ハツミは夢うつつの中で、遠くのほうからくぐもったような破裂音が何度も響いてくるのを聞いて目を覚ました。地下施設の長い廊下の向こうから反響してくるその音は、半分睡眠状態にあるハツミにはひどく耳障りだった。まるで意地悪な誰かが 、絶望し疲れきったハツミがせっかく味わっているつかの間の休息さえも妨害しようと爆竹に火をつけて遊んでいるかのようだ。
「うるさいなあ」ハツミはちょっと目を開けたが寝返りを打って再び寝入ろうとした。だが、破裂音は急にその頻度を増すと、今度はキツツキが木の幹を連打するような速さで鳴り始めた。
「何なの?もう」ハツミは起き上がると、鉄製のドアに耳を当ててみた。そのバンバンバンという音とともに、ギエッギエッというワニたちの喚き声や、バタバタとせわしなく走り回る音が聞こえる。
ハツミは注意深くその破裂音を聞いてみた。ワニたちの鉄砲の音とは全く違うし、だいいち奴等の鉄砲はあんなに一度に沢山は撃てない。
火だるまにされて奈落に落ちたはずのガンボットが生き返ったのだろうか?
ハツミの脳裏にその考えが浮かんだ途端、彼女は両手で拳を作り、ドアを激しく叩いて声を上げた。「ガンボット!助けに来て!閉じ込められてるの!」
空腹と疲労で一瞬頭がクラクラしたが、ハツミは再びドアを叩くとまた大声を上げた。
「ガンボット!ガンボット!わたしはここよ!」
銃声は散発的に聞こえてくる。ハツミはドアを叩き叫び続けた。時間がたつにつれ、銃声は次第に近づいているようにハツミには思えた。と、ハツミが閉じ込められている部屋のドアの前で重い物がドサリと倒れる音がした。
やがて、誰かが走ってくる足音に続いて、金属を無理やり捻って折る嫌な音がしたと思うと、唐突にドアノブが引っこ抜かれ、その跡に丸い穴ができ、そこからロボットの手がにゅっと中に入ってきた。ロボットの手は穴の縁に手をかけると無理やりそれを引っ張りはじめ、歪んだドアがメリメリとドア枠から引き剥がされた。ドアと枠の間に出来た隙間からロボットのもう一つの手が差し込まれたかと思うと、まるでプラスチックの板をへし曲げるようにしてドアの鉄板が曲がる。とうとうドアは蝶番から外れて床に落ち、うるさい音を立てた。
ハツミは廊下の灯りを背後にして立っているロボットを見た。不格好なカウボーイハットに、ロングコート。右手には真っ黒な全自動散弾銃を持っている。
「ガンボット」ハツミは信じられない思いで呟いた。
「ハツミ、怪我はないか?」ガンボットは尋ねた。
ハツミはガンボットに抱きついた。「てっきりあんた死んじゃったとばっかり……」
「その人間式の挨拶は今はあまり好ましくないな。動きが制限されるから万一の襲撃に備えられない 」ガンボットはそっけなく言った。
「わかったわかった」ハツミはガンボットから手を離した。「本当にいつものあんただね。でも奈落に落ちたんでしょ?よく死ななかったね」
「堅い鎧を着たノコギリワニどもが大勢待ち構えていたから少々ドジを踏んだ。徹甲弾が思ったより効かなかったんだ」ガンボットは先に立って部屋から出ながら説明した。ハツミも後に続いて廊下に出た。廊下にはワニの死体がほうぼうに転がっている。
ハツミがいた牢屋のドアの前に倒れていたワニの死体の横に、彼女のデイパックが転がっている。ガンボットはそれを拾い上げて彼女に渡しながら言った。
「こういうのが奴らのいいところだな」
「ほんとだ。あいつら最高に抜けてるね」ハツミはデイパックの中身を確認しながら声をあげた。中身は何もかも元のままだった。デトニクスまでちゃんと入っている。
「君は早く水を飲んで食事をしたほうがいい。衰弱の兆候がある」
