【完全版】相棒〜杉下右京の幻想怪奇録〜 作:初代シロネコアイルー
寺子屋を出てから数分後。右京たちは酒場の入り口に立つ。
正面に広がる、そこそこ大きな二階建ての建造物を見上げつつ右京が「大きい酒場ですねえ」と呟くも、それ以上にでき上がっている客が何人か居たことに驚く。
魔理沙が自慢するかのように胸を張る。
「ここが里で一番の酒場だぜ!」
「二階建てで上が宴会スペースになっているんですよ」
「それはまたなんと」
そうこうしていると、こちらに気がついた酒場の店員が声を掛けてきた。
「あら、お客さん。初めて見るわね。どこから来たの?」
店員は若い女性で柄の入った頭巾を被り、上着が青色でスカートが赤色の変わった服装をしていた。どうやら、これがこの店の制服らしい。
「表の日本から来ました。こちらに敦君はいらっしゃいますか?」
「ん? 敦君に用なの?」
「ええ、呼んできて頂けると助かるのですが?」
「わかったわ。その代わり、一杯だけでもいいからお酒を飲んでいってちょうだいね?」
「わかりました」
右京の返事を聞くと、女店員は店の奥へ入って行った。
この外来人、金を持っているか? と魔理沙が不安を覚えた。
「おじさん、金持ってんのか……?」
「霖之助君から両替して貰いました」
右京は一円札数枚と多数の硬貨を魔理沙に見せた。
途端、彼女が碧眼を光らせる。
「へー。なぁ、おじさん――私らにも奢ってくれないか? 実は喉が乾いてしまってさ」
「ジュースならいいですよ」
「飲むとしたらビールか日本酒だぜ! 霊夢もそうだろ?」
「まぁ、そうねぇ~」
二人の発言に右京は目を細める。
「……霖之助君から教えられましたが、幻想郷では明確な飲酒の年齢制限がないと言うのは本当のようですねえ」
「大体、十三歳くらいから飲むぞ」
「私もそれくらいから飲み始めました」
「おやおや……」
ここは日本であって日本ではない。
明治時代の価値観を持っているのに飲酒の基準は江戸以前とはどういうことなのだろうかと、右京は嘆かずにはいられない。昔から
刑事は悩んだ末。
「飲み物一杯分のお金をお渡しします。それでお好きなメニューを注文してください。僕はその品を見なかったことにしますので」
苦肉の策である。実際、明確な飲酒の制限がないので右京が文句を言おうが、彼女たちは勝手に飲むはずだ。無駄だと思ったが、警察官にも意地がある。
警察官との交渉に勝った二人は顔を示し合せてハイタッチする。右京が二人にお金を渡すとカウンターへ直行。ビールを注文した。
もちろんのこと、右京は見て見ぬフリをする。
(江戸時代以前の日本にタイムスリップしたと考えることにしましょうかね)
首を横に振り、自分が江戸時代以前にタイムスリップしたのだと言い聞かせた。ここは妖怪の住む地域なのである意味、間違いではない。
それからまもなく右京の前に女店員が十代後半の青年を伴って現れた。
「この人が敦君よ」
「あ、どうも、敦です。よろしくです」
敦と呼ばれた背の高い青年は明るい性格をした特徴的な口調の人物で、今時の髪型をしている。彼は淳也や裕美と違い初対面の右京に笑顔で接する。
右京も本日、数度目の自己紹介を行う。
「僕は杉下と言います。表の日本からやって来ました」
「らしいっすね!
