担当トレーナーとして、タキオンの発言内容を信じ理解しようと鷹木は努めていたものの、ひとつの理屈に鷹木の手が届きそうになるたび新たな仮説を披露するのがタキオンであった。
さすがに、いくら自らのウマ娘としての限界に近付いたからといって、すでに確定した現在のレース結果のみならず次のレース結果まで感じ取った、と言われても鷹木は俄かには理解できなかった。
何万人もの観客の大歓声に包まれ、普段は脚に負荷を掛けないよう制限している全速力での走りを解放した際の、いわば極限状態での錯覚だろう、と考える他に無かった。
「いや、タキオンのことだから、そんな錯覚とは違うと確信を持っているんだろうけれど……」
トレーナーたる者、理解できぬ要素があろうとも担当ウマ娘に向き合い続けなければならない以上、自分の思考力が不十分である実感を抱き続けねばならぬのは必然であった。
一方で、別の仮説について……誰も知らないはずの、未来のレースの結果、およびウマ娘としての選手生命が辿る将来が、既に別世界にて確定されてしまっているのかもしれない……というタキオンの発想については、鷹木も辛うじて飲みこめるようにはなっていた。
シャカールの作ったプログラム「Parcae」によって易々と詳細までシミュレーションされ得るレースの存在や、明確な非現実性が観測された京都記念における昨年と全く同じ出走者およびレース展開を思い返すにつけても、あながち「気のせい」と片付けるわけにもいかなくなっていた。
その仮説が非現実的であることに変わりはなく、鷹木も心の底からタキオンの説を信じるには未だ至っていなかったが。
「……少なくとも、皐月賞に勝たせるだけではなく、その後もタキオンの脚に故障を負わせることなく走り続けられるようにするのが、俺にとっての最優先事項に変わりない。」
今は筋力トレーニングを行わせているタキオンから目を離すことなく、鷹木は思考の中で渦巻いていたものをひと段落させた。
タキオンの長所を最大限に引き出すために走行フォームを変えないという決断をした以上、全力疾走時の衝撃を受け止められるだけの筋肉量はやはり重要であった。しかし筋肉が増えすぎれば、その重量分だけ加速や速度維持に不利を受ける。
昨年は怪我のリスクに対し慎重になるあまり、筋力トレーニングに練習時間を割きすぎて練習時の走行タイムが僅かながら遅くなってしまったということもあったため、鷹木にはタキオンのトレーニング配分をより注意して調整する必要があった。
「よし、そこまででストップ。しっかりクールダウンさせて筋肉を休ませた後、走りのトレーニングに移ろう。」
「あぁ。」
タキオンは短く返答し、トレーニングルームの休憩スペースに寄ってきて給水用のボトルを口につけている。
普段は自分が興味を向ける対象についてベラベラと喋る姿をよく披露している彼女であったが、トレーニング時には口数少なかった。むろん喋る必要性を見出していないためでもあったろうが、タキオン自身もまたトレーナー同様、自分の身体に与える練習量について真剣に考えているためかもしれない。
何しろ、彼女自身が皐月賞を最後に走れなくなり引退する未来を目の当たりにしたのだから……弥生賞後のタキオンの言を信じるならば。
先ほど筋力トレーニングを切り上げさせたタイミングについても、特に異を唱えなかったのはタキオン自らが同じく十分だと判断したためでもあるのだろう。と、鷹木は考えていた。
「トレーナーくん。何も気づいていないのかい?」
「え?」
タキオンから問われた鷹木は、間の抜けた声だけを返す。
漠然とした問いかけは、問われた側に不安と焦りだけを生む。鷹木も例にもれず、今朝タキオンとトレーニングを開始してからのことを思い出したり、目の前にいるタキオンの全身をくまなく観察したりと慌てて無意味な試みを行っていたが、いつもと違う様はどこにも見いだせなかった。
当のタキオンは、鈍いトレーナーを批難する目的があったのではなく、あくまで現時点での異変に鷹木が気づいていないことを確認する目的しかなかったのだが。
