【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜   作:初代シロネコアイルー

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第30話 緋色の妹

 負けを悟った尊は「もう、ぼくの勝ち目はないですね」と降参のポーズをやってみせた。襲撃されたのは本居小鈴である。

 右京と阿求は互いを見やりながら、

 

「さすがは、九代目稗田阿礼さま――素晴らしい立ち回りでした」

 

「表のホームズさまにお褒め頂き光栄です」

 

 勝利宣言とも取れる発言をした。それもそのはず。この時点で里人陣営は尊一人。残りは妖怪の右京と妖怪信者の阿求。投票では数の力で決して勝てない。これは本家人狼ゲームではパワープレイと呼ばれる。

 

 本来なら両陣営が狂人を信じさせるべく取り合うのだが、パチュリーの言う通り、序盤で互いの素性を確認した両者には問題なかった。和製シャーロック・ホームズと幻想のアガサクリスティ相手では敗北は必然だったのかもしれない。

 軽く息を吐いてから尊が訊ねる。

 

「で、どこからどこまでが正しかったんですか?」

 

「「全てパチュリーさんの推理通りです」」

 

「あ、そうですか」

 

 尊は呆れてものも言えなくなった。よくもあそこまで完全にバラされた上で普段と表情を変えずに嘘を吐き通したな、と。

 勝者二人組は後日談のように語る。

 

「しかし、パチュリーさんの推理力は相当なものですねえ。阿求さんのファインプレイがなかったら彼女に終始主導権を握られて成す術なく敗北していました」

 

「紅魔館の頭脳――その名前は伊達じゃありませんね。たまたま席が近くて彼女の表情を横目で確認しやすく、偶然小鈴が鈴奈庵のことを言い出したので乗っかるしかないと覚悟を決めました。お役に立ててよかった」

 

 まさか、パチュリーがゲームの性質を読んで序盤から観察に徹していたなんてこの二人以外は予想しえなかっただろう。

 右京は普段から公私問わず、こうした知恵比べをしているのでなんてことはなく、阿求もまた職業柄、こういうシチュエーションは常に想像している。

 マミはアドリブが非常に上手だったが、名探偵三人の前に後れを取る形となってしまったのが悔やまれる。二人のコンビネーションはまさしく『相棒』だった。

 楽しそうにする両者に尊はどこか寂しさを覚えた。サンチマンタリスムに等しい何かに心を揺れ動かされる。

 そんな尊が気になったのか、右京が彼の健闘を称えた。

 

「君も二日目に入ってから切れのよい考察を展開しましたね。里人陣営に有益な情報を提供――三日目には僕を一歩まで追いつめた。腕を上げましたね、神戸君」

 

 予想外の言葉にワンテンポ遅れながら尊が返す。

 

「え、あぁ、どうも――というより、三日目のぼくの考察当たっていたんですね?」

 

「大方当たっていましたね」

 

「なるほど」

 

 満更ではなさそうに尊が頷き、右京が続けた。

 

「二日目の襲撃対象――僕は結構、悩んだんですよ。君とレミリアさんと魔理沙さんの誰を狙うかで。ある程度、行動が予測できたので、予想外の行動を取った魔理沙さんを落とせば、後は阿求さんとトークによって小鈴さんを誘導し、票を確保できると思ったのでその策に出ました」

 

「私はてっきり、尊さんかレミリアさんを落とすばかり思っていたので驚きました」

 

「どちらも強敵でしたからねえ。小鈴さんの票を活かしつつ確実にこちらへ持って行くためにはそれが一番だと踏んで選択しました。おかげで神戸君が食付いてくれましたので、レミリアさんも便乗してくれた。叩く部分は魔理沙さんを選んだ理由か、霊夢さんを選んだ理由くらいでしょうしね。後は何故マミさんの肩を持ったのかとかその辺りですかね。いずれにしても反論は容易でした」

 

「なんだか、腑に落ちないな~」

 

 納得のいかない様子の尊。

 

「ふふっ」

 

 笑みを零しながら、納得のいかない部下を右京は愉快げに眺めている。

 

「……霊夢さんを襲撃した理由は?」

 

「パチュリーさんが僕を陥れるように仕組んだと見せかけるためです。阿求さんがその意図を汲んで考察を組み立ててくださったので助かりました」

 

「結構な無茶振りでしたよアレ」

 

 おかげでこじつけみたいな推理をさせられた阿求からすれば迷惑もいいところだ。半眼を向けられても紳士の態度は崩れることはない。

 

「それと、彼女――名前の通り結構、勘が鋭いんですよ。ですので、早めに対処したほうがいいという思惑もありました。後半になって確信を突かれるのも大変ですし」

 

「まぁ、ピンポイントで杉下さんを名指ししてましたからね。さすがはお巫女さんです」

 

 直感とはいえ、人狼を当てた霊夢のセンスを尊は称賛する。

 その直後、阿求が「基本はグータラです。修行もよくサボるそうですし」と語ってみせ、警察官二人を笑わせた。

 

 襲撃を受けた対象を発表する前に参加者内で勝敗が決してしまったので妙に輪に入れなかった咲夜だが、コホンと咳払いをして三人を振り向かせてから「襲撃されたのは小鈴さんでした――さて、ゲームのほうですが……妖怪陣営の勝ちということでよろしいでしょうか?」と今更感を漂わせた状態で訊ねてきた。

