【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜 作:初代シロネコアイルー
鴉天狗、射命丸文の圧迫インタビューを切り抜けた特命係の二人。安堵したのもつかの間、彼らを酷い空腹感が襲う。
時刻は十二時を回っており、お昼時である。とても饅頭五個では足りない。右京は饅頭を日陰に置いて定食屋に行くことを提案し、尊がその提案を受け入れる。
家を出た二人は途中、薬屋に寄って腰痛に効く薬を購入してうどん屋に直行する。
店内は比較的混雑していたが、すぐに二人分の席が空いた。席に座った二人はうどんを注文する。右京の顔を視界に収めた店主がニヤリと笑ったような気がした。約束を果たした右京もまた満足そうに会釈した。
五分ほどで料理が運ばれてきた。腹ペコだったこともあって特に雑談することもなく、二人は料理を平らげ会計の後、店の外に出た。
「ご馳走さまでした。美味しかったです」
「それはよかった。もう、お腹は一杯ですか?」
「少し足りないですね」
「でしたら、甘味処に行きましょうか?」
「いいですね、行きましょう!」
尊は腰を擦りながらも喜んだ。
その足で右京たちは甘味処を目指す。甘味処にはそれなりの数の客が入っていたが、それでも並ぶほどではなく、空いていた四人がけのテーブルに着くと店員がお品書きを持ってくる。
右京はお冷、尊は緑茶を選び、甘みは両者ともみたらし団子を注文する。先に飲み物が運ばれる。口を潤しながら落ち着く右京たち。
尊は出された緑茶の味に違和感を覚える。
「独特な味の緑茶ですね」
彼らが普段から飲んでいるような製品の茶葉ではないが、幻想郷の土地から取れる茶葉は外の味とは異なった深みを出している。
尊が湯呑に残る緑茶を眺めながら、品書きを見た際、気になったものを話す。
「そう言えば、このお店って『紅茶』も扱ってましたよね?」
「ええ、お品書きに載っていました。今日は切らしているようですが」
「里で茶葉を栽培しているんですか?」
外界から切り離された東方の土地で紅茶が根づくのかと疑問を覚えて尊が首を傾げる。
「恐らく、茶葉は『紅魔館』産でしょうね」
「『紅魔館』?」
妖怪の山はさっき聞いたから理解できるが、紅魔館なる単語は初耳。右京が紅魔館について簡潔に述べる。
「紅魔館はレミリア・スカーレット氏のお屋敷です」
紅魔館は妖怪の山の麓にある霧ががかった湖の畔に佇む洋館である。外装は深紅一色。一部の人間からは
何も知らない尊は、突然出てきた外国風の名前に驚く。
「随分、洋風な名前が出てきましたね」
「ちなみにスカーレット氏は本物の吸血鬼です」
「はぁ? 吸血鬼!? ここにいるんですか!?」
「いるようですよ」
そう、紅魔館の主レミリアは正真正銘の吸血鬼である。尊は表の不気味な吸血鬼のイメージを思い浮かべ、顔を引きつらせた。血が苦手な彼にとって吸血鬼は天敵だ。
「さらに彼女は吸血鬼のモデルになったヴラド三世の末裔だそうですよ」
「ん? どういうことです?」
尊は右京が冗談を言っていると思った。歴史上の人物ヴラド三世なら知っている。その末裔が実在するなら人間ではないのか? ならば吸血鬼って人間なのだろうか、と疑問がグルグルと頭を駆け巡る。
「僕の予想ですが、ヴラド三世の逸話がきっかけとなり、生まれたのがスカーレット氏で、その関係上、末裔を名乗っているのではないかと考えています」
「生まれた……?」
尊は妖怪の事情に詳しくない。理解が追いつかなかった。
「色々なパターンがありますが、その一つに妖怪は人々の感情、特に『怖れ』によって生まれるとする説があります。それが海外も同様だと仮定すれば――」
