試合の日から三日が経過した。初日こそ動いてくれない体だったが、二日目には完全に良好な状態となっていた。そんなことで伊達にエレミアの騎士をやっていないと胸を張っているとエリカには半目で呆れられたのだが。
「荷物よし。体調よし。天気よしっと」
言葉に出して確認作業をする。任務にむけた出発の準備は既に整っている。後はエリカがやってくるのを待つだけだ。それももうそろそろだろう。なにせ約束の時間の十分前なのだから。
そんなふうにエリカを待っていると、玄関から控えめなコンコンという音が聞こえた。
「来たか。今開けるよー」
扉を開けると立っているのはやはりエリカだった。だが、その場にいたのはエリカだけではなかった。なんと上司である隊長も一緒にそこにいた。
「アレク。来たよ」
「それは見たら分かるよ。それでなぜ隊長が一緒に?」
「いや、出発前に少し話をしておこうと思ってな」
二人を家の中に招き入れながら、僕は心の中で首を傾げた。なにか怒られるようなことをしたのだろうか。全く身に覚えはない。とりあえずお茶でも用意しようかと申し出たが、こちらに時間があまりないのを配慮してか隊長は断った。
「先日の試合のことで話に来たんだ」
「は、はぁ」
「あれ惜しかったよね。あとちょっとでライナーさんを落とせてたのに」
「エリカ。それ、違う意味で聞こえるよ」
隊長と話していたはずなのに、なぜかエリカにツッコミを入れていた。そんな僕たちの様子を見て、隊長はため息をついた。
「まったく。お前たちときたら単にマイペースなのか大物なのか」
「隊長?」
「アレク、エリカ。二人とも先日の試合は見事だった」
その瞬間、僕たちはピタリと固まった。今、隊長が僕たちを褒めなかっただろうか。聞き間違いかもしれない。そう思って、僕は聞き間違いだと思うことにした。この堅物の隊長が僕たちを褒めることなんてないだろう。
「なんだその反応は? せっかく人が褒めているというのに」
聞き間違いではなかった。どうやら褒められたのは現実の出来事のようだ。だが、どういう風の吹き回しだろうか。正直、この人が部下を褒めることなど一生涯見ることはないと思っていた。
「と、突然どうしたんですか?」
「素直に褒めただけだよ。だが続きがある。そこになおりなさい」
「「は、はい」」
本当に突然どうしたのだろうかと思っていたが、やはりいつもの隊長だった。称賛からの説教である。それで逆に安心してしまう僕たちは、どうかしていると言っても過言ではないだろう。そんな内心は決して表情には出さずに、隊長の説教を聞くことにした。
「いいか? 一番言いたいのは本気を出すのは構わないが、命は大切にしろということだ」
「どういうことでしょうか?」
「相手が相手だったから仕方がないのは分かる。だがこれを任務に置き換えてみろ」
それで僕たちは隊長が言いたいことがなんとなく分かった。試験のためとはいえ確かにあれはやりすぎだったのかもしれない。もしも、あれが任務であり試合などではなく本物の戦闘だったら僕たちは終わっていた。戦闘不能の前衛に、無防備なレーヴァテイル。その先にあるのは死だけだ。
「分かったようだな。いいか、どんな任務でも命に勝るものはない。死ぬな」
そう最後に締めくくると、隊長は遠い目をした。いつにない表情で虚空を見つめている。僕とエリカは互いに視線を交わした。たぶんだが過去に何かあったのだろう。ここは、なにか言ってあげるべきだ。そう思って僕は言葉を口にした。
「分かりました。僕たちは死にません。もしもの時は帰ってきます」
「そうか。それならいい」
隊長は大きく頷いて、いつもの調子を取り戻した。そして思い出したかのように時計を指さしながら僕たちに出発を促した。
「そろそろ時間だろう。大聖堂は既に人払いがかけられていたぞ」
「あっ!! あれ? 隊長は僕たちの任務につくことを知っているんですか?」
「早朝までは知らなかったが、レアード総帥から秘密任務に就くとだけ知らされたよ」