 一同が「それでお願いします」と言ったことでこのゲームは正式に終了となる。

 それに伴い咲夜は皆を呼びに行くため、この場を離れた。

 

 彼女が戻るまで三人は雑談を続けた。十分ほど経過したが、咲夜は戻ってこない。

 メンバーは妖怪の話で盛り上がっているので、特に気にしなかった。オカルト話で盛り上がる右京と阿求に一般人の尊はついていけず、蚊帳の外だった。

 暇になった彼はトイレに行くと言い残し、広間から廊下へと出た。

 トイレは広間からすぐの場所にあり、男性用も完備されている。場所は咲夜に予め教えられているので道に迷うことはなかった。

 真紅の絨毯が敷かれた廊下をテクテクと歩く。

 

「空間拡張だったかな? スゲー能力だよな……」

 

 外観からは想像できないほど広大や屋敷とその廊下の長さに尊は唸った。一分も経たないうちに尊はトイレに入ってから用を足す。彼はその間、人影はおろか妖精メイドまで見当たらないことに疑問を覚えるも、休憩中なのだろうと深く気に留めなかった。

 

 トイレを出た尊が来た道を戻ろうとする。その時だ。彼の背筋に例えようのない悪寒が走った。あまりに唐突だったので、ビクっと身体を震わせ、反射的に後ろを振り向く。

 そこ人影はなく、一面紅色の空間かつ自分の足音以外何も聞こえない廊下があるだけ。

 気のせいか。安堵した、その瞬間――。

 

 ――サ、サ、サッ、ゴトン

 

 どこかで不自然な物音がした。振り返るもそこには何もない。間髪入れず左右から似たような怪奇音が聞こえ始めた。

 ドタドタと何かが走る音、カチャカチャと何かすれる音。微かにだが、何者かが歌を歌う声が尊の耳に入る。

 尊は慌てふためきながら視線をグルグルと駆け巡らせる。前方後方、床に天井、廊下の埃まであらゆることを確認するも音を鳴らす物体が確認できない。そうこうしているうちに声が段々近づいてくる。それは正面だ。

 

 カチャカチャカチャカチャ――何かがすれ合う音と共にそれが鮮明になる。それは少女の声だった――。まるで、天使のような歌声で彩られるあまりに悪魔的なメロディー。ふんわりとしながらその実、鉛のように固く重く突き刺さる十字架。尊はその場で硬直して動けずにいた。

 不安定なリズムと共に破滅の詩の全容が明らかとなる――。

 

  紅い()~ 細めて 

  月を片手に遊ぶのよ~♪

  死の灰~ 降り注げ 

  儚き紅楼夢(こうろうむ)~♪ 

  あなたと~ 待ち合わせ 

  真っ赤なお墓で待ちぼうけ~♪

  いつでもこれからも~ 血染めの人生よ~♪

 

  地上は私の物

  だけど 今は誰の物でもない

  何故だろう

  私は支配者(ロード)になれない

  なれるとしたらアイツだけ

  私は蚊帳の外

  仕方ないから

  紅い大地と夢幻(むげん)(とき)をギャラリーに

  今宵も踊るわ

  月はいつでも私の味方

  太陽はいつでも私の敵

  あなたはいつでも私の玩具

  そんな関係も右手一つで終わってしまう

  だから人は私をU.N.オーエンと呼ぶ――

 

  振り返れば誰もいない ここに一人

  人の形した抜け殻を人とは呼ばない

  言うならば首紐ブリキ

  人はそれを死者と呼び 私は餌と呼ぶ

  彼女の行く先は天国かそれとも地獄か

  決めるのは私とあなた

  そうだ 全ての生者たちのために

  虹色のつり橋を創りましょう

  いずれは真紅に染まる私たちの

  甘いトラップを

  そこを歩く者たちを橋ごと破壊して

  波紋の絶海を作るの

  きっと楽しいわ

  串刺しごっこなんかよりもずっと刺激的

  証拠なんて残らない

  私がきゅっとしてドカーンしてあげる

  だから……遊びましょう 永遠に――

 

  消えない夢抱いて~

  明日と心中しに行こう~♪

  忘れはしないわ~

  その顔 その命~♪

  あなたが崩れてく~ 

  私が無慈悲に崩してく~♪

  いつでもこれからも~ 

  私は殺人鬼~♪

 

 

 詩が止み、無限の混沌の中を歩んで来たであろう《紅の少女》がその姿を人前に晒す――。

 

「初めまして、日本のワトスンさん――私は吸血鬼の妹、フランドール・スカーレットよ」

 

 その翼は翼と言うにはあまりにも煌びやかすぎた。細く軽く音を立てそして不安定すぎた。それは正に悪夢だった――。

 ついに現れてしまった。紅魔の双璧、その妹君――狂気を宿した吸血鬼フランドール・スカーレット。

 

 濃い黄色のウェーブかかったセミロングをあどけなくサイドテールに仕立て上げ、定番のナイトキャップを被った彼女は全身を真紅のお洋服でお洒落に彩り、両手を腰にまわし、可愛いその足で絨毯を踏みしめている。

