呪詛師カオルコの奇妙な廻戦   作:飴玉鉛

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決戦・呪いの王と女王 【最終】

 

 

 

 

 

 

 壊れた人間性をオミットし、雑念を排して純化している今の薫子はクレバーだ。

 

 彼女は剣士である。武士ではない、戦士でもない、剣の術を以て斬るのみに注力する、ただ一事に全能を費やした合理の化身だ。紡ぐ言葉、思考、動作の全てが次なる斬撃に繋がる。

 

 呪術も用いる。手段の是非は問わぬ、斬れるなら良しだ。ある種、究極の成果主義とも云える。

 

 故にこそ、冷徹とも云える思考回路に徹した薫子は、現状の戦局を正確に理解していた。

 

 勝機は九割九分潰えた、と。

 

 呪いの王、両面宿儺は薫子を高く見積もっているだろう。二度も死にかけたのだ、侮る心は消えている故にまだ勝機は五分だと誤認しているはず。

 

 だが違う、薫子は既に全て出し尽くした。戦局が五分だったのは先刻まで。剣技の数は星の数ほどあるものの、一度の実戦で出し尽くせるものではない。術式、剣技、心理状態、全てを駆使して五分の勝機を掴まんとし、そして極ノ番の獄門疆を防御に用いてからの奇襲で頓挫してしまっていた。宿儺が様子見の構えを執っているのは、彼が薫子の実力を買い被り、戦局が互角だと誤解して後の先を狙っているからに過ぎない。

 

 薫子に残された一分の勝機はそこにしかなかった。

 

 薫子にある最大最高のアドバンテージは、二つ。一つ目は薫子が宿儺を完全に知悉しており、宿儺もそれを理解している為、宿儺が慎重になり過ぎていること。これにより宿儺は薫子の手札の多寡を知らぬ故、まだ隠し玉があるだろうと警戒している。後の先を自然と狙う姿勢になり、初動はこちらから動けるだろう。二つ目は、宿儺がここまでに二回死にかけたことだ。二度の臨死体験がある為に、彼は薫子を対等の敵だと高く見積もっている。

 

 敵戦力は正確に見積もらなくてはならない。低くも、高くも見てはならないもの。宿儺はその一点で未だ薫子を量れていない。この情報アドバンテージとそこから派生する心理状態が隙だ。

 

 次だ。

 

 次の一手で斬れぬなら、こちらが斬られる。

 

 次手で()められなければ、宿儺は気づく。己の優勢に。彼が現実を悟ったら敗けるだろう。

 

 薫子は凪いだ精神のまま、思考を廻した。一分の狂いなく宿儺の思考を投影し、なぞる。次手で決着をつける為に、この数秒の対峙を活かし尽くす。

 

 見切る、という言葉。これは詐術だ。だが宿儺はこれを聞く。

 

 薫子の思考が、加速した――

 

 

 

(――――

 

 

 

 見切る。

 

 剣聖の述べた言の葉は、辞書を引いて出る意を表すものではない。しかし武道、武術の観点にある意を内包しているに相違ないと決めつけるのもまた、話の文脈からして早計だろう。

 

 論理的に捉えるなら術式の話だ。妖刀の術式『斬撃』に関係する意味。剣聖に堕ちた女の正体を思い返した宿儺は、口角を上げて内心に考察を連ねた。

 

 流石に呪いの王、彼の分析は的を射ている。

 

(式守薫子。貴様は妖刀に憑かれ、果てに呑み込んだ。融合している、とでも言おうか? 故に広義の意味で貴様も妖刀だろう――正確にはその派生、変異体か――であれば五体余さず刃と定義したとて筋は通る。貴様は自らの眼球を刃として、視線までも術式対象へ拡張したのだろう)

 

 全身是凶器也。

 

 仮に宿儺が声に出していたなら、剣聖は拍手を贈りその分析の正しさを讃えたかもしれない。

 

 だが正鵠を射られたなら、肯定も否定も蛇足である。

 

 にこりと笑む剣気漲りし剣聖に、宿儺はやはり、声には出さず嘲りを手向けた。言葉を発する無駄を省いているだけだが、少しの物足りなさを感じつつ。

 

(だがその拡張術式は俺の猿真似にしかなりえまい。『解』と『捌』を視線で模倣しようと、既存の技の精度と呪力操作が濁るだけだ。履き違えてくれるなよ、貴様は今のままが一番強い。やれることが増えたからと、あれもこれもと手を出すのは自殺行為だぞ)

