小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

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世界を救う戦い

 

 ハツミはデトニクスを構えると巨大ミュータント虫に向けて引き金を引いた。耳を聾する銃声とともに激しい反動が手首を襲う。驚くほどの大きさの銃声と、もうもうとした白い煙に圧倒されながらも、「撃て!撃て!」というガンボットの声に押されるように立て続けに引き金を絞った。ミュータント虫はそれでもハツミの顔めがけて飛んできた。彼女が思わず左手で頭を覆ってしゃがみこむと、ミュータント虫はそのままハツミの頭上を通り越して、背後の壁にぶちあたり、ドサリと音を立てて床に落ちた。

 

 振り返ると、ニ匹のノコギリワニはガンボットの目の前まで迫っていた。何発もの徹甲弾を体に喰らっているが、鎧を着たうえ両腕で顔をガードしているので致命傷は受けていない。その後ろでは、ミサイルを撃ってきたワニが肩に担いでいた筒を下ろし、壁に立てかけてあったもう一本の筒を担いで狙いをつけてくる。ガンボットは、通路を塞ぐようにしてニ匹並んだノコギリワニたちの間から一弾を放ってミサイルを撃とうとするワニの心臓を射抜いた。

 

 ノコギリワニのうち、左側にいた一匹がロボットに切りつけようとして回転ノコギリを振り上げた。その一瞬に顔面のガードが空いたのを見逃さず、ガンボットはそいつの狭い額に一発撃ち込んでたちどころに絶命させた。そいつの振り下ろしたノコギリがガンボットの頭のすぐ上をかすめる。もう一匹が横からガンボットの胴をなぎ払おうとした。ガンボットは、自分が射殺した奴の鎧の襟をつかむとヒラリと宙返りしてその体を飛び越える。唸り声をあげながら、もう一匹のワニはガンボットを切りつけるつもりで、射殺されたあと突っ立ったままの仲間の鎧に切りつけた。回転ノコギリの刃が鎧に当たって激しく火花が散った。

 

 だが射殺されたワニがどうと床に崩れ落ちると、もう一匹のワニはガンボットが消えてしまったと思ったらしい。そいつはくるりと向きを変えてハツミのほうにやってきた。ハツミは ひい と悲鳴を上げてあとじさりしたが、ちょうど今撃ち落した巨大ミュータント虫の死骸に足をとられて尻餅をついてしまった。後ろは壁でもう下がれない。

 

 ノコギリワニがハツミめがけて回転ノコギリを振り下ろした瞬間、ハツミは思わず両腕で頭を抱えて目を閉じた。その刹那、ガンボットが後ろから追いすがってそいつの武器のシャフトを手でつかむ。ワニはそれでもかまわず回転ノコギリの刃でハツミに切りつけようとした。さすがのガンボットでも、ワニの馬鹿力を抑えきれず、けたたましい音をたてて回転するノコギリの刃は少しづつハツミの頭に近づいてくる。

 

 「そこをどけ!」ガンボットが叫ぶ声でハツミははっと我に返り、弾かれるようにして横に飛びのいた。その瞬間、ガンボットは回転ノコギリのシャフトを放し、後ろからノコギリワニを突き飛ばした。ワニは勢い余ってつんのめると、顔面から壁に激突して武器を取り落とした。だがすぐに振り返って、怒りの唸り声を上げながらガンボットにつかみかかる。そいつが吼え声を上げようとしたその途端、その口の中にガンボットが銃口を突っ込んで一発発射した。ワニは動きを止めると、ゆっくりと後ろに倒れ、壁にもたれかかって座り込んだ。

 

 ガンボットが突然廊下の奥のほうに向き直った。バタバタと足音がして向こうから鉄砲ワニが二匹走り寄ってくる。ガンボットが銃を掃射し一匹が頭部に弾を喰らって倒れた。だがもう一匹が銃を構えて引き金を引いた。発射された火の玉は放物線を描いてハツミのほうに飛んできた。

 

