【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜 作:初代シロネコアイルー
三人は徒歩で人間の里を目指す。道中、右京はふたりに質問する。
「お二人は普段、何をなさっているのですか?」
少女たちが一斉に同じ言葉を口にした。
「「妖怪退治です(だぜ)」」
タイミングが被ったため、二人は互いに顔を合わせて苦笑う。
「おやおや、元気ですねえ。確か、戦闘にはスペルカードを使うのですよね?」
「そういう決まりだからな!」
「ちなみに見せて貰ってもよろしいですか?」
「特別だぜ?」
先んじた魔理沙が何やら魔術的な模様が書かれた黒い札をポケットから出してみせた。右京は興味深そうにあちらこちらからスペルカードなる物をじっと見つめる。
その真剣さに魔理沙が「あげないぜ?」と冗談を語った。
「ふふ、さすがの僕もそこまで頼んだりしませんよ」
ライバルに触発されたのか、今度は霊夢がスペルカードを取り出す。
「ちなみに私のはこんな札です」
「ほう、陰陽玉ですか。興味深いですねえ~」
霊夢のスペルカードには陰陽玉が書かれていた。まさに神道に属する巫女が使うスペルといったところだろう。
対抗心をくすぐられた魔理沙が「私のほうが強そうだな」と言い出し、霊夢も「私のほうが強いと思うけど? いつも勝ってるし」と反論――何故か言い争いになった。
右京は周りを見渡し、この場所が人里から離れていることを確認してから「誰も居ませんし、ここで戦って決めればよいのでは?」と提案する。
提案に乗った少女たちは「「上等!」」と啖呵を切って、スペルカードで決闘を始めた。
カードを引き抜き、一気に空中へ上昇、高速で宙を駆けながら光る弾や星を飛ばして激しく撃ち合う。その戦いに紳士は目を見開きながら感嘆する。
「これは凄いですねえ~。まるでハリーポッターの世界ですよ! まったく――霖之助君に話を聞いていなかったら腰を抜かしていたところです」
事前知識がなければ流石の右京も今以上に驚いていたに違いない。
人が単独で空を飛び、手のひらから攻撃を発射し、それを掻い潜りながら反撃するなど現実の世界で信じる者など誰も居ない。まさに幻想の世界の出来事だ。
小型弾幕の応酬の末、火力が足りないと踏んだ魔理沙は自身の持つ高火力型のスペル《マスタースパーク》を放った。大型のレーザーが霊夢、目掛けて飛んでいく。
霊夢はそれを下に潜り込むように回避、射程から逃れると同時に自慢のスペルである《夢想封印》を発動して魔理沙への反撃を試みる。
対する魔理沙は不規則な軌道で迫りくる多数の大型虹色玉を、ミニ八卦炉というマジックアイテムをセットした箒が生み出す爆発的な推進力で、無理やり振り切る。
力の魔理沙に技の霊夢。
個性の異なるふたりの異次元的な戦い方に右京の感激はとどまるところを知らない。少しして魔理沙が霊夢の攻撃で被弾して墜落したところで決闘は終了。今回、軍配は霊夢に上がった。彼女は余裕の笑みで右京の近くに着地する。
負けた魔理沙は砂埃をほろってから渋々歩ってきた。右京は魔女に「大丈夫ですか?」と訊ねるが、本人は「平気だぜ」と強がった。
幻想郷ではこうしたバトルが日常的に行われている。一歩間違えば大けがだが、そこは加減しているので何とかなっているらしい。
右京も「ここの人間は頑丈なのだろう」と思い、ニコニコしながら二人の様子を見守っていた。もし、万が一にも現実世界で子供がこんな遊びをやっていたら、警察官である彼は間違いなく止めに入るだろう。
決闘が済んだところで右京たちは改めて里へと向かう。
☆
「ここが人間の里ですか」
二十分程度で右京らは里の入り口に辿り着く。里の姿は、教科書で習う近代化して間もないの日本の光景を切り取ったかのようだった。
アスファルトが使われていない大通りに日本家屋、着物を着て歩く女性に柄の入った袴を穿く男性、通路の脇に止めてある手押し車に、布の紐で赤ん坊を縛って背中に背負う母親。里とは言うが、その規模は集落レベルを越えており、大規模な村とも表現できる。
右京はタイムスリップを経験したかのような錯覚に陥るが、すぐに我を取り戻して感想を述べた。
「素晴らしい場所ですね。まるで日本史の中に入り込んだかのようです」
「何もない場所だと思うがな」
「私は悪くないと思うけどね」