「やはり敢えて意識させられる切欠が無ければ、人は気づかないものだねぇ。間もなく開催される阪神大賞典の出走メンバーを確認したまえ。」
「……あぁ、ナリタトップロードとアドマイヤベガがまた出走するんだよな。」
シニア級ウマ娘にとっての最初の大舞台、天皇賞春の前哨戦とも位置付けられる阪神大賞典は、今年は出走者が9名と少なかった。
昨年大活躍を見せたネオユニヴァースやゼンノロブロイこそ参戦していなかったものの、昨年と一昨年続けて阪神大賞典を連覇しているナリタトップロードの存在が大きいのだろう。
並んで今なお実力者として君臨するアドマイヤベガの名も、他のウマ娘に出走回避を決断させる材料になったことだろう。
「昨年と同じく、トップロードと、アドマイヤベガが、出走する……京都記念の時も、そうだったな。」
「ようやくピンときたかい?ちゃんと確認すれば、もっと明確に気づけると思うねぇ。」
タキオンのトレーニングに専念すべきであった鷹木には無理からぬことであったが、今年の阪神大賞典の出走者リストにしっかりと目を通すのは初めてのことであった。
1番人気ナリタトップロード、2番人気アドマイヤベガ、3番人気エリモブライアン。さらにはボーンキング、トシザブイ、ミツアキサイレンス……等、トップロードらの競争相手としては馴染みのある名前が並んでいる。
「直接見比べることが出来ないから、俺のおぼろげな記憶をたぐり寄せての判断なんだが……これ、去年と全く同じ出走メンバー、か?」
「そうだとも。そして京都記念のケースと同様、どのデータベースにて検索をかけても昨年の出走者リスト、および昨年のレース結果はヒットしない。エラーページが表示されるか、あるいはブラウザが落ちるばかりだ。あぁ、こんなことになると分かっていれば、去年のレースを紙媒体などのアナログで記録しておいたのだがねぇ。」
顔面に薄っすらと冷や汗がにじみ出すのを感じながら、鷹木はSNSにてウマ娘レースに関する世間の声を漁るも、出走ウマ娘への期待やレース結果の予想など、毎度のごとく目にする類の情報が並ぶばかりであった。
先ほどまでの鷹木と同じく、何らの疑問を抱く余地もなく、これから結果を誰も知り得ない、初めて行われるウマ娘レースの発走時刻が訪れるのだと、ほぼ全ての人間が信じているのだ。
非現実的な可能性に気づいているのは、アグネスタキオン、今しがたタキオンに気づかされた鷹木……そして、以前京都記念でも同じことが起きたと情報共有を行ったエアシャカールぐらいのものだろう。
「出走者ごとに綿密なスケジュール調整を行い出走が決まるウマ娘レースにおいて、二年連続で同じ出走者が集まることなど、単なる偶然では決して片づけられなどしない現象だねぇ。」
「去年のデータと見比べられないから、誰も気づかないのか?いや、俺もタキオンから教えられないと、そんな可能性があるとは思い付きもしなかった……去年と同じレースが、繰り返されるかもしれないってことに。」
おそらく、阪神大賞典のレース終了後も、そんなことを誰も気に留めないし、気づきもしないだろう。
出走したウマ娘は、全力で自分たちの能力を競い合う。GⅡのレースとなれば、手加減などしている余裕はない。ナリタトップロードやアドマイヤベガのように、真面目一筋にレースに向き合うウマ娘にとっては、なおさら本気の走りを披露することは当然だ。
レース結果に、意図的な要素が入り込む余地がない以上、全く同じレース展開を以前目にしていることに気づく者は居ないのだろう……少々無理のある理屈であったが、鷹木はそう考えておく他に無かった。
一切の騒ぎになっていないこの異常性に、それ以外の理由を求めようとすればなおさらに頭の混乱は強まっただろうためだ。
「さて、本当に去年と同じレース展開となるかどうか、我々が実際に観測しない限り未確定の事象だねぇ。だが事前に非現実性を観測できると予見できたのならば、観察対象を用意することはできる。トレーナーくんはいつも通りに実況中継を鑑賞する場を準備したまえ、私は少々用事を思いついた、走りついでにこの場を離れるが気にしないでくれたまえ。」
「観察対象の用意、って、何をする気だタキオン……」
