探求者たちのタイムクライム   作:Okubo Masau

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 トレセン学園の新年度が始まる目前の3月末、大阪杯へと出走するのはエアシャカールである。彼女もデビューから5年目に突入し、引退がささやかれることもあれど未だに勝てるだけの脚を有しながら引き下がらず現役を続行している。今回の大阪杯においては、昨年のクラシック三冠、更には宝塚記念まで獲ったネオユニヴァースが最大の競争相手となる……世間からはシャカールの勝算薄しと見られているこのレースだったが、シャカールの姿を食い入るように見つめるひとりのウマ娘の姿が観客席にあった。


一輪の声援はロジックの隙間に咲く

 新年度が近づいてなお強さを見せつけたゼンノロブロイの日経賞から4日後、名だたるウマ娘たちの出走する大舞台は立て続けであった。

 

 3月31日、大阪杯。既にベテランウマ娘の域に達しているツルマルボーイ、マチカネキンノホシ、タマモヒビキに加え、昨年は最強ウマ娘の座をロブロイと二分したネオユニヴァース……そして、エアシャカールが出走するレースである。

 

 シャカールは常通りロジカルにレース条件や競争相手への対策を練りペース配分やコース取りを策定すると並行し、例によってParcaeを用いたシミュレーションも行っていた。

 

 Parcaeが想定通りの動作を示さず結果予測を出せないレースは今年に入ってますます増えていたが、今回の大阪杯についてもやはりシミュレーション結果は「エラー」であった。

 

 ……しかし、エラーの原因となる存在を予測することは容易かった。ネオユニヴァース抜きで再度シミュレーションを実行した時、Parcaeはすんなりと予測結果を表示した。

 

「オレが一着、ビッグゴールドが二着、ロサードが三着、ツルマルボーイが四着……ネオユニヴァースが居なければこの結果になるってことは要するにParcae、オレはネオユニヴァースに勝てねぇってことか?」

 

 もちろんエアシャカールからの問いかけに、単なる予測プログラムに過ぎないParcaeが返答を寄越すことなどない。

 

 代わりに返答したのは、PCの画面を睨みつけているシャカールの隣、宿泊所から阪神レース場へと向かうバスの車内にて隣席に座っていた結城トレーナーであった。白髪をシャカールへと寄せて彼も画面を覗き込み、そして頷きながら口を開く。

 

「シャカールの能力に対する順当な評価だと考えるべきじゃないか。ネオユニヴァースの走りは今世代のウマ娘レースの中でも飛び抜けてはいるが、シャカール、キミが一着になる可能性だって十分にあると僕も考えているよ。」

 

「ズルぃよな結城トレーナーは、何言っても説得力あンだからよ。」

 

 結城トレーナーがURAの歴史と共に歩んできたレジェンド級の人物であると同時に、ふだんは滅多な事では断定する物言いをしないことも手伝っていただろう。

 

 老トレーナーから押された太鼓判は、ヒネた返答をシャカールの口から引き出しながらも、彼女の背を強く支える言葉となっていた。

 

 むろん、シャカールに向けられる声援は結城トレーナー以外の存在からも送られている。

 

 今しがた受信したメッセージ画面を開けば、いつものニタニタした笑みを浮かべたアグネスタキオンと、調子を合わせきれず曖昧な笑顔を浮かべている鷹木トレーナーが映ったビデオメッセージであった。

 

〈危うく忘れる所だったが今日はシャカール先輩が大阪杯へと出走する日だったねぇ。常々より共に不可解を探求する同志としてシャカール先輩には大いに勝利の期待を寄せたいところだが、しかしきっとネオユニヴァース君が勝つのだろうねぇ。いやしかし、大方の予想を裏切ってシャカール先輩が勝利すれば、それもまた特異点たるウマ娘の証明にはなるから、私としてはどちらが勝っても興味の失せぬレースとなるだろうねぇ!せいぜい頑張ってくれたまえよ!〉

 

〈……タキオンなりに応援しているつもりなんだ、大阪杯、勝利を祈ってる。〉

 

 のびのびと喋りたいことだけ喋って画面からフレームアウトしたタキオンの後をフォローし、若干申し訳なさそうな鷹木が画面を切ったところでメッセージは終わっていた。

 