 ロボットはおおいかぶさるようにしてハツミをかばった。ガンボットの背中に火の玉が着弾し、たちまち燃え上がる。ガンボットはハツミをかばったまま右手で銃を持ち、左のわきの下に銃のフォアグリップを挟んで後ろに銃口を向け乱射した。火の玉を撃ったワニは全身に徹甲弾を喰らって倒れる。だがガンボットの背中で炎が轟々と燃え上がり天井にまで届いた。

 

 

 ハツミはとっさに自分のデイパックを下ろすと中から小型消火器の缶を取り出した。ロボットの後ろに回ると、上部のボタンを思い切り押して噴射する。たちまち真っ白な消化剤が霧のように周囲に立ち込め、ハツミはむせて咳き込んだが、それでもかまわずに噴射し続けた。ロボットの背中についた火は次第に小さくなり、やがて消化剤が切れるころにはコートの端々に小さな炎が燃えているだけになっていった。

 

 「大丈夫?」ハツミはロボットに声をかけた。消火器の缶を横に投げ捨てると、まだ煙を上げているコートを脱がす。ガンボットは銃を床に置いてコートを脱ぐと、足で踏みつけてまだ残っている炎を消した。ハツミも手伝った。

 

 「大丈夫だ」ようやく炎が完全に消えるとガンボットは言った。「だが少し危なかった。十秒遅れていたらまずかったかも知れない」

 

 「壊れてない?」ハツミはそれでも心配そうに尋ねた。

 

 「大丈夫だ」ガンボットは再びコートを着た。「ありがとう、ハツミ」

 

 「コートの背中黒焦げになっちゃったね」

 

 「表面だけだ。まだ機能している」

 

 「でも頼むからこんなの着て町に行かないでね。絶対みんなに避けられるよ」

 

 「わかった。買い換えることにする」ロボットはそう言うと銃を拾い上げた。「次はファッション性に優れた物を選ぼう。君が助言してくれないか」

 

 「オッケー」ハツミは言った。「でもあんたの助手ってあんたの鼻と耳がわりになったり、あんたの服もコーディネートしなきゃなんないんだね。思ってたよりずっと忙しいじゃん」

 

 「わかった。給料を払おう」ガンボットは銃からドラム弾倉を外すと新しい弾倉をショルダーバッグから取り出してはめ込んだ。

 

 「本当に?」ハツミは喜んで飛び上がった。

 

 「俺の収入の三割でどうだ」

 

 「せこっ」ハツミは顔をしかめた。「危険の割りに少なくない?」

 

 「じゃあ四割だ。射撃の上達に応じてボーナスも支払う」

 

 「やった」ハツミはまた喜んだ。「じゃあ毎年夏休み空けとくから」

 

 「先を急ごう」ガンボットは辺りを見回しながら言った。目の間の床には、巨大虫がベタリと落っこちていた。まだ足はわずかに動いているが、体にいくつかの穴が空いていてそこから毒々しい色の血が流れてきている。ガンボットを手こずらせたノコギリワニたちも今は倒れて動かない。グランコミューが着ていたのと同じような彼らの鎧には、あちこち燃焼徹甲弾が着弾して、その跡から煙が上がっていた。回廊の先のほうには鉄砲ワニたちが倒れており、その向こう五十メートルくらい行ったところで通路は上に向かう階段につながっている。グエッグエッというミュータントの喚き声がそちらから近づいてきた。

 

 「空の弾倉を取り出すんだ」ガンボットはハツミの右手に握られたデトニクスを指さした。

 

 「どうやって?」

 

 「トリガーガードの付け根にあるボタンを押せ」

 

 ハツミが言われたとおりにすると、たちまち拳銃のグリップの底から鉄製の弾倉がスルッと抜けた。弾倉が足の甲の上あたりに落っこちてきたのでハツミは慌てて足をどけた。

 

 ガンボットは床に放り出されたハツミのデイパックから新しい弾倉を取り出して差し出した。ハツミはグリップの底から差し込もうとしたが前後を間違えたのか入らなかった。四十五口径弾の丸い頭が覗いているほうが前だと気づいて、やっと入れられた。弾倉の底を掌で押すとカチっと音がして、開きっぱなしだったスライドがとたんにガシャンと音を立てて閉じる。

