こどものかみさま、かんなさま   作:龍翠

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 校長室にたどり着いて、その扉をノックします。隣の職員室なら生徒も出入りしますが、校長室となると何人が関わることでしょうか。これだけで周囲から好奇の目を向けられているような気がします。いえ、多分気のせいではなく、向けられているのでしょうけど。

 

「どうぞ」

 

 中から声がかかって扉を開けて、入ります。校長先生は柔らかい笑顔を浮かべて私のことを見つめていました。他の学校のことはあまり分かりませんが、ここの校長先生はとてもおおらかな人で接しやすいです。

 

「どうかしたかな、神谷さん」

「あ、いえ。かんな様について相談したいことがありまして」

「ふむ。聞こう」

 

 ソファに座るように促されて、私はそこに座ります。校長先生は小さな缶を持ってきて、私の目の前に置いてくれました。オレンジジュースです。

 

「せっかく来たのだから、飲みなさい。遠慮はいらないよ」

「はい。いただきます」

 

 校長先生に見守られながら封を開けて、一口。うん。美味しい。ただここに来るたびにこのジュースをもらっているような気がします。

 

「それで? かんな様がどうかしたのかな?」

「あ、はい。実はですね……」

 

 校長先生に促されて、私はかんな様とのやり取りを話しました。校長先生は静かに聞いてくれていましたが、両目は大きく見開かれています。それほど驚くことでもあったでしょうか。そう思いながら話し終えると、校長先生はほう、とため息をつきました。

 

「いや、驚いた。かんな様をどこかに連れだそうとするのは君が初めてだ」

「そうなんですか? もっと大勢いるかと……」

「いや、誰も誘いすらしていないよ。おそらくだが、巫女に伝わる決まり事のようなものがあったのかもしれない。君はそういった引き継ぎがなかったからね」

「あー……。なるほど」

 

 不思議に思ってしまいましたが、その理由なら納得です。今までの巫女の方は先輩巫女から色々と教わっていたらしいですが、私の場合は巫女の先輩がすでに卒業していたため、詳しく聞くことができていません。いずれ、先輩が時間を作って教えに来てくれるらしいですが、いつになることやら。

 ただ、そうなると、かんな様を連れ出すのはまずかったでしょうか。私がそう聞くと、校長先生は笑いながら首を振りました。

 

「かんな様が行くと言っているのだから大丈夫だろう。無理矢理連れ出すとなると問題だとは思うがね。ああ、それと、お金だったかな」

 

 ちょっと待っていなさい、と校長先生が奥の棚へと向かいます。その棚は上半分がガラス戸、下半分が木戸になっていました。木戸についている鍵を開けて、校長先生が何かを取り出してこちらへと持ってきます。

 それは小さな金庫でした。少し大きめの店ならどこにでも売っていそうな金庫です。ただ一目見ただけで古いと分かるほどには汚れたり錆びていたりしていますが。

 

「これもそろそろ買いなおさないといけないとは分かっているのだけどね」

 

 校長先生はそう言いながら金庫を開けます。中に入っているものを見て、私は目を丸くしました。

 札束です。紛う事なき札束です。いわゆる百万円のあれです。初めて見ました。それが十束と、あと百枚になっていないのだろう輪ゴムでとめられた束もあります。

 一千万と少し。しかも少しの方も万単位。大金です。

 

「かみさま募金は知っているかな?」

「えっと……。市役所の片隅に置いているやつ、ですよね」

「ああ。それだよ」

 

 この町の市役所は他の市役所と同じ業務をしていますが、一点だけ、他では見られないものがあります。それが一階の片隅に目立たないように置かれている募金箱です。募金箱には何に使うかの説明書きはなく、ただ募金の名称として、『かみさま募金』とだけ書かれています。

 存在を知らなければまず見つけられないだろうその募金箱。ですが、町に住む人は何に使われるか知っています。それは、かんな様のために使われるものです。ただ、誰が回収してどのように使っているか、巫女になった今でも私は知りませんでした。

 

「じゃあ、それが……」

「そう。年に一回、かみさま募金は集計されて、この学校に送られてくる。そのお金はこうしてこの『かみさま金庫』に入れられるわけだ」

 

 言われてふと見てみれば、金庫には小さな紙が貼られていました。かみさま金庫、と確かに書かれています。

 

「このお金は社の修繕や図書室の図書購入に割り振られている。ただ、使うお金よりも入ってくるお金の方が多くてね。気づけばこれだけ貯まっているんだよ」

 

 なるほど、と私は頷きました。かんな様は本しか欲しがらないかみさまなので、使う金額はあまり多くはないのでしょう。かといって貯まりすぎのような気もしますが。毎年いくら入っているのか、少し気になってしまいます。

 

「さて、本題だ」

 

 校長先生が話を切り替えたので、私は姿勢を正しました。どうやら少しわけてもらえるようです。

 

「これでどうだろう?」

 

 そう言って校長先生が取り出したのは、札束でした。……え?

 

「いやいや! 多いですから! そんなに使いませんしそれ以上に持って行くのが怖いですよ!」

「ふむ……。ではこの半分」

「同じです!」

 

 一中学生の身としては、五十万も百万も等しく『大金』です。怖くて持ち歩けません。

 

「ふうむ……。では何万円いるかな?」

「単位がすでにおかしいですが……。えっと、念のため一万円、お願いできますか? お釣りはお返ししますので」

 

 私がそう言うと、校長先生は目を瞠りました。まるで信じられないものを見るかのような目です。それほどおかしなことを言った覚えはないのですが。

 

「たった一万円でいいのか!?」

「そっち!? 十分ですから! 本当に!」

 

 行く場所は本屋です。一万円でも多いほどだと思っています。それなのにこんなに驚かれるなんて……。どんな高い本を想像しているのでしょうか。

 

「まあ、君がそう言うなら任せるとしよう。では持って行きなさい」

 

 そう言って、校長先生が一万円札を差し出してきました。目の前に札束なんてあるせいで感覚がおかしくなりそうですが、それでもやっぱり大金です。私は少し緊張しながらも、それを受け取りました。

 

「ありがとうございます。お釣りはまた返しにきますね」

「いや、必要ない」

「へ?」

「せっかくだからかんな様と美味しいものを食べてくるといい。かんな様も外食など初めてだろうから」

 

 それには思い至りませんでした。確かに、かんな様と一緒にどこかでご飯を食べるのもいいかもしれません。ただ、それを言われるまで思い至らなかった自分が情けなくなってしまいます。私が少し落ち込んでいると、校長先生が笑いました。

 

「年寄りの言葉だからあまり気にしなくていいさ。私が提案しているだけで、かんな様はいらないと言うかもしれない。ともかく、気をつけて行ってきなさい」

 

 そう言う校長先生に背中を押され、私は部屋を後にしました。

 

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