ガンボットに言われるまでもなく、ハツミはデイパックの中に一本残っていたペットボトルの水をごくごく飲むと、底のほうにあったチョコビスケットの包みを破って齧りついた。
「奈落といってもせいぜい二十メートルくらいだ。俺は軍事用から転用された災害救助用ロボットだからそれくらいの転落には耐えられるし、壁に少しの突起があれば指をかけて登れる」
そう言いながら、ガンボットは部屋から出て右、つまりハツミがノヴァク博士と会った場所の方向に、油断無く銃を向けながら、廊下の壁を手探りしていた。何かを探しているようだ。
「でも火だるまになったって」ハツミはまだ信じられなかった。
「火だるまになったのはコートだけさ。何回も経験したことだ 」ガンボットは答えた。ガンボットのコートは確かにところどころ焦げて煤だらけだった。
「本当に大丈夫なの?」
「ああ。君が言うところのファッション性に著しく欠けるこのコートは耐火素材だ。燃えたまま着ていたらさすがの俺でもすぐに耐熱許容値を超えてしまうがすぐに火を消せば問題ない」
「じゃあこないだコートをけなしたのを謝らなきゃね」ハツミはビスケットを噛みながらほっとして笑った。
「それも別に問題ない。俺はロボットだから人間と違って心が傷つくことはない」
「わかった。自慢しなくていいから」
「それに俺は携帯用粉末式消火器というのを持ち歩いている」
「あんたっていっつも用意がいいんだね」ハツミは目を丸くした。
「君も一つ持っておけ。万一火の玉を喰らったとき生存の確率が高くなる」
ガンボットはズボンのポケットから殺虫剤くらいの大きさのボンベを取り出してハツミに渡した。ハツミはビスケットを呑みこみながらそれをデイパックに入れた。
「さっきから何やってるの?」ハツミは最後のビスケットの一切れを口に放り込みながらガンボットに尋ねた。ロボットは薄暗い廊下の壁を手探りしながら少しづつ前に進んでいる。牢屋の扉が並ぶ一角から離れると、壁はコンクリート打ちっぱなしから金属製に変わっている。グエッグエッというワニの喚き声が遠くから聞こえてきた。
「あった」ガンボットは言うと、金属製の壁に穿たれたくぼみに指をかけて引っ張った。それは防火扉の取っ手らしかった。ガンボットがぐいっと引っ張ると、巨大な金属板がギイーッと音を立てて現れ、通路の半分をふさいだ。ガンボットは反対側の壁も手探りし、もう片方の防火扉も探し当てて閉じた。幅三メートルほどの狭い廊下は金属製の扉でピッタリと塞がれた。
「これでいい」ガンボットは言った。
「こんなものであいつらを防げるの?」
「いいや防げない。だが時間稼ぎにはなる」
「それでこれからどうするの?」ハツミは尋ねた。
「反撃だ。俺を怒らせたら一体どんなことになるか奴らに思い知らせてやる。骨の髄までな」ガンボットは答えた。
「こわっ」ハツミは肩をすくめた。「でもあんたってロボットなのに怒りなんか感じるの?」
「もちろん感じない。ただ映画で見たセリフを真似しただけだ」ガンボットは素直に認めた。「普通こういう時にはこういうことを言うものだろう?」
「あんたってロクな映画見てなさそうだね」
「銃撃戦と、爆発と、車で追跡するシーンがあるのを映画というのじゃないのか?」
「だめだこりゃ」ハツミは首を横に振った。
「食事がひと段落したら銃の扱いを覚えてくれ」ハツミがようやく落ち着くと、ガンボットは彼女のデイパックから拳銃を取り出した。
「デトニクスは安全装置を解除して撃鉄を起こしてから引き金を引け」ガンボットは拳銃のフレーム後端左側面を指差した。「もし右手の親指だけでは難しいようなら左手を添えて使え」
ハツミは拳銃を手にとると、言われた通りに左手で安全装置のレバーを下げた。よく見ると、安全装置がちょうどスライドの切り欠きに嵌るようになっていたから、装置がかかっている間はスライドが動かないということがハツミにも理解できた。次いで両手で銃を持って両方の親指を伸ばし、中途半端な位置で止まっていた撃鉄をカチッと起こした。