捉え方は三者三様だが里の入り口で微笑んでいるのは皆同じだ。三人は表の日本人が働いている場所へと向うべく集落に足を踏み入れる。少女たちは大通りから二分ほど歩いた場所にある一軒の豆腐屋へ彼を案内した。
「ここで表の日本人が働いているのを見たぜ」
「店員さんだったわよね?」
少女たちが扉を開ける。
そこには恰幅の良い店主らしき人物が従業員と思われる三十代前半の大人しそうな短髪の男性店員と雑談する姿があった。彼らは来客を確認すると軽く会釈をする。その際、右京と店員の目が合った。男性店員はどこか驚いたようにスーツ姿の紳士を見つめている。
先に右京が挨拶する。
「こんにちは、僕は杉下右京と言います。東京から参りました」
店員は言葉に詰まるも、頭を下げつつ応対する。
「あ、どうも……俺は
「その白い作業着、とてもよくお似合いですよ」
「はは、どうも……」
店主の許可を取り、この店員と店内で立ち話をする。
彼の名前は佐藤淳也。三十歳の元会社員で営業をしていた、どこにでもいる普通の男性だった。右京が自分の素性を有りのままに語ったところ、淳也は相手が刑事であるという事実に驚きながらも自分がこうなった経緯を説明した。
要約すると淳也は一年前、仕事の辛さから会社を辞職し、職を探すも一向に見つからず、自殺を考えて富士の樹海に足を踏み入れた際、幻想郷の竹林に辿り着いたらしい。
そこで遭遇した妖怪、妖精、幽霊などの超常的な存在に命を狙われ、絶体絶命のピンチに陥るも自称健康マニアの白髪少女に救われて人里に連れて来られた。そして、彼女から里で顔の効く寺子屋の先生に口利きして貰い、里で住む場所と働き先を得たそうだ。
話を聞いた右京が同情を示す。
「それは大変でしたねえ」
「はい……。自殺しようとしたらまさか妖怪の国に迷い込んで殺され掛けるなんて思ってなかったものですから」
「しかし、そのおかげであなたは自殺を踏み止まった。死の恐怖を知ったからですね?」
「はい、お恥ずかしい話ですが……」
淳也はどこか内気な部分が見受けられる男性だった。
自分の足で稼がないといけない営業の仕事もこれでは大変だなと初対面の相手に思われるほどに。警察官としてこの迷い人をどうするべきなのか。思案の末、右京はこのような質問を行った。
「あなたは今、幸せですか?」
淳也は恥ずかしげに答える。
「はい。とても」
彼は現状に満足していた。現代社会で行き場を無くした青年は奇しくもこの幻想の世界で居場所を得たのだ。生活はきっと豊だとは言えないだろうが、それでも現実世界で得られなかった幸福を感じられているに違いない。
その返事に右京が静かに頷く。
「それはよかった」
ふたりの会話を聞いていた少女たちと店主も心なしか嬉しそうだった。
ハッとした淳也は顔を赤くしながらも、右京へ不安げに訊ねる。
「あの……もしかして、俺は表の日本に連れ戻されるんでしょうか?」
「どうして、そう思われるのですか?」
「いや、なんか、刑事さんが来たって聞いたら元の世界に強制送還されるのかな? って思っちゃいまして……」
右京はついつい笑ってしまう。
「刑事は犯罪者を捕まえるのが仕事です。何の罪も犯していないあなたをどうこうするのが仕事ではありません。もし仮にあなたが表の世界へ帰りたいと願うなら、協力するつもりでしたが、あたなにその意思はなく、ここでの生活を願っている。そのような人物を強制的に連れて行くなんてことは、僕には到底できませんねえ」
予想外の言葉に青年は面を食らったような様子だった。
「ほ、ホントですかっ――あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。ここは日本であって日本ではない国です。表の日本の法律などハナから通用しません。警察の威光もここまでは届きませんからね。どうか、楽しい生活をお送りください」
「は、はい!」
淳也は深く頭を下げた。もしかしたら右京が自分を連れて行くのではないかと不安に思ったのだろう。その証拠に彼の表情には安堵感があった。
一通り、話を終えた刑事は本題に入るべく、差出人不明の手紙をカバンから取り出す。
「ところで淳也さん。この手紙に見覚えはありませんか?」
手紙を見た淳也は文字を注視する。
「う~ん、見たことないですね。この字は裕美ちゃんの字とも違うし……誰の物なんだろう?」
「裕美ちゃんと言うと?」
「寺子屋で上白沢先生のお手伝いをしている二十二歳の女性です」
