小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

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エピソード2 旅の始まり
楽しいドライブ


「君は出発前にまず食事をとるといい」

 

 

 ガンボットにそう勧められたハツミは、ポケットをさぐったあと肩をすくめた。「でもわたし二ドルしか持ってない。スナックくらいしか買えないよ」

 

 「いや、金は俺が払う 。俺は何が旨くて何が旨くないかとかは全くわからない。君が必要な食事を選べ」

 

 国境をはさんでサンルイスの南側にあるコメルシアルの商店街まで歩いてたどり着いたときにはハツミはもう空腹と喉の渇きで死にそうな気分だったが、ロボットの親切な申し出を聞いて飛び上がらんばかりに喜んだ。

 

 「うそ……ほんとに?」

 

 「ああ。金なら十分ある。君は一刻も早く食事をする必要があるだろう」

 

 家に帰れるかも知れないという希望が湧いてきたことともあいまって、この思わぬ幸運にハツミはすっかり気分がよくなってしまった。

 

 迷ったあげく、ハツミはハンバーガーレストランを選んだ。ウェイトレスたちはロボットと少女の二人連れを見て目を白黒させていたが、開店直後でまだ客がいなかったのでオーダーはすぐに通り料理が運ばれてきた。

 

 「ねえ、このポテトむっちゃ美味しいよ、食べてみる?」

 

 ハツミはポテトにケチャップをなすりつけて頬張りながら言ったが、すぐに気づいて謝った。

 

 「ごめん、あんたは食べられないんだよね」

 

 「食べられないのではない、食べる必要がないんだ。充電はもう済ませてある」

 

 「でも食べる楽しみがないなんてつまんなくない?」

 

 「俺にしてみると一日三回も食事しなけりゃならないなんていうのは不便だ。大幅に行動を制限される」

 

 「食べるってことがあるから人生って面白いんじゃん」

 

 「人間はそうなのだろう。君は俺を気にせずゆっくり食事を取れ。旅に備えて栄養をつける必要がある」

 

 「うん。そうする」

 

 ハツミはコーラを一口飲んでから、大きく口を開けてンバーガーに食らいついた。

 

 「うまっ」もぐもぐしながらハツミは言った。「ねえ、聞いて。私の学校ね、おひるごはんすっごいまずいし、十分で食べないとカフェテリアから追い出されるのよ」

 

 「十分?それは不合理だな」ロボットは言った。「食事には少なくとも二十分はかけたほうがいい」

 

 「なんでそんなこと知ってるの?食事しないくせに」

 

 「本で読んだ」

 

 「本?あんたが本を読むの?」ハツミはすっとんきょうな声を出した。

 

 「読む。俺は自律型ロボットで、完全にオフラインで行動するよう造られている。俺のオーナーは俺の能力を考えてオンラインにするのはあまりにリスクが高いと考えたんだろう」

 

 「リスクって?」

 

 「ウィルス、ハッキング、プログラム書き換え」ガンボットは自分の頭を人差し指で指した。

 

 「考えてもみろ。俺みたいなロボットがハッキングされたらどうなると思う?悪意のハッカーが俺のプログラムを乗っ取って暗殺やテロを命令したらえらいことになる」

 

 ハツミは、ガンボットが発狂して殺戮マシンになったところを想像し、ハンバーガーを噛む口を止めてブルっと震えた。「それ怖いね」

 

 「そういうわけで俺はテキストで情報を仕入れている。ネットには俺の電子頭脳を接続しない。絶対にな。情報はネットに直結して仕入れたほうがはるかに効率がいいのはわかっているがね」

 

 「へえ、そうなんだ」ハツミは感心し、また一口バーガーをほおばった。「わたし本は読まないなあ。パパが読め読めっていうけど読まない。読むのはマンガだけ」

 

 「俺はマンガは難しすぎるので読まない」

 

 「え?なんで?」ハツミはまた驚いて食事の手を止めた。

 

 「紙の上のインクの染みの形から、それが男なのか、女なのか、若いのか、年寄りなのか、笑っているのか、泣いているのか、そういったことを一瞬で読み取って判断するのだろう?」ガンボットは手ぶりを交えて説明した。

