小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

21 / 25
アディオス、アミーゴ

 

 ガランとした広間の向こう側にはコンピューターのディスプレイがいくつか机の上に置かれ、その前にはやせた老人が座って作業をしていた。そのディスプレイの向こう側には、大きなガラス窓を挟んで別の部屋が見える。その部屋には化学実験で使われるような様々な器具が置いてあり、天井からいくつもぶら下がっているロボットアームが時折動いては、シャーレに何か液体を注いだり、試験管を遠心分離機にセッティングしたりしていた。

 

 「本来なら客人にコーヒーでも差し上げたいところなんだがね。仕事をしながらで失礼するよ」老人はディスプレイに向かってキーボードを叩きながら言った。歳のころは六十から七十歳台に見える。白髪を肩まで伸ばしている。姿勢は悪く猫背だが、その動作は機敏だった。

 

 「何しろ予定外の作業が増えたものでね。それもこれも君達が私の計画を台無しにしてくれたおかげだよ」老人は大して腹を立てているわけでもなさそうな口調で呟いた。

 

 「だがミュータント増産の目途はついている。グランコミューも新しくデザインし復活させる。少しの遅延はあったが全ては元通りに進んでいくだろう」

 

 「博士、もうこんなことやめて」ハツミは呼びかけた。「何度でも言わせてもらうから。こんなことって最低よ」

 

 「ほう。そうかね」博士は作業をしたまま気のない返事をした。

 

 「最低よ。どうして人を苦しめることばかりするの?昔あなたは世界を良くしようと思っていろいろな発明をしてたんでしょう?たとえば人の役に立つロボットとか」

 

 「ハツミさん。人の役に立つ、とはどういうことかね?」博士は手を止めると、椅子を少し回転させ、片腕をデスクに乗せたままハツミのほうを向いた。

 

 「どういうことって……」

 

 「人の役に立つ、ということ一つとっても物事は単純ではない。人間の利害とは複雑に錯綜し、しばしば衝突するものなのだよ。つまりある人の役に立つということが別の人には損害を与えているかも知れない、ということだ。わかるかね?」

 

 「えっ?」ハツミは思わず聞き返したが、その言い方を聞いた瞬間背筋が寒くなった。ガンボットが言っていたことと全く同じだ。

 

 「君は頭のいい子のようだから説明してあげよう」博士は薄い唇を曲げ少しだけ微笑んでいたが、眼鏡の奥の目に浮かんだ表情までは読み取れなかった。「人の役に立つロボットを造る?なるほど確かに昔私はそういう研究をしてきた。だがその過程で気づいてしまったのだ。ロボットというものは大量のエネルギーを消費し、環境を汚染し、やがて壊れ、クズ鉄に還ってゆく。造れば造るほど、それはまた廃棄物をも生み出す」

 

 ハツミが黙っていると、博士は続けた。「それらは人の役に立つだろうか?もちろんそうだろう。だがその一方で、それらは確実に他の人々、すなわち、ハツミさん、君らのような未来に生きる世代に負債を残す。だから私は言ったのだよ、ある人の役に立つということが別の人には損害を与えている、と」

 

 「それはそうかも知れないけど……」ハツミは反論しようとしたけれど頭の中に何の言葉も浮かんでこないうちにまた博士が話し始めた。

 

 「それだから、私は遺伝子改変生物の研究を始めたのだ。生産にも維持にも廃棄にも大量のエネルギーを消費し環境負荷物質を排出する機械ではなく、生態系と美しく調和し、なおかつ人類の問題解決に資する、いわば『生物機械』。いや、機械よりはるかに洗練された、高度な知的生物。自らが自らの世話をし、その生と死が環境に負荷を与えない」

 

 「でもあんたはこんな工場を造って環境を汚してるじゃない」ハツミは口をはさんだ。

 

 「これは一つのステップに過ぎないのだよ、ハツミさん」博士は動じない。「これは一つのステップに過ぎない。ミュータントの技術を応用して、私はグランコミューを生み出した。人間と同等かそれ以上の知性を持ち、人間よりはるかに強い身体を持った彼を。君たちが殺してしまったが」

 

