リミィ・コマリスキーは強者を求める   作:葵莢

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原作六巻部分
21.エステルの加入と私の素行


 

 

「──あなたが新任の士官ですね。ようこそ帝国軍第七部隊へ」

 

 

 ──季節は冬。新たな年を迎えた一月五日。

 

 少女、エステル・クレール少尉は、やや緊張した面持ちで目の前の人物と対面していた。

 

 ここは七紅府最上階、テラコマリ・ガンデスブラッド閣下専用の執務室である。

 

 つい先日軍学校を卒業し、新任士官として念願の第七部隊へと配属されることになったエステルを出迎えたのは、エステルが憧れてやまぬコマリン閣下──ではなく、その腹心のメイドさんだった。

 

 青い髪に、涼やかな翠色の瞳。

 

 その佇まいからしてとてもクールな印象を受ける綺麗な女性だ。

 

 

「そんなところに立ち尽くしてどうしたのですか? どうぞお入りください」

 

「し、失礼いたしました!」

 

 

 促され、エステルは慌てて入室する。

 

 そうしてメイドさんのすぐ前まで歩み出ると、エステルはその場でビシッと敬礼しながら辿々しくも自己紹介を始めた。

 

 

「わ、私は……! 私は本日付けで第七部隊に着任いたしました、エステル・クレールと申しますっ! 階級は少尉ですっ! 不束者ではありますが、ご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたしますっ……!」

 

 

 そんな口上を述べながら、エステルはこっそりと部屋の中を見回す。

 

 ──ここが憧れのコマリン閣下の執務室……。

 

 エステルにとってはこの部屋の中、目に映るものすべてが興味の対象だった。

 

 壁にかけられた地図、戦術書や魔法書が整然と並べられた本棚、ムルナイト帝国の国旗に、緊急連絡用の通信用鉱石。さらには豪奢なソファと、その横に転がった血まみれの死体。……え? ……死体?

 

 

「私は第七部隊特別中尉のヴィルヘイズと申します。テラコマリ・ガンデスブラッド七紅天大将軍の右腕にして参謀にしてパートナーにして将来を誓い合った伴侶でもあります」

 

「あの……」

 

「コマリ様は席を外しているので私から仕事内容についてご説明いたしましょう」

 

「……あのっ! そこで……誰か死んでいるように見えるのですが……!?」

 

「? ──ああ、ヨハン・ヘルダース中尉ですね。みんなで寄って(たか)って殺しました」

 

「寄って集って殺したんですか!?」

 

 

 思わず耳を疑うエステル。

 

 そんなエステルにヴィルヘイズは一つ溜息をこぼしながら説明する。

 

 

「ことの発端はコマリ様なのです。コマリ様がそこの金髪男に食べかけの饅頭を差し出したのですよ。『お前もこれ食べるか?』──って。許せないと思いませんか?」

 

「事情がよくわかりませんが……」

 

「リンチが始まるのは自明の理です。激怒した吸血鬼たちが彼を血祭りにあげました」

 

「──で、そうやって勝ち取ったのがこの饅頭というわけだ……(もぐもぐ)」

 

「ひゃあっ……!?」

 

 

 突然背後から謎の声がして、エステルは咄嗟に振り返った。

 

 するとそこには、ドア横の壁にもたれかかりながら饅頭を頬張る、男装の少女の姿があった。

 

 第七部隊の隊員であることを示す赤い軍服の上に、幹部クラスの者のみが纏うことを許された外套(マント付き)を羽織る少女。

 

 後ろで一つに括られた髪はヴィルヘイズよりもさらに深い青色で、瞳の色は輝くような金。

 

 その端正な顔立ちにはどこかで見覚えがあるような気がしたが──と、そんなことよりも。

 

 

「あ、あの、失礼ですがあなたはいったい……」

 

「私の名はリミィ・コマリスキー……(もぐもぐ)……。第七部隊幹部の一人だ……(もぐもぐ)……」

 

 

 と、饅頭をもっきゅもっきゅと咀嚼しつつ、くぐもった声でそんな自己紹介を述べる少女。

 

 やがて口いっぱいに頬張った饅頭を飲み込み終えると、リミィと名乗った少女は改めてエステルに向き直った。

 

 

「……ふむ」

 

 

 そして自身の顎に手をやりながら、リミィはじっとエステルの頭のてっぺんから足の爪先まで、余すところなくその肢体を凝視してくる。

 

 

「え、えっと……どうかなさいましたか……?」

 

