エピローグ
ガンボットが動かなくなってからもしばらくハツミは呆然とその傍に座り込んでいた。頭の中では、一体これからどうしよう、という思いだけが去来していた。だが三十分ほども経ったときだろうか、ハツミは「ここから出なきゃ」と呟いて立ち上がった。
馬鹿馬鹿しいこととは思ったが、どうしてもガンボットの体をここに置いておきたくはなかった。ちゃんと埋葬してやりたかった。ハツミはガンボットの腕を掴んで引っ張ってみたが、その体はまるで冷蔵庫のように重くピクリとも動かない。
ハツミはガランとした部屋の中を見回した。恐竜の死骸がベタンと転がっている以外はあまり多くの物もない。彼女は博士が使っていた机に近づき、引き出しを片端から開けた。一つの引き出しに機械油の缶が入っていた。ハツミはガンボットの傍らに戻ると缶の蓋を開けて中身を半分ほどガンボットの肩越しに床にぶちまけた。それでロボットの首筋にあった蓋を開けて、中から充電コードを取り出して、それを自分の手首にまきつけて引っ張ってみると、床がヌルヌルと滑りどうにか少しづつではあるが動かすことができた。
だがこの状態で、階段を登って入ってきた入り口から出て、奈落を越え、来た道をずっと戻るなど不可能だ。ハツミはガンボットのコードを手放すと、他に出口がないかを探した。それは意外にもあっさりと見つかった。正面にあるラボの窓の右側にあった両開きの扉を開いてみると、二十メートルほどの長さの廊下が続いていて、突き当たりにエレベーターがあったのだ。
ハツミは、機械油の缶を傾けて行く先の廊下の床にずっと油を垂らしてから再びガンボットを引きずって、ようやくエレベーターの前までやってきた。
だがエレベーターのボタンを押し、自動扉が開いたところでハツミは突然思い出した。
自分の仕事をまだ終わらせていない。
ハツミは元来た部屋にとって返すと、その真ん中でしばらく腕組みして一体何がミュータント細胞なのかを考えたが、結局手当たり次第に物を壊すしかないという結論に達した。エレベーター前に行ってガンボットが身に着けていた弾倉の残りをありったけ持つと、再び部屋に戻る。まずはラボに目をつけた。ハツミは新しいドラム弾倉を銃にはめ込むと、うんせと担ぎ上げて、ラボの窓ガラス向けて引き金を引いた。
ドガガガガと音がして、窓ガラスに次々と徹甲弾が食い込む。防弾仕様なのか、最初の数発を耐えた窓ガラスだったが、やがて次々に弾が貫通し、一弾倉撃ち尽くすころには完全にガラスが崩壊した。
ハツミは残りの弾倉をノヴァク博士が使っていた机に積み上げ、自分も机に乗って、ラボの中の機械を片端から撃って何もかも穴だらけにした。そのうち、何か可燃物に引火したのか、ラボの中にもくもくと煙が立ち込め始め、機械と機械の間から炎が立ち上ってきた。
ハツミは ひい と叫ぶと銃を放り出して慌ててエレベーターまで戻った。エレベーターの扉を開くと、どうにかしてガンボットの体を中に引きずりこみ、地上階のボタンを押す。扉が閉まり、エレベーターが上昇していく間、ボンッ、ボンッという爆発音がラボの方から聞こえてが、やがてそれも遠くなっていった。
エレベーターが地上階に到着し扉が開くと、ハツミはまた苦労してガンボットの身体をエレベーターから引きずり出し、そこでへたり込んでしまった。
腹は減ったし、喉は渇いたし、疲れたしで、もしかすると自分はここで死ぬかもしれない、という考えが一瞬頭をよぎった。
「いや、絶対死なない。死ぬもんか」ハツミはそう自分に言い聞かせた。立ち上がって研究所の入り口から出ると、昼下がりの強烈な日差しが襲ってくる。ハツミはダッシュしたときに自分の帽子を落としてしまったので、ガンボットのカウボーイハットをとって被り、ジープの方に向けて歩き始めた。ハツミが研究所の建物を出て北に歩き出すと、二百メートルほど先に警察のヘリの一群が駐機しているのが見えた。
ヘリの中から警官たちが飛び出してきた。ハツミがふらふらと歩いて近づいていくと、警官の一人がミネラルウォーターを持って走り寄ってくる。他の警官達も数人近づいてきて、ハツミをチヌークの機内に連れていった。ハツミはそこでベッドに寝かせられると一瞬気を失ってしまった。