「それでいい。撃つ時は両腕を伸ばして足を踏ん張れ。反動がきついからしっかり力を入れて制御しろ。俺以外は何を撃っても構わん」
「わかった」
「よし、すこし下がって奴らを待とう」ガンボットはハツミに手招きし、牢屋の扉が並んでいる区画まで十五メートルほど後退した。
「反撃するんじゃないの?」
「まあ待て。作戦がある」
「またえげつない作戦思いついたの?」
「そうだ」
ハツミはコンクリートの壁に耳をあててみた。大勢のワニ人間たちが歩くドヤドヤという足音が遠くから響いてくる。だが、切迫した感じではなかった。どこか一箇所に集合するために移動している、といった感じだ。
「まだ奴らは遠いみたい」ハツミは呟いた。「たぶんありったけの数を集めてから一度に押し寄せてくるって気がする」
「いい分析だ」ガンボットはそれを聞くと自分の銃からドラム式弾倉を外してバッグにしまった。かわりに八発入り箱型弾倉を腰のポーチから取り出してはめ込む。
「ところでハツミ、なぜ俺を追ってきた?」ガンボットは防火扉のほうに向けて銃を構えなおしながら尋ねた。
「なぜって、友達だから」ハツミは言った。
「友達?」ガンボットは聞き返したあと軽く首を振った。「ハツミ、俺は君の希望に沿えない。理由は説明したはずだ」
「うん、知ってる。でもいいんだ」ハツミは答えた。「あんたはときどきすごくいけ好かない奴だし、わたしが喜ぶようなことをちっとも言ってくれない。でもあんたはわたしの命を救ってくれたし、少なくともわたしに対しては一度も嘘をつかなかった」
ガンボットは黙って聞いていた。
「わたしはあんたの言うことにすぐにキレたりイラっとしたりする。でもだからといってあんたと二度と会いたくないなんて思ったことはない。ケンカ別れしたってまた会いたくなる。そういうのが友情っていうんだよ」
ガンボットは何も答えなかったが、ハツミは構わずに続けた。
「わたしはあんたをわたしの友達だと思う。たとえあんたがわたしを友達だと思ってくれなくても」
しばらくの沈黙のあと、ロボットは銃を構えたまま言った。
「俺には友情の価値というものがわからないのだ。それなのになぜだ?」ガンボットの声はどこか戸惑ったような響きだった。「友情というのは二人の人間が互いに同等のものを与える関係だとばかり俺は思っていた。俺は君に返すものが何もない。その友情というものを交換することができないのに、なぜ君はそんなことを言う?」
「今のあんたにはわからないかも知れない。でも」そこまで言ってハツミは言葉につまった。「でも、ええっと、あんたはその、スティーブンって人に似せて造られた、なんとか人格なんでしょ?」
「疑似人格だ」
「そう、それそれ」ハツミは続けた。「だとしたら、今のあんたにはわからなくても、将来わかるかも知れない。そのときでいいのよ、わたしに同じものを返すのは」
ガンボットは少しの間黙っていたが、上を向いてつぶやくように言った。「今の俺にはわからなくても、将来友情の価値というものが俺にもわかるかも知れない」ガンボットは突然思いついたようにハツミのほうを向いた。「ハツミ、もしかして、そういうのを人間は『希望』と呼ぶのか?」
「そう、それそれ。それよ、『希望』よ『希望』!」ハツミは言った。「あんたにも少しは学習能力ってもんがあるじゃない」
「つまり君は俺に対して『希望』を持っているわけだな」ガンボットは言った。
「そう。あんただってやればできるって信じてるから」ハツミは答えた。
「人間から『希望』を持たれるという経験は今まで一度もしたことがない」ガンボットは呟いた。
