探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 デビューへとなかなか漕ぎつけなかったマンハッタンカフェが、二度目のデビュー戦へと挑む。初戦は大逃げを打った相手に逃げ切られてしまったカフェであったが、その実力が同年代のウマ娘たちの中でもトップクラスであることに変わりはない。彼女を応援する思いと、ライバルが増えてしまうことへの脅威を同時に抱きつつ、アグネスタキオンもジャングルポケットも彼女のレースへ熱い視線を注いだ。


まだ遠く、しかし追われ始めた

 アグネスタキオンとジャングルポケットがクールダウンを済ませているうちに、鷹木はタブレット画面にて、マンハッタンカフェの未勝利バ戦を配信するURA公式ページにアクセスしていた。

 

 あとは、その映像を表示したタブレットを、自分も含めた4名で鑑賞しやすい位置に立てかけて固定することが出来れば良いのだが、生憎ながら丁度良い固定位置は見つからない。

 

 未勝利ウマ娘たちのレースが、一般のチャンネルにてテレビ放映されることはない。それ故に、ネット環境に繋げる機器で鑑賞するほかにないのだ。

 

 練習場の隅の休憩スペース、テーブル上に鷹木はドリンクのボトルを並べてタブレットを立てかけようとするも、前面を固定できず滑っている。のんびりと椅子に腰かけたまま、タキオンが急かす。

 

「何をもたついているんだいトレーナーくん?ほら、ジャングルポケットくんも、キングヘイロートレーナーとの話し合いを終えてこちらに来るよ?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ちょうど画面を固定できる位置を探ってるから……。」

 

 タブレット画面の背面のみならず、前面にもドリンクのペットボトルを並べれば固定は出来たが、ボトルに視線を遮られて画面を鑑賞できる角度が大幅に限られてしまう。

 

 まさか、その状態でレース観戦を始めるわけではあるまいね?……とでも言いたげなタキオンの表情へ目をやり、鷹木は他の手段を探らざるを得なかった。

 

 後からやって来たジャングルポケットとキングヘイローも、タブレット画面を固定できずにオロオロしている鷹木の様子を見て、言葉なしに状況を察したらしい。ジャングルポケットがすぐさま口を開いた。

 

「テーブルの上に、普通に置けばいいんじゃねーのか?タブレット画面、全員で上から覗き込めばいいだろ。」

 

「では、私が正面から見させてもらおうかねぇ。何といっても、私の担当トレーナーくんが用意したタブレット画面なんだからねぇ。」

 

「あ?お前が画面の正面を占拠してたら、俺が斜めからしか見れねーだろ。」

 

 案の定、鷹木が想定していた懸念点について、早速言い合いを開始しているタキオンとポッケ。

 

 水平に置いた画面を顔を寄せ合って覗き込むのは傍から見れば微笑ましい光景だが、真正面を占拠できるのは一名だけである。

 

 さほど大きくもないタブレット画面といえど、マンハッタンカフェの初勝利を拝めるかもしれないという機会を、斜めや横倒しの画面で見たがる者は居ない。

 

 ジャングルポケットの隣ではキングヘイローがスマホを取り出し、こちらも同じくURA公式が配信する未勝利バ戦の画面に繋いでいたが、ジャングルポケットをそれで納得させられるとは考えていなかった。

 

「あちらは鷹木トレーナーが準備した画面なのですから、私たちはこのスマホ画面でレース中継を……と言っては、少々不満かしら、ジャングルポケットさん。」

 

「……キングヘイロートレーナーが言うのなら、俺は従うけどよ。」

 

 尊敬する先輩ウマ娘であり、現時点での自分の指導者でもあるキングヘイローの言葉に逆らうようなことをジャングルポケットがするはずもない。

 

 が、ライバルであるタキオンが悠々とタブレット画面で鑑賞している傍ら、せっかく同席したのに自分たちだけが小さなスマホ画面で同じレース観戦を行う状況を、ポッケが良しとするはずもなかった。

 

 いずれ皐月賞にてぶつかり合う競争相手に敗けたような感覚を、些細なこととはいえ担当ウマ娘に味わわせるのは何とか避けたい……頭を悩ませている様子のキングに、案を提示したのは他ならぬタキオンであった。

 

「そうこうしているうちにゲートインが始まってしまう時間じゃないか。トレーナーくん、もうタブレット画面を飲料ボトルで固定するのは諦め、自分の手で支えてこちらに向けていてくれたまえ。」

 

「う……確かに、それが一番確実ではあるが……。」

 

「片手ではなく、しっかり両手で保持したまえよ。そうだ、横からではなく、支えやすい姿勢で真正面から構えるようにねぇ。大事な局面、トレーナーくんの手の震えで画面を揺らされてはたまらないからねぇ。」

 

 鷹木が両手で画面を支える状態となれば、当然ながらウマ娘たちの方に画面を向けている訳であるから、鷹木自身はタブレット画面を正面から見ることは出来ない。

 

 上あるいは横から無理のある角度で覗き込むことは出来るが、ほとんどのレース状況は音声で察する他にないだろう。

 

