探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 観戦した阪神大賞典にて、またも以前の京都記念同様に異変を見出したタキオンと鷹木トレーナー。昨年と全く同じ出走ウマ娘が、全く同じ結果を出すなど、まずもって現実的ではないことが、実際に起きている。シミュレーションプログラムParcaeを有するエアシャカールと会って、この件についての見解を知ろうと提案したタキオンであったが、その実は自分がウマ娘として今後のレースを走っていく際の不安、それも単なる勝敗ではない、可能性が開かれていないかもしれないという不安を払拭することに重点が置かれているのだろう。


居るはずだったターフ上に、可能性の歪みを

 3月半ばという今の時期、エアシャカールへと直接会って合同で練習を行うことを持ち掛けるのは、いくらタキオンからの頼みとはいえ普段の鷹木ならば大いに躊躇しただろう。

 

 エアシャカールは大阪杯へと出走する予定であった。出走日は3月31日、大舞台へと挑むうえでの調整のため、走りを疎かに出来ない時期である。何よりも、現状で最強クラスのウマ娘として名高いネオユニヴァースもまた大阪杯への出走を表明しているのだ。

 

 昨年はゼンノロブロイと並んで名だたるレースの上位を独占したユニヴァースへの雪辱も念頭に置けば、いよいよエアシャカールが大阪杯に向けて余念なき状況となっていることは明らかであった。

 

 ……しかし、京都記念に続き、阪神大賞典までも非現実的な異変が見いだされ、更に世間一般には全く騒ぎが起きていない今……この件について少しでも相談できる相手を求める思いは、鷹木もタキオン同様に強く抱いていた。

 

 エアシャカールの側から、結城トレーナー及び彼の下で同じく指導を受けている面々が出払っている時間帯を指定する返答があったのは、鷹木の打診から間もなくのことであった。

 

「やぁ、またもお招きいただき光栄だねぇ。シャカール先輩に会える機会が増す代わり、最近はカフェの顔をあまり見ないものだから若干寂しくもあるけれどねぇ。」

 

「カフェはアザレア賞に向けて調整中だ、トプロ先輩やアヤベ先輩と一緒に。あっちもあっちで、順調ってワケでもねェからな。」

 

 アグネスタキオンの勝利に終わった弥生賞では、二着のウマレナガラノからも引き離されて三着となったマンハッタンカフェ。

 

 上位に入るだけの実力があることは確かに示せていたが、本来通りの彼女の全力が発揮できていれば、タキオンとの勝利争いとなっていたはずであった。やはり、カフェもまたこのところのウマ娘レースにおける異変を感じ取り、懸念を拭いきれずにいるのかもしれない。

 

 とはいえカフェに対して直接尋ねることは憚られた。ただでさえ本調子ではないメンタルを揺さぶるような真似を、4月の本番レースが迫るウマ娘に対しては行えない。

 

「さて、せっかくシャカール先輩が、我々だけで話し合える場を設けてくれたんだ。本題に入るのを長引かせても仕方がない、さっそく話そうじゃないか、先日の阪神大賞典について。むろんシャカール先輩も気づいたんだろう、例の異変に。」

 

「あァ?何のことだよ、今日はお前、俺との併走練習をしに来たんじゃねェのか?」

 

「……え?」

 

 一瞬ながら、タキオンは怯えた表情を見せた。

 

 シャカールの物言いは全く威圧的ではなく、むしろ穏やかなものであった。タキオンを怯えさせたのは、例の異変についてエアシャカールまでも気づかなくなっているのでは、という不安であったろう。

 

 京都記念、および阪神大賞典。この二つのレースは、1年前と全く同じ出走ウマ娘が揃い、全く同じレース展開を見せ、全く同じレース結果を出している。そのことに、世間はまるで気づいていない。

 

 タキオンにとっては、この異常性を共有できる仲間が減ることにこそ、一番の不安を見出すものであった。ついでに、普段からエアシャカールが冗談を言ってからかうような性格ではないことも手伝っていたろう。

 

 しかし、すぐさまタキオンは平常の表情を取り戻し、シャカールへと言い返した。

 

「ウマが悪いねぇ、シャカール先輩も。もしも私の意図に全く気付いていなければ、わざわざ他の面々や結城トレーナーが別の練習場へ出向いたタイミングを指定して、我々と会う約束などしないはずじゃないか。さもなければ、大阪杯が近づく大事な時期、練習以外のことに時間を割くこともあるまい。」

 

「……悪ィ、冗談を言うつもりは無かったんだ。タキオン、お前が異変に現実性を見出すためにどの程度、俺との認識共有に頼ってるかを知りたかった。」

 

「なるほどねぇ。図らずも、ハッキリと示してしまったかもしれないねぇ。そうとも、普段から傍に居るトレーナーくんだけでは、事態の認識に客観性が保たれないからねぇ。」

 

 鷹木も、タキオンの言わんとするところは理解できた。明らかな異常を見出したにもかかわらず、あまりにも世間が平常運転を続ける中に置かれると、自分たちの認識が狂っているのではないかと感じてしまうことはしばしばあった。