 博士は立ち上がった。「だがそんなことで私は諦めない。私は技術をさらに洗練させ、さらに高度な知能、より高い身体能力を持ち、かつ人間との外観の差異が少なく、人間と通婚できるミュータントたちを造る。それが最終目標だ」

 

 「『神の子ら』は人の娘たちが美しいのを見てそれぞれ好む者を妻とした」ガンボットが言った。「そして『ネフェリム』が現れる、というわけか」

 

 「君と会うのも随分久しぶりだな」ノヴァクは言った。「思えば私も下らぬことに入れあげていたものだ。あの時の私は今ほど啓発されてはいなかったからな」

 

 「俺はミッションを遂行するためにここに来た」ガンボットは答えた。「この施設内にいるミュータントは全て狩らせてもらうぞ。既に半分は片付けた。残りも一匹残らずだ」

 

 「いや、むしろあの時の私は目が曇っていたのだよ」ノヴァクは無視して話し続けた。

 

 「私は息子の死というものを正しく捉えることができていなかった。身勝手で、自分本位の捉え方しかできていなかった。その死を無駄にせず、人類の本当の進歩というものを志すという発想が当時はなかったのだ」

 

 ノヴァクは首を横に振りながら椅子から立ち上がった。「スティーブンの死は生かされなければならない。その死の本質を見極め、真の解決を人類にもたらさなければならない。それこそが私の使命だよ」

 

 「ちょっと待って。グランコミューみたいな化け物がどうやって人類の問題を解決するっていうの?まるで意味がわからない。あいつ人間のことをペット呼ばわりしてたのよ?」 ハツミは割って入った。「博士、よく考えて?こんなことをしていったい誰に何のいいことがあるの?息子さんだってきっとあなたがこんなことをしているのを知ったら悲しむよ」

 

 「ハツミさん、まさに、そこに私の動機があるのだよ」博士はハツミに向き直った。

 

 「どういうこと?」ハツミは眉をひそめた。

 

 「可哀そうな我が息子よ」博士は下を向くと呟くように言った。「なぜ彼は死なねばならなかったか?それは彼が兵士だったからだ。なぜ彼は兵士になったのか?それは世の中に軍隊というものがあったからだ。なぜ世の中に軍隊というものがあったのか?それは人々が相争うからだ」

 

 そこで博士は大きな声で叫んだ。「なぜ人々は相争うのか?それは人類の上に立って支配する存在がいないからだ」

 

 「そこで私は啓示を受けたのだよ」ノヴァク博士は片手を差し上げ天を仰いだ。「私はミュータント達を進化させ、人間のしもべにしようとしていた。だが私の考えは間違っていた。そうではないのだ。そうではない。そうではない」

 

 博士は激しく首を横に振った。「そうではないのだ。どれほど優れた技術によって支えられようとも、人々の相争う性質は変わらない。だから、進化したミュータントたちが、王となって人間たちを支配する。それによってこそ人類の平和というものは達成できるのだ」

 

「何?何言っちゃってるの?」ハツミは呆然となってノヴァク博士の演説を聞いていた。

 

「俺にもわからない」ガンボットは答える。

 

 博士は口から唾を飛ばしながら、右手で拳を作り熱っぽい口調で言った。 「人間より賢く、強い種族たちが、支配者となって人間の間の全ての争いを裁き、調停し、統べ治める。それでこそ人間はその宿痾から解放され、とこしえの平和を享受できるのだ。まさにこれは天から私に与えられた啓示だったのだ」

 

 「博士、もうやめて」ハツミはありったけの大声で叫んだ。「そんなものはいらない。お願い。未来のことはわたし達子供に任せて?」

 

 「すぐに争いのない世界なんて造れやしないことはわかってる。でもわたしたちが少しづつでもいい世界にしてみせる。それはわたしたちがやる。だからあなたは見守ってて?そんな方法で一度に解決しようなんて絶対間違ってる」

 

 「おじょうさん、解決はもう目の前にあるのだよ」ノヴァク博士はにっこりと微笑みながら言った。

 

