【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜   作:初代シロネコアイルー

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第32話 緋色の習作

 来客用の部屋に案内された右京たちは、身体を綺麗にし、少々雑談したのち身体を休めた。

 

 数時間すれば夜が明け、神々しい朝日が幻想の大地を照らす。

 

「うーん――おはようございます……ってあれ……?」

 

 日光で目が覚めてしまった尊がベッドから起き上がる。一緒にいたはずの右京の姿がなかった。

 

 

「綺麗な朝日ですねえ~。実に幻想的です」

 

 思いのほか感性を刺激された右京は元部下が寝た後も一人白い紙と睨めっこを続け、一睡もしなかった。

 何枚かの紙を使い捨てたが、満足して道具の一切をカバンにしまい込み、朝日を拝むために中庭までやってきた。

 

 中庭は綺麗に整えられており、花々が生き生きと根を張っている。管理は行き届いているといえる。

 右京は、両手を腰で組みながら、陽光を浴びて艶めく花びら一枚一枚を観察するようにゆっくりと歩く。

 

 通りすがる妖精メイドたちに挨拶しながら中庭見学に勤しんでいると、一人の少女が顔を出した。

 

「おはようございます」

 

 赤茶色のロングヘアーに龍の文字が書かれた帽子を被り、緑色の上着に白色のズボンを穿いたまるで中華風の衣装を身にまとった十代中頃の容姿。

 右京は彼女に見覚えがあった。

 

「おや、あなたは確か……」

 

「門番の紅美鈴(ホン・メイリン)です」

 

 彼女は紅魔館の門番紅美鈴だった。

 

「杉下です。ご存知かもしれませんが、表の日本からきました」

 

「はい、メイド長から伺っております。如何です? 紅魔館自慢の庭園は?」

 

「綺麗ですねえ~。花が喜んでいるように思えます。こちらの管理はあなたが?」

 

「そうです。この私が管理しております!」

 

「なるほど。いやぁ、素晴らしい限りです」

 

「はははっ。それほどでも!」

 

 褒められた美鈴は誇らしげに胸を張った。

 

 せっかくなので、右京は普段、どのようなことをしているのか訊ねた。気さくな門番美鈴は快く質問に応じ、早朝は庭園の管理してその後は日が暮れるまで門番をしているのだと話した。

 

 昨日は来客とあって、外敵が侵入しないように一晩中紅魔館周辺を見回りしていたとのことだ。

 

 右京が重ねて質問する。

 

「昨日、図書館でレミリアさんたちがスペルカードで対戦していたのですが、音などは響きませんでしたか?」

 

「全く聞こえませんでしたよ」

 

「それはそれは。結構、大きな音だったのですよ? それも派手な爆発音」

 

「パチュリーさまの管理なさる図書館は防音もばっちりですから――いくら派手に戦おうとも図書館が破損しない限り、外まで響かないんですよ」

 

 パチュリーの図書館は彼女の研究室としての役割も果たしている。対策は万全ということか。

 

「いやはや……さすがはパチュリーさんですねえ。こちらに訪問してから、表にはない技術に驚かされっぱなしです」

 

「私も以前はそんな感じでしたね。驚いてばかりでよく『仕事しろ』と怒られましたよ。……今もたまに怒られたりしますけど」

 

「おやおや、真面目な紅さんがですか?」

 

「えーと……。たまに天気がいいと昼寝してしまって――あぁ、昨日は寝てませんよ⁉ 今までずっと起きてましたよ。何もありませんでしたよ! 本当ですよ⁉」

 

 言われてみれば、ほんのり目が赤いような気がする。彼女の前半部分の発言は本当だったのだろう。

 仮にサボっていたにせよ、右京が指摘する必要はどこにもない。

 

 彼はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「ご心配なく。疑うつもりは毛頭ありませんので」

「感謝です!」

 

 美鈴はおどけたように敬礼する。

 とても気さくな性格の少女だと右京は感じた。

 

 妖怪というよりは人間に近い雰囲気を感じるが、彼女が妖怪であることはすでに幻想郷縁起で確認済みだった。要約すると美鈴は、中国武術の使い手でスペルカードを持たない人間との戦いもハンデつきで受ける妖怪とのこと。

 

 ほとんどのケースで人間との模擬試合に勝利するので、対人格闘のセンスは折り紙つき――紅魔館の門番として相応しい人材といえる。

 

 自分が彼女と戦っても勝負にならないだろう。右京はそんなことを考えつつも、庭をキョロキョロと見やってから、ある疑問を口にした。

 

「ところで()()()()はどこで栽培なさっているのでしょう?」

 

「パプリカ……。なんです、それ……?」

 

「ヨーロッパで採れる赤い野菜です。ピーマンに近い形をしています。昨夜、パプリカを使った美味しいグヤーシュを頂かせてもらったので、つい気になってしまいましてね」

 

