午後の練習は、いつも以上にスムーズに進んだ。練習量や練習内容自体は変わっておらずとも、ダンツフレームと共にトレーニングを行うタキオンは、心なしか言動が和らいでいたのだ。
前回ダンツフレームと併走練習を行ったのは先月のこと、その時は知り合いでこそあれ互いに内面を詳しくは知らない者同士であったため、タキオンもいつも通りの言動を続けることが出来ていたのだろう。
が、付き合う友の多さという点では圧倒的に経験量で勝るダンツフレームを前に、タキオンは自分の内心を見透かされる思いを早々に抱いたのか、若干ながら猫を被るような状態となっていた。
「最後にもう1セット走り込んでから休憩にしよう。クールダウンの時間も十分にとりつつ、京都記念の中継を観戦できるだろ、タキオン?」
「あぁ、では行ってくる。」
いつもの態度とはハッキリと打って変わって、鷹木の指示に従順な様子を示すタキオン。
今まで通りであれば、しっかりクールダウンを終えた状態でレース中継を見たいだの、発走直前からではなくパドックの中継から見たいだの、何かと文句をつけていただろうに、そのようなそぶりは全く見せない。
体格ゆえに心拍数と体温が上がりがちなダンツフレームを先に休ませていた鷹木は、ストップウォッチを構えながらタキオンの背を視線で追いつつ、ボソッと呟いた。
「なんか、ずいぶん素直だな……いや、素っ気ないと言うべきか。」
「タキオンちゃんは、自分の本心を見抜かれたくないって感じかも、ですね。」
やはり友との交流に長けたダンツフレームは、既にタキオンの内心を推測できていた。
鷹木とてトレーナーとして、ほぼ丸1年担当し続けてきただけに、タキオンが本心へと踏み込まれたがっていない様を示す場面にはしばしば遭遇している。
もちろんそれはデリカシーの観点から、彼女に限らず誰しもに共通する感情ではあったものの。
「他の子なら、もっと仲良くなれればって感じでしょうけれど……タキオンちゃん、それだけじゃなさそうですよね。」
「あぁ、俺はタキオンを担当し始めてもう1年たつが、未だに考えている内容を敢えて伝えてくれないことはちょくちょくある。トレーナーの側が、どの程度理解しているのかを試すつもりもあるんだろうとは思っているが……。」
「タキオンちゃんが考えてることと、ちょっと違うかもだけれど、私たちウマ娘の中でもわざと喋らないようにしようってことなら、あるんですよ。自分がこれから走るレースの結果とか、ですね。」
鷹木はストップウォッチの画面に視線を時々向けつつ、走っていくタキオンの脚運びを凝視していたが、ダンツフレームの喋る内容には聴覚の殆どを傾けていた。
立て続けに変わり者なウマ娘ばかりを担当してきただけに、そうでないウマ娘……普通と評され、教室の中、集団に馴染むようなウマ娘が普段考えていることに鷹木が触れる機会は、ほとんどなかったためだ。
「これから走るレースの結果について、わざと喋らないようにする、のか?」
「だって、喋っちゃったら、そのせいで負けちゃうような気がするんです。『今日は勝てそう!』って言っちゃったときに限って、脚運びが上手くいかなかったり……。」
「あー、分かる気はする。」
タキオンも言っていた通り、レースに出走するウマ娘は、自らの能力に見合ったランクのレースに、十分勝てるだけのトレーニングを積み重ねて参戦する。
仮に人気順が最下位のウマ娘であったとしても、出走権を得ている時点で一着になる可能性は有しているのだ。逆に、1番人気、勝利が確実と見られているウマ娘が、一着を逃すことも珍しいことではない。
だからこそ、単なるゲン担ぎとはいえ、未だ確定し得ないレース結果へ軽々しく言及するようなふるまいは、意識的に避けられるのだろう。
「でも、そういうのは、レースに出て負けるかもっていう不安が消えない、私たちみたいなウマ娘が考えることで……タキオンちゃんには、あんまり関係ないかも。」
「確かにタキオン、自分が勝つのは当たり前、ぐらいの考えでレースに出走しているからな。それ相応の能力もあるだけに、ますます否定しづらいんだが。」