 「より優れた種族。ホモ・サピエンスならぬホモ・ミュータヌス。それを私が創造し、私自身は彼らの創造主として陰から彼らを支える。地上には争いのない王国が出現する」

 

 「何?一体何なの?」ハツミはただ信じられず首を振るばかりだった。

 

 ノヴァク博士は狂ったように哄笑する。「ははははは。はははははは。どんな為政者も成し遂げられなかったことをこうして私は実現するのだ。すべての争いは消え去り、人間は繁栄を享受し、この楽園は千年、二千年、いや永遠へと続く。永遠へと。永遠から永遠へと平和が続くのだ。その平和は今これから始まる」

 

 「あの人狂っちゃってるよ。完全におかしくなってる」ハツミは小声でつぶやいた。

 

 「狂っているかどうかは俺には判断できない。一応言っていることの論理は通っている」ガンボットは言った。「だが奇妙なことがある」

 

 「奇妙なこと?」ハツミは尋ねた。

 

 「赤外線サーモセンサーで見ると博士の体温分布はおかしい」ガンボットは答えた。「人間の体温分布と違う。むしろ、何というか」

 

 「何?」

 

 「俺に近い」

 

 「ロボットだっていうの?」ハツミはギョッとしてガンボットの顔を見た。

 

 「ロボットかどうかはわからない。だが臓器というものが存在しないし頭部に至ってはほぼ空洞だぞ」

 

 「どういうこと?」

 

 「これからわかるだろう」ガンボットは言った。博士はまだ演説を続けている。

 

 「博士。講釈は終わりだ」ガンボットは銃を構えると進み出た。「俺たちが仕事をしている間あんたにはここでしばらく大人しくしてもらう」

 

 「ほう。君は私がここに居るとでも思っているのかね」ノヴァク博士はくっくっと声を立てて笑った。

 

 「どういう意味?」ハツミは聞いた。

 

 「君たちは私が実際にここに居るとでも思っているのかね」博士は繰り返した。「私の脳はもはやここにはないのだよ」

 

 ノヴァク博士はそう言うと自分の頭を指さした。「私は既に、もっと新しく、強い肉体に移った。とはいえ、まだ細かい仕事を自分でしなければならない場合があるのでね。それで時々自分の脳波を転送してこの身体を使うのだよ。昔とった杵柄というやつでね」

 

 ハツミとガンボットは顔を見合わせた。ガンボットは 言っただろ? とでも言うように少しうなずいた。

 

 「ガンボット君。きみの命運は今日尽きることになる」博士は残忍そうな微笑みを口元に浮かべた。「君は私に決して太刀打ちできない。私は今君が見ている私ではない。君は大いに後悔することになるだろう。もし後悔という感情が理解できるならね」

 

 そう言うとノヴァク博士は突然糸の切れた操り人形のようになって床に崩れ落ちた。倒れた博士の体は微動だにせず、研究室には静寂だけが残った。

 

 「倒れちゃった」ハツミは言った。「脳波がなんとかって言ってたけど。あれは博士の形をしたロボットで本人は別の場所にいるってことかな」

 

 その瞬間、ガンボットは顔を上げた。「まずいな」

 

 ガンボットはハツミのほうを向くと腕をつかんで、入り口から離れた壁際の隅に連れていった。それとほぼ同時に、何か巨大な物が床を叩いているような振動音がする。音は二度、三度と続き、段々近づいてきた。

 

 「どうしたの?」

 

 「何か巨大なものが接近してきている。しょっぱなからファイア・フューリーを使うぞ」

 

 ガンボットは銃を置きコートを脱ぐとハツミに着せかけた。壁際にあったキャビネットを開き、その中にあった書類や実験機材の入った箱を全て外にぶちまけると、ハツミに中に入るよう促す。自分は銃の弾倉を満タンのものに取り換えると、腰のポーチから最後のファイア・フューリーを取り出して左手に持った。

 

 その途端、先ほど掃討した通路のほうからグエッグエッっという喚き声と、バタバタという足音が聞こえてきた。別の区画にいたワニどもが接近しているようだ。

 

