小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

5 / 25
鋼鉄の騎士

 

 「ハツミ、俺だ」目の前にガンボットの顔が現れた。「奴ら耳が悪いから多少の音は大丈夫だが、叫び声はまずい。わかったか?」そう言われたハツミがうなずくと、ガンボットはハツミの口から手を放した。

 

 ハツミは、恐怖と混乱と安堵がごっちゃになった心を落ち着かせようとしばらく深呼吸した。

 

 「まったくもうびっくりさせないでよ」とりあえず苦情を言ったあとハツミはロボットに尋ねた。「わたしのあとをこっそりつけてたの?」

 

 「君が歩いている途中廃墟をセンサーでスキャンしたら、大型動物がゴロゴロいることがわかった」ロボットは小さな声で答えた。「これはまずいと思って潅木の陰をつたって急いでここまで来たんだ」

 

 ハツミはやっと落ち着いてきた。廃墟の壁に寄りかかって休んでいるワニ人間たちを見やる。

 

 「あいつらなんでこんなとこにいるの?今は真昼間なのに」

 

 「やつらはいつでも、どこにでもいるさ」ガンボットは自分もワニ人間たちを観察しながら言った。

 

 「警察は何やってるの?」

 

 「アメリカ側はともかく、メキシコの警察は来るときもあれば来ないときもある」ガンボットは答えた。「群れからはぐれたヤツが一匹うろうろしているくらいなら、警察も来ることがある。さすがに九ミリ拳銃弾でも百発くらい撃ち込めば弱るからな」

 

 「だが武器を持っているミュータントが群れで移動していたりしたら警察もお手上げさ。たくさん死者を出して奴らを退治するより、ただ黙って通り過ぎるのを待っていたほうがいい。メキシコじゃあただでさえ警官のなり手不足だからな」

 

 「そんな。じゃあまわりに住んでる人たちはどうするの?」

 

 「やつらが来たら全速力で車で逃げる。二三日したら戻る。大抵は家の中の食い物と飼っている家畜を全部喰われているが、それでも自分自身が喰われるよりはよっぽどいい」ロボットはちょっとハツミのほうを見た。「ソノラ州の僻地は数年前からずっとこんな感じだったんだぜ。知らなかったのか?」

 

 「知らなかった」ハツミはそれを聞いて暗然とした気持ちになった。

 

 

 ふたりはしばらくじっと息を潜めたまま、簡易トイレの陰からそっと顔を出し、植え込み越しにワニ人間たちを見ていたが、向こうも動く気配はなかった。「ねえ、どうするの?」とハツミはガンボットに尋ねた。

 

 「どうするって?」

 

 「わたしたちはどうするの?ていうかあんたは」

 

 「君の許可があれば奴らを狩りたいところだがな」

 

 「許可?」驚いたハツミはちょっと大きな声を出しそうになってしまった。「なんでわたしの許しが必要なの?わたしあんたのオーナーでもないのに」

 

 「俺はミッション遂行中も周囲の人間の健康を出来るだけ害さないようにとオーナーから命令されている」ガンボットは説明した。「俺と奴らとの戦闘を見ると吐き気を催す人間もいるそうだ。だから戦闘はできるだけ人間の見ていない場所でやるようにしている」

 

 ロボットはまたワニ人間たちのほうを向きながら小さな声で続けた。「奴らはおそらく移動途中で、小休止しているんだろう。ここに長くはとどまらないはずだ。それにトイレで用を足すなんていう洒落たミュータントもいないはずだから、ここに隠れていればいずれ連中のほうから立ち去ってくれるさ」

 

 ハツミはロボットの説明を聞いたあと考え込んだ。ガンボットは、ハツミの許可があれば狩りたい、とは言ったが、あえて彼女の許可を求めようとする口調でもなかった。むしろここでワニ人間をやり過ごす算段のようだ。

 

 「ねえガンボット」ハツミはしばらくしてから口を開いた。「わたし、その、許可?」使い慣れない言葉に詰まったが、話し続けた。「許可をあげる。あんたが奴らと戦うのを許可するよ」

 

