【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜   作:初代シロネコアイルー

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第24話 緋色の大図書館

 

 レミリアの案内の下、紅魔館の中を手荷物を脇に抱えて移動する右京は、壁にかけられた絵画やアンティークを眺めながら幻想郷らしからぬ洋館の雰囲気を堪能する。

 吸血鬼の顔を見たメイドたちが緊張した面持ちで通路の端にピシっと並び、同じく召使の赤い怪物ホフゴブリンも慌てて頭を下げる。

 紅魔館には羽根つき妖精以外にもこういった西洋妖怪もいる。身長はやや小さめで人間の子供ほどしかないが、腕力は人間の大人並み。力仕事の際は彼らが駆り出されるらしい。

 

「おや、この方はホフゴブリンさんでいらっしゃいますねえ! こんにちは」

 

 右京は興味深そうに右手を軽くあげて挨拶する。

 

「あ、どうもです」

 

 ホフゴブリンは緊張した面持ちで返事をした。

 尊は驚いて挨拶どころではなかった。やはり、事前知識を身につけても右京ほどの適応力はないようだ。他のメンバーは紅魔館にホフゴブリンがいると知っているのでなんてことはない。

 数分後、紅魔館の地下へと下りる一行はレリーフが刻まれたお洒落な扉の前に辿り着く。咲夜がその扉を開けると大量の本が収納されている本棚が天井付近までところせましと並んだ大図書館がその姿を現す。

 

 規模は鈴奈庵と比較して広さも本の貯蔵量も軽く数十倍は超えている。日本にある国立図書館並みと言ってもよい。その光景に右京と尊は度肝を抜かれるが、二人よりも鈴の少女のリアクションのほうが大きかった。

 

「うわー!! こんなに本がある!!」

 

 鈴奈庵も人間の里において稗田家に次いで本が存在する場所なのだが、これは余りに規格外。阿求も「これほどの本を所持しているとは……」と驚愕した。

 本は貴重品であるが故、その所持数は財力そのものである。知識ある者がみれば紅魔館が高い財力を誇っていると考えるだろう。

 レミリアに手招きされるまま、図書館内に足を踏み入れた右京は周囲をキョロキョロと見渡してから緋色の主に言う。

 

「素晴らしい図書館ですね」

 

「ええ、紅魔館が誇る自慢の図書館だからね。パチェ、いるかしら?」

 

「……いるわよ、レミィ」

 

 自らを呼ぶ声に反応して本棚の陰から紫色の服を着た少女が姿を見せた。地面スレスレまで伸びた紫の長髪と同じ色の目をした比較的小柄な人物で、表情に乏しいのか、客人の前だと言うのに愛想笑い一つしない。

 彼女はレミリアの隣まで近づくと、そこで立ち止まって右京の顔をジッと見つめた。

 和製ホームズもまた少女を興味深そうに観察する。

 緋色の主は微かに苦笑いを浮かべつつも少女を紹介した。

 

「この娘はこの大図書館の管理人、パチュリー・ノーレッジ。私の親友よ」

 

「初めまして、パチュリーさん。表の日本からきた杉下です」

 

「どうも」

 

 大図書館の主パチュリーは軽くお辞儀する。声のトーンは低い訳ではなく、怒っている訳でも嫌そうにしている訳でもない。社交的ではないが、普通に話ができる相手だと右京は感じ取った。

 尊も相手を気難しい人物だと思うも、右京の横顔をチラ見して「さすがにここまでの変人ではないよな」と一人納得する。

 レミリアがふふっと笑みを零す。

 

「パチェ、こちらの杉下さんからロンドンやイギリス各地の写真を見せて貰ったから、お礼にこの図書館を見せてあげたいのだけど……いいかしら?」

 

「……わかったわ。こちらへどうぞ」

 

 パチュリーは右京たちを図書館の奥へと連れて行く。途中、本棚の整理をしているメイドたちに指示を出す黒い翼を持った赤髪のメイドに遭遇する。他の者とは異なるメイド服を着用しているので特別なメイドであるのは明らかだ。