 次の瞬間、広間の左手の壁がドカンと音を立てて崩壊した。広場の壁が一角消失したところには、この部屋と同じくらいの高さの巨大な通路があり、そこには大きな恐竜が立っていた。確かに恐竜だった。博物館で見たティラノザウルスの実物大模型よりも大きく、しかも上半身にはもっと多くの筋肉がついており、前足の鉤爪もはるかに巨大で凶悪そうだった。

 

 ガンボットは恐竜に向かって連射した。胴体に次々と徹甲弾が着弾したが、ほとんど効いていないようで、恐竜はドシンドシンと足音を立てながら広間の中に進み出る。そのとき入り口からは増援の鉄砲ワニたちの一群が雪崩れ込んできた。ガンボットは銃の向きを変え至近距離からミュータントたちを掃射した。

 

 ミュータントたちが次々崩れ落ちるなか、恐竜はガンボットに近づくと前足を振り上げて薙ぎ払おうとした。ガンボットはジャンプしてかわすと、部屋の反対側に向かって壁沿いに走り始めた。

 

 生き残った二・三匹の鉄砲ワニたちがガンボットに向けて火の玉を発射している間、恐竜は上を向いて喉を膨らませたかと思うと、ガンボットの背中に向けて炎を吐き出した。

 

 部屋の壁に次々と火の玉が着弾し燃え上がる。ガンボットはもう一度高くジャンプして恐竜の炎を避けると、宙返りして壁を蹴り、ほとんど天井近くまで飛び上がった。

 

 そのとき恐竜もまた後を追ってジャンプした。これほど巨大な生き物がこれほど速く動けるなどハツミが想像もしたことがなかったほどの動きで、恐竜はガンボットに空中で迫ると前足を振り上げてロボットに叩きつけた。

 

 ガンボットは一気に床に叩き落された。素早く体をひねって手をつき、立ち上がろうとしたが、片方の脚が破壊されて殆ど胴体から取れかかっている。もう片方の脚を曲げ伸ばしして立ち上がろうとしていた瞬間、着地した恐竜はガンボットの胴体を一挙に噛み砕かんばかりに下半身からガブリと口にくわえた。恐竜の巨大な牙がみるみるうちにガンボットの胸部から腹部にかけてめり込んでいく。着ていたシャツが破れ、中につけていたシールドが裂け、胴体内部の機械装置から火花が飛び散るのがハツミからも見えた。

 

 

 そのときハツミは隠れていたキャビネットから飛び出し、目の前の階段を一気に駆け下って、恐竜に向かってダッシュした。これほど見事なダッシュをしたのは後にも先にも初めてだった。もしいつもこんなダッシュができれば確実に学年一位になれただろう。

 

 ハツミは恐竜の足元に駆け寄り、落ちていたファイア・フュリーの筒を床から取り上げると、恐竜の口から上半身だけ出していたガンボットに向かって投げた。

 

 ガンボットは片手でそれを受け取ると、安全ピンを抜いて恐竜の牙と牙の間からその口の中に滑り込ませた。ハツミと全く同じことを考えていたのだ。

 

 

 たちまちシューッという燃焼音がして、牙の間から少しの炎が見えたかと思うと、恐竜の喉笛がごくりと動いて、その食道を何かが通り抜けていくのが首筋の皮膚の動きからわかった。

 

 次の瞬間、ボンッと鈍い音がしたかと思うと、恐竜の腹がみるみる膨らみ始めた。その腹がたちまちカエルみたいになってしまうと、恐竜は狼狽した顔をして(恐竜にも表情があるとハツミは初めて知った)ガンボットの体を吐き出し、後ろにドシンと尻餅をついて、自分の腹から胸にかけてが恐ろしい勢いで膨らんでいくのを為す術もなく見ていた。

 

 腹と胸がほとんど風船のようになり、喉までもがスターウォーズに出てくるジャバ・ザ・ハットみたいに膨らんでしまうと、恐竜は上を向いて長いゲップをした。口からもうもうと煙があがる。膨らんだ胴体は徐々に元通りになっていったが、今度は身体の中身が燃えてしまったのか胸も腹も骨が浮き上がってガリガリになってしまい、恐竜は白目を剥いて横倒しに倒れてしまった。

 