「それぐらいの気持ちでレースに向かうのが、一番なんでしょうけど。タップダンスシチーさんみたいに、なかなか勝てなくても自信満々で次のレースに出られるようなメンタル、私も身につけたいなぁ。」
ダンツフレームの言葉に頷きながらも、やはりタキオンが敢えて本心の全てを語らぬスタンスをとり続けている理由は、鷹木には不明なままであった。
言葉に出してしまっては未確定の結果に影響する気がする……というダンツフレームの考え方は、あながち外れているようにも感じなかったのだが。
練習コースを軽く流してきたタキオンは、自らクールダウンの作業を始めながらも鷹木を急かした。
「おや、もう15時半を過ぎてしまっているじゃないか。どうしてテレビモニターの電源すら入っていないのかねぇ、早く観戦準備を進めてくれたまえよ。」
「分かってる、今の練習データを整理記録する方が先だ。」
こうしたやり取りをする際のタキオンは、いつもの調子を取り戻しているようだった。
常識の範疇から逸脱した思考には全く慣れておらず、相手の心境や思いについての察しが悪い、鷹木トレーナー。自分を担当しているのが彼であればこそ、タキオンは安堵していられるようでもあった。
とはいえ、流石に丸一年付き合いを続けてきた鷹木にも、そろそろタキオンが感じていることは薄っすらとながら掴めつつあった。
特に今朝のごとく、鷹木の身体が発光するという現実的ではない現象に見舞われた都度……実際に光っている様を確認できなかったことをタキオンは毎度悔やみながらも、現実として観測できなかったことに明確な安堵を示しているのだ。
タキオンが心底に秘めている考えは、実際に口に出して言ってしまったが最後、現実として確定されてしまうことが恐ろしいような内容なのではあるまいか。
「ほら、はーやーく。それとも、自らアイシングを行う私の手を煩わせようとでも考えているのかい?」
「私がモニターつけるから、タキオンちゃんはクールダウンを続けてて。トレーナーさんは、タキオンちゃんのデータだけじゃなくて、私の練習データもまとめてくれてるんだから。」
「あぁ、すまない、ダンツフレーム。」
タブレット画面を操作する鷹木の手の動きが若干滞っていたのを見ていたのだろう、急かす言葉がタキオンから投げかけられる。
むろん、普段担当していないダンツフレームの練習データを後ほど手渡すために整理しているためでもあったが、鷹木の作業が滞っていたのはタキオンの本心についての考えへと集中力が散らされていたためでもあった。
自分の本心へと鷹木が踏み込みかけていたことまで、タキオンはおぼろげに察していたのかもしれない。
京都記念ほどのレースであれば、一般の放送チャンネルでも中継が行われる。ダンツフレームがリモコンでテレビモニターを点けると同時に、実況アナウンサーの声がスピーカーから流れ始めた。
〈さぁいよいよ発走の時が近づいてまいりました京都記念、晴れた空の下、バ場状態は良、京都レース場芝2200mで9名のウマ娘たちが競います。出走登録は10名となっていましたが、レース開始前にビッグゴールドから出走取消の届け出がありました、脚に違和感ありとのことで万難を排し今回の出走は見送った形となります。本日の京都記念は9名での競走となっております。〉
「私は、きさらぎ賞でゼッケンを失くしかけて出走取消になりかけたけれど、そんな理由じゃなくて、もっと重要な決断みたいだね、ビッグゴールドさん。」
「そもそもGⅡ以上のレースではゼッケンなど無い、勝負服での出走となるからねぇ。しかしGⅡまで来て自らレースへの出走取消を行うのは、やはり担当トレーナーからの説得があったのだろうねぇ?」
ダンツフレームの言葉にタキオンは返答を与えつつ、鷹木へと視線を向ける。鷹木は、黙ったまま頷いた。
トレセン学園に在籍するほとんどのウマ娘が条件戦、さらにはオープン戦に手が届くだけでも優等生と評されるなか、GⅢの上、GⅡレースに出走できるともなれば一生に一度あるかないかの好機に違いない。
そこまで来て、敢えて出走取消するという判断は、ウマ娘単独ではとても下し難いものであろう。
「あぁ、トレーナーじゃなきゃ、レース直前に出走取消だなんて判断は下せない。レース中に疲労骨折を起こして、そのまま引退していったウマ娘たちの姿を知っているトレーナーじゃないと、な。」
