そんな転生架空馬が三冠と凱旋門賞制した後の話
無敗の三冠馬。
凱旋門賞覇者。
できすぎた物語だろうか?
俺もそう思う。
こんな戦績、創作の中でしかお目にかかれないだろうよ。
だがこれは現実だ。
まぎれもなく本当の出来事だ。
俺は無敗の三冠馬。
俺は凱旋門賞覇者。
この世に並ぶもの無しと謳われた、世界最強馬。
そんな俺はかつて人間だった。
三十路を目前に控えた、しがないサラリーマンだった。
趣味はソシャゲという、現代人ならではの虚無を抱え、休日は周回と惰眠に費やした。
これといった悪事は働いたこともない。
が、ド健全に生きてきたかと言えば否定する。
目の前で風に悪戯された女子高生のパンツを見てしまったこともある。
車通りが少ないことを言い訳に赤信号を渡ったこともある。
本当はお年寄りに譲らなきゃいけなかったバスの座席を、タイミング逃して譲れなかったこともある。
けど、電車で偶然拾った札束入りの財布を、三十分悩んだ末に駅員に渡すくらいの良心はあった。
その後に父親がリストラされて極貧生活に入ったので、後からあの財布貰っときゃよかったなあ、と後悔したけども。
何が言いたいかと言うと、畜生道に落ちるような悪事を働いた記憶がないのだ。
それともなにか。
小さな悪の積み重ねが畜生道に落ちる要因だとでもいうのか。
だとしたら全人類畜生道に落ちるべきだろさすがに。
とにかく俺は、自分が畜生道に落ち、馬になっているという現実を中々受け入れられなかった。
しかし俺は現代人である。どうしようもなくどこにでもいる一般人であり、日本人である。
特に信仰も持たない、その場とその時の都合によって祈りを捧げる相手を変える順応力の塊。
『なるようになる』
『その場の勢いに任せる』
『慣れない環境も住んでれば都』
『郷に入れば郷に従えって言うし』
といった具合に、俺はいつしか順応していった。
我ながら凄い適応能力だ。今では美味い草がどれか瞬時に見分けることもできる。
そんな俺が馬として生を受けた大地はイギリスだった。
どうしてわかったのかと言えば、弊社がとある外資系企業の傘下で、それなりに英語を聞く機会があったから。
ペラペラ、と言うほどではないが、ある程度の聞き取りならなんとかなるくらいの英会話スキルがここで役に立った。
さすがに地方特有のなまりをぶちこまれたら無理だが、ありがたいことに全員見事なクイーンズイングリッシュ。
言ってることはたいてい理解できた。
しかし俺には競馬の知識がなかった。
まったく知らないわけではないが、俺の知識はせいぜいウィキペディアに載っているくらいのもの。
というのも、生前── この言い方はあんまり好きじゃないのだが、人間だった頃に最後までやっていたソシャゲというのが、競走馬を擬人化したゲームだったからだ。
そのゲームは大変な人気を博し、競馬を知らない一般人にも多くのプレイヤーを生み出した。
俺もそのうちの1人だったわけなのだが、このゲーム登場するキャラクターの元ネタ、つまりモチーフ元になった競走馬が気になった俺は、それらを知るためにちょくちょくウィキペディアなどで情報を収集していた。
ウィキペディアの情報が百パーセント正解だとは思わないが、ふんわりとした理解はできている、つもり。
そんな俺の記憶力が正しいのであれば、もし俺が走らなければ待っているのは屠畜所送り。
俺の品種はサラブレッドなので、人間の食卓ではなくそのペットの犬たちのごはんになる。
サラブレッドというのは結局のところ経済動物だ。
資金は無限ではない以上、自分で金を稼げないサラブレッドをいつまでも養うことはできない、と言われたら仕方ないことも理解できる。
だからといって『はいわかりましたお世話になりましたまた来世で』とはいかねえのだ。
今や当事者の立場。1度死んだからと言って死への恐怖を克服できたわけでもない。
そう、怖い。怖いのだ死ぬことが。
命あるものいつか死ぬとは言っても、満足して死ぬのと道半ばで死ぬのとではワケが違う。
どうせ生まれ変わったならいくらか満足して死にたい。そう願うのも無茶な話じゃないだろ。
馬に、サラブレッドに生まれたからには走ることが仕事だという。
走る馬を作るために人間はあれこれと手を回しているのだから。
だから競走馬は走って終わり、の生き物ではない。
その走りの向こう側に新しい分岐点がある。
たとえば、子孫を残す繁殖馬。
たとえば、人々を乗せる乗馬。
たとえば、馬の先導役誘導馬。
レアバイト、ならぬレア仕事だと役者馬なんかもあるらしい。
時代劇とかで見かける例のアレだ。
とにかく引退。
引退するまでそこそこ走る必要があるのだ。
俺に能力がなくてどうあがいても勝ち上がれないのならば、屠畜所送りもやむなし。
精一杯努力した上でどうにもならんというなら諦めるしかない。
でもそうじゃない可能性が1ミリでもあるなら、ギリギリまであがきたいと思ったって、きっと罰はあたらん。
俺はランキングトップ10入りは無理だとわかっていても、可能性にすがって周回をやめられないタイプの人間だった。
屠畜所送りを回避し、引退後に乗馬なり誘導馬なりになりたい俺は、それからいろいろと頑張った。
周りにいるスタッフも良い人が多く、俺と言う競走馬をとても大事にしてくれている。