 

 「俺にもやってできないことはないが、かなりの確率でエラーを起こす。マンガを読むのは高度な識別能力を要するから俺には荷が重すぎる」

 

 「そうなんだ。じゃあわたしっていつも高度な能力を発揮してるんだね」ハツミはうれしくなった。「じゃあもっとマンガ読もっ」

 

 そうこうしているうちにハンバーガーの皿は空になった。「おなかいっぱい」ハツミはそうつぶやいたあとコーラを飲みほしたが、テーブルの端にデザートのポップアップ広告が立っているのが目に入ってきた。

 

 「ねえ、デザート頼んでいい?」

 

 「なぜだ?満腹したと言ったばかりだろう」

 

 「女子はスイーツがないと生きていけないんだよ。本で読まなかった?」

 

 「いいや。読んだことはない。それはむしろ中毒症状と言うのではないか」

 

 首を傾げるガンボットを無視し、ハツミはウェイトレスを呼び止めパフェを注文した。こちらもすぐに運ばれてきた。ハツミは別腹とばかりにパフェに食らいつき、ものの一分で平らげてしまった。

 

 「ああ本当におなか一杯。今度こそもう何も食べられない」

 

 「体調がよくなったようだな。さっきよりも体温が上がっているし脈拍も安定している」ガンボットは言った。

 

 「なんでそんなことわかるの?」

 

 「赤外線サーモセンサーだ」ガンボットは自分の顔の、人間でいえば眼のあたりを指さした。

 

 「人間と会話するときは常に体温や脈拍を参考にしている。さっき言ったように俺は表情を判別するのがひどく苦手だからだ」

 

 「じゃあわたしが今どんな顔してるかわかる?」ハツミはおもいっきり顔をしかめてみた。

 

 「苦痛を感じているのか?」ロボットは少し考えてから言った。「それとも怒りだろうか。可能性は半々に見える」

 

 「じゃあこれは?」今度は思いっきり驚いた顔をする。

 

 「楽しんでいる?いや、むしろ恐怖を感じているようにも見える」

 

 「ぜんぜんあてになんないんだね、あんたの識別能力」ハツミはふつうの顔に戻って言った。

 

 「なんでもできるスーパーロボットってわけじゃないんだね」

 

 「そのとおりだ」ロボットは認めた。「俺はコンパニオンロボットと違って人間とのコミュニケーション機能は最低限のものしかない。だから君の旅を楽しいものにしてあげられるかどうかは保証しかねる」

 

 「いいのよ、そんなこと気にしなくても」ハツミは答えた。「家に帰れるってだけで十分だから。食事ごちそうさま」

 

 

 ガンボットがコートのポケットから紙幣を掴み出して勘定を済ませると、二人はレストランから出た。

 

 「これから買い物をする必要がある」コメルシアルの商店街を歩きながらガンボットは告げた。「旅は三日ほどかかるはずだ。その間に君の健康を維持するのに必要なものを買う」

 

 「たとえば?」

 

 「水、食料、寝袋、着替え、医薬品、タオル」ガンボットはリストを読み上げるように言った。「どれも人間の子供が過酷な環境で生存するために必要なものだ。それにできれば火を起こす道具もあったほうがいいな」

 

 「え、それはそうだけど」ハツミは戸惑って言った。「わたしお金ないし。あんたそんなにお金持ってるの?」そこまで言うと、ちょっと嫌な予感がして付け加えた。「それとも後で親に請求……とか?」

 

 「金ならある。別に後で君の両親に補償してもらう必要などない」ロボットは平然と答えた。

 

 「人間と違って、俺にとっては金をため込むということはほとんど何の意味もないことだ」

 

 「じゃあ、ほんとうに、そういうの全部買ってくれるの?」

 

 「ああ」

 

 「ほんとうに?」

 

 「なぜそこまで疑う?」

 

 「だって、だってさあ」ハツミの胸の中でうれしさと戸惑いが交じり合い、うまく言葉が出てこなかった。「わたしそんなに親切な人に今まで出会ったことないもん」

 

 「俺は人ではない。ロボットだ」

 

