探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 元より自分以外のウマ娘が走る様へ並々ならぬ熱意を向けて観察を行う習慣があったタキオンだが、自身やライバルたちのGⅠクラシック級戦線が近づくほどに、その思いは強まっていくらしかった。同期の競争相手に向けて挑発的な言動を取りがちになったのも、彼らの闘争心に火を点け、自らをも追い込んで全力のレースを実行するためであろう。そんなタキオンから標的として最も選ばれやすかったのが、ジャングルポケットであることは一種の必然でもあった。


必然は省かねば探求たり得ない

 タップダンスシチーの練習場に顔を出しに行った経験は、確かにアグネスタキオンの練習意欲を引き出す結果にはなったらしい。

 

 常々より、自分以外のウマ娘の能力ばかりを気にしているタキオンも、自分の背後へと確実に迫ってきている蹄音を実際に聞けば、ウマ娘本来の競争心が刺激されるのだろう。

 

 それと同時に、競い合える仲間を求める思いも強まっているようだった。むろん、彼女にはタップダンスシチー以外にも、相応の実力を有する同期ウマ娘が存在する。

 

「だが、カフェもダンツくんも、今日はトレセン学園を離れているとなれば、もうキミしかいないじゃないか、ジャングルポケットくん!」

 

「だからって俺のところに押しかけてくるんじゃねーよ、ヒマかよ。」

 

 ちょうどジャングルポケットがウォーミングアップを終えたあたりのタイミングを見計らって、彼女が今から走ろうとしている練習場へと踏み込めるのは、タキオンの観察眼の賜物であった。

 

 ジャングルポケットの指導を担当しているキングヘイローに向けて鷹木が申し訳なさそうに頭を下げ、キングは笑みとともに頷きかえす。もはや桂崎トレーナーのサブとしてではなく、ジャングルポケットの専属トレーナーとしての風格はキングヘイローに存分に備わっていた。

 

 タキオンとジャングルポケットのやり取りがやかましく続いていたので、鷹木とキングヘイローが直接言葉を交わせるのは後回しとなっていたが。

 

「毎度のごとくつれないねぇジャングルポケットくん、キミに対してそんなに失礼な言動を取った覚えはないのだがねぇ。レース場で見せる走りの豪放さや、勝利した時のはじけるような笑顔は、私に向けられることはないのかい?」

 

「そっちは、勝った時に後ろを振り返らなかったのに、か?俺は、お前に勝てば存分に笑ってやるよ、タキオン。」

 

 ホープフルステークスでのことを、ジャングルポケットはしっかりと記憶しているのだろう。

 

 昨年末、ホープフルステークスにて勝利したアグネスタキオンは、つい先ほどまで共に走っていた競争相手や、割れんばかりの喝采に湧く観客席をまるで顧みることなく、フラフラと歩いて地下バ道へと入っていった。

 

 その理由は、トレセン学園に戻ってからタキオンと話を交わした鷹木には、おおまかにであるが掴めていた。常々より彼女が語る“可能性世界”の一端を、本気で走った結果掴めたという実感が、タキオンの思考を埋め尽くしていたためだ。その歓びをかみしめつつ、更なる考察と仮説を組み立てるのに必死だったのだ。

 

 とはいえ、健闘をたたえ合うでもなく、挑発を受け取るでもなく、自分より背後にいたウマ娘たちを振り返りもせずに去っていくタキオンの振る舞いは、レースに参加した面々を自らの競争相手足り得ぬと評しているようでもある。

 

 少なくともジャングルポケットが、そのように受け取っていることは間違いなかった。タキオンも、それを察することぐらいは容易かったろう、あえて訂正しようとはしなかった。

 

「これはこれは実に残念だねぇ、そうなれば私は延々と、ジャングルポケットくんが笑っているところを見せてもらえないというわけだ。」

 