 「ハツミ、本気で言ってるのか?」ロボットは言った。「俺がスキャンしたところでは奴らは十匹以上いる。全員武装している。綺麗な戦いじゃ済まないぞ」

 

 「でもあいつらを行かせたら、またわたしみたいな怖い思いをする人が出てくるでしょ?殺される人も出てくるかもしれない」ハツミは言った。「それを知っているのに、ただここで縮こまってるのって、わたしは嫌。もしあんたが奴らを今やっつけられるならそうしてほしい」

 

 「本気か?」

 

 「本気だってば」ハツミは言い張った。

 

 「了解した」ガンボットはそう言うと、背負っていたリュックをそっと地面に下ろした。中から弾薬をいっぱいつけたガンベルトや、カーキ色のポーチ、予備の拳銃が入ったホルスターなどを取り出すと、コートの上から肩にかけ、ベルトで体に固定する。

 

 「行ってくる」支度が終わるとガンボットは簡潔に告げ、立ち上がった。

 

 ハツミは急にふざけ心を起こし、いかめしい口調でガンボットに言った。「戦いを許可する。ゆけ、ガンボット」

 

 すると、驚いたことにガンボットは帽子を脱いでうやうやしく一礼して答えた。「おおせのとおりに、姫様。やつらを倒してご覧にいれます」

 

 

 ロボットは帽子を被りなおすと、足早に植え込みの陰を出た。ちょうど廃墟との中間あたりにある場所で脚をとめ、腰から銀色に光る拳銃を抜いた。宙に向けて一発撃つ。ガアーンという大きな音が平原に響いた。

 

 まるで宣戦布告の合図だった。廃墟の壁に寄りかかって座っていたワニ人間たちは驚いたようにムクリと身を起こし、ガンボットの姿を認めるとシャアーと威嚇する声を上げながら手に手にノコギリを構えた。回転刃のスイッチが入り、ギュイーンというエンジン音が響く。

 

 さらに、二十メートルほど間隔をあけて建っているもう二つの廃墟の陰からも、三匹と四匹、計七匹のワニ人間がわらわらと飛び出して来た。グエッグエッと喚き声を上げながら、全部で十一匹のワニ人間たちはジリジリとガンボットに迫ってきた。

 

 ガンボットは拳銃を片手で構えると無造作に連射した。凄まじい炎が銀色の拳銃の長い銃身の先に開いた穴から吹き出る。たちまち、一番近くにいた四匹のうち二匹がもんどりうって倒れる。だが残り二匹は臆するふうもなく、回転ノコギリを突き出してガンボットに突進した。もう両者の距離は五メートルほどしかない。

 

 ガンボットは左手をコートの内側に突っ込むとごつい形をしていて黒光りする拳銃を取り出した。ガンボットは左手の拳銃を六発連射した。こちらもバカでかい銃声がした。突進してきたニ匹は頭部や胸に銃弾を喰らって崩れ落ちる。

 

 向こうの建物から出てきた計七匹のミュータントたちは怒りの咆哮をあげると、バタバタと不恰好な足取りで詰め寄ってきた。ガンボットはあわてるでもなく左手の拳銃をホルスターに滑り込ませ、右手の銀色の拳銃のグリップの前のスイッチを押して振り出し式の弾倉を取り出した。左手で銃を保持しながら弾倉の中心から突き出た棒を押して空薬莢を排出すると同時に右手をコートのポケットに突っ込む。五つの弾が収納された銀色の金属製の器具を取り出して、一瞬で弾込めを終えてしまうと、弾倉をパチリと閉じた。

 

 三匹で横に並んで押し迫ろうとする第二群のミュータントたちに向かってガンボットは前進しながら銃を連射した。正面にいる二匹にそれぞれ二発の銃弾を浴びせて倒すと、その隣にいた奴が唸り声を上げて回転ノコギリを振り回す。ガンボットはジャンプしてそいつを飛び越えると宙返りを打って着地し、振り返りもせずに右腕を後ろに曲げて自分の背後にいるそいつの後頭部を一発撃った。撃たれたミュータントは何が起ったのかもわからないまま前のめりに地面に倒れた。

 