「タキオンの奴、そもそも先輩に向ける口調じゃねェだろ。ったく、マジにオレのことを応援してるつもりかよ。」

 

「彼女らしいじゃないか。それに、本心ではどちらが勝つ可能性をも見出しているから、こうして応援のメッセージを送って来たんじゃないか?」

 

 結城トレーナーの声の隣で、エアシャカールは呆れた表情を崩しはしなかったが、レース直前の心理状態は後押しを得てかなり安定していた。

 

 タキオンが興味を向けるレースであることには、確かにネオユニヴァースの参戦が大きな理由となっていた。詳細にはおそらく、結城トレーナーが気づいていない理由であったが。

 

 ネオユニヴァースが大阪杯に出走するのは、当然ながら今年が初めてのことである。去年の今頃は、彼女は皐月賞に向けて調整を行っている最中だったのだから。

 

 すなわち、昨年には決して実現し得ないレース条件である。

 

 京都記念、阪神大賞典にて、昨年と全く同じレース展開が繰り返されるという非現実的な異変を確認したうえで、今年にしかあり得ない大阪杯のレース模様がどう進むのかは、タキオンにとっては決して目が離せない観測対象に違いない。

 

「ネオユニヴァースが勝つのが当然みたいな言い方しやがって……まぁいい、俺が勝ったらタキオンの予想を裏切れる、ってんなら張り合いも出る。」

 

「彼女は焚き付け方が上手いね。」

 

 言わずもがな、エアシャカールにとっては大一番である。最後に勝ったのは昨年の日経賞、それ以降1年以上勝ちからは遠のいている。

 

 GⅠ勝利ともなれば、テイエムオペラオーのラストランとなった一昨年のジャパンカップにて執念の栄冠をもぎ取ったのが最後だ。あの時は、まるで自分の運命そのものを乗り越えたかのごとき手ごたえがあったのだが……。

 

 Parcaeに易々と予測されてしまう域に、自分の能力が戻ってきてしまったかのような感覚が付きまとい続けているのが、現状のシャカールであった。

 

〈14名のウマ娘が集結しました、阪神レース場。天候は曇り、バ場状態は良、芝2000mを競います大阪杯。今回1番人気となりましたのは誰もが文句なし、昨年のクラシック三冠覇者、そしてクラシック級の年から宝塚記念を勝利するという初の快挙を成し遂げましたネオユニヴァースです。ネオユニヴァース、姿を現しますと会場からも大きな拍手が湧いています。〉

 

 煌めくような金髪をなびかせ、常にアンテナのごとくピンと立っている毛束を揺らしながら、ネオユニヴァースが地下バ道から出てゲートへ向かっていく。

 

 どこかしらフラフラとした印象を受ける歩き方ながら、延々と走りを研究し続けてきたエアシャカールには、彼女の身体の重心が全くぶれていない様が背後からも見て取れた。

 

 最後方から恐ろしい加速で追い込んでくるばかりではない、いかに前を塞がれようとも、実体としてぶつからぬ存在であるかのごとくすり抜け、抜け出してくる脚運びを実現する、ネオユニヴァースの強みは完成形に達していた。

 

(さすがに同じ条件じゃ競いあえねェ、向こうの得意分野じゃねェところで走らせてもらう。)

 

 エアシャカールは1枠であった。外側から上がってくる面々に気をつけてさえいれば、自分の望む位置取りにてレースを進められる有利を得ていた。

 

〈各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!14名が一斉にまず1コーナーへと向かいます。まずポジションの探り合い、タマモヒビキがじわっと上がって行ってハナを切ります。2番手にはブリリアントロード、あと3番手にテンザンセイザ、ロサード、トーセンダンディ並んで、ウチ側にエアシャカール、今回は3番人気となりましたエアシャカールはここに居ます。〉

 

 今回、ネオユニヴァースが1番人気となったことは誰しもの予想を裏切らない評価ではあったが、2番人気はエアシャカールではなくマチカネキンノホシであった。

 

 エアシャカール同様、昨年はなかなか勝ちきれないレースを続けていたのだが、シャカールよりもさらに先輩にあたるキャリアの持ち主である。長年にわたり付いているファンも多く、活躍年数の多さから応援する票が集まっていたのだ。

