『本編完結』「魔族でも美味しく酒が飲める魔法」   作:照喜名 是空

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カス魔族と勇者パーティーその①

 

「あいつら、やっぱり魔族だと思う。けど、街中で戦ったら被害は免れないよ」

「……手が震えている。魔族だとして、並大抵じゃないぞ」

 

 フリーレンとアイゼンの分析にヒンメルもまた同感だった。只者ではない。しかもそれが20人以上いる。

 大魔族クラスが20人。街中で戦うべきではない。

 

「まずは、観察しよう。隙はあるはずだ」

「そうですね。丁度良く演奏をしているようです。出し物から何か探れるかもしれません」

 

 座長らしき桃髪を三つ編みにした薄着のワンピースの女が見たこともない楽器をべんべんと鳴らしながら口上を述べる。

 

『あるところに仲の良い魔法使いの兄弟がいた。ところがこの兄弟、そろって気だてのいい町娘に恋をしちまった。さあ大変だ。先に惚れたくせに告白をずるずる先延ばしにした弟が悪いのか、後から惚れたその場で告白しちまった兄が悪いのか……三人の奇妙な縁はやがて彼らを不思議な夜のサーカスに導きます……』

 

 エルフを装う楽団の一人がやはりよくわからない鍵盤楽器を鳴らす。

 不思議に神秘的な気分になる音だ。

 

『舞い上がれマリオネット―』

 

 座長よりやや色が濃い赤紫の六連三つ編みの女がさっと手を上げる。

 魔法の気配がして、ざ、という音と共に舞台の上に無数の道化人形が現われて踊りはじめた。

 ヒンメル一行は発動の瞬間わずかに身構えたが、それが攻撃ではないというのはすぐに解った。

 勇者の認識力、戦士の震え、魔法使いの魔力探知、僧侶の観察眼。いずれもこれはただの見世物として発動された魔法だと認識する。

 

「ヒンメル」

「今すぐに攻撃するつもりじゃないみたいだ。もう少し様子を見よう」

「わかった」

 

 それは暗殺者のように育てられた女の子の歌。

 ヒンメルはそれを聞いてわずかに痛ましそうに横に居るフリーレンを見る。

 フリーレンはなんか私の境遇に似てるな、と特に感慨なく思い浮かべ、それよりも魔力探知と使われた魔法の解析に意識を割いていた。

 

「ええ、かくして兄は我が身を弟が呪いをかけた村人の薬にせんと井戸に身を投げ、弟もまた失意のままに人形をうち捨て世捨て人となったのでした……いやあ、やはり物事には流れというものがありまして……乗りたい風が来たら吹いてる内に乗っちまう方が良いのかもしれませんね。なるべくなら、言葉に出して筋を通して、ね」

 

 その言葉はヒンメルには突き刺さるものであり、ハイターはいたたまれない顔で、アイゼンは何も言わずヒンメルの背中を優しく叩いた。

 フリーレンはなんか暗い話だったな……と言う様子だ。

 

「どう思うみんな」

 

 深いため息をついて、振り返ったヒンメルはいつもの顔だった。

 

「そうですね……この脚本を書いた者、そして演じている彼らは紛れもなく人間という物を深く理解してると思います」

「そうだね、危険だ。人間を深く理解している魔族はそれだけ人を食った証だ」

「だが、あいつらからはほとんど死臭がしなかった。フリーレン、魔法でごましていたという事はあるか」

「……死臭には魔法はかけてなかった。でも額のあたりと首の後ろあたりになんか違和感があったよ。角を隠してるんじゃないかな」

 

 そうして、手を出せないまま数日が過ぎた。

 

「さて、今日のお話は先日の続き。失意の人形姫はやがて遠い国にたどり着きます……」

 

 それは殺人人形が心を知る話。人の営み、誕生を見てやがて赤ん坊を守るために自らを犠牲にして、その最後まで赤ん坊をあやすために笑っていた。

 

「かくして、心なき人形姫は無垢なる赤ん坊のために笑顔を見つけ出したのでございます……魔族もそのくらい殊勝ならねえ!」

 

 わはは、と衆目に笑いが起こる。ヒンメル達は一見微笑んで出し物を見ている様子だが、油断なく彼らを観察していた。

 

「ああ、ちなみに鬼族は人の心が欲しくて自分の脳みそを弄った結果が今までのやらかしのせいで自殺しちゃうんだから、ままならないもんですねえ……」

 

 出し物が終わり、ヒンメル一行は酒場で意見交換をすることにした。

 