「ですよね、もしも私だったらGⅡレースに出られる時点で、多少無理をしてでも出走してると思います。」
ダンツフレームも、鷹木の言葉に真剣な眼差しを返しながら頷いた。
むろん、トレセン学園内の授業でも、レース中の事故、誰とぶつかったわけでもなく度重なる負荷に耐えきれなくなった骨格が砕けたための引退などについては、教室内で学ぶ内容である。
それでもなお、ウマ娘の生涯で一度あるかないかのチャンスを、あえて自ら辞退することは、彼女らから最大の信頼を置かれるトレーナーでなければ決められないことだった。
〈ゲート入りが進みます、今年も1番人気となりましたナリタトップロードが9枠、そして2番人気のアドマイヤベガはウチ側3枠に収まっています。マチカネキンノホシは今年いよいよデビュー6年目、大ベテランとなってなお衰えを見せぬ風格を備えています……〉
「トレーナーくん。」
画面内ではいよいよゲート入りが完了しようとしているところだった。
いつもならばスタート直前のタイミング、じっと食い入るようにして画面を見つめているはずのアグネスタキオン。だが、いつにも似ず彼女は鷹木へと声をかけていた。
「なんだ?」
「確か、去年も……」
タキオンの方に目を向けた鷹木は、更に平生と異なるタキオンの表情に虚を突かれることとなった。
彼女は真っすぐに、ごく真剣な眼差しで鷹木を見つめていたのだ。
「去年もビッグゴールドは、出走取消していなかったかい?」
鷹木は、すぐさま一年前の記憶を蘇らせることは出来なかった。
タキオンの思いもよらぬ表情に心を射抜かれたためでもあった。いつもの彼女なら、レース中継という一番の関心事へと視線を向けたまま、鷹木には目も合わさずに声をかけているだろうに。
そしてもちろん、タキオンに問いかけられてすぐ、画面内ではレースが開始されたためでもあった。さすがのタキオンも鷹木からの返答を待つことなく、そのまま視線を画面内に戻した。
〈ゲートイン、完了しまして……スタートしました!まずは先頭争いですが、サクラナミキオー、サクラナミキオーがじわっと行きまして、2番手にチェリーブラストがつけています。3番手にボーンキング、そしてナリタトップロードがその外に付けて、先行の中でもやや早めの位置でしょうか。ミスキャストが中団、後ろにはグロリアスドータ、そのウチにマチカネキンノホシ、並んでトウカイオーザ、そしてやはり最後方にアドマイヤベガ、9名がやや固まり加減で第1コーナーを回っていきます。〉
出走数が少ない今回の京都記念、全ウマ娘が理想的な位置取りで走ることが出来ている。
スタート位置から最初のコーナーまで、スピードが落ちる要素はほぼ無い。そのため先行から追いこみまでさほど間が開かないのも道理であった。
ダンツフレームはずっと画面に視線が釘付けのままだったため、タキオンと鷹木が奇妙なやりとりを交わしたことに気づいていなかった。
「うわ、こんな早いペースで、スタート直後から走っていくの……?追い込みにつこうとしても、位置取りが遅いと不利なところに追いやられちゃう。」
「そりゃ、もうベテラン揃いだからな。去年のクラシック級で活躍したネオユニヴァースとゼンノロブロイが来なかった分、シニア級以上の優駿が集まってる。」
昨年に引退するという噂を押し切って現役続行しているナリタトップロードとアドマイヤベガが人気度上位を取っていたが、更にサクラナミキオーは彼女らよりも先輩である。
……ダンツフレームとやり取りしていると、先ほどタキオンから告げられた言葉に起因する、奇妙な感覚は薄れていた。
確かに、去年と同じことがあったような……しかし、今こうしてアグネスタキオンとダンツフレームと共に観戦している京都記念は、今年だからこそ見ることが出来るレースに違いない。
〈第1コーナーから第2コーナーへ、先頭は変わらずサクラナミキオー、サクラナミキオーが集団を引っぱる形で回っていきます。2番手にはチェリーブラストでありますが、ナリタトップロード早くも並びかけています。2番手、ナリタトップロードが外を行く、マチカネキンノホシも5番手、4番手へと上がってきました。最後方も三名並ぶ形、アドマイヤベガもその中ですが、やはり先頭までとさほど差は開かない位置につけています。〉
