『本編完結』「魔族でも美味しく酒が飲める魔法」   作:照喜名 是空

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本編
カス魔族のオリジン


 私が姐さんに出会ったのはもう大分人の言葉を理解し始めて、魔法を使えるようになったあたりだった。

 

「ねー、君ここら辺の子? ここどこかわかるー?」

「わからない……オネエサン……は?」

「わっかんなーい。あはははは」

 

 緑色のワンピースに黒い上着を着た小さな女だった。いかにも不健康そうで簡単に殺せる。

 そう思った。そう思ったからもう少しこの女を観察しようと思った。

 今ならばあれは酔っ払いだとわかるけど、当時の私は何も無いのになぜそんなに機嫌が良いのだろうかと不思議だったから。

 

「あー、でも鬼コロダースで買った帰りでよかったよー。あー……うめー!!」

「それなに?」

「おしゃけ-! 君も飲む? でもまだ小さいし……あっ、動き速いねキミ!」

 

 なるほど。この飲み物が機嫌が良くなる薬なのか。興味がわいたので飲んでみた。

 苦く、妙な味だった。毒性はあるけど少ないだろう。この女がグビグビ飲んでいたから。

 

「……おいしくない」

「そりゃそうだよ-! キミはまだ飲んじゃだめだぞ!」

「オシャケ、ってなに。のむとたのしくなるの?」

「そうだよー。これ飲むと嫌な事全部忘れられるんだー。アタシの命より大切なものだよー。キミにはまだ早いねー。でねでね、アタシにはもう一つ大切なものがあってね! じゃーん、ベースっていうんだ! 聞いてみる?」

「聞く?」

「そう、音を鳴らすの」

 

 女はこちらの事をかまいもせず後に楽器という概念を知るまで良くわからない行動をした。

 音を鳴らす。騒々しい。声を出す。アレは歌というものだと後に知った。

 騒々しいのに、悪くない。少しだけそう思った。

 

「どう?」

「よくわからない……」

「そっかー。ところでお母さんかお父さんはいない? っていうか、なんか二日酔いの薬とかお家にないかな……シジミの味噌汁でもいいから……うえー……」

 

 女は吐いた。さっきのオシャケというものによる中毒症状だとわかった。

 この症状を改善するには……私にはそれをなんとかする薬がわかった。

 そういう魔法だからだ。「薬を作る魔法」。今はこう名付けている。「スピリトゥス」と。

 私が魔法を使うと、すでに用意していた空瓶に薬がたまった。

 

「……これ?」

「おー……なんでもいいよー……んっんっ……ぷはー! これ効くねえ! っていうかどこから出したの? 魔法とかー? ここって剣と魔法のファンタジーだったりして! あははは! ないか!」

「うん、魔法……」

「マジ!?」

「まじ? ってなに?」

「いや、魔法って本当? じゃあお酒とか出せる?」

 

 さっきの毒物のことだろうか? 可能だ。私はうなずいた。

 魔法を使う。空瓶にサケがたまった。

 

「うっわ! すごい! なんもない所からお酒が出てる……すっごい! アハハハ! マジでファンタジーじゃん! あははは!」

 

 女は何も警戒せずにその瓶を受け取った。

 

「飲んで良いの? いやー悪いねー……うっま! これ鬼コロの味じゃん! すごいなー……ところでキミ、お父さんお母さんとか……?」

 

 私は首を横にふった。当時の私のような見た目の良い幼子がこうすると人は警戒を解く。そうその時は知っていた。

 

「そっか。ひとりなの?」

 

 うなずく。女は少し考え、笑顔でこう言った。

 

「じゃあお姉さんが稼ぎ方教えてあげるよ-!」

 

 よくはわからないが、養ってくれるとは理解した。もう少しこの人間を利用しよう。

 そう思った。

 今から思えばあの決断は英断だった。いやーよくやった過去のアタシ! 

