タイトル通りのお話。
BWで変わってしまったロケット団のことを、サトシも淋しく思ってたらよい。

pixivにて投稿したものです。

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ロケット団に看病されるサトシの話

 その日ジャリボーイが一人になることは、とっくに調べがついていた。うるさいジャリガールも、鬱陶しいソムリエボーイも、それぞれの用事でしばらく別行動するらしい。

 その上、ボスから与えられた任務も、ちょうど一段落ついたところだった。完全オフというわけではないが、自由行動は許されている。

 ならば絶好のチャンスに違いない。そう思った二人と一匹は、さっそく襲撃の準備を進めたというわけだった。

 

「それにしても、ピカチュウゲット作戦も久しぶりじゃニャーか?」

 

「そうね、ここんところはジャリボーイ関係ない任務ばっかりだったしぃ」

 

「なんかさぁ、こう、気合いも入るよな」

 

 うんうん、と息もぴったりに頷きあうロケット団。最近は険しい顔をすることも多かった彼らだが、今はなんともリラックスしているように見える。

 

「さあ、行くわよ! ピカチュウゲットで」

 

「「いい感じ〜!」」

 

 

 

 

「ちょっとそこ行くジャリボーイ、顔貸してもらえるかしら?」

 

「ろ、ロケット団!?」

 

 一人で街を歩くジャリボーイは、どこか生彩を欠いているように見えた。ピカチュウも、どことなく元気がない。仲間がいないので、寂しいのだろうか? 軟弱な、とムサシは鼻で笑った。

 

「そのピカチュウ、いただくわ!」

 

 ぱちん、と指で合図をすると、ジャリボーイの真上で待機していたメカから、捕獲ネットが打ち出される。あっさりと捕まる一人と一匹。もちろん、ネットは電撃吸収機能付きである。ピカチュウ対策はばっちりだ。

 だがしかし、ここで油断しないのが、ハードでスイートな自分たちである。手持ちのポケモンをみんな呼び出して、ジャリボーイの反撃に備えた。

 

「さあ、反撃するならやってみな!」

 

「う……」

 

「ピカ……」

 

 網の中の二者は弱々しく呻いている。

 

「さあ、さあ!」

 

 ……しーん。

 

「……ちょっと?」

 

 ムサシはコジロウニャースと顔を見合わせた。何かがおかしくないか?

 

「おーい、どうしたー?」

 

「いつもの元気はどうしたニャ」

 

 ジャリボーイとピカチュウからは、返事は返ってこない。さすがに心配になったのか、ニャースが網をそっと持ち上げた。と、

 

「にゃ!? ムサシ! コジロウ!」

 

 ニャースは焦った様子で声を上げる。慌てて駆け寄るムサシとコジロウが見たのは、顔を真っ赤にして苦しそうなジャリボーイ。その横で、やはり苦しそうな息をして、でも相棒を守ろうとしているのか、頬からバチバチと火花を出しているピカチュウ。

 

「ちょ……あんた、熱あるじゃない!」

 

「ピカチュウもニャ!」

 

「おいおい、なんでこんな状態で出歩いてたんだ?」

 

 ジャリボーイは意識が朦朧としているようで、返事がない。

 

「こんな時に仲間はどこ行っちゃったのよ!」

 

「とにかく病院だ! ポケモンセンターはどっちだ!?」

 

「ピ……カチュ!」

 

「ニャ、サトシに触るにゃって……こんなおみゃーらを置いていけるわけないニャ」

 

「そうよそうよ、大人しく助けられときなさい」

 

「ピ……カ……」

 

 心意気は素晴らしいが、フラフラのピカチュウ一匹で何ができるというのだ。現に、ニャースがピカチュウの頭をぽんと叩くと、踏ん張っていた前足がペチャリとつぶれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サトシは、自分がベッドに寝かされていることに気がついた。眼の前はぼやけているし、頭はガンガンする。腕に力が入らなくて、身体を起こすことができない。

 

「……ピカチュウ?」

 

 朦朧とする頭で相棒の姿を探す。寝返りを打てば、ベッドの横に置かれた小さなかごの中で、毛布に包まれて丸まっている黄色が目に入った。規則正しく上下しているから、寝ているのだろう。

 ほっとした彼は、仰向けに寝転がって考えた。確か、ピカチュウと外を歩いていたら、ロケット団と遭遇して……?

