【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜 作:初代シロネコアイルー
台所に入った霖之助はこれといった特徴のないティーポットとティーカップ三つを店内に運び入れてからお湯を沸かす。
それに合わせて右京がカバンの中から紅茶の入った容器を取り出し、紅茶を淹れる準備を始める。魔理沙はその様子をテーブルから身を乗り出しつつ眺めていた。
店内が賑やかになり始めた矢先、香霖堂のドアが再度開く。
――カランカラン!
「霖之助さん、居るかしら?」
黒い長髪と大きな赤いリボンに肩が露出した巫女服のような服装をした少女が、店主の名前を呼びながら店内へ入ってきた。
謎のアルバイターは先ほどと同様の対応をみせる。
「いらっしゃいませ」
「え!?」
少女は見知らぬ紳士が香霖堂に存在する事実に驚いて固まった。しかも店員のように接客し、なおかつ紅茶を淹れようとしているのだ。あまりに香霖堂らしくない光景に入る場所を間違えたのかとすら考えた。
混乱する少女に魔理沙が話しかける。
「よう
「茶会? どういうことなのよ、魔理沙」
少女はこの状況で普段と同じテンションのまま手招きしてくる魔理沙に呆れた。
彼女は魔理沙の友人、博麗神社の巫女、
「聞いて驚け、外から来た日本人が淹れるオススメの紅茶だぞ」
「はぁ?」
霊夢は訳がわからず、顔を顰める。
「えぇ、僕自慢の紅茶です。きっと、気に入って頂けると思いますよ」
「はい?」
状況が掴めない巫女の少女はさらに顔を顰めた。彼女は右京に訳を訊ねようとしたところ、店の奥からひょっこり顔を出した霖之助に気を取られる。
「ちょっと霖之助さん。顔色悪いじゃない!? どうしたのよ!?」
色々な出来事があり過ぎて酷い顔をする霖之助を霊夢が心配するも。
「あぁ、霊夢か……。今、お湯を沸かしているから少し待っててくれ」
霖之助は心ここに非ずといった感じで台所へ戻って行った。彼女の頭が疑問符で埋め尽くされる。
そこへ魔理沙が意味深なセリフで追い打ちをかける。
「色々あったんだよ……」
続いて右京も「ええ、色々あったようですねえ……」と呟く。
「なんなのよ、これ」
二人の言葉を受け、頭痛に襲われた霊夢。やがて、ため息を吐いて考えることを止め、魔理沙の左隣に座った。
数分後、お湯が沸き上がり、霖之助が魔理沙の右隣に座る。テーブルに着く三名が右京の行動を物珍しそうに見つめていた。
和製ホームズは涼しい顔をしながらお得意の技を披露する。
――ジョロジョロ!
いつもの三分の一くらいの高さから紅茶を注いだ。理由は紅茶が飛び跳ね、少女たちの顔にかかってしまうからだった。
「「「うお!?」」」
三人は紳士の一風変わった淹れ方に驚きつつも「これが表の紅茶の淹れ方か……」とこぼす。
直後、右京は「これは僕オリジナルの淹れ方です。いつもはもっと高い位置から淹れています」と語り、三人を拍子抜けさせた。全員の紅茶を用意した右京が皆に催促する。
「さ、どうぞ、お召し上がりください」
店内に漂う紅茶の匂いは様々な茶葉がブレンドされているためか、少々複雑だったが、彼らの気分を安らげるには十分だった。
三人は期待を膨らませながら一斉に紅茶を手に取る。
「いい香りだな」
霖之助はその芳醇な香りを楽しむ。
目の前の紳士はその行動にこそ理解しがたいところがあるが、この紅茶を見るにそのセンスは本物だろうと確かな期待感を得た。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりとティーカップを口元に近づける。その複雑だが洗練された香りをまとった高貴なる液体が次第に……次第に……次第に……霖之助の舌を流れ――。
「この紅茶うめぇ!!」
「美味しい!!」
魔理沙と霊夢は右京の入れた紅茶を絶賛した。霖之助は驚いてその手を止めた。
「君たち、香りを楽しむってことを――」
「あの館で飲む紅茶はあんまり美味しくないから、大丈夫かと思っていたが、表の紅茶は別物だぜ!」
「私もそう思っていたけど、この紅茶は違うわねー。よくわからないけど美味しいわ」
「それはよかった。この紅茶は僕が専門店に出向いて色々な茶葉を混ぜて作った傑作なんですよ」
「茶葉を混ぜたのか? 通りで味が複雑な訳だぜ」
「へー。茶葉って混ぜるといいのね。私も混ぜてみようかしら。緑茶だけど」
「……」
魔理沙たちと右京は紅茶の話題を中心に会話を弾ませる。