「お話を伺わせて頂きたいと思いましてね。こうしてお邪魔させて頂きました」
「話っすか……。うーん、なんか……警察のやり取り似てるような」
右京の少々、変わった喋り方に引っ掛かり覚えた敦は頭を掻きながら目を逸らした。
「おやおや、よくわかりましたねえ」
「はい?」
声をうずらせる敦。戸惑いにより身体が硬直する。
すかさず、右京が自らの正体を明かした。
「こう見えて、僕は表の日本で警察官をやっております」
「警察ですとおおおおおおお!?」
敦は両手を挙げて奇声を発した。
その態度で何かに勘付いた女店員こと舞花が敦に詰め寄る。
「ちょっと敦君。表で何かやらかしてきたの!?」
「いや、それは……」
「白状なさい!」
しどろもどろになる敦に強引に詰め寄る舞花。その迫力は警察顔負けである。
敦は観念したように口を開いた。
「前に舞花さんに話したことありましたよね? 不良と喧嘩したって」
「当時付き合っていた女の子を馬鹿にされて殴り合いになったのよね?」
「実はその時、警察にお世話になったんっすよね。俺、舞花さんに言いませんでしたっけ……?」
敦の問いに舞花は目を細くしながら答えた。
「殴り合いになって学校を退学させられたとは聞いたけど、警察のお世話になったなんて聞いてない」
笑顔というプレッシャーを放つ舞花。敦は顔から汗を滝のように流しながら謝罪した。
「すみませんでした! 舞花さんに嫌われたくなくて話してませんでした! 許してください!」
「はぁ……」
店内は敦と舞花のやり取りに釘づけになる。魔理沙と霊夢は「修羅場だな(ね)」と酒を片手に見物。でき上がった酔っぱらいたちも興味津々で彼らを見つめる。
深くため息を吐いた舞花は――。
「男の癖に小賢しいマネしないの! 私はそんなんであなたを嫌いになったりしないわよ」
「舞花さん……」
敦は天使を見るような目で舞花を見つめた。
彼女は咳払いをしてから続きを語る。
「……大体、敦君は自分の彼女のために戦ったんでしょ? だったら男としては立派なんじゃない? あくまでも私の意見だけど」
若干、顔を赤くする舞花に敦は歓喜あまって叫び散らす。
「舞花さあああああん! 一生付いて行きます!」
「キモい」
舞花は感動している敦を真顔でキモいと吐き捨て、本人が「そういうところも素敵っす!」と目をキラキラさせる。
魔理沙たちを含める常連客は「よい夫婦漫才だねえ!」とゲラゲラ笑っていた。
二人は気まずそうにしていたが、敦も舞花も満更ではなさそうだ。
右京は漫才のお礼に「お二人とも、お似合いですねえ」と彼らを褒めた。本人たちは無言だったが、薄っすらと顔を赤らめていた。
その後、舞花はカウンターに戻り、右京と敦は店内の端にあるテーブルに着いてから話を始めた。
彼の本名は
敦は都内の高校に通う学生だったが、暴力沙汰を起こして退学。その件で親と不仲になり、度重なる口論の末に家出。
行く当てもなく夜道を彷徨っていたところ、運悪く妖怪の山に迷い込んでしまい、河童たちに囲まれるも偶々通り掛かった女仙人に里まで送ってきて貰ったそうだ。
女仙人はピンク色の髪に中華風の衣装を身に纏っていたそうで、右京が裕美の言っていた仙人と同じかと訊ねたところ彼はそうだ、と頷く。青年は里に来てから慧音に仕事を紹介して貰い、この酒場に案内された。
三人を案内した女店員は店長である舞花こと、
彼女は最近、客足が増えたことで仕事が忙しくなり、手伝いをしてくれる者を探そうかと悩んでいた。
そこに慧音からの紹介があり、子供の頃、彼女の寺子屋でお世話になった恩を返そうと舞花は敦を雇い入れた。
敦はさばさばしつつも優しく接してくれる舞花に惚れてしまい、恩を返すために一生懸命働いた。その甲斐あってか、今ではそれなりの関係になっている。
二週間前、彼は思い切って彼女に告白するが、未だ返事は貰えていない。しかしながら恋人関係に発展するまではそう時間が掛からないだろう。
「君も大変だったのですね」
「まぁ、そうっすね」
敦は静かに頷く。
一段落したところで、右京が思い出したかのようにとある話を振った。
「ところで、ご両親のことは心配ではありませんか?」
「親のことっすか?」
「きっと今頃、君が消えたと、心配していると思いますよ」
「……」
親の話題になった途端、彼はその口を閉じた。幻想郷に住むようになって三か月。その間、両親はきっと、敦のことを心配して警察へ相談しに行っただろう。
右京は警察官として敦に問わずにはいられなかった。例え、法律が通用しない場所であったとしても。
青年は目を逸らしながら、小声で言った。