だが、ハツミは数人の男達がヘリの室内に入ってきた音を聞いてすぐまた意識を取り戻した。ロドリゴとフエンテスが近づいてきたのでハツミがベッドに座ろうとすると、ロドリゴが押しとどめた。
「おじょうちゃん、生きていて本当によかったよ」ロドリゴはハツミの肩に手を置いて首を振った。「まさかガンボットが君を連れていくなんて予測もしなかった。本当に命が助かって良かった」
「さしつかえなければ中の状況を教えてくれないかね」フエンテスが口を挟む。
「ガンボットは百匹くらいミュータントを倒したけど、そのほかに身長七メートルの巨大な恐竜みたいな連中がいたんです」ハツミは答えた。「ガンボットは一匹はどうにかやっつけました。でも他にも何匹も恐竜がいて、最後はやっとのことで逃げてきたんです」
ハツミの話を聞くと、ロドリゴとフエンテスは顔色を変えた。ハツミは、自分がついた嘘を、あろうことか一国の大統領と司法長官が簡単に信じてしまったので笑いをこらえるのに必死だった。ロドリゴとフエンテスは真剣に議論しはじめた。
「今がまたとない機会ではないか、フエンテス君」ロドリゴは言った。
「ガンボットがミュータントを多数倒したとしたら、できるだけ早期に強制捜査を行ったほうがいい」
「その恐竜というのがいるとしたら、絶対に増援が必要です」フエンテスは強い口調で主張した。「警官の安全を確保するためにも増援部隊を各地から募りましょう」
「だがどれくらい時間がかかるのかね?」ロドリゴが尋ねる。フエンテスが部下に命じて無線機を持ってこさせている間、ヘリの外にいた警官たちの群れからざわめきが起った。
「大統領閣下」警官の一人が飛び込んできた。「施設から出火したようです」
ロドリゴとフエンテスは慌てて外に飛び出した。ハツミもまたベッドから立ち上がりヘリの外に出てみると、研究所の建物からもくもくと黒い煙が上がっている。
「何をしている、早く消火せねば」ロドリゴが苛立った口調で言った。
「閣下、我々は警察部隊であって消防隊ではありません。消防隊を呼びましょう」フエンテスが答えた。
「そんなことでは間に合わないぞ」
二人が議論している間も、黒い煙の勢いはますます強くなり、それどころか研究所の地上入り口の建物以外にも、地下施設から地上に続く通気口があったのか、周辺の地面のほうぼうから黒煙が湧き出していた。
「早く捜索しなければ間に合わない。全て燃えてしまうぞ」ロドリゴは悲痛な声で言った。「ガスマスクはないのか?」
ロドリゴ大統領の顔を見て、ハツミはとにかく全力で笑いをこらえた。クリスマスにデパートで買ってもらうはずだったオモチャが既に売り切れていたことを発見した五歳の少年のような表情を浮かべている。ハツミは心の中で十回ほどガッツポーズをした。
ハツミはヘリの中で警官用のあまりおいしいとはいえないランチをおすそ分けしてもらったあと、結局ロドリゴたちと一緒に煙が収まるまで火事を眺めていた。ロドリゴは以後二度とハツミと口をきこうとはしなかった。
だが、それからのハツミは、それほど運がよくなかった。 夕暮れになって煙が収まると、警官たちが研究所入り口周辺を調べ始めたのを見計らってガンボットの体を埋葬したい旨申し出たが、警官たちは捜査の証拠物件だからと許してくれなかった。
ハツミはその夜、メキシコシティにまで空輸され、女性警官たちの監護のもとで、警察庁の応接室で夕食を与えられ寝かされた。翌朝ハツミは自分の運命を知った。児童保護施設に入れられると告げられたのだ。
どれほど嫌がっても聞いてもらえず、ハツミはパトカーに乗せられ郊外の施設に連れていかれた。そこは病院に併設された、小中学生くらいの児童を収容する孤児院だった。英語を喋る子はひとりもおらず、またアリゾナの中学の男子を数倍意地悪くしたような男子たちも沢山いた。楽しいとはとてもいえない共同生活が始まった。
だがハツミは誰に対しても絶対背中を向けなかった。あの恐竜に比べたらどんな男子だってチワワみたいなものだ。超意地悪な男子たちも、ハツミが給食のトマトスープを頭からぶっかけてやったり、目の前のテーブルに思い切り皿を叩きつけて割ってやったりしているうちに何も言ってこなくなった。