 ガンボットは倒れた奴のほうを見もせず、再び拳銃の弾倉から空薬莢を排出し弾込めを終えた。第三群の四匹はもはや数メートルに迫っている。

 

 その瞬間、ハツミは思わずあっと声を上げた。三つ目の建物の向こう側にあるトレーラーハウスの屋上に、新手のミュータントがニ匹現れたのだ。そいつらは回転ノコギリを持った連中と違って、ちゃんと上半身にも服を着て、頭にはヘルメットのようなものさえかぶっていて、さらには銃のような形をしたものを携えていた。

 

 「気をつけて!」ハツミが叫ぶと同時に、新手のうち一匹がガンボットに向かって銃を向け発射した。ボヒュッと低い音がして火の玉のようなものが放物線を描いて飛んでいく。ガンボットが横っ飛びにかわすと、発射された火の玉はさっきまでガンボットが立っていた地面でバウンドし、ハツミが潜んでいる植え込みの右手を突っ切って、荒れ地に生えている潅木にぶち当たった。潅木はめらめらと燃え上がった。

 

 ガンボットは再びジャンプした。切りつけようと駆け寄ってきたノコギリミュータントたちを軽々と飛び越えながら二連射する。さっき発砲した新手のミュータントの一匹が銃弾を喰らってトレーラーハウスから転げ落ちた。もう一匹の新手が、着地するガンボットに狙いをつけ発砲する。その間地上にいる四匹のワニたちは頭上をロボットが飛び越えていったことにも気づかず、敵を探しておろおろと左右を見回した。

 

 もう一匹の新手が発砲した火の玉は空しく地面を打ってあさっての方角に飛んでいった。ガンボットが突然走り出したからだ。ロボットは助走をつけると、今度はまるで棒高跳びのように高く、距離も長いジャンプをしてトレーラーハウスに飛び乗った。いきなり距離を縮められてあわてたようなしぐさで、トレーラーハウスの上の一匹は自分の銃のフォアグリップを左手でガチャンと引いた。新しい弾を込めているのだろうか。だがガンボットはその平たい前頭部にほとんど銃口が付くくらいの距離で一発銃弾を撃ち込んだ。そいつは自分の銃を抱えたままトレーラーハウスの上でバタンと倒れた。

 

 ガンボットは今度は右手の拳銃をホルスターにしまうと、さっき一回使った黒光りする拳銃を右手で抜き出した。グリップの前のスイッチを押して弾倉を振り出し、左手で銃を持つと今度はガンベルトから弾をとって六発弾倉に込めた。パチンと弾倉を閉じると、それを左手に持ち、右手で再び銀色の拳銃を抜き出した。

 

 ガンボットの位置をやっと補足した四匹のミュータントたちは、グエッグエッと喚きながらトレーラーハウスのほうに群がってきた。だがガンボットは両手に拳銃を構えると、弾が切れるまで無造作に連射した。ミュータントたちは二発づつマグナム弾を頭部に喰らって崩れ落ちた。

 

 

 戦闘は唐突に終わった。

 

 

 ガンボットはトレーラーハウスの上に立ったまま、左手の黒光りする拳銃を宙に放り投げた。右手の銀色の拳銃の弾倉を振り出すと、左手で銃を保持しながら空薬莢を排出し、また金属製の器具をポケットから出して弾込めを終えると同時に、落下してきた黒い拳銃を左手で受け止める。次いで、銀色の拳銃をホルスターにしまうと、黒い拳銃にゆっくりと時間をかけて弾丸を込めた。

 

 「もう出てきていいぞ」ガンボットはハツミに声をかけた。

 

 ハツミは植え込みの陰から出てくると、ゴロゴロと地面に転がったミュータントたちの死体につまずかないよう注意しながらガンボットのほうに向かった。ガンボットはトレーラーハウスの上からぴょんと飛び降り、ひざを曲げて地面に着地した。と、思うと、トレーラーハウスの裏手に歩いていった。

 

 「どこ行くの?」ハツミが追いかけてトレーラーハウスの横から覗き込むと、ガンボットはさっき撃ち倒されて転げ落ちた、銃のようなものを持ったミュータントの死体の上にかがみこんでいた。