「その方は今日も寺子屋に居ますか?」
「はい、恐らくですが。この時間だと子供たちと遊んでいるんじゃないかな」
「わかりました。そちらに伺ってみます。あ、それともうひとつ……人間の里にはあなたを含めて、何人の現代人が居られますか?」
右京の質問に淳也が快く答える。
「知っているのは俺を含めて三人です。豆腐屋で働く俺と寺子屋でお手伝いをしている裕美ちゃん。後は飲み屋で働く敦君ですね」
「寺子屋に飲み屋ですか。淳也さん、どうもありがとう」
親切な青年に礼を述べると右京は席を立ってから付き添いのほうを向く。
「おふたりとも、申し訳ありませんが案内の方よろしくお願いします」
「おう」「はい」
右京たちは豆腐屋を後にして大通りを歩く。
☆
寺子屋正面に到着した三人は庭に設けられたスペースで村の子供と遊ぶ若い女性の姿を目撃する。
女性は薄く茶色がかったくせ毛気味のミドルヘアーに柄物のシャツとジーンズを穿いていた。容姿は少し幼く見えるが綺麗な顔をしている。右京は彼女が裕美だと確信する。
突如現れた来客を不思議がって、寺子屋から違う女性が出てきた。水色のメッシュが入った白髪に、アレンジが施された青いワンピースを着た聡明そうな人物だ。彼女は紳士の隣にいる少女たちへ詰め寄る。
「二人とも、この方は?」
「表からやって来たお巡りさんだ」と魔理沙が紹介する。
「お巡りさん!?」
「そうだ。手紙の謎を追っているらしい」
「手紙!?」
「後、美味しい紅茶を淹れてくるのよ」
霊夢が補足を入れる。
「紅茶!?」
わけが分からず、女性の顔は魔理沙と霊夢の顔を行ったり来たりしている。このままだと可哀想なので右京が簡単な自己紹介を始めた。
「僕は杉下右京と言います。表の日本からやって来ました。急なお願いなのですが、裕美さんとお話しさせて頂けませんでしょうか?」
お巡りさんと聞かされた上、裕美と話をさせて欲しいと頼まれた女性は彼女が表で何かしたのかと勘違いしだす。
「ゆ、ゆ、裕美さんが、何かしたんですか!?」
気が動転している女性を前に右京はいつもの態度で語りかける。
「いえ、そういうことではありません」
「では、どういったご用件で!?」
慌てふためく女性に少女たちは苦笑を禁じえない。
「落ち着けよ先生」
「皆、こっち見てるって」
女性は振り返ると子供たちと裕美がこちらを凝視している姿を捉え、恥ずかしさのあまり赤面する。
「申し訳ない……」
「いえいえ、僕たちの配慮が足りませんでした。こちらこそ、申し訳ない」
「そうだぞ、おじさん」
「いや、主にアンタと私のせいだと思うけどね……」
巫女の皮肉を魔女は華麗にスルーする。
刑事は女性に「ただ、同じく表から来た人間としてお話を伺いたいだけですのでご心配なく」と告げて、裕美の元へ向かい、ホッと胸をなでおろした女性は二人と立ち話を始めた。
子供たちに囲まれる裕美に右京が挨拶する。
「初めまして、裕美さん。僕は杉下右京と言います。すでにご存じかも知れませんが、表の世界からやって来た警察官です。ですが、あなたを逮捕しようとなど考えている訳ではありませんので」
「あ、はい……」
緊張から身構えるも逮捕されないと知った途端、裕美は安堵から、深くため息を吐く。やはり、一般人にとって警察という肩書きは相当なプレッシャーを与えるのだろう。
彼らは場所を寺子屋の室内に移してから会話を再開させる。
裕美は戸惑いながらも経緯を話した。
本名、
上司に相談しても全く相手にされず、さらには彼女の容姿に嫉妬した先輩女講師から悪質な嫌がらせを受けるなど散々な目に遭い、四か月で仕事を辞めてしまう。
事情を親に話すと厳しい父親は激怒し、しばらく帰って来るなと彼女を拒絶。裕美はアルバイトなどで生計を立てていたが、激しい虚無感に襲われていた。
そのような日々が続く中、気晴らしにとハイキングへ出かけ、その途中で幻想郷の無縁塚に迷い込んでしまった。
彼女もまた幽霊やネズミたちに取り囲まれて死の恐怖を味わうが、通りすがりの女仙人に助けられ、寺子屋の先生の計らいにより、ここで働かせて貰っているとのことだ。
「もう、ここに来て二か月になりますが、とても楽しいです。私が勤めていた塾の子供たちは生意気な子が多かったんですけど、ここの子たちは皆、素直でいい子ばかりで」
「確かに素直そうな子が多いですねえ」
右京が寺子屋の室内から外を覗くと、魔理沙と追い駆けっこする子供たちの姿があった。
