小説 ガンボット 『神の子ら』の野望   作:nocomimi

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正義の味方

 

 その唸り声は、今までに何回も聞いたミュータントどもの声とも違う、まるで地獄の底から響いてくるような太い声だった。ハツミがそちらのほうを見ると、何か巨大なものが、鉱山の竪穴の底にある広場になった平面を横切ってこちらに歩いてきているのが目に入った。

 

 そいつは今までのミュータントよりふた回りほども大きく、しかも全身にバカみたいにたくさんの筋肉がついていた。いつか映画で見た「ハルク」みたいな感じだ。上半身は裸で、夜目にもその皮膚は毒々しい紫色だとわかった。下半身にはズボンとブーツを履き、手にはワニたちが持っている銃をさらに巨大化させたような銃を持って、露天掘りの穴の底の広場をのしのしと音を立ててこちらに向かって進んでくる。

 

 月明かりに照らされたそいつの顔を見たとき、ハツミは自分の目を疑った。ワニの頭ではない。人間に近いと言えば近いが、人間とも少し違う。まるで巨大な岩に雑に彫り付けたモアイ像のような顔だ。

 

 そいつは銃を両手で構えると、ガシャンと音を立ててフォアグリップを引いた。まだガンボットとハツミの位置を正確には把握していないらしく、広場の真ん中で足を止め、唸り声を上げながら左右を見回し始めた。

 

 「何あいつ?」思わずハツミは聞いた。「一体何なの?」

 

 「俺も初めて見る」ガンボットは答えると、スピードローダーで素早く拳銃の弾を補充し、一旦その銃をハツミに渡した。銃の物凄い重量に一瞬体がグラっと揺れたがハツミはどうにか受け止めた。次にガンボットは黒い拳銃を取り出して、ガンベルトから弾を取ると手早く装填し、またホルスターに収めた。

 

 「ハツミ、ここにいろ。どうやら面倒な相手だ」ハツミから銀色の銃を受け取ると、ガンボットはそう言い置いて新手の怪物がいる高さまで飛び降りた。

 

 その怪物は、進み出てきたガンボットの姿を認めると、歯をむき出して唸り、のっしのっしと歩きながら迫ってきた。あまりの威圧感にハツミは思わず近くにあったドラム缶の陰に隠れた。怪物の身長は三メートルほどもありそうだ。

 

 ガンボットは拳銃を上げると無造作に五連射した。全弾が怪物の胸に命中した。だが怪物は倒れなかった。苦しそうに顔をゆがめながらも、怒りの吼え声を上げ、自分の銃を構えてガンボットに向けて発射した。

 

 ガンボットは横にステップして火の玉を避ける。次いで、怪物を中心に円を描くような形で走り始めた。怪物は銃のフォアグリップを引くと次々にロボットに向かって発射したが、弾はどれも鉱山の土の壁に食い込んで煙を上げた。

 

 ガンボットは走りながらスピードローダーを取り出して拳銃に弾を込めると、今度は向きを変え、真っ直ぐ怪物に向かって突進した。怪物が銃を向けてきた途端、ガンボットは大きくジャンプし、相手の後ろに着地した。再び銃を連射する。だが背中に四発弾を喰らった怪物はそれでも倒れなかった。痛みに顔を歪めつつも向きを変え、ガンボットに突進した。左腕を振り上げ、でたらめに何度も振り下ろす。

 

 ガンボットは、斜め後ろ左右にステップしながら怪物のパンチを避けた。怪物の振り回す腕が、壁際に乗り捨ててあったブルドーザーに当たると、ブルドーザーはまるで紙製のおもちゃのように真っ二つに裂けてしまった。

 

 怪物は唸り声を上げながらガンボットを追い回す。ドスンドスンという足音が響き、ハツミが立っている場所まで地面が揺れた。

 

 ガンボットは後ろ向きにジャンプし、竪穴の段差を一段上ったところにある場所に着地した。怪物が迫ってくると、慎重に狙いをつけて一発撃った。

 

 怪物の額にポツンと穴があく。だが、怪物はそれでも倒れず、ガンボットが立っている場所に体ごと突っ込んできた。ドカンと衝撃音がして壁が崩れ、もうもうと土煙があがるなか、ガンボットはひらりと相手を飛び越えて広場の中央に降り立った。着地しながら、スピードローダーを取り出して素早く拳銃に弾を装填する。

 