 振動が身体を伝わって背中を揺らすたびにそこから生えた七色の翼がカチャカチャと音を鳴らす。

 

 その翼は黒いホースのように細く長いしなやかなのだが、そこには天干しした干物がぶら下がるかのように色取り取りの菱形をした宝石が立ち並んでいる。人によっては催し物の衣装にも見えるかもしれないが、今の尊に考えるだけの余裕はない。

 

 奇妙な姿をした少女は全てを呑み込んで跡形もなく消し去るブラックホールのような混沌を宿した紅眼を携え、目の前のターゲットがどんな態度を取るのか、ジッと見つめている。

 後ろ手に回された破滅を宿す掌は『あなたは壊さない』という意思表示にも取れる。

 慈悲だ、紛れない慈悲である。彼はそれをただ自然と理解できた。

 初めて出会った超ド級の規格外――それもプレッシャーという名前の純然たるカルマをところ構わず、まき散らしている。それは格下を平伏されるには十分すぎた。

 尊は何が何だかわからず、ただ恐怖に怯えていた。

 

 圧倒的な力。絶対的な恐怖。破滅的なオーラ。彼女はその可憐な容姿に強者の要素の大半を詰め込んだ空前絶後のスーパーカーミラ。シェリダン・レ・ファニュだって裸足で逃げ出すほどの傑物。時代が時代なら天下を取れたかもしれない。

 頭が高い――とでも言われたかのように彼は尻もちを突いた。

 妹君は獲物の近くまで寄ってきた。その一歩一歩が今の彼には処刑人の足音、もしくは死神が鎌を振り上げる音に聞こえたに違いない。尊は本気で泣きたくなった。

 彼女は少しだけ屈んでから口を開いた。

 

「どうかした? どっか痛いの?」

 

「え……あ……そ、そのっ」

 

 言葉など出ない、彼女の気に当てられた人間はただのアリも同然。委縮して何も考えられなくなる。幻想郷の妖怪でも彼女とまともに話せるのはごく一部だ。大半は泣きながら逃げ出してしまう。目の前の獲物はそれすらさせて貰えない。

 少女は不満げな表情を浮かべた。

 

「うーん。つまんないねぇ。――ホームズはまだ広間にいるの?」

 

 尊は口を大きく開けながら、コクンコクンと頷いた。自分のことをワトスンと言ったならばホームズに該当するのは右京しかいないのだから。

 妹君はパッと笑顔を作ってから「じゃあ行くかー。ツパイ――こっちおいでー」と誰かの名を呼んだ。

 

 すると「キャウキャウ♪」と嬉しそうな声を出しながら何かがこちらへ向かって疾走してきた。全身灰色の小型犬よりも大きいくらいの物体が尊の真横を横切る。

 彼はツパイを見て意識が飛びそうになる。

 何故ならば――。

 

「ん? あぁ――この子ね、ツパイって言うの。ちょっと前は脱走したこともあったけど、今では立派なお利口さんなのよ。はい挨拶」

 

「キャウ!」と元気よく返事をした。瞬間、尊は心底怯えながら

 

(は――は――コ、コイツは……《チュパカブラ》ああああああああああ!!)

 

 と声にもならない悲鳴を上げた。

 そう、彼女のペットとはあの有名なU()M()A()のチュパカブラだった。チュパカブラは火星型宇宙人グレイを小型犬にしたような怪物である。生き物の生血を啜る吸血生物であり、メキシコ辺りでの目撃情報が出ていたが、その真相は謎に包まれている。まさに未知のモンスター。さすがは幻想郷――なんでもありだ。

 

 ペットの合流したお姫様は親切な人間に向かって手を振りながら「ありがとね~」とお礼を言って広間へと早歩きで向かった。

 その瞬間、緊張から解放された尊はその場で糸の切れた人形のように倒れ込んで気を失った。

 

 咲夜たちが戻るのを広間で待っている右京と阿求はまだ話し込んでいた。

 内容は妖怪の話から小説の話へ替わっていた。

 

「『そして誰もいなくなった』はミステリーの傑作ですよね!」

 

 阿求が話題を振る。

 

「もちろんですとも! 今なお売れ続け、全世界で一億冊を達成した偉大なる小説です」

 

「私もあれくらいの本を書いてみたいですが、中々、筆が進まないことが多くて……」

 

「おや、それはどうして」

 

「ネタは思いつくのですが、幻想郷版にローカライズする際、住民にわかりやすくしなければならないので、そこの調整で手間取るのです」

 

 彼女は作家としての悩みを語った。

 

「わかりやすくしなければ読者が困ってしまいますからねえ」

 

「そうなんです。文章を書くのは得意なのですが、表現が難しいとか言われるとちょっとへこみます」

 

「僕も若い部下を持っていた時期があるのでよくわかります」

 

「部下と言うと相棒の方ですか?」

 

「ええ、とても正義感の強い好青年です。感情が高ぶると粗暴さが目立つ性格でしたが、非常に頼りになる相棒でした……」

 

 かつての部下を思い浮かべた右京。その瞳には悲しさが同居していた。

 

「話を聞くにきっと、どんな事件にも怯まず立ち向かう人物だったのでしょうね――私の小説にもそういったキャラクターはいますが、どうもワトスンっぽくなってしまって――。キャラクター作りって思ったよりも大変なのだな、といつも痛感させられます」