「新しい経験ってしてみるものだよ」ハツミは言う。
「そうだな。少なくとも悪い経験ではない」ガンボットは答えた。「人間がなぜ目に見ることのできないものを元にして行動するのか、俺にはなかなか理解できなかった。だが今わかった。この目に見えない『希望』があるから君はあの鉱山で女たちを助け出し、恐怖心を抑えてグランコミューの砦に向かったんだな。そうだろう?」
「そう、その通りだよ」ハツミは得意げに言った。「まあ人間てものをもっとよく理解したいならわたしに弟子入りすることね」
「それはまた今度にしよう」ガンボットは言った。「今はまだやるべきことがある」
「そうだね」ハツミも同意した。「とりあえずわたしたち、ミュータントをやっつけてから二人とも生きて帰ろう?それでわたしは一旦家に戻る。あんたはこの先も人間のことをずっと勉強する」
「了解」
「あとさ」ハツミはまた口を開いた。「あんたが仕事を終えたあと、少しわたしに時間をくれる?わたしの仕事をする時間を」
「君の仕事?」ガンボットは聞き返した。「この設備には誘拐された人間はいないようだぞ。牢屋の中も君の部屋以外は空っぽだったしな」
「そうじゃないの。ミュータント細胞を見つけ出して、破壊する。あんなものを二度と造れないようにする。それがわたしの仕事」ハツミは言った。「それはわたしがやる。どうしてもやりたいの」
「君の好きにしろ。俺は別に邪魔だてはしない」ガンボットは即答した。
「本当に?」ハツミは驚いてガンボットを見た。「本当なの?」
「君がそうしたいならそうすればいい。俺は人間のやることにいちいち介入はしない」
「でも大統領の前で約束してたじゃん。ミュータント細胞には手を触れないって」
「それは俺自身が手を触れないという意味だ」ガンボットは肩をすくめた。「君がどうするかまでは俺の管理外の話だ。俺は君のオーナーではないからな。君が俺のオーナーではないのというのと同じ理屈だ」
「あんたって本当に悪いロボットだよね。悪いにもほどがあるよ」ハツミは思わず含み笑いを漏らした。「わたしが博士の残したものを全部ぶっ壊して出てきたときの大統領の顔が目に浮かんじゃうね」
「ハツミ。俺はいいロボットでも悪いロボットでもない。ただのロボットだ。前からそう言ってるだろう」ガンボットは首を振った。
「そうだね、でもロボットの中では結構気が利くほうだよ、あんたは」
二人が話していると、ドヤドヤという足音が防火扉の向こうの遠くから聞こえてきた。足音はやがてハツミたちのいる場所に近づいてきた。よほどの大人数なのか、ハツミにはほんの少し床まで震えているように感じられた。だがしばらくの間は足音だけだった。先頭集団の足音が扉のまん前で止まったあとにも、その後ろにぞろぞろと後続がやってきているのが分かった。時間をかけて集まったあと、一気に突入しようとしているのだろう。
突然、グエッグエッという喚き声とともに、回転ノコギリのけたたましい回転音が始まった。十匹や二十匹ではきかないような物凄い数なのか、まるで巨大な工場の機械音のように聞こえる。
「来たね」ハツミはデトニクスを構えながら言った。こんな銃が役に立つとは到底思えなかったが、ただ突っ立ってガンボットに助けてもらうだけの自分ではいたくなかった。
「奴らが扉を破ったらヒットアンドランだ」ガンボットはもう一度銃を構えなおしながら言った。
「なにそれ?」
「後で説明する。俺の真似をすればいい」
防火扉の向こうからは百台の回転ノコギリのスイッチを入れたかのような轟音がする。突然、金属を切り裂く嫌な音がしたかと思うと、防火扉を破ってノコギリの先端が斜めに顔を出した。次々にノコギリの刃が突き立てられ、防火扉はたちまちダメージジーンズのようにズタズタになった。金属の破片が飛び散り、数秒で扉が崩壊すると、全身に鎧をまとったワニ人間たちがどっと押し寄せてきた。廊下のずっと向こうまで隊列が続いている。
