ガンボットとハツミは宿をチェックアウトし、ナコの町のピザ店で昼食をとったあとスーパーマーケットを訪れた。昨日女達に配って消費した食糧と水を再び買い揃えるとともに、ハツミが帽子をなくしてしまったのでもう一度買うためだった。
だがナコの町のスーパーマーケットはほとんどコンビニくらいの広さしかなかったので、結局東に二十分ほどドライブしてアグア・プリエタの町まで出ることにした。アグア・プリエタのマーケットもやはり品揃え豊富とはいえなかったが、数軒回ってやっと買い物を終えることができた。
「あの帽子気に入ってたのに。いきなり手袋代わりにさせるから」
車に乗りながらハツミは言った。
「すまなかった」ガンボットは素直に謝った。「今後は同じような状況に備えてこれを持っておけ」
「今の季節に皮手袋?」ハツミはガンボットがコートのポケットから取り出した分厚く大きい皮手袋に目を丸くした。
「作業用だ。特に銃は加熱するから必須だ」
二人が車に乗ると、ガンボットはいったんUターンして町はずれに行ってから左折して国道十七号に出た。スピードを上げて南に向かう。相変わらず天気は良く、窓から直接差してくる日差しが肌にじりじりするほどだった。道の左右は下草がところどころ生い茂っているがその向こうには砂っぽい岩が散らばった丘や山が見られるばかりで、チラホラと散在していた建物も、十七号を走り始めてしばらくすると殆どなくなってしまった。
ハツミはデイパックからサングラスを取り出してかけ、ミネラルウォーターを飲みながら車外の風景を眺めていた。交通は極めて少なく、ごくまれに運送トラックや地元の事業者の車とすれ違うばかりだ。
ハツミにとっては、自分が今さっき生死を左右する一大決心をしたということに現実感が感じられなくなってしまうほどのんびりした牧歌的なドライブだった。
二時間もするとモクテスマの町に着いた。ガンボットはここで一旦車を止めてガソリンを補給し、ガソリンスタンドを出ると車を左折させ十四号線に乗り入れた。少し直進すると、たちまち市街地は切れ、道の左右にはところどころ放牧された馬がうろうろしていた。馬に車を当てないよう注意しながらガンボットは少しスピードを落とし、町の出口を示すコンクリート製のモニュメントの下をくぐると、一気にスピードを上げる。
「だいぶ田舎に来たね」ハツミは言った。
「馬を見たからか?」ガンボットは聞いた。
「うん。馬は好き。やさしそうだから」
「馬に蹴られたり落馬して怪我をする人間の数はアメリカ国内だけで年間十万人ほどいるそうだ。車のほうが安全だ。少なくとも後ろから近づいても攻撃してこない」
「夢を壊す人って嫌い」ハツミは口を尖らせた。
「すまんな。俺はロボットだから夢は見ない」
そこから十分も走ると、車はガソリンスタンドの角を右折した。道は、平らにならされてはいるがアスファルト舗装されていない田舎道に入る。ガンボットはややスピードを落とした。すぐに、ポツポツとスーパーや住宅がある小さな町にたどり着き、ガンボットは車を停めエンジンを切った。
ガンボットは一旦車を降りて近くのスーパーに入り、しばらくすると出てきて、車に乗り込みながら冷たいコーラをハツミに渡した。
「ありがと」ハツミはそう言って受け取ると、プシュッと音を立ててペットボトルの蓋を開け、一口飲んだ。
「ああおいしい」
「なぜ炭酸ガスを混ぜた液体を飲むとうまいと感じるのか?」ガンボットはエンジンを始動させながら尋ねた。
「なぜって、シュワシュワするから」
「炭酸ガスは環境に悪いんじゃなかったのか」
「もういちいちうるさいなあ」ハツミは言った。 「これくらいの量大丈夫だよ」
「わかった。それはそうかもな」ガンボットはあっさり折れると、南の方向を指さして言った。
「グラナドスまであと五キロほどだ。奴らに遭遇するかどうかはわからないが心づもりはしておいてくれ」
「え?そんなにすぐ?」ハツミは驚いた。
「地図の上ではな。だがさっき中で話した店員によるとグラナドスというのは一つの町だけを指すわけではなく、習慣的にその周辺地域一帯をいうのだそうだ」
「そうなんだ」
「ほっとしたか?」
「なにそれ?」
「怖気ついたのかと思ってな」
「なんでそんなことがわかるのよ?」