 

「僕も趣味で小説を書いてますから他人事は思えません」

 

「あら? 杉下さんも小説を?」

 

「はい。趣味で」

 

「ちなみにタイトルは?」

 

「『孤独の研究』という物です」

 

「習作ではないのですね?」

 

 クスりと笑う阿求。

 

「研究のほうがしっくりきましたので」

 

 右京は笑顔で返した。ホームズを知っている者同士の会話だった。

 

「内容のほうは――やはりミステリーですか?」

 

「いえ、毒舌で有名なミステリー小説評論家が何故、自分自身が孤独なのかを知るべく研究していくという一風変わった内容の物語です」

 

「それはまた……どうしてそのテーマで小説を書こうと?」

 

「仲の良い友達に小説を書いてみたほうがいいと勧められたのがきっかけです。ちなみに主人公のモデルはその友達です」

 

 右京はおどけて語って見せた。

 それを聞いた阿求が歳相応の笑顔を作りながら「地味な嫌がらせですね」とコメントする。

 広間は和やかな空気に包まれていた。後は咲夜が皆を連れてくるだけで今日はお開きになるだろう――せっかくだから、余った時間でレミリアに頼まれた曲を作ろうかと右京は考えていた。

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 ドタバタと軽い足音が広間にも伝わってくる。

 右京は音の大きさ的にレミリアが先に戻ってきたのか? と勘繰ったが、実際に扉を開けたのは彼女ではなく――。

 

「よいしょっとっ」

 

「キャウキャウ!」

 

 深紅に身を包む少女と灰色の生命体だった。

 阿求はその姿に絶句し、右手で口を覆い隠したまま硬直した。

 右京も少女が持つ深紅色の瞳が放つオーラを真正面から浴び、背中にゾクゾクと電流じみた危険信号が走るも、その可憐かつ狂気を帯びた彼女とお供の灰色騎士の存在にいつもの悪癖が刺激されて、その心を奪われた。

 彼女は何気ない顔で右京の下に駆け寄る。

 

「こんばんは――ホームズさん」

 

 見る者を威圧するその雰囲気は、和やかな空間を突如として殺伐な世界へと変貌させる。

 阿求は「なんでここに彼女が!? いつもなら幽閉されているか地下周辺をウロウロしているだけのに――」と竦んで動けなかった。

 そんな中、右京は――。

 

「……おお! あなたはもしや、レミリアさんの――」

 

「そうよ、私が妹のフランドール・スカーレット」

 

「やはりそうでしたか! 僕は表の世界から来た杉下右京と言います。お会いできて光栄です、フランドールさん」

 

 あろうことか中腰になり、目線を合わせた上で右手を差し出した。

 それに気を良くしたのか、それとも身の程知らずとでも思ったのか、吸血鬼の妹は、ふふんっと小さく鼻を鳴らしてから。

 

「よろしくね」

 

 笑顔で握手に応じる。右京は妖怪でさえも恐れ戦くフランを相手に対等に接した。

 ありえない状況に阿求が息を飲むが、今までの彼の行動から心のどこかに「この人ならやりかねない」という予感めいたモノがあり、次第に現実を受け入れていった。

 握手を終えたフランは先ほどまでレミリアが座っていた場所まで歩くと、椅子に腰をかけた。

 

「さっきのゲーム、面白かった?」

 

「ええ。とても」

 

 そう答えながら右京も自分が座っていた席に着いた。

 どうやらフランはメンバーがレミリア・ジャッジメントで遊んでいたのを知っているようだった。

 少し遅れて阿求も席に戻る。その顔は明らかに強張っていたが、動揺を見せぬように努力していた。

 何故、レミリアたちは戻ってこないのか、ゲームがまだ続いていると思い込み、どこかで待機しているのか、あるいは別の事情か――。

 

 阿求は考えられる最悪の状況を想定し、俯きながらその童顔を真っ青にした。

 彼も阿求の思考を理解してか、少しだけ表情を崩した。

 二人の心情を知ってか知らずか、フランはニヒルな笑みを浮かべておちょくる。

 

「アイツの作ったゲームで満足しているようには見えなかったけどね~」

 

 まるでどこからか観察していたような口ぶりだ。

 吸血鬼の妹は不気味な羽根をピクピクと動かし、カチャカチャと音を鳴らしながらテーブルに両肘を突いて顔を支える。

 同時にツパイが彼女の側にやってきて、椅子の横でお座りする。まるで犬のようだ。

 右京はツパイのことをお嬢様に付き従う騎士だと思った。阿求はツパイと面識こそあれど、その刺々しい容姿に慣れず、出来るだけ視界に入れないように心がけている。

 ここで誤った態度を取れば吸血鬼の妹の機嫌を損ねて殺される可能性があると理解しているからだ。

 

 レミリアはまだか、生きているなら早く戻ってこい。阿求は気が気でなかった。

 無論、右京もその並々ならぬプレッシャーから選択を誤ればタダでは済まないだろうと悟っており、笑顔こそ作っているが、その緊張感は武器を持った凶悪犯と一対一で戦っている時と同等かそれ以上。

 こんな時にクレバーな元相棒は何をやっているのか。

 右京は内心ため息を吐いたが、同時にある不安が脳裏をよぎった。

 