 

 黒翼のメイドは客人たちの姿を見ると丁寧にお辞儀しながらパチュリーに駆け寄るが、本人から「こっちは大丈夫」と言われ、作業へ戻る。

 本棚が並んでいるため、少々狭さを感じるが、少し歩くと開けたスペースに出る。そこはパチュリーの書斎だった。

 

 彼女の書斎には大量の魔法陣や魔法理論などが書かれた紙や分厚い書籍が積まれており、机の左脇の床にもぎっしりと本が積まれている。

 

「少し散らかってますけど、気になさらず」と語るパチュリー。そこに右京が「魔法の研究をなさっているのですか?」と訊ねる。

 パチュリーが「私は魔法使いですから」と答え、オカルト好きな右京を大いに盛り上がらせた。彼女は喜ぶ右京を視界に入れつつ、図書館の説明を始める。

 

「この図書館は私が集めたコレクションを貯蔵してある書庫です」

 

「ここにある本の全てがパチュリーさんの所有物なのですか⁉」

 

「九割以上、私の物です」

 

 日本にある国立図書館並みの大量の書籍がパチュリーの私物であると告げられた特命の二人は大いに驚くのだが、それ以上に後ろの小鈴のリアクションが凄かった。

 

「九割⁉ ここにある本の大半が……。う、羨ましいっ!」

 

「わかる。私だってこんなたくさんの本に囲まれて過ごしてみたいぜ」

 

 魔理沙が便乗した。

 

「お前にだけはやらん」

 

 パチュリーは魔理沙を警戒しているのか、本人へ冷たい言葉を浴びせる。その対応に困惑する小鈴。するとパチュリーは「里の人でも読める本なら何冊かあるけど、後で読んでみる?」と声をかけた。

 小鈴は「え、いいんですかっ」と興奮し始めた。パチュリーがコクンと頷く。鈴の少女は大喜びで「やったー!」と叫ぶ。阿求はまるで子供のような小鈴の態度に頭を抱えるも「よかったわね」と相槌を打った。

 魔理沙が不機嫌そうに鼻を鳴らしたのは言うまでもない。

 レミリアがそっと息を吐いた。

 

「この娘、昔から本が好きでね。いつも珍しい本を集めては貯め込んでいくのよ」

 

「それが私の趣味であり、仕事みたいなものだから。仕方ない」

 

「まぁ、そうよねぇ」

 

「お二人は本当に仲がよいのですね」と右京が訊ねる。

 

「長いつき合いだからね」

 

「そうね」

 

 そう言いながら二人は顔を合せた。そこには確かな友情が存在していた。

 パチュリーが話を戻す。

 

「ここの本は魔法関連の書物が半分以上を占めていますが、歴史書や数学関連の物から古典文学や日本のコミックまで貯蔵しております。とはいえ、日本語の本は極端に少なく、ここを訪れる人間はほとんどいないので普段は一般公開しておりません」

 

「なるほど……神戸君、僕たちはツイてるようですねえ~。何せこのような素晴らしい大図書館を見学できるのですから」

 

「まったくですね」

 

 右京と尊は辺りを感心しながら観察する。一般的な日本の図書館とは異なるこの大図書館は彼らにとって絶景だろう。右京はこの大図書館には足場になりそうな移動式の台が見当たらないことに気づく。

 メイドたちは全員、飛行能力を有しているので高い所まで移動が可能だからだろう。時折、鼻にくるカビ臭さも通気性の悪い紅魔館ならではだ。

 右京はその辺りの考察も行いながら、自慢の観察眼を光らせている。

 

「気に入って貰えたようで何より」レミリアが自慢げに笑う。

 それからパチュリーは右京と尊、小鈴と阿求に大図書館や自身についての説明を続けた。霊夢、魔理沙、マミにはこれと言って声をかけない。いつもの二人組と()()()()()()()()は客人ではないと彼女は考えているからだ。