「ヴラド三世を恐れた人々の感情がきっかけでこの世に誕生した」
「かも知れません」
「なるほど……つまり自身の逸話が有名であれば、その逸話が一人歩きして妖怪になるということですかね?」
「そこまではわかりませんが、その可能性があってもおかしくないですね」
「ふむふむ、そんな存在が普通に暮らしているのがここってわけか……昨日までのぼくだったら絶対信じなかったな」
「僕も同じですよ」
右京も尊も非日常を体験したからこそ、このあり得ない世界の存在に納得できた。
何も知らない表の人間に幽霊や妖怪が実在すると伝えても馬鹿にされて終わり。幽霊に関心のある右京であってもここまでオカルトは受け入れられなかっただろう。尊なら笑い飛ばしてお終いだ。何事も経験なのだ。そうこうしている内にみたらし団子が届く。
二人の前に置かれたみたらし団子は非常に美味しそうであった。
右京は団子を食し「とてもよい味ですね。特にこの餡かけが絶妙です」と語り、尊も同意した。
彼らは雑談しながら周囲を見渡す。やってくるお客は皆、着物姿で自分たちだけがスーツを着ている。物珍しそうな目で見られるが、すぐに視線を逸らして料理を注文する。
中々に奇妙な光景だった。そんな場所でものんきにくつろげるこの二人も大概なのだが……。
右京は近くに置かれてあった『文々。新聞』を片手に優雅なひと時を過ごす。
それからまもなく、店に一人の女性が入店する。女性は日本で言うところの女子大生くらいの年齢だ。茶色の長髪に丸みを帯びた眼鏡をつけ、黄緑色の紋付羽織を纏っており、他の里人と似ているようでどこか違う印象を受ける。
その姿を見かけた尊が「お、美人なねーちゃんだ」と心の中で評価する。
彼女は店員に挨拶し、好きな席に着くように促され、迷わず右京たちのいる席へと歩き、彼らの目のつく場所で立ち止まった。
その存在に気がついた右京が女性を見やる。彼女は右京を視界に収めながら言葉を発した。
「おぬしが杉下どのじゃな?」
二人は一瞬、互いに視線を合わせた。年齢的に見て十代後半か二十代前半の女性が
元上司は尊に視線で「妖怪かも知れません」と伝え、尊も同様に「わかりました」と返事した。右京が視線を女性の方に戻す。
「ええ、そうですが」
すると女性は簡単な自己紹介をしてきた。
「儂はマミと名乗っている者じゃ。ちょっと、話がしたいのじゃが。よいかのう?」
右京は言葉の言い回しから見て相手が妖怪であると確信するが、笑顔を崩さず対応する。
「構いませんよ」
「すまぬのう」
妖怪と思わしき女性マミは尊の隣に座って右京と向き合った。
尊はマミの歳不相応な雰囲気に戸惑いを隠せずにいる。先ほど会話した射命丸文もあどけない外見の裏側にとんでもない力を隠していた。この女も同類なのか、と。
そんな彼をマミは横目で見やり「もっと楽にしておくれ。取って食ったりせんのだから」と冗談を聞かせた。尊が額から一筋の汗を垂らし取り繕いながら「アハハ」と笑う。
気圧される相方を尻目に右京が本題に入る。
「僕にどのような御用でしょうか?」
「特に用というわけではない。ただ、お礼を言いにきたんじゃよ」
「お礼ですか?」
「舞花が切り盛りしている酒場は儂もよく通ってのぉ。当然、敦とも顔見知りじゃ。あやつが殺されたと聞いた時はショックじゃったわい。同時に事件を解決したのが杉下どのだと知り合いから教えて貰っての」
「それで僕を探しにここまで足を運んでくださったわけですか」
「そういうことじゃ」
マミはメニューを確認せず手を挙げて店員を呼ぶと、慣れた手つきで緑茶を注文した。まもなく店員から緑茶が入った湯呑が届けられる。
彼女は茶を啜ってからふう、と息を吐いた。
「感謝するぞ、杉下どの。敦の無念を晴らしてくれたことに」