 恐竜が音を立てて崩れ落ちると、ハツミはガンボットが取り落とした銃に手を伸ばした。うんせと掛け声をかけてそれを両手で抱え上げ、襲ってくるミュータントたちの影を求めて入り口のほうに目を走らせる。しかしミュータントたちの姿はもうどこにも見当たらなかった。

 

 「どうしたんだろ」ハツミはびっくりして言った。「みんな消えちゃった」

 

 「自分たちの神が倒れたので怖気ついたんだろう」ガンボットは言った。

 

 「ちぇっわたしだっていいとこ見せたかったのに」

 

 ハツミは銃を抱えたままガンボットのほうに向きなおると「あちゃあ」と声を上げた。

 

 「ねえ、足ほとんど取れちゃってるよ。痛くない?」

 

 「痛みは感じない。ただ警告信号はさっきから鳴りっぱなしだがね」ロボットは答えると、やや上体を起こして自分の両脚を見た。「ずいぶん手ひどくやられたものだ」

 

 

 そのとき、倒れていた恐竜がグルルルと低い声で唸った。ハツミが振り向くと、恐竜は目をカッと見開き、ハツミたちのほうを睨みつけていた。

 

 「愚かなり、我に歯向かう者たちよ」恐竜は低い声でつぶやいた。「我は世界を救う者。人間の社会に秩序をもたらす者。我の下にすぐれた新しい種族が王として支配し、その支配の下で人間はもはや相争うこともなく暮らすのだ」

 

 「そんなことはさせないから」 ハツミは口を真一文字にむすび、銃を上げた。「ねえ、大人ってどうしてそうバカなの?目の前の子供ひとり救おうとしないくせに、世界問題の解決がどうとか人類の繁栄がどうとか。いいかげんにしてよね」

 

 「愚かな娘よ」恐竜は両腕を突っ張って体を起こした。「争いを終わらせ、調和を取り戻し、とこしえの繁栄を楽しむ機会をわざわざ失おうというのか」

 

 「かわいそうな人。それがあんたが望んでいた身体なのね?」ハツミは負けじと言い返した。「まるで巨大化したオオトカゲよ。それがあんたの心の姿なのよ。平和とかなんとか言って、結局他人を脅して従わせることしか考えてない。そんなことばっかり考えてるからそんな醜い姿になっちゃったのよ」

 

 「度し難き愚かさよ」恐竜は片方の後ろ脚を前に出して踏ん張るととうとう立ち上がった。「我がはからいにあくまで逆らうならば……」

 

 「我が怒りを受けよ」恐竜はハツミに向かってのしかかるように身をかがめると大きくその口を開けた。

 

 ハツミは同時に銃の引き金を引いた。ドガガガガという信じられないほどうるさい銃声とともに両腕が上半身ごとグラグラと揺れる。

 

 燃焼徹甲弾が次々と恐竜の顔面に命中しバチバチと黄色い火花を散らした。顔を穴だらけにされた恐竜は苦しげにのけぞったが、ハツミは容赦せず銃を上げて着弾をコントロールして撃ち続けた。

 

 だが恐竜は横を向き、ガンボットとハツミを吹き飛ばそうとして、太い尻尾で床をなぎ払ってきた。ガンボットは片足でハツミに飛びつくと彼女をかばい、背中をしたたかに打たれた。ロボットはハツミを両腕に抱えたまま広い部屋の端まで飛ばされ、壁に当たって止まった。

 

 「ハツミ、ダ……ダ……ダ……ダ……大丈夫か」ガンボットは横になったまま尋ねた。どこかを強く打ったのか、音声がかすれて異音が入ってきていた。

 

 「いったあ……でもなんとか……」ハツミは背中をさすりながら答えた。ガンボットがかばってくれたおかげで助かったが、それでも全速力で走る自転車から地面に落っこちたみたいな衝撃だった。

 

 恐竜は怒りにらんらんと目を輝かせながら、のっしのっしとこちらに向かって歩いてくる。

 

 

 「ガンボット、もうダメみたいだね」ハツミは言いながら首を振った。後悔はないけれど、もう二度と家族に会えないと思うと悲しかった。

 