 

 ガンボットはハツミにデイパックを背負わせ、ふたりは油断無く銃を構えながら五十メートルほど先にある廊下の突き当たりに向かった。

 

 ふたりが突き当りからまっすぐ上まで伸びている階段の先を伺った途端にシュッという燃焼音がした。十メートルほど上の階上には数匹のワニが固まっており、逆光でその姿はよく見えなかったが、先ほどの鉄砲ワニが発射したのと同じようなミサイルが急速に飛んできているのがわかった。ガンボットが銃を向けて連射すると派手な爆発音が響き、金属の破片がパラパラと飛び散ってきた。ハツミは思わず両手で頭を覆った。

 

 「くそったれ」ガンボットはハツミの手を引いて壁際に身を寄せながら呟いた。「鎧を着たノコギリワニを盾にしながらミサイルを撃ってきやがる」

 

 階上からは、ミュータントの一匹が筒を床に降ろす音と、急いで次の筒を担ごうとしているのか、金属物が床を転がるガタゴトという音が聞こえた。鎧を着たワニたちが重たげな足取りで階段を下ってくるにつれてガチャガチャという足音も近づいてくる。

 

 「どうするの?」

 

 「足場ごと吹き飛ばす」ガンボットは言うが早いが躍り出て、階上の敵目掛けて全自動で連射した。ハツミがいる場所からも、着弾した燃焼徹甲弾から飛び散る黄色い火花が大量に落ちてきて床でバウンドするのが見えた。

 

 「下がれ」ガンボットが新しい弾倉を銃にはめながら叫ぶ。同時に金属の構造物がガラガラと崩れ落ちる音がした。ガンボットとハツミが廊下の突き当りから下がると同時に、鎧を着た二匹のノコギリワニたちと二匹の鉄砲ワニたちが、金属製の階段を構成していた板や手すりや柱の崩壊とともに転げ落ちてきた。

 

 ガンボットは撃ちまくった。ワニたちは取り落とした武器を再び手にしようともがいていたが、次々に穴だらけになって大人しくなった。

 

 「ここまででずいぶん弾を消費した」ガンボットは新たなドラム弾倉を銃にはめながら言った。「これからはもっと効率的に戦う必要があるな」

 

 「ていうか階段ごと吹き飛ばすって発想が信じられないんですけど」ハツミは呆れて言った。「わたしたちはどうやって登るの?」

 

 「登れるさ」ガンボットはこともなげに答えた。ハツミとガンボットが再び階上の様子を伺うとグエッツグエッツという他のミュータントたちの喚き声がかすかに聞こえてきたが、まだ距離は遠いようだ。

 

 「ここで少し待っててくれ」ガンボットは言うといきなりジャンプし、壁や階段の残骸を蹴りながら器用に階上まで登っていった。階上に降り立つと、銃を肩付けにし、遠くのほうを一発づつ慎重に狙いながら発砲し、いくつかの標的を片付けた。

 

 「行こう」ガンボットは十メートルを一気に飛び降りてハツミの前に降り立った。

 

 「またジャンプ?」

 

 「そうだ。ジャンプは嫌いか?」

 

 「階段が吹っ飛んじゃったんならしょうがないね」ハツミはガンボットの背におぶさった。

 

 ガンボットは再び曲芸のような器用さで階段が吹き飛んでしまったあとの傾斜回廊を登っていった。階上に降り立つと目の前には幅二十五メートルほど、奥行き百メートルほどの空間が広がっている。天井から吊られた金属製の通路がずっと先まで続いており、空間の下のほうからはオレンジ色の光がぼうっと浮かび上がってきていた。通路の五十メートルほど先には、先ほどガンボットが仕留めたのか、ミュータントや巨大虫の死骸が点々と転がっている。

 

 「見ろ」ガンボットはハツミを降ろすと下を指さして言った。通路から見下ろすと、五メートルほど下方には黄色に光り輝く液体をたたえた小さなプールのようなものがあった。

 

