こどものかみさま、かんなさま   作:龍翠

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「探しに行くって……。かんな様がですか!?」

「他に誰がいると?」

「私がいます! いえそうじゃなくて、探さないといけないんですか?」

 

 私の足を治してくれた時のように、神様の不思議な力でぱっと目の前に出てくる、といったものを想像していたのですが、かんな様は眉尻を下げて肩をすくめました。

 

「私も無制限に奇跡を起こせるわけじゃない。何かをしようと思えば、神力が必要になる。みんながお祈りしてくれたら少しずつたまっていくけど、無駄遣いはできない」

 

 いつ何があるか分からないし、と私の足を見てきます。確か、この足を治してもらうのにとても多くの神力が必要だったとは聞きました。

 

「あー……。なるほど……」

「ん。まあそういうことだから。自分の足で探す」

 

 かんな様がそう言うと、また歩き出します。私も少しでも協力するために、かんな様についていきます。

 

「普通なら、もう少し自由がきくんだけど」

「普通、ですか?」

「ん……。まあ、こっちの話」

 

 その後かんな様は何もお話にならなかったので、私も大人しくかんな様についていきました。

 

 

 

 かんな様と一緒に訪れた場所は、この町の商店街です。この町にあるスーパーはここから少し距離があるため、今のご時世にしては珍しくそれなりに活気のある商店街です。

 

「かんな様……」

 

 かんな様に声をかけようとしたところで、私はすぐに口を閉じました。かんな様が人差し指を唇に当てています。話しかけるな、ということです。

 かんな様が何かしらに集中している、というわけではなく、私のためだと聞いています。私もいつものように話そうとしてしまいますが、かんな様が見えているのは私一人だけです。つまりは独り言をぶつぶつ言い続ける姿だけが見られるわけですね。どう考えても不審人物です。

 他人のいる場所でかんな様に話しかける時は、できるだけ口を動かさず、小さな声で、と言われています。

 

「かんな様、どうやって探すんですか?」

 

 それらのことに気をつけながら聞くと、かんな様が教えてくれます。

 

「大事にされている物は、それだけ想いが込められることになる。特別な思い入れのあるものならなおさら。そういった物は、何となくだけど場所が分かる」

 

 逆に言えば、大して思い入れのない物は見つけるのが困難なのだそうです。もっとも、そういうものをわざわざ探してやろうとも思わないそうですが。

 

「でも、他の人も大事にしている物があると思いますけど」

 

 所有している人によって区別ができるのでしょうか。そう思っていると、かんな様はよく気づいたと言いたげに頬を少しだけ緩めました。

 

「正直に言えば、区別なんてできない」

「え」

「だから、動いていない物を一つずつ見に行く。ほとんどが、それで見つかる。それでだめなら、動いている物。それでももし見つからなければ、場所を変える」

「なるほど……。この商店街を選んだ理由は何でしょう?」

「昨日の彼女の行動から、ここが一番可能性が高いと推測しただけ」

 

 場合によっては時間がかかりそうです。その時は家に電話しないと、と考えながら、私はかんな様の背中を追いました。

 

 

 

「あ、お母さん? うん。今日はちょっと遅くなりそうで……。うん。ごめんね。ありがとう」

 

 結果を言えば、時間がかかりそう、です。かんな様に待ってもらって、私はお母さんに電話をしました。遅くなることを告げると心配されますが、かんな様が一緒だと伝えるとすぐに安心してくれます。それはそれでどうかと思わなくもないですが。

 今現在、夜の六時。私とかんな様は十階建てのマンションの前にいます。商店街の次に訪れたのがこのマンションです。このマンションに明日香は住んでいるそうです。

 

「知らなかったの?」

「遊びに来てもらうことはあっても、遊びに行くことはなかったんです。足が治った後も、気を遣ってくれていたみたいで」

「なるほど」

 

 私としては、歩く練習も兼ねて遊びに行きたいとずっと思っていましたし、実際に言ったこともあります。ですが明日香含めて友達みんなに同じことを言われました。一人で帰らせると途中で何かあったりしないか不安だ、と。それを言われて妙に納得してしまいました。

 

「ところでさつき」

「はい。何でしょう」

「多分、ちょっと大変。だから帰った方がいい」

 

 かんな様の言葉に首を傾げます。何度か、時間がかかりそうだから帰った方がいい、とは言われています。もちろんその度に断っています。ですが今回は、大変そう、でした。もしかして見つかったのかとかんな様の視線の先を見ると、マンションの入口の前に猫がいました。白い猫です。首輪をしているので飼い猫でしょうか。その猫が、前足でキーホルダーをつついていました。

 

「なんだ、もう見つかったんですね。ちょっと返してもらってきます」

 