 ウマ娘たちのため、気になるレース中継の鑑賞をある程度我慢することも、トレーナーとしての務め。そう諦めかけた鷹木のもとに、何かを察した顔のキングヘイローがスマホを差し出した。

 

「そして、タブレット画面の裏側に、同じレース中継を表示したスマホを置けば、鷹木トレーナーも同時に鑑賞できるというわけですのね。」

 

「あっ……そうか。いや、どうも、お気遣いすまない、キングヘイロートレーナー。」

 

 テーブルの上にて、鷹木が両手で支えるタブレット画面をウマ娘たちの方に向け、タブレットの裏面ばかりを見る羽目になった鷹木の側にスマホ画面を置けば事態は万事解決する。

 

 結局のところ鷹木だけが小さな画面で観戦する羽目となったわけであるが、タキオンはジャングルポケットと並んでレース鑑賞することを優先したかったらしい。

 

 満足そうな表情のタキオン、ライバルに感謝の言葉を素直に言いづらそうなポッケ、彼女らの様子を窺いつつもキングヘイローは彼女らしい気遣いを示した。

 

「申し訳ないです、鷹木トレーナー。スマホ画面しか用意できなかったのは私ですのに……タブレット画面を支える役目、お代わりしましょうか?」

 

「い、いやいやいや、どうぞどうぞ担当ウマ娘たちのほうへ……これは俺が、タキオンから直々に言いつかった役目なんだから。」

 

「その通りだとも、タブレット画面固定器としての役目は、黄金世代の先輩ではなくトレーナーくんであればこそ相応しいからねぇ。」

 

 恐縮した鷹木の返答に加え、タキオンの釈然とせぬまでも妙に説得力のある言に後押しされ、キングヘイローは申し訳なさそうな表情を強めつつもジャングルポケットの隣の席へと戻った。

 

 画面内では、続々と進んでいたゲートインがいよいよ完了しようとしていた。

 

 出走ゲートは、最大数近くまで埋まっている。2月に突入し、新年度も迫る今の時期、デビューを果たそうとレース場に殺到するウマ娘たちの気迫はいよいよ高まっていた。

 

〈全16名の出走となりました、晩冬の未勝利バ戦、芝1800m……スタートしました!少々バラついたスタートとなりました、真っ先にハナに立ちましたのは2枠ノーザンアンジェラ、1枠ブライアンマーチが続きます。内枠の二名を追う形でメジロブルームも先頭争いに加わり、アツスパーコもウチ側ほとんど並んで4番手、続く5番手には……ここにマンハッタンカフェ!1番人気マンハッタンカフェは、今回は5番手につけています。〉

 

 実況のアナウンサーは少々意外そうな反応を示していたが、たしかに前回のデビュー戦、追い込みとしての脚質を示したマンハッタンカフェの位置取りとしては、想定されるより前に上がっている。

 

 とはいえ、レース画面を眺めているタキオンやポッケにとっては、さして驚くべき状況でもなかった。

 

「こりゃあ全体がスローすぎるねぇ。カフェは先行策を試そうとしているのではなく、自分のペースを保った結果的に前に出ているだけだねぇ。」

 

「あぁ、それに16名も出走してるとなれば、ダラダラ走ってる集団に巻き込まれるわけにもいかねーからな。」

 

 さらに、前回のデビュー戦が2000mであったのに対して、今回は1800mと距離が短くなっている。

 

 マンハッタンカフェの能力をもってすれば、序盤から飛ばしたペースであったとしても、スタミナ切れを起こすことはまずありえないだろう。

 

〈2コーナーの緩いカーブを越えまして向こう正面の直線に入りました、2番人気イサオヒートがマンハッタンカフェのすぐ外につけています。続きますはマイネルライツ、そのウチ側にマイネウラン、エビスイーグルが外を進んでいます。クリスタルフブキとシンギングバード、共に中団後方、スプリングトレドも並んでいます。バルテスフォンテン、アマートダイアナ、そしてブラックブッシュが横一列で最後方、残り1200を通過しました。〉

 

「東京レース場の芝1800、だよな。俺が先週走った共同通信杯と同じコースか、カフェも俺の走った時のことを想定してるのかもな。」

 

「十分にあり得るねぇ、直線でほぼバラつかないわけだから。カフェは追い込みの位置取りにこだわらなくて正解だった、というわけだねぇ。」

 

 ジャングルポケットの言葉に、タキオンも首肯している。何かとウマの合わないやり取りが目立つ彼女らも、レース状況を前にすれば頷き合うことの方が多かった。

 

 東京レース場の芝1800mは、スタート直後の直線から非常にゆるやかな2コーナーを挟んですぐに向こう正面へと入る、特殊な形状をしたコースである。

 

 ほとんど直線の前半戦で位置取りはほぼ固まるため、各ウマ娘は自分の想定したペースを維持しやすく、先頭からしんがりまで大きく離れることはない。

 

 すなわち、一度集団の中に囲まれてしまうと、密集したバ群から抜け出すことが困難になるというわけだ。

 