ガンボットはワニどもの群れに向かって銃を連射した。たちまち八発入り弾倉を撃ちつくす。ハツミも銃を撃とうと引き金に指をかけた途端、ガンボットは「走れ」と叫び、ワニどもに向かって銃を構えながら後じさりしはじめた。ロボットは銃から弾倉を外し、もう一つの箱型弾倉をセットすると、左手でハツミの肩をつかみ、廊下の奥へ押しやりながらもう一度ワニたちに向かって掃射した。だがワニたちは一匹も倒れることなく突進してくる。ハツミはわけがわからないながらも廊下の奥に向かって駆け出した。もう敵は目の前に迫っている。二つ目の弾倉を撃ち尽くすとガンボットは向きを変え、左手でハツミの手を引いて走り始めた。
「作戦ってこれ?」ハツミは息を切らしながら叫んだ。
「そうだ」ガンボットも叫び返した。
「うそでしょ」
「本当だ」
「もう、ただ逃げるだけならなんで前もってそう言わないの?」
ガンボットとハツミは牢屋の扉の列の前を走りぬけると、廊下を走り続けた。ワニどもは分厚い鎧を着ているのでさすがに走る速度が遅い。ふたりはすぐに敵集団から距離を空けることができた。だが五十メートルも進むと、ハツミはそれ以上行けないことに気づいた。
行き止まりだ。
行く手を阻む粗いコンクリートの壁には扉も何もない。ワニどもの足音、喚く声が背後から近づいてきていた。
「ここがわたしたちのアラモ砦ってわけ?」ハツミは荒い息をつきながらガンボットを見た。
「戦闘中に冗談が出るとはいい傾向だ。君はもうすっかり俺の助手だな」ガンボットが答える。
「冗談じゃないわね。こんな地下道でロボットと一緒に死ぬなんてちっともロマンチックじゃないよ」
「ロマンチックという感情はそもそも俺には理解できないが、そう悲観することもなさそうだぞ」ガンボットは銃を構えながら左手で敵のいる方向を指差した。
ハツミは怪訝に思って振り返った。ワニどもの喚く声や足音はせいぜい二十メートルくらいしか離れていない。だが、しばらくしてもそれ以上は近づいては来なかった。回転ノコギリのけたたましい音が相変わらず響いている。だが突撃を開始したときの整然とした足音とうってかわって、今は大勢が揉み合っているようなゴチャゴチャした音と怒鳴り合うような喚き声が聞こえてきた。
よく目をこらしてみると、鎧に身を固めたワニ人間たちが互いに押し合いへし合いしているのが見えた。グゲッグゲッと喚きながら、鉄砲ワニがノコギリワニの大群を掻き分けるようにして進んで来る。だが、ノコギリワニの一匹が回転ノコギリを振り回し、鉄砲ワニの首がひとつ吹き飛んだ。残りの鉄砲ワニが怒りの吼え声を上げて鉄砲を撃ち、ノコギリワニが次々と炎に包まれる。
「何あれ?」ハツミは目を見張った。「仲間どうしでケンカしてる みたい」
「前列にいた奴らの目を鹿撃ち用の散弾で潰したんだ」ガンボットは答えた。「人間は突然視界を奪われるとパニックになるというのを本で読んだ。奴らは人間ではないが、視覚に大きく頼っている点では同じだ」
ガンボットはハツミのほうを向いた。「これが俺の作戦だ。目が見えなくなったノコギリワニどもがやみくもに武器を振り回し始めたら、密集した集団の全体が混乱に陥ると踏んでいた」
「だったら最初からそう説明してよ」ハツミは溜息をついて額を拭った。
「遺書書こうとか一瞬考えちゃったじゃん」
「今余裕があるうちに書いておいたほうがいいぞ」ガンボットは空の弾倉を捨てると、バッグからドラム弾倉を取り出して銃にはめ込んだ。
「あんたってそういう嫌な冗談好きなんだよね。最低」ハツミは笑った。「で、どうやってこの墓場みたいなところから脱出するの?」