「……。」
当のタキオンはと言えば、じっと黙ったままレース中継に見入っていた。
それはレース観戦を本気で心待ちにしていた彼女の振る舞いとしては一見不自然ではなかったものの、いつものタキオンならやかましく喋ったり、出走ウマ娘の走りにうるさく注釈をつけたりと、口がとまらないはずである。
今は、ダンツフレームと鷹木の会話だけが、画面の前で交わされていた。
「それにしても、アドマイヤベガ先輩が後ろを走ってるだなんて、私だったら怖くて自然と前に行っちゃうかもです。」
「だな、あの追い込みが最終コーナーから来ると考えると、リードは欲しくなる。が、それはますます、アドマイヤベガ自身の想定通りだ。」
先行する面々が早いペースの中に踏み込んでいけばいくほど、最後の競り合いに残しておくべきスタミナは削られていく。
だからこそ、極力焦らぬようにと他のウマ娘たちは、アドマイヤベガの蹄音を聞きながらもペースを上げずにいるのだ。それを承知の上で、ナリタトップロードとマチカネキンノホシは向こう正面を前にして上がっていった。
〈先頭からしんがりまでは5,6バ身の圏内で向こう正面に入りまして、先頭はサクラナミキオー、1バ身ほど開いて2番手にナリタトップロードが上がりました。ナリタトップロードのすぐ内側にマチカネキンノホシ、インコース3番手の位置、4番手にはチェリーブラスト、外に並んでボーンキングといった形です。最後方にはグロリアスドータ、アドマイヤべガはコースのウチ側を行っています。〉
「ウチ側、ということは、アドマイヤべガ先輩はコースの大外から上がっていく作戦じゃない、ってことでしょうか。」
「あぁ、たぶんな。いつもいつも同じ作戦だと、他のライバルたちにも読まれやすくなる。アドマイヤベガ自身にも考えはあるだろうが……」
このやり取りをしながら、鷹木にはようやく、ちょうど一年前の記憶が断片的ながら蘇ってきた。
昨年は、まだタキオンやダンツが入学していない中、このレースを一緒に観戦していたのはアグネスデジタルとキングヘイローだった。
桂崎トレーナーの下、サブトレーナーとして働いていた鷹木は、京都記念の翌日、フェブラリーステークスに出走するデジタルのトレーニングを手伝っていたのだ。
〈各ウマ娘、坂をくだりながら3コーナーを回っていきます、ボーンキングは4番手、その後ミスキャスト、最後方には変わらずアドマイヤベガ、まだ仕掛けないか。先頭のサクラナミキオー、リードを4バ身として第4コーナーを回っていきます。残り600、ナリタトップロードが単独2番手で直線コースへと向いて行きました、ミスキャスト、ボーンキングもその後を追う!アドマイヤベガ、まだ仕掛けない、コーナーのウチ側だ!〉
そう、その昨年の京都記念でも、アドマイヤベガが追い込みの位置につきながら、大外に出ずウチ側を走っている点について、アグネスデジタルが指摘していたのだ。
そして、アドマイヤベガが、これまで通りの走りを続けることに不安を抱いているのだろう、との憶測を鷹木は述べた……。
「……タキオン。去年も、たしか、同じ展開だった……」
「……あぁ。」
そのやり取りはごく小声だったため、いよいよ最終直線へと向いて熱狂の歓声が響くレース中継を凝視していたダンツフレームには届いていなかった。
が、確かにタキオンは、鷹木の言葉に頷いた。
このレース、去年と全く同じだ。ビッグゴールドが直前で出走取消したのも、アドマイヤベガが追い込みの位置につけながら大外に出ようとしないのも。
〈さぁ最終直線に向いて、逃げるサクラナミキオー、追って来たナリタトップロード、間からはマチカネキンノホシ!ボーンキングは今4番手、その後ミスキャスト……後方からアドマイヤベガ!ついに来たアドマイヤベガ追い込んでくる!物凄い末脚だ、最後方から次々に抜き去って、9番手から4番手へと、ミスキャストにもじきに並びかけています、残り200を切りました!〉
「うわああ、もうちょっとでアドマイヤベガ先輩が先頭に来ます!けど、トップロード先輩も速い!どっちでしょう、これは!」