 「何?マグマ?」

 

 「いや、下から照らしているから光っているように見えるだけだ。培養液だろう」ガンボットは言った。

 

 「なにそれ?」ハツミは目を凝らした。プールは井桁のような仕切りによって細かい区画に分けられており、それぞれの区画は二メートル四方ほどの大きさだった。上面はガラスで覆われており、よく見ると中が透けてみえる。区画の中央には何か肉塊のようなものがプカプカと浮かんでいた。

 

 「げっ」ハツミはその形を見て声を漏らした。「あれ、ちっちゃいけどあいつらだよね」

 

 「そうだな。ミュータントの胚だ」ガンボットは言った。

 

 「どうすんの?」

 

 「動いている連中が全部片付いたらその次に破壊する。ミュータントの形をしているものは全て破壊する」ガンボットはハツミの顔を見た。「なんなら君が撃つか?射撃の練習になる」

 

 「わかった。あとでやらせて」ハツミは言った。

 

 通路の突き当りからは新手のノコギリワニや鉄砲ワニがわらわらと躍り出てきた。巨大虫も羽音を立てながら飛んでくる。ガンボットは銃を肩付けしながらじりじりと前進し、一発づつ慎重に狙って撃っていった。ハツミは銃を構え念のため時折後ろを振り返りながら追随した。

 

 そのとき、回廊の突き当りを曲がって小型の車ほどの機械が凄いスピードで突進してきた。薄緑色に塗られ、まるで駅構内を掃除する自走式掃除機を巨大にしたような形をしている。その機械の横幅は通路の広さギリギリで、二・三匹のワニたちが、ガンボットに撃たれたあと倒れる前にそいつに跳ね飛ばされて通路の下に落ちていった。

 

 「やばそう」ハツミは思わず叫んだ。「何か来る!」

 

 「ロボットだ」ガンボットは答えた。「ここにいると跳ね飛ばされる。退避するぞ。俺の腕に乗れ」

 

 ガンボットが差し出す左腕にハツミが乗る間も、機械が目の前に迫ってくる。ガンボットはハツミを抱えたままジャンプした。宙返りしながら銃を連射する。機械の上部にたちまちいくつも穴が開いたが、それでも止まらない。ハツミは突然の宙返りにめまいがしそうになりながらも必死でガンボットの腕にしがみついた。

 

 ガンボットが着地するとほぼ同時に、機械は回廊の終端まで行き着くとクルリと向きを変えてまたこちらに突進してきた。ガンボットが再び連射すると機械の正面が穴だらけになったがそれでも速度をほとんど落とさなかった。

 

 ガンボットは銃を構えたまま右足を上げ、機械を思い切り蹴りつけた。ドシンという音がして機械の前面の中央がへこむ。それと同時に、ガンボットもハツミを抱えたまま後ろに押しやられる。ガンボットのブーツの靴底が金属製の通路の床に擦り付けられる激しい摩擦音がした。

 

 「ガンボット」ハツミは後ろを振り返って叫んだ。「後ろ!」

 

 「わかってる」ガンボットも叫ぶ。廊下の終端がみるみる近づいてくる。新手のミュータントたちも何匹か姿を見せ始めていた。

 

 ガンボットは再びジャンプして宙返りし着地した。機械はまたミュータントたちを跳ね飛ばしながら廊下の終端に達しまたくるりと向きを変えた。

 

 ガンボットはハツミを抱えたまま廊下を天井から吊って支えている支柱を終端のほうから次々と撃った。金属が曲がる派手な音がして、たちまち通路が終端近くから丸ごと崩壊しはじめた。暴走機械は急に上り坂になってしまった通路をなんとか登ろうと踏ん張っていたが、やがてバランスを崩し真っ逆さまに下に落ち、プールの上面のガラスに激突した。ガラスは粉々に砕け、さしものの機械もブクブクと音を立てながら沈んでいった。

 

 「何なのあれ?」ハツミは床に降りると、頭がくらくらして膝から崩れそうになるのをかろうじてこらえながら言った。

 