 

 話の中でパチュリーは自身を属性魔法の使い手であり、長年研究を続けている魔女だと語った。彼女曰く、魔法は歴とした科学であると述べ、興味を示す右京にその根拠を聞かせた。

 パチュリーの魔法への深い造詣に感銘を受けた右京が現代科学について簡単に話してから「僕の住む日本ではあなたの使うような魔法を使える人はいません。何故でしょう?」と質問する。パチュリーは「我々は先を行き過ぎただけですから」とやや誇らしげに語る。

 

 ほうほう、と感心する右京に魔理沙が「魔法なら私にも使えるんだが?」と自身を指差すが、すかさず「お前のはただ爆発させるだけ。それだけじゃ花火職人となんら変わらん」とパチュリーに突っ込まれて、霊夢やマミから笑いを誘った。

 カチンときた魔理沙がパチュリーに食ってかかろうとするが、唐突に右京が「僕にも魔法は使えるのでしょうかねえ」と零したことで視線が一気に右京へと集中する。

 一泊置いてからパチュリーが答える。

 

「可能です。魔法の基礎を学び、ちゃんとした魔法陣を書いて必要な魔力を注げば」

 

「それは、それはっ。ちなみに――僕には魔力と呼ばれるものはあるのでしょうか?」

 

「今のあなたからは感じません」

 

「残念ですねえ……僕が表で生まれたからですか?」

 

「いえ、基本的に人里の人間として生まれても魔法を自在に操るだけの魔力は手に入らないかと」

 

「なるほど」

 

「魔法を使うには魔力が必要です。魔力とは自然エネルギーであり、私たち、魔法使いは『マナ』とも呼びます。体内にマナを持つ人間はその数が少ない上に魔力量も多いとは言えない。

 なので人間が本格的な魔法を行使する場合、外部からエネルギーを集める必要があります。自然エネルギーが集まる場所、通称『エネルギースポット』で魔力の補充、もしくは精霊やその他のエネルギー体の協力が必要不可欠です」

 

「では、それらの条件を満たせば――」

 

「魔力を確保できます。後は魔法の知識を身につければ、魔法が使えます。また、精霊やエネルギー体には自身で魔法を行使する者もいますから、そういった存在を使役する魔法使いは『精霊使い』や『召喚士』とも呼ばれます」

 

「そうですか。いや、勉強になりますねぇ」

 

「どう致しまして」

 

 属性魔法使いパチュリー・ノーレッジの見解を聞いた右京は更なる感動を覚えたのだが、後方でじっと腕を組んでいた巫女が少々、目つきを鋭くしながら近寄ってくる。

 

「杉下さん、まさかとは思うけど――『魔法使い』になりたいわけじゃないですよね?」

 

 幻想郷では魔法使いも妖怪である。厳密に言うと魔法が身体を動かす動力源になっている妖怪を指すらしいが、彼女たちは人間にもっとも近い妖怪だと幻想郷縁起には書かれている。

 魔法使いは生まれながら魔法が使える者と人間から魔法使いになる者の二種類が存在。完全な魔法使いになると老化が止まるらしい。

 そういった性質のため、霊夢からみれば魔法を使う者は妖怪、仮に人間であっても妖怪予備軍なのだろう。

 一瞬だけ瞳を閉じた右京は自分の考えを包み隠さずに話す。

 

「正直に申し上げると興味がないわけではありません。ここにくる前から幽霊や魔法という超常的なものの存在を信じてきましたから。努力次第で僕にも魔法が使えると知って嬉しくないはずがない」

 

 その言葉に霊夢が不快感を顕わにする。険しい表情をする巫女に付き添いの尊は只ならぬ何かを感じ取るが、右京はまるで動じることがなく。

 

「しかしながら、幻想郷において魔法使いは妖怪として認知されています。もしその代償に人間を辞めなければならないというのであれば、僕は大人しく諦めます」

 