「――ところでフランさん。僕と同じようなスーツを着た男性を見かけませんでしたか? ついさっき、トイレに行ったきり、戻ってこないのです」

 

「ああ、ワトソンね。トイレでばったり会ったから少しお話ししたよ。私とツパイに驚いて全く会話にならなかったけど――つまんなかったわ。その内、戻ってくるんじゃない?」

 

 フランが笑った。

 右京の頭に吸血鬼と未確認吸血生物という血を連想させる凶悪コンビの前に気絶した尊の姿が浮かんだ。

 会話の内容や表情から尊が殺されてはいないだろうと直感した右京はユーモラスに返した。

 

「彼は些か臆病ですからねえ~。館の雰囲気に飲まれてしまったのかもしれません。どうかお気を悪くせず」

 

「別に気にしないわよ。私と会えばほとんどの人間や妖怪は逃げて行くし。今に始まったことじゃないわ。ね、ツパイ?」

 

「キャウ!」

 

 フランが自身の横でお座りするペットに視線を送ると彼は元気よく返事をした。

 チュパカブラはその表情こそ乏しいが、このトーンからフランを主人として認め、懐いていた。

 その様子に彼女はどこか嬉しそうにしている。

 阿求はレミリアが「最近はペットのおかげで落ち着いた」と言っていたのを思い出して満更、嘘でもなさそうだとフランへの評価をほんの少しだけ改めた。

 ツパイから再び視線を右京に移したフランは彼に質問する。

 

「新聞見たけどホームズは日本の警察官なんだよね?」

 

「そうですよ」

 

「事件とか解決したりするの?」

 

「それなりには」

 

「へー、すごいねー。どんな事件を解決してきたの?」

 

 フランは興味津々だ。

 

「困りますねえ。僕にも守秘義務があるのですが……」

 

「えー、いいじゃん!」

 

 右京が唸るとフランも半眼で応戦する。

 若干のふくれっ面だったが、阿求は身の危険を覚えて「彼女の機嫌が悪くなるようなことを言わないで!」と、焦り気味に右京へアイコンタクトを送った。

 彼女の取り乱した顔にさすがの彼もお手上げだったようで「お話しできる範囲でなら」と、渋々了承した。

 右京は国家の闇に触れるようなものを除いたどこでもありそうな事件をフランに聞かせた。

 初めは強盗、スリ、詐欺、誘拐などの軽い内容ばかり話していたのだが、退屈したフランが「もっとすごいのないの? 殺人事件とか」と急かす。

 

「ない訳ではないのですが、あまり良い話ではありません――ご興味がおありですか?」

 

「そりゃあ、事件と言えば殺人事件でしょ! 血の匂いがするお話に吸血鬼が無関心でいられる訳がないのよ。なんかないの!? 表であった事件でもいいからさ!」

 

 テーブルに両手をバンっと叩き付けながら無邪気に訊ねるフラン。

 レミリアもそうだが、妹の彼女も暴君の素質を持っている。

 我儘で気の向くままに生きる吸血鬼だが、彼らは生まれながらにして一種のカリスマを身に付けており、弱き者は彼らを崇め、従うようになる。

 もしくは振り回される内に魅力を感じてしまうというべきか。

 

 右京はフランドールが発する純粋な狂気にどこか心魅かれるモノを感じていた。

 美しい瞳の中に底なしの混沌を宿し、その混沌がいつ牙を剥いてくるのかわからない。

 普通に話しているだけで人間に死を感じさせるほどの圧――対応を間違えばハエを叩くように容易く潰される。

 しかし、それが彼の悪癖を刺激していき、闘志を漲らせた。

 

(これがカリスマと呼ばれる気質なのかもしれませんねえ。ここは彼女に合わせるのが最善でしょうか……。隙を見て阿求さんだけでも逃がしましょう)

 

 化け物と相対しながらも相手を分析しつつ、恐怖に怯える阿求を逃がす策を練る。

 麻薬でも使われない限り、杉下右京はその思考を止めない。

 

「わかりました――」

 

「できる限りすごいヤツね。吸血鬼の私が涼しくなれるような」

 

 ここでフランの機嫌を損ねてこちらに危害が及ぶのは避けたい。

 右京は心の内で肩を竦めながら実際に自身が解決した殺人事件の話をフランに聞かせた。それも彼女望むであろう身の毛もよだつ殺人事件の数々を。

 

 平成の切り裂きジャックが起こした一連の事件、父を殺したベラドンナの話、殺人に手を染めた天才少年の悲劇、とある悪魔信者たちの凶行といった血にまみれた話を一般人が知っている範囲で教えた。もちろん極秘情報や加害者と被害者の名前は伏せた。

 

 話を聞いたフランは切り裂きジャックと悪魔信者たちの話に強い関心を寄せ「表の人間も結構、残虐なことをするもんだねー。よかったよ!」と満足げに感想を述べた。

 阿求は彼らの犯行に強い嫌悪感を抱きながら「事実は小説よりも奇なり……」と呟いて手を合わせた。

 右京は、はしゃぐフランの顔をチラっと見やる。

 

(やはり吸血鬼とあって血を好む性質を持っているのでしょうね。通常なら身の毛もよだつ話も喜々として受け入れ、まるで娯楽のように楽しんでいる。中々、理解できるモノではありませんねえ)

