こどものかみさま、かんなさま   作:龍翠

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幕間
むかしばなし


 蛇のような姿に手足があり、角があります。まさに異形の姿です。娘の目の前に現れたのは、そんな異形でした。娘は知りませんでしたが、それは龍と呼ばれる姿です。

 異形は娘を興味深そうに見ています。どうやら新しいおもちゃのようです。

 おもちゃは、壊すべき。

 娘が手を伸ばします。異形はそれを見ながら、口を開きました。

 

「いつまで狂ったふりをしているんだい?」

 

 ぴたりと。娘が動きを止めました。

 

「ここまでやったんだ。呪いの元になってる激情は結構治まっているだろう?」

 

 娘の笑顔にひびが入りました。けれど、笑顔そのものはなくなりません。それはもう、彼女の顔になっています。異形はそれを悲しげな瞳で眺め、やがて首を動かしました。森の奥、社のある方へと向けます。

 

「僕はあの社にいるから、落ち着いたら来るといい。今後について話そう」

 

 そう言って、異形は社の方へと飛んでいってしまいました。

 ここまできて、ようやく娘もあの異形が何なのか、理解しました。きっとあの異形こそがこの地の神様なのでしょう。村を見守り続け、そして見捨てた神。見捨てた直後に滅んでしまったことをどう思っているのでしょうか。

 滅ぼした娘を、どう思っているのでしょうか。

 娘はそこまで考えて、まあいいか、と思考を放棄しました。足取り軽く、社へと向かいます。

 

 異形が言っていたように、娘の中で燃え上がっていた激情はすでに治まっています。ですがそれは、一時的なものに過ぎないことは自分でよく分かっています。何かがあれば、また激情に火をともされれば、すぐに娘は狂うでしょう。

 社にたどり着きました。そこは赤いままです。娘と熊の死体が今も転がっています。それを、あの異形は社の上空から冷めた瞳で見つめていました。

 異形はすぐに娘に気が付きました。優しげに目を細め、言います。

 

「何となく、事情は察したよ。ひどいことをするものだ。君が怒るのも当然だね」

 

 異形が同情の視線を向けてきます。ですがそれは、娘にとっては不愉快なだけです。娘が異形を睨み付けると、どこか残念そうにため息をつきました。

 

「とりあえず片付けだね」

 

 異形が手を軽く振ると、なんと真っ赤に染めていた血が綺麗さっぱりなくなってしまいました。後に残されたのは二つの死体です。異形がもう一度手を振ると、熊の死体がどこかへと消えてしまいました。そしてまた、手をもう一度振ります。すると娘の死体は空中に浮いて、ゆっくりと社の中へと吸い込まれていきました。他と同じように消さなかったことに疑問を覚えますが、まあ、どうでもいいです。

 

「さて、片付けも終わったし、話をしよう」

 

 異形がそう優しく語りかけ、そして、

 

「やってくれたね、小娘」

 

 唐突に。声が低くなりました。その言葉に込められたのは明確な敵意。ですがその濃密な敵意すら、娘の心を揺れ動かすのには不十分でした。

 

「あの村に住む男……君の父親だったか。そいつが僕との古い約束を反故にした。だから罰で十年ほどここを離れようと思ったら、まさか数年で滅びるとは思わなかったよ」

 

 異形は敵意を抑えると、疲れたようなため息をつきました。そしてまた、優しげな瞳で娘を見ます。

 

「君は村を滅ぼした。けれど、それを責めるつもりはない。それだけのことを彼らはしたのだから」

 

 だけどね。

 

「子供たちまで殺す必要はなかったんじゃないか?」

 

 それを聞いた娘は、異形からそっと目を逸らしました。

 自分でも分かっていたことです。ほとんど正気でなかったとはいえ、子供まで殺してしまう必要はなかったでしょう。子供たちは自分たちの知らないところで、全て終わっていたのですから。

 

「本来なら君も輪廻を巡ることになるはずだった」

 

 異形が続けます。

 

「けれど、君はやり過ぎてしまった。君の魂はひどく汚れてしまっている。君を送り出すことはできない。君はここで、消えてしまわないといけない」

 

 ふわりと、異形が浮かび上がりました。ゆっくりと娘の目の前に来ます。

 

「僕はそれをしたくない」

 

 異形の言葉に、娘は小さく首を傾げました。てっきりこのまま消えるのかと思ったのですが。

 

「君は確かにやり過ぎたけれど、原因を作ったのは村であり、そして僕でもある。それなのに、君だけを罰するなんて不公平だ。そう思わないかい?」

 

 どうでもいい、というのが娘の本音ですが、とりあえず異形の言葉を待ちます。

 

「だから、君に選択肢を与えよう」

 

 このまま何もせずに消滅を受け入れるか。

 眷属となり、この地を守り続けることで汚れを落としていくか。

 それが、娘に与えられた選択肢でした。娘としては消えてしまおうかとも思っていたのですが、どうしても、思い出してしまいます。

 自分が殺してしまった、おともだちのことを。

 

「何をやらないといけないの?」

 

 娘がようやく口を開きました。異形が少しだけ笑みを浮かべます。

 

「うん。別に何もしなくていい。僕はちょっと用事でここを離れないといけないから、その期間、この場所からこの地を見守るだけでいい。時折人間が来るかもしれない。もしかしたらまた誰かが住むかもしれない。だけど、手助けする必要はない。君のしたいようにすればいいさ。ただし、これ以上誰かを殺すのは、なしだよ」

「分かった。期間は?」

「はっきりとは分からないけれど、数百年か千年か。まあ、そのうち戻るさ」

 

 それじゃあ、と異形が手を振ります。すると娘は自分の中で何かが変わったことに気が付きました。何が、かは分かりません。未だ暗い激情は心の奥底で燻っています。燃料があればすぐにでも燃え上がるそれは、そのまま。けれど、何かが娘の中で変わりました。

 

「とりあえず君はその笑顔をひっこめようか。その笑顔が出ているだけで、呪いを振りまいてる。ほら、ひっこめて」

「む……」

 

 自然とこうなっているので分からないというのが本音ですが、とりあえずやってみます。しばらく頑張っていると、異形がかすかに笑いました。

 

「隠せたけど完全な無表情だね。それはそれで怖いけど、まあやむを得ない、かな」

 

 あとは、と異形が続けます。

 

「一ヶ月ほど時間は作れるから、その間に君に与えた神力の使い方を教えよう。あとは、そう、新しい神の眷属として、名前がいるね」

 

 名前なんて娘にとってはどうでもいいのですが、異形としてはそうはいかないようです。異形はしばらく考え続け、そしてよしと手を叩きました。

 

「君に新たな名を与えよう。神の一柱である僕の眷属となる君に。僕は今からここを去る。この土地から僕という神はいなくなり、僕の眷属となる君が守ることになる。神のいなくなる土地の神もどき。故に、君に与える名は」

 

 ――神無(かんな)だ。

 

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