女子たちの何人かとは仲良くなれた。だがハツミは思った。こんな場所にいつまでもいられない。メキシコとアメリカとの国境は相変わらず堅く閉ざされているということだった。
ガンボットが教えてくれたあの秘密の抜け道に、どうにか自分の力で行って、そこからアメリカ側に出てヒッチハイクして家に帰ろう。
施設に入れられて一週間くらいが経ちハツミが本格的に脱走の計画を練り始めたある日、ハツミは施設のお偉方に呼び出された。院長室に行ってみると、そこには記者たちがぎっしりと並んでいて、ハツミを椅子に座らせると次々に質問攻めにした。ガンボットという不思議なロボットについて、そしてミュータントたちとの戦いと、誘拐された人々との救出について、質問は次から次へと続いた。ハツミはただ問われるままに答えたが、その答えがまた新たな質問を生み、結局インタビューは数時間続いて、ハツミは終わるころにはクタクタになってしまった。
その数日後から、何か様子がおかしいことにハツミは気づいた。男子どもは妙に優しいし、職員たちも何かと声をかけてくるようになった。すると何気なく食堂でテレビを見ていたハツミは仰天した。なんとガンボットとハツミの話がテレビドラマになって放映されているのだ。着ぐるみのガンボットと、メキシコ人の子役女優が、これまた着ぐるみのワニ人間たちと戦って、誘拐された人たちを助け出すという単純なものだったが、子供たちどころか大人達まで仕事の手を止めて見入っている。そして、放映が終わると皆がハツミを質問攻めにした。ハツミはもはやヒーロー扱いだった。
やがて、施設から出る日がやってきた。メキシコでブームになったガンボットのストーリーはアメリカにまで伝わり、ガンボットの相棒ハツミが実はアリゾナ出身であるということがわかると、州知事がわざわざ施設にまで迎えに来たのだ。
ハツミが談話室で他の子とゲームをして遊んでいると、知事が取り巻きとともに満面の笑みを浮かべて部屋に入ってきた。「世界を救ったヒーローが我がアリゾナ出身ということを誇り思うよ」そう言いながら握手を求めてきたが、ハツミはその手を無視し、今更何をしに来やがったという顔をして相手をじっと睨んでやった。すると、知事は「かわいそうに、この子はトラウマを受けているに違いない」と言いながらどこかに行ってしまった。
ハツミはメキシコシティからチャーター飛行機に乗せられフェニックスまで飛んだ。チャッター機のタラップの下には、なんとアメリカ大統領が出迎えていた。だが、ハツミにとっては大統領なんてどうでもよかった。パパ、おばあちゃん、お兄ちゃん、そしてナオミや仲のいい友達が並んでいたからだ。
ハツミは皆と抱き合った。マスコミのカメラマンがたくさん写真を撮っていたので、絶対泣くまいと心に決めていたのに、皆が泣くので結局自分も少し泣いてしまった。
二・三日病院に入れられ検査されたあと、ハツミは家に帰された。その次の日からもうハツミは学校に戻った。クラスの男子たちは皆ガンボットに夢中で、中学生なのにアクションフィギュアを買って持っている奴さえいた。そして授業の合間に必ずハツミを質問攻めにした。
また、近所の男児たちも毎日、ガンボットごっこでハツミに本物のハツミ役を演じてくれと懇願してきた。最初は適当に付き合ってやっていたハツミだったが、そのうち面倒臭くなったので、二・三人いたガンボットファンの女子たちに一通りのことを教え、全てのごっこで代役をやらせることにして済ませてしまった。
だが、ハロウィンにはお菓子を腹いっぱい食べ、感謝祭には七面鳥を食べ、授業を適当に受け、放課後友達と遊んでいる日々を過ごすうち、ハツミはだんだん世界を救ったヒーローからどこにでもいる十三歳の少女に戻っていった。周囲のガンボット熱も冷めてきた。
それはハツミにとってもいいことだった。夜眠っても、目の前にワニの顔が浮かんできたり、銃を撃ちまくるガンボットの背中に乗って時速七十キロで走ったときの光景がちらついて眠れなくなることもなくなってきたからだ。