 

 一言で纏めるなら、習熟度が違うという話。

 

 宿儺が斯様な窮地に追いやられているのは、自業自得とはいえ宿儺自身が圧倒的不利な状況で戦端を開いてしまい、かつ薫子が古今無双の剣士として闘いに臨んだからである。

 

 呪力による肉体の強化の巧みさは認めよう。だが監禁呪法や、妖刀の術式である斬撃――敢えて名付けるなら――斬刀呪法を巧みに駆使したとしても、それだけなら宿儺は一蹴している。

 

 監禁呪法と斬刀呪法は付属品に過ぎないのだ。薫子の剣技……有史上、比類する者のいない最強の近接戦闘力があるからこそ、宿儺ですら嘗てない死地を実感させられている。

 

 結論を言おう。

 

 斬刀呪法を拡張しての術式行使は、ジャンルで言えば呪術の一部。剣術という、宿儺が門外漢である分野ではない。彼はその道のプロフェッショナル、頂点に立つ権威だ。呪術をメインに据えての闘いになったなら薫子に勝ち目はない。天地がひっくり返っても絶対に勝てないと薫子も断言するだろう。

 

(つまらん真似をして水を差してくれるなよ、式守薫子。俺の領域は辛うじて維持できている。ならば手数で俺に勝る道理はない。貴様の棒振りに、呪術は雑音にしかならん)

 

 宿儺は脳の一部と腕を斬られたが、領域の中心は彼ではなく背後の御堂である。為に、宿儺が反転術式で腕と脳を治すまでに消えかけていた領域は、寸でのところで再構成できた。言うなれば廃墟に神聖な空気を与える宮大工じみた復旧技術であり、神業としかいえない所業だろう。

 

 故に宿儺の領域『伏魔御廚子』は未だ健在。であれば彼の言は一々正しいとしか論じられぬ。

 

 だが、クスッ……と。剣聖薫子は漏出させていた笑みを崩さなかった。

 

「ァは。親切だね、わざわざそんな、わかりきった話をしてくれるなんて」

 

 宿儺の分析の正しさは誰よりも薫子が知っていた。

 

 微笑む薫子が紡ぐ言の葉は、あたかも直接聞いたかのようなもの。彼女の台詞は、宿儺の思考と分析を完璧にトレースしているかのように的確である。

 

 当然だ、薫子は宿儺と同等に宿儺を理解しているのだから。

 

「『つまらん終わり方を迎えたくないだけだ。俺が勝つにしろ、貴様が勝つにしろ、面白くもない結末にはしたくない。これは徹頭徹尾、俺の為の忠告だ』

 

 ――かな? じゃあ、私もお礼しなくちゃね。

 

 ねえすっくん? あなたは領域の輪郭を……領域の必中効果を薄味にしてるでしょ。必中効果は領域の基本。領域の中にいる対象に最初から術式が当たってる状態がスタート地点。けど『当たってる』ってことは、『触ってる』ってことなんだよね。領域の必中効果が明瞭なままなら、私に領域の全体像を知覚されてしまう。特に私はあなたのことをよく知ってるから、他の人には無理でも私なら知覚し易い。私が刀の術式で対象へ指定したら最後、あなたは領域ごと両断されるんだ。それを防ぐために必中効果を曖昧模糊とした感じに処理してる。だよね?」

 

「ああ。だから貴様は躱せている」

 

 返答は、貌の口。思考をトレースされているのに、宿儺に驚きはない。

 

 それでも普通は躱せない。宿儺が構築した必中効果の弱体化で、当たっている状態で発現したわけではないにしろ、至近距離から斬撃が発現してはいるのだ。他の誰も躱す余地などない。

 

 だが躱せる。少しでも隙間があるなら、最初から当たっている状態ではないなら、躱せる。

 

 剣聖……剣の神とすら形容できる、今の薫子なら。

 

「あなたは領域の中心部である御堂に攻撃させないだけで、私の領域斬りを防げる。私がなんとか知覚しようにも、『解』と『捌』を浴びせられてたんじゃ集中して探せない。そしてすっくんは今も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ。閉じない結界にしたり、閉じた通常の形態にしたり、一部だけ結界を空けたり。凄いよ。こんなのあなたにしかできない。これじゃ、私にもあなたの領域を知覚できない。必中効果を自ら弱めるっていう縛りにして、術式出力を上げてるにしても無茶苦茶だ」