「俺も時々心配になることはあるんですよね……」
「ほう」
「でも、俺……。ここに居たいんです」
「その理由は――」
右京は静かにカウンターの舞花を一瞥した。
「最初は帰りたくないからここに居たいって思ってたんですけど、舞花さんの店で働くようになってからお酒を飲みに来る人たちと仲良くなって、なんか、楽しいなって思っちゃって……そりゃあ、ネットとかないですけど、ここにはそれ以上にいいところがある。そんな気がするんですよ。上手く言えないけど……」
自分の中に芽生えた感情を上手く表現できない敦に代わって和製ホームズが、彼の心を読み解く。
「人間の里には人情味に溢れる方が多いように見受けられます。慧音さんもそこに居る魔理沙さんも霊夢さんも、そして、君が慕う舞花さんも我々のギスギスした日本では中々、お目に掛かれない性格の持ち主です。そんな方々が集まった里なのですから、僕は君がここに住む人たちが持つ『人間本来のよさ』に魅かれたのではないかと思っています」
右京の言っていることを理解しきれてない敦はキョトンとした表情で呟く。
「人間本来のよさ?」
「純粋な優しさや気前の良さなどです。僕たちの住む社会……特に都会では滅多に味わえなくなったものです。古きよき時代の日本人が居る場所――それこそがこの人間の里なのかも知れませんね」
純粋な優しさや気前のよいという言葉に敦は慧音や店の常連、さらに舞花のことを思い浮かべる。彼は右京の言葉に心から納得して感動した。
「な、なるほど。さすが刑事さんっす!」
「それほどでも」
右京が再度、カウンターに目を向けると、そこには照れている舞花と魔理沙たちの姿があった。おまけに他の常連客も照れ笑いをしている。
どうやら皆、刑事の言葉を聞いていたらしく、自分たちを褒める内容に気恥ずかしさを覚えたようだ。
右京が微笑む。
「皆さん、非常によい方々ですね」
「俺もそう思います!」
表からやって来た連中の青臭い言葉にため息を吐いた魔理沙がジョッキを高く掲げた。
「ねーちゃん、ビールおかわり」
霊夢も便乗しておかわりを要求する。
「私も同じく」
それを見た常連も続々とおかわりをし始める。
舞花は苦笑しながらもビールをジョッキに注いで行く。注文が殺到し、忙しくなることを察した敦がカウンターに戻ろうとするも、舞花が「もう少し話してたら?」と彼を止めた。
刑事は敦に問う。
「敦君――君は今、幸せですか?」
唐突な質問に戸惑うも、敦は答えた。
「もちろんっす!」
右京が笑みをこぼした。
「この様子では君を連れ戻すのは無理そうですね」
「は!? 俺を連れて行くつもりだったんですか!?」
「はい、場合によっては」
敦が顔を青ざめさせる。
「ご両親のことを考えれば本来ならば無理やりにでも連れ戻したほうがよいのでしょう。ですが、君は自分の意思でここに残ることを選択している。ここは日本であり日本ではない。日本の法律外である以上、僕に君を強制的に連れて帰る権利はありません。それに――」
「それに?」
彼がゴクリと息を飲んだ。右京は一呼吸置いてから。
「君には舞花さんが居る。如何に未成年とはいえ、僕がお二人の仲を引き裂いていい訳がない――これからもこの場所で頑張ってください」
「え、あ、はい……」
敦は頭を掻きながら、恥ずかしそうに答えた。カウンターの舞花も顔を真っ赤にしていた。
魔理沙が叫ぶ。
「ひゅー、ひゅー! いいぞ、いいぞ!」
続いて霊夢も「今日はめでたいわねー!」と便乗し、酒の追加注文を入れる。おまけに常連まで「おめでとう!」と騒ぎ立てる始末。敦と舞花はひたすら苦笑うしかなかった。
右京は忙しくなりそうな気配を察知し、すかさず、敦に謎の手紙を見せて心当たりがあるかを訊いた。敦は知らないと答えたので、右京は手紙を仕舞い込んでから約束通り酒を注文する。
注文は敦が受け、酒を注いで右京の元へ持ってきた。運ばれてきた酒を片手に刑事は常連たちのいるカウンターに席を移し、一緒に世間話を楽しむ。
「おうおう、表の紳士殿は面白いこと言うねぇー」
「いえいえ、それほどでも」
「こっちにも小さいけど劇場があって、表の演劇やってることもあるんだぜ。主役に男装の麗人とかも出てきて娘が憧れちまってさ、夢中なったことがあったんだ。いやぁ、あの時は金をせびられて参ったね、ただでさえ金欠だったのに」
「いやいや、それはお前が賭博で有り金すってたからだろーが」
「それは風下のバアさんがさ、俺の時だけいい目を出さないように細工をさせてだな」
「んなこと言ってると出禁にされるぞー。不届き者と他の組の輩には容赦しないからなー、連中」