 

「それから……?」

 

 そこからの記憶がない。でも、ピカチュウが無事だということは、あいつらは追い払えた……ということでいいのだろうか。

 

「あ、起きてるじゃん」

 

 追い払えていなかった。隣の部屋から現れたムサシに顔を強張らせるサトシだったが、身体がついてこない。起き上がろうとしてそれができず、無様にベッドの上でもがくのみだ。

 

「なん……なんだ、お前ら」

 

「なんなんだと聞かれたら! ――じゃなくって。ほら病人は大人しくしてなさい」

 

 そう言いながら、ムサシは持ってきた洗面器からタオルを取り上げて固く絞った。額を拭ってくれる冷たさが気持ちよくて、思わず気が緩む。と同時に遠くへ行きかけた意識を、サトシは必至に引き留めた。

 

「な……んで」

 

「それはこっちのセリフだっての! なんでこんなフラフラで出歩いてたのよ」

 

「それ、は……」

 

「あーあー、いい、いい。別に聞きたいわけじゃないからさぁ。とにかく、早く治しなさいよ」

 

 ムサシは一方的に喋ると、サトシのおでこをぴしゃんと叩いて、それから部屋を出ていった。

 どうやら彼らは、少なくとも今は、ピカチュウを奪っていく気はないらしい。安心してもいいのかな。そう思ったらまた気が緩んだのか、サトシの意識は今度こそ遠くへ飛んでいってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 次にサトシが目を覚ますと、ベッドの傍らにはニャースがいて、じーっとこちらを見つめていた。目が合うと驚いたのか、彼の瞳孔がひゅっと細くなるのが見えた。

 

「あにゃ、起こしちゃったかニャ」

 

「ニャース……?」

 

「気分はどうかニャ? 熱は少し下がったみたいだけどニャ」

 

 言われてサトシは自分の全身を顧みた。何とか身は起こせたものの、頭痛は相変わらずだし、ちょっと動いだだけで目眩がする。

 

「ムリは禁物なのニャ。でも、起きれたのなら、これ飲むかニャー?」

 

 そう言って手渡されたのは透明の液体だ。一見すると白湯のようである。サトシが訝しんでニャースを睨むと、彼は焦ったように手を振った。

 

「た、ただの水だニャ! 変なものじゃにゃーよ」

 

「ふーん?」

 

 サトシはジト目でニャースを見つつ、白湯を口に含んだ。

 

「……甘い。本当にただの水?」

 

「にゃんて顔するのニャ! ニャーは病人にヤババ〜なもの飲ませるような悪党に見えるかニャ?」

 

「悪党じゃん、お前ら」

 

 ニャースははっと目を丸くしたあと、そういえばそうニャ、なんて呟いている。サトシはくすくす笑うと、もう一口飲み込んだ。

 

 

「ピ、ピカ?」

 

 不意に小さな声がして、かと思ったらニャースの背中ででっかいスパークが弾けた。

 

「わにゃー!?」

 

 飛び上がったニャースは恨みがましい目で傍らのピカチュウを見下ろす。その背中は真っ黒に焦げていて、それを見たピカチュウは笑った。どこか悪い笑みに見えるのは、たぶん気のせいではない。

 

「ピカ、ピカチュ」

 

「何を企んでるんだ、って……開口一番それはあんまりだニャ」

 

「ピカ、チャァ」

 

「企んでなかったことがない? まあそれはそうかもにゃけど」

 

 言い合う2匹は、サトシの目から見れば悪友という感じだ。なんだか微笑ましいし――なんだか安心する。

 

「ピカチュウ」

 

 サトシが呼びかけると、黄色い耳がピクリと反応した。

 

「ピカピ」

 

 黄色い相棒は嬉しそうな声を漏らすと、ぴょんとサトシのベッドに飛び乗った。けれど、着地に失敗して突っ伏してしまう。それを見たニャースが悪い笑みを浮かべた。

 

「ずいぶん弱ってるみたいじゃにゃーか」

 

「ピカ、ピカチュ!」

 

「にゃはは、強がっても無駄ニャ」

 