 

 もちろん、人気だけではなく実力も伴っていたからこその2番人気であった。

 

(マチカネキンノホシは、俺よりも2バ身ぐらい後ろか?奴は外枠からのスタートだったから、ウチ側は塞がれてるだろ……ネオユニヴァースと競り合う余裕は、厳しいんじゃねェか。)

 

 ただ、エアシャカールはマチカネキンノホシの状況を慮りはすれども、警戒を向けることはなかった。

 

 ネオユニヴァースに匹敵する走りを実現できるのは、この出走メンバーのなかでは自分だけであるとシャカールは自負しており……それは事実であった。

 

〈中団にビッグゴールド、マチカネキンノホシ。さらにはジョービッグバン、そして1番人気ネオユニヴァースは後ろから4,5番目といったところ。あとはプレシャスソング、後方はウィンマーベラス、ツルマルボーイ、と来てアンクルスーパーが最後方で14名が1コーナーを回っていきます。先頭は変わらずタマモヒビキが逃げている、リードは2バ身。トーセンダンディ、ブリリアントロード、そして4番手にエアシャカール、安定した位置取りです。〉

 

 先頭で逃げるタマモヒビキが、かなり意識してリードを取ろうとしているおかげで、エアシャカールは周囲を囲まれることなく、スタミナの浪費も無くコーナー最ウチを回れていた。

 

 むろんタマモヒビキも後続を走らせやすくするためにリードを広げているわけではない。

 

(ネオユニヴァースへの警戒、だよな。アイツが後ろに控えてると思うだけで、勝手に脚が速くなっていくだろ。)

 

 そんな先頭の姿を見ているからこそ、エアシャカールは自分の真後ろに響く蹄音を聞かされても、今の時点で必要以上に速度を上げずに済んだ。

 

 阪神レース場は、ゴール前の坂を除けば目立った上りはない。即ち、誰もが走りやすい区間で足を速めるよりも、最後の最後、ネオユニヴァースが追い込んでくる場で坂を駆けあがる際のスタミナを優先すべきであった。

 

〈全体の集団はやや縦長となりました、1番人気ネオユニヴァースはコース内側、後ろから4番目に位置どっています、ツルマルボーイ、ウィンマーベラス、そして最後方にアンクルスーパーといった形であります。さぁ3コーナー手前、タマモヒビキが飛ばしている、リードが3バ身から4バ身で3コーナーを回っていきます。後ろはまだ動かないか、エアシャカールは4番手の位置から動かない。〉

 

 ネオユニヴァースが動こうとする気配がないのが、あまりにも不気味であった。

 

 そろそろ最終コーナーが近づこうとするあたりで、前へと出やすくするためにコース外側へと位置取りを移すのが本来はセオリーである。

 

(まだ脚をタメ続けるってのか?どんだけ自信あんだよ、前に抜け出す脚に……!)

 

 逃げのタマモヒビキが、不気味さに耐えかねてたまらず速度を上げ始めたのも無理はない。

 

 ネオユニヴァースが先に動きを見せてくれさえすれば、周囲もそれに合わせて加速を開始できるのだが、ネオユニヴァースは周囲が仕掛けだしたのを見ても動こうとはしないようだった。

 

〈マチカネキンノホシは6番手、あとはロサード、ジョービッグバン、バ順は変わらないまま、まだネオユニヴァースは後ろから4番手のまま、動かない!しかし前方ではタマモヒビキのリードがじわっとなくなってきました、外からブリリアントロード、トーセンダンディ!エアシャカールが4番手から外に持ち出して、今前へと接近していく!最後の直線へと向きました!〉

 

 観客スタンドが再び近づき、大歓声がウマ娘たちを包み込む。

 

 誰しもがマークしているネオユニヴァースが目立った動きを見せないまま、仕掛けへと踏み切ったのはエアシャカールであった。

 

(クッソ、まるで読めねェ、ネオユニヴァースは何を考えてやがる!だが、ここしか無ェだろ、オレは先に行かせてもらう!)