「どうしてですか? 憧れているのに?」

 

 霊夢は右京への追求を止めない。博麗の巫女として里に危険な要素を持ちこむ者は例え、外から来た人間でも見逃さない。無論、妖怪にならない限り退治しないが、強制追放はありうる。

 彼女の勢いに場が凍りついたように見えたが、阿求やマミ、レミリアやパチュリーは表情を変えることなく、右京の仕草や発言に注目している。

 和製ホームズは巫女と向き合いながら自身の真意を述べた。

 

「それはですね。僕が人間として生まれたことを誇りに思っているからですよ。その誇りを捨ててまで何かに縋ろうとは思いません。それだけのことです――ご不満ですか?」

 

 右京はニッコリ笑った。

 

「ぐぐ……」

 

 霊夢は予想外の言葉に返す言葉を思いつかない。それもそのはず、霊夢は人間であることに誇りを感じていると、ここまではっきりと断言した者を知らないからだ。

 彼女はそのまま相手を睨むが、その顔は笑顔のままだ。

 右京の返答に阿求たち四人も思わず、表情を崩す。他の者たちも緊張から解放され、深いため息を吐いた。

 傍観していた魔理沙が肩を竦め「そういうことにしておけ」と彼女を引き下がらせる。悔しさからか霊夢は右京に忠告する。

 

「く、くれぐれも里の中で魔法の研究はしないでくださいね。するならお帰りになってからで!」

 

「わかっていますよ」

 

 彼は静かに頷いて、スマイルを浮かべた。

 レミリアとパチュリーは()()()()が軽くあしらわれたことに笑いを禁じ得なかった。

 

「まったく、仕事熱心だねぇ。いつもそれくらい真面目だったらよいものを」

 

「だったら、とっくにアンタらを退治してるわよ!」と霊夢が吠えた。

 

 あらかた説明し終えたと判断したパチュリーは右京と尊、小鈴と阿求の四人に大図書館内を見て回らないかと告げる。四人はパチュリーの計らいに感謝を述べてから二手に別れ、大図書館内を見学して回る。

 

 右京たちにはパチュリーが、阿求たちには作業を終えた黒い翼のメイドがつく。

 レミリアと咲夜は霊夢ら(主に魔理沙)が勝手な真似をしないか見張りながら雑談を始める。

 右京がパチュリーと魔法の話をしながら、人間も読める本が置かれたコーナーへと向かう。そこの本棚には英語、フランス語、ドイツ語、日本語などの言語からヘブライ語、ルーン文字、ヒエログリフまで、人間または人間の文化に精通する妖怪が書いたとされる本が並んでいた。

 古い年代に書かれた本ではあるのだが、パチュリーが独自の魔法を施し、綺麗なまま保存されている。傷がつかないようにコーティングされており、大妖怪の攻撃でも受けない限り、破損しないらしい。

 

 興味津々な刑事が目当ての本を探す。目に入ったタイトルは『人間でも解る魔法の使い方』『属性魔法とは何か?』など初歩的なものから『人間が四大精霊から好かれるコツ』『魔女狩りに遭わない方法』『人間社会における魔女のあり方』『西洋魔術と東洋魔術の違いとその対処法』『付与魔法を使った接近戦』『魔法結界の破り方』といった人間向けの実用書まで様々だ。

 

 さらには『賢者の石の作り方』『魔術で作る神の炎』『世界を滅ぼす巨大ゴーレムの製造法』『天空要塞に住んでみる~邪魔者は神の雷で滅ぼそう~』と書かれた危険極まりない書籍まで存在している。

 和製ホームズは『魔法結界の破り方』に目を通した後『賢者の石の作り方』の中身を覗いて「これは……興味深いですねえ」と唸っていた。

 