彼らは楽しそうに遊んでおり、その姿は現代人二人の心を癒す。
「表の子供たちは文明の利器に浸り過ぎたせいか、斜に構えてしまっているところがあります。しかし、彼らにはそれがない」
「本当に素直なんですよ! だから、私、嬉しくって」
淳也同様、裕美もまた、幻想郷にやって来て幸せを手に入れた一人だった。
右京が先ほどと同じ問いを投げ掛ける。
「お聞きする必要もないかも知れませんが――裕美さんは今、幸せですか?」
裕美は即答した。
「はい!」
その元気な返事に刑事は納得したように頷く。
「それはよかった」
しばらく雑談をしたのち、右京は裕美に手紙を見せた。
「この手紙をご存じありませんか?」
手紙に書かれた文章を眺めた後、彼女が首を傾げた。
「知りません……。私、こんな綺麗な字じゃないですし」
「そうですか。この字を書いた人物に心当たりは?」
「特にないですね」
「なるほど。お時間を取らせて申し訳ない」
「いえ、私も刑事さんとお話できてよかったです」
「ご協力、ありがとうございます」
互いに礼を言い合ってから二人は寺子屋の外へと出る。
裕美を見つけた子供たちが駆け寄り、遊び相手になってと急かす。それに苦笑いしながらも彼女は快く応じた。右京は遠ざかって行くその後ろ姿を微笑ましく見守る。
そこに先ほどの女性が現れた。
「先ほどは、すみませんでした。私は
上白沢慧音は白沢と人間のハーフでありながらもこの里で活動する珍しい存在である。
妖怪の血を持つ者は警戒される傾向にあるが、彼女は昔から人里を守って来た実績により、里の人間から信頼されているそうだ。
右京も裕美から彼女の話を聞かされ、興味を抱いていた。
「はい、裕美さんからとてもお優しい先生だとお伺いしました」
「や、優しい……ですか!? いや、裕美さんのほうが優しいと思いますが」
「そんなことはありませんよ。あなたは困っている表の日本人に居場所を提供しているのですから」
「そのくらい当然です。特別という訳では……」
「そう言えてしまう辺り、あなたの徳の高さが伺えますねえ。御見それいたします」
「ど、どうも……」
慧音は顔を赤くしながらペコっと頭を下げ、すぐに表情を切り替えて右京に質問する。
「ところで……彼女たちから聞いたのですが、謎の手紙の主を探しているそうですね?」
「ええ、このような文章が書かれていたのですが」
「拝見させて頂きます」
渡された手紙をパサッと開き、中身を確認する。
現代の日本語に理解があるのか、慧音は内容を読み取ってから状況を整理する。
「なるほど、この手紙が表の神社で発見されたと」
「僕はこの手紙が幻想郷で書かれた物だと思っております」
「それも
「そうです」
慧音は頭の回転がよい。すぐに刑事がここへ足を踏み入れた理由を察した。
「それで、杉下さんはこの手紙を書いた人物を探している最中にこちらへ迷い込んだのですね?」
「無縁塚に出てしまいました」
「しかし、無事生還したと」
「まぁ、そういうところですね」
魔理沙たちから話を聞いた時、慧音はそんな訳があるかと、疑っていたが、目の前の紳士の冷静さを見るに、あり得ない話ではないな、と受け入れる。
「……手紙の主は見つかりそうですか?」
「まだ手掛かり一つ掴めていません」
慧音は顎に手を当てながら思案する。
「私の知人にも表の人間を保護する活動を行っている方が居るのでそちらにも聞いてみますね」
「ありがとうございます」
右京はそう答えると、茜色に染まりつつある空を見上げた。
「後、話を聞いていないのは酒場の敦君だけですね」
「敦君? ああ、酒場の店員をやっている子ですか」
「ご存じで?」
「妖怪の山で保護された彼を私が引き取りましたので」
妖怪の山とは幻想郷に存在する妖怪が住んでいる山を指す。表の技術を取り入れ、独自発展を遂げた空間は幻想郷のパワーバランスの一角を担うほどの影響力を持つと言われる。
そこに迷い込んだ敦が何者かに保護されて慧音のところに送られてきたらしい。
「そうでしたか! 彼は今日も酒場に居ますか?」
「居ると思います」
「そうですか。では、これからそちらに伺わせて頂きましょう」
「でしたら、早めに行かれた方がよろしいかと。夜は酒場も込むので」
「ご忠告ありがとうございます」
右京は慧音との会話を切り上げ、付き添いの二人を伴って最後の外来人が居る酒場へと駆け足で移動する。