 

 ■

 

 それから女と共にあのベースという楽器を鳴らしたり歌ったりして酒場で稼いだ。

 そして、その度に女と客はサケを飲み、それは楽しそうに笑顔で笑いまくっていた。

 私にはわからなかった。酒の楽しさも、楽しいという感情もあまり。

 それがバレたのはあの女がベースを私にも習わせた時だった。

 

「んー……もしかしてイブキちゃんって感情とか薄い感じなのかな?」

「……よく、わからない」

 

 何故だ。確かに感情の模倣はあまりうまくなかった。でも、今まではこの女はそういうことにそこまで気を配る感じではなかった。

 それでも、私がベースの弾き方をある程度理解して、この女の曲を弾いて歌ったら一発でバレた。

 殺すべきか。そう思う私に女はやはり何の警戒もなくこう続けた。

 

「あー……それでお酒の時も……うーん……そうかあ……じゃあさ! イブキちゃんの魔法でこう……「楽しい!」って感じが解るように……いやいや、よくないかなあ……そうだ! お酒のんだら酔えるようになる魔法とか! 薬をさ! 作るわけ!」

 

 それは想定では相当難しいとは理解した。しかし私は魔族である。

 自らの魔法で本来できるはずのことをできない、とは言えなかった。

 やるしかない。作るしかないのだ。「楽しさが解る薬」と「酒を飲んだら酔える薬」を。

 

「……がんばってみる」

「そっかー……うん、まあ無理しないでねー」

 

 それは意外に早くできた。

 でも。その頃には「お姉さん」は大分弱っていた。多分お酒の飲み過ぎで肝臓がイッていたのだろう。

 

「お姉さん。あの薬できたよ。飲んでみた」

「あの薬ー?」

「お酒に酔える薬」

「ああ! あれかあ! いいね! じゃあ一緒に飲んでみようか!」

「うん」

 

 私たちは私の作った「オニコロ」を二人で飲んだ。

 そういえば、この酒の名前は「魔族殺し」くらいの意味らしい。

 まあ……ある意味殺したのだろう。私の中の「魔族」を殺す最初の一杯だったと思う。

 その一杯はやはりあんまりおいしくなかった。

 でも、オニコロを飲んだ瞬間にカッと身体が熱くなって頭に甘いしびれ。そしてなんだか「楽しく」なってきた。

 ふわふわとして、妙に浮き立つようで、すごく心地が良い。

 

「どうかなー?」

「……うん、これが酔っ払うってことなんだね。なんていうかわからないけど……ふふっ……そうだなあ……ねえさんの言葉で言うなら……素敵? うん! 素敵な気分だ! うふふっ、うふふふふふ」

「おー! よかったじゃん! 今日は楽しみなよー」

「うん! あははは、ベース弾きたくなってきた!」

「いいよいいよー」

 

 当時の私はベースと手探りでやってみたドラムをマスターしていた。

 その夜の演奏はたぶん私の長い生涯で一番だったと思う。いや、少なくとも3番以内には入ってるはず。

 さんざん歌って弾いた。「ねえさん」といっしょにお酒を飲んで、メチャクチャセションした。

 これが! これが楽しいってことか! と理解した。

 歌って、弾いて、飲み疲れて……私は意識が落ちていくのがわかった。

 その時、ねえさんが私の頭を撫でながら静かに言った。

 

「ねえ、イブキちゃんてさ。魔族……だよね」

 

 そういえばそうだった。でも今は眠い。そんなことはどうでもいいや。

 

「イブキちゃん。もし私が死んだらさ。たぶんそろそろだと思うんだけど。そしたらさ……私を食べてよ。それならたぶん笑って死ねると思うからさ」

 

 言われなくてもたべるよ。わたしはまぞくだもの。

 その時の私はうなずいた……ような気がする。

 

「そっか。ありがと」

 

 その次の朝、ねえさんは冷たくなってた。

 寿命だったのだろう。

 その時は、私が殺したかったのに、と少し思ってそのままねえさんの死体を食べた。

 やっぱり、酒臭くてあんまりおいしくなかった。

 

 ●

 

 それで。しばらくしてやっぱり人食いの魔族として街を追われて旅に出た。

 背中には明るい木目のベース、足にはゲタという履き物、白のワンピース、麦わら帽子。

 桃色の髪はいつだたったかねえさんが同じ髪型にしてくれたまま。三つ編み、というらしい。

 姉さんがいうには『私と同じギザ歯糸目だねー』だそうだ。

 宿場街から宿場街へ。バレる前にちょっと食べて逃げるを繰り返していた。

 

 そんなある日、やっぱり誰も居ない荒野。廃墟の中でその男と出会った。

 壁に背をもたせかけ、酔いしれるような赤い瞳をしたぼさぼさの白髪、ゆったりとした黒衣の男。

 よっぱらいか。ならば丁度良い。食べてしまおう。

 

 そう思って襲いかかり、食った。いや、食ったと思った。

 

