小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

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深夜のたいまつ行列

「俺のことはガンボットと呼んでくれ」

 

 

 ロボット?こいつロボットなの?ハツミはくらくらする頭で記憶をたどった。

 

 ロボットだったら銀行の窓口の前とか携帯ショップに立っているやつを何回も見たことがある。ハツミはそんなロボットたちに話しかけてみたこともあった。たいていは、甲高い声で、まん丸い目をぱちくりさせながら身振り手振りを交え返答してきたものだ。またテレビ報道で、災害救助用人間型ロボットというのを見たこともあった。妙に身軽でピョンピョン跳ねながら障害物を飛び越えたり、果てはバック宙まで披露していた。

 

 しかし、目の前のやつはそのどれとも違っていた。声は低い男の声だが、言われてみれば機械っぽかったし、走り方なんかは災害救助用ロボットに似ていたけれど、帽子を被って服を着ているロボットなんて見たこともない。第一、高性能の自律型人工知能ロボットが人気のないサンルイスの二十四番通りを深夜ひとりうろついているなんて、聞いたことのない話だ。

 

 「あ。あの。ありがとう。ガンボット……さん。わたしはハツミ」

 

 とりあえず礼を言っておこうと、ハツミがおずおずと右手を出すと、ロボットも革製のグローブをはめた右手を差し出し、軽く握ってきた。かすかにモーターが回転するウィーンという音が聞こえる。

 

 「どういたしまして、ハツミ」ガンボットは答えた。

 

 やっとなんとか落ち着きを取り戻したハツミは、相手の顔をあらためてしげしげと眺めた。半球形を縦長にしたような単純な形で、街灯を反射して光っているが、表情らしきものは当たり前だが何ひとつ見てとれない。ただ顔の向きから、こっちを向いていることだけがわかる。しかし、相手は本当にロボットであって不審者ではないことがわかると、ハツミはだんだん安心してきた。

 

 「あなたはワニ人間ハンターなの?」ハツミは質問してみた。

 

 「ワニ人間とはミュータントのことか?」ガンボットは聞き返した。「確かに、俺のミッションはミュータントを狩ることだ。今まで五百四十七体倒している」

 

 「すごっ」ハツミは感心した。「あなた警察のロボット?警官の数が足りないから造られたの?」

 

 「俺は警察とは関係はない」ロボットは言った。「俺は俺のオーナーから与えられた独自のミッションを遂行しているだけだ」

 

 「オーナー?」あ、そうか、ロボットはモノだから、車みたいにオーナーがいるんだ。ハツミは思った。

 

 「あなたのオーナーはさぞ自慢でしょうね。こんなにジャンプしたり拳銃撃ったりできるロボットを持ってるんだから。すごくない?」

 

 別にうれしくもなさそうな声でロボットは答えた。「 俺のオーナーは十年前俺を造った直後に失踪した。だから俺を自慢に思っているかどうかはわからない」

 

 「失踪?」

 

 「姿をくらますことだ」

 

 「それは知ってるけど。じゃああなたは今だれのものなの?」

 

 「俺は俺のオーナーのものだ」

 

 「でも失踪したんでしょ?」

 

 「そうだ。だがそうだからといって所有権が移転したわけではない。だから造られた時に与えられたミッションを俺は遂行し続けている」

 

 「へえ、じゃあ何、今あなたは一人暮らししてるの?」

 

 「一人暮らし?」

 

 「ほら、アパートとかに一人で住んでるの?」

 

 「俺の拠点のことは一言で詳しくは言えない。何度も追い出されたからな。どうやら人間に快く思われていないようだ」

 

 「どうして?人の役に立っているのに」ハツミは驚いて言った。

 

 「人の役に立っている?それはわからない。俺は俺のミッションを遂行しているだけだ」

 

 「なんで?あんなワニ人間がこれ以上増えたら困るでしょ」

 