鷹木の問いかけに答えることなく、タキオンはさっさと早足でこの場を離れて行ってしまった。
現状において少なくとも同世代の中では最速クラスのウマ娘の早足に、人間が追いつけるはずもない。それにタキオンが詳細を告げる必要を見出さずに述べ終えたのならば、鷹木が改めて問いかけても答えなどしなかったろう。
やがてトレーニングルームへと戻ってきたタキオンの背後を見て、鷹木は彼女が意図するところを敢えて口に出さなかった理由を理解した。タキオンは、ジャングルポケットを連れてきていたのだ。
もしも独りで戻ってきたら、張り切って級友をレース観戦に誘ったのに断られたのか、と鷹木に思われてしまう……とタキオンは考えていたのだろう。
「アポなしでの突撃だったが、快く受け入れてくれたねぇ。この私と共に阪神大賞典を観戦するのがよほど心躍る提案だったのか、あるいはホープフルステークスで私に勝てなかったジャングルポケット君は、私から少しでも走りの技術を盗もうと考えているのかもしれないねぇ。」
「んなコソコソした真似なんか必要あるかよ、俺は正面からテメェをぶっ倒すんだからよ。邪魔するぜ、鷹木トレーナー。」
「あ、あぁ、どうも……せっかく誘いに乗って来てくれたのに、タキオンが気を悪くするような事を言ってしまって済まない。」
以前の弥生賞での振る舞い、スタート直前まで余裕綽々といった調子を見せつけていたことも然り、最近のタキオンは自分の競争相手に対し敢えて挑発的な言動を示すことが多くなっていた。
鷹木はジャングルポケットに頭を下げつつも、そんな振る舞いにはタキオンの勝利を必然から遠ざける意図があるのだろうとは勘づいていた。
運命、タキオンに言わせれば可能性世界で既に定まったレース結果を得ることは、本意ではない。自分が敗れる可能性を覆してでも、勝つだけの因子を抱いたウマ娘こそが、特異点である。
その点にて鑑みれば、ジャングルポケットは確かに今年のクラシック級において、アグネスタキオンに勝ちうるウマ娘であった。
当のジャングルポケットはタキオンの真意には気づいておらずとも、タキオンの意図通りの反応を示してはいた。
「いちいち頭下げなくていいぜ、鷹木トレーナー。要するにタキオンの奴は、俺にマジになって挑んで来いって言いてぇんだろ。」
「話が早くて助かるねぇ、私も全力で受けて立つだけの相手には不自由していたんだ。キミの走りには大いに期待させてもらおうじゃないか、皐月賞で私に勝つ可能性が無くもないジャングルポケットくん。」
「その気にさせてくれんのは悪くねぇが、あんまり俺に火ぃつけたら、今からお望みの阪神大賞典が見れなくなるかもしれねーってのは気をつけろよ。」
かなりの目力で睨んでくるジャングルポケットに対し、タキオンは涼しい顔をして笑っていたが、鷹木は中継画面を表示するために操作していたノートPCを若干自分の方へ引き寄せた。
発走時刻は間もなくであったが、鷹木は多少手間取っていた。アクセスが集中しているためか、URA公式が配信しているチャンネルのページをなかなか開けないのだ。
「えぇーと、ちょっと、待っててくれ、一般向けのチャンネルじゃなくて、トレセン学園職員用のページからアクセスしてみる。あんまり変わらないかもしれないが……。」
「GⅡレースの阪神大賞典なら、普通にテレビでもやってるんじゃねーのか?」
ジャングルポケットは言いながら、トレーニングルームの休憩室に備えられているテレビへとリモコンを向けてチャンネルボタンを押す。
が、テレビ画面には真っ青なスクリーンが映し出されたのみであった。
「うわ、なんだこれ、テレビが壊れたのか?」
「メンテナンスはトレーニング機器が優先されるだろうから、休憩室の備品など、壊れたまま放っておかれているかもしれないねぇ。ネット環境とはワケが違うのだし、アクセス集中しすぎて悪影響が出ることもあるまいし。」
ジャングルポケットをとりあえず納得させられそうな出まかせの説明をタキオンは喋りながら、鷹木へチラと横目をやった。