 

 ハツミが近寄ると、ガンボットは手を上げて制した。「あまり近寄らないほうがいい。グロテスクだぞ」

 

 「どうしてロボットのあんたにそんなことがわかるの?」

 

 「未成年者にグロテスクな画像を見せないようにする技術なんて半世紀近く前からある。いくら俺でもそれくらいのプログラムは入ってる」

 

 「大丈夫よそんなの」ハツミは構わずに近寄った。

 

 ミュータントの胸にはポツンポツンと二つの穴が開いていた。頭には金属製のヘルメット、上半身には制服のようなタンクトップを着て肩にはプロテクターまでついている。その傍らには、粗雑な造りの銃が転がっている。金属製の機関部の下から四角い弾倉が突き出ており、フォアグリップには滑り止めのテープが乱暴に巻いてあった。そのミュータントはどことなく体格が細く、顔も口吻が短く額は少しだけ高い。

 

 「こいつ、わたしを誘拐しようとした奴と違う」ハツミはつぶやいた。

 

 「おそらく違う種類だな」ガンボットも同意した。「実際こいつはノコギリを持っている奴らより知能が高い。ノコギリワニは頭が悪く感覚も鈍いが、鉄砲ワニはすばやく状況を判断して正確に狙ってきやがる」

 

 「ノコギリワニと鉄砲ワニ?」

 

 「俺が名づけた」

 

 「センスないね」

 

 だがガンボットは無視すると、死体を足先でひっくり返しながら言った。「こいつらの死体を間近で見て嘔吐しなかった人間はそれほど多くない。君は耐性が高いんだな」

 

 「そりゃわたしだってあんまり見てるときもくなるよ」ハツミは言ったあと続けた。「ねえガンボット。本当にこいつらって何者なの?」

 

 「わからない」

 

 「宇宙人かな?」

 

 ガンボットは首を振った。「それはないな。考えてもみろ。惑星間飛行ができるほどの技術を持った連中がこんなに知能が低いはずがない。人間を攻撃するつもりならもっと効率的にやるだろう」

 

 「ロボットのくせに人間に向かって『考えてもみろ』なんて、むかつく」ハツミはむっとして呟いたが、確かに相手の言うとおりだった。

 

 「じゃあこいつら何だろう?」ハツミは尋ねた。

 

 ガンボットはしばらく考えた後言った。「あくまでも推測だが、こいつらは人造生物だろう。人間が造ったんだ」

 

 「人間が?何のために?」

 

 「それはわからない」

 

 ハツミはあきらめてトレーラーハウスの裏から出た。ガンボットが来ないのでもういちど覗き込むと、ミュータントの死体の荷物をあらためているところだった。

 

 ガンボットが死体を一つ一つ点検するのに時間がかかっている間、ハツミは退屈になり、それに死体のそばにいるのが落ち着かなくなってきた。じれたハツミが「早く行こうよ」と言うと、ロボットは「ここでゆっくり昼食でもとったらどうだ」と言ってまたハツミを怒らせてしまった。

 

 「こんなところで食事しろなんてさすがはロボットね。バカロボット」ハツミはぷんぷんと怒って言った。

 

 「なぜだ?もはや危険はないし、建物の中で日光を避けることもできるぞ」

 

 「あのさあ、こんな死体のそばで食事なんてできると思う?」ハツミは聞き返した。

 

 「なぜ死体のそばでは食事できないのだ?」ガンボットも聞き返した。

 

 「だめだこいつ」ハツミは呟きながら車のほうに向かって歩き出した。ハツミが車に乗ってしばらくするとやっとガンボットは戻ってきた。

 

 「儲かった?」

 

 「上々だ」

 

 ハツミの皮肉に対してガンボットはそれだけ言うとまた乱暴に車を発進させた。

 

 小一時間ほど車を走らせたあとやっと気分が落ち着いて食欲が戻ってきたハツミは、デイパックの中で保冷剤に挟んでおいたブリトーを二つほど食べたら、今度は眠くなってきてしまった。

 