「おお、おお。お前は魔族という種族なのか。愛を知らず歓びを知らず情を知らず、ただ人を殺す……なんと哀れなのだ。かわいそうに見ていられない。だがお前には酒があるな? 歌もある。いいぞ、いいぞ。そのまま酔い痴れるがいい。笑ってくれ。痴れた音色を聴かせておくれ」

「なに、これ……?」

 

 気がつけば男の身体は元通りで、やはり酔い痴れた目で実にうれしそうにタバコを吸っていた。

 今ならわかるけどアレ葉っぱだわ。

 

「楽師なのだろう? 一曲聴かせてくれよ。礼に楽しい夢を見せてやろう」

 

 魔力……なのだろうか? 男からとてつもない力の奔流があふれ出た。

 私はやはり魔族だ。魔力そのものではないにしろ、そう言う力の多寡で優劣が決まれば従ってしまう。

 

「魔法、なの……?」

「お前がそう思うならそうなのだろうよ。それで良いのだ。さあ、歌ってくれよ」

「しゃーねーなー! やってやらあ!」

 

 私は「薬を出す魔法」でオニコロを一瓶出すと一気飲みしてベースを弾き始めた。

 どの道相手はきっと圧倒的に私より強いのだ。従わなければどうなるかわからない。

 

「愛い、愛いぞ。そうだ笑ってくれ。楽しんでくれ。俺はおまえたちに心から幸せになって欲しいと願っている」

「どーよ?」

 

 男は拍手と酔い痴れた笑みで返した。

 

「だがそれでもぬぐいきれぬ業がある、か……酒だけでは足りないな。ならばこれを吸うと良い。良い薬がある」

「薬……? タバコじゃん」

「おお、そう思うならそれで良い。まあそう怯えるなよ。これを吸えばつらいことなど全て忘れられる。幸せになれるのだ」

「ヤバい薬じゃん」

「まあ、気楽に吸えよ。お前のためならばいくらでも用立ててやる。それにほら、お前もいずれはこれを作れるようになるだろうよ。お前の魔法はそうしたものだろう? きっと参考になるとも」

 

 男の圧が増した。このヤバそうなタバコを吸うしかない。フリだけでもごまかすしかない。

 

「……しゃーねーなあ、ちょっとだけね? ちょっとだけ」

「そうそう、ゆっくり、深く吸うと良い」

「……はいはい。スッパー……にゃにこりゃ、しゅごい……きらきら……ぜんぶきらきら……これがしあわせ……」

「おお、おお。解ってくれたか。そうだ、それこそが人の感じる幸せというものだ。いいぞそれでいい。愛い、愛い。俺はおまえたちを救ってやりたいのだ」

 

 ゆったりと落ち着いて、暖かく優しい気分、深刻な幸福感がアタシを襲った。

 その時、世界の全てが美しく輝いて見え、全てがかけがえのなく大切で愛おしいものと思えた。

 

「あひゃひゃひゃひゃ! じゃあ一曲! このサイコーな気分を一曲歌いまーす!」

「愛い、愛い。そうだ痴れた音色を聴かせておくれ」

 

 まあ、その時の演奏はたぶん長い生の中で5番目くらいだったと思う。

 気がついた時は廃墟の中で朝になっていた。手元にはあのキセルと向こう1年は持つだけの葉っぱがあった。

 男の姿はなく。しかしそれは夢でありながら夢ではなかった。

 噂で聞いたが、その数年後白髪赤眼の怪しい男が街に現われヤバい薬をばらまいてあっという間に裏社会でのし上がりやがては新興宗教を作ったが衛兵に踏み込まれて薬草庫に火を放って信者もろとも死んだとか。

 アタシはその記事を読みながらキセルを吹かしてゲラゲラ笑った。

 

「最高にロックなやつだったなあー! 死に方もロックじゃん! ねえさん、ロックってこういうことだよなー?」

 

 △

 

 この頃からアタシは酒場の男女のような言葉使いになっていた。

 どういうわけかそういうやつらとばかり知り合いになるのだ。

 まあ楽師と身分を偽って街に入って酒場に居る時点でそうなるのは明白なんだけど。

 人間社会では一般的にそう言う奴らをカスと言うらしい。

 

 ……まあ、カスだったなあいつら……

 

 それからも壮絶なカス共と何人も出会った。

 

「ニャーにタバコを恵んでくれるかニャー……これタバコにゃ?」

 

 獣人という種族だというヤニカス。

 

「あんた……嘘つきだね!」

 

 梅干しという果実のピクルスをいつも囓ってるギャンブラー。

 

「狂気の沙汰ほど面白いんだよ……!」

 

