『本編完結』「魔族でも美味しく酒が飲める魔法」   作:照喜名 是空

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『未亡人ソリテール』前編

 くそったれついてねえ。魔王軍掃討本隊からはぐれて吹雪の中に取り残されちまうとは。

 俺たち北部人類軍第225小隊は壊滅の危機にあった。

 いや、実際壊滅状態だろう。隊長の俺とあとは3人ってところか。

 

「隊長!」

「なんだ! 話すと口が痛え。手短にしろ」

「魔力反応が前方300mに! 大魔族クラスですが……この感じは鬼です!」

「そうか……緊急避難だ。玄関先くれえは貸してくれるだろう、気張れ!」

「はい!」

 

 雪をかき分け、踏みしめて前へ。前へ。

 結局、北部の前線で一番多く殺したのは誰でもない。このくそったれな雪だ。冬将軍だ。

 こんな所で死んでたまるか! 見えた。家の灯りだ! 

 

「だ、誰かいるか! すまねえ、遭難した! 軒先だけでも貸してくれ! それからすまねえ、できれば後ろを向いて首を見せてくれるか! この辺りには魔族も多いんだ」

「た、たすけてください!」

「たのむ! 開けてくれ! しんじまう!」

 

 あっけなく扉が開き、中の人物は手を上げて後ろを向く。

 

「すまねえ、拘束魔法を使わせてもらう」

「ええ、いいわ。魔族は狡猾ですものね。でも、できれば早くね、ここはとても寒いから」

「ああ」

 

 中から出てきたのは小柄な女性だ。村娘が着るような質素だが品の良い服を着ている。

安全策で『見た者を拘束する魔法(ソルガニール)』をかけた。女性の胴体にいくつかの輪っかのような魔力塊が絡まる。

 白混じりの髪は長く、額には二本の細い角。搔き分けたうなじには小さな黒いコブ。間違いない。鬼だ。

 少なくとも魔族ではない。それが善人という事は意味しないが。

 それでも、とりあえず出会い頭に襲ってくるということはなさそうだ。

 

「悪かった。入らせてもらう」

「ええ、どうぞ。一人で寂しかった所なの。大したもてなしはできないけれど」

「吹雪の中に比べりゃ天国だ」

 

見た者を拘束する魔法(ソルガニール)』を解除すると俺たちは雪を落とし、部屋の中になだれ込み、へたり込んだ。

 よく見りゃ小綺麗な家だ。掃除は行き届いているし、小物もどれも質素だが上品で、家主のセンスの良さを感じさせる。

 暖炉はパチパチと炎を上げて、中はとても暖かい。

 

「助かった。北部人類軍第225小隊隊長のラッドだ。世話になる」

「アリアよ。ただのアリア。この調子だとしばらくは吹雪くわ。どうぞ、泊っていって? 部屋は沢山余ってるから……」

「そうか、助かるぜ」

「とても寒そうね。スープを温めるわ。それにしても……あなた、まるで雪みたいな髪の色をしているのね。顔立ちも鋭いし、まるで狼みたい」

「悪かったなガラが悪い面で。うちの一族はみんなこんなもんだ」

「そう、私は犬より狼が好きよ。美しいもの」

 

 そう言うとアリアは俺たちに背を向け、暖炉にスープをかけた。どうやらホワイトシチューらしい。うまそうだ。

 

「そうかい。変わり者だな」

「そうかしら? 友人にはいかにもな女って言われたけど」

「まあ、見た目はな。人間だったら村一番の美人なんだろうが」

「そう、ありがとう。スープができたわ」

 

 アリアはよどみなくスープを皿にもってさっとスプーンを用意してテーブルに置いた。

 

「さあ、どうぞ。私はいいわ。さっき少し食べたし、最近はあまり食欲がないの」

「……そうかい」

「ああ、毒を警戒しているの? 大丈夫よ。ほら」

 

 アリアはちょんと鍋からひとすくい指でスープを掬い、軽く舐めた。

 人妻みたいな淫靡な舌だった。

 

「悪かった。いただくぞ野郎共」

「ありがとうございます! うめえ!」

「あったけえなあ……!」

「そう、よかった。少し疲れたから座るわね」

「どうぞ、アンタの家だ」

「そうね」

 

