『本編完結』「魔族でも美味しく酒が飲める魔法」 作:照喜名 是空
次からはもうちょっと明るい話になります。
寝たときが嗚咽ならば起きたときも嗚咽だった。
「天にまします女神様──どうか、ああどうかあの子だけでも、天国に──私が悪いのです。私が全部悪いのです──私はどうなってもかまいません、お願いします。どうかどうかあの子だけは──」
薄く目を開けるとアリアが壁に掛けた女神教のシンボルに跪いて祈っていた。
ああまったくうんざりだ……
「……あら、起きたのね。ごめんなさいね、うるさかったでしょう。今何か食べるものを取ってくるわ」
「……ああ」
とにかく、俺たちは生きなきゃならない。そのためには多少避難先が辛気くさかろうと問題にならねえ。
アリアが倉庫から野菜や凍った肉を取ってきてコトンコトンと料理にしていく。
その頃にはだいぶ動けるようになった部下達もリビングに入ってきた。
「隊長、いつまでこれ……」
「仕方ねえだろ。それとも外に出るかお前?」
「いえ……」
「助けてくれたんだから、最低限感謝はしろよ」
「はい……その、俺たちは部屋でお邪魔にならないようにしてますから。あとは隊長にお任せしますわ」
「てめえら……わかった、下手に拗れて追い出されるよかましだ。大人しくしてろ」
「助かります」
アリアが料理を作り終えてテーブルに運ぶ。
「さあどうぞ。他人のために料理を作るのは久々だから、少し楽しかったわ。お待たせしちゃったみたいね」
「うわっ、これ美味しそうですねえ!」
部下が努めて明るく言う。あまりの辛気くさい空気に耐えられなくなったらしい。
実際美味しそうなビーフストロガノフだ。パンもついてる。
「ああ、いただくぜ」
「うめえ……ありがたいです!」
「そう、それはよかったわ」
「その、ありがとうございます。俺たちで何かできることがあればお手伝いします」
例のうかつ野郎がまた口を滑らした。馬鹿野郎冬籠もり中の家で何ができるってんだよ。雪下ろしくらいしかねえだろうが。
「そうね、人間だったら雪下ろしとか力仕事と言うのでしょうけど、私は魔法が使えるから。でも、そうね。私は昔はおしゃべりだったわ。喋るのが好きだったの。でも……いえ、退屈しのぎに少しお話できればそれでいいの」
「あっはい……」
「わかった、そんなんでいいなら。あんたは命の恩人だからな」
「ええ、お願いするわ」
そんなこんなで、また毎日のように陰鬱な鑑賞会が内定しちまった。勘弁してくれ。
◆
そういう訳でタダ飯ぐらいと化した俺たちはひたすら話し相手や細々した手伝いをしてもう1週間。
それなりに打ち解けてきたが、アリアが一人になれば毎日泣いているのには変わりない。
そしてどういうわけか、俺に一番話しかけてきやがる……
結果として、部下達が部屋に、俺がリビングでアリアと暮らすことになった。
しかもこの雪はあと2週間は降り続けるらしい。くそったれ。
「──あの子はまだ7才にもなっていませんでした。何もわからなかったのです。私が教えたことが全部で──だから、どうかあの子の罪は私の罪に──」
また今日も嗚咽で起きる。外は相変わらず雪。おかしくなりそうだ。
「あら、おはよう。ラッド。いつもごめんなさいね。朝食は作っておいたから今温めるわ」
「ああ……その、なんだ。弔うのは結構な事だとは思うけどな……神に祈っても何が変わるわけでもねえ。こういうことを言うのは酷だとは思うけどよ。なんか、なんでもいいから生きる目標なり前を向く事をちょっとは考えた方が良いぜ。泣き暮らしてるよりはマシだ。マシの筈だ」
「…………ええ、そうね。不健全なことはわかっているわ。今更ってことも。そう、生きる意味……そうね……何でもいいのかしらね。それは」
「何も無いよりゃあな」
「……そう」
朝食はお通夜だった。
事件は夜、部下達を部屋に帰らせて俺がソファで寝始めた頃だった。
ランプは消して、暖炉の暗く赤い火だけが灯りになる。
そこに、衣擦れの音が聞こえた。
薄く目を開けると、産まれたままの姿のアリアがいた。微笑んでいる。
「……悪いが」
俺が何か言う前に一瞬で距離を詰めてキスをねじ込まれた。
「生きる意味は何でもいいんでしょう? 私は命の恩人で、できることならなんでもするって言ったわね。だから、お願い。雪が止むまででいいから」
「……」
ああ、これはまずい。今にも崩れ去りそうな顔だ。ここで断ったら間違いなく自殺するだろう。
だが、受け入れればもっと厄介な事になるのも目に見えている。
どうする!? 決まっている仕方ねえ腹をくくるしかない。人命優先だ! そう、これは人命救助だ!