「お前、良いカラダしているな」

 

「へっ!?」

 

「重心の安定性もさることながら何より均整の取れた良い肉付きだ……素晴らしい……」

 

 

 感心したように呟きながら、リミィは一歩、また一歩とエステルとの距離を詰めてくる。

 

 見た目だけなら男装の麗人と評しても全く問題ないぐらいには整っているリミィである。

 

 エステルとしてもその言動に少々奇異なものは感じつつもついついドキドキと鼓動を早めてしまうのだった。

 

 

「少し触ってみてもいいか?」

 

(さわ)っ!? え……!?」

 

「心配ない、すぐに終わらせる」

 

 

 ──終わらせる!? 終わらせるってなに!?

 

 も、もしかしてこの人、所謂(いわゆる)“そっち”系の人なの……!? でもこんな綺麗な人になら──っていやいや、何考えてるの私……!

 

 自らの貞操の危機を感じながら、胸中で激しく葛藤するエステル。

 

 そんな様子を見かねてか、ヴィルヘイズが呆れた声でリミィを(たしな)めた。

 

 

「いきなり何を言い出しているのですかコマリスキー中尉。同僚に対するセクハラだなんてこの世で最も恥ずべき最低な行為ですよ」

 

「上司に対してのセクハラも充分恥ずべき行為だと思うのですが……というか、これは別にそういう意味ではありませんよ。私はただ、彼女の詳しい筋肉の質感をですね──」

 

「筋肉……?」

 

「うむ。筋肉というのはただ量を身につければいいものではないからな。重要なのは質だ。貴官はその質においてかなりのポテンシャルを感じたのだが……なにか格闘技や武術の経験は?」

 

「え、えっと、軍学校で近接格闘術の訓練なら……」

 

「それだけか? ふむ、それにしてはかなり……ならばこれは天性のものか。姉さん並みの逸材だな」

 

「姉さん……?」

 

「彼女は最近七紅天になった青いの──ミリセント・ブルーナイト将軍の実の妹です。これでもうちの隊のトップエースですよ」

 

「っ……!」

 

 

 ──そうだ、思い出した。

 

 どこかで見たことがあると思ったら、新聞で見たミリセント・ブルーナイト将軍と顔立ちが瓜ふたつなのだ。

 

 それにリミィ・コマリスキー中尉といえば、たしか去年の夏、七紅天闘争の際にデルピュネー将軍の率いる第四部隊の精鋭百名をたった一人で壊滅させ、その後にデルピュネー将軍とも互角の戦いを繰り広げたことでも知られる、第七部隊の中ではコマリン閣下の次に有名な人物である。

 

 たしか最後はデルピュネー将軍の精神魔法(?)を受けたとかで惜しくも敗れていたが、あの戦いぶりは本当に凄まじかった。

 

 観戦用の遠視魔法に映し出されていた映像はどれも遠巻きなものばかりで、新聞にも顔写真は載ったことがなく、その顔をハッキリと見たのはこれが初めてなのだが、まさかそんな彼女が現役七紅天の実の妹だったなんて……。

 

 決して少なくはない衝撃を受け、エステルは思わず固まる。

 

 

「つい先程起きた“饅頭騒動”でも、ヘルダース中尉に渡らなかった饅頭を巡り第七部隊総員五百名による血みどろの殺し合いが勃発したのですが、このコマリスキー中尉が参戦を表明した途端にピタリと止まりましてね。隊の全員が即座に平伏しながら何の抵抗も見せず饅頭を明け渡しました」

 

「ぜ、全員がですか!?」

 

 

 そんなのまるで大量殺戮兵器並みの抑止力ではないか。

 

 ……というかそもそも、饅頭一つで殺し合いってなんだろう。

 

 まともな思考回路を持つエステルにとっては何一つ理解の及ばない内容だった。

 

 

「……しかしそのおかげで隊員たちの士気が見事にガタ落ちしまして、今は仕方なくコマリ様が隊の全員分の饅頭約五百個をせっせと厨房で作っているところです」

 

「……あ、それでこの場にはいらっしゃらなかったのですね」

 

「うむ。おそらく死人分の余りは出るだろうから、後で貴官も貰って帰るといい」

 

「は……はっ! 光栄です!」

 

 

 よくわからなかったが、エステルはとりあえず元気よく返事をしておいた。

 

 

「──さて、饅頭の件はその辺で置いておきましょう。それよりも仕事内容についてご説明いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 ……それから、エステルの奮闘の日々が始まった。

