レースはまだ始まっていなかったが、トレセン学園にて公式配信を観戦しているタキオン、カフェ、そして鷹木トレーナーは小さく安堵を覚えていた。
昨年の天皇賞とは、まるきり異なる出走メンバー。出走数も、昨年の11名に対し、今年は18名のフルゲートである。曇天であることを除いて、一年前とははっきり違う条件でのレースが始まろうとしていることは明確だった。
「普通は、こうであるはずなんだよな。二年続けて出走するウマ娘が居たとしても、ほぼ去年とは違うメンバーが集まるはずなんだ。」
「だが、そうなっていない事例が既に京都記念と阪神大賞典で起きてしまっているからねぇ。ネオユニヴァース、あるいはゼンノロブロイという特異点が介入しなければ、この天皇賞もまた去年と全く同じことを繰り返すのではないかと私は危惧していたよ。」
タキオンの憶測は一切の確証を伴わぬものではあったが、鷹木も、傍らで黙って聞いているマンハッタンカフェも、自ずと小さく頷いていた。
非現実的な現象に遭遇した経験は、過去へと隔たるうち、何かの思い違いだったのだろう、と記憶から薄れていくが……一度気にし始めれば、未然に防ぐ術がないことへの不安は増大していく。
前回と全く同じレース展開が再現されるという本来ありえない現象は、放っておいても勝手に消えることはないのではないか。また、今後のレースで同じ類の事象が発生するのではないか。
明確な原因も、発生のメカニズムも分からぬ今は、ただ目の前の天皇賞が完全なる未知のレース結果へと導かれる安堵をかみしめる他に無かった。
そう、安堵だった。誰が勝つのか分からない、どれだけ万全に整えても勝てるかどうかは分からないという状態は、不安ではなく安堵へと繋がったのだ。
〈5月の薫風にGⅠのファンファーレが流れ込んでいきました、溶け込んでいきました。大歓声が響き渡る中、出走ウマ娘たちのゲートインが進んでいきます。さぁスペシャルウィークさん、スタート地点の様子、いかがご覧になりますか。〉
〈やっぱり長いレースですので、スタート時がホントに大事ですからね!例年スローペースでレース前半が進むことが多いですから、逃げや先行の子たちはスタート直後の位置取りにかなり気を遣うと思いますよ!〉
スピーカーから流れてくるスペシャルウィークの解説を聞きながら、マンハッタンカフェは徐々に上体を前傾させ画面を注視している。
結城トレーナーから、長距離の方が向いていると言われたのかもしれない。
デビュー前の練習で見せた、ほぼ予兆を周囲に見せぬ急加速が印象的なカフェではあったが、仕掛けどころの探り合いが重要となる長距離レースでこそ、その持ち味は輝くだろう。
「今年の天皇賞出走メンバーはどうだい、カフェ。仮にキミが出走したとしたら、これに勝てそうかねぇ?」
「分かりません。……少なくとも、ネオユニヴァースさんを常に警戒することになります……。」
タキオンからの問いかけにはいったん即答したものの、マンハッタンカフェはすっかり自分自身が長距離レースの大舞台に出走する気分になっていたらしい。
鷹木も同じように考えていた。自分の担当ウマ娘、すなわちアグネスタキオンをここに出走させる日が来れば……どれだけ良い形で先行していても、最後のコーナーに入る時に後方から追い上げてくる強敵の存在を常に警戒することとなるだろう。
天皇賞、その発走の瞬間が近づくほどに、見る者たちは否応なしに興奮を掻き立てられる。
皐月賞を最後にレースから離れる、と以前は決心し、今も努めて平静さを保って見せようとしているタキオンまでも、走りに向ける思いが冷めきらずにいる様が明瞭になっていた。
〈さぁ18名のゲートインが終わりました!18名、凛乎として……いざ、スタート!!まずまず揃ったスタートを見せました、外からリンカーンが好スタートです、内側からは押しながらイングランディーレが行きました!これを追ってザッツザプレンティが2番手に行くか、これを交わしてナリタトップロード、今や大ベテランのナリタトップロードが3番手の位置に上がって来た、その外をアマノブレイブリーが並んで前を目指しています。そのすぐ後、ここにゼンノロブロイが居ます!〉
