この駅は、今日廃駅になる駅だ。
初めての完全オリジナル小説です。鉄道が好きなので書きました。
ガタン、ゴトン
ガタン、ゴトン
車内が揺れる。
ディーゼルの音とレールの隙間を跨ぐ音を響かせながら、木々の間を潜るように移動していく。窓を見れば景色の移り変わりが繰り広げられていて、家や川、田んぼが見える。その家々などを見ると子供や大人達が生活している様子が見える。田んぼや畑では農作業をする人達が見え、どんな作物を育てているのかつい見てしまう。
「とても良い風景だなぁ……」
窓から見える景色に『僕』はつい口に出してしまった。といっても小声であるため迷惑になっていない。この電車の乗客はそれなりにいるが、東京の通勤電車程混んではいない。座ろうと思えば座れるだろう。
地方を走る鉄道、所謂ローカル線に乗っているのであるが、今日は特に乗客が多い。普段この路線の利用客はそう多くない。にも関わらず今日はこの混雑さだ。一体何故だろうか。
「次は、幻~。幻駅です」
列車内に放送が鳴り響いた。次の駅にもう直ぐ到着するようだ。それを聞いた乗客達は降りる準備をし始めるように、荷物を持ったり席から立ち始めた。この電車に乗っている多くの乗客は次の駅に降りるつもりのようだ。
「おっ、この駅か。よし、降りよう」
そして、『僕』も降りる準備をする。バッグを持ち直して立ち上がる。駅が近づいているため電車の速度は徐々に落ちてきていて、レールの隙間を跨ぐ音の間隔も長くなっている。景色の映り変わる速度も遅くなっていく。
前方の窓を見ると、コンクリート製の台が見えてくる。
あれはプラットホーム。
即ち、駅。
電車がブレーキ音を鳴らしながらその駅に停車した。窓からは古びた駅名標と木造駅舎が見える。
此処が「僕」が降りる駅、
今日限りで廃駅となる駅だ。
「おぉ…… 結構年季が入っている駅だ……」
駅に降り立って最初に見たのは、駅名標だ。
木製で、字は少し霞んでいるもののまだ十分読める。古くなった事もあり駅名標は大分黒ずんでいる。触ってみると、やや硬い木材を使用しているようだ。古びた見た目に反して頑丈さが肌を通して伝わってくる。
続いて駅舎だ。
こちらも木造で、窓ガラスは汚れが付いているため長い間清掃されていないようだ。それが古さを醸し出している。駅舎の木材もやや黒ずんでいる事から、建造されてから日数がかなり経っている事が分かる。
事前に調べた事があるが、この駅の開業は今から100年程前だという。およそ1世紀の間現役であり続けたのだ。人の寿命は長ければ100年程だが、人の一生と同じ間この駅は活躍し続けてきたという事だ。
「中の待合室は……」
次は待合室に入った。中は簡素なベンチとテーブルがあるだけの、簡素な構造だ。天井には蜘蛛の巣が張っているため古い建物であるというイメージを抱きやすい。だが中は比較的整備されている事から最低限使えるよう掃除はされているようだ。
テーブルの上を見ると、ノートが見える。所謂駅ノートか。駅に来た人が思い出や来訪の感想などを書くノートだ。この駅の駅ノートには何が書かれているのだろうか。
「今読んでいる人がいるけど、そろそろ終わりそうだな」
他の鉄道ファンが駅ノートを呼んでいるようだが、その人の様子からしてそろそろ読み終わりそうだ。
読み終わった事により駅ノートをテーブルに置いた。その時を見計らって駅ノートを手に取って読んでみる。ノートの紙は少しクシャクシャとなっており、かなり長い間使われて来た事が分かる。一体何年間もの間この駅を見守っていたのだろうか。
「どれどれ…………」
「僕」はノートを開いてみた。先ず読んでみるのは、最も新しく書かれたばかりの文章だ。読んでみると、一番新しい記述は昨日だ。廃駅になると決定したのは大分前だ。だとすれば今日までの間に駅ノートに文を書いた人がいたとしてもおかしくはない。一体何が書かれているのか覗いて見ると、
『古びた感じが素晴らしいです!』
『恋人と一緒に来ました! 周辺の自然が綺麗で、また来てみたいです!』