「ピィカァ」

 

「やる気ニャ? かかってくるといいニャ」

 

「こら、やめろピカチュウ」

 

 ピカチュウが電気袋から火花を出し始めたところで、サトシは彼を抱え上げた。いつも温かい相棒だが、今日はいつにも増して体温が高い。さっき転んだのも、まだ本調子ではないからだろう。

 

「バトルなら、風邪が治ってからだ。今はまだ、こいつらの世話になっておこうぜ」

 

 癪だけどな、と付け足すと、ピカチュウもしぶしぶ納得したようだった。

 

「助けてやったのに、その言い草はにゃー」

 

「ごめんごめん、感謝してるよ」

 

 サトシは苦笑を浮かべると、まだちょっぴり不機嫌な相棒を自分の横に寝かせて、布団をかけてやった。

 

「もう少しお休み、ピカチュウ。俺なら心配いらないから」

 

 そう言いながらぽんぽんと優しく背中を叩いていると、ピカチュウの目はとろんと微睡んでくる。

 ふくれっ面を見せていたニャースも、そんなピカチュウの様子に興味深げに寄ってきた。

 

「やっぱり調子悪いんだニャ。いつもにゃら、もっと警戒されてるところにゃのに」

 

「うん……」

 

 サトシはため息を付いた。

 本当は自分もピカチュウも、朝から調子は悪かったのだ。でもそれに気づかないふりをして無理をした。だから、ピカチュウが苦しむのは自分のせいだ。

 

「大人しくしてれば、ただのピカチュウなのニャ。でも、ニャーたちが追ってるのはただのピカチュウじゃにゃーからニャ」

 

 だからさっさと治せと、ニャースはそう続けた。サトシの感傷に気づいているのかいないのか。どちらにせよ、その勝手な言い分には、突っ込まずにはいられなくて。

 

「お前らのために治すわけじゃないからな」

 

「そんなことは承知の上ニャ」

 

 ニャースは笑い混じりにそう返した。

 

 

 

 

 

 ぐう、とお腹がなって、サトシは目を開けた。気がつけば、窓の外は夕焼けだ。

 

「あー、結局1日寝てたのか」

 

 呟くと、隣でチャア、と小さな返事があった。

 だいぶん体も楽になってきたのは、あいつらに感謝すべきなのだろうけど。そう言えばここはどこだろうと辺りを見渡せば、見慣れたポケモンセンターの一室である。数日前からサトシが泊まっている部屋、まさにその場所だ。

 

「……なんであいつらこの部屋知ってるんだよ」

 

「ピカ、ピカチュ」

 

 ピカチュウと目を合わせて、どちらともなく苦笑を浮かべる。分からないけれど、あいつらだから、で済む話のような気はする。

 部屋の外からいい匂いがしてきて、サトシのお腹はまた鳴いた。

 

「なんだなんだ、食い物につられて起きるとか、やっぱりお子ちゃまだなぁ」

 

 そう言いながら部屋に入ってきたのはコジロウだ。手にしたトレーには、湯気のたつ器が乗せられている。いい匂いの出どころはたぶんそれだ。

 

「ほらよ、食えるか?」

 

 手渡されたトレーには、おかゆと、ふやかしたポケモンフーズが載っていた。無言でコジロウを見上げると、彼はちょっと怯んだように身を引いて、眉を寄せる。

 

「……なんだよ、なんか文句あるのか?」

 

「ううん、いただきます」

 

 サトシはにこりと微笑むと、スプーンを手に取った。なんだってんだよ、というコジロウの呟きを、視界の外で聞く。ピカチュウの分までちゃんとあるのが、意外なような、そうでもないような。

 おかゆが胃に落ちると、体がポカポカした。発熱の気持ち悪い熱さではなく、元気の出る気持ちいい熱さだ。スプーンを運ぶ手が止まらない。

 

「そんなけ食えりゃ、上等だな」

 

 コジロウが言った。見れば、とても穏やかな顔をしている。およそ悪党らしくないけれど、これが彼らの素なのだと思う。最近はあまり見なかったけど。

 

「こっちのほうがいいのに」

 

「なんだ?」

 

 コジロウが不思議そうに首を傾げるが、サトシは何でもないと首を振った。

 