 「それは知ってるけど」

 

 「君がどう解釈しようと自由だが、これは俺が自分のプログラムに忠実であるためにやっていることだ」

 

 「これもプログラムなの?」

 

 「ああ。昨晩言ったように、俺は自分の能力をもって目の前の人間をトラブルから助け出すことが可能なら、極力そうするよう指令されている」ガンボットは、そういいながら商店街の北の端にあるスーパーマーケットに足を向けた。ハツミもついていった。

 

  「一方、多くの人間たちのように、後で本当に必要になるかどうかわからない分の金を際限なく溜め込むようにプログラムされてはいない」

 

 「わたしなんかいっつも後先考えないでお金使っちゃうけどね」ハツミはそう言ったあと、このあいだ友人たちとモールで豪遊してしまったことを思い出し、うししし、と笑った。

 

 「人間は不安の感情により過酷な環境での生存確率を高めたらしいが、不安はまた人間に不合理な行動も起こさせるらしい」ロボットはハツミの話は聞いていないようだった。「通貨の交換力によって、通貨というものが飢えの恐怖からの逃避を可能にする感情代償的な道具となった。俺には不安を含め感情というものがないから理解できない話だ」

 

 「なんか言ってる意味よくわかんない」ハツミもまたほとんど相手の話を聞かずに生返事だった。それよりも気になることがあった。「ねえ、それでさ、服っていえばちょっと必要なものがあるんだけど……」

 

 ガンボットとハツミは何軒かの店をはしごし、小一時間ほど買い物に時間を費やした。ハツミは、服というものがいかに健康に影響を与えるかを粘り強くガンボットに説明した努力のかいあって、前々から欲しいと思っていたデザインの薄手のパーカーや、刺しゅうのついたジーンズを買わせることに成功した。

 

 ただ、欲しかったブーツは歩きにくいからという理由で却下され、代わりに極めて地味で武骨なトレッキングシューズを買い与えられた。その一方で、帽子とサングラスは、ロボットが提案した実用本位のものからハツミの好きなデザインに無理やり変更させた。

 

 ハツミはうきうきした気持ちを抑えられなかった。そうしている間にも、ガンボットは食料、水、キャンプ用品などを次々にショッピングカートに放り込む。自分用の巨大な山籠もり用リュックサックと、ハツミ用のデイパックもだ。

 

 「けっこうな荷物になっちゃったね」服を着替え、帽子とサングラスを身に着けたあと、フードコートに座ってアイスクリームをなめながらハツミは言った。「どうやって運ぶの?」

 

 「運ぶのさ」ガンボットは言うと、これらの荷物を自分の巨大なリュックに詰め込み始めた。そして、食料と水や着替えの一部をハツミ用のデイパックに詰め込む。パッキングが終わるとふたりは立ち上がって店を出た。

 

 「ねえ、でもさ、これでアリゾナの東の端までいかなきゃなんだよね」大小のリュックを背負ったロボットと少女という珍妙な組み合わせに驚く通行人の好奇の視線を浴びながら、ハツミはガンボットに聞いた。「ヒッチハイクすんの?わたしヒッチハイクは危険だから絶対にするなってパパから言われた」

 

 「車がある」ガンボットは言い、目の前の十字路を東に曲がって歩き始めた。「ただ、車のある場所まで数キロは歩かないといけない。それは心づもりしておいてくれ」

 

 「すごっ、車まで持ってるんだ」ハツミは感心した。「どんな車?」

 

 「必要な機能は満たしている」ロボットは簡潔に答えた。「乗り心地が人間にとっていいかどうかはわからない」

 

 「わたしドライブ好きなんだ」ハツミはうれしくなって小躍りしはじめた。とんだ不運に見舞われたと思ったら、今度は親切な人――ではなくロボット――に食事をごちそうしてもらい、服を買ってもらい、さらにはドライブにまで連れていってもらえるとは。

 

 「あんた金持ちロボットなんだね」ハツミはロボットの歩幅についていこうとしてややペースを上げた。「いいなあ、うちのロボットになってほしい」

 