〈向こう正面を抜けて3コーナーへ。先頭は変わらずノーザンアンジェラであすが、ここで5番手からマンハッタンカフェが外に出して上がってきた!かなり早いタイミングでの仕掛けとなりました、イサオヒートも負けじと並んで大外を上がってくる!ウチ側を走る面々はどうか、ブライアンマーチ、そしてメジロブルームも反応して前を目指している!最終コーナー直前で、先頭集団が早くも競り合いを始めています!〉

 

 3コーナーに入って即座に加速を始めたマンハッタンカフェを警戒し、マークしていたのだろうウマ娘たちも一斉に仕掛け始める。

 

 しかし、この中継を観戦しているトレーナーの面々としては、カフェが本気のスパートをしていないことは見てとれた。キングヘイローは画面を真剣に凝視しながら口を開く。

 

「マンハッタンカフェさんが、あのように他の子たちが反応できるような予備動作を経て、ラストスパートを掛けることはありませんわね。」

 

「あぁ、練習の時も、何の予兆も無く急加速する追い込みに、こちらが脅威を感じていたほどだ。」

 

 鷹木もキングヘイローの言葉に頷き返す。瞬発力勝負となる追い込み戦術、ライバルたちに予兆を悟られて機先を制されてしまうことは避けねばならない。

 

 それを、敢えて競争相手達に察させるような走りをしたということは……自分をマークしている面々に、早すぎる加速を行わせてスタミナ浪費を強いるという作戦であろう。

 

 マンハッタンカフェは本気で勝ちを獲りに来たのだ。

 

〈さあ最終コーナー、先ほど加速したマンハッタンカフェは順位を下げて5番手に戻っている、先頭はノーザンアンジェラ、続くはブライアンマーチ、いやアツスパーコ!メジロブルーム、イサオヒートも並んでいる!先行集団はもつれ合って最後の直線へと向きます!マンハッタンカフェは来ないのか!横一列に広がった大外に押し出された形……やはり早すぎる仕掛けで失速か!〉

 

「いやいや、あんなものがカフェの本気であるはずないだろう?」

 

「先頭の連中は、完全に自分たちだけの争いだと思ってんな。カフェが来るとはまるきり考えずに……やっぱアイツ、怖ぇ走りしやがる……。」

 

 直線に向き、先頭は横並びとなった5名で占められていた。

 

 レース実況も、白熱する5名のウマ娘たちの争いにスポットを当てている。

 

 普段からウマ娘たちの指導に当たっているトレーナーたち以外、観客たちも皆、マンハッタンカフェは焦って早すぎるタイミングで仕掛け、スタミナ切れを起こしたのだと考えていただろう。

 

 迂闊な思考の死角、完全に誰も意識していない空白から、マンハッタンカフェは不意に突っ込んできた。

 

〈先頭ノーザンアンジェラ変わらないが苦しいか、マイネルライツが外側から並びかける、しかしイサオヒートが先に行くか……大外からマンハッタンカフェ!?マンハッタンカフェ、再度加速!これは速い!マンハッタンカフェ速い!残されていたか本命の末脚!あっという間に先頭に立った!マンハッタンカフェ先頭!圧倒的だ、マンハッタンカフェ、今一着でゴールイン!決めましたマンハッタンカフェ、やはり強かった!ついにデビューを果たしました!〉

 

 想定外の展開に、未勝利バ戦とはいえ相応に集まった観客たちからも大きな歓声が上がる。

 

 とはいえ、やはり同じウマ娘たちや指導に当たるトレーナーたちとしては、必然の結果ともいえるレース展開であった。タキオンとポッケは頷き合いながらも、それでも興奮は隠せぬ様子で言葉を交わしている。

 

「前回のカフェのデビューでは、思った以上に大逃げを打ったウマ娘が粘り強かったからねぇ。不確定要素が無ければ、カフェの強みが生きるのは当然だねぇ。」

 

「ついに本番の舞台に上がってくるか、カフェ……強敵がまた増えちまったな、俺のクラシック路線。」

 

「おや、彼女とやり合うのが怖いのかいジャングルポケットくん?無理もないねぇ、あんな走りを見せられればねぇ。」

 

 ジャングルポケットとしては、確かにいずれクラシック路線に参戦してくるであろうマンハッタンカフェの存在は脅威となるだろう。

 

 先行するアグネスタキオンに引き離されぬよう神経を使っていると、最後の最後で視野外からカフェが飛んできて差しきられるという可能性にも気を配らねばならないのだから。

 

 今のところジャングルポケットは、タキオンからの挑発的な発言に対して言い返す気持ちの方が強かったものの。

 

「あ?強敵が増えるんなら上等だって言いてぇだけだ、俺は。」

 

「ハッ!それはそうだろうねぇ、私もカフェの走りを本番で拝むのが楽しみでならないよ!もっとも、彼女と直接対決するのは私の方が先だろうけれどねぇ……今日カフェが勝ったということは、弥生賞に出走するわけだから。」

 

 タキオンはポッケと向き合いつつ、鷹木に対しても視線を向けながら告げた。

 

 アグネスタキオンの担当トレーナーたる鷹木にとっても、油断ならざる競争相手が現れた事実には変わりなかった。

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