もう一つよかったのは、パパが人が変わったように優しくなったことだ。毎日仕事を早く終えると、ハツミの宿題を見てくれたり、ゲームの相手さえしてくれるようになった。宿題はどうでもよかったが、パパはハツミとゲームをすると必ず負けてしまうので、ハツミはパパと遊んでいるときはいつも上機嫌だった。
そしてクリスマスがやってきた。ハツミの家に意外なお客さんがやってきたのは、大学の休暇で家にいたお兄ちゃんとハツミが格闘技ごっこをして、ハツミが馬乗りになってハンマーパンチを降らせているときだった。
玄関口に立ったその長い金髪をした女性は三十代半ばで、とても知的そうで美しいひとだった。ハツミはそのひとの顔をじっと見ているうちに「あ」と声を上げてしまった。
ガンボットの車のダッシュボードに入っていた写真に写っていたあの少女の面影を見出したからだ。女性はキャサリンと名乗り、テレビでハツミのことを知って、どうしても会いたいと思ったのでいろいろなつてを頼ってハツミの居所を知ったのだという。
「ええっ」ハツミは話を聞くと驚きのあまりお客さんに運んでいたコーヒーを思わずひっくり返しそうになった。
「じゃああなたがガンボットのオーナーだったんですか?」
「ええ。ガンボットは私が造ったの」応接間のソファに通されたキャサリンはテーブルに目を落とすとそう言った。「あなたがガンボットと一緒だったと聞いて、彼の最後の様子をどうしても知りたいと思って。それでお邪魔したの。突然ごめんなさいね」
「いいんです。もちろんお話します。でも、聞かせてもらえますか」ハツミも座ると身を乗り出した。「ガンボットはお兄さんのええっと」
「疑似人格ね」キャサリンは少し微笑みながら言った。
「そう。疑似人格だったんでしょう?どうしてお兄さんの人格を戦闘ロボットに?」
キャサリンはしばらく言葉を探すようにして黙っていたが、やがて小さな声で話しはじめた。
「私は十五年前MITで父の人工知能研究チームの一員だった。そのころ兄が亡くなって、父は凄く気落ちしていたけど、次第に兄の人格を人工知能で再現する研究に熱意を燃やし始めたの。元になる技術はもう二千二十年くらいからあったけど、まだスクリーン上で会話や表情を再現するだけだった。でも父はその人工知能を実際のロボットの体にインストールして動かすことを思いついた」
キャサリンはそう言うといくつかの写真を見せてくれた。ハツミはまたびっくり仰天してしまった。ジープのダッシュボードに入っていた写真の中央に写っていたスティーブン青年とそっくりの顔と髪型をし、しかし体は金属とプラスチックでできたロボット。別の写真では、そのロボットが人間の服を着て、キャサリンやノヴァク博士、そしてその他数人の研究者たちと、散歩をしたり会話をしたりしている。
「死人を蘇らせるような研究は罰当たりだと批判する人もいたけど、私たちは夢中になった。最初は機械的だったロボットが、次第に人間みたいな受け答えをするようになって、時には本当に兄が目の前にいるんじゃないかって思うときさえあったから」
「あの、聞きづらいことなんだけどもしかして」ハツミは尋ねた。「スティーブンって、結構いつも他人に対して上から目線で、意地悪なジョークが好きな人でしたか?」
「そうなのよ、本当にそうだったわ」キャサリンは少し目に涙を浮かべながら微笑んだ。「小さいころはそれでいつも喧嘩になったけどね。でもロボットの口癖とか仕草までスティーブンに似てきたとき、私はこの研究は優れたロボットを造るだけじゃなく大切な家族を失った人の慰めになるかも知れないって本気で思った」
「でもそれから三年後だった。父は突然ロボットの研究に興味を失ってしまったの。思えば、兄が亡くなった後から少しづつ心のバランスを失っていたわ。しきりに『この研究では人類の問題を解決できない』と口走っていた。私は父に、あなたはもう十分人類に貢献したって何度も伝えたけど、父は今度は生物の遺伝子融合に寝食を忘れて没頭し始めた」
「それがあの……」ハツミは言った。
