値を見出したからだ」

 

 ロドリゴは続けた。「博士は二十一世紀稀に見る天才だ。人工知能とロボティクスにおいて革新を起こし、さらには世界から戦争を無くすという偉業を成し遂げた。博士がメキシコに研究所を構えたとき我々は歓迎したものだよ。何しろ世界から国境というものを廃止することに貢献した英雄だからね」

 

 「そりゃあんたたちにはそうだろうよ」ガンボットは言った。「国境が無くなれば先進国に出稼ぎ者を何百万人でも送れる。そいつらがこぞって実家に仕送りをしてくれれば外貨がドバドバ入ってくるからな。発展途上国としては笑いが止まらんだろう」

 

 「君のデータは長らく更新されていないのではないかね」ロドリゴは片方の眉を上げた。「わが国は発展途上国とはいえない。もはや工業先進国だよ。中南米ではブラジルに次ぐ国民総生産を得るほど国内産業を発展させた。第一、アメリカ始め諸外国もわが国出身のよく働く移民が経済を支えているという便益にあずかっていることを知らないのかね?」

 

 「閣下」フェンテスがロドリゴの演説を押し止めた。

 

 「話を戻そう」ロドリゴは咳払いをすると続けた。「我々が求めているのは博士が保持していると思われるミュータント原細胞だ。ミュータント原細胞は無限の可能性を秘めている。まさしく人類全体にとっての重要な資産だ」

 

 「ミュータント原細胞?そんなものは聞いたことがないな」ガンボットは言った。

 

 「君の専門は狩猟だろう。知らなくても当然だ。私は生物学者出身だ」ロドリゴは言った。

 

 「ノヴァク博士は二千三十年代に生物工学に専門を変えた。学者としては異例のことだ。その理由として、博士はあるとき『ロボティクスでは人類の未来を救えないことに気づいた』と述べている。ロボットは製造に多くの資源を要し、壊れやすく、定期的な修理が必要で、しかも廃棄後は大きな環境負荷をもたらす。だから博士は遺伝子操作による生物の改変に着目したのだ」

 

 ガンボットは黙って聞き、ロドリゴは話し続けた。

 

 「私は、現在彼がやっていることに無論賛成はできないが、彼がミュータントの研究を始めた動機については共感している。博士の言う通り、ロボットというのはもはや時代遅れで人類が直面する問題の解決策とはなりえないのだよ。君の面前でこんなことを言うのは少し気がひけるがね」

 

 「俺は人間とは違う。どんな悪口を言われようが気にしない。そんなことより早く本題に入ってくれ。そのなんとかいう細胞は一体何なんだ?」ガンボットが言った。

 

 「ミュータント原細胞がどこから来たのか、それを正確に知っている者はいない。だがミュータントの死骸の解析の結果我々は特定の遺伝子コードを突き止めた。そしてその遺伝子コードは二千十年代アメリカにおいて動物実験で使われたものと一部合致した」

 

 「動物実験?」ガンボットは尋ねた。「何の実験だ?」

 

 「蘇生および寿命延長だ」ロドリゴは言った。「死んだペットを蘇らせたりペットの寿命を延ばしたいという要望を念頭に、アメリカの研究者たちが様々な方法を検討した。クローン化から始まり、万能細胞の移植を繰り返すことで理論上寿命を無限にすることまで構想された」

 

 「そいつは大層なことだな」ガンボットは気の無い返事をした。「それで、ノヴァク博士の研究所にあるとあんたが仮定するその細胞がどうしてそんなに重要なのだ?」

 

 「私の説明を聞けば分かる。二千十九年に、ヒト遺伝子を利用した実験的手法によってペット用ワニの寿命が飛躍的に延びることが発見された」ロドリゴは言った。

 

 「ワニをペットにする奴なんているのか」ガンボットは呟いた。「人間というものは本当に理解しがたいな」

 

 ロドリゴはガンボットを無視して続けた。「ワニの細胞にヒト由来の変異型サイクリン依存性キナーゼ四とサイクリンDという二つの遺伝子を注入する。これらは乳がんに関する遺伝子で、これらを細胞に導入することによりワニの細胞の分裂能力が劇的に亢進した。理論上半永久的な細胞分裂を視野に入れることも可能となった」

 

 ロドリゴはテーブルの上に両手を置いた 。「さて本題はここからだ。 この実験の成功により、同様の手法で絶滅が危惧される種を保存したり長寿命化により家畜の生産性を向上するなどの応用が期待された。同時に種の異なる動物同士や人間と動物の遺伝子を使ったキメラ細胞の製作が盛んに行われた」