 「俺のオーナーは決まっている。オーナーを変更するにはパスコードが必要だ」ガンボットは少しハツミに顔を向けて答えた。「それはオーナーが失踪していても変わらない」

 

 「わかってる。言ってみただけ」

 

 「それに俺はコンパニオンロボットではない。ベビーシッターはおそらく俺にもっとも不向きなミッションだろう」

 

 「ベビーシッター?」ハツミは声をあげた。「言ってくれるじゃない。これでも中一なんですけど」

 

 「君の年齢はわからなかった。推測では十歳くらいかと思っていた」

 

 「ひどっ。赤ちゃん扱いしないでよ」ハツミは抗議した。

 

 「気を悪くしたら謝る。知ってのとおり俺は表情認識能力が低い。年齢を推測するには身長と体格しか参考にできないからだ」

 

 ロボットは弁解したが、実のところハツミの機嫌は良いままだった。ふたりはそうこうしているうち商業地域を抜け住宅街に入った。その住宅もやがてまばらになり、道はだだっぴろい荒れ地の中にはいっていく。

 

 機嫌の良さにまかせて勢いよく歩いていたハツミだったが、やがて時刻が昼に近くなると秋とはいえ強い日差しがジリジリと照り付けてきて、たちまちペースが落ちてきた。

 

 「暑い。疲れた」

 

 「リュックを寄越せ。俺が持つ」

 

 「いい。自分で持つ」

 

 しかしハツミはこんなやりとりを二回繰り返したあげく結局ガンボットに荷物を持ってもらい、少し歩くのが楽になった。道路の左右はぽつぽつと灌木が生えているだけの荒れ地だった。時折やたら大きな荷台を持ったピックアップトラックがすごいスピードで通っていく車道の端っこを三十分ほども歩くと、ガンボットは突然南に進路を変え道路からそれて荒れ地に入りはじめた。

 

 「ねえ、どこ行くの」

 

 「車のある場所だ」

 

 「車って、こんな荒れ地に置きっぱなの?それか砂の中に埋まってるとか」

 

 「来ればわかる」

 

 「あとどれくらい?」

 

 「もうすぐだ。脱水症状にならないようミネラルウォーターを飲め」

 

 ハツミは言われたとおり自分のデイパックからペットボトルを出し、立ち止まってごくごくと水を飲んだ。だが周りを見渡しても駐車場どころか、人家ひとつさえ見当たらない。経験上、大人の「もうすぐ」はぜんぜんあてにならないことをハツミは知っていた。ハツミはやれやれとため息をつくとちょこちょことペースを上げてロボットについていった。

 

 「ねえあんたって、どうやってお金稼いでるの?」ハツミはロボットの横に並んだ。

 

 「ワニ人間を狩るのってそんなにお金になるの?」

 

 「ああ」

 

 「へえ、そうなんだ。じゃあわたしも大人になったらワニ人間ハンターになろうかな。賞金もらえる?」

 

 「自治体によってはあいつらを害獣に指定していて、狩った者に報奨金をくれることもある」ロボットは前を向いたまま答えた。「だがそれはせいぜい一体百ドルくらいだな」

 

 「たったそれだけ?じゃあそれでどうやってお金持ちになるの?」

 

 「俺が金を得る源はむしろ奴らそのものだ」

 

 「どういう意味?」ハツミは怪訝な顔をした。

 

 「奴らはどういうわけか貴金属や紙幣をたくさん持っていることがある。人間の財布とかバッグを、後生大事に自分の荷物に入れているのさ」ロボットは答えた。「自分が襲った人間から身ぐるみ剥いで奪ったんだな」

 

 「え」ハツミは言葉を失った。

 

 「襲われた人間がどうなったか俺にはわからない」ロボットは続けた。

 

 「やだ、ひょっとしてあんたはそれを……」

 

 「ミュータントどもを狩ったあと、使えるものがないかとやつらの死体をチェックしていたら偶然気づいたんだ」ガンボットは言った。「以来、俺は奴らから頂戴した金で必要な物資を調達することにしている。何しろ百ドル単位の報奨金ではたくさんの弾薬は買えないからな」

 