 該当する野菜を頭の中で探すも見つからない。困った美鈴は咲夜に聞いてくると踵を返そうとするが、右京がそれを制止する。

 

 軽く謝罪してから再び雑談に戻るのだが、ほどなくして咲夜が訪れ、美鈴に「もう疲れただろうから」と休むように指示を出す。門番はお辞儀をしてからこの場を離れた。

 

 静かになった中庭で咲夜が右京に話しかける。

 

「美鈴とは、どのようなお話しを?」

 

「ちょっとした世間話です。普段は何をやっているのか、図書館の技術についてなどです。後は――パプリカをどこで栽培しているのか、くらいです」

 

 パプリカの話題が出た際、咲夜は少しだけ表情を崩したが、すぐに普段通りに対応した。

 

「ふふっ。気になりますか?」

 

「ええ」

 

 右京が気になると答えると咲夜は一呼吸おいて「パプリカは栽培しておりません」と笑顔で告げた。

 

「では、どこから?」

 

 右京が訊くと彼女は「独自のルートからです。それ以上はお教えできません。公にすると面倒ですから」と回答する。

 

「そうですか」

 

 初めから彼も根掘り葉掘り訊ねるつもりなかったようでそれ以上追求することはなくあっさりと引き下がった。

 その後は咲夜と共に中庭を見て回り、朝食までの時間を優雅にすごした。

 

  ☆

 

 朝八時。メンバーは一階の広間に集められ、テーブルに着くように促された。慌ただしく朝食の準備に勤しむ妖精メイドを横目に、右京たちは朝食を心待ちにしている。

 

 座り順は昨日と同じだが、当主レミリアは吸血鬼であるが故、朝に弱く、姿を現さなかった。代わりにパチュリーがレミリアの分まで右京たちの相手をする。そして料理が運ばれてくる。

 

 メニューはパンとオムレツ、ウィンナーやサラダといった洋食だった。実に洋館らしい献立だ。洋食派の右京や尊にとってはうれしい内容である。

 

 おまけに右京、阿求、マミの食事だけオムレツの量が多く、ピース状に分けられており、ゴロゴロとした具材が沢山入っている。

 

 魔理沙が「おじさんたちの分だけオムレツの種類が違うな」と指摘したことで一同、その料理に目がいく。

 

 咲夜が自慢気に語った。

 

「レミリア・ジャッジメントの勝者である杉下さん、稗田さん、マミさんの三名にはスパニッシュ・オムレツを出させて頂きました。他にもデザートを用意しておりますので、お楽しみに」

 

「スパニッシュ・オムレツだぁ?」

 

 魔理沙の疑問に右京が解消する。

 

「スパニッシュ・オムレツはジャガイモや玉ねぎなどをオリーブオイルで炒め、卵を混ぜて作るオムレツです。野菜が入ったことでボリュームが増した、食べごたえのあるオムレツなので僕も時々作るんですよ」

 

「えー、いいなー」と小鈴がうらやましがった。

 

「ほほ~う。ならば、熱い内に頂かんとなぁ~」

 

 勝者側のマミが誇らしげにオムレツを口へと運ぶ。

 

 右京の言う通り、ジャガイモのホクホク感と玉ねぎのみずみずしさが相まって通常のオムレツとは異なった食感を味わう。

 

 普段、和食しか食べないマミも異国の味に舌鼓を打つ。

 

「うむ。こりゃあ、いけるのう」

 

「私も一口」

 

 続いて阿求もオムレツを口へ運び、その味に感動する。最後に右京が一切れ頂き、その優しい味つけに喜ぶ。

 

 さらに食後のデザートにはアイスクリームが登場し、食べられなかった女性陣(主に魔理沙)からブーイングが飛んだのは言うまでもなく、その甲斐あって他のメンバーもアイスクリームを美味しく頂けたそうだ。

 

  ☆

 

 時刻は正午を回り、そろそろ館を去る時間となった。右京たちは自室に戻り、帰宅の準備を始める。

 

 尊が荷物を整理する中、右京は昨日の紙を取り出して書き間違いがないかをチェックする。

 

「初めてにしては、よいでき……。ですか――どうにも習作を域を出ない気が」

 

 そう呟く右京。

 

 荷物の整理を終えた尊が話しかける。

 

「それ――お渡しするんですよね? いいんですか? ご自分で()()()()ても?」

 

「君……。ずいぶんなことを言いますね」

 

「だって、そうでしょ?」

 

 しれっと言い放つ元部下に些か腹を立てるも確かにその通りだった。

 

 右京は考える素振りを見せつつ、やがて覚悟を決めたように「神戸君。図書館に行きますよ」と告げて足早に自室を後した。

 

 右京たちが図書館の門を叩くと黒翼のメイドが出迎えた。

 