「あ゛?言ってくれるじゃねーか。火ぃつけるだけつけてタダで済むと思うんじゃねーぞテメェ……おいトレーナーさんたちよ!今からコイツと併走させてもらっていいか?」

 

 ちょうど鷹木はキングヘイローと共に、互いの担当のトレーニングメニューを突き合わせて練習状況の確認を行っていた最中だったため、ポッケからの提案に対し頷くのにさほど躊躇はなかった。

 

 お互い、2か月以上後の皐月賞で競い合うウマ娘同士であったが、現時点では最終的な調整や本番での作戦を前提とした内容には触れていない。

 

 ジャングルポケットからの刺すような視線に圧された鷹木が声を出すのには少々時間が掛かっていた一方で、先んじてキングヘイローが返答する。

 

「構いませんよ、こちらとしても皐月賞本番で想定される一番の強敵相手に練習が出来るのならば、願ったり叶ったりです。よろしくお願いいたしますね、鷹木トレーナー、タキオンさん。」

 

「あぁ、こちらこそ、よろしく……」

 

 鷹木は少々遅れて頷いた。タキオンの側も皐月賞では、ジャングルポケットが一番警戒視すべき競争相手であるだけに、この時点で実戦的に練習できるのは良い機会に違いない。

 

 しかし、昨年までは……少なくとも、ホープフルステークスにて直接対決するまでは、ジャングルポケットがアグネスタキオンを競争相手として指名することはなかった。入学以来、練習場にてときおりタキオンの走りを目にする機会があったポッケが、容易く勝てる相手ではないと判断する材料は充分に揃っていただろう。

 

 さらには、デビュー間もないウマ娘に、決定的な敗北を味わわせることを避けようとするキングヘイローの思惑もあったかもしれない。が、現在のジャングルポケットは違っていた。

 

 ホープフルステークスにて圧勝された今だからこそ、タキオンの能力、手の内を知った状態なのだ。遠巻きに観察する時は既に過ぎ、相手の背を捉えるために追いすがる段階に来ているということだ。

 

 ますます警戒心を高めている鷹木を余所に、アグネスタキオンは悠長にダラダラとストレッチを始めていた。

 

 ジャングルポケットはウォーミングアップさせた身体を冷やさぬよう足踏みを続けながら待っていたが、間もなくしびれを切らしてタキオンを急かす。

 

「おい、俺が相手じゃ、やる気が無ェってか?さっさとスタート位置に来いよ。」

 

「まぁ待ちたまえ、準備運動は疎かにすべきではないからねぇ。私が本調子ではない状態で併走しても、キミとて不本意だろう?それにジャングルポケットくんと相対するのも滅多にない機会だ、すこしお喋りでも楽しもうじゃないか。」

 

 闘争心を滾らせている相手に対し、ノンビリとした口調で受け答えするタキオン。相も変わらず、自然と相手の神経を逆撫でする振る舞いを取る彼女の様を、鷹木は半ば感心しつつ半ばハラハラしつつ見守っていた。

 

 とは言っても、タキオンとて無意味な時間を費やすことを是とせぬ性格ではあった。適度に全身の筋肉を動かしてほぐしつつ、急に口数少なくなってジャングルポケットへ問いを投げかける。

 

「最終コーナーでの走り、以前よりも意識的に前へと出るようにしているのかい?」

 

「……だったらどうなんだよ。」

 

「いや、あくまで先日の共同通信杯を見せてもらっての、私個人の所感なんだがね。ホープフルステークスで、私に追いつけなかったことを随分と意識したような走りだ、と感じたものだからねぇ。多少のリードを稼げば、私に勝てると思っているのかな?」

 

 タキオンの問いかけがより具体的な内容を伴うにつれ、ジャングルポケットの目つきはますます鋭く、タキオンを睨む瞳の奥に熱がこもっていく。

 