 

 今回は先行の位置取りについたエアシャカールであったが、元は追い込みを得意とするウマ娘である。

 

 最終直線に向いてようやく開始する加速であっても、十分すぎるほどの速度域へと1秒たらずで到達した。あっという間に前のウマ娘を抜き去り、先頭へと立つ。

 

〈タマモヒビキ逃げている!さぁ後方からエアシャカールが来た、エアシャカールがあっという間に追いついて先頭に……外からネオユニヴァース!?ネオユニヴァースは既に外側にいた!一気にネオユニヴァースが前を捉えた!ネオユニヴァースが先頭!2番手つれてエアシャカールが並び続けている!エアシャカール粘っているが、ネオユニヴァース先頭だ!〉

 

 俯瞰する視点から見ているはずの実況のアナウンサーの視界内でも、完全に意識外からネオユニヴァースが姿を現したようであった。

 

 警戒してリードを広げていたタマモヒビキは、既にスタミナを使い果たしてずるずると下がっていく。他のウマ娘たちも、完全にネオユニヴァースがまだ動いていないものとして仕掛けどころを逸している。

 

(マジ……か!?ワープでもしてきたのかよ……!?)

 

 唯一、どうにかネオユニヴァースの走りに食らいつくことが出来たのは、エアシャカールのみであった。

 

 あっという間に並ばれ、先を越されたシャカールであったが、それでもここまで無駄なスタミナ浪費はない。まだ、加速出来るだけの余地はある。

 

 観客席からはネオユニヴァースの勝利が確定したかのような大歓声が上がっていたが、そうはさせまいと渾身の末脚をエアシャカールは発揮し続けていた。

 

〈ネオユニヴァース先頭!だがエアシャカールが並ぶ!後方は既に大きく引き離された!ネオユニヴァース!エアシャカール!この両名の独壇場だ!エアシャカール、まだ伸びる!しかしネオユニヴァースが変わらず先頭!ハナを譲らぬまま、ネオユニヴァース先頭でゴールイン!並んだままエアシャカールは二着となりました!後続を大きく引き離して、この実力者2名の名勝負に会場は大きく沸いています!〉

 

 ネオユニヴァースとエアシャカールはハナ差、そして3着となったビッグゴールドまでは4バ身の差が開いていた。

 

 観客席からは無論ネオユニヴァースの勝利を讃える大歓声と共に、エアシャカールの健闘へも喝采が向けられている。

 

 エアシャカールは俯いていた間、浮かべていた渋い表情を消し、観客席のファンたちへと手を挙げて応じ、地下バ道へとサッサと戻っていった。脚を休めればウイニングライブのため、支度をせねばならない。

 

「慣れちまってンのも、嫌になるな。」

 

 クラシック級の年、日本ダービーでParcaeの予測を覆せずアグネスフライトに敗れた時の記憶がよみがえる。

 

 エアシャカールは、ウイニングライブの時も、器用に笑顔を作ることが出来なかった。が、今は違う。惜敗、2着となった自分の為すべき振る舞いを弁えて、相応しくファンにも応対できる。

 

「あんだけ走れてりゃいい、とでも考えてンのか?オレは……。あのネオユニヴァースと並んで走れたのが、オレだけだったのなら、って……。」

 

 控室に戻り、自分の胸中に、かつてのごとく灼けるような悔しさの熱が沸き起こってこない様を繰り返し確認していたエアシャカール。

 

 自分の中で、どこか諦観のような物を見出しかけ、そうであってはならないと目を逸らした時、控室の扉をノックして入って来たのは結城トレーナーであった。

 

「シャカール、お疲れ様。ライブの準備も忙しいかもしれないが、きみに来客だ……おっと、まだ着替えていないのか。出直そうか?」

 

「や、いい。そんな汗かいてねーし。俺にわざわざ会いに来るってのは、どこの誰だ。タキオンか?アイツはトレセン学園に居るはずだよな。」

 

「あぁ、普通ならシャカールの邪魔をさせるわけにはいかないから、来客を通しはしないのだけれど、今回は特別なお客でね……。」

 

 確かに、ウマ娘のことを第一に考える結城トレーナーが、レース直後に体を休め、さらにウイニングライブに備えねばならない貴重な時間を来客の応対に割かせるなど、まず考えられない振る舞いである。