 隣の尊が「いやいや、笑えないから」とツッコミを入れるも、パチュリーから「これらは半分ネタみたいなものね。リアル風に書いてあるけど、ところどころ理論が破たんしているから、魔法使いが小遣い稼ぎに書いたのでしょう。私ならもっと詳しく書ける」と語られ、その白面を真っ青にした。

 

「ちなみに正しい賢者の石の作り方は?」

 

 右京がそれとなく訊くも彼女は「秘密」としたり顔で返す。嘘か真か不明だが、その表情には確かな不気味さがあった。

 

 二人のやり取りに恐怖を覚えた尊は鼻歌を交えてしらんぷりを決め込みながら、視線を他の本へと移し、指でカバーをなぞる。その先には表の小説やコミックがあった。さっと見ただけだが『シャーロック・ホームズ』シリーズに名作ミステリー『そして誰もいなくなった』『アクロイド殺し』ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』シェリダン・レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』や童話関係の本が確認できる。

 次に尊がコミックコーナーに目をやると、意外な作品が飛び込んできた。

 

「んっ、なんでこの作品⁉」

 

 それは人間賛歌をテーマにした国内外問わず人気のある少年漫画の単行本であった。現在、第八部が絶賛連載中である。

 今まで西洋系の魔法書や古典文学が続いた流れからいきなりの少年漫画。尊が驚くのも無理はない。

 第一部から第六部まで揃っているようにみえたが、第五部だけごっそり抜けていた。彼が首を傾げていると、パチュリーに「その部は今、レミィが読んでいるからここにはないわ」と話されて納得する。ちなみに第七部まで揃えているが、こちらは貸出中で図書館の主は壊されないかと心配していた。

 

 その間も右京は色々な本に手を伸ばしてページを捲っては笑顔を作っていた。きっと、オカルト愛好者には堪らない内容が書かれているのだろう、と察した尊は声をかけるのを躊躇った。

 しばらく、読書と雑談を続けた右京たちは通路の先へと歩く。

 本棚と床に置かれた本を書き潜るように歩くと、大図書館の端に到達する。そこにはひときわ存在感を放つグランドピアノがあった。

 

 パチュリー曰く、たまにメイドに弾いて貰っているらしい。和製ホームズは彼女に自身が弾いてもよいかと訊ねる。パチュリーが許可を出すと右京は椅子に腰かけた。

 ピアノは綺麗に清掃されており、すぐにでも演奏可能だ。

 

「それでは、一曲」

 

 意気揚々と楽譜なしに演奏を開始する。

 

 まるでを栄光を称えるかのようなクラシックの名曲、それは――。

 

「英雄ポロネーズ……」

 

 尊が呟いた。

 なんと、右京はショパンの名曲、ポロネーズ第6番変イ長調 作品53、通称英雄ポロネーズを披露したのである。その弾き方は素人とは思えないほど、華麗だった。

 

 この曲は右京が亀山とコンビを組んでいた際、弾いたことのある思い出の曲だ。

 鍵盤をタッチする指先に一切の迷いはなく、名曲のよさを余すことなく生かしながら演奏していく。途中から波に乗ったのか身体を揺さぶりながら、転調を繰り返す度、その旋律に魂を込めていく。

 

 右京の演奏技術に目を見張った二人のギャラリーは互いの顔を見合わせる。パチュリーは元からだが、尊も杉下右京がピアノを弾けるとは知らなかった。

 折角なので二人は黙ってその演奏を聴くことにした。その後方からピアノの音を聴きつけたレミリアたちがやって来る。

 

 彼女たちは呆気に取られながらも先客と同様に演奏の邪魔をせぬように見守っていた。さらにメイドたちまで演奏を聴きつけて押し寄せる。

 大図書館は杉下右京のコンサート会場と化した。

 右京は約六分にも及ぶ演奏を見事やり切った。

 

「ふう……久しぶりの演奏でしたねえ。つい気持ちがこもってしまいました」

 

 演奏者が一息つくと、周りから一斉に拍手が飛んできた。

 ギャラリーを代表してレミリアが言う。

 

