【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜   作:初代シロネコアイルー

17 / 32
Season 2 緋色の遊戯
第17話 七年ぶりの雑談


 

 偶然にも尊と合流した右京は、彼を『警視庁特命係幻想支部』へと案内する。

 

「え? もう家を借りてるんですか⁉」

 

「ご厚意で貸して貰っているだけですよ」

 

 右京は、テーブルを中央に引っ張り出して彼に座るように促した。

 

「はぁ」

 

 大きなため息と共に痛めた部分を労わりながら腰を下ろしてリラックスする。

 そんな元部下を眺めながら元上司は微笑んだ。

 

「君が無事で何よりです」

 

「ああ、どうも」

 

 尊も笑顔を作りながら、元上司の配慮に感謝した。同時に先ほど有耶無耶にされたことを思い出す。

 

「そう言えば、さっきの話なんですけど、ここって幻想郷……でしたっけ?」

 

「ええ」

 

「何なんですか……この世界? ちょっと意味がわからないんですけど」

 

「でしょうねえ。僕も完全には把握しきれていません。確かなことはここが妖怪の住む場所という事実だけです」

 

「妖怪……信じたくないけどなぁ」

 

 尊は短い間ながらも自分が体験したであろう怪異を思い出しながら頭を抱える。非現実的な現象を体験した者に戸惑うなとは誰も言えない。右京もその点は同意している。

 

「僕も最初はそう思っていましたよ。ですが、これは現実のようです。今から順を追って説明しますから落ち着いて聞いてくださいね」

 

「……はい」

 

 そう言って静かに頷く。

 右京は長野県のとある村の神社から幻想郷に迷い込んでから今日に至るまでの出来事を具体的に説明した。自身が知り得た幻想郷の真実に関連する情報を除いて。

 以前ならこの手の話を単なるオカルトだと笑い飛ばしていた尊も今回ばかりは額に汗を滲ませながら真剣に耳を傾けていた。一時間後、右京の話が終わる。

 尊は口元に手を当てながら喉を鳴らした。

 

「四方を敵に囲まれながら脱出し、妖怪とのハーフが店主を務める古道具屋で厄介になり、そこで知り合ったとびっきり強い人間の少女二人を紅茶で釣って、この里を案内させ、里に住む表の日本人に事情を訊ねて回った。

 次の日、朝早く店主と里へ続く道を歩いていたら、無残な姿になった表の青年を発見。現場の保存を行いながら会って間もない知り合いたちに協力を仰ぎ、犯人を突き止めて事件を解決――ここに至ると」

 

「紅茶で釣ってという部分以外はそんなところです」

 

 右京は一部を除いて、尊が要約した内容を認めた。

 改めて尊は和製シャーロック・ホームズの適応力の高さと卓越した推理力に感服する。

 

「来たばかりで事件を解決するとは……流石、杉下さんですね」

 

「彼女に死なれてしまった以上、その責任を果たしたとは言えません」

 

 右京は暗い顔をしながら言った。

 七瀬春菜をあそこまで追いつめておきながら自殺を許したのは大きな失態である。右京はそれを誰よりも理解していた。

 協力者二人は精神的にノックアウトされてまともに動けない状況だったので女優を止めるのは難しかったのかも知れない。

 それでも自殺された事実は変わらない。警察官として阻止できなかったのは責められて当然だ。もっとも幻想郷には警察組織が存在しないので誰も右京を非難したりはしないが。

 それは元相棒の尊も同じだった。

 

「警察組織が存在せず、科学捜査もできないこの場所で真犯人を見つけられただけでも凄いことじゃないですか。杉下さんがいなかったら、犯人は小田原信介になっていたでしょうから。冤罪を防げただけでもよしとするべきだと思いますけどね」

 

「どうも……僕はそう思えない性質(たち)なんです」

 

 気まずそうにする右京。尊の口元がほころぶ。

 

「知ってます。ぼくも杉下さんの()()やってましたから」

 