 

 僅かながら好奇心が刺激されたシャカールが顔を挙げれば、黒服のボディガードにエスコートされるように入って来たのは、見知らぬウマ娘であった。

 

「はじめまして、ごきげんよう!私は今日、初めてこの国のレースを直に見たのだけれど……あなたの走り、とても感動したの!勝つのが確実、と思われてたネオユニヴァースさんを、あと一歩のところまで追いつめることができるだなんて!」

 

「……そりゃどーも。」

 

 エアシャカールの思考には、戸惑いばかりが浮かんでいた。

 

 掛けられた言葉は、ファンの口から出るものとしては平々凡々たる内容に過ぎない。しかし引っ掛かる点はいくつも見出せた、例えば“この国のレース”を初めて見た……など。

 

 そもそも、ここは出走ウマ娘のための控室、単なるファンが入り込める場所ではない。

 

 黒服、黒サングラスのボディガードを従えている点、さらにはレジェンド級人物であるはずの結城トレーナーまでもが、彼女へ恭しく場所を譲って招き入れている点を、エアシャカールの洞察力は瞬時に繋いで推測を出した。

 

「っと……お前、なんて名前だ?」

 

「あっ、ごめん、名前も名乗らず……私はファインモーション!4月からトレセン学園でも会えるかもだから、よろしくね!」

 

「ファインモーション殿下は、アイルランドからの留学として、今年4月からトレセン学園へと入学予定です。」

 

 傍らのボディガード……こちらもウマ娘であることは頭からピンと立っているウマ耳で明白であったが、彼女の発言を補足するのみで素性について詳しくは語らなかった。

 

 が、“殿下”という呼び方が、エアシャカールの立てた推察に確定を与えた。

 

 それこそクラシック級の頃のシャカールであれば、わざわざ自ら居ずまいを正すような真似などしなかったろうが、今のエアシャカールは、おとなになっていた。

 

 脚を組んで座るのをやめ、立ち上がって、この浮世離れした空気を纏うウマ娘と向かい合う。

 

「アイルランド王家のファインモーション殿下、だな。お目にかかれて光栄だ。」

 

「殿下はいらないよ、ファイン、って呼んで。」

 

「じゃあ、ファイン、世間知らずなお嬢さんに一つ教えとくけどよ、トレセン学園に入学したばかりの生徒は、そうそうGⅠウマ娘と直接会えはしないからな。」

 

 エアシャカールは、少々意地悪っぽい笑みを浮かべてファインモーションに言葉を返す。

 

 確かに、GⅠクラスのレースへ出走するようなウマ娘は、専属のトレーナーに、専用の個別練習場も与えられ、一般の生徒がまず入り込めない区画にてトレーニングを続けている。ファインモーションもトレセン学園へ入ったからといって、エアシャカールと顔を合わせられる機会はなかなか来ないだろう。

 

 しかし、ファインはきょとんとした表情を浮かべたまま、すぐさま返答した。

 

「でも、去年の入学式では、新入ウマ娘のみんなが勝手にレースを始めたり、薬品で爆発をおこしたりして、とても自由な気風に見えたのだけれど。」

 

「いや、そりゃ、そいつらが自由過ぎるだけであってだな……。」

 

 言いながら、エアシャカールはその自由過ぎる面々……さらにその代表格である、アグネスタキオンの存在を思い起こすこととなった。

 

 ファインモーション、アイルランド王家のウマ娘。そんな特別過ぎる存在が入学してきたとなれば、タキオンが見逃すことはないだろう。ファインの好奇心を上手く利用し、体よく研究室に連れ込んで実験台とする恐れまで浮かぶ。

 

「……まァ、こうして会えたのも縁だ、入学したらオレがトレセン学園の中を案内してやってもいいけどよ。」

 

「ほんと?ありがとう、さっそく優しい先輩と知り合えて、入学がますます楽しみになってきちゃった!」

 

 無邪気に喜んでいるファインモーションの笑顔を見るにつけても、トレセン学園を占める混沌の坩堝に彼女を巻き込むわけにはいかない……とシャカールの胸中では密かな決意が固められていた。

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