『本編完結』「魔族でも美味しく酒が飲める魔法」 作:照喜名 是空
ちょっとした蛇足ですね。
原作世界線:『帰ってきた酔っ払い』その①
「フリーレン様、その……ご依頼したいことが……」
マハトに敗れてからおよそ450年。フリーレンは山の中で隠棲していたが、ときおり村に降りてささやかな頼まれごとの代わりにこまごました物を買っていた。
その夜も村の雑貨屋のおばさんからの小さな頼まれごと……のはずだった。
「うん、この買い物をさせてくれるならいいよ」
「ありがとうございます……その、なんというか最近酒場に流れ着いた詩人が妙なのです。魔族……ではないかと……」
ほややんと無表情に買い物していたフリーレンの顔がわずかに締まった。
「受けるよ。魔族は見つけ次第殺さなきゃいけないからね。そいつの額に角とかあった?」
「いえ、額を触って確かめた者もいましたが、つるりとしていて人間のものだったと……ただ、肌がとても冷たかったとか……」
「アンデッドでもそう言うタイプは珍しいかな……他に変なところは?」
おばさんはため息をついて愚痴りだした。
「全部です。若い女だというのに昼間から飲んだくれて、聴いた事も無い騒がしい歌を歌います。手には入れ墨まで……魔法使いと本人は言っていましたが、あんな魔法見たことがありません。薬や安酒を出す魔法なんて……」
「ふーん……」
「嘘か本当か、本人は『死んだと思ったら女神がいたのでとりあえず殴ったらあの世を出禁になった』とかホラを……」
それはただの治安の悪い酔っ払いなんじゃないかな、とは思ったがフリーレンはまあそれならそれですぐ話が済むからいいか……とうなずいた。
「それはホラじゃないかな……まあいいや。とりあえず見てみるよ。酒場だね」
「お願いします。あの変な女をなんとかしてください……」
夜道を歩いて酒場に向かう。
なんだか陽気な弦楽器の音が聞こえてきた。
「オラは死んじまっただ~オラは死んじまっただ~天国へ行っただ~」
「アンタ絶対地獄行きだったろ酔っ払いの姉ちゃん!」
「アッハハハ! 違いないねー! まあ結果的にあの世出禁になったからねえー。あっフリーレンじゃん。いやー待ってたよー」
酒場にいた女は不安になるくらいほそっこくてちびっこかった。フリーレンよりわずかに小さいだろう。
緑のワンピースに木のサンダル、三つ編みピンク頭だ。手には黒い弦楽器をバチらしきもので弾いている。
手には入れ墨。まちがいない。
なんだこの治安の悪い女。
「なんで私の名前知ってるの」
「えっ、ああ。誰かから聞いた。引きこもりエルフがいるって。アンタには言いたいことめちゃくちゃあるけどとりあえず一番にはコレ言っておくわ。引きこもりなら! ロックをやれ!!」
「なにそれ……」
酒場がどっと沸いた。何かのネタだったらしい。
治安の悪いチビ女はゲラゲラ笑いながらグラスから透明な酒をあおった。
とりあえず色んな意味で只者ではない。フリーレンは油断なく魔力感知をする。
なんだこいつ。魂と魔力しかないのになんか肉体があって人間同様に動いてる。こいつは……魔族以上にこいつの体そのものが魔法そのものだ。
フリーレンは杖を抜いて突きつけた。
「お前人間じゃないな」
「最初からそう言ってるけど? オバケだぞ~ってアッハハハ!」
ゲラゲラ笑いながらチビ女はつまみの干し魚をギザ歯でバリバリ食べてまた酒を飲む。
「うめーっ! 安酒飲んでるときが一番生きてる気がするわ! 死んでるからこそね!」
「おいおいヒロイちゃんいつまでそのネタ引っ張るんだよ!」
「ネタじゃないけど?」
真顔だった。フリーレンも真顔で杖を突きつけ続けている。