「これ、ジョーイさんに作ってもらったの?」

 

「馬鹿言え、コジロウ様の手作りだぜ」

 

「へえ」

 

「あ、材料費はお前の財布から出したからな」

 

 サトシは思わず顔を上げて、コジロウを凝視した。コジロウは悪びれる様子もなく、むしろちょっと機嫌がいい。

 

「俺の荷物漁ったのかよ」

 

「おう」

 

 なんだコイツ、と思ったが、よく考えればこいつらは泥棒だ。人の荷物漁るくらい、日常茶飯事なのかもしれない。やっぱり悪党だこんなやつ。

 

「あ、心配ならいらないぞ。ポケモンには手を付けてないからな」

 

 今のお前からポケモン盗るのは美学に反するからな、とかなんとか、よくわからないことを言っている。でも、ポケモン泥棒の時点で美しいも何もないと思うサトシである。

 ふと傍らを見れば、ピカチュウと目が合った。たぶん彼も同じことを考えていたのだろう。二人はどちらからともなく肩を竦めた。

 

 

 

 

 

「でさぁ、ジャリガールたちはいつ帰ってくんのよ」

 

「知らないニャ」

 

「こんな状態のジャリボーイ置いて、よく出かけられたもんだな」

 

 薄情者め、と呟くのはコジロウ。

 肝心のジャリボーイは、隣の部屋で安らかな寝息を立てている。ここに運んできた当初は、呼吸すら乱れて苦しそうだったから、かなり回復したと見てよさそうだ。

 

「帰ってくるまでジャリボーイの面倒見るニャか?」

 

「どうする、ムサシ?」

 

「なんでアタシに聞くのよ。まあ、面倒見てやってもいいんだけどさ、任務もあるじゃん?」

 

「そうニャ、オフは今日だけだったのニャ」

 

 やばば、と口に手を当てるニャースは、すっかり忘れていたらしい。三人は顔を突き合わせてうーんと唸る。

 

「あいつのあの様子なら、もう一人にしても大丈夫じゃないの?」

 

「でも、ジャリボーイだぜ? 目を離したらどんなムチャするか……」

 

「ジャリボーイだもんにゃあ」

 

 うーん。

 もちろん優先すべきは任務である。しかしだからといって、ジャリボーイに何かあれば寝覚めが悪い――じゃなくて、狙った獲物に何かあればボスに申し訳が立たない。

 

「そもそもなんでアタシらがあのガキンチョの面倒見てんのかしら?」

 

「そりゃー、拾っちゃった以上はしょうがないのニャ。ムサシだって反対はしなかったじゃにゃーか」

 

「アタシは過去を振り返らない女なのよ」

 

 ニャースとコジロウは顔を見合わせた。あのとき一番焦っていたのはムサシじゃなかったっけ。まあ、言っても藪蛇なのは分かっているから、あえては言わない二人である。

 

「とりあえずコジロウ、こんな作戦でどうニャ?」

 

「お、どれどれ」

 

「ニャーは本部に連絡してくるから、これとこれ、準備しといてほしいニャ。おみゃーらにはちょっと走ってもらうことになるニャ」

 

「ちょっとぉ、メンドイのはやーよ?」

 

「おみゃーは文句ばっかりだにゃあ」

 

 そうして夜は更けていく。ワイワイガヤガヤ慌ただしく、でも病人を起こさないようにこっそりと。

 長くて短い一日が終わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、サトシは眩しい陽光に照らされて目を覚ました。誰かがカーテンを開けてくれたようだ。

 

「おはよう」

 

 逆光で顔は見えなかったが、つい習慣で挨拶をする。すると、その誰かが振り向いて、挨拶を返してくれた。

 

「グッモーニン、サトシ」

 

「へ?」

 

 サトシはパチクリと瞬きをして、彼を見つめた。それはデントだった。

 

「デント!? なんで……」

 

「キミがピンチだという手紙が今朝届いてねぇ。とるものもとりあえず駆けつけたという訳さ」

 

「今朝? 今朝って……」

 

 今朝って今のことじゃないのか。思わず窓の方を見ると同時に、サトシのお腹がぐううと鳴った。デントが笑いをこらえつつ言う。

 