 メイドに用件を伝えると彼女はパチュリーに相談すると語って二人を待たせる。数分もしない内にメイドが戻り「パチュリーさまの許可が下りましたので」と右京たちを目的の場所まで案内する。

 

 図書館の端まで向かい、腰をかけると同時にパチュリーが顔を出して「見学させてもらっても?」と尋ねてきた。

 右京はどこか恥ずかしげだったが、断る訳にもいかずに許可を出す。そこから何度かリハーサルを行った。

 

 尊やパチュリーは耳を傾けながらそれぞれの感想を述べる。

 

「おっ。いい感じじゃないですか」

 

「これを一晩で作るとは……」

 

「いやいや、お恥ずかしい限りです。レミリアさんに喜んでいただけるかどうか……」

 

「レミィは高いレベルのものを要求していないと思いますので。ご心配なさる必要はないかと。というより――気を使わせてしまって申し訳ない」とパチュリーが謝った。

 

 練習を終えたのを見届けたパチュリーは、黒翼のメイドにレミリアを呼んでくるように指示を出した。

 すぐに咲夜がレミリアを連れてくるのだが、そこには来客全員の姿があった。

 

 事情を知らない来客たちは首を傾げながら何故、今更図書館にと疑問を呈する。しかしその理由はすぐに明らかとなった。

 

 図書館の奥――そこにある整備された黒い物体。椅子に座る杉下右京。全てを察した参加者は静かにその様子を見守ることにした。

 

 パチュリーが合図する。

 

「どうぞ」

 

「はい」

 

 ギャラリーの多さに些か緊張を覚えるも今更どうにかなることでもない。

 右京は腹を括って目の前の鍵盤に手を置く。彼がやろうとしているのは――。

 

「それでは――」

 

 そう、ピアノである。

 鍵盤に吸い寄せられるように指でタッチしていく右京。同時に美しい旋律が図書館を包んだ。

 

 それは、まるで気品がありつつ、どこか遊び心のある王女の戦いっぷりを表すような曲であった。

 

 曲が終盤に向かうに連れ、激しさを増していき、溜めに溜めた勢いをぶつけるようにクライマックスへと突入。解放感と悲哀を感じさせながら鍵盤を疾走していき、最後は静かに演奏を終わらせた。

 

 その間、三分と少々。右京は自身が書いた楽譜をミスすることなく見事に弾き切った。

 参加者から拍手が送られ、代表するようにレミリアが一歩、前へ出た。

 

「初めて聴いた曲だわ!」

 

「お気に召しましたか?」

 

「とてもよい曲だと思うけど。……ん? これってもしかして――」

 

「ええ。初めて僕が作曲した曲です。昨日のスペルカードバトルを観覧させてもらっている時にひらめきました。ピアノの曲ですが、トランペットなどの楽器で演奏するともっと迫力が出ると思います」

 

 右京は作った楽譜を手に取り、レミリアに手渡した。

 レミリアは笑顔を浮かべながら、

 

「まぁ、嬉しい!」

 

 感謝を表した。

 しかし、楽譜を見た紅魔館の主は、ある一部分を指差した。

 

「ところでこの曲の名前は? タイトルが書かれていないようだけど……」

 

 用紙の一番上が空白になっており、タイトルが記載されていなかった。

 その質問に右京は微笑んでから。

 

「これは、レミリアさんの曲なので。ご自身でお決めになってください」

 

 と告げた。その粋な計らいにレミリアのテンションはさらに上がる。

 

「ありがとう! この曲に相応しいタイトルを考えるわ!」

 

 宣言してから、咲夜を見やり、隠し切れない喜びを目線で伝えた。咲夜は「よかったですね」と頷きながら右京にペコリと頭を下げた。

 演奏を聴いた魔理沙たちがそれぞれ感想を述べる。

 

「まさか、私らが戦っている間にそんなもんを書いてたとはなー。なぁ……霊夢?」

 

「何者なのよ、あの人……」

 

 話を振られた本人は、口元に手を当てながら右京を見ている。

 

「素敵でしたよ」

 

 その多芸っぷりに拍手する阿求。

 

「杉下さんってホント、多才ですよね? すごいなー」

 

 小鈴は、歳相応にはしゃぎながら感動を表す。

 

「才能の塊じゃな。あっぱれじゃ」

 

 妖怪信者との連携にて、強敵パチュリー・ノーレッジを破った実績を含めつつ、マミは称賛を贈る。

 

 右京は恥ずかしさのあまり、言葉を詰まらせるも「ありがとうございます」と返した。

 

 後日、レミリアは曲のタイトルを命名する。

 

 一部の者しか知らないそうだが、その曲は『亡き王女の為のセプテット』と名づけられ、当主が主催する宴会の際には必ず弾き聴かせる一曲となったそうだ。

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