 「施設保守用のロボットだろう」ガンボットは言った。「襲撃を知ったノヴァク博士によって、本来の目的から外れた攻撃行動をプログラミングされたんだな。哀れなやつだ」

 

 「あんたも哀れなんて感じるの?」ハツミは聞いた。

 

 「俺は今人間風に話している」ガンボットは銃に新しいドラム型弾倉を装着しながら答えた。「本来の目的に沿わないプログラムをされたロボットを見るとそう言いたくなる。俺がベビーシッターロボットになるようなものだ」

 

 「なるほど。そりゃ哀れかもね」ハツミは言った。「でもとりあえずさ、今度は宙返りするときは先に言っといてくれる?心臓止まるかもと思った」

 

 「それは済まなかった」ガンボットは謝った。「次は必ず言う」

 

 「また吹っ飛んじゃったね」ハツミは自分たちの目の前からひどくへしゃげて下のプールにまで崩落した通路を眺めながら言った。「どうやって進む?」

 

 「向こう岸に飛び移る。今度は宙返りはしない」ガンボットは答えた。坑道の終端の、通路がまだ崩壊せずに残っている場所の曲がり角の向こうからミュータントたちの喚き声が遠く聞こえる。

 

 「行こう、時間がない」ガンボットは再びハツミを背負うと、右手で銃を構え、助走をつけて思い切りジャンプした。途中、崩壊した廊下を支えていた天井から釣り下がっていた支柱を左手で掴むと、振り子のように勢いをつけてさらに距離を稼いだ。ガンボットは派手な衝撃音をたてながら通路の向こう岸に着地した。

 

 二人は再び油断無く銃を構えると曲がり角を曲がった。通路は少し階段で下ってから九十度左にカーブし、その先には地下とは思えない広い空間が広がっていた。

 

 坑道の幅は三十メートルはありそうで、天井もさっきよりさらに高い。左右の壁には床沿いに多数の扉があり、さらに天井と床との中間には鋼鉄製の通路が掛けられ、その通路沿いにも扉が造りつけられていた。刑務所のような構造だ。

 

 「見て、すごい数だよ」ハツミは言った。前方数百メートルは続く幅広い坑道を見渡す限り、右の壁からも左の壁からも次々と扉が開いてワニ達が出てくる。その多くは全身を甲冑で固めた連中だった。しかも、巨大虫たちも解き放たれ、何匹かはこちら目掛けて飛び始めた。

 

 「俺たちの正確な位置は把握していないようだが、これでは時間の問題だ。まず最初に虫たちが早晩こちらに気づくだろう」

 

 「弾足りる?」ハツミは聞いた。

 

 「俺に考えがある」

 

 「何?」

 

 ガンボットは銃を構えると、こちらに近づいてきていた虫たちに慎重に狙いをつけて撃った。一匹が落ちるたびに引き金を離し、一発づつ慎重に発射する。

 

 「俺の背中におぶされ。一気に走り抜ける」

 

 「何それ?どういうこと?」ハツミは言われたとおりにしながらも、作戦がわからず戸惑った。

 

 「連中の弱点は鈍いことだ。俺が全速力で走ったら動きについてこれない」ガンボットは次々に虫を射落としていった。そのころにはノコギリワニたちもこちらの存在に気づき、互いに喚き声をかけあいながらバタバタと接近してきていた。彼我の距離は二十メートルほどしかない。

 

 「図によればこの坑道は三百メートル進むと地下に向けて直角に曲がってから折り返す。同じ距離進んだあと突き当ってその先はノヴァク博士の居室だ。一気に駆け抜けた後、追いかけてきた奴らをファイア・フューリーで全部始末する」

 

 「わかった。また宙返りするの?」ハツミは銃を持ったままガンボットの首元に後ろからしっかり掴まった。

 

 「かもな」ガンボットは言うが早いが走り始めた。「しないように努力するが保証できない」 

 

 「そういう言い方ってズルい」

 