 「そんな」ハツミは呟いた。頭を撃っても倒れないなんて!ガンボットが負けるなんてことはありえないと思っていたが、急に不安になってきた。

 

 「おいそこのデカい紫のやつ」ガンボットは足を止めると言った。「お前腕を振り回したり体当たりするしか能がないのか?顔は人間みたいなクセして、あの鉄砲ワニよりも知能が低いんだな」

 

 振り返ってガンボットに向き直った怪物は、まるで相手の言葉を理解したかのように怒りの唸りを上げ再び銃を構えて発射した。

 

 ガンボットは少しだけ横にステップした。翻ったコートの裾の端を火の玉がかすめる。火の玉はバウンドして背後の壁に食い込んだ。

 

 「何をしている。当たっていないじゃないか?お前の眼はワニより悪いのか?」ガンボットは再び挑発した。

 

 怪物は銃のフォアグリップを引いて再び構えた。ガンボットも拳銃を上げる。と、両者は同時に引き金を引いた。

 

 すると突然、怪物の銃が大きな破裂音を立てて爆発した。ガンボットのほうが零コンマ数秒早く、その銃弾が怪物の銃の銃口に飛び込んだらしい。怪物の上半身が激しい炎に包まれた。

 

 「やった!」ハツミは思わずガッツポーズをした。

 

 だが、怪物には炎も効かないらしく、そいつは何事もなかったように銃を乱暴に投げ捨てると、こぶしを作って両手を上げ、自分が不死身であることを誇るかのようにひときわ高い吼え声を上げた。

 

 そのとき、ハツミはガンボットの姿が見当たらないことに気づき、その姿を探して辺りを見回した。それは紫のヤツにとっても同じようで、怪物は敵の姿が消えたことにあっけにとられたようにキョロキョロと左右を見た。

 

 「俺はここだ」ガンボットの声がする。ガンボットは、怪物の背後一メートルくらいのところにいた。怪物があまりにも大きすぎるのでハツミからは見えなかったのだ。

 

 怪物が驚いて振り返る。ガンボットはいつのまにか両手に拳銃を構えていた。ガンボットは左右の手に持った二挺のマグナム拳銃の銃口を怪物の脇腹の一か所に押し付けると、まるでマシンガンのような速度で連射した。

 

 物凄い銃声が響き、そしてこだました。撃ち終えるとガンボットは軽くバックステップして怪物から距離をとった。

 

 怪物は、小さな目を見開いて驚愕の表情を浮かべると、両手で自分の腹を押さえた。合計十発ものマグナム弾を脇腹の一点に喰らった怪物は、だがそれでもガンボットに迫ろうと足を踏み出した。

 

 しかし、二三歩歩いたところで力が抜けてしまったのか、ガックリと膝をつき、とうとう地響きを立ててうつぶせに倒れてしまった。まるで象が横倒しに倒れたようなものすごい振動がハツミにも伝わってきた。

 

 「ガンボット」ハツミは叫ぶと、隠れていた場所から出た。五メートルほどの高さのある段差を降りることができないので、壁面にらせん状に掘られた道をハアハア言いながら走ってロボットのところまで行った。

 

 「大丈夫?」ハツミは、火の玉がかすめたせいで焦げ、まだチリチリと煙を上げているガンボットのコートの裾を見た。

 

 「大丈夫だ。ダメージはない」ガンボットは答えた。

 

 そのとき、怪物が倒れたままうめき声をあげ、英語でしゃべりはじめた。「くそったれ。ドテっ腹に穴が開いちまった」

 

 「やだ。こいつしゃべった。きもい」ハツミは飛び上がってガンボットにしがみついた。

 

 「くそっ。こんなんでどうやって女たちを連れ帰れってえんだ?」

 

 怪物はもそもそと身じろぎしながらしきりに毒づく。その顔は近くで見ると、目も鼻も口も、粘土細工で乱暴に造ったみたいな造作で、ひどく醜かった。しかも筋肉が付きすぎて首というものがほとんどなく、頭はつるつるで髪の毛はない。耳もなく頭の横にポツンと穴が開いているだけだ。

 

 「ハツミ、チャンスだぞ」ガンボットは言いながら拳銃に弾を込めはじめた。

 

 「君はこいつらが何者か知りたがってたろう?聞いてみるといい」

 

 「やだ。きもいからわたしコイツとしゃべりたくない。あんた聞いて」

 

 ハツミにそう言われ、ガンボットは作業を続けながら怪物に話しかけた。

 

 「お前は一体何者だ?どこから来た?」

 