 これから併走練習を始めるという段階で、あまり挑発的に過ぎる内容を相手に告げるべきではない……そう考えた鷹木が踏み出そうとする一歩を、引き留めたのはキングヘイローだった。

 

「あのまま、やり取りを続けさせてやってください。」

 

「しかし、今から共に走ろうとする相手に対して……」

 

「ジャングルポケットさんは、闘争心に逸るあまり、レース中の冷静さを欠いてしまうことを自覚する必要がありますもの。」

 

 言い合いを続けているタキオンとポッケを邪魔せぬよう、キングヘイローの言葉は短くまとめられていたが、彼女の言わんとするところは鷹木も把握できた。

 

 本番レースの際、大抵の物音は観客席から湧き起こる大歓声や場内に響き渡る実況にかき消されてしまうが、ゲート入りした隣の枠の競争相手が喋る言葉は、集中力を高めているだけに嫌にはっきりと聞こえるらしい。

 

 現役時代に何戦ものレースを経験したキングヘイローは、幾度となくスタート直前に競争相手の冷静さを失わせるような挑発の言葉を耳にしてきただろう。

 

 むろんレースの結果は重ねたトレーニングによって発揮される能力によって決するという大前提はあるが、スタート前に精神が乱されていては本来の能力も発揮できずに終わる。

 

 相手からの挑発によって、本番にそのような状況に陥ってしまう恐れが最も高いウマ娘がジャングルポケットであったが、今は練習の段階である。

 

 アグネスタキオンから精神面を揺さぶられた上で、なお満足に走れるのか否か、2か月先の本番を前に試しておく必要は確かにあった。

 

 それにしても、ジャングルポケットを煽り過ぎているのではないか、と傍から見ている鷹木がヒヤヒヤし続けるほどにタキオンは饒舌であったが。

 

「まぁ、私に追いつくほどの競争相手に恵まれなければ、私も張り合いがないからねぇ。この併走でも本気で頼むよ、ジャングルポケットくん。」

 

「こっちのセリフだ、俺に負けたからって、本気じゃなかっただなんて言い訳はさせねーぜ。」

 

「あぁそうだ、ちなみに今日デビュー戦のマンハッタンカフェは、以前の練習にて私に勝っている。あの追い込みの脚は見事だったねぇ、追い込みを得意とする同期の中では随一の走りだったねぇ。」

 

 最終直線で一気に追いこむのを得意とするジャングルポケットに対して、お前は1番ではない、と告げるような内容であった。

 

 さすがのジャングルポケットも、自分が意図的に挑発されているということに気づいてはいたのだろう。もうタキオンに対して余計な物言いはせず、呼吸を整えながら練習コースのスタートラインに向かっていた。

 

 距離2000m、芝。皐月賞と同条件の併走練習は、ウォーミングアップを終わらせたタキオンがゆっくりとスタート位置につき、間もなくキングヘイローの高らかな合図とともに開始された。

 

「ではお二方とも、準備はよろしいですね?位置について、用意……スタート!……よかった、ジャングルポケットさん、焦って前へと飛び出すような真似はしませんでしたわね。」

 

「タキオンに勝つため、となれば先に行かせるのが最適解ではある。先頭を走らされることには、タキオンは慣れていないからな。」

 

 本番では逃げの作戦を取るウマ娘が確実に走っているが、追い込みの作戦を採る相手との併走練習においては、自分でペースを作らねばならない先頭に置かれることになるタキオン。

 

 彼女自身が告げた通り、マンハッタンカフェやアドマイヤベガ、エアシャカールら追い込みを得意とする面々と練習を行った際は、その慣れない位置取りでスタミナを浪費してしまったのかラストスパートの切れが良くなかった。

 

 早くも直線を抜けて最初のコーナーを回っていくタキオンとポッケ。心なしか、以前よりもジャングルポケットのコーナリングにおける速度は上がっていた。

 

「直線からコーナーへ入る脚運びの切り替え、かなり滑らかになっているな、ジャングルポケット。相当な練習量の跡が見える。」

 