 

 自身が語る言葉通り、エアシャカールもまたふざけているようなそぶりは全く見せていなかった。シャカールも同じく、異変を見出している存在が自分以外に居ない可能性を少なくとも恐れていたのだろう。

 

 前回、京都記念については去年のデータを見つけ出せないことからタキオンの仮説には完全に賛同しなかった彼女であったが、今回に関してはより明白に昨年の記憶が残っているらしかった。

 

「1年前の記憶を呼び戻せ、ッて言われてもすぐにハッキリと思い出せる奴はそうそう居ねェ。今なら、ネットで1年前に起きた出来事を簡単に検索できンだから、なおさらだ。」

 

「まさに、現状において世間が騒ぎを起こしていないことの要因かもしれないねぇ。検索して出てくるデータを見れば情報を得られる時代だ、その逆として、検索しても出てこない記録がある、ということには気づけないのだろうねぇ。」

 

「だが、記憶をハッキリと呼び起こす手段はある。その時の体験を、エピソードとして印象に残してればいいンだ。鷹木トレーナー、去年の阪神大賞典は、俺とキングヘイローと一緒に観戦してたよな?」

 

「あぁ。あれは、アグネスデジタルが桂崎トレーナーと海外遠征に行ってた時期だ。結城トレーナーも現地阪神レース場に向かってたし、結果としてシャカールの練習を見に来させてもらってた。」

 

 新年度を迎える前の時期、鷹木の担当ウマ娘が未だ決まっておらず、キングヘイローと共に桂崎トレーナーのサブとして手伝いを続けていた頃のことだった。

 

 まだ3月であったその当時、もちろんながらアグネスタキオンはトレセン学園にまだ入学していなかった。1年前の記憶を明白に呼び起こせた理由は、彼女自身が語る。

 

「ちょうど1年前の今ごろは、私は入学式に向けて準備に余念がなかったねぇ。そう!入学式にて何かインパクトを残せるものをと熟慮した結果、私は混ぜ合わせるだけで爆発的な化学反応を起こす薬品の調合に専念していたんだ。その最中に阪神大賞典の中継を見ていたものだから、もちろん記憶にはしっかりと刻まれているとも。」

 

「入学式で文字通りにインパクトを発生させる奴があるか。そんな危険な代物を扱っている時の記憶なら、そりゃ印象には残ってるだろうな。」

 

 鷹木は呆れかえりながら言ったが、今さらのことである。

 

 タキオンが、自らを問題児としてアピールすることで、厄介なウマ娘を押し付けられがちな鷹木トレーナーに担当してもらおうと周囲を誘導していたことは、以前既に確認していた。

 

 ともあれ、データの形で明確に記録されておらずとも、記憶としては間違いのない状態であることは、エアシャカールも納得しているらしい。

 

「覚えてるか、鷹木トレーナー。1年前も、阪神大賞典の中継番組を見ようとして、通信障害のせいか真っ青な画面が表示されてたよな?」

 

「……あぁ、キングヘイローも備品を壊してしまったのかと勘違いして、同じぐらい真っ青な顔になってた。結局、シャカールがリモコン操作して、無事に中継番組は見れたんだが。」

 

「去年の現象も正直なとこ原因不明なんだが、今年も同じことが起きた。ちょうどここの練習場に備えられてる大型モニター、結城トレーナーが操作して阪神レース場からの中継を表示しようとしたら、真っ青な画面が出たんだ。同じタイミングで俺のパソコンを使って見ようともしてみたが、しばらく公式配信ページにアクセスできねェ状態が続いた。」

 

 シャカールの言葉を聞きながら、鷹木は自然と神妙な面持ちになって頷いていた。

 

 鷹木の側は今年、タキオンとジャングルポケットと共に阪神大賞典の中継番組を観戦しようとしていたのだが、やはりテレビにはいったん真っ青な画面が映り、パソコンからは配信画面を開けなくなっていた。

 

 少し待ってから再度試行すれば、正常に見ることが出来たのは違いなかったのだが。機械トラブルとして片づけることは出来るが、不可解な一致である。

 

 早くも、アグネスタキオンは興奮気味に自前の理論を語り始めていた。

 

「これは実に興味深い一致だねぇ!1年前と全く同じレースが行われようとする現地、その状況を外部から観測しようとする際に一時的な障害が発生するとは、やはりこことは別の世界、いわば可能性世界からの干渉があった証と言えるのではあるまいか!一説によれば時空を超えた干渉が生まれる際、強烈な電磁波の発生が観測されるとも言うし……」

 

「お前のトンデモ科学じゃ何も解決しねェよ、もうこの話題について話すことは他に無ェか?俺としちゃ、阪神大賞典でも去年と同じレース展開があった、って異常を共有できる奴が居たことさえ確認できりゃあ別にいい……」

 

 ようやく自分が最も興味を刺激されるところに話題がのってきたタキオンとは裏腹に、仮定の話のために時間を割くことを良しとせぬエアシャカールにとってはこれ以上の対談に意味は見出せぬらしい。