 

 翌日のことである。

 

 昨日のヴィルヘイズ中尉との面談において、エステルは尉官として長らく班長の不在だった第六班・特殊班の班長へと任命されていた。

 

 なんでも、今度行われるという大規模エンタメ戦争『超殺戮大感謝祭』に向け、第七部隊全体での統率を強化する必要があるらしい。

 

 着任早々こんな大役を任せてもらえるだなんて、きっと自分はとても期待されているのだろう。

 

 ならばエステルとしては何としてもその期待に応えねばなるまい。

 

 第七部隊のため、ひいては何より憧れのコマリン閣下のために。

 

 エステルは身を粉にして任務を遂行する決意を固めつつ、早速、部下である特殊班の面々との顔合わせを行うことにした。

 

 案内役には当初、犬頭の獣人ベリウス・イッヌ・ケロベロ中尉が買って出てくれたのだが、途中でリミィ・コマリスキー中尉に出会うと、なぜか案内役は彼女に交代する流れになった。

 

 ベリウス曰く、「特殊班の奴らが相手ならばリミィ殿のほうが適役だろう」とのこと。

 

 さらに彼は、自分だけでは奴らを抑えきれない可能性があるとかどうとか言っていた。

 

 まるでこれから猛獣の檻にでも赴くかのような口ぶりである。

 

 きっとエステルのことを必要以上にこわがらせ、その度胸を試しているのだろう。

 

 ()わば新人いびりだ。

 

 そんなものに屈してなるものか、と、エステルは改めて奮起する。

 

 

「特殊班の奴らは第七部隊の中でもとりわけ癖が強くてな。今のうちに心の準備をしておくといい──と、着いたぞ。ここだ」

 

 

 そう言いながら、リミィは七紅府の裏手に回ったところで立ち止まった。

 

 見るとそこには、あからさまにアウトロー感丸出しなペイントが至るところに施された、薄汚い倉庫のような建物が聳え立っている。

 

 

「なんですか……この不良の巣窟みたいな場所は」

 

「もともとは武器庫だったらしいのだがな。しかし今は特殊班の奴らが勝手に占拠して根城にしている」

 

「ちょっと意味がわからないのですが……」

 

「まあ口で説明するより、実際に見たほうが早いか。いいか? 扉を開けたらまずは真っ先に右に避けるんだぞ?」

 

「え、あのそれはどういう……」

 

 

 たしかに左に避けたらリミィにぶつかるから避けるなら右しかないだろうが、しかしそもそも何から避けるのだろう。罠でも設置されているのだろうか。

 

 エステルはゴクリと息を呑み、意を決して扉を開ける。

 

 その瞬間──ひゅんっと。

 

 何かが、エステルの左のほっぺたのすぐ真横あたりを通り過ぎていった。

 

 

「え?」

 

 

 不思議に思ったエステルは反射的に振り返る。

 

 すると、エステルの背後に立っていた木がいつの間にか斜めに切断されていた。

 

 次いで、ずどおおおん! と木の切断面より上の部分が倒れ落ちる。

 

 その時になってようやくエステルは自分が魔法による奇襲を受けたのだと理解した。

 

 

「……え??」

 

「──惜しいッ! 外れちまったなァ!!」

 

 

 そんな声と共に甲高い爆笑が倉庫から響いてくる。

 

 倉庫内にはムルナイトの軍服を着崩した三十人弱の吸血鬼がたむろしており、そこら中に酒瓶や煙草の吸い殻が転がり、さらには血のついたハンマーやノコギリ、ついでに死体も転がっていた。

 

 さらにロン毛の吸血鬼がジャラーン!とギターをかき鳴らしメタルを奏でると、その音色に合わせて周りの吸血鬼どもが「フォウォウォウ!! コマリン!! コマリン!!」とヘッドバンキングをキメながら奇声を上げている。

 

 エステルはあまりの衝撃に立ち尽くしてしまった。

 

 ──この人たちが私の部下? どう見てもゴロツキじゃない!