「杉下さん、ピアノもできるのね! 素晴らしい演奏だったわ」

 

 右京は演奏に集中していたため、大量のギャラリーに囲まれていることにたった今、気がついた。

 

「……それほどでも」

 

 右京は照れながらギャラリーに答えた。

 他にも弾ける曲はないのかと訊ねられ、断るのも悪いと思った和製ホームズは数曲のクラシックを披露。観客たちを喜ばせた。

 

 終わり際、レミリアに「自分で曲を作ったりするの?」と言われて首を横に振ると彼女は――。

「だったら、私のために一曲作って頂けないかしら? 紅魔館の主に相応しい激しくカッコいい曲を!」

 先ほどのカリスマめいた姿から一転、子供らしい笑顔を振り巻き、自身をモチーフにした曲を作ってくれと頼んだ。さすがの右京もこれには困惑の色を隠せない。

 

「しかし、僕は自分で曲を作ったことがないので……」

 

 右京は断ろうとするがレミリアが「だったら初めての挑戦ってことで! 短めの曲でいいから」と食い下がる。パチュリーが「レミィ、作曲って大変なのよ……?」と慌てて止めに入る。

 友人の一言で冷静になった緋色の主は「うーん、そうよねえ……。無理言ってごめんなさいね」と残念そうに謝罪した。

 その姿を見た右京は「ですが……これも何かの縁。できるかどうかわかりませんが、折角なので挑戦させて頂きます」と男気をみせる。レミリアはとても喜んだ。

 尊や魔理沙たちがそっと駆け寄る。

 

「引き受けてよかったんですか?」

 

「ええ、折角ですから」

 

「……ならいいですけど、無理はしないでくださいね」

 

 いつもながら杉下右京のチャレンジ精神には驚かされる。次は魔理沙たちが話しかける。

 

「おじさんって多才だよな……。一つくらい分けてくれよ」

 

「昔、親に習わされただけですから」

 

「いや、でも、凄かったですよ! 生演奏のピアノって蓄音機で聴くよりも迫力があるんですね!」

 

「表現豊かで、途中からどんどんキレが増していく演奏に感動しました」

 

「初めて紅魔館をお洒落な場所だと思ったかも」

 

「魔理沙ではないが、杉下どのは多彩な才能を持っているようじゃのう。あっぱれじゃ」

 

 魔理沙に続いて小鈴、阿求、霊夢、マミも右京の演奏を褒めた。

 

「どうもありがとう」

 

 右京は素直に礼を述べた。

 時刻は十七時に差しかかったらしく、メイドの一人がレミリアに報せを入れにきた。

 緋色の主が特命の二人に告げる。

 

「もし、よかったら今日は紅魔館に泊まって行かない? 着替えはこちらで用意するから」

 

「それは非常にありがたいのですが、霊夢さんたちの都合もありますので……」

 

 右京たちは二人に護衛されてやってきている立場だ。彼女らの都合が優先である。

 すると魔理沙が「まぁ、私らなら大丈夫だぜ。どうせ暇だし」と返事をする。霊夢も特に異論はなく、黙って頷く。魔理沙はともかく、いつもなら帰ると騒ぐであろう霊夢まで許可を出すとはあまりに不自然。

 

 右京と尊、小鈴と阿求はその様子に疑問を覚える。そこにマミが小声で「晩飯をご馳走することを条件に了承したんじゃよ、アヤツらは」と囁いた。四人は()()()()()()()に苦笑いを浮かべる。

 晩御飯の準備に取りかかるべく、咲夜はその場を離れて厨房へと向かった。

 出て行く彼女の姿を見届けるレミリアとパチュリー。その代わりを任された黒い翼のメイドがパチュリーの側へやってくる。腕には見慣れた木製のボードと木箱が携えられていた。

 

「それは?」

 

「阿求様と小鈴様を案内していた最中に発見したチェスボードと駒です」

 

「懐かしいわね」

 