 鼻の高いパチンカス。

 

「プリンはいかがですか? あなたの欲を叶えてあげましょう」

 

 プリンという卵菓子が好きなメガネの医者。

 

「おやおや、おやおやおやおや」

 

 仮面を被ったクソヤバい何かが人のフリをして遊んでた。

 

 全員イカれた生き方をしてイカレた死に方をした。

 遺憾ながら何人かのカス共はたぶんまだ生きてる。

 カス共との出会いを経て私はこう思うに至った。

 

「やっぱさあ、世界ってクソじゃない? 醒めて生きるに値しないやつじゃん。ずっと酔ってるほうが嫌な事忘れられて良いよ。どうせ魔族に寿命も未来もあったもんじゃないんだしさ!」

 

「でも魔族の脳みそって不便すぎるよー。快楽に対する受容器官が少ないのか、『りみったー』がかかってるのか……どっちにしろこの脳みそじゃぜんぜん楽しくない! アタシはもっと楽しいを知りたい! と言うわけでできましたー『不可逆に魔族の脳にかかってる快楽リミッターを破壊する薬ー』!」

 

 脳に直接ダメージを与えるものだからメチャクチャ頭が痛くなるのを見越してアタシは少し葉っぱを吸いながらその薬をキメた。

 すっごかった……めちゃめちゃぶっ飛びなやつだった……

 それからアタシはずっと酔ってる。きっとこれでいいんだ。楽しいし笑えるし泣ける。

 悪意とか罪悪感とかはまだちょっと解らないし、愛ってやつもその時はわからなかったけど。

 

 ☆

 

 そしてまたある日。

 私はいっとうヤバいカス女と出会った。

 そいつはエロ尼僧だった。

 

「まあ、あなたは魔族にもかかわらず喜悦を探求なさっておられるのですね……それもまた解脱への道。尊いことですよ」

「解脱……? ああ! あのプリンのオッちゃんの言ってた(カルマ)がどうとか! そうなんだよー。人間もそうじゃん? 頭の中に枷があるっしょ? アタシはそれを全部外したい。うんざりだもん。人も魔族も認識できない事が多すぎる! この脳みそ不便すぎるんだよ-!」

 

 ケツのでかい黒衣のシスターみたいな感じの人だった。なんでもその人の宗派では尼僧というらしい。

 

「うふふ、ならば大悟も解脱も我が指ひとつで随喜自在。指先一つで解脱なさって貰うこともできますが……それよりも、あなたはまず愛を知った方が良いですわね」

「あ゛ー? 愛? 愛なあ……確かにそれもわかんないのの一つだ!」

 

 ちなみにコイツも魔力が桁違いだった。

 

「ならば教えてさしあげましょう」

 

 あ、ヤバい。だめなやつだこれ。

 

「顎の如き天上楽土を。うふふふ……上求菩提の快楽天を……!」

「お゛♡」

 

 あの人の頭に、魔族のそれよりもでかい角が見えた気がした。

 その夜、アタシは一晩で全部経験した。全部。

 そして、愛を、知った。知ってしまった……

 

 多分脳のリミッターというか頭のネジが5,6本ぶっ壊れたと思う。

 

 お姉様は起きたときはメモ一つ残して消えていた。

 

『追ってきてくださいませ♡』だって。

 

 そしてお姉様もまた、イカレた教義のイカレた新興宗教を立ち上げて、なんか勇者的なやつに討たれたらしい。

 追いついた時にはなんか全て終わってた。

 あたしは三日三晩泣いた。泣けてしまった。魔族なのにマジ泣きできてしまったのだ。

 

 でも三年くらい浴びるように酒を飲んでヤニ吸いまくってヤクキメまくったらまあ忘れられた。

 気がつけばアタシもまた人でも魔族でも失格なイカレ女になってしまった。

 いや……はっきり言おう。あたしもまた、カスになってしまったのだと! 

 

 そりゃそうだよ! 掃きだめみたいな所でばっか楽師やってたらそりゃ模倣パターンがカスばかりになるよ! 

 人類でも最高峰のイカレ野郎ばかりとつきあってぶっ飛びな薬やりまくったらたらそりゃあ魔族でも頭イカレるよ! 

 

 でも、それはそれで悪くないと思う自分も居るんだ……

 

「そんな感じだったんだけどさー。ねえどう思う?」

「よくわからないじゃない……」

 

 断頭台のアウラと呼ばれる魔族は無理矢理飲まされた鬼殺しを吐いていた。

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