 元上司は昔と変わらない態度で接する元部下に少しだけ懐かしさを覚えた。

 

「君も相変わらずですねえ」

 

「人間なんてそんな簡単に変わりませんよ」

 

 二人は軽く笑い合った。

 色々あったが、七年前と全く変わらず、自然に会話ができている。尊は「もう二度と腹を割った話はできないだろう」と考えていたが、それは杞憂に終わった。

 

 警察庁長官官房付に回された尊は異動の件で裏から手を回した元『影の管理官』こと長谷川の部下として権謀術数の世界で仕事をこなしていた。

 ときおり右京に仕事を押し付けるため、特命部屋を訪れて雑談することはあったがここまでの会話はなかった。

 しようと思えばできたのだろうが『クローン人間事件』一件で右京を裏切った罪悪感によりまともに向き合うのが怖くなっていた。あえて嫌われ者を演じていたところもあったと思われる。

 やや捻くれた元部下なのだが、非現実を体験してパニックになったことがプラスに働いたのか、以前のように右京と接している。

 尊は思う。

 

(なんか、懐かしいな。俺も昔はこんな風に……)

 

 特命係にいた頃は右京と反発しながらも事件解決に奔走。その中で彼なりの正義を見出し、右京と共に戦い抜いた。それが災いして引き抜かれたわけだが、今の職場は給料もよく、苦手な血や死体を見ることもない。

 自身と右京の手で失脚させた男の部下として働いている点を除けば頭の回る尊にとって悪くない場所だ。

 

 それでも正義を信じて駆け抜けていた日々を思い出し、特命時代を懐かしむ瞬間が少なからずあった。

 機会があればもう一度――とまで考えていたほどだ。まさかそれがこんな形で実現するとは夢にも思わなかっただろう。尊はどこか照れくさそうに視線を落とす。

 右京もクスっと笑ってから訊ねた。

 

「ところで君、お腹が空きませんか?」

 

 尊が即答する。 

 

「正直、腹ペコです」

 

「でしたら何か買って来ましょうか。と言っても果物くらいですが」

 

「果物?」

 

 イマイチ、ピンとこない。

 

「ここは現代とは違ってコンビニがありません。そして、この時間帯からやっている飲食店も僕の知る限り存在しません」

 

「あ、なるほど」

 

 現代人の感覚からすればコンビニで済ませればよいと考えがちだが、ここは幻想郷の里。便利な店など存在せず、当然朝早くからやっている飲食店なども同様だ。

 労働が盛んな地域だったなら話は別だが、里はのんびりとした空間であるため、朝から開店する必要性がない。つまり朝食は自分で作らなければならない。

 右京は独身時代が長いので、料理もお手の物だ。しかし、ある問題のせいで料理が作れずにいる。

 

「今、開店しているのは八百屋や魚屋くらいでしょう。本当は料理を作りたいところですが、この家には食器も調理器具も殆どありません」

 

「そうなると食べられるのは果物くらいってことになるのか」

 

「そういうことです。では留守を頼みます」

 

 この家はつい数日前まで空き家だった。台所はあっても食器や調理器具はない。あるのはテーブルと布団、枕、毛布くらいだ。日用品を扱う店が開くまではリンゴ辺りを丸かじりするしかないだろう。

 右京は話を終えるとすぐ果物を買いに外へと出て行った。

 その後ろ姿を見送った尊は「相変わらずな人だな」と苦笑しながら、静かに身体をズラして横になった。

 

 

 外に出た右京は大通りにある八百屋へと向かう。

 通りには開店している店がチラホラあるが飲食店はない。開いている店々を横目で確認しながら、八百屋ののれんを視界に捉えると、そこには先客がいた。

 その人物は右京もよく知る女性だった。

 

「おや、舞花さん」

 

「あ、杉下さん……」

 