 「知ったこっちゃねえ」怪物は罵った。「てめえに何の関係がある?」

 

 「どうやら答える気はないようだ」ガンボットはあっさりと諦めると、二挺の拳銃をしまいながら言った。「それかただ単に知らないのかも知れない。あるいは知らされていないか」

 

 「くそっ」怪物は何度も罵ったが、やがてその声は弱々しくなり、小山のような身体も動かなくなってきた。

 

 「ああきもかった」ハツミはため息をついた。「しゃべるミュータントなんて嫌だよ。誰が言葉なんか教えたんだろ?」

 

 「人間の言葉をしゃべる奴は俺も初めてだ」ガンボットは平静な声で言った。「だが相手が言葉を解するからむしろ有利になった。挑発が効くからな」

 

 「ていうか悪口を言って相手を怒らせるのが得意なロボットなんて、どこの世界にいるの?」

 

 「これは戦術だ。書物によれば、侮辱は太古の昔から戦闘に際して使われていた極めて有効な武器だ」

 

 ロボットは、ハツミのほうを見ると話題を変えた。

 

 「ハツミ、時間がない。最初の銃声が鳴ってからもう五分が経過している」

 

 「たった五分?」ハツミは聞き返した。「もう一時間くらいここにいるような気がする」

 

 「もしかすると誰かが銃声を聞いて警官を呼んだかも知れない。鉱山周囲が警備される前に先に進んだほうがいい」

 

 「わかった」ハツミは答えたが、すぐ声を上げた。「いや、ちょっと待って」

 

 「何だ?」

 

 「あの紫のヤツ、女たちを連れ帰るとか言ってなかった?」

 

 「言っていたな」

 

 ハツミは、心に引っかかっていたその言葉をもう一度口に出すと、途端に、自分が誘拐されそうになったときの光景が頭の中にフラッシュバックした。ミュータントに腕を掴まれたときの気味の悪い感触や、相手が麻袋を取り出したときに感じた頭の中でピーンと危険信号音が鳴るような感覚が蘇り、思わず身震いがした。

 

 「ねえ、ガンボット。きっとあいつらいろんなところで人を誘拐してたんじゃない?」ハツミはロボットのほうを向いて言った。

 

 「そうかも知れないな」

 

 「きっと、ここのどこかに誘拐された人たちが閉じ込められてるんじゃないの?」

 

 それを聞いたガンボットは、少し考えてから答えた。「そうかも知れない。だがそうではないかも知れない」

 

 「きっとそうだよ。ねえ、探しに行こうよ」

 

 「だが可能性は百パーセントではないだろう。ここで時間を無駄にしていると、誰にも見られずに鉱山を出るのが難しくなるぞ」

 

 「知ってる。でも絶対どっかにいるんだよ。わたしにはわかるの」ハツミは言い張った。

 

 ハツミは、ガンボットのコートの袖をつかんだ。「ねえ、あんたって自分の能力で困っている人を助けるように出来てるんでしょ?一緒に探しに行こうよ」

 

 「そのような人間が目の前に存在していれば、だ」ロボットはあくまでもそっけなかった。

 

 「誘拐されてこの鉱山のどこかに閉じ込められている、と君が仮定するところの人々、というものは、俺の目の前に実在しているわけではない」

 

 「はあ?」ハツミは片方の眉を上げた。

 

 「だからここに閉じ込められていると君が仮定するところの人々を探すのは、論理的に考えて、困っている人を助ける、ということには含まれない」

 

 「もう、バカロボット!この石頭!」焦れったくなってきたハツミは叫んだ。「とにかく探すの!」

 

 ハツミはあたりを見回した。人を閉じ込めるなら、鍵がかけられる場所だ。だが殺風景な露天掘りの鉱山の巨大な穴に、施錠が出来るほどきちんとした部屋があるとは思えない。

 

 「ねえ、あんた前ここに来たことあるんでしょ?」

 

 「ああ」ガンボットは答えた。

 

 「人を閉じ込めるのに使えそうな場所ってない?」

 

 「ある」ロボットは言った。「穴の中腹あたりに道具入れとして使われていたコンテナがある」

 

 ハツミとガンボットはそこに向かった。ガンボットはひと足飛びで段差を駆け上り、鉱山の穴の中ほどの段に置いてある貨物用コンテナーの前に着いた。ハツミがハアハア言いながららせん状の道を登ってどうにかこうにか追いつくと、ガンボットはコンテナーの前で腕組みをしていた。