 「手を尽くしてもいないのに諦めるのがガ……ガ……ガ……ガ……人間の不合理なところだ」ガンボットはそう言うと、腰からM五〇〇拳銃を抜いた。「まだダ……ダ……ダ……チャンスはある」

 

 「ガンボット、あんたまだ闘うの?」ハツミは、両手で這いながらのろのろと恐竜に向かっていくロボットの背中に言った。

 

 恐竜はガンボットの頭部を一撃で噛み砕こうと、頭を下げて口を大きく開けた。だがすんでのところでロボットが地面に低く伏せたので、恐竜の牙は空を切り、上下の顎がガチンと大きな音を立てて合わさった。ガンボットは左手を伸ばすと恐竜の下あごの牙の一本をつかみ、相手の鼻面にマグナム拳銃弾を一発撃ち込んだ。さすがに少し痛みを感じたのか、恐竜は顔を歪めてのけぞると、ガンボットを振り落とそうとして左右に首を振り始めた。だがガンボットは放さず、しっかりしがみついていた。

 

 痺れを切らした恐竜は、背を大きく反らせて頭を跳ね上げた。ガンボットの手がつるりと滑り、その体はまるで糸の切れた操り人形のように宙を舞う。恐竜は大きく口を開けると、ロボットの体を丸ごと飲み込み、バクンと口を閉じた。

 

 「ガンボット」ハツミはそれを見ると手で顔をおおった。

 

 「そんな………」

 

 

 だが、次の瞬間、恐竜の口の中からくぐもった銃声が四発聞こえた。恐竜は数秒間そのまま立っていたが、やがて眠るようにゆっくり目を閉じると、膝から床に崩れ落ち、大きな音をたてて横倒しに倒れた。

 

 「ハツミ、ここからダ……ダ……ダ……出してくれ」恐竜の口の中からガンボットの声が聞こえた。ハツミははっと我に返ると、急いで恐竜の死体に駆け寄った。巨大なその下顎に手をかけ、うんうん言いながら押してどうにか少しだけ開かせると、中からガンボットの両足がのぞいていた。

 

 ハツミは懸命にガンボットの足を引っ張った。一体どうやって小さなハツミがやりとげたものかよくわからなかったが、とにかくガンボットの体を少しだけ引き出すと、ロボットは自分で恐竜の牙をつかみながらどうにかその口の中から出てきた。

 

 「脊椎動物の口蓋の裏の頭蓋骨はたいてい薄いんだ」ガンボット出てきながら言った。音声機能は突然直ったらしい。「どうにか弾が貫通した。やはり最後に頼りになるのはマグナム弾だな。やっこさんもまさか口の中から攻撃されるとは思ってなかっただろう」

 

 「今度こそあんた本当に死んだかと思ったよ」ハツミはロボットを助けて床に横にならせながら言った。

 

 「俺は死んだりはしない。最悪の場合壊れるだけだ」ガンボットは人差し指を上げて訂正した。

 

 「でもあいつ……あんたの父さんだったんでしょ?」ハツミは恐竜の方に目をやった。もはやピクリとも動かない。

 

 「さあ、どうかな」ガンボットは言った。「ノヴァク博士の画像や記録が俺の初期メモリーの多くを占めているというだけの話さ。俺は俺だ。ただのロボットだ。誰の子でもない」

 

 「そんなふうに割り切れるといいけど」ハツミは言った。「泣いたっていいんだよ?こういうときは。ええんって」

 

 「俺はロボットだから泣いたりはしない。ただミッションを遂行するだけだ」

 

 「またまた格好つけちゃって」ハツミはまぜっかえした。

 

 「ハツミ、君のおかげだ」ガンボットは真面目な口調で言った。

 

 「わたしの?」ハツミはびっくりして聞き返した。

 

 「そうだ。俺の頭脳はあの恐竜が、果たしてノヴァク博士なのか、それともミュータントなのか判断できなかった。俺のプログラムには人間がミュータントの身体を得た場合どうするかが入力されていなかった。だが俺は自分の頭で考えて行動したんだ。君が数多くの感情よりも優先されるべき一つのミッションを自分の頭で考えて選択したように。俺は君を真似たんだ」