 

 「キメラ」ガンボットは言った。「ギリシャ神話に描かれた、獅子の頭、山羊の胴体、毒蛇の尾を持つ怪物だな」

 

 「その定義は詩的に過ぎる」ロドリゴは人差し指を上げて左右に振った。「君は生物学にはあまり興味がないのだろうが、異なる遺伝情報を同時に所有する個体は全てキメラと呼ばれる」

 

 ロドリゴは再び話し続けた。「これによって臓器移植をはじめとする医療から家畜の改良まで、さまざまな分野で技術躍進が期待されるようになった。ところが、二千三十年代終わりごろになると、倫理的問題を理由にしてアメリカはヒト由来のキメラ細胞を使った実験を禁じてしまった。この手法が持つ大きな可能性は閉ざされた。だが、わが国に居を構えたノヴァク博士はその後も綿々と研究を継続していたと思われる」

 

 「あのワニ人間がその証拠、というわけか」ガンボットは言った。

 

 「米国でのヒト遺伝子利用禁止法成立と時を同じくしてノヴァク博士は公に姿を見せなくなったが、それ以前に発表された論文の中には注目すべき議論がある。バイオエンジニアリングによって『進化した家畜』を生産することが人類の問題の解決になりうる、と」

 

 ロドリゴは両手を上げて強調した。「博士の研究は途中までは正しかったのだよ。『進化した家畜』こそ、まさにロボティクスの可能性が出尽くしたあとの人類の解決策となるのだ」

 

 「あんたの講釈の中身はだいたいわかった」ガンボットは少しの沈黙のあと口を開いた。「ありていな話、あんたはワニと人間の遺伝子を混ぜてワニ人間を造るノウハウが欲しい。そうだろ?」

 

 「きわめて粗雑な表現だが、まあその通りと言って差し支えない」ロドリゴは認め、さらに身を乗り出して言った。

 

 「ここには無限の可能性があるのだ。自らの面倒を見ることができるほど進化し、高い知能を持つ動物が人間に仕え、種々の作業をこなす。ロボットをはるかに上回る可能性だ。これがノヴァク博士のビジョンだった 。我々はそのビジョンが正しいこと自体は認めざるを得ない」

 

 「なんともおめでたい話だな」ガンボットは揶揄した。「それであんたらがワニ人間を増やして仕事をさせ、手に負えなくなったらまた俺に駆除を依頼するのか?」

 

 「我々はそんなミスはしない」ロドリゴは首を振った。「すべての実験プロセスは厳密に管理する。個人レベルの研究所とは違う。私は国家プロジェクトとしてこの細胞実験を統括するつもりだ。我々が造り出すものは博士の獣たちとは似ても似つかない、もっと洗練されたものになるだろう」

 

 ロドリゴは気取った口調で締めくくった。「いわば『レプタロイド』とでも言うべきものだ。知的かつ頑健で、忠実に人間に仕える人間の友だ」

 

 「冗談でしょ?」それまで聞いていたハツミは思わず割って入った。「人間と動物を混ぜて怪物を作り出して、それでその怪物に人間の世話をさせようっての?」

 

 ハツミは大声を上げてテーブルを叩いた。「ねえ、本当にあいつらがおとなしく馬とか牛みたいに人間のために働いてくれるとでも思ってるの?頭おかしいんじゃないの?正気なの?」

 

 「おじょうさん、これは君たちの未来のためでもあるのだよ。食糧問題、資源問題および環境問題は解決策を必要としている」ロドリゴはハツミのほうを向いて答えた。

 

 「レプタロイドは労働生産力となり、その生存には家畜以上の資源を必要とせず、なおかつ生産から廃棄まで全てのプロセスで環境に優しい」

 

 「バカも休み休みにしてよ。わたしはあいつらに誘拐されそうになったんだよ?」ハツミは自分を指して言った。

 

 「君のトラウマには同情するよ。だが私は科学者でもある。科学の歴史を見たまえ。進歩の過程には時として試行錯誤が必要なのだよ」ロドリゴはにっこりと微笑んだ。

 

 「私が君くらいの歳だったとき、日本のフクシマという町で大規模な原子力発電所事故があった。それを機にいくつかの先進国は原子力発電からの撤退さえ検討したものだ。だがわが国は逆に原子力発電の増設に踏み切った。その結果どうなったか」

 

 ロドリゴはそこで得意そうに両手を広げた。「その結果発電量は大幅に増え、停電は激減した。電力泥棒を働く輩さえいなくなれば 、もっと多くの国民が利益を享受することになるだろう 」