 窓からの風を受けながらハツミがうとうとしたり眼を覚ましたりを繰り返しているうち、いつの間にか日は傾き、車は市街地に停車していた。道路沿いに低い家並みがぽつぽつと間隔を空けて建っており、商店の看板もいくつも見えたが、どれも寂れた雰囲気だった。

 

 「カナネアの街だ。ここで夕食をとるといい。もう夜七時だ」

 

 ふたりはボロボロの店構えのピザ屋に入った。ピザは予想に反してまずくはなかった。

 

 ハツミが眠い眼でピザを食べている間、カウボーイ風の帽子を被りポロシャツを着た中年の男が窓からガンボットの姿を認めて店に入ってきた。中年男はうれしそうな表情でガンボットに大きな声で挨拶をし、手を伸ばして握手すると、自分は立ったままでロボットと世間話を始めた。しきりに相手をセニョールと呼んでいる。そんな光景を初めて見、ちょっとびっくりしたハツミは、ピザを食べる手を止めしばらく二人を眺めていた。

 

 ガンボットと中年男は何やら話し込んでいる。そのスペイン語が早口でよく聞き取れないので、ハツミはまたピザに手を伸ばしながら、店の壁にしつらえられたテレビを眺めた。マイクを持った女性キャスターが焼け落ちた廃墟のような場所の前でカメラに向かって説明している。ハツミは目が覚めたばかりということもあり、その女性キャスターのスペイン語もなかなか頭に入ってこなかった。だが、女性キャスターの実況から画面が切り替わり、ワニ人間の横顔が画面に大写しになった。ハツミはそれをぼんやり眺めながらピザをもぐもぐと噛んだ。

 

 五分ほど経つと、中年男は大げさにガンボットとハグをし、ハツミに対して器用にウィンクして帽子を取って礼をしてから店を出て行った。

 

 「誰?あんたにも知り合いがいるの?」ハツミは尋ねた。

 

 「向かいのガソリンスタンドの店主さ」ガンボットは、通りを挟んだ向こう側にある、ほとんど看板が擦り切れて読めなくなっている店を指差した。「このあいだ店の裏側で、群れからはぐれて腹を空かせたミュータントに襲われてたんだ。地面に押さえつけられて喰われる寸前だった。俺が偶然通りかかるのが十秒遅かったら死んでいただろう」

 

 そういうとガンボットはハツミのほうを向いた。

 

 「ハツミ、君の意見を聞きたい。なぜ人間は命を助けられると泣くのか?」

 

 「え?」

 

 「あの店主もそうだった。人間にとって恐怖と喜びという感情はよく似たものなのだろうか」

 

 「んなわけないじゃん」ハツミは答えた。

 

 「だが、ミュータントに喰われる寸前の人間の多くは泣いているし、俺が奴らを撃ち殺して助け出すとやはり泣く。やはり似ているのではないか」

 

 「それは、ええと」ハツミは再びピザをぱくつきながら考えた。「わかんないけどとにかく違うと思う。ていうか全然違うよ」

 

 「それでは合理的な説明がつかない。どう違うのだ?」

 

 「とにかく違うんだってば」めんどくさくなったハツミはそれ以上説明せずにコーラを飲んだ。

 

 「ねえ、それよりあれ」ハツミはテレビを指さした。

 

 「何だ?」ガンボットは聞き返した。

 

 「あれ何?」

 

 「ミュータントの頭部だ」ガンボットがテレビの画面に顔を向けると言った。

 

 「じゃなくてニュース。何言ってるの?早口でわたし聞き取れない」

 

 「ソノラ州内の村がミュータントに襲撃されて全滅したらしい。これで今月に入って三件目だそうだ」

 

 「うそ。村の人たちは?」

 

 「死者負傷者については俺も聞き逃したが、百人規模の村が丸ごと焼き払われたそうだ」

 

 「ひどいね」ハツミは最後の一切れのピザを口に含んだまま顔をしかめた。

 

 「ひどいさ。それはそうと食事は済んだか?」ガンボットはまるで他人事のように言うと、ポケットから札束を出しながら立ち上がった。

 

 勘定を済ませ、店を出て車に乗ると、ハツミはガンボットに尋ねた。「今日ってどこに泊まるの?」

 