 

 種族の違いが如実に表れたと言ってもよい。

 レミリアならもう少し気の利いたコメントするだろうが、彼女にそんな気遣いはない。やはり当主とその妹の差は大きい。

 ここまで経過した時間は二十分。

 咲夜はおろか、レミリアや他のメンバーが戻る気配はない。

 気を見計らった右京はフランに質問した。

 

「フランさんは普段、どのような場所でお過ごしになっているのですか?」

 

「ん? 私? 地下室よ――図書館の下にあるジメジメした部屋。居心地はよく無いけど、何一つ不自由しないわ。必要なものは全て咲夜が用意してくれるからね。ただ、遊び相手がツパイしか居ないのが不満だけど――」

 

「それはそれは」

 

「お姉さまもパチュリーも咲夜も色々都合を付けてどっか行っちゃうから相手が居ないの」

 

「だから、僕に会いに来た――という訳ですか?」

 

「そーいうこと。表から刑事――それも名探偵がやってくるなんて聞いたら話してみたくなるじゃん♪」

 フランは暇を持て余す生活を送っている。正しくは軟禁生活だが、最近は緩くなっている。客人には迷惑をかけないようにレミリアから言われていると彼女は語った。

 すでにレミリアの言いつけを破っていることに本人は気付いているのだろうか。阿求が呆れる。

 今の言葉で右京は目の前の吸血鬼が自分たちを簡単には殺さないと確信。

 とあるプランを実行すべく、こんな提案をした。

 

「なるほど。僕もあなたとお話ししてみたかったので嬉しく思います。もしよろしければ、フランさんが普段どのような暮らしをしているのか教えて頂けませんか?」

 

「暮らし? そんなんに興味あるの?」

 

「はい、伝説の吸血鬼さまにお目にかかれる機会など滅多にありませんから」

 

「好奇心旺盛だね。表の人間は変わってるわ」

 

「そう思って頂いて結構です」

 

「まぁ……。面白い話を聞かせて貰ったし――いいよ」

 

「感謝します」

 

 フランは右京に話をして貰ったお礼に彼の申し出に応じた。

 ただの一般人が恐怖の象徴たる幻想の吸血鬼、それもとびきりの狂人に頼みごとをして聞き入れられるという前代未聞の事態に阿求は腰を抜かした。

 

「教えるって言っても何を教えればいいの?」

 

「そうですねえ~。まず、どんなルートで館を巡っているのか――でしょうか」

 

「ん? テキトーに歩ってるだけなんだけど……」

 

「できればそれをお見せして頂けるとありがたいのですが」

 

「見せる? 館内を歩くところを?」

 

「はい」

 

 真面目な表情で右京がそう頷くとフランは「さすがはホームズだねぇ~」と若干、困惑しながらも「じゃ、案内したげる」と了承して離席。

 ツパイを従えて扉へ向かう。

 固まる阿求に右京は「それでは行ってきます。皆さんによろしくお伝えください」と伝えた。

 彼女は刑事が自分からフランを離すべくあえて彼女に館を案内させるつもりなのだと悟り、口を大きく開けてしまう。

 彼はふふっと笑って踵を翻してフランの元へと向かい、扉を開けて共に廊下へと出て行った。

 あえて危険な役を買って出た右京に阿求は勇敢な表の警察官の心意気を感じ取り、

 

(わかりました。必ず救援を呼んできます。どうかご無事で――)

 

 決意した。足音が広間から離れたのを確認後、フランに対抗できる人物を探すため、広間から逃げるように駆け出す。

 フランを阿求から引き離すことに成功した右京は、彼女と共に迷路のような廊下を歩く。

 紅魔館は咲夜の能力により、見た目以上の面積を誇っている。

 感覚的に言えば外観の三倍程度。錯覚にでも陥ったのかと思わせられるが、それが十六夜咲夜の能力の一端なのだ。

 一階に降り、特に当てもなく館内をぶらつく彼女は唐突に散歩コースの説明を始める。

 

「いつもは図書館の地下室にいるの。目が覚めるのは日が暮れてからでその後はツパイを引き連れて今みたいに適当な感じでぶらつくのよ。メイドやゴブリン、館にやってきた妖怪や人間はすぐに逃げて行くわ。私を何だと思っているのかしらねぇ」

 

「全くですねえ。こんなにも親切だと言うのに」

 

 相槌を打つ右京。

 

「そんなこと言ってくれるのはホームズくらいよ」

 

 目を細めて愚痴を零すフランに、和製ホームズはいつもの態度で接する。

 傍から見れば親戚の子供とおじさんである。

 尊が恐れ戦き、発狂寸前まで陥ったのを考えれば、右京が普段通りでいられるのは異常以外の何物でもない。潜り抜けた修羅場の数が違うのだ。

 彼女に比べるとかなり劣るとはいえ、フランのようなタイプの狂人とも何度か対決している。その経験がプラスに働いているのだろう。

 

 もちろん、彼自身が幻想郷について研究したのも大きく影響しているが、いくら頭の中で対策法を考えても恐怖に飲まれてしまえばどうにもならない。

 杉下右京というある種の狂人だからこその芸当だ。

 