「当然のことをしたまでです」
「表の警察官は真面目じゃのう。褒められても一切、浮足立つことがない。感心させられるわい」
「とんでもない。寧ろ、責められると思っていました」
「……心配するでない。ここの住民は表の連中よりもずっと優しい。来たばかりにも関わらず、事件解決に尽力したおぬしを責める者などおらん」
「そうですか」
「それにおぬしに『税金』を払っているわけでもないから不満も出ない」
「ハハ、なるほど」
税金という言葉に反応して警察庁務めの公務員が微かに笑った。右京はマミが表の世界に詳しいことに疑問を抱く。
「マミさんは僕たちの世界に詳しいようですが、情報はどこから仕入れているのでしょうか?」
「ん? なーに、鈴奈庵辺りに置いてある外来本を読んでおるだけじゃ。大した知識は持ち合わせておらん」と語ってすぐ彼女は小声で「勘繰ったところで無駄じゃぞ?」と念押しする。
「わかりました」
返事をする右京。刑事と女性は互いに手元の飲み物を啜った。
刑事は相手が表の世界に精通していると勘付いたが、相手は喋る気がないと悟り、余計な詮索は行わないことにした。
このやり取りの後、三人は雑談し出す。内容は主に里とその外を囲む妖怪の話だ。マミは里の人間が知れる範囲で特命係に色々な情報を教えた。
人里についてはオススメの飲食店、大手道具屋、服屋などの生活に関係する話題からデートスポットや、秘密結社の噂。外については紅魔館、幽霊屋敷、魔法の森、竹林の薬屋、妖怪の山の話題を提供してくれた。右京や尊が感心した素振りを見せながら相槌を打った。
右京たちもお礼代わりに、幻想郷に来た目的や表の話を聞かせた。
手紙の話から始まってデジタルツールの説明、都会の町並みやルール、流行りのファッション、スイーツから簡単な政治の話題まで解り易く説明し、マミを感心させた。
出会ってから実に一時間半もの間、三人はトークに集中していた。
会話が途切れたタイミングでマミが「手紙の件は儂も調べてみる。楽しかったぞ杉下どの、神戸どの」と言って財布から緑茶代の硬貨と一円札を取り出し、テーブルに置いた。
二人が食べた料金の合計を遥かに上回る金額に右京は「そんな、貰うわけには……」と断ろうとしたが「表の話を聞かせてくれた礼じゃ」と強引に押し止めて彼女は「またのっ」と手を振りながら、店の外へ出た。右京が引き止めようとしたが、その時すでに彼女の姿はなかった。
その時だった。ふと右京が右手の一円札を確かめるとお札ではなく代わりに緑色の『葉っぱ』が握られていた。
刹那、どこからともなく「人間と書いて
刑事は彼女の演出に思わずクスっと笑みを零しながら葉っぱをポケットにしまった。
店内に戻り、待っていた尊に右京が「あの方、只者ではありませんねえ」と伝えて元部下が「ぼくもそう思います」と答えて席を立つ。
雑談を終えた二人は会計を済ませるべく店員を呼ぶ。
その際、右京が懐から取り出した財布に複数の一円札が入っているのを目撃した尊は思わず目を見張った。
店の外に出たのち尊が「随分、こっちの紙幣をお持ちのようですがお金、足りますか?」と気にかける。
右京は「ここの物価を計算すると二人ならば一ヶ月から二ヶ月は滞在できます」と回答した。
驚いた彼が聞き返す。
「いくら両替したんですか?」
「二万円分です。約一円札五枚です。ちなみに里では両替できませんので、するなら香霖堂で」
「わかりました」
それから右京は尊を連れ立って稗田邸を目指すことにした。
道中、元部下は顎に手を当てて「マミさんって何者なんでしょうかね……?」と一人呟く。
和製ホームズは両目を閉じて「狸かも知れませんねえ」と相棒に聞こえぬように言葉を発した。