 ガンボットは走り始めた。どんどん速度を上げる。鎧に身を固めたノコギリワニたちの五匹ほどの一隊がみるみる近づいてくる。その後ろには三匹の鉄砲ワニたちがいて、一匹はミサイルの筒を肩に担いでこちらを狙っていた。ガンボットは銃を連射すると、正確に鉄砲ワニたちの顔面を穴だらけにし、ノコギリワニたちの隊列を飛び越えた。

 

 だが行く手には多数のミュータントたちが群れをなしていた。天井と床の中間にある通路にも、鉄砲ワニたちが鈴なりになってこちらに武器を向けている。

 

 ガンボットは敵が発砲する前に素早く針路を変えた。ジャンプして鉄砲ワニたちがいる通路に飛び乗り、銃を連射しながら走りぬける。さっきまでガンボットたちがいた床に火の玉が何発も着弾するとともに、動きについて来れなかったワニたちが徹甲弾を喰らって次々崩れ落ちた。ガンボットはそのワニたちが通路に倒れこむ前に蹴倒して前進する。

 

 壁の反対側にいた鉄砲ワニたちがこちらに銃を向けた。彼らが発砲した瞬間、ガンボットは通路から坑道の床に飛び降りてまた走り始めた。次の瞬間火の玉が頭上を通り抜けて壁や通路に激突する。ガンボットとハツミの目の前には鎧を着たノコギリワニたちが二十匹以上も列を成して迫ってくる。ガンボットは軽快にサイドステップすると、ノコギリワニの横を猛スピードで走り抜けていく。

 

 ハツミがふと斜め後ろを振り返ると、巨大虫が群れをなして追いかけてくる。ハツミは思わず右手の拳銃を向けようとした。

 

 「手を離すな!振り切る!」ガンボットが叫んで速度を上げた。ハツミは必死でその首にしがみついた。鎧を着たワニたちが手を伸ばせば触れられそうな距離を通り過ぎていった。

 

 「宙返りするぞ」ガンボットは言うが早いがジャンプして宙返りすると空中で後ろ向きに連射した。ハツミはただただ振り落とされないようガンボットの首と胴に両腕両足をしっかり巻きつける。鉄砲ワニたちは、味方がいるのにもかまわず次々と火の玉を放ってきており、ノコギリワニたちの何匹かが直撃を喰らってたちまち燃え上がるとともに、ガンボットの銃弾が空中を飛んできた火の玉に当たり派手な炎をそこらじゅうに飛び散らせた。

 

 坑道の突き当たりが見る見る迫ってきた。ガンボットは着地すると走りながら弾倉を取り替え再びジャンプし、突き当たりから真っ直ぐ下方に向かう階段に、連射しながら飛び込んだ。階段にいた三匹ほどの鉄砲ワニが弾を喰らって倒れる。ガンボットは階段を十段飛ばしくらいで飛び降りながら連射を続け、階下にいたニ匹のノコギリワニの鎧の上から徹甲弾を何発も叩き込んだ。

 

 階下から坑道は百八十度向きを変えている。ガンボットは立ち止まらず走り続ける。坑道はさっきより幅が狭く、高さも低くなっていた。巨大虫たちが頭上から飛来してくるのを撃ち落すと、ガンボットはひたすら走り続けた。鎧を着たノコギリワニの一隊がまた行く手を阻む。その後ろには鉄砲ワニがミサイルの筒を構えていた。ガンボットはひょいと軽くジャンプし壁をニ・三歩蹴って進み彼らを避け、数発連射して鉄砲ワニの頭部を射抜いた。

 

 ハツミがまた後ろを振り向くと、今さっき抜けてきた階段の出口から巨大虫たちがわらわらと飛び出てくる。

 

 「虫来てる!」ハツミは叫んだ。

 

 「わかってる。最後にまとめて始末する」ガンボットは叫ぶと速度をますます上げた。見る見るうちに坑道の終端が近づいてくる。鉄砲ワニたちが三匹ほど終端近くに立っていたのが、ガンボットに気づいて銃を向けてきた。ガンボットが連射しその頭を射抜くと、そいつらは次々と終端に設けられている奈落に落ちていった。