ガンボットは床を指差した。ハツミが怪訝な顔をしていると、ガンボットは左手で彼女を下がらせ、床に向かっていきなり銃を撃ち始めた。コンクリートに当たった弾から黄色い火花が上がる。一弾倉撃ち尽くすと、ボロボロになった床の下に鉄格子のようなものが見え始めた。ガンボットはコンクリートの破片を取り除け始め、ハツミも手伝う。やがて格子状の排水溝の蓋のようなものが現れた。ガンボットが格子に指をかけて持ち上げ横に投げ捨てると、一メートル四方の竪穴がぽっかりと開いた。
「急ごう」ガンボットは銃のストラップを肩にかけると言った。
「奴らの同士打ちが続いているうちにここからずらかるぞ」
ワニどもの集団を見ると、十匹以上の鎧ワニたちが全身を炎に包まれながらまだノコギリを振り回していた。装甲の薄い鉄砲ワニたちは全滅したようだ。他のノコギリワニたちも乱心した仲間に応戦しているが、鎧が厚いのでなかなかノコギリの刃が通らない。金属と金属が衝突する音とともに火花がそこらじゅうに飛び散っていた。だが、燃えていたワニのうち一匹が、さすがに炎には耐えられないのか、ふらふらとした足取りでこちらに向かって歩いてきたかと思うと ドッと床に倒れ伏した。
「早く」ガンボットは竪穴に下半身だけ入ると手招きする。ハツミが覗き込むと、穴ははるか下まで続いている。ハツミのいる場所からは底は見えない。
「どうやって降りるの?」ハツミは少し膝が震えてくるのがわかった。高いところはあまり得意ではない。
「俺におぶされ」ガンボットは再び手招きした。「急ぐんだ」
ハツミが竪穴の端に腰をかけ、ガンボットの背中に飛びついておぶさったかと思うとガンボットは蜘蛛のような巧みさで竪穴を下に降り始めた。三メートルも降りると周囲はたちまち暗くなる。ワニたちの喚き声も遠くなりはじめた。
「この穴どこに通じるの?」
「地獄の底さ」
「ちょっとやめてよそういうの」
「ロドリゴがくれた見取り図にあったんだ」ガンボットは今度は真面目に答えた。
「試掘機械を運搬する穴だったらしいがこの施設をシェルターに改装した時塞がれたらしい。穴の底からは居住区に通じる横穴に出られるはずだ」
ガンボットは両手両足を穴の壁に突っ張りながら穴を降りていった。元々プログラムされていた動きらしく、そのリズムは安定していた。
「すごっ。あんたってスパイダーマンみたいだね」ハツミは思わず感心した。
「俺はスパイダーマンは好きではない。銃を撃てない奴がヒーロー扱いされるのは俺には全く理解できない」ガンボットは言った。
「ああそっか、銃が出てこないのは映画とはいえない、だっけ?」
「その通りだ」
「ほかにもいい映画いっぱいあるのにあんた人生損してるよ」
「その損失は定量化できるのか?」ガンボットは尋ねた。
「わかった、もういい。わたしが悪かった」ハツミは苦笑いした。
あたりはほぼ暗闇になった。上を見ると穴の入口は切手のように小さく見え、下を見ても穴の底は見えない。ハツミはロボットとくだらない会話をして恐怖を紛らわしたが、ほどなくしてガンボットは動きを止めた。
「着いたぞ。地獄の底だ。降りてくれ」
「なんにも見えないんですけど」
「見たいか?」ガンボットは言うと頭部の横についたライトをつけた。ごつごつしたコンクリートの壁が迫っているのが見えた。穴は狭く、ガンボットは一メートル四方ほどの床の上に立っていた。
「せまっ」ハツミはガンボットの背中から降りながら言った。「こっちのほうがいやだ。閉所恐怖症になりそう」
「狭いからワニどもは降りてこれないのさ」ガンボットは床にしゃがんだ。「先へ行こう。鉄砲ワニどもが来たら俺たちがここにいるのに気づいて火の玉を撃ち込んでくるかも知れない」