紳士の国とは思えないくらいの暴言をレース中に吐かれることもあるが、それがなんぼのもんじゃい、と思って走っていたら、気づけば聞こえなくなった。
勝てば勝つほど価値があがる。吐かれた欠点を1つ潰す度、響く言葉も変わっていった。
そうして馬転生してから3年の月日が経って── 俺は、英国三冠馬になっていた。
狂喜乱舞してる厩務員たちの話を盗み聞きすると、どうやら40年ぶりの快挙らしい。
俺を管理する調教師も、俺に大金を積んだオーナーも、俺を生産した牧場のスタッフも大喜びのようで何よりだ。
これまでの周りの話を総合すると、俺の父馬は現役時代は素晴らしい戦績を収めたものの、繁殖馬としては大成しなかった部類らしい。
もはやこれまでか、と父馬が障害レース用の種牡馬に用途変更された今、遺された平地ラストクロップの俺が三冠馬になった。
俺が頑張ってきたのは屠殺所送り回避とセカンドライフのためだったけど、こんなに喜んでもらえるのなら頑張った甲斐もあるというもの。
当初は生きるためだけに連れ添ってきたスタッフのことも、今となっちゃ俺の大事なチームメイトだと思えるくらいには情もわいたしな。
それに、ここまできたら酷い目には遭わんだろう、という安心感も相まって、それからの俺は比較的気楽に走るようになった。
もう必死になる理由はほとんどなかったけど、期待してくれているオーナーへの恩返しついでに凱旋門賞を制覇。
このレース、走り終えてから知ったんだがナカヤマフェスタがいた。
ギャンブラーとしてゲーム内でも有名だった彼の凱旋門賞は、ちょうどこの頃だったようだ。
俺のいる厩舎では日本馬の話はあんまり出ないから気づかなかった。
そもそもこのレースに出走した時のフェスタの人気って、割と低い方じゃなかったか?
人間時代の俺の記憶なので、もしかしたら間違ってるかもしれんけど。
そんなフェスタが上位入線しているのだから、馬券的には波乱の展開だったのかもしれないな。
さて、3歳で英三冠と凱旋門賞を制した俺は、これで休養に入った。
イギリスには秋から冬にかけての競馬がほぼないのである。
凱旋門賞を制したあたりから、調教師は日本の国際レースであるジャパンカップに出したい、と意欲を見せていたけど、ここまで俺を使い詰めだから、という理由でオーナーサイドから許可が出なかったらしい。
オーナー的には俺を長く使いたいようだ。
ま、馬って経済動物っていうしな。
なるだけ賞金稼ぎたいよな、気持ちはまあわかる。
そんなこんなで俺の休養明け初戦はドバイシーマクラシック。
レース名の通り、ドバイで開かれるG1レースだ。
芝の2400メートルは得意距離。
調教師たちからも調子はハナマルと言われた俺である。
このレースで俺は前年の活躍などが後押しになったのか、1番人気に推されていた。
悠々とゲートインし、あとはスタートを待つだけ。
俺の持ち味はスタートの良さ。
今まで出遅れたことは一度もなく、戦法は先行の好位追走。
前を走る逃げ馬の後ろにピタリとつけて風除けにしつつ、そいつが逃げバテたら突き刺すのだ。
無駄な体力消費も避けつつレースのペースを掴みやすい程よい戦法である。
あるのだ、が……。
『おっとどうした、どうした
俺は今、最後方を走っている。
「どうした相棒!?」
いや、本当にすまない相棒。
ちょっとな。
いやちょっとどころの騒ぎじゃなくて。
目の前の。
とりあえずな、目の前の馬の名前、教えてくれないか?
『前年のカルティエ賞年度代表馬パーフェクトキー、ここから立て直せるでしょうか。眼前、1馬身差で前を行くのは日本馬
俺の首を前へと押し込む相棒。
それに倣って前に進む俺は、だけど視線がある1頭の馬に釘付けになったままだった。
黒地に赤い線がクロスした勝負服の騎手を背負う、その鹿毛の馬体。
……め、めちゃめちゃケツの形が好みすぎるやろが〜〜い!?!?
「相棒!?」
ハッ、俺は今いったい何を!?!?
やべっ、こんなとこに居たら勝てない……!!
『さあ間も無くラスト! 先頭はリワイルディングに変わって── !? ッいや大外からパーフェクトキー! パーフェクトキーがものすごい末脚で上がってきた! ルーラーシップ飛び越えて! パーフェクトキーだパーフェクトキー! 英国三冠馬ここに健在……ッ!』
っば、やらかすところだった!!
目の前のケツに気を取られて負けるところだった危ない、いや危ない。
なんとか相棒の鞭に反応して走り抜くことはできた。
途中から別の鞭が俺の腹を叩いていたような気もするが大丈夫だろう。
多分大丈夫だ、な、そうだよな相棒。
「相棒、とりあえず水、かけてもらおうか。その、色々と冷静になった方がいいから、な……」
なぜだか相棒が目を合わせてくれなくなったが、大丈夫だと思うことにする。
ところでこのレース後、俺は自分の父の名前がピルサドスキーで、現役最後のレースでエアグルーヴに興奮して馬っ気出しながらパドック回った話を知るし、ルーラーシップがそのエアグルーヴの子供だと知ることになるのだが……。
「親父の因子が強すぎるだろ!!!!」
そしてこれから、何の因果か俺はこの時追いかけてしまった鹿毛馬、ルーラーシップと何度も対戦することになるのだが、それはこの時の俺には知るよしもなかったのだ。
この後日本の匿名掲示板で「パーフェクトキー(完璧な鍵)ってそういう……(意味深)」と意味深なレスがバズる