 

 ガンボットは幅三メートルほどの奈落を飛び越えると、突き当たりに五メートルほどせり出した踊り場に着地した。奈落のほうに銃を向けると、巨大虫が一匹羽音を響かせながら上ってくる。鎧を着たノコギリワニたちや、鉄砲ワニたちも何匹か見えた。ガンボットは弾が切れるまで連射し、片端から穴だらけにしておとなしくさせた。

 

 「ここにいろ」ガンボットはそう言うと銃の弾倉を交換し、ハツミを背中から降ろして坑道の突き当りの壁際の一番隅に座らせた。

 

 ガンボットは腰のポーチからファイア・フューリーの筒を取り出すと銃を床に置いた。ファイア・フューリーから安全ピンを抜かずに、筒の下端にある直径十センチほどの、縁に滑り止めを切ってある蓋をねじって回転させる。

 

 蓋が外れると、ガンボットは筒の下面にぽっかり空いた穴に指を突っ込んで中に入っていたもう一つの細い筒状のものを引き抜いて投げ捨て、ファイア・フューリーを上下逆さまに持った。目の前の奈落をもう一度飛び越えると、向こう岸に渡って十メートルほど進んでから筒を敵の方向に投げた。

 

 筒は遠くまで飛んでいった後床に転がってバウンドし、坑道の三十メートルほど先で止まった。既にその地点にはワニたちがドヤドヤと駆け付けてきていた。後列には鉄砲ワニたちも列をなしている。虫の群れも急速に近づいてきていた。

 

 ガンボットは奈落をまた飛び越えて戻ってくると、銃を取り上げ敵集団めがけ全自動で撃ちまくった。巨大虫たちが次々に射落とされる。ミュータントたちの群れは急速に接近してきた。ガンボットは狙いを下げ床すれすれに射撃した。徹甲弾が金属製の床をかすって火花を上げる。

 

 

 その次の瞬間ハツミには何が起こったのかわけがわからなかった。

 

 

 鉄砲を撃とうとしたワニたちが突然火炎に包まれたと思うと、地面を揺るがすような爆音とともに、ファイア・フューリーの筒が落ちたあたりから凄まじい爆炎が吹きあがった。前方にいたノコギリワニたちもたちまち炎に包まれる。爆炎はそれにとどまらず、坑道の高さと幅一杯に膨れ上がったと思うとたちまちこちらに向かって迫ってきた。

 

 「息を吸って止めろ」ガンボットは銃をつかんで叫びながらハツミに駆け寄ると、コートの裾を広げ彼女をかたく包み地面に伏せた。ゴオッという音とともに、一瞬凄い熱が体の上を通過する。ハツミはしっかりと眼を閉じ、ひたすら体を固くしていた。

 

 やがてガンボットはハツミを抱き起した。ガンボットのコートから出てくると周囲は物凄い熱気だった。「まだ息を吸うな」そう言うと、ガンボットは坑道の突き当りにの壁にあったドアのノブに手をかけた。鍵はかかっていない。ガンボットは思い切りドアを開けると、ハツミを中に入らせ、自分も滑り込むようにして入りバタンと扉を閉めた。

 

 ハツミはうんうん言いながら頬をいっぱいに膨らませ息を止めていた。ガンボットは、素早く周囲を点検した。先ほどとは打ってかわって、高さ三メートルほどの、オフィスのように綺麗に造られた廊下だ。

 

 

 ガンボットは天井に設置された換気口に顔を近づけたが、数秒後ハツミに向き直った。

 

 「大丈夫だ。ゆっくり息を吸ってみろ」

 

 ハツミはぷはっと息を吐いた。膝の上に両手をつき肩で呼吸する。

 

 「あんたいったい何やらかしちゃったの?」ハツミはガンボットの方を見て言った。

 

 「ひどい格好だよ」

 

 ガンボットの帽子はところどころが焦げていた。コートも、もとは薄いベージュだったのが、最初に喰らった火の玉で背中が焼け焦げているのに加えて、全体が迷彩のようにまだらに茶色になっている。