ガンボットが床に溜まった砂を払うと、鉄製の四角い蓋が見えた。ロボットは肩から提げていた銃を右手に持ち変え、左手をその蓋の取っ手にかけて注意深くゆっくりと持ち上げた。「うまいぞ」ガンボットは呟いた。ぽっかりと開口した床の下には、薄暗い照明に照らされたコンクリート張りの床が見える。
「ハツミ、やつらの匂いはするか?」ガンボットは尋ねた。
「結局わたしが警察犬ってわけね」ハツミは口を尖らせながらもガンボットの横から穴の中を覗きこみ、鼻をヒクヒクとさせて匂いをかいだ。
「するといえばするけど、そんな強い匂いはしない」ハツミは言った。
「降りるぞ」ガンボットはハツミを左手に抱えてぴょんと飛び降りた。
二人が降り立った場所は幅三メートルほどの地下道だった。天井も壁もコンクリートで、天井にはぼんやりとした光を放つ電灯が二メートル間隔ほどで点灯していいる。地下道は二十メートルほど先で行き止まり、鉄の扉に突き当たっており、その反対側はずっと先まで伸びたあと左に折れていて、その先は見えなかった。ハツミはガンボットの腕から降りてもう一度鼻を利かせた。やはりワニどもは近くにはいないようだ。
「図によればノヴァク博士の居住区はこっちだ。上下に曲がりくねった坑道を数百メートル進んだ先だ」ガンボットは鉄の扉のほうを指差した。次に反対側の廊下の先を指差す。「こっちは施設中央の階段で、地上に通じている。怖かったら帰り道はこっちだ」
「バカにしないでよ」ハツミはロボットを睨んだ。「やるときはやるんだからね、わたしだって」
「なら結構だ」ガンボットはそう言うと銃のドラム弾倉を交換して油断無く構え、扉のほうに向いて慎重に歩き始めた。ハツミも少し後ろからついていく。扉の前に立つと、ハツミは耳をあててみた。扉の向こうからは物音は聞こえない。二人がこの場所にいることはまだ気づかれていないようだ。ハツミはそうっとドアノブを回そうとしたが、施錠されているのかドアノブは動かなかった。
ガンボットはハツミに合図して少し下がらせた。「行くぞ」ロボットはそう言うと、 銃を構えてドアノブ周辺を無造作に乱射した。ガンボットが右足でドアを蹴破ると、ドアは紙のように吹き飛んだ。ドアの先にはコンクリート造りの回廊が続いていた。薄暗い照明の中、奥のほうには鎧を着てノコギリを持ったワニ三匹と、その向こう側に鉄砲ワニが二匹いる。ノコギリワニたちがこちらに向かって武器を構えると、鎧の金属が擦れあうガチャガチャという音が聞こえた。
ガンボットは回廊に突入し、ハツミも後に続いた。ロボットが前に進み出て銃を全自動で乱射すると、前列にいたノコギリワニたちのうちの一匹がたちまち顔面に数発の弾を喰らって倒れる。だが残りは両腕で顔を庇うとジリジリとこちらに向かって前進し始めた。
背後に控えていたニ匹の鉄砲ワニたちのうちの一匹が銃を構えた。ガンボットは狙いを上げそいつの頭を射抜いた。だがもう一匹は身を低くして銃弾を避けると、何か大きな筒状のものを肩に担いだ。
そのときハツミは気配に気づいて目を右側の壁に向けた。天井に近い場所に巨大なミュータント虫が張り付いている。こちらを伺って触手を動かしながら左右に割れた顎をカチカチ鳴らしていた。ニ匹のノコギリワニたちは数メートルのところまで迫っていた。その時鉄砲ワニが担いだ筒からシュボッと発火音がしたかと思うとミサイルのようなものが一直線にこちらに飛んでくる。ガンボットは狙いをずらしてそれを射落とし、爆発音がして、ワニたちの顔が一瞬明るく照らされた。
「虫!」ハツミは叫んだ。
「間に合わない」ガンボットはドラム弾倉を取り替えながら叫んだ。「君が撃て」
その瞬間、ミュータント虫はハツミめがけて飛びかかかってきた。