 「君は夜行性か?」ガンボットは質問に質問で答えると、すぐ言葉を継いだ。「いや、君は夜更かしする性質か?」

 

 「うん、そうだけど」

 

 ハツミがそう答えるとガンボットは言った。「なら今夜国境を越えよう」

 

 「えっ。もう?二三日かかるんじゃなかったの?」ハツミはうれしそうに声を上げた。「はやっ。もうアリゾナに帰れるんだ?」

 

 「地下用水路の入り口まではあと四十キロくらいしかない」ロボットは言った。「むしろ時間がかかるのは向こうに行ってからだ。車は持っていけないからな」

 

 「どうして?向こうでお巡りさんに言って送ってもらえばいいじゃん」

 

 「それはお勧めしない。もしメキシコから来たことがわかったら彼らはまっすぐ家には帰してくれないだろう。おそらく拘留されて旅行経路や接触した相手を根掘り葉掘り聞かれるぞ」

 

 「そっかあ」ハツミはちょっとがっかりした。「アリゾナの中で迷子になって親とはぐれたとかウソついたらだめなのかな?」

 

 「嘘は絶対にばれる」ガンボットは冷酷に言った。「君が経験を積んだプロの詐欺師でないかぎりそういう手は勧めない。国境を越えてからバスか列車、あるいは長距離トラックの荷台に入り込んでアリゾナ西部に向かうのがいいだろう」

 

 「ちぇっ。めんどくさいの」だが、自分がいままで大人に対してついてきた嘘はだいたいばれてしまったことを思い出した。「ねえ、それかパパに電話して迎えに来てもらうのは?」

 

 「それでもいいだろう。君の父親に君を引き渡した時点で俺はメキシコ側に戻る」

 

 「そっか。ちょっと寂しいな。またアメリカにも来てよ」

 

 「機会があったらな」

 

 ガンボットは車を発進させた。通りの向かいのガソリンスタンドの奥の建物から、先ほどの中年男が出てきて再び手を振った。ガンボットは手を振り返すと、少しジープを前進させてからUターンを切り、幹線道路に車を戻した。周囲は再び単調な荒れ地の風景に戻る。

 

 半時間も幹線道路を走ると、やがて車はさっきの街よりいっそうみすぼらしい、古びた商店の低い建物と粗末な住宅が立ち並んだ町並みに入っていった。ガンボットは市街地に入って速度を落とすと、やがて右折して住宅の間を抜ける路地に入った。

 

 平屋建ての古びた家並みからは、夕食の最中なのか、料理の匂いや談笑する声が聞こえてくる。かと思うと、激しい声で言い争う音が聞こえてきた。家の前の道路に繋がれていた犬が車を見るなりうるさく吠え立ててきた。

 

 涼しい夜気が頬を撫でるなか、車をガタガタ言わせながら狭い路地を走らせると、やがて低い住宅の群れが切れて開けた場所に出た。さらに進むと、街灯もなくなり、とっぷりと日も暮れてほとんど黒に近い濃い青色になった空の下に、粗いフェンスで囲まれた水面が見えた。

 

 「貯水池だ」ガンボットは言った。暗くてよく見えないが、貯水池の敷地は五百メートル四方くらいで、フェンスの外と中にはぽつりぽつりと背の高い木が生えていた。敷地内の明かりはほとんど壊れており、まともに点灯しているのは二つ三つしかなかった。遠くではコヨーテの遠吠えらしき声がする。

 

 ガンボットはフェンスの手前で駐車しエンジンを停止すると、リュックを担いで車から降りた。帽子やらサングラスやらを車内に散らかしていたハツミがあわてて荷物をまとめているあいだ、ガンボットはペンチを取り出してフェンスの針金を切断し穴を開けていた。

 

 「人間は暗闇に恐怖心を感じると本で読んだ」ハツミがやっとガンボットに追いつくとロボットは言った。「君は恐怖心を感じているか?もしそうなら言ってくれ」

 

 「ま、ちょっとはね」ハツミは周りを見回したが、すぐ付け加えた。「でも平気。わたしおばけ屋敷とか好きだし。夜の探検とか面白そうじゃん」

 