 

  ガンボットはただ目をぱちくりさせているハツミに向かって親指を上げた。「どうだ、俺はロボットにしては極めて優秀な生徒だろう?」

 

 「じゃあ、じゃあ」ハツミやっとのことで答えた。「あんたにはいつか友情の価値もわかるよね?」

 

 「そうかもな」ガンボットは言った。「だが今回ほどスムーズには行かないだろう。なにしろ友情というものは戦闘みたいに数分で終わるものではないからな」

 

 「当たり前よ。銃をぶっ放すより全然難しいよ。友達って気安いようでいろいろ気使うんだからね」

 

 ハツミがそう言いながらロボットの状態を調べると、両脚だけでなく、胴体には深い亀裂が走り、ところどころから火花が散っている。もはや大破といっていい状態だ。 

 

 「あんたほんとにガラクタになっちゃうね、これじゃ」ハツミは眉をひそめた。「こうなったら無免許だけどしょうがないね。わたしが運転して修理工のところに連れてってあげる」

 

 「その必要はない」ロボットは言った。「修理するまでもない」

 

 「どうして?」ハツミは眉を上げた。「これからは手だけで這ってミュータント狩りを続けるの?まああんたならやりかねないけど」

 

 「そうじゃない。もうすぐ俺は壊れるからだ」

 

 「壊れる?」ハツミは怪訝な顔でロボットを見た。「意味わかんない。あんたロボットでしょ?頭さえ無事だったらそれ以外は元通りに治せるんじゃないの?」

 

 「そうではない。胴体を噛まれたダメージが原因で、俺の主電源装置はあと五分でダウンする」ロボットは静かに話した。「主電源がダウンしたら、俺という存在は消えてなくなる」

 

 「消えて……なくなる?どういうこと?」意味が分からずハツミは聞き返した。

 

 「俺は電源を切ったら全てのメモリが消失する。もっと上等なロボットには、電源のあるうちに記憶情報を他の媒体にコピーして保存するシステムがついているのだろうが、俺にはついていない」

 

 「え?それじゃあ……」

 

 「そうだ。あと五分で俺は出荷時の初期設定に戻る。全ての記憶も知識も失ってまっさらな状態になる。俺という存在が消えてなくなるというのはそういう意味だ」

 

 「そんな……そんなのって」

 

 「俺はロボットだからな。俺は鉄くずから生まれ、鉄くずに還っていく。ただそれだけさ。単純な話だろ?」

 

 ハツミは何も答えられずにいやいやをするように首を振った。

 

 「さよならハツミ、君と旅ができて楽しかったよ」ロボットの手がハツミの頬に軽く触れた。

 

 「楽しかった……楽しかったって?」ハツミはそのロボットの手を取った。彼女の頬には、大粒の涙が次から次へと流れ落ちてきた。「 あんたロボットなのに楽しいなんて感じるの?」

 

 「ああ、感じるさ。俺は感情を顔に出さない主義でね」

 

 「あんたには顔なんて、もとから無いじゃない」ハツミは泣きながら笑った。頬からしたたり落ちた涙が、ガンボットの手を伝って鋼鉄製の腕の上に何滴か落ちた。

 

 「ハツミ。たのむから、俺の体を濡らさないでくれ」ロボットは言った。

 

 「水に濡れると故障の恐れがあると言ったはずだ」

 

 「ばかなことばっかり言わないで」ハツミは鼻をすすりながらまた笑い、自分の頬を手で拭った。

 

 「君を家に送り届けることができなくて済まない」

 

 「いいの。あんたは本当によくやってくれたもん」ハツミは首を振ると、ロボットの顔の、人間でいえば頬のあたりに手を触れた。

 

 「ありがとうガンボット。あんたのこと忘れない。絶対に」

 

 「アディオス、セニョリータ(さよなら、おじょうさん)」ガンボットは気取った口調で言った。

 

 「アディオス、アミーゴ(さよなら、ともだち)」

 

 ハツミがそう答えると、ロボットの頭部についたライトが一瞬強く輝き、そしてゆっくりと消えていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。