 パチュリーはメイドが持ってきたチェスボードを懐かしそうに眺める。

 

「チェスねえ……。そういえば、私はパチェに一度も勝ったことがなかったわね」とレミリアが嘆いた。

 チェスと聞いて右京は「パチュリーさんはチェスがお得意なのですか?」と振り、パチュリーが「それなりには。最近はやってませんが」と一言。右京も「実は僕もチェスをやっているんです」と笑った。

 緋色の主は和製ホームズの趣味がチェスであるのを思い出しながら、何か面白いことを思い付いて二人にある提案を持ちかけた。

 

「だったら、杉下さんとパチェで戦ってみたら?」

 

 二人が互いに顔を見合わせる。

 

「私は構わないけど」

 

「僕も構いません」

 

「なら決まりね」

 

 レミリアはメイドからチェスボードと駒を預かって二人分の椅子とテーブルを用意させた。

 プレイヤーたちがテーブルに向かい合うように座る。トスの結果、右京が先行でパチュリーが後攻となり、ボードに駒を並べ始めた。

 手際よく自陣に駒を並べていく右京の手つきを見たパチュリーは彼が普段からチェスをやっているのだと悟り、ほんの少しだけ口元をゆるめた。右京も幻想郷でチェスができる、それも吸血鬼の館に住む魔法使いとくれば喜ばずにはいられない。

 非公式戦なので持ち時間は無制限である。

 二人は互いに挨拶を交わしてから試合を始めた。

 先行の右京から駒を指していく。パチュリーも慣れた手つきで駒を移動。チェスに心得がある尊はパチュリーの腕前を序盤で理解できた。

 

(間違いなく上手い……だけど――)

 

 チェスは世界中に人口を抱えるボードゲーム。その分、研究も盛んであり、その戦略と戦術は幅広い。右京もチェスの研究を怠らず、その腕前はワールドクラス。

 いかに彼女が強かろうが、幻想郷という狭い世界では本格的なチェスの研究はできない。彼女が仲間たちと日夜研鑽を重ねているのなら話は変わってくるが、この勝負、様々な戦略を知り尽くす右京に分があるだろう。

 

 特に中盤以降、その差が出てくるはずだ。尊はそう考えながら、二人の対局を見守る。

 チェスでは『序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指しなさい』という名言がある。強いプレイヤーであればあるほど、基本ができている。右京は当然だが、パチュリーもまた基本を心得ていた。序盤の攻防はほぼ互角。そのまま試合は中盤へ突入する。

 

 右京が動く。チェスにはスタイルと呼ばれる、将棋で例えるところの棋風に近い概念が存在する。右京は実に冷静で、ミスというミスをほとんどせず、精密機械の如く、博打に頼らない堅実な立ち回りを心がけている。

 後攻のパチュリーは駒を取られないように立ち回って行くのだが、右京の鋭い手に一手一手までの時間が長くなっていく。

 理由は簡単。自分が経験したことのない戦術を目の当たりにしているからだ。

 

(これが表のチェス……。面白い)

 

 ワールドクラスの対戦相手に苦戦を強いられるパチュリー。魔法使いとして負けるのはプライドが許さないのか、必死に知恵を絞り、最善手を導き出す。

 右京と尊は静かに唸る。

 

(この方、強いですねえ……。一歩間違えばこちらの敗北でしょうか。これは――楽しくなってきました)

 右京は彼女を強いと評価しており、本来、有利でありながらも真剣に盤面と向き合う。

 対するパチュリーも「強いわね……。今まで戦ったプレイヤーの中で間違いなく一番」と認識。和製ホームズと戦うには圧倒的準備不足であるが、その頭脳をフル回転させて補う。

 

 他のメンバーやレミリアたちも対局を静かに見守っていた。ゲーム中盤の激しい攻防が続く。

 心の中で尊が「俺が今の杉下さんと戦っても勝てるイメージが湧かないな。おまけに、この魔法使いにも数回戦ったら確実に勝てなくなる」と嘆く。

 