 八百屋で買い物をしていたのは谷風舞花。殺害された藤崎敦を雇っていた酒場の店主であり、彼とよい仲になっていた女性だ。

 その表情は明らかに曇っていて、身体に力が入らないのか、購入した野菜が入った手提げを重いそうに抱えていた。

 刑事は軽くお辞儀をしてから、彼女に話しかける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「えっと……自分でもよくわからないかな……ははっ」

 

 舞花の顔は目が充血によるものか、赤くなっていて、目の下に大きな隈ができている。

 敦に死なれたのがよほど堪えたのだろう。彼女は相手を見るのが辛くなったのか、その場で俯いてしまった。

 右京は舞花を不憫に思った。

 

「もし、よろしければ荷物をお持ちしましょうか?」

 

「え? でも、迷惑じゃ……」

 

「構いませんよ」

 

 そう言って戸惑う舞花を余所に荷物を持ち始める。舞花はか細い声で「ありがとうございます」と言いながら、会計をすませた。右京は舞花の荷物を持ちながら共に彼女の自宅を目指す。

 自宅に着いた舞花は右京から荷物を預かって整理した後、手伝って貰ったお礼に右京を居間に上がらせ、緑茶を出す。

 座卓に着いた二人はしばらく無言だったが、やがて舞花から話を切り出した。

 

「あの……春菜さんが犯人って本当なんですか?」

 

 舞花は敦殺害の犯人を知っていた。

 

「掲示板を見たのですね?」

 

「さっき、ちらっと見ました。正直、信じられなくて……。あの人、昔から店に来てくれてたし――敦君のことも可愛がってくれたの」

 

 春菜は店の常連だった。舞花とはそれなりに親しい仲で、敦のことも可愛がっていた。

 彼女もまた、二人をお似合いのカップルだと認識していて、いつか結婚するのだろうなと思っていた。その時はご祝儀をいくら包んで上げようかと考えていたが、女優がその日を迎えることは永遠に訪れなかった。自分で機会を奪ってしまったのだから。

 死ぬ直前、舞花に謝罪したのは一人の女の子の幸せを奪った罪悪感からだったのかも知れない。

 舞花は涙を浮かべる。

 

「教えて……杉下さん。どうして春儚さんは敦君を殺したの?」

 

 舞花は悲しそうな顔で表の刑事を見つめた。

 右京は彼女の顔を見据えながら、

 

「僕が……問いただす前に死なれてしまいましたから……動機まではわかりません。申し訳ない」

 

 と語った。もちろん嘘である。

 右京が舞花に嘘を吐いた理由は彼女の身の安全のためだ。

 現在の人里が隠ぺい体質であることは明白。事実、春儚の件も慧音には真実を伝えたが、掲示板の内容はあの通りだ。そんな状況で舞花に真相を教えるのは危険極まりない。排除されるとまではいかないだろうが、最悪敦という人間が里にいた事実が消されかねない。

 

 当然、舞花たち住人の記憶も改ざんされるだろう。それだけは何としても避けねばならなかった。

 もし仮に今の彼女に「事件の情報は教えられない」と表の刑事らしい言いわけをしたら、よからぬことを疑って関係者に聞いて回るかも知れない。

 そこで嘘を吐くことにした。

 

 これは杉下右京の信念に反する行為である。だが、舞花を守るためならば仕方がないと割り切った。

 いや、割り切るしかなかったと言うのが正しい。

 

「そう……」

 

 ガッカリと項垂れる舞花を眼の前に右京は、自身の非力さを痛感する。

 今まで自身の正義を貫いて来た和製シャーロック・ホームズも幻想郷においてはそうはいかない。

 人知を超えし者たちの世界では人間の常識など通じない。人外たちの能力は多岐に渡り、能力もピンキリだが、上の能力は神にすら匹敵する。

 

 こんな世界で人間が平和に生きて行けるだけ、奇跡といえる。自由を代償にした平和だが、里にいる限り妖怪に殺されることはない。このシステムを作り上げた八雲紫のセンスもまた人外級である。

 責任を感じて顔を暗くする右京の顔を舞花が見る。

 

「ありがとう、杉下さん……。敦君のためにこんなに頑張ってくれて……」

 