鷹木は、自分が今気づいたことをタキオンと共有できる確信は無かった。そもそも一年前はタキオンもポッケもトレセン学園に入学しておらず、去年はエアシャカールおよびキングヘイローと一緒に阪神大賞典を観戦していたのだ。
その時も、同じことが起きていた。キングヘイローが練習場に備えられていた大型スクリーンにてレースの実況中継を表示しようとしても、真っ青な画面が表示されたのであった。
一時的な電波の障害が起きたに過ぎないのか、去年と同じく数秒の後にきちんと中継画面が映し出されはした。
「なんだったんだ、さっきの。まいっか、こっちのテレビ画面で見れるぜ、鷹木トレーナー。」
「あぁ、一応、パソコンの方でも配信ページにアクセス出来たんだが……見やすい方で見てもらった方がいいか。」
放送の障害が収まり、阪神レース場の現地の風景がテレビ画面に映し出されたのと、パソコンの方でライブ配信が表示されたのがほぼ同時というのも、少々気味の悪い一致であった。
視聴できる状態になるまで手間取ったため、画面内では既にゲートインが進む様が映し出されていた。
将来的には距離の長いGⅠレースに挑む想定もあるのだろう、ジャングルポケットは阪神大賞典の中継が映る画面を食い入るように凝視している。その隣で、タキオンも画面を見つめる姿勢を取りつつ、ポッケの表情を横目で観察し続けていた。
中継映像ならば、録画しておいていくらでも見返せる。何も知らない、気づいていない状態のウマ娘がどんな反応をするのか、至近距離で観察することが今回の主たる目的でもあるのだろう。
〈全ウマ娘、ゲートインが終わりまして……スタートしました!少し出遅れたかアドマイヤロード、ミツアキサイレンスが先頭で引っ張る形、まず最初の3コーナーへと向かいます。エリモブライアンが早めに2番手、アリシバキングがウチをついて3番手、そして外側を……アドマイヤベガ!?アドマイヤベガ、ここまで前につけるか4番手!場内もどよめいています、アドマイヤベガが4番手、その後ウチ側にナリタトップロードが5番手という順になっています!〉
レースが始まって間もなくの実況の声は、より鮮やかに一年前の鷹木の記憶を蘇らせた。
あの時も、アドマイヤベガが普段採らない作戦を実行に移したことに実況アナウンサーが驚き、阪神レース場内にもどよめきが響いたのであった。
もちろん、たった今その様子を目の当たりにしたジャングルポケットも、意外そうな反応を見せている。
「マジか、アドマイヤベガ先輩、追い込みが十八番だったはずなのに、ありゃ完璧に先行策じゃねーか。」
「あぁ、相応の作戦があるのだろうねぇ。何しろ、この阪神大賞典は3000mの長丁場だ、数年越しの好敵手ナリタトップロードにも対抗するため、いつも通りの走りではない策は必要だろう。」
タキオンは一応そう答えていたが、彼女は既に1年前の阪神大賞典と同じ展開であることに鷹木同様気づいている。
アドマイヤベガが、先行の位置につくこと。それは彼女を警戒しブロックする予定だったウマ娘の作戦が、大きく狂わされる状況に繋がる……とも分かっていただろう。
〈3コーナーから4コーナーへと回っていきます、変わらずミツアキサイレンス先頭、エリモブライアンが単独2番手という流れ、アリシバキングにほとんど並んでアドマイヤベガ……その外からボーンキング、ボーンキングが今、多少外へ持っていかれながらも後方から4番手、3番手へと上がってまいりました。ナリタトップロードは6番手、ウチ側落ち着いたペースで脚を運んでいきます。〉
「こんな早い段階で上がっていってる……そっか、アドマイヤベガより前で進めるつもりだったヤツは、ちょっと無理のあるペースになっちまう、ってことか。」
「へぇ、分かっているじゃないかジャングルポケットくん。周囲からマークされるということは、彼らの想定を外れたペースへとレースを持ち込めるということでもあるからねぇ。」
タキオンはいつもと変わらぬ口調で悠然と語っていたが、ジャングルポケットが鋭い指摘を行った点については、実際に意外さを感じているらしかった。