「脈拍が上がった一方で四肢末端の体温が下がった」
「趣味悪い。ひとの体温なんか見ないでよね」ハツミはロボットを睨んだ。
「そうは言ってもセンサーを切るわけにも行かないだろう。敵を発見しづらくなる」
ガンボットが車のギアを入れ発車させようとしたその時、スーパーの店主が携帯で何かを話しながら店から飛び出してきた。走り込むようにして店の裏手に向かい、やがてボロボロのセダンに乗って通りに出てきた。
「おい、一体何事だ?」ガンボットが車の中から声をかけた。
「ワニ男が出たんだ」店主は南のほうを指差すと叫んだ。「おたくらもすぐ北に逃げたほうがいいぞ」店主はそう言いながらハンドルを切って車を北のほうに向けると凄い勢いで発進させた。
ガンボットとハツミは顔を見合わせた。「行こう」ガンボットは車を発進させると南に向かった。途中、さっきの店主と同じように知らせを受けたのか、道路沿いに散らばるドライブインや民家からバラバラと人が飛び出して来ては、車に乗り込んでいた。
「さっそく連中のお出ましとはツイてるな」ガンボットは気楽な口調で言うと速度を上げ、ハツミたちの乗ったジープは一気に町外れを抜けた。
ハツミには何か現実感を感じられなかった。ジープは左手に畑、右手に山の斜面を望む道路に入った。天気は相変わらず晴天で、標高が上がったせいか空気がすがすがしい。これから自分達がミュータントどもの根城に殴り込みに行くとは到底思えない。
粗く舗装された埃っぽい道路を数分走っていると、ハツミたちは南から向かって来る車とすれ違うようになった。グラナドスの町から避難しようとしているらしく、荷台や屋根に何人も人を載せた車が次から次へと北に向かっている。すれ違いざま、ワゴンの屋根に乗っていた男が大声でこちらに呼びかけ、北に戻るよう合図を送ってきた。だがガンボットは構わずアクセルを踏み込み、乱暴なハンドル捌きでジープを走らせる。やがて避難する町民の車とすれ違うこともなくなり、すぐに次の町が前方に見えてきた。
「グラナドスに着くぞ」ガンボットは言いながら、片手で腰のホルスターからM五〇〇を抜いた。ジープの速度をゆるめると、町の外れにある民家の前に車を停める。ガンボットはエンジンを止めると拳銃を片手に車から降りた。
そこはさっき出てきた町と同じような、建物と建物との間の空いた寂れた田舎町だったが、ハツミの目にはどことなく様子がおかしく見えた。人の気配というものが全く感じられない。だが、それと同時にミュータントの姿も全く見えなかった。まるであらゆる生き物が死に絶えたかのようだ。
「ねえ、あんたのセンサーはどう?奴ら見える?」ハツミは、車から降りるとガンボットに尋ねてみた。ロボットは突っ立ったまま周囲を走査するようにしばらく頭を左右に動かしていたが、やがて答えた。
「この地点からはまったく見えない」
「じゃあ探すしかないね」ハツミは言いながらまた車に乗り込んだ。「行こ?」
だがガンボットは答えずに、一番近くにあった民家に歩いて近づくと、いきなり片足を上げてドアを蹴破った。
「ちょっとあんた何してんの?」ハツミは慌てて声をかけた。
「奴等を探すんだ」ガンボットはそう言うと振り向きもせずに民家の中に入っていった。
「あいつってばほんっとに常識ってもんが無いのよね。普通いきなりひとんちのドア壊す?」ハツミはブツブツ言いながらまた車から降りてガンボットの後を追った。
ガンボットが入っていった民家は二棟続きの大きめの平屋で、おそらくは農家の所有なのか、右側の棟は大きめのガレージになっていて、締め切った両開き式の扉の窓ガラスから覗くと奥には農業機械や農具が収納してあることがわかった。
「ガンボット?」ロボットが入っていったほうの棟に近づいてハツミが壊れたドア越しに呼びかけると、丁度ガンボットが出てきた。
「ここにはいない」ガンボットは言った。「次を探そう」
「もしかすると何かの間違いかもよ?」ハツミは言った。
「その可能性もある」ガンボットは答えた。「だが一帯の捜索を終えるまでは何とも言えないな」
ハツミとガンボットはまたジープに乗り込んだ。ガンボットは、通りの左側にポツポツと立っている小屋をセンサーで走査しながらごくゆっくりと車を走らせた。