「うぐぐっ、でもさぁっ」
右京を挟んで酔っ払いたちの会話が飛び交う。
ジョッキを右手に持ちながらあーでもないこーでもないと言い合っていると、舞香が「ちょっとおじさんたち、騒ぎすぎ! 水で頭、冷やしなさいな!」と冷水が入った湯呑二つを叩きつけるように置いた。
「「ひぃ、こわっ」」
「まったく、新規のお客さんの前なんだから。店の印象、悪くしないでよね」
ふんっと鼻を鳴らして若い店長が酔っ払いを黙らせる。その姿に敦が「素敵っす」と褒める。しかし、その言葉を耳に入れた舞香は横目で彼を睨む。
「敦くん、ぼーっとしないで! あっちのお客さんのおでん、急いで用意して」
「あ、了解っす!」
二人しかいない厨房は地獄そのもので、客が増えればその忙しさは段違いに増していく。ましてや今は注文のピーク。無駄口を叩く暇はないのだ。
「大変ですねー。ふふっ」
舞香の指示を必死にこなす敦とはしゃぐ巫女と魔女たちを眺めつつ右京は熱燗を口に含んだ。
それから右京たちは、常連たちと夜遅くまで酒を飲むことになり、少女たちはそれなりに酔っ払ってしまう。
時間も時間なので右京は、霖之助への土産を購入してから会計を済ませ、二人を連れて店の外に出た。
少女たちが大声で騒ぐ。
「いやー飲んだぜー!」
「めでたい時のお酒っていいわよねー!」
「君たち……。もう少し加減してもよいと思うのですがね」
右京の小言もどこ吹く風。二人には届かない。三人の後ろから敦と舞花が見送りに出てきた。
「杉下さん、今日はありがとうございました! 俺、楽しかったっす!」
「私も楽しかったわ。また、来てね。杉下さん!」
「ええ、必ず」
「私もぉ、来るぜー!」
「同じくぅ!」
酒のせいか、いつにも増してノリの良い魔理沙と霊夢。
右京と敦たちは二人のでき上がりっぷりに笑いを禁じ得なかった。
そして三人は人里を後にした。
☆
「で、この時間に帰ってきたという訳ですか」
霖之助は彼らが夜遅く酒を飲んで自分のところへ戻ってきたのを快く思ってない。酔ってテンションが高い魔理沙が「シケたツラしてんじゃねーぜ」と騒ぎ、霊夢も「そうよ、そうよ」と便乗する。
悪いと思った右京が霖之助へ謝罪した。
「申し訳ない。君には迷惑を掛けますね。これ、お土産です」
「ああ、どうも」
こんなこともあろうかと買っておいたお土産が功を奏した。霖之助は肴のつまみが入った箱を受け取ると仕方ないか、と半分諦めながら彼を店内へと招き入れる。
少女二人は手を振って自宅に帰って行った。
香霖堂で残った右京と霖之助が雑談を始める。
「人間の里に行ってきましたが、非常によいところでしたよ」
「そうですか」
「日本のよさを再認識しました。現代社会が失った物があそこにはある。そう思わずにはいられません」
「表から姿を消した物が幻想となって結界内に入ってきますから……。ある意味、それは正しいのかも知れません」
霖之助は静かにそう語った。
その含みのある言葉に外来人が反応する。
「僕たちの世界で失われた物が幻想となってこの世界に入ってくる。まさに――
里の光景を思い出しながら、ほんの少しだけ寂しさを感じる。
「僕は、人情まで幻想入りしてしまったとは思いたくないですね」
「それは里特有の物かと」
霖之助は右京をフォローするかのように洒落た一言を添えた。
「そうだとよいのですが」
静かに呟いて彼は窓から外を眺めた。雲の切れ目から月が顔を覗かせ、幻想郷を優しく照らす。美しく、どこか儚く、時に賑やかで非常識がまかり通る世界。右京の瞳にはそれがとても羨ましく映った。
男の後ろ姿を眺めていた霖之助が微かに笑う。
「今日はもう遅いですから寝ましょう。僕も明日はやることがあるので」
霖之助は用事があるので早く寝たいようだ。
どのような用事があるのか気になった右京は訊ねた。
「おや、何かの用事ですか?」
「実は掃除をしていたら日用品が何点か足りなくなっているのを発見しましてね。そちらの補充です」
「ほう、行先はどちらでしょう?」
「行先は……その、
霖之助はばつが悪そうに言った。
もっと早く発見できていれば自分たちと一緒に里に行けただろうと。右京はその部分を指摘せず、フォローするかのように提案する。
「よろしければご同行させて貰えないでしょうか? もちろん、僕が持てる範囲でなら買った品をお持ちしますよ?」
荷物を持つという箇所を強調した右京に霖之助が「そう言ってくれると思った」と内心、ほくそ笑んだ。当の右京も里の店をもっと覘いて見たかったので、利害は一致している。
二人は互いに目で会話したのち寝支度を整えて、そのまま眠りに就いた。