 

「……何が言いたい?」

 

「術式の開示、終わり。ぺら廻してのお喋りもお終い。あんまり長々話し込んでたら仲良しだって勘違いされちゃうでしょ。()()()()()()()()()()()頃合いだ、そろそろ斬るね」 

 

 

 

 ――――)

 

 

 

 ――この間、僅か三秒。

 

 宿儺の思考のトレースは100%狂いなし、そう判断してよいだろう。

 

 というより1%でも異なっていたら終わりだ。敗北の先を想定する意味は皆無。

 

 体感時間の鈍化、走馬灯に類似した時間経過を意図的に起こし、極限まで集中し思考を廻した。

 

 薫子が、布石を打つ。

 

 その場で呪刀を一振り。すると空間への斬撃で、誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み――黒閃が発生した。黒く光る呪力の稲妻、平均で通常時の2.5乗の威力。

 

 呪力の核心に、意図して触れる恣意的なゾーン突入。これを見た宿儺はにやりと嗤った。彼は誤解を更に深めたのだと薫子は見做す。自身でも真似できない、意図しての黒閃。剣聖にはやはりまだ自身が知らない手札を有していると確信し警戒心を強めたはず。そうでなければ困る。

 

 勝機、先の先。

 

 計算違いは起こさせるな、予測を外されたら敗ける。この一刀に残った勝機を懸けろ。

 

 弐の太刀は要らず、壱の太刀で斬り捨てるのだ。

 

 極限を超え、薫子の意識が深化する。

 

 手には呪刀。構えは無し。

 

 

(監禁呪法、五番部屋『閉』『門』)

 

 

 敵手の纏う空気の変化、様子の変遷を敏感に察知した宿儺へ緊張が走る。

 

 薫子が、一歩、無造作に歩を進めて。

 

 決着まで残り。

 

 

 

 ――(さん)

 

 

 

 同時に殺到する『解』と『捌』の斬撃、無限とも想える面制圧。

 

 意図は明白。何をするにしても行動には『起こり』がある、初動を封じれば何もできない。薫子の手脚を重点的に狙い、回避と防御を強制するのだ。

 

 何をしてくるか読めない難敵に行うには、まさしくベストな戦術であろう。仮にこの猛攻を突破する術があろうと、斬撃の面制圧への対処は必ず行わねばならず、そこを見極めたなら薫子の打つ手にも後の先で対応できて、仕留めに掛かる接ぎ穂を見い出す機会を生めるのだから。

 

 

 

 ――()

 

 

 

 薫子は。

 

 剣聖は。

 

 否、斬撃という現象は、脱力からの四肢の緊張が生む力を利し、初速から最高速の一歩を踏む。殺到する斬撃の嵐に対し、薫子が執った選択は。

 

 無防備。

 

 

「何ッ?」

 

 

 宿儺は驚くよりも、寧ろ困惑した。薫子が自身の斬撃に切り刻まれ、手脚を切断され、胴体を刻まれていくのだ。難敵と目した敵手の自殺行為に彼の明晰な頭脳に疑問符が浮かび席巻する。

 

(無防備だと? なぜ受けた、なぜ躱さん? 領域展延や簡易領域に類する、領域への対策となる結界が使えんわけではないだろう。なぜ受ける、なぜだ)

 

 不足している。判断材料が不足している。足りない、情報が。

 

 情報を求めた宿儺は思考を廻しながら四つの眼球を忙しなく左右に走らせ、見つけた。

 

 先程、薫子が投げ捨てていた妖刀が、宿儺の後方に落ちたままだ。

 

 求めていた妖刀がそこにある。それを見つけた宿儺の脳裏に閃きが奔った。

 

(そうかッ、奴は人間ではない、在り方も、生命としての性質も呪霊に近い。見せかけの器だ。俺の前にいる式守薫子は、いわば()()()()! であれば自らの体をどれほど損なおうと、妖刀さえ無事なら致命傷にはならんッ。俺が狙うべきモノは妖刀だったか――ッ)

 

 

 

 ――位置(いち)

 

 

 

 瞬間、身を半身にして後方に左半身の腕を二本伸ばし、地に落ちている妖刀にも斬撃を加える。

 

