知らないことなどないという状況は、本質的にはあり得ない。つまりそれは「知らないこと」を知らないという状況そのものが存在し得ないからだ。
だから、完璧な人間など存在し得ない。
だから、完璧な人外も存在し得ない。
自分自身を完璧だと
……そんなふうに知ったような言葉を吐いているのも、だから僕自身
あまりこんなありふれた、それっぽいだけの薄っぺらい言葉を紡ぐのは好みではないから、この際結論から先に述べてしまうと。
わずかな油断が命取り。
不安という感情が、いつでも人を救っているように。
安心という感情は、いつでも人を殺してきた。
「……だから、なのかねぇ。こうして今、僕がきみたち二人に
「うーん……リーダー! ああ言ってるけど、どう思う?」
「
「だってさ!」
あいも変わらず人好きのする笑みを浮かべているアスナちゃんは、からっとした声色でそう言った。本来ならば、彼女とも仲良くなれそうなんだがね。
……しかし、流石は最強集団C&Cと言うべきか。手も足も出ない──というわけでもないけれど、しかし
なんだかここまで随分と話がこじれてしまったから、もう一度僕たちチームレジスタンスの目標を再確認しておくと、要するにユズちゃんが『鏡』をこっそり奪還することさえ達成できれば、あとは野となれ山となれ……が、
今は違う。予定はとっくに崩壊した。
だって僕たちは、
……だから、根本の目的だけは未だすり替わっていない。すり替わってしまったのは、
ユズちゃんが『鏡』を取り返すまで、僕が何とかネルちゃんを足止めする。そういう心づもりでいたし、実際先ほどまではそれで良かったのだけれど。
ここでもやはり問題になるのは、何故か分裂してこの場に現れたアスナちゃんの存在だ。ネルちゃんの相手だけでも
「つーかそもそも、ネルちゃんだけでも相手取るにゃあしんどいっつーの……」
現時点での、僕の目標。
その一──アスナちゃんの無力化。
その二──ネルちゃんの足止め。
その三──生存。
そこまでほとんど一瞬で考えた僕は、だから不意打ち気味にリミッター解除のスキル「
「敵前でのんびり考え事って、あたしらをナメすぎじゃねぇか?」
「──……ッ!?」
いつの間にか僕の眼前で
直後、僕は「
「遅すぎんだよ!!」
「ッ──ぐはっ……!」
気付けば、僕の土手っ腹にはネルちゃんの回し蹴りがぶち込まれていた。……
直後、息を吐く間もなく殺到する銃弾の雨! 息も絶え絶え(つーか呼吸できない)の僕は必死で身体をむりやり捻って、間一髪でそれらを回避し──
「……おいおい、こんな
「こんなもんじゃ人は死なねぇよ。ただ半殺し──半死半生になるだけだ」
「そうかよ……だったら──」
いくらでもやりようはある。
そう言って僕はやはり、「
何のことはない。
ただ、ここでもやはり──アスナちゃんに
「残念っ!」
「──いい加減、教えてくれないかな? きみが一体全体どういう理屈で僕の行動を読み切り防いでいるのか。そして
「アスナ、教えてやれ。その方が諦めも付くだろ」
「んー……教えてやれって言われてもなぁ。だって色々と分かるの──
「……は?」
僕はそこで、言葉を失った。
そんなはずはない。だって、
そう。何らかの理由があるはずなのだ。
僕が追い詰められている理由が、
「スキル、
……今度こそ。
本当に、言葉を失った。
おかしいだろう、それは。
確かに強者というのは、往々にして
だって、そうだろう。
それならどうしてアスナちゃんは、僕の行動全てを読み切り、先回ることが出来ているというのか。
「えっとね、私ってそういうの
「……それなら、その
「私は同音異義使い──
「な? だから言ったろ、理由なんてないんだって──あたしらC&Cは
サディズム全開といった感じで、ネルちゃんは口の端を
……思えば、とんだ思い違いだった。
そりゃあそうだ、強さに理由はない。弱さに理由がないのと同様に。僕は理由もなく強いやつとか、理由もなく弱いやつのことも知っていただろうに。
今となっては、全てが過去のことだし。
今となっては、全てが失われた記憶だ。
あらゆる経験を失ったまま、それを必死に取り返そうとしてこなかったツケが、今の僕を苦しめている元凶だろう。アスナちゃんとネルちゃんの攻撃を必死で捌いているけれど、それだって所詮は付け焼き刃だった。
「だからって、ここまでの仕打ちを受ける
二人の手足が、放たれる銃弾が、周囲にある全てが、僕を目掛けて殺到する。アスナちゃんが放った銃弾を捌けば、ネルちゃんの近接攻撃を防ぐことができない。必死でそれを振り払っても回避され、直後にアスナちゃんの足払い。