 「人間の利害は複雑だ。俺のやっていることを、ある人間は喜ぶが、別の人間は嫌がっている 」ロボットは答えた。「だから俺は俺の存在が人間全体の役に立っているかどうかなど判断はできない」

 

 ここまで話していて、ハツミは会話があまり成り立ってないことに気づいた。声が妙に本物じみているし、わからないことがあると「もう一度話してください」としか言わない他のロボットたちと違って、こいつは人間っぽい受け答えをするけど、やっぱり人間とは違う。このロボット、どうやら人間とうまくおしゃべりするようには設計されていないようだ。

 

 「ええと、じゃあまたね、ガンボット」

 

 会話に切りをつけると、ハツミは倒れていた自転車を起こして歩き始めた。

 

 「君はもともとそっちのほうから来たんだろう」ロボットは後ろから声をかけてきた。「君には行くところがないのか?未成年があてもなく出歩くには遅い時間帯だが」

 

 面倒だなあ、と忌々しく思いながらも、ハツミはロボットのほうを振り返って説明した。

 

 「わたしさっきパパとケンカして家を飛び出てきたけんだど、あんなワニ人間に会っちゃったものだから早く家に帰りたくなったの」住宅街の方を指さして、噛んで含めるように言い聞かせた。「で、わたしの家はあっち。わかる?」

 

 「虐待を受けたのか?生物学的に考えたら 、君が君の父親と格闘するなどありえない」

 

 ハツミはだんだんイライラしてきた。

 

 「言い争いをしただけ。人間にはよくあることなの。じゃあね」再び自転車を押そうとしたとき、変速器のあたりからガラガラと音がして、急に自転車は押しても引いても動かなくなってしまった。見ると、チェーンが後輪のギアとギアの間に挟まっている。ワニ人間に襲われたときにどこか壊れてしてしまったのだろうか。

 

 「もお、どうしてこうなるの」ハツミは拳を宙に振り上げた。自転車を置いていったらあとで怒られそうだし、かといってこんなものを引きずって夜道をあとどれだけ歩けばいいのかと考えるとうんざりしてくる。

 

 「ねえあんた自転車の修理とかできる?」ハツミはロボットのほうを顧みて言った。

 

 「自転車の修理はできない」ガンボットは簡潔に答えた。「この故障した自転車は君にとって大事なものなのか?」

 

 「まあそんなに気に入ってるわけじゃないけど。でも買ってもらったものだから捨てていくわけにいかないよ」ハツミは途方に暮れた口調でつぶやいた。

 

 「君の家はどこだ」ガンボットは尋ねた。

 

 「サンペドロ通り十四号」ハツミは答えた。「もしかして運んでくれるの?」

 

 ガンボットは近づいてくると「手を離せ」と言った。ハツミが言うとおりにすると、ガンボットは自転車を片手で掴んでひょいと持ち上げた。まるでダンボール紙でできた飾り物を持ち上げているみたいだ。

 

 「すごっ」ハツミはまた叫んだ。「重くないの?」

 

 「耐荷重能力は設計上五百キログラムだ」ガンボットは答えながら、通りを住宅街に向かって歩き始める。

 

 「うちのパパ、こないだジムで七十キロのバーベルあげたとか言ってドヤ顔してたけど、それって全然だね」ロボットの後ろをついていきながら、ハツミはそう言って笑った。

 

 「七十キロの荷物をもって長時間歩けるのなら人間としては平均以上の能力だと思うが」ガンボットは応じた。

 

 「そうじゃないの。一瞬だけ持ち上げたってこと。それもシートに寝そべっての話」

 

 「それならほとんど数値自体が無意味だ」ロボットは言った。「設計時点でもっと有効な能力計測方法を考える必要がある」

 

 

 ロボットとハツミが噛み合わない会話を続けながらしばらく通りを歩いていると、はるか前方に複数の人影が見えた。暗くてよく見えないが、手にたいまつのような物を持ち、何メートルか間隔を空けたゆるやかな隊列を組んで、道路を横断している。メキシコ側に位置する南側の荒地からやってきたようだ。