〈ゼンノロブロイちゃん、序盤からかなり前に来ましたね!さっそく上り坂が来ますが、先頭のイングランディーレちゃんはどんどんリードを広げるみたいです!今年の天皇賞、波乱の予感ですよ!〉
天皇賞春のコースは、京都レース場の向こう正面からスタートとなる。
直線の途中から上り坂となり、3コーナーへ差し掛かる前あたりから下り始める、京都レース場特有の構成ゆえ、スタート直後、一周目の向こう正面はかなりゆったりしたペースとなることが通例であった。
が、今回はどうも様相が異なっていた。
「何名か、想定していたペースを乱されたようにも見えます。先行集団が、例年よりもずっと速度を出していますから……。」
「いいねぇ、これでこそ、だよ!誰もが予測していない展開じゃないか、おそらくネオユニヴァースという怪物相手に、いかにして勝つべきか思案を練った結果だろうねぇ!」
カフェの呟きに、いよいよ興奮を隠しきれなくなったアグネスタキオンが目を輝かせながら、画面に向かって返答している。
セオリー通りなら、逃げや先行のウマ娘は、全体がスローペースで進んだ方が有利とされる。リードを保ちながら最終直線まで持っていく間に、残せるスタミナの余裕が生まれやすいためだ。
が、実際のレースはそこまで単純ではない。ハイペースで先行された場合、逃げ切られる前にどこで仕掛けるか、後方のウマ娘は思案せざるを得なくなるのだ。
〈アドマイヤベガも現在中団前方、およそ8番手といったところ!リンカーンがその外に並びかけて、ナムラサンクスが続いています。そして最ウチにはダービーレグノ、その後ろにウィンジェネラーレ、カンファーベストが並んで続き、ウィンブレイズが後を追う形。そしてその外、ここに悠然とネオユニヴァース、1番人気ネオユニヴァースがここに居ます、前方へ殺到する集団を見ながら後ろから5番手と言ったところでしょうか。〉
〈やっぱり落ち着いた走りですね!ネオユニヴァースちゃんはどれだけ前を塞がれても巧みに抜け出してくる脚さばきの技術も凄いですし、二周目から本気を見せてくれるんじゃないでしょうか!〉
とはいえ、いかに策を弄しても、ネオユニヴァースの強さはもはや絶対の域である。
昨年も、ともすれば他のウマ娘が先着するかと見えたレースにて、つけられていた差を一気に差しきって勝利している。
「他の面々がいつもと違う走りで惑わせようとしても、いつも通りの位置のまま走っているネオユニヴァースの存在は結構なプレッシャーになるだろうねぇ。アドマイヤベガ先輩や、ナリタトップロード先輩ですら、例外ではないのではないかい?」
「トプロに関しては、彼女も得意とするいつもの位置に変わりはないが……アヤベの方は確かに、ネオユニヴァースとの競合を避ける形で前目につけているな。」
本来、最後方からの追い上げを得意とするアドマイヤベガが、差し、さらには先行寄りの位置で走っている光景は、昨年も度々目にするものであった。
それは、いつもと違う走りをして見せることで、従来の作戦では打破できぬ状況に対処するためである、と考えるのが現実的ではあった。他のウマ娘の姿をした“お友だち”にとり憑かれている、とカフェが指摘し、さらにアドマイヤベガ自身もそれに同意して以降は、別な要因も匂わされたが。
しかし、この天皇賞に関しては、明確にネオユニヴァースという存在に勝つため、アドマイヤベガ自身の純粋な意思によって見いだされた作戦であるだろう。
〈坂を下っていきます、1周目の3コーナーから4コーナーへ。スタートして半マイルのポールを通過、先頭は変わらずイングランディーレが引っ張っています。2番手にはアマノブレイブリー、そしてナリタトップロード、ゼンノロブロイ、ヴィータローザが3番手集団を形成しています。この辺り、これまでのレースと比べればかなり早めに来ています、先頭集団は早くも正面スタンド前、1周目の直線を駆け抜けていきます!〉