 

 

「おいおいおいおいなんだてめぇいったいどこの小娘だ──っておい、リミィの姐御(あねご)もいんじゃねえか!?」

 

「──ちっす(あね)さんっ……! お疲れ様っす!!」

 

「今日もまじイケてるっす! そこはかとなく最高な感じっす!」

 

「どうか殺さないでくだせぇなんでもしますからぁぁ!!」

 

 

 ……と思ったらリミィの顔を見た途端、全員がその場で平伏し始めた。

 

 中には号泣して命乞いを始める者までいる。

 

 いったいリミィは彼らに何をしたのだろう……。

 

 というか明らかに全員リミィより歳上に見えるのだが、姐さんとはいったい……。

 

 

「先程魔法を放った者。前へ出ろ」

 

「へいッ……!」

 

 

 リミィが呼びかけると同時、エステルたちの前にスキンヘッドの男が歩み出てきた。

 

 

「お前……ええっと、名は何だったか……」

 

「ゴル・ウヌンガっす! 曹長っす!」

 

「そうか。ではウヌンガ曹長、歯を食いしばれ」

 

「──へっ……ごフォッ!?」

 

 

 瞬間、スキンヘッドの男の腹にリミィからの強烈なボディブローが叩き込まれた。

 

 …………。

 

 ……え、歯を食いしばらせた意味は?

 

 

「よし。今ので先程の上官に対する非礼はチャラにしてやる」

 

「……あ、あざっす」

 

「ではなエステル。私はこれで行くが、ヴィルヘイズ殿から託された大任、しっかりと務め上げてみせろよ」

 

「え……!?」

 

 

 ──まさかここで置いていくつもりなの……!?

 

 ひらひらと片手を振って立ち去ろうとするリミィの腕にがしっとしがみつきながら、エステルは慌ててそれを引き止めた。

 

 

「ま、待ってください……! 一人じゃ無理ですっ! この人たち人殺しの目をしていますっ!」

 

「そりゃ人殺しなんだから当たり前だろう」

 

「なおさら無理ですっ! 最初の任務にしては大役すぎます!」

 

「? 貴官なら何も問題あるまい」

 

 

 リミィはまるで、『何言ってんだこいつ?』とでも言いたげな瞳で不思議そうにエステルのことを見る。

 

 そうして彼女は自身の腕を超高速で(ひね)ると、いとも容易くエステルの腕を振りほどいた。

 

 ──え、いまなにされたの私……。

 

 あまりにも一瞬のことすぎて、自分がいつ手を離したのかすら全く理解できなかったエステルである。

 

 

「ま、せいぜいやり過ぎるなよ」

 

 

 ……と、それだけ言い残し、リミィは本当にその場から去ってしまった。

 

 ただ一人残されたエステルはぽかんと固まる。

 

 そしてリミィがいなくなると、倉庫内の人殺し集団も再びどんちゃん騒ぎを始め、そのまま……。

 

 ──結局その日は部下の誰一人としてエステルの話を聞いてくれないまま終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 ……それから数日。

 

 足しげく特殊班がたむろする倉庫に通って説得を試みたエステルだったが、奮戦(むな)しく、その全てが無駄に終わった。

 

 エステルがどれだけ「言うことを聞いてください!」「次の作戦を立てますよ!」と叫んでも彼らは全く聞く耳を持とうとしないのだ。

 

 どうやらエステルは部下たちから完全に舐められてしまっているらしい。

 

 初日のあの奇襲以来、こちらに直接手を出そうとしてこないのが唯一の救いだが、このまま無視され続ければエステルの精神的な耐久度もやがて限界を迎えてしまうだろう。

 

 ……その前に、早くなんとかしなければ。

 

 

 けれどそう思っていた矢先、またしても事件が起こる。

 

 

『──おはようございますエステル。今日もいい朝ですね』

 

「ヴィルヘイズ中尉……じゃなくてヴィルさん! おはようございますっ! 本日はどのようなご用命でしょうか!?」

 

 

 エステルは先日の面談の際、ヴィルヘイズのことを“ヴィルさん”と愛称で呼ぶ許可を貰っていた。

 

 それからリミィのほうからも『特別なこだわりがなければ、私のことはなるべくファーストネームで呼ぶように』との厳命を受けたので、“リミィ中尉”と呼んでいる。

 

 “コマリスキー中尉”……たしかにコマリン閣下の部下としては、そのまま呼ぶのは少し躊躇われる響きだった。

 

 

『いえ。緊張で寝坊するといけないのでモーニングコールを差し上げただけです』

 

「お気遣いありがとうございます……! でも目覚めはすっきりです。“今日”のために色々と準備をしてきましたので」

 

 

 今日──それはエステルにとって初めての実戦を迎える日だった。

 

 即ち、エステルの第七部隊幹部就任後の初のエンタメ戦争である。

 