「そう。最初はペット用の小型の爬虫類を使って異常に賢いトカゲやワニを造っていた。私は父みたいに専門を変えられるほどの才能はなかったからMITに残って同じ研究を続けていたけど、父はやがてメキシコに土地や建物を買って大量に遺伝子融合生物を造りはじめたの」
キャサリンはここで少し沈黙したが、やがて言葉を継いだ。「私が二年後たまたま休暇で父の元を訪れたとき、衝撃を受けたわ。父はその時にはもうあのミュータントたちを造り出すのに成功していた。施設の至るところにミュータントたちがいて恐ろしい光景だった。父は喜々としてミュータントたちの可能性について語っていたけど、私にはもう耐えられなかったわ。やめてと何度も頼んだけど、聞き入れてもらえなかった」
「父の心は完全に壊れていたの。ある時ミュータントが暴れて職員が亡くなった事故があったんだけど、それを警察にさえ言わなかった。人類の進歩のためには必要な犠牲だって、平気な顔をしていたわ」
「どうしてそうなっちゃったの?」ハツミは聞いた。「世界から争いをなくして平和にしたいって一生懸命だったんでしょう?」
キャサリンは首を振った。「父はきっと心が純粋過ぎたのよ。昔から思い込むと一つのことしか見えない人だった。それで、ずっと可愛がってもいて頼りにもしていた兄を亡くして心の糸が切れてしまったのかも知れない」
「その事件を私はメキシコの警察にもアメリカの司法省にも通報したけれど、父がワニの頭のワニ人間を大量に飼育しているなんて言っても、信じてもらえさえしなかった」キャサリンは言葉を継いだ。「そうしているうちに、父は実験と称してミュータントたちを施設外に放すようになった。新な犠牲者が出るのはもう時間の問題だったわ。だから私は自分でなんとかしなきゃと思ったの」
「それでガンボットを?」ハツミが聞くと、キャサリンは小さくうなずいた。
「父がロボットの研究チームを離れてから、スティーブの人格を再現するプロジェクトは休止していたの。それで私は人工知能を再起動させて、もう一度それまでのデータすべてを読み込ませた。そして軍事用ロボットから転用された災害救助用ロボットの頭部にインストールして、ミュータントを狩るように指令したの」
「そうだったんですね」ハツミは言った。「でも、ガンボットはあなたが失踪したって言ってた。いつからなんですか?」
「私がガンボットを造ったことを知った父は烈火のごとく怒ったの。ミュータントの群れを差し向けて私を殺すとまで言っていた。私のことをもう娘として認識していなかったのね」
キャサリンは悲しそうに首を振った。「それで私は、ガンボットに兄が生前持っていた銃、車、服、全てを与えた後に、私自身は祖父母や親せきがいるチェコに逃げたの」
ハツミは、ガンボットとの旅の話を最初から最後までキャサリンに聞かせたあと、ガンボットの形見にと持っていたカウボーイハットを彼女に渡した。
キャサリンは懐かしそうにその帽子を手に取った。「兄はこれが大のお気に入りだったわ。格好悪いからやめてってどれだけ頼んでも、出かけるときは必ずこれを被ってた」
「キャサリンさん、ガンボットを造ってくれてありがとう」ハツミはキャサリンの手を握って言った。「彼がいなければわたしは今生きていないし、わたしは彼と友達になれたと思う。彼のことはこれから先もずっと忘れないと思います」
それを聞くと、キャサリンは目から大粒の涙を溢れさせて口を押えた。カウボーイハットを自分の胸に押し付けると、キャサリンは「スティーブン、ごめんなさい。本当に」と呟き、しばらく泣いていた。ハツミも一緒に泣いた。
その日を境に、ハツミは突然勉強を一生懸命やるようになった。ビリ近くだった成績はみるみる上がり、パパは大喜びだった。弁護士をやっているパパは、ロースクールを目指すことをしきりに勧めてきたが、ハツミは違う考えを持っていた。ロボット学者になるのだ。
だが、人間の犯した過ちをどうにかするためだけに生まれ、そして戦って壊れていくロボットではなく、人間の本当の友達になるためのロボットをハツミは造るつもりだった。キャサリンとのメールのやり取りはそれからもずっと続いている。
(終わり)