 

 「中にミュータントが入っている可能性もあるぞ」

 

 「そのときは銃でぶっ飛ばせばいいじゃない」ハツミは言った。「スキャンできないの?」

 

 「壁が厚すぎる」

 

 ハツミはコンテナーの扉に耳をくっつけて物音を聞き取ろうとしたが、何も聞こえない。扉には頑丈そうな南京錠がかかっている。ガンボットはハツミを下がらせ、拳銃を構えると、南京錠をひねって壊した。

 

 ガチャンと音を立ててコンテナーの扉を開くと、中から鋭い悲鳴がいくつも聞こえた。ガンボットが頭部のライトで照らすと、十人ほどの女たちが中に座り込んで、怯えた表情でこちらを見ている。その多くはまだ若く見えた。

 

 「怖がることはない。俺はロボットだ。君らを攻撃することはない」

 

 ガンボットは拳銃を右手に持ったままそう言ったが、女たちはガンボットの異様な外見にますます怯えたのか、てんでに悲鳴をあげてコンテナーの奥のほうに固まってしまった。

 

 

 そのとき、ハツミは何かに突き動かされるようにして前に進み出た。

 

 

 「みなさん。もう大丈夫です。怪物たちはいなくなりました。もう安全ですよ」

 

 ロボットの傍らに少女が現れたのを見て、女達は叫ぶのをやめて怪訝な表情で互いに顔を見合わせた。

 

 ロボットのライトに照らされた彼女たちの顔を見たハツミは、そのほとんどが、意味が分からないといったようなポカンとした顔をしているのを見て取って、今度はスペイン語で同じことを繰り返した。彼女達はやっと理解したらしく、ハツミのほうにいざり寄りながら、口々にここはどこ、とか、今は何日、あなたたちは誰、とか尋ねはじめた。

 

 「こっちはガンボット。あいつら怪物と戦うロボットです」ハツミは紹介した。「わたしは助手のハツミ」

 

 「助手を雇った覚えはないぞ」ガンボットはハツミのほうを向いて言った。

 

 「いいの。こういうときはめんどくさい説明は意味ないでしょ」

 

 ハツミはそう言いながら自分のデイパックを降ろすと、中からミネラルウォーターや携帯食糧、菓子などを出して女達に配った。よくよく顔を見てみると、ハツミよりちょっと歳上の高校生くらいの少女たちも多い。閉じ込められて二三日が経過しているらしく皆衰弱気味だった。水も食糧もろくに与えられなかったらしい。充分にではないにせよ、ひさしぶりに綺麗な水とちゃんとした食糧にありついたからか、硬い表情が和らいで笑顔を浮かべはじめた。

 

 ガンボットがミュータントたちの死体を調べたり、スピードローダーを回収したりしている間、ハツミは女達の身の上を聞いた。皆メキシコ人で、ノガレスにある女子職業技術学校の生徒たちとその引率の教師たちだった。実習でアメリカ側にある工場施設を見学したあと、バスに乗って学校に帰る途中ミュータントたちの群れに襲われたという。運転手は殺され、あとは皆一人づつ麻袋に入れられてここに放り込まれたのだという。

 

 女達は食事をして少し元気を取り戻した様子だった。それでも年少の少女たちの中には歩く力のない者が二人いたのでガンボットが両腕に抱えると、一同はハツミの先導で坑道の横穴を通り、亀裂を抜けて地下用水路に入ると、メキシコ側に進んでいった。やがて全員が用水路を抜けて貯水池のある場所につくと、何人かが歓声を上げた。

 

 ガンボットは、疲労の激しい者何名かを自分のジープに載せた。残りは、ゆっくりと走るジープの後ろをハツミと一緒に歩きながら市街地に向かった。

 

 やがて一行が市街地に着くと、女教師のひとりが手近にある民家の扉を叩いた。家の戸口に現れた男は事情を聞くと、携帯電話でどこかに電話をかけはじめた。騒ぎを聞いて表に出てきた隣の家の太った中年の主婦が大声で事情を尋ねたが、女たちの返事を聞くと一度家に引っ込んだ。そしてすぐに粗末なテーブルを道路に出してきた。次いでその中年女とその息子らしき少年が、家の中から夕食の残りらしきスープの鍋やパンを持ってきた。

 

 女達は地面に座り、全員が改めてスープを飲んだりパンを食べたりして談笑した。元気のなかった少女たちもようやく回復してきたようだ。

 