「まったく奴らの姿はないな」ガンボットが言った。車はすぐに、東西に走る大通りとの交差点に出た。前方左右には木立が広がり、その先には商店や家並みが並んでいる。
そのとき、ハツミは南のほうから風に乗ってやってきたかすかな匂いに気づいた。生臭い、腐った魚のような嫌な匂い。
「匂いがする」ハツミは顔をしかめながら言った。
「匂いだと?」
「わたしが奴らに誘拐されそうになったとき嗅いだのと同じ匂い」
「奴らの匂いか?」
「わかんない。そんなにはっきしりしてないし、もしかすると別の匂いかも知れないし」
「いや、上出来だ、ハツミ」ガンボットはそう言うと右手の親指を上に突き出し、車を停車させた。ロボットはふたたび車を降り、頭を左右に振りながら周囲をセンサーで走査していた。
「どう?」ハツミも車から降りると声をかけた。
「ハツミ、匂いの元をたどってくれないか」ガンボットはハツミのほうを向いた。
「わたしが?」ハツミはまた顔をしかめた。「わたし警察犬じゃないんですけど」
「俺には嗅覚というものがない。だから君がいてくれると助かる 」
「わかったよもう」ハツミはしぶしぶ同意すると、車のドアを開けた。
「いや、歩いて行こう」ガンボットが声をかける。
「歩いて?」ハツミは声を上げた。見回すと、町は小さいとはいえ、家の数は百軒近くはありそうだ。
「ねえ、あんたってもしかして一軒づつドアを蹴破って奴らを探すつもりだったの?」
「その通りだ」
「冗談やめてよ」ハツミは首を振った。「んなの車使えばいいじゃん」
「それは危険だ」ガンボットは言った。「車両は小回りが利かないし奴らの火の玉で撃たれたらすぐ炎上爆発してしまう。俺は絶対に車に乗ったままでは奴らには近づかない。これは鉄則だ」
「だるいよそんなの」ハツミはうんざりした声を出すと、車に乗り込んで助手席のシートに倒れ込んだ。「絶対ムリ。何時間かかるかわかんないじゃん」
「だがそれ以外に方法はない」
「じゃあもうあんた一人で行って来て。わたしはここで待ってるから」
「だが君が一人でいる時襲撃されたら危険だ。離れ離れになるのは得策ではない」
「もし奴らが来たら大声上げるから」ハツミは答えた。「あんた耳は?」そこまで言ってから彼女はガンボットのほうを向いて言い直した。「ええっと、聴覚センサーは?なんか感度を良くしたりできないの?」
「できる」ガンボットは答えた。「だが奴らと戦闘する際には銃の発砲音に耐えられるように低感度モードにする必要がある」
「じゃあその都度切り換えればいいじゃん」
「奴らを発見し、射撃し、掃討を終えるたびにか」
「そういうこと」
「わかった」ガンボットは少し考えた後そう答えると、町の中心部に向かって歩いていった。
ハツミは頭の後ろで腕を組むとシートにもたれかかった。ミュータントどもとの凄まじい戦いがすぐ間近に迫っていると想像していたのに、何か拍子抜けしたような複雑な気持ちだった。心のどこかで「グランコミュー」との遭遇がまだまだ先になりそうな展開にホッとしている自分がいた。
「あ~あ」大きくあくびをすると、ハツミはガンボットが買ってくれたコーラを飲んだ。コーラはぬるくなり始めている。何か退屈しのぎになるものがないかとデイパックの中を探ってみたが、水と食糧と着替え以外には何も入っていない。遠くから、ガンボットが民家の扉を叩き壊す音がときおり聞こえてくる。だがその音は次第に小さくなり、最後には聞こえなくなってしまった。
ふと右手を見やると、ところどころに潅木が生えた斜面にハナグマの親子が二頭で歩いているのが見えた。親子ともども、鼻をすりつけるようにして木の根元や地面のそこいらを嗅ぎまわっている。
「かわいい」ハツミは微笑んで呟き、しばらくの間助手席の窓に顎を乗せて野生動物をじっと見守っていた。だが、ふと視線を感じて前を見たハツミは心臓が止まりそうになった。
一匹のワニ人間が二十メートルほど前方に立っている。
手には何も持っていなかった。だが、町民が置いていった家畜かペットを平らげたばかりなのか、口の周りにはべっとりと血がついていてしきりに舌なめずりしていた。ハツミを一目見て食用に適すると判断したらしく、ワニ人間は一直線にこちらに向かって来た。