使徒の祭壇は多くの観衆がいるにもかかわらず異様な静けさに包まれていた。誰もが僕たちの実力試験という名の真剣勝負の行方を見守っている。
僕はそこで目を閉じて集中することにした。すると途端に他の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。自分の息遣い。ライナーさんの息遣い。観衆のゴクリという生唾を飲み込む音。エリカとシュレリア様の詩を歌う声。その場のすべてを把握できていているかのような感覚を覚える。
ジリッという音を立て半歩ほどライナーさんが後退したのが分かった。僕は目を閉じたまま間合いを詰めるべく同程度、前進した。
「まさか、見えているのか?」
「……」
ライナーさんの問いかけにも無言を貫く。勝負は一瞬だ。エリカが詩魔法を行使した時、己のすべてをその刹那にかける。
ライナーさんと僕の放つ殺気がぶつかり合い、せめぎあっている。ライナーさんも覚悟を決めたのか、先ほどの一言以上の言葉を口にすることはない。おそらくは直感的に避けられない一撃であると判断したのだろう。
僕が居合を構えてからたった数秒しかたっていないはずだが、それが数十分に感じられる。それほどまでに僕の集中力と感覚は鋭利なものとなっていた。
そして、その瞬間は唐突に訪れた。
「Wase wase fayra(とても強烈な炎、転じて爆炎!!)」
「アルトネリコ発動!!」
エリカとシュレリア様の詩魔法が発動する。だが僕の動きはそれより速かった。ズシンという音が遅れてやってくる。一歩でライナーさんの懐まで潜り込んだ。そこで僕は目を開く。まばたきを一つ程度するしかないはずの時間。その刹那において、眼前に映る世界はスローモーションがかかったかのように動きがひどく緩慢に見えた。
迫りくる光の奔流。驚愕の表情を浮かべるライナーさん。視界の後方から迫る爆炎。それらのすべてが把握できていた。
「奥義!! 千紫万紅!!」
渾身の一閃を放つ。僕の持つ抜刀術の奥義である千紫万紅はその言葉の通り、色とりどりの花が咲き乱れるかのように斬撃が乱舞する。
「ぐうぅううう!!」
ライナーさんのうめき声が上がる。確かな手ごたえを感じた。それと同時にエリカの放った爆炎がライナーさんをのみこんだ。そして僕のほうもシュレリア様が放った光の奔流にのみこまれていった。
完全に奪われた視界が元に戻ったのを確認してから僕は納刀して、そのままドサリとその場に倒れこんだ。視界の端には立ち尽くしたライナーさんが映っていた。
「まさか、僕の奥義とエリカの詩魔法を耐え抜かれるなんて思いませんでしたよ」
「ははっ。それもだけど瞬間移動した時はマジで焦ったよ」
結果は判定を受けるまでもない。立っているのはライナーさんで、倒れ伏しているのは僕だ。だが、不思議とそこに悔しさはなかった。
「あと一歩、届きませんでしたか」
その言葉に返事はない。こちらが悔しがっていると思っているのだろうか。それは間違いだ。僕は全身全霊、全力を出し切った。悔いはない。それを伝えようとしたところ、ライナーさんの方が先に口を開いた。
「いいや、届いていたよ」
そう言ってライナーさんはその場に崩れ落ちたのだった。
「は、判定!! ライナー=バルセルトおよびアレク=ミストレイン、戦闘不能!! よって試合は引き分けとする!!」
レアード総帥の声が聞こえてくる。今、引き分けと言わなかったか。そんなことをぼんやりと考えていると、焦ったエリカとシュレリア様の声が聞こえてきた。
「アレク!! ライナーさん!! 大丈夫!?」
「二人とも大丈夫ですか!?」
エリカが僕のもとへ駆け寄ってくる。シュレリア様はライナーさんの方へと向かっていた。ライナーさんはシュレリア様と会話をしている。どうやら意識はあるらしい。
エリカはというと、僕を抱きしめて離してくれそうにない。
「いてて。エリカ、僕は大丈夫だよ。体が動かないだけで」
「それは大丈夫って言わないよ!!」
どれくらいそうしていただろうか。ひとしきり僕を抱きしめてから、エリカは突然立ち上がりシュレリア様に詰め寄った。
「シュレリア様!! 勝負だからって、あんなの使わなくたっていいじゃないですか!!」
「エリカさんこそ、最後のあの爆炎は何ですか? あんなの見たことありませんよ?」
バチバチという音が聞こえてきそうなほど、きつい視線を交えている。止めようにも体が動かない僕とライナーさんは二人のやり取りを眺めているしかなかった。
「なあ。止めないとまずくないか?」
「動けるんでしたら、ぜひそうしてください。僕は無理です」
「こっちもだよ」
倒れ伏したままの僕とライナーさんは会話を交わす。実際問題、もう立ち上がれないのだ。だが、何とかしなければならない。なぜなら僕たちを取り囲んでいる観衆たちもざわつき始めたからだ。
「皆、静かにしなさい。シュレリア様も、もうそこまでにされてお控えください」
その威厳ある一言が響いた途端、騒ぎ立てていた観衆は再び静まり返った。シュレリア様は頬を膨らませつつも黙り込んだ。エリカもまだ言い足りない様子だったが、シュレリア様同様に口をつぐんだ。
声の主はレアード総帥のものだ。レアード総帥は全員が静かになるのを待ってから続く言葉を口にした。
「ライナーよ。手ひどくやられたな」
「まあな。今回は相手が相手だったみたいだ」
「そうか」
ライナーさんとレアード総帥のやりとりはそれだけだった。そのやりとりを終えるとレアード総帥は今度は僕のほうに話しかけてきた。
「アレク君。君たちは合格だよ。その実力、十分に見せてもらった」
「は、はい!! ありがとうございます!!」
「ああ。無理に体を起こさなくてもいい。君が重傷であるのは見ればわかる」
完全に忘れていたが実力試験は合格だそうだ。よかった。本気を出した甲斐もあったものだ。その合格という言葉に一瞬、感慨に浸っていたのだがレアード総帥の言葉には続きがあった。
「しかしだがね。少しばかり暴れすぎではないかね」
「うっ。も、申し訳ありません」
「いやいや、君だけが悪いわけではない。いささか力を入れすぎましたなシュレリア様」
最後の一言に周囲の視線はシュレリア様へと集中した。シュレリア様は話を振られると思っていなかったのか、珍しくあわてていた。
「レ、レアード!? あれはですね、相手の本気には本気でこたえなければと思って」
「言い訳は無用でございます」
「ほら!! 絶対やりすぎですよ!!」
「君も大差ないだろう」
「え!? あ、はい」
その後、数時間にもおよぶ説教をレアード総帥はシュレリア様とエリカにしたのだった。ちなみにその間、僕とライナーさんは誰に起こされるでもなく放置されていたのでずっと倒れ伏したまま説教が終わるのを待ち続けていた。
あとがきは、活動報告に書きます。今回は年始の投稿予定も書きます。