 

 見ていると、その隊列は後から後から、途切れることなく延々と続いていた。まるで幽鬼のようにゆらゆらと歩きながら、道路北側の平原に入っていっている。

 

 「誰だろ」ハツミは立ち止まってつぶやいた。「不法移民かな?」

 

 「今現在の法律では不法移民というものは存在しない。二十年前国境線が廃止されたからな」

 

 「ああそうだっけ」ガンボットに指摘され、ハツミは社会の授業を思い出した。「ええっと、世界平和条約? 」

 

 「そうだ。二千二十九年に、軍事行動監視プログラムの発明と導入により世界中の軍隊が廃絶された」

 

 「それで戦争がなくなって、世界が平和になって、国境も消えたんでしょ?」しかしハツミは落ち着かない声で続けた。「でもなんか嫌だなあ。わたしあんな目にあった後だし、こんな夜中にどこの誰とも知れない人たちと鉢合わせなんかしたくないよ」

 

 ハツミはガンボットの顔を見上げた。「ねえガンボット。いざとなったら守ってくれる?」

 

 するとガンボットは突然立ち止まった。まるで故障してしまったかのように、一言も返事せず佇立している。

 

 「ガンボット?」焦れたハツミがガンボットのコートの袖を引く。「ガンボットってば!」

 

 と、ロボットは突然ハツミの腕を掴んだ。自転車を道路の上に置くと、有無をいわさず道路脇の灌木の茂みの陰にハツミを引きずり込む。

 

 「ちょっとあんた何するの?壊れちゃったの?」抗議するハツミに、ガンボットは人間くさい仕草で顔の前で人差し指を立てた。次いで、その人差し指を道路側に向ける。

 

 ハツミが目をやると、茂み越しに見える、道路の南側の荒地のほうで、ぼうっとしたたいまつの明かりがゆらめき、それから何秒かしていくつかの人影が現れた。

 

 薄暗い街灯に照らされたその顔のシルエットを見て、ハツミは体が凍り付いた。

 

 ペタンと平たい頭。尖った目の形、縦長の瞳に、横長に裂けた口から覗く牙。

 

 

 ワニ人間だ。

 

 

 ワニ人間たちは一人また一人と道路を横断すると、ハツミたちが隠れている茂みのすぐ横を通り過ぎ、北側の荒地の中に消えていった。ハツミは恐怖に体を縮ませてガンボットにしがみついた。

 

 だが、ワニ人間の群れはいなくなったと思ったら、また新手がぞろぞろと南からやってくる。隊列の行進はいつ果てるともなく続いた。 やがてハツミは、目の前の不思議な光景に、まるで幻想映画の一シーンを見ているような気分になってきた。頭がワニの人影の群れが、手に手にたいまつを持ち、あるものはリュックを背負い、またあるものは何やら道具を肩から下げながら、荒地をゆっくりと歩いている。その光景はまるで夢か幻か……

 

 ワニ人間たちはただただ行進を続けるだけで、こちらに全く気付いていないようだったので、ハツミはようやく落ち着いた。「あいつら一体全体何なの?」声を低くしてガンボットに質問してみた。

 

 「わからない」ガンボットは答えた。「爬虫類のように見えるが、訓練された犬か、場合によっては猿並みの知能がある。簡単な道具も使えるし、見たところごく単純な言語も操っているようだ」

 

 「あいつら私を誘拐しようとしたとき、何かしゃべってた」ハツミは思い出すと、またちょっと怖くなって身震いした。

 

 「俺は十年前からやつらを狩り続けている。だが明らかに数が増えている。特にここ一年の遭遇数は今までにないほどだったが、これほど多数の個体を一度に見たのは、実のところ俺も初めてだ」

 

 「警察に言わないの?」

 

 「警察はとっくに把握してるはずだ。彼らも仕事だからな。いずれ何らかの対策を取るだろう」ガンボットは他人事のように言った。

 

 