 相手はラペリコ王国のペンギン部隊。

 

 軍学校で鍛錬を積んできた成果を最大限に発揮させ、第七部隊の先輩たちやコマリン閣下に良いところを見せる絶好のチャンスと言えるだろう。

 

 今日のエステルは普段より一層やる気に満ち溢れていた。 

 

 

『それはけっこうです。ところで部下たちとコミュニケーションは取れていますか?』

 

「うっ……それは……」

 

 

 途端に言葉に詰まるエステル。

 

 一応、今日のために特殊班の運用戦術は考えてきた。

 

 けれどもあの部下たちがエステルの命令を大人しく聞いてくれるとは思えない。

 

 否、もはや絶対に聞いてくれるはずがないと断言できるレベルだった。

 

 

『どうやら(かんば)しくないようですね』

 

「そ、そんなことはありませんっ! いえ……その……実はそんなことないこともないのですけど……根気強く接していれば振り向いてくれるはずですから! そのためなら私はどんな苦行も喜んで行うつもりですっ!」

 

『では現在ムルナイト宮殿で暴れている特殊班をなんとかしていただけませんか?』

 

「へ?」

 

『他の部隊と揉めて決闘が始まったみたいですね。このままではラペリコ王国との戦争どころではありません。修復途中の宮殿の建築物がみるみる再破壊されています』

 

「………………」

 

 

 エステルは顔が真っ青になっていくのを自覚した。

 

 そのまま髪も()かさずに猛スピードでムルナイト宮殿へと急行するエステル。

 

 すると、そこには──。

 

 

「──む。来たかエステル。先に片付けておいたぞ」

 

「? あれもあなたの部下ですの、腹パン女」

 

 

 ……そこには、無数に積み上げられた死体の山の上に君臨する二人の吸血鬼の姿があった。

 

 一人はエステルとも顔見知りの、第七部隊幹部であるリミィ。

 

 そしてもう一人は、なんとあの“黒き閃光”、フレーテ・マスカレール七紅天大将軍であった。

 

 軍学校出身のエステルから見れば五期上の先輩にあたり、彼女と同期のデルピュネー将軍共々、軍学校で数々の伝説を残していったとされる最強の卒業生として知られている。

 

 フレーテは細剣(レイピア)についた血液を振り払いながら、怪訝な瞳でエステルのことを見つめていた。

 

 

「第七部隊にしては随分とまともそうに見えますわね。新兵ですの?」

 

「彼女は先日うちに配属されたエステル・クレール少尉です。足下にいるこいつらを束ねる特殊班の班長でもあります」

 

 

 リミィがそう答えると同時、フレーテが驚愕したように「はああ!?」という叫び声を上げた。

 

 

「あんな幼気(いたいけ)そうな少女にこんな野蛮人共の世話を押し付けるだなんて、あなたたち頭がおかしいんじゃありませんの!?」

 

「そんなことはありません。だってエステルは──」

 

「──おいリミィ。そんなことより今回の責任、どう取ってくれるつもりだ?」

 

 

 二人とは別の方向からそんな声がして、エステルはぎょっとして振り返る。

 

 いつの間にかエステルの背後には異国風の仮面で顔を覆った小柄な吸血鬼が立っていた。

 

 新聞の写真などでも何度も目にしたことがある特徴的な出で立ち。

 

 そこにいたのは軍学校時代のフレーテの同期にして第四部隊隊長、デルピュネー七紅天大将軍であった。

 

 

「ですから、私はただヴィルヘイズ殿からの指示を受けてこいつらの鎮圧に来ただけで、別に直属の上司というわけではないのです。そういうことは閣下か、もしくはそこのエステルに言ってください」

 

「え゛っ!?」

 

 

 いきなり矛先が自分へと向けられ、エステルは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 

「エステル・クレール少尉か。軍学校の後輩からお前の情報は上がっているぞ。すべての科目において一等の成績を記録して卒業したエリートらしいな」

 

「きょ、恐縮です……!」

 

 

 ……仮面の奥から無言の圧を感じる。

 

 彼女(彼?)は間違いなく怒っていた。

 

 軍学校時代に数々の逸話を残した伝説の七紅天二人から睨まれ、エステルは今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいである。

 

 ……というか、そんな二人となんの緊張感もなく平然と会話をこなしているリミィはいったい何なのだろう。

 

 その鋼のメンタルを少しは自分にも分けてほしい。

 

 