 ガンボットがフェンスの穴を手で押し広げているあいだ、ハツミはデイパックや服を引っ掛けないように注意して通り抜けた。ガンボット自身はぴょんとフェンスを乗り越える。ハツミが歩いている途中でつまづかないよう、ガンボットは顔の両側についているライトを点灯させてくれた。

 

 ふたりは、ふたつある貯水池の間を通ってつきあたりに向かって歩いた。そこにはコンクリートの階段が見える。階段を下ると、二十五メートルプールほどの広さのある、水の入っていない調整池に出た。ガンボットが歩いてゆく先を見ると、大きくて重そうな鉄格子がはまった高さ二メートルくらいの横穴に突き当たって終わっている。ガンボットはまず鉄格子を調べた。錠前がかかっていたが、ガンボットがそれをつかんでひねるとたちまちパキンと音を立てて壊れてしまった。鉄格子を取り除けると、ロボットは先に立って中に入った。

 

 

 遠くから水の流れるザアーという音がする。横穴の外がほぼ暗闇なのに加え、横穴の中はもっと暗かった。ガンボットの頭部の灯りが奥を照らすと、一瞬コンクリート造りの天井や壁が浮かび上がるが、ガンボットが顔の向きを変えると途端に漆黒の暗闇に沈む。

 

 「ねえ本当に今入るの?」ハツミはちょっと怖気づいた。「せめてもうちょっと早い時間帯にしない?」

 

 「行くなら夜、それも深夜であればあるほどいい」ガンボットはガンとして意見を変えなかった。「鉱山周辺にも警官がいるかも知れない。その場合気づかれないよう通り抜けるには昼間は都合が悪い」

 

 「気づかれないようにって?」ハツミは聞いた。「スパイみたいにロープで壁を降りたりするの?」

 

 「もっと単純な方法だ。たとえば別の地点で発煙筒を焚いて注目を引き、手薄になったところから突破する」

 

 「ははあん、なるほど」ハツミはうなずいた。「いいアイデアだね。でもあんたってロボットのくせして何でそんなに悪知恵が働くの?」

 

 「俺は既に悪意のコンピューターウィルスに感染しているのかも知れないな」

 

 ハツミはぎょっとしてロボットの顔を見た。「ちょっとやめてそういうの」

 

 「冗談だ」ガンボットは言った。「俺は製造されてからこのかたネットに接続したことはない。だからそれはありえない」

 

 ハツミはため息をついた。「やめてよ本当に。なんでロボットが冗談なんか言えるわけ?」

 

 ロボットは平然として答えた。「人間はこういう会話を楽しむものだとばかり思っていたが。違うのか?」

 

 「なんか使い方間違ってると思うけど」首を振ると、ハツミは覚悟を決めて横穴の奥に向かって進んだ。「もういいよ、行こう。こんなとこでおしゃべりしててもしょうがないし」

 

 だが、数歩進むとガンボットがついてこないことに気づいてハツミは振り返った。

 

 「どうしたの?」

 

 ガンボットは立ったまま左右を見回している。

 

 「なにしてんの。早くいこ?」

 

 ハツミが急かすと、ガンボットは地面を指さした。「見ろ」

 

 ガンボットが指さしている場所のあたりにハツミが目をこらすと、ロボットは頭部についているライトの輝度を上げてその部分を照らし出した。

 

 「何?なんかいるの?」

 

 「足跡だ」

 

 ハツミはほこりと砂だらけの床の上にぼやけた点々を認めた。 「動物?アナグマか何かかな」

 

 「そうじゃない。爪の形からすると大型の爬虫類だ。このあたりには本来なら生息していない種類だな」

 

 「爬虫類って?」

 

 

 「連中だよ。ミュータントだ」

 

 

 ガンボットは腰のホルスターから拳銃を抜いた。ステンレススチールの長い銃身が月の光を受けてキラリと光る。

 

 「こないだ俺が片付けたのに、また湧いて出てきたようだな」 親指で撃鉄を起こしながらロボットは言った。

 

 「お掃除の時間だ。俺から離れるなよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。