元々、誰のためにこの茶会は開かれたのだろうかと思いつつも気を取り直して霖之助は一人静かに紅茶を飲み、小さく唸る。
(これは美味いな。魔理沙の言う通り香り同様、複雑な味なのだが、全体のバランスがよく、互いの味を潰すことがない。それどころか飲めば飲むほど、また飲みたくなる。癖のある紅茶なのに嫌味のない味とは――)
「おい香霖! 何か菓子を持ってきてくれ」
インテリな店主に味を楽しむ暇はない。
魔理沙が菓子をねだり始めたのだ。霊夢も「紅茶には甘い物よね」と便乗する。
二人に催促されるのは癪だったが、自分も菓子が欲しくなったので「わかった」と頷き、霖之助は渋々、台所へ向かった。
その様子に右京はプライドが高く皮肉屋だが人に振り回される体質だった、かつての
霖之助が菓子を持ってくると茶会は一層、盛り上がった。
☆
菓子が加わり、茶会はさらに華やかになった。
人を疑うのが特技の魔理沙も、皮肉屋の霖之助も、さっきやって来たばかりの霊夢も幻想郷らしからぬパーティーにご満悦の様子だった。
紅茶を満喫した霊夢がふと目の前の紳士に目をやってから魔理沙の方を向いた。
「ところで魔理沙。この人は一体誰なの?」
「外からやって来た日本人だ」
「いや、そうじゃなくて」
「それ以外はよく知らん」
魔理沙は霖之助からそれなりの説明を受けたが、半分以上聞き流しており、詳しいことまで覚えていなかったので霊夢の質問を突っぱねた。
呆れた少女が右京の顔をチラっと窺うと、彼は笑顔で答えた。
「僕は杉下右京と言います。日本の首都東京からここ幻想郷にやって来ました」
霊夢は幻想郷ではほとんどお目に掛かれない紳士的な振る舞いに思わず背筋をピンとさせる。
「わ、私は博麗霊夢です。幻想郷の東側にある博麗神社で巫女をやっています」
「おぉ、やはりあなたが博麗霊夢さんでしたか」
「え、私を知っているんですか!?」
顔も知らない人間、それも外から来た紳士が自分の名前を知っていることに霊夢は驚きを隠せない。
動揺する少女に右京が付け加える。
「昨日、霖之助君からお話をお伺いしました。何でも幻想郷の平和を守っているそうですねえ。しかも妖怪相手から」
「えーーーと、まあーそんなところですかね!」
幻想郷の平和を守っていると言われたのが余程嬉しかったのか、霊夢はやたら上機嫌だ。
隣の魔理沙が「コイツ、褒められるのに弱いよな」と小さく舌を出した。
「それは素晴らしい。僕も職業柄、そんなあなたに尊敬の念を抱かずにはいられません」
「職業柄?」
魔理沙は「詐欺師が妖怪ハンターに尊敬の念を抱くのか?」と疑問に思う。彼女同様、言葉に引っかかりを感じた霊夢が質問する。
「杉下さんのお仕事ってなんですか?」
「僕はですね――」
そう言いながら右京は金メッキで塗装されたエンブレム入りの手帳を霊夢たちへとかざす。その手帳には青い制服を来た若かりし頃の彼の姿があった。
二人は写真を見て「随分若い頃の写真を使っているな」と思った。
少しして右京がその正体を明かす。
「日本の『警察官』――つまり、お巡りさんです」
その発言にふたりは思わず叫ぶ。
「お巡りさん!!」
「なんだってーー!?」
口元を抑える霊夢と、机から転がり落ちそうになった魔理沙を尻目に、予め彼から教えられていた霖之助はケロっとしながら紅茶を啜っている。
予想以上のリアクションに右京は思わず吹き出してしまう。
「ふふっ、そんなにおかしいでしょうかねえ~?」
「いや、その表のお巡りさんって見たことないので……」
「私は詐欺師だと思ったんだがなぁ……」
「残念でしたね。僕は詐欺師を捕まえる立場の人間なのです。当然
「……」
右京は魔理沙を見ながら泥棒という言葉を強調した。何かに勘付いた魔理沙は隣に居る霖之助を横目で睨む。
睨まれた本人は涼しい顔で紅茶を飲み、彼女と視線を合わせない。魔女は声をうわずらせながらも他人事のように語る。
「た、確かにお巡りさんなら泥棒を捕まえるのが仕事だよなぁ。私には関係ない……話だが」
「どこがよ」
すかさずつっこむ霊夢。
「何故、私を見る? 私は人から物は借りるだけだ。なぁ香霖?」
「はぁ……」
この霧雨魔理沙は一方的に借りた物を借りっぱなしにする性格なのである。おまけに妖怪相手に自分が死んだら取りに来いと言い放つ始末。そのような泥棒の肩を持つ者は誰もいなかった。
魔女に対して刑事が忠告する。