 どれくらいの時間がたっただろうか。ハツミは、茂みの陰に座り込んでたいまつの行進を眺めているうちに、恐怖を忘れだんだん眠くなってきてしまった。立て続けになんどもあくびをしてしまったとき、ガンボットは小さな声で言った。

 

 「君には休息が必要なようだ」

 

 「でも休憩なんてどこでするの?」ハツミは寝ぼけ始めた声で言った。

 

 「二キロほど南に昔ドライブインだった廃屋がある」ガンボットは言った。「このまま君の家の方角に向かっていったら確実に奴らの群れの中に入ることになるが、奴らの隊列をうまく避けながら君を背負って南に進むことはできるだろう。だが見つかるといけないから自転車は置いていく。いいな?」

 

 「うん、わかった」ハツミは目をこすりながら答えた。

 

 ガンボットはハツミを背負うと、ゆっくりと歩きだした。ワニ人間をやり過ごすためか、ときおり木や岩の陰に隠れてしばらくじっとしているかと思うと、また歩き出す。ハツミは、その背中に揺られながらいつの間にかうとうとと眠ってしまった。

 

 ハツミがはっと我に返ると、目の前に月明りに照らされた廃屋が見えていた。ひどく古い建物で、窓ガラスはところどころが割れ、敷地には雑草がぼうぼうと茂っている。

 

 「降りてくれ」ガンボットは言った。ハツミが降りると、ガンボットは昔商店だったと見える廃屋の裏口に回り、ドアを開けた。

 

 「ねえ、入っても大丈夫なの?」

 

 ハツミが心配そうに声をかけると、ガンボットは振り向いた。「この建物のオーナーはもう十年姿を見せていない。いわゆる失踪だな」そう言ってガンボットはそのまま建物に入っていった。ハツミは外に取り残されるのも嫌なので慌てて後に続いた。

 

 中に入ると、ガンボットは頭部の左右にあるLEDライトを点灯して中を照らしてくれた。案に相違して、ガランとした店の中は綺麗に整頓されていた。空になった商品のダンボール箱が隅っこに積まれ、これまた空っぽのショウケースと年代物のレジ打ち機以外には何もない。

 

 「こっちだ」ガンボットは手招きすると、レジの奥にある階段を上る。ハツミがついていくと、階段の上には三メートル四方くらいの小さな部屋があった。奥に二段ベッドがあり、その横には電源の入っていない古びた冷蔵庫が置かれていた。

 

 「誰も使っていないから清潔だとは思う」ガンボットはベッドを指さした。

 

 ハツミはベッドに近づいてベッドカバーをめくってみた。古びてはいるが、マットレスも毛布も汚れてはいない。彼女はベッドカバーを全部取り除けると、靴を脱いで毛布にもぐりこんだ。今日の夜たった一時間の間に信じられないようなことが何度も起きた。その反動か、疲れがどっと出てきて、もう眠くて眠くてしかたがなかった。

 

 「ねえガンボット」ハツミはロボットに声をかけた。ガンボットはベッドの傍らに立って、冷蔵庫の上にある小さな窓から外を眺めている。頭部のLEDライトを、明るい青色からごくわずかにぼうっと光るオレンジ色に切り替えていた。

 

 「あんたいいひとだね」

 

 「俺は人ではない。ロボットだ」

 

 「知ってる。だけどこんなふうにさりげなく人に親切にできるなんて素敵なことじゃない?」

 

 「俺は俺の能力で目の前にいる人間をトラブルから助け出すことが可能ならそうするようにプログラムされている」ガンボットはハツミの方を見もしないでそう答えた。「その行動と俺のミッションとが拮抗することさえなければ、俺は常にそうするだろう」

 

 「ふうん」ハツミはもう一度飛び切り大きなあくびをした。「なんかよくわかんないけどおやすみ」

 

 「おやすみ、ハツミ」

 

 ハツミはもう起きていられず、彼女の意識は一気に灰色の眠りの中に入っていった。

 

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