〈物凄い大歓声です!やっぱり毎年変わらず、天皇賞は1周目から観客さんたちの熱狂で溢れていますね!〉
ネオユニヴァースの勝利を信じている者、ゼンノロブロイに再びのGⅠ勝利を期待する者、ナリタトップロードやアドマイヤベガを幾年にもわたって応援し続けてきた者、さらには人気度では目立たないもののGⅠ未勝利のウマ娘へ激励を贈ろうとする者……。
1周目のスタンド前を駆けていくウマ娘たちへと、幾万人ものファンが投げかける大歓声。しかし、鷹木はレース展開から目を離せぬながらも、僅かな違和感を抱いた。
違和感の正体はすぐには判明しなかったが、隣に座るタキオンからの指摘がそれを気づかせる。
「トレーナーくん、もう少し音量を上げてもらえないか。ここは私の研究室なのだから、周囲に気兼ねなくレース中継を観戦すればいいじゃないか。」
「だからこの部屋は、お前が勝手に私物化してるだけだって……音量は別にいつも通りだぞ、実況と解説は普通に聞こえてるだろ?……いや、タキオンの聴力に異状があるんなら、トレーナーとしてはすぐ検査に向かわせたいところだが。」
「そういうことじゃないねぇ、実況と解説さえ聞こえていればいいという話じゃない。せっかくの大歓声が、少々物足りなく聞こえてしまったんだよ。」
鷹木がタキオンの聴力の心配をするまでもなく、人間と比べてウマ娘は聴覚が鋭い。
マンハッタンカフェの方にも視線をやると、彼女もまた画面を注視しながらタキオンの言に首肯していた。ウマ娘の耳には、例年と比べて天皇賞で湧き起こる歓声が僅かに小さくなっている様が、しっかりと聴きとれていたのだ。
観客たちの上げる歓声は、レースを走っているウマ娘にも少なからず影響を与えている。自分が走っているわけでなくとも、大舞台のレース場で響き渡る大歓声を聞きたいという思いはタキオンにもカフェにもあるのだろう。
鷹木は配信画面を閉じぬよう注意しつつも、ノートPCの音声ボリュームを確認した。
「いや、音量はいつも通りなんだが。たぶん配信しているURA公式側が音声の設定を変えたんじゃないかな。」
「もういい、レース観戦の邪魔をしないでくれたまえ。ここからの展開から視線を逸らすわけにいかない。」
タキオンにすげなく言い払われ、鷹木はすごすごと席へ引き下がる。
画面の中のウマ娘たちは1コーナーを抜け、そろそろ2週目の向こう正面へと入っていこうとするところである。たしかに、そこには目を離していられない光景があった。
〈スタートして1600mを通過、2コーナーを回っていきます。先頭イングランディーレ、大きくリードを広げて2番手のアマノブレイブリーに10バ身以上の差を付けています!さぁ青葉若葉の向こう流しであります、中団ナリタトップロードが2番手3番手、ヴィータローザが居て、ゼンノロブロイが懸命に折り合いをつけています。アドマイヤベガもじわっと動いて前に上がろうとするところ、人気度上位のウマ娘が前に固まりつつあります!〉
〈後から上がってくるネオユニヴァースちゃんの位置も怖いですけれど、先頭のイングランディーレちゃんがかなり飛ばしていますね!仕掛けるにはまだ早いですけれど、逃げ切られることも警戒すべき局面ですよ!〉
3200m、長丁場となるレースにて、大逃げを打ったウマ娘が勝つことはまずない。
しかし、スペシャルウィークは実況席のブースから、先頭のイングランディーレの脚取りが迷いなきものとなっている様を見てとっていた。
いちかばちかの勝負ではなく、この天皇賞に向けて入念に準備し、練り込んだ作戦をイングランディーレが実行している様は、黄金世代を牽引したスペシャルウィークの観察眼には一目瞭然であったのだ。
「ネオユニヴァースくんは、まだ動こうとする気配がないのかい?下手をすれば、本当に逃げ切られてしまいかねない局面だが。」
「逃げウマ娘が息切れを起こすのなら、むしろ2番手集団に固まっている面々の方を気にしておく必要がありますが……」
画面越しに見ているタキオンとカフェも、そこまでの確信はないまでも先頭で逃げ続けるイングランディーレの動向が気になりだしたらしい。