 

 さっさとノートPCを片付けて練習場へ向かおうとするシャカールを、タキオンは不服そうな表情を浮かべて見せようとする振る舞いすら中断して慌てて呼び止めた。

 

「待ってくれ、シャカール先輩。一つだけ、試しておきたいことがあるんだ……Parcaeを用いて。」

 

「ンだよ、前にも言ったが、Parcaeは今年以降のレーススケジュール入力を受け付けねェバグ続行中だ。新しいレースのシミュレーションをやるには、いちいち条件を手動で打ち込まなきゃならねェから、すぐには実行できねェぞ。」

 

「問題ないとも、シャカール先輩が既に実行したであろうシミュレーションだからねぇ。先日の阪神大賞典、についてだ。」

 

 タキオンの言葉を聞いて、シャカールは溜息を一つつきながらノートPCを開き、こちらへと戻ってくる。

 

 確かに、去年と全く同じ展開を見せた阪神大賞典を、Parcaeにシミュレートさせる試みをエアシャカールが行わぬはずはなかった。その結果については、振るわぬものだったようだが。

 

「結論から先に伝えねーと納得しないだろうから見せとくが、ほら、これがシミュレーション結果だ、エラーを吐いてる。入力した条件は、実際に行われた阪神大賞典と全部同じだってのにな。」

 

「ではこちらも理屈を述べる前に、頼みたい本題を真っすぐ伝えようかねぇ。アドマイヤベガ先輩のデータを抜いて、代わりにジャングルポケット君のデータを入力し、再試行してくれたまえ。」

 

「……ぁんだって?」

 

「ジャングルポケット君のデータ、だよ、私の言い間違いではないさ。練習データしかなかった以前とは違って、彼女も本番レースに出走している。レースデータをシミュレーションに反映することは、より容易いんじゃないかねぇ?」

 

 余計な会話を好まぬエアシャカールが、それでも敢えて聞き返す羽目になったのも無理はない。

 

 ジャングルポケットはタキオンの同期、今年ようやくクラシック路線に入ろうとするウマ娘だ。そんな彼女が、シニア級ウマ娘向けの阪神大賞典に出走すること自体、可能性がゼロである。

 

 怪訝そうなシャカールの表情に対し、既にそんな反応をされることなど見透かしたかのように笑みを浮かべるタキオンの表情も若干気に食わなかったのだろう。

 

 シャカールは僅かな苛立ちを叩きつけるようにキーボードをタップし、そしてジャングルポケットのデータをアドマイヤベガと入れ替えてParcaeにシミュレーションを行わせた。

 

「去年も妙なシミュレーションを俺にやらせたよな。たしか、春の天皇賞をマンハッタンカフェが走る設定でParcaeに実行させたんだったか。カフェの奴、まだデビューすらしてねェって時期だったのに。」

 

「あぁ、カフェ自身が、まるで自分が天皇賞を走っているようだと感想を述べたからねぇ。そして先日の阪神大賞典では、ポッケ君自身がアヤベ先輩の走りをすぐに理解していた、あの頭が良いとは言えぬ……といったら失礼かもしれないが、あのジャングルポケット君が、ねぇ。ウマ娘に多少なりと可能性世界の干渉を感じる能力があるのなら、あながち妄言とも取れぬのではないかと私は考え……」

 

「……シミュレーション結果、出たぜ。なンだよ、これ……」

 

 エアシャカールは、PCの画面を見つめて、暫し表情が固まっていた。

 

 シミュレーションを実行させたアグネスタキオンも、彼女が予測した通りの結果を見出したとはいえ、先ほどまでの余裕がなくなったのか、何とか作っているニヤニヤ笑いの口元が引きつっている。

 

 鷹木もParcaeの表示したシミュレーション結果を見て、絶句していた。数秒の後、ようやく声を出せたのは、エアシャカールであった。

 

「ナリタトップロード、一着。ジャングルポケット、二着。エリモブライアン、三着……なんで、本来出走できねェはずのジャングルポケットを入れたら、エラーも吐かずにシミュレーション結果を出せンだよ。……どうなってやがる、Parcae?」

 

「いや私はこうなるのではないかと予測はしていたがねぇ、しかし興味深い、可能性世界においてはジャングルポケット君が阪神大賞典に出走していたのかもしれない、ということだねぇ……」

 

 タキオンはこれまで通り、得意げに自分の仮説を述べているつもりであったろうが、その声色からは明らかに張りが失われていた。

 

 ますます以て、予測可能なレース展開というものが、自分たちの知らぬ別世界で定められた結果そのものではないか、という懸念は強まっていたのである。

 

 単に興味深いと片付けられる問題ではなかった。

 

 日ごろからのたゆまぬ鍛錬によって、そしてレース本番での本気の競い合いによって、自分の実力によってレース結果を手にするのだと信じるウマ娘たちにとって、それは到底受け入れられる仮説ではなかった。

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