『とても昔の時代から使われている事が分かる、ステキな駅舎です。まるでタイムスリップしたように感じました! 機会があればまた来ます!』
『とても素晴らし駅です。長閑な風景で、心が癒されます。都会の仕事の疲れがすっかり吹き飛んでしまいました! 休みの日になったらまた此処に来たいです!』
様々なコメントがこの駅ノートに書かれている。多くの人がこの駅を来訪し様々な思い出を書き綴ったのだ。パラパラとめくって見ても沢山の思い出がこのノートに記されている。
「色んな人達の思い出として、この駅は残り続けるんだろうなぁ…………」
思い出と言うのは何時までも心の中に残り続ける、楽しい記憶だ。人生経験を豊かにしてくれるものだが、この駅も立派な思い出として記憶の中に存在し続けるのだろう。
「おっと、そろそろ外に出てみるか。駅舎を見てみよう」
ホームと駅名標、待合室内を見た。次は駅舎だ。事前にネットで見た事はあるが、本やネットなどのメディアで見るのと、実物を見るのとでは衝撃が違う。
木の板に書かれている習字のような字体で「幻駅」と書かれている。如何にも古そうな物だ。屋根や柱も木造で、外には簡易的なベンチがある。古い無人駅に見かける構造だ。
「古びた感じが良いなぁ…… 結構年数が経っている事が分かるよ」
「僕」は駅舎に感動を覚えて、カメラをバッグから取り出して撮影を始めた。勿論周りに迷惑になってないか確認をして。駅前は少し開けた駐車場と古びた駐輪場があるだけで、自動販売機や公衆電話は置かれていない。道路の舗装はヒビ割れが所々にあるが自動車やバイク・自転車の装甲に支障が無い程度のヒビだ。道路周辺は少し長い草が一面に生えており、まるで草原のように感じる。
「もうすぐ廃駅になるからか、車とバイク・自転車が大分停められているな」
駐車場と駐輪場には何台もの車やバイク・自転車が停められているが、日常的に使われているわけではない。廃駅になるので、最後の見納めとして様々な人達が来ているのだ。自動車とバイクのナンバープレートには他の都道府県の地名が書かれている事から遠くから来た人が多い事が分かる。
「さて、これから駅舎の写真を……」
そう言いかけたその時だった。
グゥ~……
腹の音が鳴った。
「お腹減ったな……」
そういえばそろそろお昼か。
腕時計を見てみると、短針と長針が12に揃おうとしている。もうそろそろ昼飯の時間帯だ。駅前から少し歩くと小規模の集落があるが、そこに飲食店がある。事前に地図で確認済だ。
「それじゃあご飯を食べに行くか」
美味しい食事を求めて「僕」は歩き始めた。駅から見る集落は農村の中に民家が散在している。駅から見る限り大きな道路は2車線の道路1本のみで、車の交通量はさ程多くない。その道路の周辺に飲食店がある。
駅前の道路を下っていく度に、自身の腹は飲食店のご馳走を求める気持ちが強くなっていった。
「あぁ、美味い……! こんなに美味しい蕎麦は初めてだ!」
駅から少し歩いた飲食店で、店の看板メニューである蕎麦を食べている。2車線の道路である県道の近くにあるこの店は県境を越えるドライバーが度々立ち寄る店で地元で採れた蕎麦や野菜を使った料理は町民から美味しいと評判の店だ。
「天麩羅も中々美味しいし、値段もお手頃だし、来て良かった!」
「僕」はこの店の料理の味にかなり満足している。正直に言うとまた来たいと思う位だ。店内の雰囲気も落ち着くから尚更だ。
「落ち着いた駅と美味しい蕎麦店…… また来てみたいなぁ……」
「あら? あなた、あの駅を使ったのかしら?」
思わず呟いた一言に反応したのは、この蕎麦店で料理しているおばあちゃんだ。この店を切り盛りしてもう半世紀だそうだ。地元の人から愛されている人物だ。
「えぇ。鉄道が好きなんです。今日廃駅になると聞いて来たんです」
「そうかぁ…… やっぱりあの駅の最後を見に来たのね。今日はあの駅の事を話す人が多いからそうだろうと思っていたけど……」
お店のおばあちゃんの口調からしてあの駅に思い入れがあるのだろうか?