「これは、たしか……」
白熱するレースに見入っている内に、自然と声が大きくなっていくダンツフレーム。普段はおとなしそうな振る舞いを示す彼女も、レースの熱に当てられれば自然と興奮が湧き上がってくるのだ。
それに対して、鷹木は返答しようとしていた。
憶測ではなく、確定した可能性を。この時においては確かに未確定であるはずのレース結果だというのに、既に観測された“将来”を。
鷹木の言葉を遮ったのは、タキオンだった。
「待ってくれ!」
思いもよらぬ緊張感を伴った声に、鷹木は反射的に口を閉ざす。
タキオンが声を張り上げること自体は珍しくもない上に、スピーカーから流れ出てくる大歓声に十分すぎるほど紛れ込んでいたため、やはりダンツフレームがタキオンの見出した異変に気付くことはなかった。
タキオンは、ハッキリと恐れていた。実際に声に出してしまっては、現実になってしまう可能性を。
〈並んでいるマチカネキンノホシ!ナリタトップロードに並んでいるマチカネキンノホシへ、アドマイヤベガが迫ってくる!アドマイヤベガが迫る!アドマイヤベガが迫ってくるが、マチカネキンノホシ、ナリタトップロード、並んで前を駆け続ける!並んだまま、マチカネキンノホシ、ナリタトップロード、並んだままゴールイン!ほぼ同時に見えました、これは審議です!結果が出るまで審議となります!〉
ほぼ横並びで、マチカネキンノホシとナリタトップロードがゴール板前を駆け抜ける。大外から追い込むという得意な走りをしなかったアドマイヤベガは、約1バ身遅れてのゴールとなる。
この結果になり、審議のランプが点灯する様も、鷹木は、そしておそらくアグネスタキオンも、見たことがあった。
審議の結果も、待つ必要はなかった。既に分かり切っていたのだ、去年の京都記念と全く同じであれば、ナリタトップロードが一着となる。
純粋にワクワクしながらテレビ画面を見つめているダンツフレームの背後で、鷹木とタキオンは互いに蒼ざめた顔を見合わせながら、そのことを口に出さずにいた。
言葉として発してしまっては、現実になってしまう。せめて、自分たちが既に知っている展開が外れていれば、ここまで感じた恐ろしさは杞憂に終わるのだが……。
〈結果が出ました、一着はナリタトップロード!ナリタトップロードの勝利です、マチカネキンノホシは惜しくも二着!三着はアドマイヤベガ、四着ミスキャストという結果になりました!〉
「わぁーっ、トップロード先輩の勝利です!さすがですね、去年で引退するんじゃないかって言われてたけれど、まだまだ最強ウマ娘の一角ですよ!……あれ?タキオンちゃん?鷹木トレーナーさん?なんか、顔色が悪いですけど……」
「あぁ、いや、その……つい、レースの雰囲気にのまれてしまって。トレーナーとして数限りなくレース観戦は続けてきたが、何度目だろうと変わらないもんだな。」
自分の内面を誤魔化すことにかけては、他の追随を許さない鷹木が、タキオンに先んじて顔色の悪さを取り繕う。
さすがに、タキオンは自分が立てていた仮説の中でも最も現実味のない説が証明されかかっている現状を前に、ダンツへの返答は遅れていた。
「……そうだねぇ。さて、今日はダンツくんとの合同練習に励んだことだし、私はそろそろ練習を切り上げさせてもらおうかねぇ。」
「だね、なんだかタキオンちゃん、疲れてるみたいだし。じゃあ、来月の弥生賞、楽しみにしてるね!私も24日のアーリントンカップで、今度こそ勝つから!」
いつもと変わらず朗らかなダンツの言葉だけが、完全に顔色を失っていた鷹木とタキオンの精神を支えていた。
そう、確かに今年からタキオンの同期ウマ娘たちの活躍が始まる。
ジャングルポケットが共同通信杯で勝利したのも、マンハッタンカフェがついにデビューを果たしたのも、ダンツフレームが今月末にアーリントンカップに出走するのも、来月にはアグネスタキオンの出走する弥生賞が行われるのも、去年では起こりえない出来事だ。
だからこそ、去年と全く同じ展開を見せた京都記念を前にして、自分たち以外の観戦客、実況アナウンサーですらその異変に気づいていない現状が不気味で仕方なかったのだ。