「別に後輩いびりがしたいわけではないが、班長としてお前がきちんと部下の面倒を見ていればこんな事は起きなかったのではないか?」

 

「も、申し訳ありません……。あの……参考までにいったい何があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか……?」

 

 

 エステルが訊ねると、それに応えたのは今も死体の山の上に佇んでいるリミィだった。

 

 

「きっかけは限定『閣下Tシャツ』の奪い合いだ。新年祝いとして“お寝坊コマリ”バージョンが百着限定で販売されたのだが、特殊班の中にこれを運良く手に入れた者が一人いたらしくてな。それを巡って殺し合いが発生した」

 

「……そ、そんなことでですか? いやでも、たしかに私も欲しいかも」

 

「ちなみにこれは証拠品として私が押収する」

 

「なにそれずるい!!」

 

 

 ただの職権乱用である。

 

 ……いやそもそも幹部とはいえ別の班のリミィにそんな権限なんて全くないのだけれども。

 

 

「そんなことはどうでもいい。私が率いる第四部隊は皇帝陛下から『宮殿修復係』に任命されていてな。昼夜を問わず寝る間も惜しんでムルナイト宮殿の修繕にあたっていたのに、お前の班の連中が暴れたせいでパァだ。これはもうリストカットしたくなってくるな。最近貧血気味で困っているというのに……」

 

「えっと、その、貧血にはブロッコリーがいいと聞きましたが……」

 

「そういう問題ではない。私はお前の直接の上官ではないから滅多なことは言わん。だが相応の落とし前をつけてもらわなければ──」

 

「おー、始まりましたね。デルピュネー殿のネチネチお説教タイム。私も第四部隊にいた頃はよくあれの餌食になっていたものです」

 

「そういえばあなた、昔はデルの部下だったのでしたわね。──それはそうとデル。いくら軍学校の後輩だからってあんまりイジメるものではありませんわよ」

 

「しかし。私があれだけ苦労して整えた芝生が穴ぼこに……」

 

「誰にだって失敗はあるものです。広い心でもって許してあげるのが将軍としての務めではありませんか?」

 

「フレーテ殿がいつになく優しい……。閣下には普段からあれだけキレ散らかしているというのに」

 

「ガンデスブラッドさんは度を超えすぎなんです。──クレールさん。デルピュネー将軍もあなたを責めるつもりはありません。言い過ぎたことについては許してあげてくれませんか?」

 

 

 ……エステルは内心で驚愕していた。

 

 世間では“高飛車貴族”などと呼ばれているあのフレーテ将軍が意外にもとても優しかったからだ。

 

 最近は色々とキャパオーバーな事態が起こりすぎて、こうやって誰かに優しくされただけでつい涙が出そうになるエステルである。

 

 

「い、いえ! こちらこそ……監督不行き届きで……!」

 

「そうですね。その点についてはあなたに非があるのは確かです」

 

「…………」

 

「デルも私もこれ以上糾弾するつもりはありませんわ。しかし自分のミスは自分で取り戻すのが社会的な常識です。というわけで──ここの後片付けはあなたにお願いしましょう。エステル・クレール少尉、それで構いませんね?」

 

「はい……」

 

 

 ──こうして、エステルの初陣は幻に終わった。

 

 どのみち部下である特殊班の隊員たちがこの有り様ではエンタメ戦争に参加したって仕方ない。

 

 ちなみにリミィのほうは通常通りエンタメ戦争に参加し、自分の部下たちを置き去りにして見事一人で敵将を討ち取ったらしい。

 

 きっとエステルが参加していたとしても、あのリミィがいる限りは自分が活躍できる場面なんて無かったのだろうな、と。

 

 そんなことを思いながら、エステルはその日も特になんの成果もあげられないまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 ──さらに三日後。

 

 その日は定例の幹部会議が行われるため、エステルを始めとした第七部隊の尉官たちは全員がガンデスブラッド閣下の執務室へと集められていた。

 

 この定例会議については先週も通常通り行われる予定だったらしいのだが、仲間内で乱闘騒ぎ(殺し合い)が発生したため、それどころでは無かったらしい。

 

 そうして隊長であるコマリン閣下が不在の中、幹部全員とそれから特攻班の副班長であるヨハン・ヘルダース中尉(幹部ではないが一応彼も尉官なので会議への参加権はあるらしい)も交え、次の超殺戮大感謝祭に向けた方針会議が行われる。

 

 議題に上がったのは主に特殊班の今後の運用についてだった。

 