 

 ロドリゴは、これみよがしにガンボットのほうをちらりと見やると、確信に満ちた笑顔を浮かべ演説を閉じた。「約束しよう。私は任期中に国民総所得を二割増加させ、全ての国民が科学技術の進歩の恩恵を受けられるようにする」

 

 「それでわたしが将来あんたに投票するとでも思ってるの?」ハツミは言った。「頼むから、わたしたち子供が将来住む世界をこれ以上メチャクチャにしないで」

 

 だがロドリゴはハツミの話などまるで気にもとめない様子で、ガンボットとの交渉に戻った。

 

 「君に依頼したいのはこういうことだ。博士の研究所からミュータント原細胞を見つけ出して回収してほしい」

 

 「お断りだな」ガンボットは即答した。「なぜ俺があんたらの言うことを聞く必要がある?」

 

 「口を慎め、ロボットめ」フエンテスが割って入った。「ロボットは人間に奉仕するものだ。そして大統領はその人間の代表として要請しているのだ。お前にはそれを断ることなどできないはずだ」

 

 「冗談も休み休み言ってくれ」ガンボットはうんざりした口調で返した。「いいか、ロボットというものはオーナーの私有財産なんだぞ。だから俺はオーナー以外の人間の命令を聞く義務など欠片もない。こんなに単純な理屈がなぜわからない?」

 

 ガンボットは両手を広げた。「それに考えてもみろ。もしアメリカの大統領がミュータントなんじゃら細胞を破壊しろと俺に命令したら一体どうなる?一体どっちが人間とやらの代表なのだ?」

 

 「それは……」フエンテスは言葉に詰まった。

 

 「俺はオーナーの命令以外誰の命令も聞かないし、聞くようにプログラムされてもいない。もし俺に命令したければ俺のオーナーを探し出して接触してパスコードを入手してから俺の電子頭脳にアクセスすることだ」

 

 返答に詰まって顔を見合わせる大統領と司法長官にガンボットは言った。

 

 「だがそれと同様に、俺はあんた達がすることに干渉はしない。もしそのなんとか細胞が欲しいというなら自分で取りに行けばいい。ミュータントどもがコーヒーとドーナッツを用意してあんたらを迎えてくれるとは到底思えんが、あんた達がそうするなら俺は邪魔立てはしない。仕事が済むまで外で待っていよう 」

 

 ロドリゴとフエンテスは顔と顔をつきあわせヒソヒソと話をしていたが、やがてフエンテスがガンボットに向き直った。

 

 「協力の見返りとして武器を提供しよう。それと電力もだ」

 

 「武器だ?」ガンボットは遮った。「俺に九ミリ拳銃で連中と戦えというのか?それこそ願い下げだ。九ミリ弾をなんてものを痛がるのは人間とコヨーテくらいだ。それとも軍隊クラスの違法な全自動武器をあんた自身が提供してくれるとでも言うのか?」

 

 フエンテスが黙ってしまうと、今度はロドリゴが背後に立っていたスーツ姿の役人に合図をし、大きめの封筒を持ってこさせた。

 

 「もし我々に協力するならこれを提供しよう」ロドリゴは封筒をテーブルの上に置くと自信たっぷりの口調で切り出した。

 

 「何だこれは?」ガンボットが封筒をつまみ上げようとすると、ロドリゴは素早くそれを手元にひっこめた。

 

 「ノヴァク博士の研究所施設の見取り図だ」ロドリゴは得意げに言った。「博士は、廃用された資源採掘施設を買い取って自らの研究所とした。その見取り図が我々の手元に残っていたのだよ。これは大いに君の仕事の助けになると思うんだが、どうかね?」

 

 「それは確かにそうだが、そもそも俺はそのミュータント細胞というのがどんな外見をしているのかも知らない」ガンボットは首を振った。「生物工学なんぞまるで知らない俺にその細胞というのを回収しろと言ってくるあんたらのほうこそ、絶望的なまでに誰かの協力を必要としているとしか思えないんだが?」

 

 「無論我々が君の協力を必要としていることを否定する気はない。だが、君もまた中がどうなっているか皆目見当もつかない施設を襲撃するのはリスクが高いことは認識しているんじゃないのかね?」ロドリゴは食い下がった。

 

 「確かにその通りだ。だがいずれにせよ俺にそのなんとか細胞を回収しろというのも無茶な話だ」ガンボットは頑として譲らなかった。「俺が適当に見当をつけ持って帰ったものが単なるネズミの内臓とか大腸菌の塊だったらどうするんだ?」