雪が止んだらすぐに夜逃げしてやる! 後はしらねえ!
「……雪が止むまでな」
「……お願い、激しくして。忘れさせて」
「……ああ」
まあ、そういうわけでそういう関係になっちまった……最悪だ……
◆
だが、なぜか俺は雪が止み、春の日差しになっても俺はこの家に居た。
理由はフォルトの鬼族軍がアホみたいな行軍ペースで魔王軍を掃討してすでにここはフォルトの統治下に組み込まれたからだ。
いくら魔力とフィジカルでごり押しできるとはいえ、あいつらの士気は頭がおかしいと俺は思った。
まあ、ヒロイのハードロックにしたって悪くはないけどな。命まで賭けるほどなのか?
「おはよう、ラッド。いい朝ね」
「……ああ」
俺たちはアリアがかつて夫婦で暮らしていたらしい寝室で目を覚ました。
どうやら、ずっと俺の頭を撫でていたらしい。寝癖がない。
「ごはんを作ってくるわ」
「……いつも悪いな」
「いいの。私がやりたいのよ」
「……そうか」
あれから、アリアの距離の詰め方は異常だった。頻繁に抱きついてきたり手を繋いできたり……
俺が失った家族の分全部をやるのは無茶だ。それはアリアにも解っている様子だった。
だからこれは破滅が目に見えてる関係だ。それでも、アリアは俺を必要としたし、俺もどうやら絆されてしまったらしい。
部下共はさっさと基地に帰ったっつうのに、俺はなぜかここに居ていいと辞令をもらってきた。
それからあのうかつ野郎共は帰ってきていない。
まあ、どうせ俺ら人類軍はお役御免で後は帰るだけだから、というのもあるんだろう。
実際、残る奴らも少なくない数でいるらしい。
俺もその一人とみなされて『お目こぼし』してくれるそうだ。涙が出てくるぜ……畜生。
◆
春が過ぎ、ここエンデでも短い夏がそろそろやってきそうな気配になってきた。
俺は畑仕事や狩り、街への買い出しなどをやり、アリアは家で料理や家事をする。
そんな嘘みたいに平和な日々が過ぎた。
「ああ、あなた。お帰りなさい。待ってたわ」
「そうか。買い出しはこれでいいか?」
「ええ」
俺は買い物袋を床に置く。
アリアはいつも俺が帰るまで玄関からすぐのリビングでずっと待っているらしい。
重い。だがやってしまったことは取り返せない。それは誰でもそうだ。
けれど、こうやって傷を舐めあうようにして生きていくのも悪くないのかも知れない。
「街の様子はどう? 活気がでてきたみたいだけど」
「ああ、大分物資も手に入るようになってきたし、芸人やら何やら賑やかになってきたぜ」
「そう、それは良かったわ」
だから、そろそろ切り出してもいいかもしれない。いい加減にアリアも外に目を向けるべきだ。
「あの、なあ……元十歌仙のライブチケット……二人分手には入ってな。いくか?」
「あら、珍しいわね。でも私は……これ、ヒロイのコンサートの前座……なのね?」
「ああ、苦手なら無理にとは言わねえよ」
「いえ、いいえ。そうね……ええ、そうね。少し考えさせて」
「ああ」
その時、俺は気づくべきだった。アリアの手が震えているのを。
もっと重大に捉えるべきだったんだ。
◆
次の朝。アリアは置き手紙を残して消えていた。
内容はこんなんだ。
『ごめんなさい。私は人生の精算にいきます。こんな恩を仇で返すような真似をしてごめんね。でも、私はそういう女だったの。私みたいな悪い女のことはどうか早く忘れて、自分の人生を生きて。ここに残ったものは全部好きにして良いわ。さようなら』
残った一人分のチケット。
遅れて聞いたヒロイ暗殺のニュース。
新聞ってやつで見た『ソリテール容疑者』の顔はアリアのものだった。
そして彼女が何をしたのか知った。
俺は、自分の荷物とわずかな食糧を鞄に入れて、人間軍基地に歩き出した。
俺は生きてやる。死んでたまるか……絶対に、故郷に、家に帰るんだ……!
そしていつか。いつかこの恋を忘れたときでいい。家族を持とう。
もし子供ができたら、祖父の名前に因んでヴィアヴェル……いや、それはいつか孫ができたときにとっておいて……
そんな、現実逃避をしながら、俺は歩いて行く。
生きるんだ。生きねば。俺は自分の命を投げ捨てるような真似は絶対にしない。生き抜いてやる……!