 舞花は敦のため必死になって捜査した右京に感謝の念を表した。

 

「当然のことをしたまでです」

 

 微笑む右京だったが、心の中ではどうしようもなく落ち込んでいた。信念を曲げる行為は彼にとってそれほど堪えるのだ。それから二人は敦を思い出しながら語り合った。

 舞花はところどころで涙を流すも、彼との思い出を口に出す度に笑顔を作っており、右京は改めてその絆の深さを実感させられた。

 

 二時間後、大方の話を終えた右京は舞花宅を後にする。

 帰り際、舞花は右京に「敦君の葬儀が終わったらお店を再開するから」と営業再開の意思を伝えた。「その時は是非立ち寄らせて頂きます」と告げて彼女と別れる。

 時刻は十時を回っており、大通りにある大半の店が営業を開始していた。

 

 右京は「神戸君に怒られてしまいそうですね」と呟きつつも店を物色。立ち寄った店で出来たてのあんまんを五つ購入し、近くにあった雑貨屋でヤカン、急須、湯呑、お茶葉を入手して帰りを急ぐ。

 現在、幻想郷も表同様に肌寒い。彼が来た頃は比較的暖かかったが、今日はそれなりに冷える。せめてお湯を沸かして飲める用意くらいはしなければならない。

 

「今後のことを考えると食器、調理器具、暖房など最低限生活に必要な物を揃えなければ……。後で上白沢さんに相談してみますか」

 

 布団や毛布は前の住民が使っていた物がそのまま残っているので何とかなるが、他の物資が不足しているので寝泊りしかできないのが現状である。おまけに暖房もないので、これ以上、冷えてきたら風邪を引いてしまう。

 

 尊と遅い朝食を食べ終わったら、慧音のところに行って相談するしかない。

 警視庁特命係幻想郷支部――もはや自宅と言うべき場所に戻ってきた右京は戸を開けた。

 そこにはテーブルに座り、見知らぬ少女と話をする尊の姿があった。

 

「あ、杉下さん。お帰りなさい」

 

「ええ」

 

 少女に気を取られて軽い返事しかできなかった。彼女は右京に背中を向けていたが、背格好から十代中ごろから後半と推測できる。

 もみじ色のジャケットを羽織っており、ズボンも同色のデニムで作られている。すぐ横にはショルダーバッグとキャスケット帽が置かれていた。

 出で立ちから見て一昔前のジャーナリストに近い格好だ。右京が帰ってきたのだと気付いた少女は振り向き、笑顔でお辞儀した。

 その首にはレトロ風なカメラがぶら下がっていた。

 

「お邪魔しております」

 

 人当りのよさそうなスマイルを振り巻く、彼女の顔はあどけない少女そのものだ。しかし表情にはどこか強者の風格が感じられた。おまけに耳が尖っている。右京はすかさず気を引き締める。

 応戦体勢の元上司を察しながらも尊は「杉下さんにお話が聞きたいそうです」と伝え、何気ない仕草で自身が座っていた場所を右京に譲った。尊も彼女の雰囲気に何かを感じ取っていたらしく、右京にアイコンタクトで「気を付けてください」と報せた。

 

 右京が尊に買ってきたヤカンなどを見せて「神戸君、お湯を沸かして僕と彼女のお茶を用意して欲しいのですが……できますか?」と問う。元部下は腰を擦りながら「まだ厳しそうです」と返答。

 目の前の少女に断りを入れて、お茶を入れに行こうとするが本人が「お気遣いなく」と手を振った。刑事は「申し訳ない」と軽く謝ってから席に着き、相手をじっくり観察した。

 

 少女は非常に堂々としており、余裕の笑みを浮かべている。右京はこの少女をその雰囲気から『人外』と判断した。

 わずかな間、独特の緊張感が室内を漂うが、先に少女が名乗った。

 

「初めまして、杉下さん。私は新聞記者をやっている射命丸文(しゃめいまるあや)という者です」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。