「やはり、彼らはちょっと変わったエルフではないか、と思えてきました。これも魔族の擬態だとしたら恐ろしいことですが」

「……俺にはもうわからん。ただの変な旅芸人にしか見えん。それに、聞き込みもしてみたが死人一人出ていない。それどころかあの座長は薬師だと言って死にかけの病人まで治したそうだ。……どう思うフリーレン」

「そう思わせる事こそ魔族の手口だよ。短期的には利益になってもいずれは全員殺す。そういう生き物だ」

「……僕は彼らは鬼族だと思う」

「なんで?」

「なんとなくだ。彼らは魔族かもしれない。けど間違いなく人の心も持っていると思うよ。実際、今まで戦ってきた鬼族はそうだった。あれは……あの仲間の死に涙する様は嘘だったとは思えない」

「……たしかに、鬼は純粋な魔族じゃないね。たぶん後天的に脳神経系を改造されてる。殺したらなんか六角形の黒いチップを落したしね」

 

 フリーレンは服のポケットからじゃらりといくつかの黒い六角形のチップを出した。厚さ1cmほどで大きさはコインくらいだ。

 

「フリーレン。解析が終わったらそれは埋めましょうね」

「でも魔族のだよ。死体かもしれないけど」

「それでもです。たとえケダモノだったとしても、死後の安息まで奪うのはどうかと思います」

「……ハイターがそう言うなら、解析が終わったら埋めるよ。どうせ役に立たないだろうし」

 

 淀んだ空気を変えるようにヒンメルはぱん、と手を打ってフリーレンに聞いた。

 

「フリーレン。それから何か解ったことはあるかい?」

「すごい精密な魔道具だと思う。構造がなんか脳に似てるから……これで人間の脳を模倣してるのかな。擬態が上手くなってる」

「そうか……フリーレン、鬼族の主張を覚えてるかい」

「魔族の言葉はいちいち覚えてないよ。全部嘘だからね」

「少なくとも、彼らは自分たちは魔族じゃないと言ってるし、魔族の側からも破門宣告をされるくらいには魔族じゃないと思ってるらしいよ」

「それはフリだと思う。油断させるための策でしょ」

「そうかもしれないけど、僕は信じたい。少なくとも、見極める時間が欲しい。フリーレン、すまないがもう少し観察しよう」

「……それも勇者の勘?」

「ああ、なんとなくだ」

「じゃあ信じるよ。鬼とかいう奴らじゃなくってヒンメルをね。今まで大体当たってるから」

「……そうだね」

 

 そんな事を話しているうちに当の本人達が現われた。

 

「やーみんな飲んでるかよっぱらい共ー! 閻魔大王のお通りだぞー!」

「ガハハ! あんたが地獄の王様なら、俺は冥王様か?」

「言うねえ―! お、ヒンメル様じゃん。どーしたの暗い空気でさあ!」

「や、やめましょうよお姉様。とても話しかける空気じゃないじゃない……」

「いや、俺は話してみたい。どうだろう、勇者ヒンメル。少し飲まないか」

 

 ヒンメルは2秒ほど顎に手を当てて考え、そして人当たりの良い明るい笑顔で答えた。

 

「ああ、もちろんさ! 酒はみんなで飲んだほうが楽しい」

「いいねー。それじゃテーブルくっつけよっか」

 

 座長は小柄な体格に似合わず軽々とテーブルを動かしてヒンメル達のテーブルにくっつけた。

 フリーレンはやっぱり、と呟く。

 

「で、どう? あたしらが何かわかった?」

 

 初手で空気が氷点下まで冷えた。

 

「鬼族かも知れないと思ってる」

「じゃー殺す算段はついたのかな。だとしてもここではやめようねー。あたしらはアレだ。仲良くしたいんだよ勇者とは。だって無駄じゃん。魔族って言う共通の敵がいるのに足の引っ張り合いで共倒れとか笑えないし雑魚じゃんそういうの。つまんない死に方したくないんだよね」

 

 フリーレンがドン、と樽ジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。

 

「どうせ嘘だ。聞く価値ないよ」

「ほんじゃちょっと表って言うか村の外に出てやりあう? こっち20人いるけど。やめようよー。何もずっと信用しろって話じゃないじゃん。あんたらが魔王ブッ殺すまでお互い見て見ぬふりくらいできねえのかお前らは、って話だよ。いい大人じゃん」

 

 座長は最後の方だけいつも笑っている糸目を開いた。そこにあったのは静かだが深い怒りだ。どこか、フリーレンの消えぬ憎悪に似ていた。

 