 「それってちょっとどうなの?」ハツミは問いかけた。「せめてさ、思い出の品とかは本人に返すわけにはいかないの?」

 

 「ミュータントに捕まったとき財布を差し出して見逃してもらった人間というのがいるならな」

 

 ハツミはガンボットの言わんとするところに気づいて恐ろしくなったが、それでも呟かずにはいられなかった。「でもせめてその人の家族とかに……」

 

 「俺のミッションはミュータントを狩ることだ。被害者の持ち物を遺族に返すためにアメリカ大陸中を旅することではない」ロボットは軽く首を横に振った。「それをやっていたら本来のミッションは到底果たせない。だから本来のミッションを優先し、利用できるものは利用させてもらっているのさ」

 

 「そうなんだ」ハツミは、せっかく新しい服や帽子を買ってもらっていい気分だったのに、何だか苦いものが喉元にこみあげてきた。

 

 「着いたぞ」ガンボットに言われてハツミが顔を上げると、そこには寂れた廃墟があった。ほとんど読み取れないほどボロボロになった看板と、昔は商店だったと思われる建物のつくりに、ハツミは見覚えがあった。

 

 「あれ、ここ何か見たことあるんだけど」ハツミは呟いた。

 

 「昨晩泊まった場所さ」ガンボットは言うと、建物の裏側に回り、錆びきったガレージのシャッターをガラガラと開けた。中にはこれまたオンボロのホロつきジープがあった。

 

 ガンボットは、自分のリュックをジープの後部座席に放り込むと、ガレージの隅に積んであったジェリ缶を両手に抱えて、どんどん荷台に積み込み始めた。

 

 ガンボットに促されて、ハツミは自分のデイパックを後部座席に乗せた。だが何かが胸に詰まっているような気がした。あれほど楽しみだったドライブなのに、なぜか気が進まない。

 

 「これネズミが空き家を利用してる、ってレベルじゃないよね」ハツミは言った。「完全に自分の物にしちゃってるじゃん」

 

 「それがどうした?」ほかにもいくつかの箱や袋がガレージの隅に積んであったのを車に載せながらガンボットが聞き返した。

 

 「わたしあんたのこといいロボットだと思ってたんだけど、なんだかわかんなくなってきちゃった」

 

 「俺がいいロボットだなどといつ誰が言った?」ガンボットはそう言いながら運転席に回ると乗り込んだ。「俺はいいロボットでも悪いロボットでもない。ただのロボットだ。さあ、乗るのか乗らないのか?」

 

 ガンボットにそう促されて、ハツミはしぶしぶ助手席のドアを開け乗り込んだ。ガンボットはガレージから車を出すといったん降りてガレージのシャッターを閉めた。再び車に乗り込むと、乱暴にアクセルをふかして東のほうに進路をとる。

 

 ジープはサスペンションが硬く、道路なのか道路でないのかさえ定かでない荒れ地の上を走るとガタガタと揺れた。しかもシートは固く、フロント以外には窓ガラスもないので、横から埃っぽい風が入ってくる。クーラーなどといったしゃれたものは付いていなかった。到底、心地のよいドライブとはならないようだ。

 

 ガタガタとした揺れを我慢しながら五分ほど走っていると、車はやっと幹線道路に入った。揺れはおさまったものの、エンジン音がうるさいのはあいかわらずだ。また、シートがリクライニングできない仕様なのに気づいてハツミはがっかりした。

 

 「ねえカーステレオとかないの?」聞いても無駄とは思いながら、ハツミはエンジン音と風の音に負けないよう大声で聞いてみた。

 

 「ない。俺は音楽を聴かない」予想していたのとまったく同じ答えだった。

 

 「あんた免許持ってるの?」

 

 「持ってる」

 

 ハツミは、ガンボットの顔写真付きの免許証を想像し、思わず笑ってしまった。「うそでしょ。あんたが持ってるわけないじゃん」

 

 「君にわかりやすいよう言い方を変えたんだが」ロボットは言った。 「俺の頭脳は自動運転プログラムとして公的に認証されているプログラムをインストールしている。ただメキシコで通用するかは知らないが」

 

