こどものかみさま、かんなさま   作:龍翠

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第一話 巫女のプロローグ
1-1


 都会とは言えないが田舎とも言えない、そんなどこにでもある町にその中学校はあった。公立の中学校なので目立った特徴があまりない学校だが、唯一、他にはない特徴がある。それは体育館の裏にひっそりとあった。

 体育館の裏手はちょっとした林になっている。体育館と同程度の広さの林で、その林には小さな社があった。大きめのロッカー程度の社だが、管理や清掃は行き届いている。

 

 周囲の木々は桜で、入学式でもある今日という日に満開になっていた。

 今現在、社の周囲には誰もいない。雀の鳴き声だけが聞こえてくる静かな空間。

 その静かな空間で。

 

 まだかな。

 

 少女の声が小さく聞こえた。

 

   ・・・・・

 

 中学校の校門の前で、一人の少女が緊張の面持ちで立っていた。服装はこの学校の制服である黒いセーラー服。公立だけあり、他でもよく見かける制服だ。髪は肩までの小さなポニーテールで、活発な印象を受ける。ただし前述のとおり、表情は緊張一色だが。

 時間は早朝。太陽がようやく昇ってきたところだ。別に入学が楽しみで寝られなかったとか、そういった理由ではない。自分はそこまで子供ではないつもりだ。もっとも、これから会う相手にとっては、子供だろうが。

 

 校門はまだ開いていない。だが少女が校門へと歩いて行くと、校門の向こう側に初老の男がいた。にこやかに笑っており、好々爺といった雰囲気だ。少女は思う。校長がこんなに朝早くに何をしているのだろうかと。

 

「無論君を待っていたんだがね?」

 

 少女の考えを察したのか、校長先生は苦笑気味にそう言うと、門を開いてくれた。

 

「かんな様によろしく」

 

 校長先生に頷き、少女は校舎の裏、社のある林へと向かった。

 

 

 

 少女、神谷さつきが家族と共にこの町に引っ越してきたのは一年前、小学六年生の時だ。引っ越しの理由は父親の仕事の転勤によるもの、というありふれたものだった。当然引っ越し前の学校に友人がいたので、少女としてはあまり嬉しい出来事ではなかった。

 引っ越すまでは。

 

 引っ越し前の友人が今のさつきを、自分の足で歩くさつきを見ればきっと驚くことだろう。なぜならさつきはここに引っ越してくるまで、幼い頃の事故の影響で足が動かず、車椅子生活を余儀なくされていたのだから。さつきとしても、当時は本当に信じられなかった。

 さつきが歩けるようになったのは、半年前だ。

 

 さつきが転校した小学校では、来年度に通うことになる中学校への見学の行事があった。さつきももちろんそれに参加した。先輩に車椅子を押してもらい、中学校の校舎を巡るのはなかなか楽しかった。車椅子を押してくれた先輩がとても優しかったのもあるだろう。

 見学会の終了間際に、最後にある場所に案内された。それが校舎の裏の林にある、小さな社だ。引っ越してきたさつきは知らない場所だったが、地元では有名な場所らしい。子供を助けてくれる神様がまつられている、とのことだった。

 

 そして社の前まで訪れた時、さつきは不思議な現象に遭遇した。

 社の前まで来た瞬間、唐突に周囲の音が遠ざかった。突然小さくなる音にさつきは困惑して周囲を見ると、周りの人は身動き一つしなくなっていた。怪奇現象のようなそれにさつきが顔を青ざめさせていると、

 

「こっち」

 

 幼い声がさつきの耳に届いた。声のした方、社を見ると、いつの間にか社の前に少女が一人立っている。さつきよりも少し幼く見える少女で、桃色の着物に肩までの黒い髪が印象的だった。

 

「誰、ですか?」

「かんな」

 

 短い少女の名乗りに、さつきは驚きで目を瞠る。神様と同じ名前だ。目の前の、かんなと名乗った少女は頷いて、

 

「そう。一応、かみさま」

「えっと……。そう、なんですか? それで、神様が私にどういったご用でしょうか?」

 

 未だ半信半疑ながら、この状況で疑っても仕方がない。ただ相手が神様だとしても、何故声をかけられたのかが分からない。

 

「足、動かないの?」

 

 かんなの問いに、さつきは思わず苦笑してしまった。そう言えばこの近辺では車椅子に乗っている子供は見ない。神様にとっては珍しいのかもしれない。

 

「はい。ずっと前の事故が原因で、足が動かなくなったみたいで。私はもう覚えていないんですけどね」

「そう。ここには最近引っ越してきたの?」

 

 話題に連続性がない。神様との会話はこんなものなのだろうか。さつきは戸惑いを覚えながらも頷く。

 

「半年ほど前に」

「そう。巫女って分かる?」

「え? えっと……。お寺とか神社とか、そう言ったところにいる人でしょうか?」

「お寺は違うけど、どっちみちそれじゃない。この町で言うところの巫女」

 

 意味が分からずにさつきが首を傾げると、かんなが説明をしてくれる。

 この町での巫女とは、かんなに仕える者のことを言う。仕えるといっても全ての命令を聞けというわけでもなく、放課後などに自分の話し相手になってほしい、という程度のものらしい。巫女は毎年中学校の新入生から一人選ばれて、そして卒業と共にその役目を終えるそうだ。

 この巫女はこの町では有名で、巫女に選ばれれば町ぐるみで様々な便宜を図ってもらえる、とのことだった。

 

「そんな話、聞いたことありませんけど……」

「町に関係のない人には誰も話題に『できない』。町そのものとの古い契約」

「はあ……」

 

 身近なとこに神秘があるものだな、と漠然と考えていると、かんなが話を続ける。

 

「今、巫女は三年生に一人しかいない」

「え? でも毎年選ぶって……」

「強制じゃない。断られることもある。断られると、新しく選ぶことはできない決まり。みんな、将来のために勉強したいって」

「あー……」

 

 その考えには理解できる。町に便宜を図ってもらえるといっても、さすがに進学や就職の面倒まで見てもらうことはできないだろう。

 

「本題に戻る」

「あ、はい」

 

 さつきが姿勢を正すと、かんなはじっとさつきの目を見つめてきた。

 

「足が治ると、嬉しい?」

「え? それはまあ、嬉しいですけど……」

 

 それは当然だが、本題と何の関係があるのやら。

 

「じゃあ、治してあげる。その代わりに、巫女になってほしい」

「へ? ……ええ!? できるんですか!?」

「これでもかみさまだからね」

 

 得意げに胸を張るかんな。ただその仕草は背伸びをしている子供そのもので、ちょっとかわいいと思ってしまう。

 そう思っていると、すぐにかんなは申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

「本当なら、こんな交換条件は出したくない。無条件で治してあげたい。でも、また巫女を断られると、私はひとりぼっちになる。それはちょっと、いやだ。寂しい」

 

 話を聞けば、神様であるかんなを見ることができるのは、巫女だけらしい。今のように巫女でない人にも姿を見せることはできるらしいが、そのためには神力という神様の力を蓄えないといけないそうだ。他にも使うことがある力なので、このためだけに使うわけにはいかないらしい。

 

「今、貴方とお話して、足を治したら、神力を使い果たす。またしばらく貯めないといけない」

「大事な力じゃないですか……。いいんですか?」

「いい。元々貴方の足は治そうと思ってたし。だから、まあ、断ってくれても、いいよ? それでも足は治してあげる」

 

 つまりは足を治してあげるから巫女になってほしいけど、断ってもいい、ということか。

 

「かんな様、ずるいですよ……」

 

 さつきがそう言えば、かんなは不思議そうに首を傾げた。

 

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