僕は足払いによってバランスを崩した。
ネルちゃんの持つ二丁のSMGが襲いかかる。
僕はそれをまともにくらい、一瞬怯んだ。
アスナちゃんのARがどこからともなく放たれる。
軌道操作のスキル「
直後、僕の首に鎖が掛けられる。
ぐいっと引っ張られた。
気付けばそこにはネルちゃんの膝。
一瞬の間に少なくとも二桁の打撃。
数瞬の間に少なくとも三桁の銃撃。
身体の制御を取り戻すより先に訪れる激痛。
息も絶え絶えに「
眼前には既にネルちゃんが飛んできている。
恐らくは先読みしたアスナちゃんが投げたのだろう。
即座に反撃のスキル「
ネルちゃんは予想に反し、僕の襟首を掴む。
僕の反撃は空振り、逆に壁へと叩きつけられる。
勢いそのままに頑丈な壁をぶち抜く僕の身体。
頭痛を堪えつつ「
都合百丁のSGをぶっ放し、ネルちゃんに命中。
効果は微小。ほんの少し動きを鈍らせただけ。
瞬きするよりも早く拳と銃弾がぶち込まれる。
退避しようとしたが、どうせまた阻まれるだろう。
どこからともなく現れるアスナちゃん。
再び「同音異義」を使ったらしく、その数は二人。
ただでさえ手数で負けているが、より悪化したね。
それを見た僕は気合いで「
軽く触れただけで吹き飛ばすスキルは絶好調だった。
ここに戻ってくるまで、軽く二桁秒はかかるだろう。
僕はそう考え、ようやく一息ついた。
「……はぁ。自分から言い出しといてアレだが、とんだ貧乏くじだぜ、まったくよ」
ホシノちゃんに一度ボコられていなければ、鳩尾に膝蹴りを喰らった時点でダウンしていただろうぜ。散々やられておいて礼を言うってのもなんか嫌な話だが、しかし事実なわけだし。
……あー、頭痛は普段よりマシってとこだろうか。となるとC&C連中、世界設定的にはここまでスキルを使っても勝てるかどうかっつー相手なんだろうね。
あまりこう、暴力的な争いは好みじゃねーんだがよ。何のために言葉があるんだって話だし、そもそも無闇に痛いのは嫌いなんだよねぇ。
ああ痛い痛い。ひっそり痛覚軽減のスキル「
「で、
「いつの間にもクソもねぇよ。あたしが
「……一応聞くけど、それがきみのスキルに関係していたりはするのかな?」
「
ふぅむ、なるほど。
アスナちゃんの
あれ、
分かれたから、分かれた。
それと同じようなことなのだろう。
つまり。『
C&Cが一応はメイドであることを考慮すれば、この程度の言葉遊びには気が付くべきだったかもしれないね。
アカネちゃんは閉鎖空間において最強だ。
カリンちゃんは屋外戦闘において最強だ。
アスナちゃんは──発想力において最強なのかな?
いやまあ、こんなものは僕の主観であって……僕の主観でしかなくて、一切の確証もない独自の解釈でしかないわけだけれど。
なるほど、確かに最強集団と呼ぶに相応しい。
〈
〈
〈
そして未知数、美甘ネル──僕は今、そんな連中のうち番号が高位である二人を相手取っていたわけだけれど。
いやはや、参ったね。
勝ちの目なんて、
「……一応聞いておきたいんだけど。美甘ネルちゃん、きみは
「
そうか。それなら、納得だ。
そんな言葉を吐く間もなく、僕の身体に何百発、何千発もの銃弾が撃ち込まれ。
僕、
完膚なきまでに叩きのめされ、敗北した。
──ミレニアム自治区、某所。
人外が人間に打倒される瞬間を目撃していた者が……予測していた者が、ただ二人だけ、存在していた。
「
「うん、承った。部長も、無理はしないでね」
「もちろんです。私を誰だと思っているんですか……ふふっ、冗談ですよ。無理はしませんから、そんな顔をしないでください」
「しかし、スキルではなく
「皆さん、色々と策を練っていたようですが──しかしミレニアムが誇る頭脳を持つ私からしてみれば、まだまだ拙いと言わざるを得ませんね」
「とはいえ、それも無理はないことです。私の前ではどんな難問だって全席指定ですからね。正々堂々手段を選ばず、真っ向から不意打ってご覧に入れましょう──」
その異名を冠する者は、ミレニアム史上たったの三人。そのうちの一人である、新雪のような純白さをその身に纏った少女は、やはりこんな状況でも極めて不遜に啖呵を切り。
そしてあくまで余裕たっぷりに、笑みをたたえてこう言った。
その名を、
ミレニアム最高の頭脳が、ついに表立つ。
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