鷹木はといえば、ネオユニヴァースの判断がおぼろげながら見えるような気がしていた。ここで早々とユニヴァースが動いたなら、他のウマ娘たちも続くだろう。昨年の三冠ウマ娘が選んだ作戦、それは勝利へと向かう道であるためだ。
あえて、その様を見せぬということは……ネオユニヴァースはギリギリまで、彼女が“観測”したレース展開を秘匿し続けようとしているのだろうか。
〈ネオユニヴァースはまだ来ない、ネオユニヴァースは後ろから4番手、ほぼしんがりの位置取りであります。いよいよ向こう正面の坂を下り切って、早々と3コーナーを回っていきます先頭のイングランディーレ!大逃げだ大逃げだ、以前として15バ身のリード!独り800mの標識を通過!聞こえますでしょうか、場内がどよめいています!イングランディーレの大逃げ、未だ失速の気配なし!〉
〈これは最後まで行きますよ、イングランディーレちゃん!しかし2番手以降の子たちも、仕掛けどころの探り合いでなかなか前に出られない様子です!〉
まさか、3200mの長距離レースで逃げ切るウマ娘が現れるのか。レース場内は思いもよらぬ展開への期待、そして自分たちが推しているウマ娘たちが依然として後方に固まっている様へ向けての叫びで溢れていた。
とはいえ、2番手以降の面々が動きづらい状況であることには違いなかった。
「ここで慌てて先頭の逃げウマ娘を追いかければ、結局最後の直線で共々スタミナ切れを起こしてバテる結果になる可能性は高いねぇ。」
「向こう正面の上り坂をも、イングランディーレは駆け上がったあとだ。もうかなりのスタミナを使い果たしているだろうからいずれ失速してくる、それを見越して今は2番手以降の、並びかけてくる面々へ備えるのが定石だが……。」
鷹木も身を乗り出して画面を凝視しつつ、5年前の菊花賞、長距離レースでありながら逃げ切ったセイウンスカイの例を想起していた。
その菊花賞でも、セイウンスカイは明らかにスタミナ切れを起こすだろうと思われるほどの大逃げを披露した。
他のウマ娘たちが、いずれセイウンスカイが失速して下がってくるだろうと見越して脚を溜め、互いに仕掛けどころを探り合う駆け引きをしている中……最後の最後でセイウンスカイは再加速し、見事に菊花賞を逃げ切りで勝つという快挙を成し遂げたのだ。
今回の春の天皇賞、イングランディーレの作戦はそれとは少々異なっていた。が、2番手以降のウマ娘たちが、焦って追いかけた者から負けていくという警戒に縛られている状況は似通っていた。
〈ゼンノロブロイが上がってきて2番手、ナリタトップロードに並んだ!アドマイヤベガもそろそろ仕掛け始めたか、3番手にまで来ている!外へヴィータローザ、それからリンカーン、押しながらナムラサンクス!先頭のイングランディーレ、下り坂から勢いに乗って4コーナーを回っていく!……ここでネオユニヴァースが姿を見せた!ネオユニヴァース、他のウマ娘たちが様子を窺っているのを横目に、一気に加速した!〉
〈来ましたね!追い込みのスパートには早すぎるように見えるかもしれませんが、このタイミングがギリギリ、先頭に追いつけるところでしょう!〉
京都レース場に湧き起こる歓声が更に高まる。ネオユニヴァースは、その全てを背に集めるかの如く、猛然と加速してコース大外を駆けあがっていく。
ゼンノロブロイやナリタトップロード、アドマイヤベガらも一拍遅れて、ネオユニヴァースに引き離されまいと加速を始めた……だが、先頭のイングランディーレは既に最終直線へと入っている。
「これは……遅すぎたのでは……。」
「いや、ネオユニヴァースくんの“観測”が確かであれば、スペシャルウィーク先輩の解説の通り、ギリギリ追いつけるのだろうねぇ!」
現時点の画面内の様相を見るに、鷹木もカフェが呟いたのと同じ感想を抱いていた。
いくらネオユニヴァースとはいえ、15バ身以上も引き離されていては、流石に追いつけないのではないか。京都レース場の最終直線、404m。短くはないが、東京レース場ほどの長さはない。