 物見高い住民たちが道路に集まってくる。野次馬たちは手に手に携帯電話を持つと、どこかに電話をかけたり写真をとったりし始めた。また、ロボットとハツミの奇妙な二人連れの姿に気づくと、こちらを見ながらしきりに何かを話し合っている。

 

 「最初の男は警察に電話をしていた」ロボットは言った。「彼女らの安全は確保されたと判断していいだろう。警官が来る前に俺は退散したほうがよさそうだ」

 

 「あんたって警官嫌いなの?」ハツミは尋ねた。

 

 「俺は特段嫌ってはいない。大抵は向こうが俺を嫌うんだ」

 

 「今回はあんた文句なしに正義の味方だったのに。勲章か何かもらえるかもよ?」

 

 だがガンボットは明らかにその場を立ち去りたがっていた。ハツミが女達に別れの挨拶をすると彼女達は涙を流して別れを惜しんだ。友情の印にと、自分が身につけていたイヤリングやネックレスをくれる少女たちもいた。また何人かがガンボットのところに来て、それぞれがロボットの頬にキスをした。

 

 「なぜ人間はあんなあいさつをするのだろう?俺は食物ではないのに」ロボットは車に向かいながら顔の側面をさすって尋ねた。

 

 「あんたって恋愛ものの小説とか読んだことないでしょ」ハツミは指摘した。

 

 「そういうジャンルがあるということは知っているさ。だが抽象的な感情を扱う本は俺には難しい」ロボットはジープの運転席に乗り込みながら答えた。

 

 「ハツミ、プランを大幅に変える必要がある」エンジンをかけるとガンボットはハツミのほうを向いた。

 

 「当初の計画では戦闘終了後直ちに鉱山を出てアメリカ側に潜入するはずだった」ガンボットは車をアイドリングさせたまま前を向いて続けた。「だがもう既に最初の銃声から二時間以上がたっている。あれだけ派手な戦闘をした後だからアメリカ側では周辺が警備されていてもおかしくはない。最初の計画通りには帰れない可能性がある」

 

 「うん、わかってる」ハツミは答えた。「でもいいの。わたしが言い出したことだし、誘拐された人たちが助かったことのほうがよっぽど大事だもん」

 

 ガンボットは続けた。「そこでプランAとプランBを考えた。プランAは、メキシコ側に一週間ほど滞在する。アメリカの警察が異常なしと見て警備を通常レベルに戻したときを見計らって潜入する」

 

 「プランBは?」

 

 「プランBはもっと複雑だ。南下してメキシコシティーあたりに行き、ドローンやその他の機材を入手する。それから国境に戻り、壁の向こう側を偵察する。警備の薄い場所を特定し、夜になったら君を抱えて俺が壁を飛び越える」

 

 「かっこいいじゃん。映画みたいだね」

 

 「だが壁の向こうの状況は今現在全くわからない。偵察にはそうとう時間をかける必要があるだろう」

 

 「じゃあプランAでいいよ」ハツミは面倒になってきてあくびをした。

 

 二人は泊まる場所を探すことになった。今いる場所はナコという田舎町で、ホテルなどありそうにもないと当初は思われたが、意外なことに国境のすぐ南側の幹線道路脇に比較的新しいモーテルがあった。

 

 車を止めたガンボットがハツミと一緒に入り口から入ると、亭主が新聞から顔を上げてあいさつをした。国境復旧前はよく旅行者が泊まっていったが、国境が出来てからはぱたっと客が来なくなったらしい。亭主はうれしそうな顔で宿帳を出してきたが、帽子の下のガンボットの顔に気づくと口を開けて固まってしまった。

 

 ハツミが急いで宿帳に二人分の名前を書き、ガンボットがポケットから札を出してチップをはずむと、やっと亭主は笑顔を取り戻し、二人を部屋に案内した。

 

 部屋は、扉にも壁にも粗末なペンキを塗りたくった安い造りだったが、とりあえずベッドだけは大きかった。ハツミは部屋に入るなり靴も脱がずにベッドにドサっと身を投げた。もうくたくただ。

 

 だがハツミはしばらく今日あったことを思い返していた。あの女たちは、もし自分が捜索を主張しなかったらコンテナーの中で命を落としていたかもしれない。ハツミとニ・三歳しか違わない少女も何人かいた。

 

 

 人の命を助けるのに自分が一役買ったということで、ハツミの気分は今までにないほど晴れやかだった。

 

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