 フランに付き従うツパイも初めこそ右京を警戒していたが、今は慣れたのか時折、右京の近くに寄っては興味ありげにクルクルと足元を回ってみせ、目が合えば、お座りしながらジッと彼の様子を伺い、飽きるとフランのところへ戻っていく。

 その仕草には、微笑ましささえ覚える。

 右京もフランのプレッシャーにひり付く頬を軽く撫でながら、興味深そうに観察している。

 大方の説明を終えたフランは一階のエントランスまで右京を誘導し、中央でピタリと足を止め、彼のほうをくるりと振り向いた。

 

「こんなとこでいい?」

 

「はい。大変、参考になりました」

 

 右京は感謝を表した。

 

「そう。よかったわ――」

 

 少女らしく無邪気に微笑んだフランはこう続けた。

 

「――だったら、次は私のお願いを聞いて頂戴」

 

「ええ、僕にできることでしたら」

 

 右京は自分に可能な範囲でならと承諾した。

 次の瞬間、フランはその笑顔をニヒルなものへと変化させながら「じゃあ――」と続け、右京が「いいですよ」と微笑む。

 

 

 ――か……さん――かん……さん。

 

 突如、頭の中に鳴り響く女の声。

 

「う……っ」

 

 尊は徐々に意識を取り戻し、眩しさで霞む瞼を擦りながら目覚める。

 目の前には自身の身体を揺らす阿求の姿があった。

 

「あ、稗田さん……」

 

「お気付きになりましたか! よかった」

 

「ハハ、ご心配をおかけしました」

 

 尊は謝罪し、右手で頭を押さえながら意識を失う直前の記憶を思い出す。

 

「確か、レミリアさんの妹さんと会話して気を失ったんだっけ……?」

 

 少女相手に何をやっているんだ? 視線を床に落して、恥ずかしがる尊を阿求が励ます。

 

「仕方ありませんよ。相手は幻想郷の住民は元より、妖怪でさえ恐れる相手なのですから」

 

「そうなんですか?」

 

「普通にしていても湧き出るあの狂気ですよ? 無理に決まっています。だから幽閉されているのです」

 

「なるほど……」

 

 思い返すだけでもゾッとするあのドス黒いオーラ。彼女のその気はなくても周りの精神に負荷をかけるその性質である。尊は阿求の言葉をそのまま受け入れた。

 未だに震える身体を起こし、彼は上着についたほこりを軽く手で払った。

 

「ところで杉下さんはどこですか?」

 

 小言の多い元上司はどうしているのか。

 何気なく訊ねる尊だったが、阿求は暗い表情で「杉下さんはフランさんに頼んで一緒に館を見て回っています」と説明した。

 

「へ?」

 

 耳を疑う尊。あんな化け物とも仲良くできるのかよ、と二の句が継げずにいた。

 そんな元部下に阿求が持論を伝える。

 

「おそらく杉下さんは私を彼女から遠ざけるためにあえてそのような真似をしたのだと思います。おかげで自由に動けていますから」

 

「まぁ、あの人ならありえない話ではないですが……」

 

 杉下右京は自分の身を挺してまで他者を護る人間である。

 模範的な組織人とは言い難いが、警察官としての確固たる矜持を持っている。その行動は何ら珍しくない。

 しかし、相棒を務めた尊からすれば少なからず()()()もあるだろうな、と勘繰って苦笑ってしまう。

 

 そこに状況を正しく理解している阿求が間髪入れず「そういう訳で、杉下さんが時間を稼いでいる間に彼女に対抗できる人物を呼ぶ必要があります。霊夢や魔理沙――レミリアさんやパチュリーさんに十六夜さん、そしてマミさん――この内の誰か一人でもいればこの状況を打破できるかもしれません。私は彼女たちを探しに行きます。同行して頂けるとありがたいのですが」と相談する。

 

 真剣な表情を向ける阿求に事態が切迫していると悟り、元部下は二つ返事で了承し、彼女と共に紅い廊下を進もうする。

 その時だった。

 前方からカツカツと足音が聞こえてきたのだ。音からして、少女の足音のようだ。

 二人は一瞬、フランがやって来たのかと身構えたが、そこにいたのは青いメイド服の少女――十六夜咲夜だった。

 

「稗田さん、神戸さん――どうかなされましたか⁉」

 

「「十六夜さん!!」」

 

 咲夜の顔を見た阿求と尊は急いで彼女の元に駆け寄る。

 

「十六夜さん。今までどこに⁉」

 

 阿求が訊ねた。

 

「ちょっと、お外のほうに……」

 

「え?」

 

「実は、お嬢さまたちをお呼びに行く途中、館で飼っているペットがウロウロしているのを見かけて連れ戻そうとしたら見失ってしまって。その際、妹様から『ツパイが外に逃げたから連れてきて』と言われ、急きょ探しに出払っていたのです。館を空けてしまい、ご迷惑をおかけしました――あの、私が不在の間、何かありましたか?」

 

 申し訳なさそうにお辞儀をしてから咲夜は、二人に何かあったのかと尋ねる。

 阿求が代表して彼女が離れてからのことを伝えると、咲夜は血相を変えながら館の主を呼びに、客人らを連れて待合室にへと急いだ。

 

