初めて降り立ったホルスの翼の空港都市、ネモの感想はとにかく人が多く活気に満ちているというものだった。商店の立ち並ぶ、ほしのせ通りは特にそうだった。最近はツアー客が往来するようになったプラティナだが、基本的に街は静かだ。それと比べると人々の熱気が違った。
「ところで、どうして買い物なんてしているんだ?」
「せめて、アレク用のコートを買っておこうと思って」
「なんで?」
なぜそのようなものが必要なのか分からない。そのため素直な疑問を口にしてみたところ、やれやれと言わんばかりにかぶりを振られた。
「アレク、その鎧姿めちゃくちゃ目立ってるよ?」
「え!?」
慌てて周囲を見渡してみたところ、確かにすれ違う人々は好奇の目をこちらに向けていた。街の観察ばかりしていて、全然気が付かなかった。
「せめてコートでも羽織ってれば、冒険者にでも見えるでしょ?」
「な、なるほど」
今回は秘密任務だ。目立たないに越したことはない。エル・エレミアの教会騎士たちも街のあちこちにいる。声をかけられて名乗らなければならなくなった場合、これだけ人がいると妙な噂に発展する可能性すらある。
「お店についたよ」
「わかった。さっさとコートを買おう」
エリカは、なんとうかこの街にひどく馴染んでいるように見える。前はエル・エレミア教会にも籍を置いていたのだから当然なのだが、初見の僕はどこか置いていかれたような感覚を覚えている。だから買い物に集中することで、それを払拭しようと僕は思った。
「おばちゃん。久しぶり」
「あら、エリカちゃんじゃないかい!! 久しぶりだね!!」
「元気だった? 今日はちょっと入用でコートを一つ買いたいんだけど」
「あたしはいつでも元気だよ。コート一つだね」
妙な感覚を払拭しようと思った僕だったが、ここでも置いてけぼりだった。エリカはなにやら店主と親し気に話し込んでいる。とはいえ店の中に入ったことで、周囲から浴びせられる好奇の目はなくなった。それに一安心していると、店主は今度はこちらに声をかけてきた。
「ところであんたは、なんなんだい?」
「私のパートナーだよ。おばちゃん」
エリカの一言を聞いて、店主はひどく驚いた様子で僕とエリカを交互に見やった。
「エリカちゃん。パートナーは作らないんじゃなかったのかい?」
「あー。色々あってパートナーになりました」
「そうかい。野暮なことは聞くもんじゃないね。あんた名前は?」
「僕はアレク。アレク=ミストレインです」
名乗った僕を、店主はまじまじと見つめてきた。いったい今度は何なのだろうか。僕を上から下まで観察している。ややあってから、店主は突然言葉を発した。
「真面目そうじゃないかい。よし!! 合格だよ。あんたにエリカちゃんをやろう」
「「ふぁ!?」」
「ありゃ。違ったのかい?」
「おばちゃん!! ええと、違わないんだけど違うの!!」
「エリカちゃんの見立てなら間違いはないと思うんだけどね。着てる鎧からしても甲斐性もありそうだし」
だめだ。エリカは若干、混乱状態に陥っている。そのせいか会話は店主のペースにもっていかれていた。そんな様子を眺めていて逆に冷静になった僕は、用件のほうに話を戻すことにした。
「すみません。時間があまりないので、コートのほうをお願いします」
「ありゃ。そうだったね。ちょっと待ってな」
それだけ言うと店主は一旦、店の奥のほうに消えていった。嵐のような人だと僕は思った。エリカはまだ、本調子を取り戻していない。元に戻るのを待とう。
「ア、アレク。勘違いしちゃダメなんだからね!?」
「あ、ああ。それよりちょっと落ち着くんだ。周りの客の視線がある」
「え!? あ!!」
店内にいた客は数は少なかったが、僕たちに生暖かい視線を送ってきていた。なんなんだこの空気は。いたたまれなくなる。やめてくれ。
「もどったよ。ん? どうかしたのかい?」
「いえ、なんでもありません。それください」
「お代はいいよ」
「いえ、そういうわけにはいかないでしょう」
「かわりにパートナーとしての役割をしっかり果たしとくれ」
今の言葉には力がこもっているように僕は感じた。これは無視できない。だから、僕はそれを正面から受けることにした。
「はい。パートナーであれば当然のことです」
「そうかい。じゃ、そういうことだから、それは持っていきな」
「わかりました」
そのやり取りを最後にコートを受け取った僕は、すぐにコートを羽織ると再度時間がない旨を店主に伝えた後、その店から出たのだった。
店から出た僕たちは、当初の予定のとおりエル・エレミア教会に行くことにした。
「この時間だとギリギリかも。教会の門が閉まっちゃうよ」
「急がないとね」
時間ギリギリに入ったのがまずかったのか、衛兵らしき者たちからは睨まれたが仕方がない。こちらも急いでラードルフ司祭に会わなければいけないのだ。
教会の中に入ると、ひときわ長い列ができているところがあったのでその最後尾に並んだ。ラードルフ司祭は人気だとのことだったが、事実だったようだ。多くの人が教会への陳情のために列をなしていた。
「すごい人数だね」
「まあ入れたから、あとは待つだけだね。ものすごく時間かかりそうだけど」
実際問題、ラードルフ司祭に対面するまではものすごく時間がかかった。どれくらい待ったかというとほんの少しだけ傾いていた太陽が沈みかけるくらいには待った。最後のほうは前の人たちの話が聞こえてきたので、どのように対応しているのか観察しながら過ごしていた。そして、ついに僕たちの番がめぐってきた。
「次の方、どうぞ」
「ラードルフ司祭。お久しぶりです。エリカ=アークスです」
「エリカじゃないか。一体どうしたんだ。まさかプラティナを追い出されたのか?」
「ち、違います!! ほら、アレク!!」
エリカが肘で小突いてきたので、僕はコートを脱いで鎧姿をさらした。するとラードルフ司祭は目を大きく見開き、ひどく驚いた。
「その鎧。ライナーと同じものだね。君はエレミアの騎士なのか」
「はい。ただ、内密にお願いします。秘密任務中です」
「うん? いまいち事情が読み込めないな。どうして秘密任務なのにそれを明かすんだ?」
「レアード総帥からあなたを頼るように言われて来ました。あと、こちらをどうぞ」
レアード総帥から手渡された手紙とオボンヌを渡すと、ラードルフ司祭は怪訝な顔で手紙を読み始めた。だが、手紙を読み進めるごとにその目つきは鋭いものへと変わっていった。
「なるほど。君たちの事情は理解した。そして当該の事件についてもだ」
「それで、ご協力いただけるのでしょうか?」
「もちろん。今すぐにでも、と言いたいところだが今日は他の予定もあるんだ」
「それであれば明日、もう一度伺いますが?」
「悪いがそうしてくれると助かる」
ラードルフ司祭との面会はそこまでだった。面会時間終了を知らせに教会の者が来たからだ。これ以上はこちらも話すわけにはいかなかった。
ラードルフ司祭に見送られながら、僕たちはエル・エレミア教会を後にした。後は、野宿するか宿に泊まるかを話さなければならない。
「ね。アレクお願いっ!! 後悔はさせないから!!」
「わ、分かったよ。泊まればいいんだよね?」
最初に野宿の言葉を口にした時のエリカの悲壮感といえばなかった。なので仕方なしにエリカがネモ一番の宿だと言い張る、宵の奏月に泊まることとなったのだった。
あとがきは、活動報告に書きます。