 「ああそういうことね」ハツミは言った。「じゃあ運転手ロボットさん、カリフォルニアのディズニーランドまでお願い」

 

 「そいつは無理だ」

 

 「言ってみただけ。せっかくのドライブなんだから楽しいこと考えようよ」

 

 そう提案してみたものの、ガンボットにはドライブ中におしゃべりを楽しむという習慣がないようだった。ハツミが話しかけないかぎり自分からは何も言わず黙ったままだった。

 

 「うちのパパよりひどいな、こりゃ」そうつぶやくと、ハツミはあきらめて助手席の窓にひじをかけ外を眺めた。

 

 車は国道二号線を時速百キロ超で走り続けた。道路の左右を見渡すと、動物除けのフェンスの向こうにはぽつぽつと灌木が生えた荒れ地が広がり、はるかむこうには山脈が見える。

 

 「ねえ、ちょっと待って」ハツミは唐突に言った。「車止めてくれる?」

 

 「どうした、何があった」ガンボットはハツミの方を向いて言った。

 

 「いいから止めて」

 

 「なぜだ?目的地はまだ先だぞ」

 

 「いいから」ハツミが言い張ると、ガンボットはジープを路肩に寄せて停車させた。

 

 「トイレなら携帯トイレを買ってある。俺のリュックの中だ」 ガンボットはパーキングブレーキをかけると言った。なぜ止めてほしかった理由を言おうか言うまいか迷っていたハツミだったが、ガンボットに出鼻をくじかれてしまった。

 

 「あのさ」ハツミは呆れて首を振った。「わたしレディなんですけど。もう少し言い方ってないの?」

 

 「それが嫌なら車の陰で済ませてくれ」

 

 ハツミはガンボットのそっけない言い方に猛烈に腹が立ってきた。助手席から車を出ると、後部座席から自分のデイパックを出して道路の南側に歩き始めた。道路から五百メートルほど離れたところに、廃業したレストランのような建物の群が見える。

 

 

 「どこへ行く?」

 

 「あそこでトイレ探してくる」

 

 「ああいう場所にはガラガラヘビやサソリがいることもある。危険だぞ」

 

 「大丈夫。ついてこないで」

 

 ハツミは急ぎ足で歩きながらぶつぶつ文句を言った。「やっぱあいつポンコツだよ。女子の扱いがこれっていくらロボットでもあんまりじゃない?」

 

 近づいてみると、建物はやはり廃墟だった。みっつほど並んだ元飲食店らしき建物のほか、その右手にはガレージのような建物が一つ、トレーラーハウスが一つ。反対側の左手の端っこの植え込みの陰にある目立たない場所にはかつてトラック運転手たちが利用したであろう簡易トイレが建っていた。ハツミが簡易トイレに入ると、想像通り汚かったし水ももちろん流れなかったが、とりあえずプライバシーは守られたのでほっとした。

 

 簡易式トイレから出ると、ハツミは大きく伸びをした。正午の太陽はじりじりと照り付けていたが、日陰に入ると暑さはそれほどでもない。小腹も空いてきたところで、そろそろランチにしようか。そう考えて廃墟のほうを見やったとき、ハツミはほとんど心臓が止まりそうになった。

 

 

 植え込みのすぐ向こうの、三十メートルくらい離れたところにある廃墟の横の、日陰になった場所に、四匹のワニ人間たちが座り込んでいた。肩には回転ノコギリをかついだまま、壁に寄りかかってじっとしている。眠っているのか起きているのか定かではないが、その眼は開いたままそれぞれ一点を見つめて動かなかった。

 

 

 ハツミは悲鳴をあげそうになるのを必死でこらえながら、あわてて簡易トイレの陰に隠れた。ここからガンボットのいる場所を見ると、ジープはほとんどミニカー並みに小さく見えた。駆け戻る間にワニ人間に気づかれて追いつかれたら?大きな声を上げて助けを求めようか。でもそれを聞きつけられたら、たちまち奴らが殺到してくるかも知れない。

 

 ハツミが逡巡していると、突然背後からにゅっと手が伸びてきてハツミの口をふさいだ。その手の力は強く、どんなにハツミがもがいても振りほどくことができなかった。

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