タキオンが確信をもって「追いつける」と述べた根拠は、客観的に観測できる範疇になく、ひとえにネオユニヴァースの“観測”能力へ掛ける信頼感のみであったろう。
きっと視えているのだ、ネオユニヴァースには、レースの向かう先が。
あるいは、ネオユニヴァースの担当トレーナーが、信じているのだ、彼女の目を。
〈ネオユニヴァース一気に外からまくる構えか!リンカーンも慌てて外に出るが、すでにネオユニヴァースは上がって行って現在2番手!4コーナーを回り切ったが、先頭はイングランディーレだ、このウマ娘はスタミナがあるぞ!懸命にゼンノロブロイ、アドマイヤベガ、あるいはナリタトップロードが追うが、ネオユニヴァースが迫る!ネオユニヴァース、これは異次元の追い込みだ!イングランディーレに並んだ!!〉
〈ここまで行けるんだ!?こんなスゴい追い込みが出来るんだ!?ネオユニヴァースちゃん!〉
1周目の時と違って、歓声が小さく感じるなどということはなかった。観客たちが眼にした光景の凄まじさに比べれば、その歓声は確かに小さすぎたかもしれないが。
十分すぎるセーフティリードを取っていたと思われたイングランディーレが、あっという間にネオユニヴァースに追いつかれている。
ここまで3000m近くを走り抜いてきた面々が、最後のスタミナを振り絞って脚を動かしている中、ネオユニヴァースだけがまるで消耗とは無縁であるかのように、容赦ない最高速を披露していた。
「あれだけの差を……追いついてしまうだなんて……。」
「あぁ、きっとイングランディーレが“勝つはずだった”ねぇ。可能性世界を、間違いなく凌駕しているじゃないか、ネオユニヴァースは……!」
当然ながら鷹木もマンハッタンカフェも目を見開き、開いた口が塞がらない状態になっている。
冷静に自らの見解を述べているつもりの、アグネスタキオンの声も震えていた。
〈ネオユニヴァース、イングランディーレをかわして先頭に立った!ネオユニヴァース先頭だ、ネオユニヴァース先頭だ!!イングランディーレ負けじと食い下がるが、差は縮まらない!逃げ切らせなかったネオユニヴァース!これが3冠ウマ娘、稀代の優駿の走りだ!ネオユニヴァース、堂々と先頭でゴールイン!勝ちましたネオユニヴァース!昨年のクラシック路線を開始して以降、無敗の王者、今年の天皇賞でも実力を見せつけました!〉
〈あれだけの距離を走ってきて、あんな追い込み見せられたら、そりゃぁ……凄すぎますって!ホントに次元が違いますよ、今年のウマ娘レースも!〉
実況アナウンサーとともに興奮しきった様子のスペシャルウィークが、なかばマイクを音割れさせながら喋りまくっている。
しばらく全身が痺れたような状態で、大歓声が巻き起こる京都レース場の様子が映る配信画面を、タキオンもカフェも鷹木も、ただただ茫然と見つめていた。
カメラはネオユニヴァースの姿を映していた。曇天の空が割れ、晴れ間から差し込む光がネオユニヴァースを照らしている。
空を見上げたネオユニヴァースは、いつも動かすことの無い表情が、今は確かに笑んでいた。口を小さく動かして、その場に居ない誰かに話しかけているようでもあった。
「……彼女、引退しないだろうね?」
「え?」
暫しの沈黙の後、唐突に放ったタキオンの問いかけが耳に飛び込んできて、鷹木は思わず聞き返していた。
何の脈絡もないことをタキオンが急に喋りはじめるのは珍しいことではなかったが、この天皇賞をネオユニヴァースが勝利した直後というタイミングで言うこととしては、あまりにも突拍子が無さすぎる。
「何を言ってるんだ、ネオユニヴァースは怪我しているようにも見えないが。」
「いや、私の気のせいさ。ずいぶんと、やり切った表情をネオユニヴァース君が浮かべているものだからねぇ。」
だが、何の理由もない内容を口にするアグネスタキオンではなかった。
鷹木が改めて画面に視線を向け、再び目にしたネオユニヴァースの表情は、確かにこのレースでの勝利だけに収まらぬ、はかり知れない達成感をかみしめているようにも見えた。