「人から物を借りるという行為は相手が同意して初めて成立します。相手の同意無く勝手に物を借りてゆく行為は泥棒と同じです。例え、相手が誰であろうともです。聡明な魔理沙さんのことですから、それくらいは当然、ご存じでいらっしゃいますよね?」
「あぁ、そうだな。私には関係ないが!!」
「「……」」
呆れるふたりを余所に腕を組みながら魔理沙は余裕ぶった表情を見せ、刑事もまた相応の笑顔で対応する。
「……今のところはそういうことにしておきましょう」
彼は実際に借りる現場を目撃していないので、これ以上の追求を避けた。
無関心を装いながらも内心で彼女は「厄介な奴がやって来たな……」と刑事への警戒心を強めた。友人の心境を察したのか、霖之助は愉快そうにクスクスと笑う。
笑い声を耳に入れた魔理沙は憤慨して両目を閉じた。
そのやり取りの後、霊夢が気になっていたことを質問する。
「杉下さんがお巡りさんだと言うことはわかったけど、どうして幻想郷に迷い込んでしまったんですか?」
「とある神社を調べていた際、林の奥が気になりましてねえ。奥へ進んだのですが、途中から気味が悪くなって引き返したら神社ではなく、無縁塚と呼ばれる場所に辿り着いてしまったのですよ」
「無縁塚に!? よく無事でいられましたね」
「えぇ、なんとか」
ケロっと話す右京に呆れる霊夢。他のふたりも話を聞いた時は呆れたほどである。それほど、無縁塚とは危険な場所なのだ。
霊夢は顎を手に当てながら「このおじさん、普通じゃないわね」と目を細めた。
次に魔理沙が問う。
「でも、なんで神社なんか調べていたんだ? 探し物か?」
「いえ、人探しです」
「「人探し?」」
神社で人探しという状況に首を傾げる少女たち。
「そうです。この手紙を書いた人を探している最中、僕は幻想郷に迷い込んでしまったのですよ」
そう言うと右京は手元に置いていたカバンから一枚の手紙を出してそっとテーブルに置いた。三つ折りにされた質のよい紙に綺麗な文字が書かれている。少女たちは手紙をじっくり眺める。
「綺麗な字だな。女の字か?」
「そうねえ。でも、私たちの使う字と違うから、少し戸惑うわね」
「この字は表の日本で使われる文字です。幻想郷ではあまり馴染がありませんよね」
「まぁ、表から来た奴らがたまに使うところを見たことはある」
「それは里に居る表から来た日本人ですか?」
「ああ、そんなところだ」
昨晩、右京は霖之助から幻想郷の成り立ちと里の現状とそれを取り巻く妖怪たちの話を聞かされていた。
幻想郷は本来、どこかの東の国にある人里離れた辺境の地であり、元々妖怪たちが住んでいた。そこに妖怪退治目的で人間が集まるようになり、文化を発展させながらその数を増やす。
人間の増加に伴い幻想郷のバランスが崩れると危惧した『とある妖怪賢者』が五百年前、国内外問わず妖怪を呼び込む結界を張ってから妖怪の数が増加し、幻想郷内のバランスを取ることに成功する。
明治時代に入ると近代化の影響で妖怪や幽霊と言った存在が迷信扱いされ始めたのを機により強力な結界が張られ、稀に右京のような迷い人が流れ込むことがあるものの、幻想郷は外界との交流を遮断して独自の文化を築き上げて行った。
初めてその話を聞いた時はさすがの右京も困惑したが、霖之助が嘘を吐いているとは思えず、彼の話を一旦事実として受け入れた。
そのおかげで右京は昨日ここに来たばかりにも関わらず、こうして平然と幻想郷に馴染んでいる。全ては博識な霖之助の力によるものだ。
右京が幻想郷に来てすぐにこの店を訪れられたのは幸運だったのかも知れない。
魔理沙の話を聞いた右京は少女たちへ頼みごとをする。
「里にいらっしゃる表の日本人に会ってみたいですね。おふたり共、僕を里まで連れて行ってはくれませんか?」
二人は一瞬戸惑うが「紅茶を貰ったしねえ……」と呟き、承諾する。
「私は構いませんよ。ついでに買い物したいと思っていたので」
「まぁ、美味い紅茶と菓子をご馳走になったしな。特別に案内してやるぜ」
「ありがとうございます」
三人がやり取りをしている最中、霖之助は「菓子は僕が出したんだが?」と突っ込むが、少女たちは相手にしなかった。それを耳に入れた右京が「お礼に後ほど表の世界のお話をお聞かせします」とこっそり耳打ち。霖之助は満更でもない表情で頷く。
しかしそこは杉下右京、すかさず「今日も遅くなるのと思うので泊めてくださいね」と告げて、返答を待たずに少女たちと香霖堂を後にする。霖之助は深い深いため息を吐きながら、茶会の後片付けを始めた。