「おや、鋭いねぇ? そうなのよ~! 私が学生だった頃、あの駅に通って通学していたのよ!」
「あの駅の利用者だったんですか?」
通学の為に駅を使う。それは決して珍しい事ではない。お店のおばあちゃんもそうだったようだ。駅前から町の光景を見た際は少しだけ学校と思しき施設が見えたが、そこに通っていた訳では無いのだろうか。
「私が学生だった頃はこの辺りに学校が無くてね…… 電車で隣町に行って通っていたのよ。懐かしいわね…… 友達と一緒にお喋りしながら通学したり、夕焼けを見ながら帰路に着いたり…… あぁ…… 若い頃は色々あったわねぇ…… 卒業した後も買い物や旅行に行く時に使っているのよ」
お店のおばあちゃんは楽しそうな雰囲気で回想している。
「学校がこの辺りに出来て、車やバスが通るようになってからは利用者がどんどん減ってきてねぇ…… 遂に定期利用者は激減したのさ。一日平均利用客は一桁代になって…… 昔の賑わいが嘘みたいだよ……」
栄枯盛衰って奴だろうか。
元々学校への通学する人が多く利用していた駅だった。その学校がこの町に出来たとすれば電車を使う理由が無くなる。利用者が激減したとしても不思議ではない。勿論通学以外の理由で電車を利用する人はいるだろうが、車の普及で利用者が少なくなれば…… 駅の利用者は更に減るだろう。
「もうすっかり利用者がいなくなって…… 廃駅になるって聞いて、この時が来たかって思ったよ。もう、お別れなんだねぇ…………」
「…………、おばあちゃんにとって思い出の駅なんですね」
「えぇ、今日仕事が終わったら駅に見に行ってお別れしようと思っているわ。私にとって人生の相棒みたいなものだからねぇ…………」
おばあちゃんは少し寂し気な雰囲気になっている。使っていた駅が無くなるので仕方無いだろう。学生の頃から使っていたのだから親しいと感じる駅だ。だからこそ、お別れに行くのだろう。
「今日は少し早めに切り上げて最後を見ようと思っているのよ。駅ノートにお別れの言葉を書こうかしら……」
その後、おばあちゃんと軽く話をしながら昼食を食べ終えた。外に出て駅の方向を見てみると、今なお多くの人が駅を訪れていた。
幻駅が廃駅になって1日が経過した。
テレビやネットでは幻駅の事を特集している。今までほとんど利用されなくなっていた存在が無くなると聞くと大勢の人が訪れるのは珍しい事ではない。列車だって廃止と聞くと多くの人が見送りに来るのだから。本当に大切な物は失ってから分かる、と昔から言われているが、それに近いのだろうか。
『幻駅の駅ノートを見てみましょう。そこには、様々な思いが綴られています』
今見ているテレビでは鉄道の話題を放送している番組で、今日は幻駅の廃駅が取り上げられている。取材班が手に取っているノートには様々な文章が書かれている。廃駅当日だけでなく、今まで訪れて来た人々の思いや感想が書かれている。それらの文には感謝の言葉が並べられている。
それらの文章の中には、
『今までありがとう、学生の頃からの、青春時代の思い出』
お店のおばあちゃんの文字が書かれている、文章を見つけた。
秘境駅って、かつては賑わっていた歴史もあります。
だから「こういう話も有り得そう」と思い、書きました。
本編に出た幻駅のモチーフは特に無いです。