 

 「ファイア・フューリーの燃焼剤をそこらじゅうにぶち撒いて坑道を一種の炉にした」ガンボットは答えた。「ちょっとやり過ぎたが効果は覿面だった。奴らは全滅だ。まさに地獄絵図だ」

 

 「あんたって本当にワルだよね」ハツミはもう笑うしかなかった。「まじ狂ってるとしか思えないんだけど」

 

 「俺はいいロボットでも悪いロボットでもない。ただのロボットだ。プログラムも正常に作動している」ガンボットが澄まして答える。

 

 「知ってる。ワルとか狂ってるってのはうちの中学の男子の間ではカッコいいっていう意味だよ」

 

 「それならいい」ガンボットは納得した。

 

 「あんたが人間相手に戦争するためのロボットじゃなくって本当によかったよ」ハツミは心底からそう言った。

 

 「俺のオーナーに感謝することだ。プログラムを一語間違えていたら今頃殺戮マシンだったかも知れない」

 

 「そういう悪い冗談まじやめてほしいんですけど」

 

 

 ガンボットは廊下の先に顔を向けた。突き当たりにもう一つ扉がある。「どうやらあそこが終点だな」

 

 「博士が居る場所?」

 

 「おそらく。君が一度説得してみるか?」ガンボットは尋ねた。「他の区画にいるワニどもが到着するまでまだ時間があるはずだ」

 

 「やってみる」ハツミは頷いた。「少なくとも人間でしょ?話はしてみないと」

 

 「うまくいったら君は世界を救ったヒーローになれる」ガンボットは言った。「以前君が言っていた、モテる、ということにもつながるんじゃないのか」

 

 「ふざけないで、ガンボット」ハツミは言った。「わたしはそんなのになりたいわけじゃない。ただ悲しむ人がこれ以上出てほしくないだけ」

 

 

 ガンボットとハツミは廊下を進んだ。奥の扉に到達すると、ハツミはドアノブに手を伸ばした。だがガンボットはハツミの肩をつかんで引き戻した。

 

 「何?どうしたの?」

 

 「妙な気がする。電波干渉が激しい」ガンボットは空のショルダーバッグのストラップを外して肩から下ろすと、ドアノブに向けてそっと放った。たちまち火花が散り、アーク放電の波形がバッグを覆う。バッグは黒こげになって床に落ちた。

 

 「高圧電流だ」ガンボットは言った。「間違いない。中にいるのがご当人だな」

 

 ガンボットは銃を構えた。ドアが壁に接するヒンジのあたりを全自動で乱射する。ドアと壁に大きな穴が開き、ガンボットは三十二発を撃ち尽くが早いが弾倉を外し、新しい弾倉に付け替えて反対側をまた乱射した。

 

 最後にガンボットはドアの中央を狙って撃ちまくった。次々と穴が開くとともに、両開きの扉そのものが壁から外れて向こう側に倒れ、ガシャンを大きな音を立てた。

 

 

 「ノヴァク博士」ガンボットは向こう側に呼びかけた。ハツミがガンボットの肩越しに覗いてみると、大学の講義室のような広い空間の奥に痩せた老人が一人向こうを向いて座っている。

 

 その部屋は地下とは思えないほど広く、五十メートル四方はあるだろうか。天井の高さも高く、二十メートルはありそうだ。ハツミたちが立っていたのは、その広間から階段を登ったところにある、手すりがかけられた観覧席のようにしつらえられた場所だった。

 

 「ノヴァク博士?」ハツミも呼びかけた。

 

 「やれやれ。客人は十分にもてなしたと思ったがまだ帰っていなかったようだね」老人は、机に向かって作業しながら言った。

 

 「ガンボット君。君に会うのは何年ぶりだろうね」老人は、顔だけを少しこちらに向けて微笑んだ。

 

 

 「お嬢さん、改めて自己紹介しよう。私がノヴァクだ。ようこそ私の家へ。どうかくつろいでくれたまえ」

 

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