「もうお昼時だよ、ねぼすけさん。何か食べるものを用意してくるから待ってておくれ」

 

「あ、待ってよ、デント」

 

 隣の部屋へ行こうとしたところを思わず呼び止める。デントは振り向いて小首をかしげた。

 

「ロケット団はどうしたんだ?」

 

「ロケット団? いいや、知らないけれど……あいつらまた、何か企んでいるのかい?」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 サトシは言い淀んだ。ロケット団に看病してもらった、なんて言ったら、デントはどんな顔をするだろうか。イッシュに来てからの冷たい彼らしか知らないデントだから、余計な心配をかけてしまうだろうか。

 

「ピィカ」

 

 サトシの心情を察したのか、ピカチュウがサトシの手に擦り寄った。それをどう受け取ったのか、デントは微笑む。

 

「安心しておくれ。もし奴らが来ても、このボクが華麗なテイストで追い払ってみせるからね」

 

 身体が弱ると心まで弱るものさ、気にすることはないよ。そんなふうに言いながら、サトシの頭を一撫でして、デントは今度こそ部屋を去っていった。

 デントの後ろ姿を見送ったサトシは、無意識にピカチュウの頭を撫でていた。指先で揉むように毛並みを乱してやれば、相棒はくすぐったそうに見をよじる。彼の体温の温かさと毛並みの柔らかさを堪能しながら、サトシはふうと息をついた。

 

「あいつら……どこ行っちゃったんだろ」

 

「ピカ」

 

 自分が回復したからか。それともデントが帰ってきたからか。どちらにせよ、たぶん彼らはもう行ってしまったのだろう。

 

「お礼くらい言わせろよな」

 

 だけど、そのつぶやきを聞いていたのは相棒だけ。届けたい相手には、どうしたって届かないのだった。

 

 

 

 

 

 どたどたどた! と賑やかな音がしたかと思うと、ばん! と勢いよく扉が開いた。

 

「サトシ! 無事!?」

 

「アイリス!? っつっ!」

 

 驚いた拍子に食べかけのおかゆ(デント謹製)を手の上に取り落としてしまって、あたふたする。その様子を見て、アイリスはくすりと笑みをこぼした。

 

「なぁにやってんのよ。子供ねー」

 

「お前が驚かすからだろ!」

 

「あんたが勝手に驚いたんじゃない」

 

 言いながら近寄ってきたアイリスは、でも大丈夫そうで良かったと呟きを漏らす。彼女の髪からキバゴが転がり出てきて、それを見てベッドから飛び降りたピカチュウとひしと抱き合った。

 

「アイリス、帰ってくるの明日じゃなかったっけ」

 

「だったけどね。あんたがピンチだって手紙が届いたから、慌てて帰ってきてあげたのよ」

 

 よく見れば、彼女は珍しく息を切らせているし、自慢の髪はボサボサだ。よほど急いで来てくれたのだろう。サンキュな、と言ってみると、顔を赤くしてうつむいてしまった。照れているらしい。どっちのほうが子供だか。

 

「風邪なの?」

 

「うん、そうみたいだ」

 

「……まさか、昨日ボクたちが出かける前から調子が悪かった、なんて言わないよね?」

 

 にこり。横で話を聞いていたデントが、笑顔で割り込んでくる。笑顔のはずなのに、なぜかオコリザルを思い出した。その迫力に気圧されつつなんとか頷くと、彼は大げさにのけぞって、大げさに嘆いた。

 

「ああ、キミという人は! なんでこう、いつもいつも無茶ばかりするんだい!」

 

「そうよそうよ! なんで言ってくれないのかしら」

 

 まったく子供なんだから、なんて余計な一言に、サトシは口をとがらせる。だってこれくらい大丈夫だと思ったし、二人に心配かけたくなかったし――ともごもごと反論したら、反論の反論が返ってきてやり込められてしまった。口じゃ到底二人には敵わない。

 ええいこのままじゃ不利だ、とサトシは無理やり方向転換を試みた。

 

「そういえばデントも言ってたけど、手紙って? 誰から?」

 

「そういえば誰だろうねぇ? 差出人の名前は書いてないんだよ」

 