 その中でエステルはヨハンと口論になり、これまでの自分の行いに対して無力感が募っていたこともあってか、つい感情の起伏がおかしくなり、人前にも関わらず泣き出してしまった。

 

 エステルが瞳に涙を浮かべると同時、幹部全員から責め立てられるヨハン。

 

 彼の直属の上司であるリミィも「やーい、泣ーかしたー泣ーかしたー」と抑揚のない平坦な声で謎のメロディを口ずさんでいた。

 

 そういえば特攻班には尉官が二人いるのに、なぜ特殊班の班長は今まで不在だったのだろう。

 

 その理由については後で二人きりになった時にヴィルヘイズが教えてくれた。

 

 曰く、『部下に突撃しか命じられないバカ二人に、高度な作戦指揮能力を要求する特殊班の班長の座が務まると思いますか?』とのことだった。

 

 ……エステルは何も答えられなかった。

 

 なんとなく察してはいたが、やはりあのリミィも有能そうに見えて実は色々と残念なタイプであるらしい。

 

 

 

 

 ……そして、そんな中。

 

 ついに超殺戮大感謝祭の日がやってきてしまう。

 

 結局この日が来ても、エステルは班の連中をまとめ上げることができなかった。

 

 こんな状態で白極連邦最強の六棟梁としても名高いプロヘリヤ・ズタズタスキー将軍を相手にするのはとても気が重かったのだが、しかし、結果として第七部隊はいとも容易く勝利をおさめた。

 

 プロヘリヤ・ズタズタスキーが風邪を引いて休みだったのだ。

 

 代わりに蒼玉たちを率いていたのはプロヘリヤの部下であるピトリナ・シェレーピナ少佐という人物。

 

 ピトリナは開幕と同時にこう宣言した。

 

 

「──私の計算によれば! 吸血鬼なんてわざわざ戦略を用いるまでもなく捻り潰すことが可能なのです! 蚊! まさに蚊みたいなものでしょう! ベッドで(うな)されているお姉さまに蚊どもの断末魔をプレゼントして差し上げます! さあ親愛なる蒼玉たちよ! 祖国とお姉さまと今晩のガルショークのために! その粗末な命を燃やし尽くすのですっ!」

 

 

 そうして彼女は、全軍に突撃命令を下す。

 

 けれども本来、高度な策を練って相手の意表を突くことを得意とするプロヘリヤ隊にとって、全軍突撃などというバカみたいな戦法はあまりにも不得手であり、一方で、コマリン閣下率いる第七部隊の連中は普段から突撃しか能のない正真正銘の突撃バカどもである。

 

 結局エステルはほとんど何もすることができないまま、蒼玉たちはあっという間に第七部隊のバーサーカーたちによって(ことごと)く蹂躙され、勝敗は瞬く間に決していた。

 

 そして今回も敵将を討ち取ったのは真っ先に敵本陣へと到達したリミィであったらしい。

 

 ……こうしてエステルは、何の役目も果たせないまま初陣を終えてしまった。

 

 

「はあ……つかれた……」

 

 

 ──超殺戮大感謝祭も終わり、今日も今日とて特殊班の説得を試みるべく倉庫へと赴いたエステルだったが、彼らは依然として態度を改めることはなかった。

 

 こちらがいくら話しかけても「そんなことよりお前も酒を呑もうぜ!」などと誘ってくる始末である。

 

 ……命令以外の部分では意外と彼らはフレンドリーだった。

 

 そのためなんとかギリギリ心は折れずにいたが……けれど、それももう限界かもしれない。

 

 七紅府の近くのベンチに腰を下ろしながら、エステルは夕暮れ時の空を仰ぐ。

 

 なんだか軍に入ってから、とても泣き虫になったような自覚がある。

 

 きっと仕事が全くうまくいかないからだろう。

 

 

「……私っていらない存在なのかな」

 

 

 そんなふうに、ついネガティブな言葉まで口を()いて漏れ出てしまった。

 

 もはや軍人として給料を貰っていることすら申し訳なく感じている自分がいる。

 

 ──そんな時だった。

 

 彼女に話しかけられたのは。

 

 

「──ここにいたか、エステル」

 

「え……?」

 

 

 声をかけられ、思わず隣を見る。

 

 するとそこにはいつの間にか見知った男装の少女──リミィ・コマリスキー中尉が立っていた。

 

 彼女は気落ちした表情を浮かべるエステルを見て「はぁ……」と呆れたように溜息をつきながら。

 