 そう言いながら、私は猫へと歩いて行きます。

 猫は私に気が付くと、キーホルダーをくわえてあっという間に走り去ってしまいました。

 

「…………」

「…………」

「だから大変そうだと言った」

「ごめんなさい……」

 

 道理で明日香が見つけられないはずです。明日香も、まさか猫が持ち歩いているとは思っていなかったでしょう。

 

「でも飼い猫なら大丈夫じゃないですか? 住んでいる場所に持ち帰った後に、飼い主さんに事情を話して返してもらえば……」

「どこの猫か分からない。家まで持ち帰るか分からない。例えばどこかに隠すかもしれない。今日中に帰るかも分からない」

「うわあ……」

 

 問題が山積みでした。なるほど、確かに大変そうです。猫を見つけて取り返すのが一番手っ取り早いでしょうか。どうやらかんな様もそのつもりのようです。

 

「一度見たから、キーホルダーの場所は分かる。だから見つけるのは簡単」

「じゃあ、あとは追いかけるだけですね!」

 

 探す必要がなくなったのなら意外と早く終わりそうです。私がにこやかにそう言ってみると、しかしかんな様は難しい顔をしていました。

 そして、私とかんな様、猫による追いかけっこが始まりました。

 

   ・・・・・

 

 マンションの隣には小さな公園が併設されている。その公園のいすで、さつきはぐったりと横になって眠っていた。周囲はもう夜の闇の中だ。時間は夜の九時前だろう。かんなは、先ほどまで走り回っていた自分の巫女の頭を優しく撫でながら、小さくため息をついた。

 結局、今の今まで猫を捕まえられずにいる。さつきはずっと走り回っていたのだが、終始猫に遊ばれているような有様だった。事実、猫にとっては遊びだったのだろう。今もその猫は少し離れた場所で、こちらの様子を窺っている。まるで、もう終わりなのかと言いたげに。

 

 さつきががんばってくれるようだったので任せていたのだが、やはり自分でやるべきだろう。かんなはやれやれと首を振りながら立ち上がる。別にさつきに落胆や失望などしていない。むしろ自分の代わりにと頑張ってくれるさつきを好ましく思っている。

 だからこそ、自分でやればすぐに終わるはずだったことに労力を使わせたことに、罪悪感を覚えているのだが。

 

 何も気にしなくていいのなら、さつきの目の前で捕まえても良かった。だがさつきは自分を神様だと慕ってくれている。そのさつきには、見せたくないものだった。

 ゆらりと、かんなは猫を見据える。見えなくても何かを感じたのだろう、猫の体がびくりと震えた。

 

「聞こえてる?」

 

 かんなが口を開く。

 

「聞こえてなくても、いい」

 

 仮面を破る。無表情という名の仮面を脱ぎ捨て、そうして表に出てくるのは、笑顔だ。

 神格を得る前の、表情。神となる前の、笑顔。

 人間に絶望し、世界を恨み、滅べと呪いを振りまいた、悪霊としての笑顔だ。

 人を憎む笑顔は凄絶に歪んでいる。姿の見えない身でありながら、周囲の誰もがこの場から逃げ出すだろうほどに濃密な悪意がまき散らされる。

 

「……っ!」

 

 今現在、それを唯一向けられている猫は、恐怖からか完全に凍り付いていた。ゆらゆらと、かんなが猫へと向かう。猫は一目散に逃げだそうとして、

 

「動くな」

 

 かんなの短い声に、その動きを止めた。

 

「それを、返せ」

 

 かんながキーホルダーへと手を伸ばし、それを掴む。それを回収して猫から気が逸れると、今度こそ猫は全力で逃げ出していった。

 

「あは」

 

 その猫を横目で見ながら、かんなは笑顔を深めた。哄笑を上げそうになり、すぐに止める。かつてを思い出し、荒み始めた自分の心を落ち着かせるために深呼吸。最近の生活を思い出していく。巫女との生活を。

 心が落ち着いてきたところで、かんなは笑顔を隠した。無表情の仮面でもって心を覆い尽くす。誰にも、特に巫女となったさつきには見せられないものだ。

 

 かんなはさつきの隣に腰掛けると、よいしょ、と小さな声を上げてさつきの頭を自分の膝の上にのせた。無表情のまま、その頭を撫でる。かわいい自分の巫女だ。大切にしなければならない。

 ふと、思う。さつきは最近の巫女の中では最もかんなを第一に考えている。そのさつきが、かんなのことを知れば、どう思うのだろうか。もしかすると、さつきなら受け入れてくれるかもしれない。

 だがいくら考えても想像などできるはずもなく。かんなはわずかに目を細めた。

 

 神のいなくなった土地の神もどき。故に神無(かんな)。彼女は自身の巫女を撫でながら、あり得ない仮定の光景を夢想する。

 

   ・・・・・

 

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