 幸いすぐに乗ってくれたデントが、ほら、と手紙を見せてくれる。アイリスも髪の中から同じものを取り出した。そこには確かに差出人らしき名前はなく、内容も簡潔で、『サトシ カゼデピンチ スグカエレ』とだけ。

 何の変哲もない白い便箋。けれど、その白を彩るように、真っ赤な「R」の文字のワンポイントがあるのを発見したサトシは、思わず吹き出してしまった。

 

「ど、どうしたのよいきなり!?」

 

「大丈夫かい?」

 

「大丈夫大丈夫、ちょっとむせただけ」

 

 二人は気づいていないようだけど、サトシにはすぐにわかった。間違いない、あいつらの仕業だ。

 

「悪党だけど、やっぱいいやつらじゃん」

 

 な、ピカチュウ。そう相棒に同意を求めると、彼は肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈side デント〉

 

 

 

「んー、いい朝だねぇ」

 

 カーテンを開けて伸びをすれば、その足元にひらりとなにかが落ちてきた。拾い上げれば封筒である。裏には「to デント」と書かれていた。

 

「ボク宛て? 一体なんだろう」

 

 どこからともなくペーパーナイフを取り出し、優雅な手つきで封を破る。中には一枚の白い便箋が入っていて、ただ1行、『サトシ カゼデピンチ スグカエレ』とだけ。

 

「サトシがピンチだって!? いやでも、いたずら? そもそも一体誰が……?」

 

 差出人も書いてないその手紙を、しばらく矯めつ眇めつしていたデントだったが、やがてひとつ頷くと荷造りを始めた。

 

「いたずらかもしれない。でもいたずらじゃなかったら――誰かがサトシの側にいてあげないといけないしね」

 

 相棒たちを呼び出して、帰りの予定を早める理由を説明する。反対するような子は、もちろん一匹もいない。

 リュックを背負って、道のはるか先を見通した。サトシのいる街までは、休まず歩いて半日ちょっと。相棒に足の早いポケモンがいればよかったのだが、ないものをねだってもしょうがない。

 

「アイリスのカイリューに頼めば速いんだろうね」

 

 もっとも、拒否られそうでもあるが。デントは苦笑を浮かべると、歩き出した。

 

 

 それからしばし。道を歩くデントに、声を掛ける者があった。

 

「そこのお兄さん、お急ぎかい?」

 

 作業服を着、帽子を目深に被った二人組である。彼らの背後には、立派なヘリコプターが一機あった。紫色の機体に真紅の「P」の文字は、カッコいいがどこかで見たことあるようなデザインだ。

 

「よかったら乗せていってあげようか?」

 

「えっ」

 

 思ってもみない提案に、デントは足を止めた。二人組にデントをからかっているような様子は見えないが、意図もわからない。疑問も多い。しかし、本当に乗せてもらえるなら、歩くよりずっと早く街に着くだろう。

 

「あの……貴方がたは?」

 

「俺達は流しのヘリコプター乗り! これからあっちの街に向かうんだが、そこでお兄さんを見つけてねえ」

 

「ずいぶん急いでいる様子だったから、ついでにと思ったってわけさ。安心しな、お代は取らないよ」

 

「はぁ……」

 

 よくわからないが、ただの親切らしい。それなら、渡りに船と言うやつで、乗せてもらってもいいのかもしれない。

 

「じゃあ、お願いします。友人が病気で、苦しんでいるようで……一刻も早く駆けつけたいんです」

 

「そりゃあいけねぇや! おいニャーさんや、全速力で頼むぜぇ!」

 

「ほいきたニャ!」

 

 二人組とはまた別の声が、ヘリの操縦席から聞こえた。このニャーさんとやらがパイロットなのだろうか。

 

「さぁさぁ、ボヤボヤしてないで乗った乗った」

 

 二人組に押し込まれるようにして、デントはヘリの座席に座る。二人組の一人はデントの横に、一人は向かいに座った。

 

「ソムリエボーイお届け便、出発進行ニャ!」

 

「アイアイサー!」

 

 あれボクソムリエだって言ったっけ? と一瞬頭に浮かんだ疑問は、宙に浮く感触への感動にかき消されて。デントと奇妙なヘリコプター乗りたちは、一路サトシの待つ街へとむかったのだった。

 


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