 

「まったく、何をやっているんだお前は」

 

「も、申し訳ありません……」

 

 

 エステルはそれが自分に対する叱責なのだと思った。

 

 実際リミィもそういう意図があったのだろう。

 

 けれど、彼女が次に放った一言はエステルが全く予想だにしていないものだった。

 

 

「──閣下がお呼びだ、すぐに執務室まで来い」

 

「……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 ……私は当初、エステルが何をやりたいのかよくわからなかった。

 

 だがヴィルヘイズから彼女の人となりや経歴について聞いたとき、ようやく合点がいく。

 

 ゆえに私は閣下のお力をお借りして、手っ取り早く彼女の心の枷を解き放ってやることにしたのだ。

 

 既に閣下にもエステルの事情については全て説明してある。

 

 あとは閣下が一言、彼女に一つの許可を下せばいいだけだ。

 

 即ち──。

 

 

「──エステル・クレール少尉。お前に、特殊班全員を皆殺しにする許可をやる」

 

「ふぇ……?」

 

 

 執務室に入って軽く挨拶を済ませるなり、閣下はエステルに対しそのように切り出した。

 

 あまりにも予想外だったのか、エステルは呆然としたように固まっている。

 

 

「……なぁリミィ。本当にこれでいいのか?」

 

「問題ないと思いますよ。なぜなら彼女は──」

 

 

 すぐ隣に立つ私に、閣下がひそひそと不安そうな声で耳打ちしてくるが、けれど、それに応える私の言葉は、エステルの次の言葉によって見事にかき消された。

 

 

「──いいんですか!? 殺しても!?」

 

「へ……?」

 

 

 まるで歓喜にも似た叫びを上げるエステルと、キョトンと目を丸くする閣下。

 

 そんな閣下に代わり、私から見て閣下を挟んだ右隣に立っていたヴィルヘイズがエステルへの説明を引き継ぐ。

 

 

「ええ、構いませんよ。ムルナイト帝国において殺人は基本的に違法です。しかし帝国軍法においては『七紅天の許可があった場合のみ殺人を認める』という条項があります。つまりこうしてコマリ様の許可が出た時点で、あなたは部下のことを好きに皆殺しにしていいという訳です」

 

 

 ……そう。エステルはただ、法律や軍規という名の枷に囚われ思うように動けなかっただけなのだ。

 

 でなければ彼女が──これほどの手練(・・)が、あんな連中を(ぎょ)しきれないはずもないのだから。

 

 

「…………! ありがとうございます! 私、最近ずっと思っていたんです! 殺人の許可さえあれば特殊班の皆ともきっと分かり合えるのにって!」

 

「え……? エステルって本当に“そっち側”だったの……?」

 

「そっち側というのはよくわかりませんが……でも私は皆に認めてほしいんです! こうなったら手段を選んではいられません!」

 

「……そ、そうか。けど、さっきの言葉は少し訂正する。あくまで誰も死なない程度にやってくれ。いいか、死なない程度にだぞ?」

 

「はい! それではさっそく、特殊班の皆のところに行ってきますね!」

 

 

 

 ……その後、エステルは文字通り特殊班の連中を一人残らず血祭りに上げた。

 

 (のち)に閣下がヴィルヘイズから見せられた、軍学校時代のエステルの成績を表す資料には、こんな記述が存在していたという。

 

 

 ──【卒業時における“戦闘能力”の成績──SS】──

 

 

 ──かくしてエステルは、瞬く間に自らの部下全員をその武力でもって完全に屈服させてしまったのだった。

 

 

 ……ちなみに後日、私も試しに彼女と手合わせをしてみたが、やはりまだまだ荒削り感は否めず、魔力を使わずとも危なげなく勝利できた。

 

 今のところ、七紅天レベルには一歩及ばずといったところだろう。

 

 

 何はともあれ、第七部隊には新たに頼もしい仲間が加わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 






……お読み頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか。

今話はほぼ一話完結ということで、続話の書き上がりを待たずに投稿することに致しました。
文量的には二話に分けても良いぐらいの文字数なのですが、この話は一話の内にどうしても収めたかったので普段より文量多めのエピソードとなっております。

次話についてはまだ書き始めてすらおりませんのでいつ書き上がるかは未定ですが、おそらく今話のように一話内におさめ、それで六巻部分は終了になるかと思われます。

それでは、次話もお付き合い頂けましたら幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。
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