「早期から、ジャングルポケットさん自身が自覚していた弱点でしたもの。けれど……やっぱり焦ってますわね。」

 

 レースが進むにつれて、集中力は研ぎ澄まさなければならないが、同時に闘争心にも熱が入っていく。

 

 特に、追い込みの位置取りからは、常に前方を進むウマ娘たちの背中を見続けることになる。どこで交わし、どこで追い越すか……考える際にチラつく、自分が先頭になりたいという欲求とのせめぎ合いからは逃れられない。

 

 ジャングルポケットのような性格のウマ娘は、殊にその葛藤が強まる傾向にあったろう。

 

「向こう正面の通過タイム、少々遅めだな。タキオンの奴、敢えてスローペースにして走っているな?」

 

「ここで焦れて上がっていこうとしてしまっては、ラストスパートのためのスタミナを消耗してしまいますけれど……あぁ、まだ、詰めるにはタイミングが早すぎるのに……!」

 

 キングヘイローが険しい目つきで見つめる先、ジャングルポケットはアグネスタキオンの1バ身ほど後ろにまで間合いを詰めていた。

 

 コーナー攻略時の速度をあげ、最終コーナーを回りつつ前に出る作戦をも習得したジャングルポケットではあるが、一番の強みが最終直線での加速であることには変わりない。

 

 逆に言えば、ラストスパートに至る前に、競争相手の得意分野での競い合いに持ち込まれてしまうと、それだけ余分な消耗を強いられるということでもあった。

 

「3コーナー、タキオンは速度を上げ始めたな……確実に、ジャングルポケットが並びに来ている蹄音を聞いてのことだろうが。」

 

「これは、練習後にしっかりと指導しておかなければなりません。コーナーでの競り合いをしながら加速することは、ジャングルポケットさんの得意分野ではない、と。」

 

 元より野良レースにて、コーナー中に競争相手と駆け引きすることについては慣れているポッケであったが、さほど速度の出ない野良レースでの話である。

 

 先日の共同通信杯においては最終コーナーでの加速が功を奏したものの、あのレースにはジャングルポケットに居並んで前に上がろうとする者はいなかった。

 

 もとより直線と同じ走り方でコーナーを抜けられるタキオン、それもGⅠレースを悠々と勝利する相手と競り合いながら、直線とは勝手の違う脚運びで加速することは、相当なスタミナ消費を伴った。

 

「最終直線だ、タキオンは……かなり本気に近い走りだが、全力のスパートではなさそうだな。すまない、ジャングルポケットは本気の勝負を望んでいたが……。」

 

「いえ、こちらは大きな課題を見つけることができましたので。」

 

 キングヘイローは言葉少なに鷹木へと返答しつつ、手元のメモ用紙に今後の指導内容を書き込んでいる。

 

 練習コースのゴールを、タキオンは多少流しながら通過し、スタミナを途中で枯渇させてしまった様子のジャングルポケットが数バ身ほど遅れて駆け抜けていった。

 

 ここに用が無ければ、タキオンはその足で練習場を去っていきかねないところであったが、今日はそういうわけにもいかない。

 

 荒い息を整えながら減速しているジャングルポケットを背後に、鷹木の元へ戻ってきたタキオンは時計を指さしながら告げた。

 

「もう11時半じゃないか!トレーナーくん、カフェのデビュー戦を見る準備は整えているんだろうねぇ?」

 

「あっ……も、もちろん、今から……。」

 

 キングヘイローが真剣な表情でジャングルポケットの元へと向かっていくのを傍目にしつつ、鷹木は慌ててタブレット画面を操作し、タキオンの見たがっているデビュー戦の配信ページへと繋ぐ。

 

 その日は、マンハッタンカフェのデビュー戦、そしてダンツフレームのきさらぎ賞、二つのレースが同日に行われる予定となっていた。

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