「なるほど。それでですか」
隊長としては部下である僕たちと、出発前に会話しておきたかったのだろう。僕たちはあらためて、この人の部下でよかったと思った。慌ただしく家を出発する僕たちを隊長は最後まで見送ってくれたのだった。
大聖堂に到着すると、いつもいる大勢の護衛の者たちの姿はなく、最低限の守衛の者だけが僕たちを出迎えた。
「アレクさんとエリカさんですね。どうぞお通りください。総帥がお待ちです」
「分かりました。それでは通らせてもらいます」
やけに態度が軟化した守衛に違和感を抱きながらも、僕たちはそのまま大聖堂の奥へと進んだ。するといつかと同じように壇上にレアード総帥の姿が見えたので、僕たちはレアード総帥の前まで進み出てひざまずいた。
「アレク=ミストレインおよびエリカ=アークス。参りました」
「うむご苦労。それで準備は万全かね?」
「はい。出発に向けた準備は完了しています」
「ならばよし。それでは出発前に正式に任務を課すこととしよう。シュレリア様」
言われるまで気が付かなかったが、大聖堂の隅のほうにシュレリア様がいた。レアード総帥が声をかけるまでまったく気が付かなかった。ついでにいうとライナーさんもそこにいた。
「わ、分かりました。それでは二人を任務につけることを正式に承認します」
「承知いたしました。任務については、これにて正式に承認されました」
今のやり取りで僕たちは正式に任務を課されたらしい。だから出発したいのだが、どうにもシュレリア様の反応がおかしい。気になった僕たちは顔を見合わせて、しばらくその場に留まってみることにした。
「レ、レアード。まだ怒っているのですか?」
「シュレリア様。同意した俺も同罪ですけど、さすがに今回は親父の意見に従うべきです」
「し、しかしですね。アルトネリコを使わなければライナーが先に戦闘不能になっていました」
僕たちはシュレリア様のほうを見つめながらうなだれる父子を交互に見た。どういう状況なのだろうか。僕たちにはさっぱりわからない。
「わかりました。謝ればいいんでしょう!?」
「シュレリア様。逆上されても困ります」
「もう!! とにかくちゃんと謝ります!!」
シュレリア様は若干すねた様子でこちらへとやってきた。そして、ひざまずいたままの僕たちに向かって頭を下げて、言葉を口にした。
「二人とも。先日は試合にもかかわらずやりすぎてしまい、すみませんでした」
「「ふぇ!?」」
二人そろって素っ頓狂な声をあげてしまった。プラティナにおいて絶対的存在であるシュレリア様が、僕たちに頭を下げて謝っている。シュレリア様は僕たちからすれば雲の上の存在だ。だから、こんな光景はあってはならない。
「あ、頭をあげられてください。先日の試合のことでしたら僕たちは整理はついています」
「いや、そういう問題じゃないんだ」
「左様。やりすぎたことは事実。ならば上に立つ者とて謝罪は必要なのだよ」
上の立場の人も色々と大変なのだろう。その苦労をうかがい知ることはできないが、この謝罪はきちんと受け取っておくべきだと僕たちは思った。
「わかりました。シュレリア様、その謝罪はきちんとお受けしました」
「では、許してくれるのですか?」
「「はい」」
それでシュレリア様はようやく頭をあげてくれた。それでレアード総帥とライナーさんも納得したのか、和やかな空気が場に戻った。そして、ややあってから再びシュレリア様が声をかけてきた。
「それで二人はもう出発するのですか?」
「はい」
「秘密任務なので飛空艇は貸し出せません。徒歩での道中となるため、気を付けてください」
「ご心配いただきありがとうございます。それでは行ってまいります」
その会話を最後に僕たちは大聖堂を後にした。最初の目的地は、ホルスの翼における随一の都市ネモだ。当初の予定通りラードルフ司祭に会いに行く。このようにして僕たちの旅は始まったのだった。
あとがきは、活動報告に書きます。