 アリアは暖炉近くのロッキングチェアに座り、小さな子供用のセーターを編み始めた。

 それにしてもうまいなこのスープ。出汁がきいてる。

 

『ラブ ア ダブダブ イェイェイ マイベイビー ああ、ハレルヤ』

 

 小さな声で静かに、とても静かに子守歌らしき歌を歌っている。

 その歌声はか細く消え入るようで、まるでレクイエムだ。

 何か嫌な予感がした。

 

「その……ご家族が?」

「バカっ! そういうことは……!」

 

 部下の一人がうかつな事を口走りやがった。どう見ても一人だ。そして、明らかに一人分では多いスープ。

 どこか暗い陰のある雰囲気。ああもうリーチだ。

 

「ええ、昔にね。私の不注意だったのよ。ほら、こういうご時世でしょう? 仕方ないことだわ……」

「あっ……! 申し訳ありません」

「いいわ。もう全て終わった事だから。よかったら写真を見ていって? きっとあの人もあの子も喜ぶわ」

「あっはい……」

 

 スープを食べ終えた俺たちは長々とアルバムを見せられることとなった。

 しかも、このアルバムは家族の姿だけで背景が全部ちぎり取られている。

 あきらかに『なにかあった』後だ。

 ああもうビンゴだ。おそらくはこの人は戦争未亡人だ。そして表面上は取り繕えているが、その傷は全然癒えていない。

 いいや、癒える事などないのかもしれない。

 ただただ、ずっと在りし日の幸福を思い出しては泣くだけ。

 思い出の中に生きている亡霊だ。そんな女は大勢見た。うんざりだ。

 

「これは皆で海に行った時の写真よ。あの時は暖かい砂浜に行くまで船旅がとても大変だったわ。それでも、あの人は楽しいと言ってくれたの。それに、あの子の退屈を紛らわすために二人して色々考えたわね……」

「はあ……」

 

 俺たちの小隊はこの針のむしろみたいなつらい鑑賞会を1時間ほど続けるハメになった。

 

「あら、ごめんなさいね。そうね、退屈だったでしょう。気分を変えて音楽でも流すわ」

「お、おう。お気遣いなく頼むぜ……」

 

 部下が小声で泣きを入れた。

 

「た、隊長。すいません……これいつまで続くんですか……?」

「馬鹿野郎、お前が見えてる落とし穴に突っ込んで行ったんだろうが。とりあえず残りの奴らだけでも休ませろ」

「あ、はい……」

 

 アリアは音円盤を探しに行ったのだろうか。しばらくすると戻ってきた。

 オルゴールの箱だ。キィ、と音を立てて開けると賛美歌らしい優しい音が鳴り響く。

 

「あの子は器用だったわ。オルゴールをバラしては組み立てて……ほら、音が少しだけ歪んでいるでしょう?」

「ああ、そうかもな」

 

 たしかに、少しだけ音が割れている。それがまるでこのご婦人の壊れた心のようだ。

 

「その、悪いんだが部下が限界でな、横になれるところがありゃあ有難いんだが」

「リビングを出て右の扉。押し入れに使ってたの。布団があるはずよ。よければ使って」

「何から何まですまねえ」

「いいのよ。どうせ、することもないから」

「そうか……お言葉に甘えるぜ」

「ええ、こういうときは助け合いですもの」

 

 それから、会話が途切れた。ロッキングチェアをゆっくりとゆらす音が続く。

 くそっ、暖かい所だと眠気が……

 

「あら、寝てしまったの? 仕方ないわね……」

 

 毛布をかけられた、気がした。

 

「まああなた。今日も────をたくさん……ええ、ええ、そうね。素敵だわ。ゼクスにもあとであげましょう。いいオモチャになるわね」

「まあまあゼクス。そんなにこぼしてはだめよ。ふふ、おりこうさんね──将来はきっと──に──りっぱな──」

「ねーんねん──ねんころ──いい子ね──私の宝物──ふふ──ふ、うう……あああ……どうして……うっうっうっ……あああ……あなた……」

 

 俺はねぼけながら、これが吹雪が止むまで続くのか、とうっすら考え、うんざりして思考を放棄した。

 

 

 

 

 

 

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