しかしどうしたものか。ここでやれば被害が大きすぎる。いや……どうせこいつは魔物。放っておけば村が滅ぶ。仕方ないか……
「あのさあ! 酒場で武器抜くなって! ったく……楽しく呑もうよ~。何する気もねえんだって。『今』のあんたに言っても仕方ないんだけどさあ。っていうか今回のアタシの目的はたぶんあんたに会うことだ。だからどーせ明日になったら出てくよ?」
「信用できるわけがない。みんな逃げろ。こいつは本当にたぶんアンデッドだよ。少なくとも人間じゃない」
フリーレンの杖の先に魔力が集まり始める。
酒場の酔客たちがどよめき始めた。
「わーったわーった! 表に出ろよ子猫ちゃんが」
「酒場の客を人質にしないんだ」
「『今』のあんたになら技術力でギリ勝てるんだわ」
「……そう」
酔客たちが引いた様子で立ち上がり始める。ここで魔法を出されてはかなわないと。
心配そうに見る客もいた。
それに彼女は手をひらひら振ってへらりとした笑顔で立ち上がる。
「だーいじょーぶだって! 喧嘩だよただの喧嘩! それで収めるからさあ! たぶん。うまくいけば」
「お、おお……フリーレン様はマジで強いから気をつけてな……」
「知ってる」
二人は十分な距離を保って杖と楽器を構え合った。
先手はフリーレンだった。
「
「
ぐるりとフリーレンの視界が回る。
気がつけばチビ女に馬乗りにされていた。杖も蹴り上げられたのか遠くに飛ばされた。
「OK、LET'S ROCKだ」
「何を」
チビ女が楽器を弾き始める。
激しく重く速いベースからのシャウト。
『再起のために魂を捧げよ。お前は二度と人間にはなれない』
魔族や魔物というより……まるで悪魔がいればそんな声だろうという激しい叫び。
『生涯をかけてさまよえ。安息と寄る辺なき、自由と
『試練が私を強くした。復讐のための命。幼き悲鳴と炎の記憶。正当なるも見境なき怒り。暴虐を終わらせるために選んだ力』
『過去を葬れ。悪魔共を皆殺しにしろ。公正なる法はもういらない。私を生かすための正義をよこせ。踏み越えた屍はもう目に入らない』
『神聖なる戦場へと進むが良い。建前も限界も意味のない場所へ。怒りにまかせた恐るべき魔法は、哀れな者を蹴散らすばかり』
頭の奥にびりびりと声が叩きつけられるかのようだ。歌詞の内容から嫌でも村を焼かれたあの日が思い出される。
お前にだけはそれを言われたくない! 薄汚い魔物に何が解る!
柄にもなく心が燃えたつようだ。
『女神よ祝福して。柔らかな花で冠をつくって。暖かな炎よ。私たちは墜ちていく。夜が呼んでいる。流せなかった涙よ。花冠による戴冠よ。どうか私を温めて』
打って変わって酒カス女が歌っているとは思えないほどの美しい女声だ。
それはまさに歌姫と呼ぶにふさわしく、まるで氷に湯が入るようにひび割れた心にしみこんでくる。
嫌でも師匠のことが思い出される。
やめろ! やめろ! 私の心に入ってくるな!
『師を誇れ。憎しみなき花で、どうか私を祝福して欲しい。それがあればきっと、私は赦されると思うから』
なんだこれはなんだこれは。魔法じゃないのになんで涙が止らないんだ。精神防壁はそのままなのになんでこんなにも心を揺さぶられるんだ。
『流せなかった涙よ。どうか私を祝福して欲しい。師を誇れ。この雨をも祝いと思え。勝者の栄冠よ。汝の頭上にあらんことを』
そう言ってあまりにも優しい声が頭に響きわたる。その頭を小さな柔らかい手で撫でられる。
「ううう、うわあああ──ーん!」
フリーレンはとうとう大泣きしてしまった。こんな泣き方はあの夜のずっと前、子供の頃だけだった。
「ありゃ……演りすぎた?」
ヒロイは小首をかしげて困ったぞという顔をした。
おまえのせいである。