自分の最大の強みである末脚の爆発力を活かすため、いつも追い込みの練習に専念しているジャングルポケット。敢えて自分の得意分野から外れた作戦を採ることに意味を見出すのは、常のジャングルポケットの印象から確かに少々離れていた。
〈さぁ1周目のホームスタンド前に入ってきます、ナリタトップロードとアドマイヤベガは5番手6番手、並んでいますが徐々にアドマイヤベガが後ろへ下がり始めたか、スタートして1000mを通過……1分6秒、超スローペースであります。後方にはアドマイヤロード、キングザファクトが後ろから2番目、トシザブイが最後方の展開となっております。〉
鷹木は、自分の1年前の記憶がそこまで確かなものとは考えていなかったが……1分6秒という具体的な数字を、昨年も全く同じように聞いていたのかもしれないと思うほどに、感じる気味悪さは増した。
昨年の阪神大賞典についての情報をいくら探しても手に入れられない今、もはや確かめるすべは無かったが。
「こんなスローペースだと、確かに追い込みの位置にしがみついたままじゃ前の連中に逃げ切られちまうな。そっか、自分が息切れしないペースを分かってれば、こういう状況でも前に行けるってことか。」
「今回のレースは随分とジャングルポケットくんの学びに繋がっているようだねぇ。私は何もヒントを与えるつもりではなかったのだけれどねぇ。」
それでも、ジャングルポケットの洞察力がしっかり成長している様を確認できた今、タキオンの側も油断せずにいられる。
通常のトレーナーとしての思考で、鷹木はそう考えていた。タキオンの方はといえば、ジャングルポケットがレース前半の時点でアドマイヤベガの思惑を掴めていることに、違和感を見出さずにはいられない様子であったが。
〈ナリタトップロード、エリモブライアンの後4番手の位置をキープして向こう正面を抜けていきます。その後をアリシバキングと並んだアドマイヤベガが5番手6番手を追走、あとはアドマイヤロード、キングザファクト、トシザブイは変わらず最後方の形。先頭からしんがりまでは6、7バ身といった開き、後ゴールまで1000mにかかると言ったところで、第3コーナーへと入っていくところです。〉
アドマイヤベガの前に出てレースを運ぼうとしていた面々が、向こう正面に入るまでの上り坂で無理のある加速を強いられたのも、昨年と同様であった。
それはこの阪神大賞典で勝利を得るために考え抜かれた作戦でもあり、同時にアドマイヤベガに似つかわしからぬ作戦でもあった。
得意の追い込みを万全の状態で発揮できれば十分に勝てるだろうに、それを選ばないだけの理由が彼女にあるのだろう……と、鷹木は一年前の自分がそう考えていたことを思い出していた。
「位置取りを想定から変えさせられてる連中と違って、トップロード先輩は安定してるな。」
「そりゃあ、そうだろうねぇ。トップロード先輩の走りは安定感が違う、こういった本来のペースから崩す競争相手が居るレースでこそ、なおさら自分のペースを守る走りは光るだろうねぇ。」
トレーナーでなくとも、多少なりとウマ娘レースの知識を有する観客であれば、この時点でナリタトップロードが勝つことがほぼ確定したかのように見るだろう。
想定外の先行ペースで走るアドマイヤベガに対し、あたふたと位置取りを変えさせられた競争相手たちと異なり、ナリタトップロードは全くスタミナの浪費なしにコースを回っていたのだから。
そして、鷹木と……おそらくタキオンも、ナリタトップロードが勝利することは確信していた。
ここまでずっと、昨年と全く同じレース展開が、目の前にあったのだ。
〈変わらずミツアキサイレンスが全体のペースを作って先頭を行きます、ボーンキングも2番手でリードを徐々に詰めている。だいぶスローな流れとなっておりますが、ここでナリタトップロードがじわっと上がって現在3番手!アドマイヤベガも今5番手から4番手へと並びます、人気度1位、2位のウマ娘が最後の仕掛けに備えて前に出始めた!最後方の集団もつられたように前方へ詰めてくる、だんだん流れが早くなってまいりました、残り800を通過!〉
向こう正面の直線を抜けた後、コーナーにてアドマイヤベガはコース外側へと動く。