 大広間から少し離れた待合室。レミリアたちは椅子に座りながらゲーム終了を待っていた。

 レミリアの後ろには広間周辺にはいなかった妖精メイドたちが咲夜の変わりと言わんばかりに待機しており、パチュリーの後方にも黒翼のメイドが備えている。

 魔理沙と霊夢はどこから持ってきたのか、杯に注がれた日本酒を片手に騒いでいた。

 

「ったくよー、おっさんと阿求に言いようにしてやられたぜー!」

 

「全くだわ! 初日に退場させられるとか、最悪よー!」

 

 酒が入っているせいか、些か気が大きくなっており、キーキー愚痴を言い合う二人。

 その隣で最初に退場させられたマミも便乗する。

 

「妖怪側の勝ちが確定しているのはよいが、化かし合いのゲームで化かし屋が居の一番に脱落するとはのう……。あーショックじゃわい!」

 

 そう言って、左手に握っている酒瓶から杯に酒を流し込み、それを寄越せと霊夢たちが、おかわりを催促。浴びるように飲み干す。

 

 パチュリーは本を眺めながら「私の見立て通りだった」と名推理を披露したにも関わらず、どこか不満げな態度を取り、レミリアが「そうねぇ~。だけど、向こう側の話術も中々のものよ? 他者を惹きつける魅力があった。楽しかったわ」と満足げに感想を語る。

 

 その雰囲気に着いていけない小鈴は会話には入らず、気まずそうに「阿求早く来てよ~」と心の中で相方が待合室に来るのを心待ちにしていた。

 そこに咲夜が慌ただしくドアを開けて駆け込んだ。

 一体、何ごとか――視線が集中する中、咲夜はレミリアに向かって叫ぶように告げる。

 

「大変です――妹さまが杉下さんをお連れして館内を歩き回っているとのことです!」

 

「あ⁉ なんだって⁉」

 

 予想外の事態にレミリアの声が裏返った。

 魔理沙と霊夢は口含んだ酒を勢いよく吐き出しながら、

 

「それはマズいだろ!!」

 

「杉下さんが危ないわ!!」

 

 彼の危機を察知し、酔いが醒めたように正気を取り戻すと、咲夜に「杉下さんたちのいる場所は⁉」と責めるように詰め寄る。

 メイドは同じくらいの声量で「わからないわ!」と答えた。

 

 彼女の後ろにいた阿求と尊にも訊ねるが、両名とも右京の大広間を出てからの足取りまではわからない。

 らちが明かないと踏んだ霊夢は、袖に仕込んだ対妖怪用お札の枚数を確認。

 怒気を強めながらレミリアのほうを振り向いて「何かあったらアンタらのせいだからね! 覚悟しておきなさいよ!」と言い放ってから飛び出すように部屋を出て行き、それを魔理沙が追いかける。

 いつものパターンだ。

 

「やれやれ、騒がしいったらありゃしない」

 

 妹が勝手な行動を取っているというのにレミリアは呑気だった。

 マミも酒瓶を懐に仕舞い込んで立ち上がる。

 

「儂も杉下どのを探しに屋敷を回ろうと思う。よいか?」

 

 眼鏡に奥が怪しく光る。

 その仕草に紅魔館の主は目を細めた。

 

「……それは構わないけど()()()()()()()()()なんぞを館内にばら撒こうものなら容赦しないわよ?」

 

 睨みを効かせながら相手を牽制する。癇に障ったのか、マミが強い口調で反論する。

 

「そんなことせんわい! ただ借りのある相手を死なせるのが嫌なだけじゃよ」

 

「そう――悪かったわね」

 

 贔屓にしていた酒場の店員の無念を晴らした右京に感謝あるマミにとって、事件解決の立役者に危害が及ぶ――それも自分が付き添いにも関わらずとあっては面子が立たない。

 彼女の真意を理解したレミリアは謝罪して客人を行かせた。

 真顔で走り去っていくマミを見送ることしかできない元相棒、神戸尊。

 自分はどうするべきなのかだろうか。困惑する彼にレミリアが席を離れて歩み寄った。

 

「うちの妹が杉下さんに迷惑をかけているようね。でも私の許可もなく、来客に危害を加えるような娘じゃない。信じて頂戴」

 

 いつも通りの幼い顔だが、今回の顔つきはカリスマという品格に満ちている。

 その真っ直ぐな真紅の眼で見つめられてしまえば、人間如きは首を横には触れなくなる。

 人間はフランの狂気とは異なるオーラを全身に浴び、例えようのない説得力を感じ、ほとんど反射的に「はい……」と返事をしてしまう。

 

 その現象に稗田の御子は「これがレミリア・スカーレットのカリスマ? ……いや、もしかして――」と息を飲む。静まり返る待合室。

 そこには確かにレミリアを中心とした世界が築かれつつあった――が。

 

 ――おい、どこにいやがるフランドール!!

 

 ――出てこいレプリカーーーーーーーー!! (それは姉のほうだったかしら?

 

 ――落ち着け、おぬしら!!

 

 屋敷の奥から酔っ払い二組の罵声とそれを諌める年長者の大声が鳴り響く。

 このままでは館が危ない。

 レミリアは自慢の参謀に他のメンバーを任せ、咲夜と共に霊夢たちを追って、自慢の翼を駆使して紅い廊下を駆け抜ける。

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