 

 ロドリゴとフエンテスが再びひそひそ話をした。フエンテスが提案する。「閣下、警察特殊部隊と専門家を同行させましょう。細胞を見つけ次第確保します」

 

 「冗談じゃないぞ。面倒をみなきゃいけない素人の人数を増やせというのか」聞きとがめたガンボットが声を上げた。「特に、自分は戦闘ができると思い込んでいる系の素人が一番危ない。単なる素人より余計に足手まといだ」

 

 「メキシコ警察特殊部隊の実力を侮るな。国中から集められた最も精強かつ勇敢な警官たちだぞ」フエンテスがガンボットを睨みつける。

 

 「じゃあその警官たちのうちの何人が実際にワニどもと戦ったんだ?」ガンボットは首を横に振りながら人差し指を相手に向けた。「群れからはぐれた連中を二・三匹狩ったとかそういう話ではない。銃とノコギリで全員が武装した一ダース単位の集団と戦争をしたことがあるのか、と聞いているんだ」

 

 フエンテスは悔しそうな顔で目を逸らす。すると大統領が再びガンボットに向き直った。「ならば一つ約束してくれたまえ。君がミュータントを掃討している間、ノヴァク博士の研究資材と思しきものには手を触れないと」

 

 ガンボットは答えた。「実弾で撃ち合いをするんだ。流れ玉がどこに飛ぶかわからない。それはそっちの警察の親分さんが一番よく知ってるんじゃないのか?」

 

 「もちろんそれはわかっている。だが君のことを合理性を重んじる人工知能と見込んで頼んでいるのだよ。不必要に周辺機材を破壊することは避けてもらいたい」ロドリゴは言った。

 

 「それは無論だ。俺は無駄な弾を使うのを嫌う。ミュータントを狩る以外の事には弾を消費したくない」ガンボットは答える。

 

 「彼が突入と掃討を終え次第速やかに専門家と部隊を派遣するのはどうだ?」 ロドリゴはフエンテスに向かって言った。「博士の重要な研究資料や生物試料がたった一か所にまとめられているとは考えにくい。施設を全体的に捜索すれば相当の知見を得ることが期待できる」

 

 「わかりました、閣下」フエンテスは答えた。「部隊を施設付近で待機させましょう」

 

 「俺の話が理解されたみたいだな」ガンボットが言った。「大変結構だ。で、その見取り図はこっちにもらえるのかもらえないのか?」

 

 「まったく何という図々しい奴だ。いったいお前が我々に何の便宜を図ったというんだ?」フエンテスが忌々しそうに言った。

 

 「いや、この図は君に進呈しよう」ロドリゴが打ち消した。「そうしたほうが、ガンボットくんがより効率的に、無駄な破壊を避けながら掃討を行うことができる。我々にとっても有益だよ」

 

 ロドリゴにそう言われフエンテスはしぶしぶ同意した。封筒が再びテーブルの上に載せられ、ガンボットは素早くそれを取り上げるとクシャっと畳んでコートのポケットに入れた。

 

 「商談はこれで終わりということでいいな?」ガンボットは立ち上がりながら確認した。「俺は余計なものには手を触れない。あんたらも俺を邪魔しない。この図を使って俺は効率的に奴らを狩る。俺が終わって出てきたらあんたらは施設を好きなようにする」

 

 「その通りだ、ガンボットくん。これで我々皆が利益を得られそうだな」ロドリゴは答えた。「君の武運を祈っているよ」

 

 ガンボットは振り向きもせずにターフテントを出た。ハツミはあわててついていった。左右に並んだ警官の列の間を抜けると、二人はまたジープに戻った。ジープの車内はひどく暑くなっていた。

 

 「余計な時間を食ったが悪いことばかりではなかったな」ガンボットは運転席に座り、懐から封筒を出して中身を取り出すと指で弾いた。

 

 「研究所の正確な座標も構造図も書いてある。この図を使って作戦の細部を詰めれば掃討が成功する確率は高いぞ」

 

 だが、ハツミは呆然として何も答えなかった。

 

 ガンボットはミュータントを狩るというミッションには忠実かも知れない。でも、ノヴァク博士が造ってしまった禁断の技術を封じ込める気もなければ、その技術をロドリゴ大統領やその部下たちが利用しようとするのを止める気もないのだ。暗然とした信じがたい気持ちに押し迫られ、ハツミはただ眼前に広がる荒野を見つめるしかできなかった。

 

 ガンボットは車を発進させると、ヘリの群れの脇をすり抜けて南に向かってスピードを上げた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。