この時点で、レース発走前に立てた作戦通りに走れているのはナリタトップロードとアドマイヤベガぐらいのものだったろう。もはやこの両名についていけているウマ娘はほぼ居なかった。
「向こう正面で若干後ろに下がってからの、ここに来て、得意の大外からの追い込みか。メチャメチャ器用なペース配分だな……。」
「生半可な練習量では、真似できないねぇ。実際に走ってみると、いつもと違うペース取りをした結果、自分のスタミナ残量を把握することは難しくなるだろうからねぇ。」
ここにまでレースが来ると、タキオンも画面を凝視していた。やはりウマ娘の本性は、レースが白熱するほどその光景に視線を釘付けとするらしい。
代わりに鷹木が、ジャングルポケットの表情を横目で見ていた……真剣な視線をレースの実況中継に向けていたことには変わりなかったが、表情には想定外の冷静さが漂っていた。
〈外からアドマイヤベガ、アドマイヤベガ!ウチで食い下がるボーンキング!間からはエリモブライアン追い込んでくるが、ナリタトップロードが抜けた!完全に抜け出した!2番手争い、エリモブライアン、アドマイヤベガ完全に並んでいるが、ナリタトップロードとの差は開いていく!ナリタトップロード独走!現在後方との差は4バ身!圧倒的だ、ナリタトップロード!ナリタトップロード、今一着でゴールイン!連覇です!昨年の阪神大賞典も勝ったナリタトップロード、2連覇!〉
やがて、レースはナリタトップロードの勝利に終わった。去年と同様、鷹木が1年前に観戦した時と同じ展開、同じ実況の声を浴びながら。
正確には、「3連覇」との賞賛が与えられるべき勝利であったのだが……実況アナウンサーの脳内においても、去年と全く同じことを繰り返しているという認識は存在しないのだろうか?
鷹木が頭の中でそんな思考を巡らせていた一方、ジャングルポケットの呟きにタキオンは傾聴していた。
「なんつーか……アドマイヤベガ先輩は勝てなかったけどよ、もしも俺が走るんならあんな作戦になりそうだな、ってのは思った。先行してる連中に逃げ切られちまう、ってのが今んところの俺の負け方だし……。」
「おや?阪神大賞典にて走る時のことを想定しているのかい、随分と気が早いじゃないか。今年のクラシック路線にすらまだ進んでいない、私と真っ当に競えてすらいないというのに。」
タキオンはジャングルポケットへ聞き返したつもりだったのだが、余計な一言を付け足したのはまずかった。
アドマイヤベガが常々得意とする作戦をガラッと変え先行の位置でレースを進めた意図を、複雑な事を考えるのが苦手なジャングルポケットが早々に理解したことは妙ではあった。ポッケがいかなる思考で結論を見出したのか、タキオンは知りたかったのだが……。
タキオンの挑発的な発言に言い返しつつ、耳を背けながらジャングルポケットはスタスタと去って行ってしまった。
「いちいちうるせーな、もしもの話だ。ま、タキオン、お前が来年の阪神大賞典に来ても、俺がボコボコにしてやるけどよ。」
後を追うためにタキオンは立ち上がろうとしたが、ずっと座っていたおかげで疲労は回復していたにもかかわらず、彼女の膝は震えていた。
今の阪神大賞典を観測しおえ、もっと重大な仮説が成立してしまっていたためであった。
京都記念だけではなかった……一年前と全く同じレース展開、同じ気象条件、同じ実況中継が繰り返されたのは、間違いなく事実であった。
とはいえ、タキオンやポッケの世代のクラシック級レースは、今年でなければ開催されないはずである。完全に同じ一年がループしているわけではなく、一部のレースに限ってのみ昨年と同じ状況となっているのだ。
何が条件で、何が原因で……その全てに対し、明確な答えは見いだされなかったが、答えを求めずにいられないのがタキオンであった。
「トレーナーくん。可能な限り早めに、エアシャカール先輩に会えるだろうか?今回の件について、彼女の見解も聞きたい。」
「あ、あぁ、向こうのスケジュールも確認しておく……。」
タキオンは改めて座り、自分の声が想定以上に震えているのを抑えるため、静かに視線を落として呼吸を続けていた。