 それもそのはず、最近まで青木年男というやり手の好敵手が右京にしつこく戦いを挑んでおり、その技量向上に貢献していたからだ。青木の腕前も高く、彼を何度か苦しめたが、基本的には右京の勝利で終わる。そのおかけで今の右京は尊が特命係にいた頃よりも一段と強さを増している。間違いなく、今が一番強い。

 

 パチュリーも戦略と戦法こそ古風だが、右京の意図を読んでは彼が有利に展開できないよう、あの手この手で妨害する。彼女が本気になって現代チェスを研究したら尊ではすぐに相手にならなくなるだろう。彼女はそれほどの頭のよさとセンスを持っている。

 

 そんな白熱した試合に知識人の阿求は「達人同士の戦いだわ」と興奮。霊夢と魔理沙、小鈴にマミはチェスに馴染がなく、試合内容をまるで理解できない。レミリアもチェスはかじる程度なので二人が強いくらいしかわからないが、互いの真剣な顔つきを見て楽しそうにしていた。

 

 対局が終盤に突入すると、右京が詰めに入る。パチュリーは中盤での駆け引きでリードを奪われてしまったのが災いし、防戦一方となる。それでも最後まで粘るが、結果的にチェックメイトされてしまった。一戦目は試合時間五〇分で右京が勝利した。

 

 右京はかつて在籍していた『帝都大学チェス愛好会』で一度しか負けなかった男の技量を見せつけた。なお、その一度も相手の反則行為によるものであり、実質、当時の帝都大最強のプレイヤーは杉下右京であった。その彼と渡り合えるパチュリー・ノーレッジも相当な腕前である。彼女が表のチェスを研究していたのなら、勝負の行方はわからなかっただろう。

 

 その結果にレミリアが「紅魔館の頭脳を破るなんて凄いじゃない」と右京を賞賛し、本人が「運がよかっただけですよ」と謙遜する。実際、一歩間違えば敗北もあり得たのだから、世辞ではない。

 パチュリーはレミリアの親友であり、その右腕である。彼女は紅魔館の参謀を任されており、有事の際の司令塔からレミリアの趣味の請負まで幅広くこなす。基本的に引き込もりだが、外に出て情報収集を行うなど、活動的な一面も持っている。

 

 魔法全般に長けたパチュリーがその頭脳を活かし、過去に一から幻想郷の素材だけで月まで行けるロケットを完成させたと言えば、その知識力を理解できるだろう。

 パチュリーは「お強いですね」と一言。右京は「ギリギリの勝負でした」と語り、接戦であったことを告げる。

 すると、彼女がもう一戦どうかと勝負を持ちかけた。断る理由はない。彼はその申し出を受け、休憩を挟んでから二戦目に突入する。

 今度はパチュリーが先行だ。

 

 激闘の末――二戦目はパチュリーが勝利した。終盤の駆け引きで右京のミスを突いたのが勝因であった。対戦時間は一戦目と同じ五〇分である。

 

 右京は心の中で魔法使いを「まるで魔法使いのように計算された戦い方ですが、その実大胆。勝負所だと感じればリスクを恐れず勝ちを取りに行く。その姿はまさに盤上の賢者という言葉が相応しい」と絶賛した。

 

 パチュリーもまた和製ホームズを「一流の魔法使いが精密に作り上げた魔法陣の如く、一切の無駄がなかったわね。こちらの思考でも読んでいるじゃないかと思える一手は名探偵の推理そのもの。まさにシャーロック・ホームズって感じだわ」と評した。

 二戦目に勝利したパチュリーが大きなため息を吐く。

 

「これで五分ですね」

 

「ええ」

 

 互いに不敵な笑みを以て向かい合う二人。

 勝負の行方は三戦目に委ねられる――と思われたが、咲夜が準備が整ったと報せにきたので次回へ持ち越しとなった。

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