 妖刀は頑強だった。領域展延による護りがあるのか、一瞬で粉微塵とはならず。しかし全力の宿儺の攻撃に耐え切れず、妖刀の護りが破られ刀は破損し、やがて跡形もなく破壊され尽くし。

 

 右半身の腕二本、二対の右目は薫子から目を離さず、攻撃の手も緩めず。

 

 薫子の首から下が万の斬撃で粉微塵となり、下顎も、鼻も、耳も、頭皮も、剥がれ。妖刀の破損と同時に薫子の呪力が弱まって。

 

 一瞬を切り刻んだ先の一瞬、刹那の中の刹那の間、宿儺は失望と共に勝利を確信した。

 

 

(終わりか。無様な死に様を晒してくれる、久々に楽しめそうだったというのに、つまらんな)

 

 

 この闘い、拝領の儀の勝者が決まった。

 

 勝者は。

 

 式守薫子。

 

 

「――――」

 

 

 ()()

 

 宿儺が違和感に気づいたのは、手遅れになってからだった。

 

 音速を突破して飛び出した薫子の頭部は、慣性に乗ったまま飛来している。

 

 首から下は影も形もない。頭部も下半分は消滅した。細胞の一片も残さぬとばかりに切り刻んだ。

 

 しかし。首から上、脳はまるで無傷。あたかも、ここだけ別格の、本気の護りがあるかのような。

 

 だがそれがどうした。薫子は死んでいる。首から下は消滅しているのだ、反転術式でも治せない。宿儺であろうと同じ状態なら確実に死んでいる。

 

 だが。しかし。

 

 では、どうしてあの脳に張られた護りを破れない。どうして呪力がなくならない。

 

 

「――そうか――」

 

 

 宿儺は己の不覚を悟る。

 

 薫子は監禁呪法による結界に、領域展延に類する必中効果の中和、および攻撃の遮断効果を付加して脳に纏わせガードしていたのだ。宿儺なら破れる、だが意識と手間を無駄に背後の妖刀へ割いてしまったのが失策。なぜならば、直前の思考でも触れていたではないか。()()()()()()()()()()()、と。

 

 つまり。人間とは異なり、肉体を失っても、核さえ無事なら再生できる。

 

 

「――そうだよ――」

 

 

 己の裡にある万に届く魂を消費し、コンマ一秒で肉体を復元した薫子が、裸体を晒して再臨する。

 

 手には妖刀。彼女自身が刃である、壊れても再構成は能う。代わりに呪刀は喪失した。

 

 刃の間合いにて復元した剣聖の姿、宿儺は勝利を確信させられた瞬間を突かれる凡策に、正面から敗れる己を見て取って失笑した。

 

 

「チッ……とっくに底を晒していたか。過大評価をしたのが俺の死因とはな」

 

「凡策、普通の死。幸せだね、宿儺」

 

 

 肉声ではなく、目と目が合った時の交感の意思。

 

 薫子の目は捉えていた。宿儺の魂、宿儺の命を。

 

 

「嗚呼――美しい、な」

 

 

 翻る刃の描く斬撃の軌跡に、宿儺は死の間際に見惚れることを己に許した。

 

 刃が額に触れる。いや、切っ先だ。最速の斬撃は刺突、刀で放つなら刺突でも斬撃、理屈にもならぬ屁理屈でも突き通したなら正答である。

 

 

 

 ――斬撃(ぜろ)

 

 

 

 ここに決着がついた。

 

 呪いの王と女王の決闘は、女王に軍配が上がったのだ。

 

 その時である。

 

 

 

「悠仁ッッッ!!」

 

 

 

 ――雑念が、蘇る。

 

 その声を聞いた瞬間、薫子に雑念が混じった。

 

 誤算は二人に。

 

 宿儺は自らの命に、魂に突き立つ刃の感触を堪能していた。そこに混ざる不快な雑念の味に、不快感を覚えながら死したが、コンマ一ミリ以下、薫子の手元もズレていた。

 

 そのズレは、宿儺の命を貫きながらも。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「……? え、ぁ……うわっ、なんで俺……!?」

 

 

 額に風穴を空けられたはずの少年が、傷一つない姿で復活していた。

 

 

 

 

 

 

 




「今は使えないだけ。
 そのうち君の体には
 宿儺の術式が刻まれる」
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