「でもそれができないのが魔族だって私は知ってるよ」

「魔族はな。生まれつきそういうアレだからね。でもアタシはそれが嫌だったから、脳を弄ったよ。でもイマイチだったから増設したんだよ。人間の脳を模した魔道具を脊椎から脳幹に直結させた。まあだからっつって信用できるかていうと違うけどさ。でも殺すならそれで別にいいけど、殺す前に知って欲しいんだ。まがい物でも、アタシ達には確かに人間の心もある。ふたつあるんだ。魔族の心と、人間の心がさ。んでもって人間の心があったとしても、それで別に善くなるわけじゃない。人間だって人間を殺せるし、悪人だっているからね」

「そうだね、お前達は信用できない」

「だから許してくれとか信じてくれっつてんじゃないんだよ。10年20年くれえ利害のために見て見ぬ振りはできねえのか状況見えてねえのかボケナス共がよ……勘弁してよほんとにさ……ここは世界の縮図だ。ここで戦ったら共倒れだろうが」

 

 座長は普段はまったく見せない沈痛な表情でうつむいて酒を飲んだ。いたたまれない空気になる。

 そこに割って入ったのは意外にもハイターだった。

 なおマハトは静かに成り行きを見ているし、アウラはエルフ怖いエルフ怖い……とすごい勢いで酒を飲んでいた。

 

「やめましょう。お酒は楽しく飲むものですよ」

「そりゃそうだ。やめやめ、こんな話。まあアタシの言いたいことはそんだけだ。アタシらには人の心と魔族の心両方あって、そんでもって別に信じなくてもいいけど、魔族のカス共をなんとかしたい。だからお互い大人になって見て見ぬ振りしませんか。以上おしまい。あとはあんたらの選択だ」

「なら、その選択は先送りにしても良いのかい」

「もちろん。ゆっくり考えてよ。考えた上でアタシらがダメだなって思ったらそりゃもう仕方ないじゃん」

「解った。君達はたしかヴァイゼを目指してると言ってたね。そこまでいっしょに行こう。それまでに君達が人に手を出すなら僕は容赦しない」

「いいよ。それで。じゃあそういうわけで今日は楽しく飲もう!」

「そうですね。戦う事はお互いいつでもできます。なら今は楽しくしましょう」

 

 フリーレンが立ち上がった。ムスッとした冷たい表情だ。

 

「そう、わかった。じゃあ私はよそで食べてくるね。お前らみたいな魔族もどきとは酒は飲めない」

「いいよー別に仲良しこよしにしようって話じゃないからね」

 

 ツカツカとやや苛立った様子でフリーレンは出て行った。場の空気はまたもや氷点下だが、エルフが出て行って安心したアウラは唐揚げを頼んでいた。

 バタン、と音を立てて扉が閉まり、ヒンメルがやや慌てた表情で席を立つ。

 

「すまないけど……」

「いいよ行ってきなよ。そういうのは男の役目だからねー。がんばれ男の子!」

「……ああ!」

 

 そうして、かなり人数が減った卓でしばらく静かな酒が続いた。

 探り合うような当たり障りのない話が続く。

 

「いやーよく飲むねハイター。見てて気持ちが良い」

「いやあ、ハハ……あなたこそよく呑みますね。飲み比べでもしますか?」

「いいね、店員さんこの店の酒上から順番に持ってきてー」

「は、はあ……まいどあり」

 

 もう一つのテーブルではマハト、アウラとアイゼンが呑んでいる。

 

「マハト、だったか……お前は戦士のようだが、俺とは違うな。お前は戦いが好きだろう」

「ああ、俺は穏やかな生活を望みながら……いつもどこかで命を賭けた戦いを望んでいる。そういう瞬間にしか生きている実感を感じられない。お前は違うようだな」

「うらやましいよ。俺は戦いが怖い。だからこそもう逃げずに進むしかない」

「……勇気、というやつか。俺は人間のそういう所が好きだ。うらやましい」

「なら、お互い様だな」

「そうだな」

 

 なんだか輪に入れないアウラは黙々と酒と食事を詰め込んでいた。

 

「なんだかみんなして良い雰囲気じゃない……やってられないわー。店員さんサーモンマリネとチーズ盛りと野菜スティックと牛すじ煮込みくださーい」

 

 雪解けは、まだ遠い。




お前らに村を焼かれた私の気持ちがわかるかー!なフリーレンとてめえらに産まれる前から世界の敵扱いされてるアタシの気持ちがわかるかー!
なので当然相互理解には時間が……どうしても……!
すいません…
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